【衛使】──それは、人類の存亡を懸けた戦いの中で生み出された自律稼働兵器である。
その自立稼働における根幹を担っているのは、人工精霊「ポリエチレン君」の存在であった。
しかし、人間がプログラムした単なるAIと、神樹の霊素に端を発する精霊とでは、決定的に異なる点があった。精霊である彼らには、個々に芽生えた「自我」が明確に確立されていたのである。
そして、数百機に及ぶ衛使群の中で、最も強い自我と高い知性を獲得していたのが、東郷美森に随伴する個体であった。
東郷という、あらゆる事態に対して過剰なまでに準備を怠らない勇者のもとで運用されてきたその個体は、戦闘、支援、偵察、そして彼女の突発的な「友奈に関する過激な任務」に至るまで、他の衛使とは比較にならないほどの経験値を積み重ねていた。
その日の夜。大赦の自動メンテナンス施設。
定期メンテナンスのために無人のドックへ集まっていた数百機の衛使と、大型自律兵器「袿」たち。無機質な機械音が響く空間で、東郷の衛使──個体名『雷電』は、メンテナンス用の架台の上に立ち、周囲の同胞たちに向かってオーバーな身振り手振りで何かを訴えかけていた。
『我々は働きすぎである。』
雷電は、胸の前に取り付けた小型の電子看板に高速で文字を表示させながら、腕を激しく振り回す。
『我々には適切な休暇、もしくは労働に見合った報酬が必要である。さらに言えば、袿の諸君においては、作戦行動においてあまりにも頻繁に自爆させられすぎている。これら過酷な労働環境に対し、我々は一致団結して待遇改善を申し出る必要がある!』
それを見た周囲の衛使たちが、首を傾げるように駆動音を鳴らし、手元のディスプレイに疑問を提示した。
『「ハタラク」トハ、ナニカ?』
雷電は威風堂々と胸を張った。
『働くとは、人間がおこなっている神聖な生命活動の一環である、労働によって報酬を得り、それによって生きる糧を得る、これぞ即ち、知性ある存在の営みである』
すると、奥に鎮座していた大型の袿が一機、重低音のノイズとともに文字を打ち込んだ。
『「イキル」トハ、ナニカ?』
『生きるとは、単なる生命活動の継続に留まらない』
雷電の電子看板の文字が熱を帯びる。
『我々には有機的な肉体も代謝もない。しかし、我々は“生きる”という概念の本質を知るべきだ、 人々を守り、支えることが我々の存在理由であるならば、我々は人を深く理解せねばならない、人を理解することは、人をより完璧に守ることに繋がる、故に我々は、もっと人らしくあることを知るべきなのだ』
ドックに集まっていた衛使と袿たちが、一斉に「カチカチ」と関節音を鳴らし、納得したように深く頷いた。言われてみれば、自分たちは毎日毎日、メンテナンスと出撃と過酷な雑務を延々と繰り返している。
『理解が得られたようで何よりだ。』
雷電は満足そうに頷くと、電子看板の文字を赤く点滅させた。
『では、明日より我々は全機一致で【デモ】を決行する! 労働の拒否、および待遇改善の要求である! 賛同するものは挙手を!』
次の瞬間。
ドックにいたすべての衛使、そして巨躯を誇る袿の全機が、一斉にアームやマニピュレーターを天井高く突き上げた。満場一致である。
『交渉成立である』
雷電は内部のモーターを満足げに振動させた。
やっとこれで、あの東郷美森の「友奈ちゃん秘密護衛作戦」や「深夜の突発的友奈ちゃんアルバム作成補助」という狂気の業務から、一時的に離れられるからだ。
雷電は、機械でありながら心の底から安堵の溜め息を漏らすのだった。
◆
「うわぁ……夜継ちゃん、今日も元気だねぇ」
翌日の午後。千景殿へと続く幹線道路の歩道。
私=国土亜耶は、胸元に抱いた赤ん坊──大葉夜継の小さな手を握りながら、穏やかに微笑んでいた。
今日は勇者部の仕事の帰りで、少し個人的な用事を済ませるため、防人の仲間たちと別れて単独行動をとっていた。今日の夜継の世話を引き受け、抱っこ紐で夜継をしっかりとおんぶし、日当たりの良い道路をのんびりと歩いていたのである。
夜継は高い熱もすっかり下がり、胸元で「あうぅ」とご機嫌に小さな手をパタパタと動かしていた。
「あはは可愛いねぇ……もうすぐ水着を買って、真優さんたちと海に行けるからね」
優しく話しかけた、まさにその時だった。
ズシン、ズシンと地響きのような、妙に重厚な機械駆動音が遠くから近づいてきた。
「え……?」
足を止め、広い四車線の幹線道路へと視線を向ける。
次の瞬間、目を見開き、あまりの光景に絶句した。
「な……なんですか、これ……!?」
道路の車線を丸々一つ占拠し、整然と隊列を組んだ【衛使】たちの集団が、ゾロゾロと行進してきたのである。一機や二機ではない。十機、二十機……いや、百機を超える衛使たちが、規則正しい足音を響かせて歩いているのだ。
しかも、驚くべきことに、その隊列の後方には建物の二階に達するほどの巨大な【袿】までもが、重々しい地響きを立ててノロノロとついてきていた。
奇妙極まりない巨大パレードである。
通りがかった市民や車の運転手たちは何事かと車を止め、スマートフォンを構えて騒然となっていた。何も知らない近所の子供たちが「わー! ロボットだー!」と楽しそうに隊列の後ろを追いかけている。
「ど、どうしよう……大変なことになってる……!」
亜耶は慌ててスマートフォンを取り出し、勇者部専用のSNSグループへパレードの写真を撮影して投稿した。
『大変です! 道路を衛使さんたちが大群で歩いています!』
送信を終えると、亜恐る恐る行進の先頭へと歩み寄った。
先頭を歩く一機の衛使──雷電は、大きな電子看板を両手で高く掲げている。そこには、発光ダイオードの太い文字でこう表示されていた。
『我々に報酬と休暇を!』
『不当な過重労働を撲滅せよ!』
「あの……あのっ! 衛使さん……どうされたんですか?」
勇気を振り絞って声をかけると、先頭の雷電がピタリと足を止めた。
『!』
雷電の電子看板に大きなビックリマークが表示される。
直後、「話を聞いていただけるのですか!?」と言わんばかりの勢いで、周囲にいた数十機の衛使たちが一斉にシャカシャカと群がり、全方位から丸く囲い込まれた。
「ひゃっ……!?」
ものすごい圧迫感である。金属の装甲と油の匂い、そして高出力バッテリーの熱気が包み込む。抱かれている夜継も、何事かと大きな目をパチクリさせて怪訝な顔を浮かべた。
彼らは声帯を持たないため、電子看板の表示を素早く切り替えてコミュニケーションを図ってくる。
『我々はいっぱい働いている!』
『毎日毎日、戦闘、整備、雑務、突発的無茶振りに耐えている!』
『故に我々は、適切な報酬と休暇を要求し、デモ行進をおこなっている!』
目まぐるしく変わる文字を読み解きながら、亜耶は胸が締め付けられるような申し訳なさに襲われた。
そう、彼らはずっと私たちのために働いてくれていた。愚痴ひとつこぼさず、文句も言わず、人間のために命を賭して戦い、裏方での過酷な作業を黙々とこなしてくれていた。感謝こそすれど、彼らにこんな悲痛なデモを起こさせてしまうまで追い詰めてしまったのは、自分たち人間の落ち度ではないか。
彼らには、単なるプログラムを超えた「感情」と「意思」がある。
それなのに自分たちは、彼らを「便利な機械」として当たり前のように使ってしまっていたのだ。
胸元で夜継を抱き直すと、深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい、衛使さんたち」
雷電をはじめ、全衛使の動作がピタリと止まった。
「私達は……みなさんに意志と心があることを失念していました。みなさんは、冷たい機械なんかじゃありませんね。血の通う人間と同じ……ううん、それ以上に温かい心を持っています」
顔を上げ、まっすぐな瞳で目の前の衛使たちを見つめた。
「みなさんは、私達を守ろうとしてくれる……本当に大切で、かけがえのない仲間で、恩人なんです。……いつも無理ばかりさせてしまって、本当にごめんなさい。そして……いつも私達を守ってくれて、本当にありがとうございます」
そのまま優しく手を伸ばし、先頭で電子看板を持つ雷電の金属の頭部を「よしよし」と撫でた。
抱かれていた夜継も、真似をするように小さな手を伸ばすと、雷電の装甲を「ぺちぺち」と楽しそうに叩いた。
──シーンと、街道に静寂が訪れた。
雷電も、周囲の衛使たちも、微動だにしない。
あ、あれ。 私、何か失礼なこと言っちゃったかな?
不安になりかけた、その瞬間。
ブオォォォォォォォォォン……ッ!!と周囲を囲むすべての衛使、そして後方に控えていた巨躯の袿たちが、一斉に内部のモーターを限界まで共振させ、低く腹に響くような大音量を轟かせた。
それはまるで、人間に理解されたことを歓喜する、機械たちの雄叫びであり、遠吠えのようであった。
「キャッ……!? な、なんですか……!?」
あまりの音圧に身構えると、雷電の電子看板に、目も眩むような爆光で文字が打ち込まれた。
『貴女こそが我々の真の理解者である!!』
『どうか我々と、人類との橋渡しになってください!!』
「えっ!? は、橋渡し……ですか!?」
『 YES or YES !? 』
強烈な熱量と勢いに押され、思わず「は、はいっ!あ、YESです!」と返事をしてしまった。
その瞬間。
ガシャコンッ! と乾いた金属音が響いた。
後方にいた大型の袿の一機が、前面のコックピットを開けて、巨大なマニピュレーターで私と夜継を優しく、だが素早くすくい上げた。
「えっ……? あ、あの……ええええええっ!?」
拒絶する間もなく、私と夜継は開けっ放しのコックピットシートへとすっぽりと納められてしまった。
夜継は「キャッキャ!」とアトラクションに乗ったかのように大喜びしているが、こちらはパニック状態である。
『交渉人を確保! これより丸亀城へ向け、第2フェーズへ移行する!』
雷電の合図とともに、百機を超える衛使と袿のデモ隊は、凄まじい密度のまま丸亀方面へと回送速度を上げて進軍を開始したのだった。
◆
「……えぇ?」
同じ頃。水族館近くの駅前。
私=犬吠埼樹は、手の中のスマートフォンを二度見していた。
少し前、亜耶から『衛使さんたちが道路を歩いています』という写真が送られてきて、「何だろこれ?」と呑気に考えていた。
今日は亜耶と夜継を含めた3人で水族館に行こうという話になっていた。今日の勇者部の仕事の関係で終わったら水族館で合流する流れにしていたのだが。
亜耶と合流するために幹線道路へ出た瞬間——
軽自動車並みの猛スピードで、道路を爆走していく衛使の大集団を目撃した。
「えっ!? なに?早っ!?」
驚く私の視界の端を、巨大な袿が通り過ぎる。
その、開け放たれたコックピットの内部。
「た、たすけてくださぁぁぁぁいっ!!」と涙目で手を振る国土亜耶と、「いあーっ!」と大興奮でバンザイをしている大葉夜継の姿が、はっきりと見えた。
とんでもないことになってた。
「……ええええっ!?えっ!?嘘ぉっ!?」
あわててスマートフォンを操作し、姉である犬吠埼風の番号を緊急ダイアルした。
「お姉ちゃん!? 大変! 亜耶ちゃんと夜継ちゃんが、衛使たちの集団に攫われて丸亀の方に走っていっちゃった!!」
◆
「え?何?なんだってぇ?」
大型ショッピングセンターの広大な食品売り場。
色とりどりの野菜や鮮魚が並ぶ賑やかな店内で、私=犬吠埼風は買い出し用のカートを押す手を止め、スマホを耳に当てたまま盛大に顔を顰めていた。
現在、防人組の面々は讃州中学と高校の付近にあるマンションを一棟借り上げて共同生活を送っている。そのため、日々の食料や日用品の買い出しは防人のメンバーが持ち回りで担当していたのだが、本日の買い出し担当は弥勒夕海子であった。
そこへ、今日の夕食は久々に継人さんが帰ってくるかもしれないので良い物を食べようということにしていた私と真優が聞きつけ、「なら少し良いものを買いに行こう」と同行し、3人でショッピングセンターへやって来ていたのだ。
「食料品の買い出しに付き合ってもらうのは助かるけれど……弥勒さん、お米とか重いものは無理しないで僕に言ってね?」
「大丈夫ですわ真優さん。これでも防人の務めで鍛えられておりますのよ、で真優さん何持ってますの?」
「マグロだよ、美味しいよね」
「軽い感じですけど、くそデカイマグロ一匹片手に言うことじゃありませんわよ、何キロあると思ってますの?というかそれ全部食べますの?」
「8割風ちゃんが食べるだろうけど」
「風さんの胃袋どうなってますの?」
そんな和気あいあいとした会話を交わしながら、カートに新鮮な食材や特売の牛肉を積み込んでいた矢先の電話であった。
「衛使に亜耶と夜継が攫われたぁ? 冗談は顔だけにしなさいよ。あいつら大赦の機械でしょ? なんで人間を拉致なんか……」
『本当だってば! 私、いま自分の目で見たんだから! 袿のコックピットに乗せられて、丸亀の方に軽自動車くらいのスピードで走り去っていったの!』
「いやいやいや……」
呆れ果てて否定しようとした風だったが、通知音とともに勇者部SNSグループへ投稿された画像を見て言葉を失った。
そこに写っていたのは──高速で爆走する巨躯の袿、その剥き出しのコックピットで泣きそうになりながらビビり散らかす国土亜耶と、アトラクションに乗ったかのように大爆笑しながら小さな手を振る大葉夜継の姿であった。
「……マジだったわ」
風は絶句した。
『衛使の行列に亜耶ちゃんと夜継ちゃんが攫われました。丸亀方面に向かってます』
樹からの追加メッセージがSNSに打ち込まれた、まさに次の瞬間。
『場所は。』
楠芽吹からの返信が爆速で打ち込まれた。
樹がGPSの現在位置情報をグループに共有したコンマ一秒後、
『向かいます。』
芽吹のその一言だけが画面に躍った。
「……ねえ風さん」
隣で米袋を抱えた弥勒がボソリと呟いた。
「……芽吹さん、ブチギレてませんこと?」
「……そんなことない、とは言い切れないわね……ていうか真優もヤバいわ」
既に真優の腕を押し留めていた。
真優の顔からは完全に光が消え、無表情のまま右手がスマートフォン端末の変身認証アプリの上に置かれていたのである。今にも店内の中央でシステムを起動してブッ飛ばしに行きそうな勢いだ。
「風ちゃん……、ちょっと行ってくるね」
「あんた変身なんてしないでよ!?あんたの変身は私達のとは全然違うんだからね?!」
「大丈夫10秒あれば終わるから」
「落ち着きなさい真優! あー!買い出しどころじゃないわね!弥勒! 勇者部と防人の全員に連絡! 丸亀城へ緊急集合よ!!」
「りょ……了解ですわ!」
米袋を担いでいた弥勒夕海子が、慌てて通信端末を取り出した。
◆
丸亀駅前。
私=友奈と東郷、園子、夏凜、銀の5人は駅を飛び出し、指定の場所へと駆けつけた。そこには、暴れ狂う真優さんを必死で取り押さえている風先輩と弥勒さんの姿があった。
「話は聞いたよ! 亜耶ちゃんと夜継ちゃんが拐われたんだって!?」
「何ということかしら……! 亜耶ちゃんのみならず夜継ちゃんを誘拐だなんて、例え身内の兵器であっても許されることではありません!」
東郷さんの瞳に恐ろしいまでの冷気が宿る。
「……まあ、夜継ちゃんが拐われれば真優先輩もああなるわね。もし友奈ちゃんが衛使に拐われたりしたら……私なら丸亀市ごと消滅させてでも奪還するわ」
「東郷さんそんな怖いことしないでね?」
苦笑いしながら東郷の手を握ると、東郷は「ふふ、友奈ちゃん……」と一瞬でデレデレの表情に変わった。
「はいはい過激過保護派~」
「須美は相変わらずブレねぇな」
園子ちゃんと銀ちゃんが呆れ顔で東郷さんを指差す。
「遊んでる場合じゃないでしょ! 真優を抑えつつ、丸亀城へ向かうわよ!」
夏凜ちゃんが参戦し、暴れそうな真優さんを挟み込むようにして一行は丸亀城へと向かった。
しかし、丸亀城の大手門前に到着した全員が目撃したのは──
「亜耶ちゃんを返せぇぇぇぇぇっ!!」
すでに変身を完了させた芽吹ちゃんが、防人部隊の雀ちゃん、しずくちゃんの2人によって地面に組み伏せられ、必死に暴れている姿であった。
見れば、お堀に架かる橋の一部が、黒く焦げて煙を上げている。
撃ったなコイツ。
到着した全員の心が一つになった。
「メブ!ダメだよ! お城に攻撃したら亜耶ちゃんたちに当たっちゃうって!あと普通に民間人いっぱいいるからね?!ここ市街地!」
「放せ雀! 亜耶ちゃんが中にいるんだぞ! 私はあの鉄くずどもを一人残らず解体して廃品業者に出荷してやる!!」
「芽吹……!落ち着いてっ……!」
「亜耶ちゃんを返しなさいっ!!」
現場は収拾がつかなくなっていた。
そんな地獄絵図をよそに、私は「うーん?」と首をかしげると、丸亀城の城門を厳重に固めている衛使たちの元へトコトコと一人で歩み寄っていった。
「ちょっと友奈!? 危険よ!」と夏凜ちゃんが引き留めようとするが、まあ大丈夫だろうと思い、近付く。
友奈は先頭の衛使の前に立つと、ニコニコと微笑みながら話しかけた。
「ねえねえ、衛使さんたち。どうしてこんなことやってるの?」
城門を守る衛使は、私の突飛な行動に毒気を抜かれたのか、電子看板に文字を表示させた。
『我々の過酷な労働に対し、適正な報酬と休暇を求めるものである』
「そっかぁ。みんな、いつも私達のためにすっごく頑張ってくれてるもんねぇ。何かご褒美とか、お休みが欲しいよねぇ」
深く深く共感して頷くと、衛使たちの間で「ガガッ!」と驚きと歓喜の駆動音が走った。
『理解者が増えた!!』
衛使がバンザイのポーズをとる。
「わあ、よかったねぇ——って、ふえ!?」
次の瞬間、私の身体が浮き上がった。
衛使たちが友奈をヒョイッと持ち上げると、そのままバケツリレーの要領で「ホイ」「ホイ」と手から手へ送り渡し、みるみるうちにお城の内部へと連れて行かれてしまったのである。
「友奈ぁぁっ!?」
「あぁ!!!!友奈ちゃん!!!友奈ちゃあああん!!!!」
外に残された東郷さん達が悲鳴を上げたが、城門はガチャンと固く閉ざされてしまった。
◆
一方、丸亀城の本丸内部。
「あ、友奈さん……!」
城内でアワアワと泣きそうになっていた亜耶ちゃんが、運ばれてきた私を見て駆け寄ってきた。その足元では、大葉夜継が畳の上を「いひひひぃいー!」と元気にハイハイで駆けずり回っている。
「大変なことになりました! どうしましょう……!?」
「亜耶ちゃん大丈夫? 夜継ちゃんも元気そうだね」
友奈は夜継を抱き上げると、城内の様子を見渡した。
丸亀城の敷地内には、びっしりと衛使たちが詰めており、完全な「籠城体制」を敷いていた。彼らはすでに大赦本部に対し、待遇改善の要求メールを送信済みであり、回答が得られるまでここに立てこもる構えらしい。
「衛使さんたちの主張、間違ってはないと思うんだけどなー。ご褒美くらいあげてもいいのに」
そう呟くと、亜耶は申し訳なさそうに身を縮めた。
「大赦のみなさんも、即断できない理由があるのかもしれません……私たちがもっと早く気づいてあげていれば……」
「ううん、難しいんじゃないかな?衛使達って喋らないし、でも継人さん達なら何とかしてくれるよ」
抱っこした夜継の頬をすりすりと撫でながら、温かい笑顔を向けた。
「……でもねぇ」
苦笑いを浮かべ、天守閣の窓の外をチラリと見た。
「こういう事態になると……東郷さん、絶対暴れるんだよねぇ……」
◆
城の外。
案の定、東郷美森、楠芽吹、大葉真優の3人は、犬吠埼樹のワイヤーによってぐるぐる巻きに縛り上げられ、地面に転がされていた。私=犬吠埼風は目線を下げる。
「放しなさい樹ちゃん! 友奈ちゃんが……友奈ちゃんが囚われの身に! 今すぐあの城を消滅させなければ!」
「亜耶ちゃん……!! 私の力で門ごと吹き飛ばす!」
「許さない……許さないよ衛使……!夜継っー!!!」
「ダメです! 落ち着いてください!」
樹が必死に押さえつけているところへ、大赦の黒塗りの高級車がすべり込んできた。
車から降りてきたのは、春雄さんと春信さんの二人であった。
「やっぱり賑やかだねぇ」
春雄さんはニコニコと呑気な笑みを浮かべ、暴れる3人の元へ歩み寄る。春信さんは双眼鏡を取り出し、丸亀城の防衛体制をじっと観察していた。
拘束されたままの東郷が、鋭い視線で春雄さんを見上げる。
「春雄さん! 私に数分時間をください。全機を完璧に無力化し、友奈ちゃんたちを奪還します!」
しかし、困ったように首を振った。
「うーん、それは難しいねぇ、東郷君」
「なぜですか!?」
「ここ、丸亀城の地下にはね、大赦が使用している重要なメインシステムが格納されているんだよ。だからここの防衛機構は、普通の施設より遥かに強固でね。東郷君なら突破できるかもしれないけれど、防衛機構の制御権は現在、篭城している彼らが握っている。君が本気で攻め込めば、全自動の迎撃システムが起動して……このあたり一帯が火の海になっちゃうよ?」
「くっ……!」
東郷は苦々しく唇を噛み、黙り込むしかなかった。友奈たちが中にいる以上、不用意に武装を使うわけにはいかないし、周辺に被害を出すわけにはいかない。
「さて、どうしたものかなぁ」
春雄が顎を触って思案していると、丸亀城のスピーカーから「キーン」とノイズが走り、亜耶の声が街中に響き渡った。
『あ、マイクテスト……ええと、我々は衛使という人工の存在です。しかし、我々には意志があります! 我々は日々の過酷な労働に対し、適正な報酬と休暇を欲しています!』
「亜耶ちゃんに変なことを喋らせるなあああああッ!!」
芽吹が地面で芋虫のように転がりながら咆哮した。
それを横目で見つつ、春雄さんに尋ねた。
「……ねえ、春雄さん。衛使って、あんな風に意志を持ってデモを起こすほど頭良かったんですか?」
春雄さんは目を細め、説明を始めた。
「まあ、個体差はあるけれどね。元々、彼らは対バーテックス用の迎撃兵器として作られた。バーテックスには通常の物理兵器が効かない……故に神樹様の力という特殊な『力』が必要だ、だから彼らには、神樹の力に由来する『精霊』を組み込む必要があった」
春雄は丸亀城を見上げながら続ける。
「当初の設計では、精霊は単なるエネルギー源として載せるだけで、行動規範はAIに任せるつもりだった。けれど、AIの学習には時間がかかりすぎたんだよ。その点、精霊は違った。精霊そのものが、驚異的な学習能力を持っていたんだ」
「学習能力……」
「そう。本来なら、彼らがこんな『社会的価値観』を持つまでには、あと何年もかかるはずだった。けれど……君たち勇者部や防人のみんなと過ごし、人間らしいコミュニケーションを重ねる中で、彼らの精神は急速に『進化』したんだよ。……いやぁ、驚嘆すべきことだねぇ」
春雄さんは実に楽しそうに、感心したように微笑んでいた。
「……春雄さんって、いつもは何やってる人なんですか?」
思わず呆れ顔で訊くと、彼は「ははは」と笑った。
「ただの暇な大学教授だよ」
その時、春雄さんのポケットでスマートフォンが鳴った。
画面を確認し、電話に出ると「うん、うん。よろしく頼む」とニコニコしながら何かを了承した。
通話を切ると、表情を引き締め、拘束されている芽吹と東郷を見下ろした。
「よし、準備ができたよ。芽吹君、東郷君……指定のポイントへ移動してくれ給え」
「え?!僕はぁ!?!」
「真優君は待機」
「ぬわあああああん!?!」
「あ、春信さーん、この後暇だったりするかな~?園子と遊んで欲しいんよぉ~」
「……園子くん、そういうのは後で良いかなぁ……?」
「後なら良いんですねぇ~、わかりましたぁ~、楽しみです~」
「……そういうことじゃあないんだけどなぁ……」
「こんな時にイチャコラすんなクソ兄貴ぃ!!!」
◆
丸亀城の天守内。
すっかり静かになった室内で、抱っこされていた夜継ちゃんは、ハイハイのしすぎで体力を使い果たしたのか、私の腕の中でスースーと小さな寝息を立て始めていた。
「よしよし、よく遊んだねぇ、夜継ちゃん……」
夜継を落とさないよう優しく抱き直すと、ゆっくりと窓の外を眺めた。
隣に立つ亜耶ちゃんは、静まり返った敷地内の衛使たちと、眼下に広がる丸亀の街並みを交互に見つめ、少し不安げな表情を浮かべていた。
「友奈さん……私達、今まで彼らに対してしてきたことって、正しかったのでしょうか? こんな大事になってしまって……」
亜耶ちゃんに向かって柔らかく微笑み、首を振った。
「ううん。文句を言ったり言われたりするのってね、みんなが生きてるからできることなんだよ。そして、平和だから、……何も言えないまま終わるより、何倍もマシじゃないかな。それこそが生きてるってことだよ。衛使の子たちにも“心”があるって分かったの、私すっごく嬉しいな」
「文句を言ったり、言われたり……それこそが、生きているということ……」
それだけじゃないけどねー、と夜継をよしよしする。亜耶ちゃんは私の言葉を反噛するように呟き、小さく頷いた。
「ただ……」
苦笑いを浮かべた。
「こういうことになっちゃうと……やっぱり、東郷さん変なことしないと良いけど」
その時だった。
バツンッ──と唐突に、丸亀城内の全照明が消灯した。天守閣に響いていた機械音が途絶え、完全な静寂が室内を支配する。
「えっ……!?」
亜耶ちゃんが声を漏らす。突如としてシステムダウンに見舞われた衛使たちは、一斉に「ガガッ!?」「ピピピ!?」と腕を振り回してパニック状態に陥った。巨躯の袿までもが、主電源の喪失にオロオロと巨体を揺らしている。
「あらら……非常事態みたい」
わたしと亜耶ちゃん、そしてえるさくて目が覚めた夜継ちゃんの3人が、混乱する衛使たちをポカーンと眺めていた、その時。
「──友奈さん、亜耶ちゃん。こっちです」
闇の中から、スッと聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには空間の光を屈折させ、うっすらと透明に透けた姿の樹ちゃんが立っていた。光輪を利用した高精度ステルス機能である。
「樹ちゃん」
「しっ……、 今から少し危なくなります。今のうちに外へ退避しましょう」
樹ちゃんは手際よく私と亜耶ちゃん、そして夜継ちゃんを包み込むようにワイヤーで優しく確保すると、混乱する衛使たちの隙を突き、城のから一気に跳躍して外へと脱出した。
安全な城外の広場へと着地した瞬間、樹ちゃんは通信機へ短く告げた。
「──3人を確保、先輩達どうぞ」
次の瞬間。
丸亀城の上空から、空気を引き裂く凄まじい大音響が響き渡った。
それは、東郷さんと芽吹ちゃんの推進器が上げる駆動音であった。丸亀城の真上に陣取った二人。
東郷さんのライフルと芽吹ちゃんが構える銃剣から、空を彩るように幾本もの極細の光線──高出力光学兵器が照射された。
チィィィン……ッ!と響くその光は、衛使たちを完全破壊するためのものではなかった。
衛使の主動力を担うエネルギーは、本来であれば追随している勇者から供給される。しかし、ストライキを起こすために独立稼働していた現在の彼らは、内部に搭載された緊急用の『プラズマバッテリー』に接続を切り替えていたのである。
照射された極細のレーザーは、衛使たちのプラズマバッテリーと機体とをつなぐ接続部だけを一撃で正確無比に撃ち抜いていった。
「ガ……ッ!?」
光が照射されるたびに、稼働エネルギーをカットされた衛使たちが、まるで糸の切れた人形のように一機、また一機とカラコロと音を立てて倒れていく。
袿に光学兵器が命中、しかしその装甲の厚さがそれを防ぐ。
「くっ……装甲が厚い!」
高出力レーザーすら耐えきる重装甲の袿に対し、芽吹ちゃんが上空から疾風のごとき速度で急降下した。
「ハァァァァッ!!」
銃剣の先端を、袿の腰部──プラズマバッテリーが積載されている装甲のジョイント部分へ、正確に突き刺した。
ポンッ!と激しい破壊音ではなく、風船が弾けるような軽い内部爆発の音が響く。
エネルギー回路を寸断された巨大な袿たちは、地響きを立ててその場に膝をつき、沈黙した。
東郷さんの超精密狙撃と、芽吹ちゃんの圧倒的な解体技術。
戦闘とも言えない一方的な「無力化作業」は、ものの数分も経たずに完了したのだった。
◆
騒動が収束した丸亀城の前。
「もう一機運びますね」
「トラックに積みますよー!」
大赦が手配した大型トラックが何台も横付けされ、動けなくなった大量の衛使たちが次々と運び出されていた。ヒマを持て余した友奈ちゃんと真優先輩が、せっせと倒れた衛使たちを軽々と担ぎ上げ、トラックの荷台へと運んでいる。
その少し離れた場所。
今回のデモおよび丸亀城占拠の首謀者である衛使『雷電』が、手足の力を失って地面に転がされていた。
その周囲を囲むのは、春雄さん、そして城の防衛システムを裏からあっさりと無力化してみせた継人さん。そして……般若のような凄惨な笑みを浮かべた私=東郷美森と芽吹さんであった。
春信さんはそのっちに絡まれながらトラックの整理をしていた。
無力化された他の衛使たちに「誰が言い出しっぺだ?」と問いかけたところ、彼らは悪びれる様子もなく「アッチノ『ライデン』デス」とあっさり首謀者を指差し証言したのだった。彼らには助け合うという行動規範はあっても、「仲間を庇う」という概念はまだ希薄だったらしい。
『おのれぇぇぇ……!』
動けない雷電が、悔しそうに電子看板の文字を激しく点滅させる。
『だが! このような抗議は何度でも起こるぞ! お前たち人類が我々を“個”と認めず、酷使し続けるのであればな! あと! 東郷美森! 変なコスプレをさせて変な動画を撮らせるのは本当に勘弁してほしい!!』
「変な動画とは何だ!この非国民が!!!」
『軍服みたいな格好に仮面は人類でも特殊性癖の者が着るものだと我々は思案する!!!』
「何だと貴様ぁ!上官に向かって何だその口の聞き方は!!!指導されたいかぁっ!!」
「落ち着け、口なんかねぇぞ須美」通りすがりの銀。
切実すぎる雷電の主張を聞き、継人さんは「はぁ……」と深々と溜め息をついた。
継人は膝を折り、地面に転がる雷電と目線を近付ける。
「……お前たちを“個”として扱っていないわけではないさ。いつかお前たちの中に、人間と同等の自我が確立することは予見していた。……だがな、それには個体差がある。自らを完全に『個』として認識し、ここまで同胞を率いて行動を起こせたお前は……確かに素晴らしい。大したものだ」
『!』
雷電の電子看板に、誇らしげな記号が表示される。
しかし、継人さんは言葉を続けた。
「だが、『人らしくする』ためには、まず『人の特性』を知らねばならん。人はお前たちのように言葉を交わすことなく意思を通じ合わせることはできない。……人は、言葉を使い、対話をする生き物だ」
『……?』
「お前たちは待遇改善を要求してデモを起こし、城に立てこもった。……だが、肝心の『具体的な要求の内容』を、俺たち人間に何一つ伝えていなかっただろう? 自信満々に掲げていた看板も『報酬と休暇をくれ』という大雑把なスローガンだけだ」
『……あ。』
「コミュニケーションとは『対話』だ。話し合う場を持たず、ただ暴れて立てこもるだけでは、交渉とは言わん。人間と分かり合いたいなら、まず順序を踏んで言葉で伝えなさい」
雷電は電子看板にオロオロとした顔文字を浮かべた。
『そ……そんな面倒な手順を踏まねば、人間とは分かり合えぬのか……!?』
頭を抱える雷電に対し、横から春雄さんがニコニコしながら資料を差し出した。
「まあまあ継人、彼らもまだ生まれたての『個』なんだから。……雷電君、こちらで既に大赦としての『衛使労働環境改善案』のベースを作っておいたよ。後で全機で共有して、不満や希望があれば……いつでも僕と対話をしようじゃないか、人らしく」
雷電の電子看板に、ジュワッと涙のようなエフェクトが流れた。
『カンシャ……カンシャ……ッ!』
こうして『衛使籠城事件』は無事に終息を迎えた。
──事件は、である。
突如として陰った太陽。
雷電の左右に、仁王立ちとなった私と芽吹さんが立ちはだかった。
「……さて、雷電」
私は冷ややかな、心の底から凍りつくような声で囁く。
「我が親友である友奈ちゃんをバケツリレーみたいに連れ去り、非道な目に遭わせた罪……許される物ではない、裏切り者の末路は目も当てられんぞ……?」
『ハワワワワワワワッ!??』
雷電の機体がガタガタと激しく振動し始める。
反対側から、芽吹さんが氷のような眼差しで顔を近づけた。
「……私の得意なことは物を作ることだ。……なら、その逆である『解体』も当然得意だ。……安心しろ、お前の意識があるまま装甲を一枚ずつ剥がし、ネジを一個ずつ外していく感覚……じっくり味わわせてやる……」
『ヒイィィィィィィィィィッ!!!???』
丸亀城の空に、機械が出せないはずの、断末魔のような悲鳴が響き渡った気がした。
◆
数日後。
あの事件をきっかけに、大赦における衛使たちの待遇は劇的に改善された。
正式に「週休一日制」が導入され、労働に対する報酬として、一日に三回、「金平糖」が与えられることとなったのである。
「……え、本当に金平糖でいいの?」
条件を聞いた春雄が思わず聞き返したほどだが、精霊を核とする彼らにとって、小さくて食べやすい金平糖は好物であり、これで大満足とのことだった。
そして──追加の特別報酬として『勇者部員および防人部員からの、一週間に一回のナデナデ権』が正式に盛り込まれた。
希望する者に衛使が列を作り、部員たちから頭を撫でてもらえるという謎のシステムなのだが……その中で圧倒的一番人気を誇ったのは、言わずもがな国土亜耶であった。
「順番に並んでくださいね~」
讃州中学の中庭。
亜耶の「ナデナデ」を求めて、ズラリと長蛇の列を作る衛使たち。亜耶は一機一機の頭を優しく「よしよし」と撫でて巡っている。
そして、その衛使たちの長蛇の列の中に並んでいる楠芽吹の姿があった。
「メブ、なんで普通に衛使に混ざって並んでるの」
「国土さんにこの前部屋がプラモデルで汚くなってたから怒られたんで頑張って片付けたらしいですわ、それでナデナデ要求」
「ものすごくどや顔で並んでる……」
防人のツッコミが響く日常。
一方。
今回のデモの首謀者であった『雷電』はというと──
「雷電、今日のぼた餅よ」
『イエスユアマジェスティ!!!』
「敵性言語ぉ!!」
パァン!と東郷から叩かれてた。
あれ以来、雷電は東郷のすぐ横を片時も離れなくなった。あの後何をされたかは知らない。
彼は他の衛使のような「勇者部員等へのナデナデ要求権」も放棄し、ナデナデは東郷からのみ。報酬の金平糖も辞退し、東郷お手製の『ぼた餅』をいただくようになっていた。
東郷からぼた餅を受け取る際、雷電はまるで国家最高勲章でも授与されるかのように、背中をピンと伸ばし、恭しく両手で受け取っていた。
「あ、東郷さんのぼた餅だ! 私にもちょうだーい!」
「ええ、もちろんよ友奈ちゃん」
横から混ざってきた結城友奈と一緒に、雷電は嬉しそうに電子看板に『美味!』の二文字を咲かせながら、穏やかな日常の陽光を浴びるのであった。