私=結城友奈は戦場に立つ。
神樹のエラー、そして天の神イザナギの攻撃を乗り越えるための「二週間」──その約束の刻限が、ついに訪れた。
大赦により進められていた突貫の改修作業は、文字通り限界を超えた研究員たちの執念と技術によって完了を迎えていた。
今回新たに実装されたのは、敵であるバーテックスの生命そのものを強制的に散華させ、勇者側の力へと直接変換する新機能『焚骸』。
この新たな力を組み込んだ新型勇者システムが遂に完成し、夏凜ちゃんと芽吹ちゃんの試作型勇者システムの緊急改修、さらには銀ちゃんと二夜さんの勇者システムのアップデートがすべて完了したのだ。
作戦室。
冷たい緊張感が漂う部屋に、勇者部、防人部隊、そして大葉継人さんたちが集結していた。
中央モニターの前に立つ継人さんが、疲れ切った眼差しを鋭く光らせ、最後の作戦会議の開始を告げた。
「……これより、最終防衛作戦の部隊配置を発表する」
継人さんが手元のコンソールを操作すると、巨大なホログラムマップに海岸線の立体図と各部隊の配置線が浮かび上がった。
「まず、斥候部隊。上空からの広域索敵および敵主力群の誘導を担う。飛行可能な勇者──乃木園子、東郷美森、三ノ輪銀」
「了解〜、華麗に引きつけてあげるんよ」
「任せてください。」
「へへっ、あたしの新装備の初陣だ。暴れまくってやるぜ!」
三人が力強く頷く。継人さんは続いてマップの左右を示した。
「次に、左翼迎撃部隊。楠芽吹、三好夏凜。そして加賀城雀率いる、第一防人部隊」
「了解です。左翼の防衛線、死守してみせます」
「アタシたちに任せなさいっての」
「続いて、右翼迎撃部隊。犬吠埼風、犬吠埼樹。山伏しずく、弥勒夕海子率いる、第二防人部隊」
「任せてちょうだい! 妹と一緒なら負ける気がしないわ!」
「はい、 一生懸命頑張ります!」
「そして……中央迎撃部隊。結城友奈、相良二夜」
名前を呼ばれ、私は背筋をピンと伸ばした。「はいっ!」と元気に返事をする。私の隣に立つ二夜さんは、腕を組んだままフッと不敵な笑みを浮かべて頷いた。
一通りの配置説明を終えると、継人さんは画面を消し、静かに私たち全員を見回した。その瞳には、かつての冷徹な仮面ではなく、生身の人間の苦悩と、祈るような温もりが宿っていた。
「……これは、この世界の命運を決する戦いだ」
継人さんの重々しい声が響く。
「だが……どれほど壮絶な戦いになろうとも、ここにいる全員が生きて帰って来なければ、世界を守ったところで何の意味もない。……敵に捕らわれた仲間を救い出し、全員を守れ!以上だ!」
「「「はいっ!!!」」」
全員の声が揃う。作戦開始の合図とともに、各部隊がそれぞれ場所へと向かって歩き出そうとした──その時だった。
ダッと力強い足音が響いたかと思うと、二夜さんが一直線に継人さんへ駆け寄った。
「わ……っ!?」
驚く継人さんの胸元に、二夜さんは躊躇なく思い切り飛びつき、ぎゅっと力いっぱいに抱き着いたのだ。
「「「「おぉ……!?!?」」」」
思わず私や夏凜先輩、防人のみんなからどよめきが上がった。
あの継人さんが、みんなの見てる目の前で女性に全力で抱きつかれている。継人さんは真っ赤になって「ちょ、二夜!? 人目がある……!」と狼狽しているが、二夜さんはまったく意に介さない。
二夜さんは継人さんの胸に顔を埋めたあと、ゆっくりと顔を上げた。その頬は少し赤く染まっていた。
「……二週間、ほんとうに短かったけれど」
二夜さんは、今まで見たこともないような、心からの愛しさに満ちた笑顔を浮かべた。
「一緒にいられて、ホントに良かったわ。……大好きよ、継人」
まっすぐな告白。継人さんは完全に絶句し、顔を真っ赤にして固まってしまった。二夜さんはそんな彼の様子に満足したようにクスッと笑うと、少し顔を赤くしたまま「じゃ、行ってくるわね!」とスカートを翻し、軽やかな足取りで中央部隊の出撃ゲートへと向かっていった。
「……友奈、行くわよ!」
「あ、はいっ」
私も二夜さんの後を追いかけながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。大人の覚悟も、私たちの想いも、全部持っていこう。絶対に、大葉さんを取り戻して全員で帰ってくる。
◆
出撃からほどなくして、四国の外郭を覆う空が、赤黒い不穏な光に染まり始めた。
警報アラートが端末から激しく鳴り響く。
「──敵影多数! これまでにない規模の完全型バーテックス、および進化体バーテックスの群れを確認! さらにその隙間を埋めるように、無数の星屑が殺到してきます!」
モニターを埋め尽くす赤点の群れ。まさに地獄のような大群だった。
だが、私たち斥候部隊に躊躇はない。
「ふふ〜、大漁大漁〜! それじゃあみんな、予定通り引きつけちゃうよ〜!」
そのっちが装束の槍の羽を広げ、真っ先に空へと飛び出す。私と銀もそれに続いて大空へと躍り出た。
今回の改修によって、銀の勇者装束は進化を遂げ、腰元から伸びる左右の可動アームによって接続された、強大な「多段式プラズマジェット推進器」。そしてその手には、自身の背丈ほどもある2つの大型の双斧が握られている。
「いくぜぇぇぇっ! あたしの新装備の切れ味、試させてもらうぜっ!!」
爆音とともにプラズマジェットが青白い炎を吹き出し、銀さんが弾丸のような速度で前線へ突撃していく。ターゲットは、大型の完全型バーテックス「参座」。
銀さんは我先にと参座の正面へ躍り出ると、両手の大型斧を力任せに叩き付けた。
ガギィンッ!と分厚い敵の防壁に斧が食い込んだ刹那、刃の内部に組み込まれていた新機構――空間圧縮式の加速器が甲高い駆動音とともに起動した。そして力の波長が同期される。
「吹き飛べぇぇぇッ!!」
ズドンと爆発的な加速力を得た刃が炎熱化し、超高熱のプラズマを撒き散らしながら、参座の強固な巨躯を豆腐のように強引に両断していく、超高温で溶け落ちる敵の残骸。凄まじい破壊力だ。
しかし、一瞬の打ち込みによって銀の体勢がわずかに流れた。その隙を見逃さず、左右から二体の進化体バーテックスが鋭い爪を立てて銀へ襲いかかる。
「銀!」
「させないんよ!」
私とそのっちは瞬時に交差した。
そのっちが長槍をしならせて左側の敵を穿ち、私は展開したライフルの引き金を引く。青白い光弾が右側の敵の核を的確に撃ち抜き、二体同時に爆砕させた。
「……銀! 気持ちは分かるけど、出過ぎよ! 連携を乱しては危険なのよ!」
私が即座に通信機越しに忠告すると、銀は頭をかきながら「悪い悪い、つい突っ込んじゃってさ!」と威勢よく笑った。そして、背後のジェット推進器を再び激しく噴射させる。
「けどよ……あたしたち三人は、そう簡単に落ちねぇぞ!!」
銀さんは不敵に言い放ち、群がる星屑の渦中へと再び接近戦を挑み込んでいった。
「ふふ、ミノさんは相変わらずだねぇ。誘導ルートからは離れてないし、ここはひとつ、あたしたちも思いっきり暴れちゃおうか〜!」
そのっちが楽しそうに笑いながら、槍を振るって敵群の中へと突撃していく。
「もう……二人とも無茶ばかりして……!」
呆れながらも、私の口元からは自然と笑みが漏れていた。二人と一緒に空を飛んでいる。椿先生のように。二年前、叶わなかったはずの未来が、今ここにある。その喜びが、私の全身に力を満たしていく。
「――参ります!」
私は二本目のライフルを展開し、両手に二挺の長距離用ライフルを構えた。敵の大群を見据え、私もまた二人を追うようにして、全力で大空へと突き進んでいった。
◆
空中を激しく交錯する光の軌跡。
上空遥か高くで東郷たちが縦横無尽に暴れ散らかしてくれたおかげで、敵の巨大な本隊の約半数が見事に分断され、空中へと引き寄せられていくのが見えた。
しかし──それでも網の目を掻い潜り、漏れ出してきた敵の大群が、波となって地上と低空へとなだれ込んでくる。
「来たわね……! 防衛ラインを絶対に突破させるんじゃないわよ!」
私=犬吠埼風と樹の左右で、防人の弥勒としずくが大型兵器『袿』の操縦席に乗り込み、重厚な駆動音を轟かせた。
「私に任せてくださいまし! 弥勒家の名に懸けて、一歩も引くつもりはありませんわ!」
「……しずくも、一生懸命がんばる……っ!」
袿の全身に密と配置された兵装から、地鳴りのような射撃音が湧き上がる。空と大地を覆い尽くさんとする勢いで放たれる凄まじい密度の弾幕。迫る星屑の群れが、攻撃の豪雨に晒されて次々と爆散していく。
だが、弾幕の隙間を縫うようにして、さらに硬度を増した進化体バーテックスたちが、長い爪をギラつかせてこちらへ急接近してくる。
「量が多いわね……! でも、今のあたしたちは前までのあたしたちじゃないのよ!」
私と樹は地を蹴り、一気に前線へと躍り出た。
今回の改修によって勇者システムに新たに組み込まれた新機能『焚骸』、敵の体組織や星屑に武器が触れるだけで、その存在を不可避的に強制散華させ、そのまま勇者側の端末エネルギーへと直接変換するこのシステムは、まさに圧倒的な威力を発揮していた。
「はああぁぁぁっッ!!」
私が大剣を振るい横薙ぎに叩きつける。
星屑の群れが、大剣の刃が掠めた一瞬で、眩い粒子となって強制的に分解し散華していく。刃から吸い上げられた光の粒子が、私の腕の端末へと勢いよく吸い込まれ、全身に新しい力が充満していくのを感じる。
「お姉ちゃん、右から来るよ!! 」
樹が凛とした声を張り上げ、両手から無数のワイヤーを縦横無尽に射出した。
空間に張り巡らされた糸の結界。迫り来る無数の星屑がその糸に引っかかった瞬間、『焚骸』の機能が糸を伝って伝発し、触れた端から敵が次々と光の霧となって消滅していく。
「よしっ! 一気に行くわよ、樹!」
「いいよ、お姉ちゃん!」
「『満開』──ッッ!!!」
私と樹は同時に端末の満開ゲージを解放した。
背後に立ち昇る光輝。巨大化した私の大剣と、戦場全体を覆い尽くすほど広大に展開された樹の巨大な糸の結界。
満開の圧倒的な力と『焚骸』の永久機関のごときエネルギー循環が合わさり、私たちはこれまで以上の破壊力で、押し寄せるバーテックスの波を次々と退けていく。大剣を一振りするだけで何百体もの敵が一網打尽になって散っていく。
だが、それでもなお、敵の物量は私たちの想像を遥かに凌駕していた。
海からはおどろおどろしい数のバーテックスが泥を散らしながら這い上がり、空は星屑の雲で埋め尽くされ、大地は怪物の群れる音で絶え間なく揺れ動いている。
空も、海も、大地も、文字通りすべてがバーテックスという悪夢によって埋め尽くされていくかのようだった。
「……くっ、きりがない……! 倒しても倒しても、後ろから湧いてくる……!」
呼吸を荒らげ、おびただしい数の敵の波を見据えて私が歯噛みした、その時だった。
『――風さん、樹さん! 聞こえますか!?』
耳元の通信機から、弥勒夕海子さんの凛とした、どこか誇り高い声が飛び込んできた。
『この右翼防衛線は、私と山伏さん、そして第二防人部隊が死守いたします! だから……お二人方は中央へ向かって好きなだけ暴れ回ってください!!』
「弥勒……!? でも、この数を防人部隊だけで防ぐなんて……!」
『ふふ、私を誰だと思っておられますの? 誇り高き弥勒家の娘ですわよ! 勇者部の方々だけにいい格好をさせるわけにはいきませんわ! ここは絶対に通させません!』
『……しずくも、防人の意地を見せる……! 2人ともいってらっしゃい……!』
画面越しに見える弥勒さんとしずくの瞳には、微かな恐怖も逃げ腰も存在しなかった。
防人として、かつて後方に追いやられていた者たちが、自らの足で立ち、勇者部を支えるという強い覚悟。その熱い意思が、通信越しにひしひしと伝わってくる。
「……分かったわ、 ここは任せたわよ、二人とも」
「ありがとうございます、弥勒さん、しずくちゃん」
私と樹は強く頷き合うと、前傾姿勢になった。
満開の莫大な推力を前方へと集中させ、眼前に立ちはだかる敵の大群を一直線に切り開きながら、私たちは中央戦線へと力強く突撃していった。
◆
一方、私たちが受け持つ左翼戦線もまた、一歩も引けない絶望的な乱戦と化していた。
押し寄せる星屑と、幾重にも重なる進化体バーテックスの群れ。そしてそれを支える完全体バーテックス。
防御特化仕様に堅牢改修された『袿』の中に加賀城雀を乗せ、私=三好夏凜と楠芽吹は、互いの背中を密着させるようにして前線で立ち回っていた。
「ちょっと楠! 雀一人をあれに乗せておいて、本当に大丈夫なわけ!? 」
アタシが襲い来る敵の攻撃を間一髪でかわし、二本の剣で切り伏せながら叫ぶと、楠は手にしたライフルで敵を的確に撃ち抜きながら、ニヤリと不敵で意地悪な笑みを浮かべてみせた。
「問題ないわよ。あの子はやるときはやる子だから。……なにしろ、私と、貴女の仲間なのよ?」
「……っ、相変わらず言い返せないことばかり言うじゃないの……!」
胸の奥で妙な連帯感が燃え上がるのを感じながら、私は新しくなった勇者装束の機能を全面的に解放した。 満開のによる後遺症で満足に動かなくなった私の左腕。それを補うために左肩から背中にかけて装備された防御盾兼兵装担架用のアクティブバインダーだ。そして右手に握るのは、刀身の中央がくりぬかれた、今まで見たこともない異形の片刃剣。
「私の新しい力……見せてあげるわ!!」
私がグリップの起動スイッチを強く押し込むと、剣の中央のくりぬかれた部分が、眩い灼熱の赤色に発光を開始した。
この剣自体が小規模な『粒子加速器』として作動し、内部で超加速された粒子が超高熱のエネルギーを撒き散らす。触れた対象を瞬時に溶断する、超高熱の刃。
私たちの目の前に、全高数十メートルに及ぶ巨躯を持った完全体バーテックスが立ちはだかり、咆哮とともに攻撃を放ってきた。
「甘いわっ!!」
私は左肩のアクティブバインダーを展開して敵の攻撃を弾き返すと、一気に間合いを詰めた。そして、剣の先端を敵の巨躯に向け、一気に加速粒子を放射する。
一瞬だけ加速された粒子線が前方へと照射され、約100メートル圏内にいた雑魚の群れごと、完全型バーテックスの巨大な肉体が一瞬にして真横に真っ二つに切断される。 超高熱によって切り口がドロドロに溶け落ち、内側の『御魂』ごと焼き切られたバーテックスは爆発していく。
「……さすがね」
背後から、珍しく楠が私の手際を素直に褒める声が聞こえた。
「フン、当然でしょ! あんたこそ、遊んでる暇なんてないんだからね!」
「言われなくても!」
楠が2挺の大型ライフルを前方へ水平に構える。
楠の勇者システムには、現時点で実装可能な最大数の『光輪』が組み込まれていた。その莫大な電力を一気に収束させ、ライフルから極大の『陽電子』を放つ。
空気を力尽くで引き裂くような炸裂音とともに、直線上に存在していた数百体のバーテックスが一瞬にして蒸発・消滅した。放たれた陽電子の極太の光柱はそのまま減衰することなく突き抜け、はるか遠くの海上に直撃した。
直後、超高エネルギーによって数十トンもの海水が一瞬にして沸騰・蒸発。海面が巨大な爆発とともに、天を突くような巨大な水柱を跳ね上げた──凄まじい規模の水蒸気爆発だ。
「おわ……っ! なんて火力……!?」
目の前で起きた衝撃的な光景にアタシが驚いて目を丸くすると、楠はフッと誇らしげに鼻で笑い、ライフルから立ち昇る薄紫色の煙を軽く払いながらアタシを見た。
「さすが、って言いなさいよ」
「軽口言うじゃない」
互いに軽口を叩き合いながらも、私たちの呼吸は完全に一致していた。溜まりきったゲージの光が、二人の端末から溢れ出す。
「『満開』──ッッ!!」
私は十数人の分身かと見紛うほどの超高速移動を開始し、残像を残しながら敵陣の中を縦横無尽に駆け巡り、群がる敵を微塵切りにしていく。楠は展開された数基の遠隔機動バレルをライフルへと次々に接続させ、さらに威力を増した陽電子の奔流を旋回させながら照射し続け、左翼の敵を根こそぎ焼き払っていった。
◆
大赦の司令室。
青白く発光するモニターには、地上で激闘を繰り広げる勇者たちの戦果がリアルタイムで映し出されていた。
「左翼、右翼ともに敵主力群の足止めに成功、斥候部隊による上空誘導も良好です」
「各勇者の『焚骸』システム、正常に作動中」
オペレーターの声が響き、室内には一瞬、安堵の空気が漂いかけていた。
しかし――俺、三好春信の背筋に、冷や汗を伴う強烈な悪寒が奔った。
「……待て。何か来るぞ……!」
次の瞬間、中央モニターの映像が激しく乱れ、ノイズが走った。
勇者部によって撃退され、散華していくバーテックスたちの光の残骸のさらに奥深く──空間そのものが、禍々しい漆黒の亀裂となって裂けたのだ。
亀裂の中からゆっくりと這い出てきたのは――これまでのどんなバーテックスとも異なる存在だった。
異様に細長い手足、歪に歪んだ異形のフォルム、そして圧倒的な威圧感を放つ『人型バーテックス』、それはどことなく大葉真優の満開状態に似ていた。
「あれは……人型……!?」
「波形計測! 該当個体から、神樹のシステムを侵食している『イザナギ』の波長を検出! 」
イザナギの力を直接内包した人型バーテックスは、現れた瞬間に凄まじい黒い衝撃波を全方位へと放出した。海岸線に凄まじい津波が発生。予測被害はかなりマズい事になっている。
「まずい……!勇者全員指定ポイントまで移動!津波を押し返せ!!」
『了解!』
指示と同時にポイント指定、勇者全員が移動する。
「指定タイミングで光輪による防壁を広域展開!!」
迫る津波、海底の泥を巻き上げどす黒くなった海水、これが街を襲えば即時の復興がほぼ不可能になる。生き残っても人々の住む場所が無くなる。これ以上奪わせるな。
『みんな!踏ん張りどころよ!!』
指定タイミング、風君の声に合わせて勇者各自が防壁を展開。津波が直撃。凄まじい衝撃で勇者達が少し押されるが、新たに強化された勇者装束のパワーが上回り、津波を押し返す。
地震による波で無い為に一度の押し返しで何とかなったが、その間に人型はこちらに接近していた。
しかし、そのために指定ポイントに勇者を集めていた。
「全隊、目標更新、対象は人型バーテックス。敵の命を力に変え、仲間を取り戻せ!」
『一番槍行くわよ!』
『援護行くわ、当たらないでよ!』
『当てるつもりで来なさい!』
『言ったわね!!』
夏凜ちゃんと楠君が先行、目も止まらぬ高速移動からの正面からの斬撃、そう見せかけた後ろからの斬撃、真正面からは陽電子の塊が人型へと飛来。陽電子は不可視の防壁により逸らされ、斬撃はその爪により受け止められた。
『何…?!満開の出力と死角からの攻撃なのよ!?』
『夏凜!避けなさい!』
風君による超大型の多重チェーンソー。夏凜ちゃんが武器を捨て退避。真正面からの攻撃を人型は両手で防ぐ。凄まじい量の熱と火花が舞い散るが、人型には一つも傷がついていない。
『防壁!?波長合わせてるのよ!!』
人型が腕に力を入れた瞬間、バキリとチェーンソーが砕ける。あ、と風君が驚いた次の瞬間には鋭い蹴りが彼女を襲っていた。吹き飛び、直線上の建物が何棟も薙ぎ倒された。
射撃による攻撃。東郷君と楠君による飽和攻撃は再度人型の直前で逸らされた。
『電磁シールドだ、熱粒子系の兵器は逸らされる、一方から行くな、全面から同時に攻撃しろ、タイミングはこちらで出す』
継人さんの指示。勇者全員にタイミングまでのカウントを表示。ほぼ全方位からの同時攻撃。
それに合わせるかのように人型は津波を起こした衝撃波を放つ。
その衝撃波は、前線で『満開』状態になっていた勇者部全員の強力な攻撃を、たった一波で完全に相殺してみせた。
「勇者部全員の満開形態の同時攻撃を……全て正面から受け止めているのか……?どれだけの力が…」
モニターに映し出される戦闘データは絶望的な数値を弾き出していた。
人型バーテックスは、友奈君や夏凜ちゃんたちの猛攻を容易く受け流しながら、まるで遊ぶかのように互角以上の戦闘力で渡り合っている。
さらに最悪なことに、人型に引き寄せられるようにして、後方から大量の星屑の群れが防衛線の隙間をすり抜け、四国の市街地エリアへと直接侵攻を開始した。
「まずい……このままじゃ市街地に敵が流れ込んでシェルターが破られる」
俺は即座に叫ぶように指示を出した。
「全隊へ、部隊を半分に分ける、半数はただちに市街地の防衛へ向かえ」
市街地を守るための緊急配置転換を指示しようとした、その時だった。
『──待ちなさい、春信君』
ノイズ混じりの通信機から、相良二夜の静かだが力強い声が割り込んできた。
『市街地の防衛には、私以外の全員を回しなさい。……人型の相手は、私一人で十分よ』
「な……、何を言ってるんですか!?」
俺は思わず大声を上げた。
「人型バーテックスの戦闘力は未知数です、 満開状態の勇者部全員で互角の相手を、一人で抑え込もうなんて無謀すぎます、死にに行くようなものですよ!」
『私だけで人型を相手にするわ。他はすべて市街地の防衛に回しなさい、時間がないわよ』
「駄目です、そんな身勝手な許可を出せるわけが──」
「……春信。二夜の指示に従え。許可を出せ、策は練ってる」
俺の言葉を遮るように、隣に立っていた大葉継人さんが重々しい声で告げた。
「継人さん、本気なんですか? 二夜さん一人を残すなんて――」
「二夜には……勝算と、確信がある」
継人さんはモニターに映し出される二夜さんの背中に視線を固定したまま、固い決意の眼差しを注いでいた。自らの愛した人であり、三十年間失われていた大切な存在を、再び戦場に送り出す苦渋の選択。その横顔には、二夜さんへの揺るぎない信頼が滲み出ていた。
「……分かりました。……全隊ポイント更新、ただちに市街地防衛戦線へ移動だ」
春信の指令を受け、夏凜や風たち防衛部隊が次々と市街地へと急向していく。
二夜さんがたった一人でその場に残ろうとする中──中央戦線には、もう一人、頑としてその場を動かない少女がいた。
友奈君だ。
『友奈、あなたも市街地の防衛に回りなさいって言ったでしょ?』
二夜さんが厳しく叱りつけるが、友奈君は隣に並び立ち、首を左右に強く振った。その瞳には、どんな言葉をもってしても絶対に退かないという、固い決意の炎が宿っていた。
『春信さん、私の足は遅いですし、攻撃は殴るだけです、こっちの方が"適材適所"です、お願いします』
『……まったく勇者らしいわね、春信君いいわね?』
二夜さんは呆れたように短いため息をつくと、それ以上友奈君を追い払うのを諦め、黙って前を見据えた。
二人の視線の先──漆黒の歪みの中に佇むのは、かつての仲間であり、今は敵となって彼女たちに牙を向ける人型バーテックス=大葉真優の姿だった。
◆
二人、私=相良二夜と結城友奈。神の依代との、命を削る死闘が始まった。
満開を使用。背中に翼のような黒いフレキシブルスラスター、高圧縮した過重領域を刀に成形、高圧縮した過重領域により空間に歪みを起こし可視光線を歪める。故に私の姿は消える。
人型バーテックス──イザナギの手先となった真優が繰り出すのは、空間そのものを切り裂く漆黒の爪。私の刀であれば防げる。
不可視の刃を振るう、しかし人型は予測
私と友奈はそれを紙一重でかわしつつ、激しい打撃と剣撃を交互に叩き込みながら、絶え間なく言葉を投げかけ続けた。
「……聞きなさい、イザナギ!!」
私は人型の激しい爪撃を刀の側面で受け止めながら、叫ぶように語りかけた。
「お前は……私の息子の目を通して、人間という存在を見たはずよ! 人が何を痛み、何を苦しみ、何を憎悪するのかを! そして……私と真優を取り込んだことで、人間の感情がどれほど複雑で、どれほど不格好なものかを理解したはず! 誰しもが神に近づきたいと願っているわけじゃない! 誰もが、ただ大切な人と同じ時間を生きていたいだけなのよ!」
友奈もまた、衝撃波を突破しながら叫ぶ。
「私たちが欲しいのは、みんなで一緒に笑い合える明日なんだ!」
しかし──人型バーテックスの瞳には、何の感情の揺らぎも見られなかった。
人間の言葉など理解しようともせず、淡々と私たちを殺すための牙を振るい続ける。 その牙を私たちは捌き続ける。しかしいつまで続く?いつまで私たちは"戦い続けなければ"ならない?後何百年、人類は僅かな希望にすがって戦い続けなければならない?
「……もううんざりなのよ、あんた達の相手するの……」
一瞬目を閉じ、溜息をついた。
だが、次の瞬間には口の端をニッと不敵に吊り上げていた。
「……人が神になるのがそんなに嫌なら……お前らが人に“なれ”ばいいわよねぇ!」
言い放つと同時に、私は迷わず『満開』を解除した。無防備になった私の胸元を、人型の鋭い爪が深々と貫通する。
「二夜さんっ!?」
友奈の痛烈な悲鳴が響く。
胸を貫かれる激痛に歯を食いしばりながら、私は迫る人型の両腕を、自分の両手で逃がさぬよう固く掴み留めた。 捕まえられたとわかった人型は背中から腕を生やして、こちらへと振り下ろす。それを友奈が飛び掛かって食い止める。言わなくてもヤれる子である。
しかし、めちゃくちゃ痛い。
「……痛っ……椿に同じことをしたの思い出したわ…… 最悪よ……」
肉体を苛む激痛よりも、かつて自らの選択で友人を追い詰めた過去の記憶の方が……よっぽど“痛かった”。
けれど、これでいい。
直接繋ぐことが出来る。私はついに真優と完全に『接触』を果たしたのだ。 2Aによる脳の認識領域が人型を覆っていく。真優がやったこと、だからこそ私にも出来る。
「私の息子が人間がどういうものなのかを伝えた相手は、お前だけじゃない! 人を知らなかったのは……お前だけじゃない!それに、お前達にとって情報は新しい事が全てとでも思っているのか?ここがどんな所なのか"覚えて"ないのか?この"大橋"が、どんな所なのか」
異変を察知した人型がさらに激しく暴れ始める。
瀬戸大橋跡地は、二年前に使用されていた『鎮花の儀』が設置されている。『バーテックスの魂のみ』を肉体から強制的に弾き出す設備。 私と継人はそれをさらに強化している。私と同一化した真優とバーテックスを引き剥がす。
「友奈! 抑えてなさい!!」
「はいっ……!! 」
暴れる人型を友奈と私が、二人掛かりで上から押さえつける。
同時に新システム『焚骸』と二度目の『満開』を全開で起動。そして起動する鎮花の儀。眩いばかりの純白の光が、私たち三人を包み込んでいった。
◆
視界が白銀に染まり、二度目の『事象の地平線』へと意識が引き込まれていく。
神々の視界。白黒の光が揺らめく空間の中で、足元から透けて消えかけている二夜さんと、固く目を閉じた真優さんの姿があった。
「……友奈」
二夜さんが、哀愁の滲む優しい笑顔で振り返る。
「もう、私が『私』でいられる時間は終わりよ。……真優が目覚める」
「二夜さん……!」
「いいのよ。……継人に、ずっと抱えていた想いを伝えられたから。私には……何の悔いもないわ」
二夜さんは腕の中の真優さんを私へと手渡した。真優さんを受け取った直後、二夜さんの身体は細かな光の粒子となり、空間へと溶け去ろうとしていく。
「二夜さん!!」
私が必死に伸ばした手は届かない。
けれど──消え去る寸前の二夜さんの手首を、上空からすっと伸ばされた“もう一つの手”が、固く掴み取ったのだ。
「え……!?」
見上げると、そこには見覚えのない制服を着た、私と酷似した顔立ちの少女が立っていた。
『私は、高嶋友奈』
少女──高嶋友奈さんは、力強く微笑みながら二夜さんを支えていた。
『二夜さんの魂は、神樹様が助けてくださったよ。……そして、あなたたちのこともね』
「神樹様が……二夜さんを?」
『うん。二夜さんの赤ちゃんのおかげで、神樹様は人を理解できたんだ。人間は神様になりたいんじゃない。人間のまま、大切な人と過ごしたいんだってことを』
高嶋友奈さんは、私と、目を覚まし始めた真優さんをまっすぐ見つめた。
『だから、神樹様はあなたたちに力を与えてくれる。……でもね、この力には大きな代償が伴うよ。敵の神(イザナギ)を完全に滅ぼさなければ、あなたたちの命そのものが尽きてしまう。……それでも、行く?』
私は迷わず、強く頷いた。
「はい! 私たちは……みんなで生きて帰るって約束したから!」
私の腕の中で意識を取り戻した真優さんもまた、凛とした瞳で高嶋友奈さんを見据えた。
『……僕たちは、そのためにここにいるんだ』
高嶋友奈さんは嬉しそうにニッコリと笑った。
『うん、わかった、頑張ってね』
眩い光が弾け、私たちは現実の戦場へと引き戻されていく。
『勇気ある者だけが持てる救世の力、君達なら使いこなせるよ』