胎動
神世紀302年3月。
四国の結界"内"、荒れ狂う海原に囲まれた伊吹島の"敵性樹海"付近。
早朝5時に奇襲作戦は開始された。
水しぶきを巻き上げながら巨体を誇示する一隻の船があった。超大型葦原船『ダイダラ』三番艦。結界外遠征のために建造された300m級多目的護衛艦であり、船体中央に宿る神樹の宿り木から供給されるエネルギーによりをバーテックスに対抗出来る防壁を纏い、敵が我が物顔で住み着く海を進む鉄の城塞である。
その甲板上には衛使と袿が何機も立っていた。
「敵性樹海との距離確認、各照準よし。ミサイル、レールガンいつでも撃てます」
艦橋に響くオペレーターの報告に、三番艦艦長・三好春信は鋭い眼光を前方へと向けた。
「全兵装自由、敵性樹海結界への攻撃開始、これが反撃の一番槍とするぞ」
「攻撃開始」
艦の巨大な発射孔から放たれた多機能ミサイル群が、夜空を焦がす曳光尾を引いて敵性樹海の深部へと殺到する。同時に、甲板上に展開された衛使のレールガンが電磁の閃光を迸らせ、超音速の弾丸を撃ち出した。
そして直撃。樹海結界の表面で連続する大爆発が、夜の闇を真昼のように染め上げる。
しかし、樹海結界は健在。その表面にマグマのようなフィールドが発生する。
「艦長! 敵フィールド発生、敵性反応多数! バーテックス群がこちらに出てきます!」
「怯むな、作戦続行、艦を指定ポイントまで移動させろ」
春信の号令が飛ぶより早く、炎と黒煙の中から、悍ましい影が飛び出した。
通常の完全体バーテックスとは異なる。その姿は、航空機のような鋭利な翼を生やした衛使、あるいは神世紀の技術の結晶である『袿』の意匠をどこか嘲笑うかのように模倣していた。しかし、その体躯は15mを超える巨龍の如き威圧感を放っている。
『奎宿座(けいしゅくざ)』。
ダイダラ二番艦が鹵獲された後から新たに産み出された完全体バーテックス。人を模倣した天の神が、次に模倣した人類の「武器」と「工学」。効率的な殺戮のために最適化されたその群れは、恐るべき連携と物量をもって人類へと牙を向く。
だが、人にも武器はあるのだ。
「防人出撃、同時にミサイルによる支援開始、敵に先制させるな」
「防人は順次出撃開始、ミサイル支援開始します、防人は着弾ポイントに気をつけてください」
春信の指示を受け、カタパルトから次々と射出されるのは、最新の改修を受けた防人達。その上をミサイルが飛んで行く。爆発と爆煙を抜けて、防人達のライフルが飛来する星屑達を射貫く。
海上を縦横無尽に滑るように移動しつつ射撃。それを可能にする光輪の推進力。
奎宿座からの飽和ミサイル攻撃と腕の砲身から放たれる射撃。盾装備の防人が前に出ると同時に防壁を展開。防壁により阻まれる攻撃。防壁の隙間からレールガンによる射撃、奎宿座を御魂ごと貫通する。その中に紛れて近付いていた牡羊座は電撃を放とうとしたところ、防人に懐に潜り込まれ、パイルバンカーにより御魂ごと破砕されていた。
かつては圧倒的な脅威であった完全体バーテックスは今の防人たちの手にかかれば、あっという間に処理されていく。
水飛沫と電磁の光が交錯する激戦の中、防人たちは敵性樹海結界の殿を務める最後の参座へと迫った。
防人達は参座を守っていた奎宿座を処理しつつ、レールガンによる射撃。
参座による防壁によりレールガンの弾頭は砕け散る。それを確認した防人達による集中放火。波長特定の為の牽制攻撃。
その攻撃の中を掻い潜る1人の防人。パイルバンカーの杭に参座の防壁に合わせた波長を纏わせる。
硬質な防壁に対し、パイルバンカーを叩き込む。
──ガギンッ! と乾いた高音が響き渡り、参座の防壁が粉々に砕け散り、その御魂ごと身体を粉砕した。
結界防衛の殿が破られた瞬間、敵性樹海そのものが激しく鳴動した。
「敵フィールド活性化確認!」
「強力な奴を出すつもりか……、防人に防御要請、後退準備」
フィールドが裂けんばかりに膨れあがり、中から巨体が姿を現す。海が沸騰するかのような熱量が周囲を包み込む。複数の完全体バーテックスの残骸とエネルギーが強制的に融合し、おぞましい巨体を形作っている──合体型獅子座だった。
防人達はレールガンによる射撃を行うが、先ほどよりも強力な防壁に弾かれる。
防いだと同時に、獅子座は周囲を焼き尽くすほどの高熱火炎攻撃を放った。海が一瞬で沸騰し、凄まじい火炎によって高熱の水蒸気爆発が巻き起こる。
「防壁を展開してなかったら、死んでたぞ……!」
前線を守る防人たちは防御要請に従い、盾と光輪による防壁を展開し、襲い来る業火を防いでいた。しかし、そのあまりの超高熱は、耐熱性を極限まで高められたはずの防人装備の表面すら貫通し、幾人かの肌にわずかな熱傷をもたらした。人間が消えてしまうような温度を軽々と超える熱量が、戦場を焦がす。
「想像以上に敵の力が強い、何体"混ぜてる"?防人を前線から下げろ、弥勒くん頼めるか?」
『任されましたわ、出撃します!』
春信の即座の判断により、防人たちが後退する。それに代わって出撃したのは、特別仕様のさらに強化された防人装備を纏った三人の影──弥勒、雀、そしてしずくだった。
「え~?!あれでっかいし強いっぽいんだけど私達でやるの~?!?」
「……やるしかない、雀、前行って、盾役でしょ?」
「うぇ~!?!」
彼女たちの後方には、複数の結界発生型衛使が追随している。
「皆、下がりなさい! ここはあたくしたちが切り開きますわ!射撃可能な者は私達近付く敵への牽制射撃!雀さん!防御!」
「私が前出るのぉ~?!?」
「盾役の意味わかってます?」
「前っ!前出れば良いんでしょっ!?!鬼!悪魔!弥勒隊長代理!代理!!」
「代理を主張しなくて良いですわ」
芽吹の不在を補うように、弥勒が全軍に向けて力強い支援指示と活を飛ばす。
獅子座が放った第二波の火炎弾の嵐を、雀が展開した巨大な防壁が完全に受け止めた。防壁の表面が破砕しかけるが、雀は一歩も引かない。
その火炎を振り切って弥勒が飛び出し、腕に装備した二連荷電粒子ライフルを射撃。荷電粒子は獅子座の手前で防壁に阻まれて霧散する
「参座が混じってますわよ……!防壁の波長のデータを同期!目眩まししますわ!しずくさん!」
「……いけるよ」
「いきますわよーッッ!!」
二連荷電粒子ライフルと反対の腕に装備しているマルチミサイルポッドを射出、その後中のミサイルが蜘蛛の子を散らすように飛び出す。
このミサイルに攻撃性能はほとんど無い、攻撃目的ではなく煙幕用である。バーテックスには肉眼というものが存在していない、あったとしてもそれが感覚器官として使用されているものかはわからない。故に煙幕弾頭には使用者の培養した血液を内包している。バーテックスにこちらの存在が一瞬だけ多数居るように誤認させるのだ。
合体型獅子座は赤黒い煙幕により、四方八方に火炎弾を飛ばし出す。
その隙を突いて、しずくが肉薄する。いつでも獅子座によって焼かれてもおかしくない距離。その危機的状況が、彼女の人格を『シズク』へと切り替わらせる。
「シズク、よろしくね」
「…任せな!綺麗に腑分けしてやるよ!!!」
怒号と共に振るわれた2振りの中距離対応型超振動ブレードが、合体型獅子座の結合部位、無数のパーツが繋ぎ合わされた脆弱な「繋ぎ目」をニ刀両断する。
巨体がバランスを崩す。待ち構えていた弥勒が巨大な破砕用ハンマーを振りかぶった。
「これで終わりですわぁッッ!!」
露出した獅子座の御魂は叩き込まれたハンマーの衝撃により粉砕。直後、弥勒の装備から放出された『焚骸』により御魂は散華、合体型獅子座の巨躯は光の粒子となって盛大に光の粒子と花弁となった。
「フェーズ2に移行、衛使各機は結界への波長同期開始、春信さん……結界を破りますわよ」
『一番艦はいつでもいける、弥勒くんの攻撃タイミングと同期させる……、やれ』
「最大出力でいきますわ!」
消滅していく合体型獅子座の残光を横目に、弥勒は敵性樹海結界の境界へと肉薄し、随伴させていた結界発生型衛使を直接接触させる。敵性樹海結界へと同じ波長を当てることで相殺し、その強度を下げている。
焚骸によるエネルギーを触媒として、勇者が持つ『満開』とは違うシステムが起動。一撃に蓄えたエネルギーを使う『過剰出力(オーバーロード)』
「固有振動式重粒子破砕砲!!!発射ぁッッ!!」
「弥勒さん、普通に撃つだけで良いのにフルネーム言ってる」
「気合いって奴だろ、俺言わねぇけど」
「うるさいですわよ!」
弥勒の絶叫と共に、結界の一点に向けて純白の光が撃ち込まれた。
ほぼ同時にすべての偽装膜を自ら破棄し、『ダイダラ』一番艦がその姿をあらわにした。その甲板上には袿4機が長い砲身を固定していた。その砲身はエネルギーにより光の粒子が溢れていた。
「照準!敵性樹海結界!発射ぁ!!」
一番艦の艦長・九十九の号令のもと、艦載された改良型の『千景砲』が凄まじい轟音とともに火を噴いた。
二大エネルギーの交差。
世界が白く塗りつぶされるような閃光と、鼓膜を引き裂く爆音が伊吹島周辺を揺さぶった。
バリバリィッ!と空間そのものが亀裂を走らせ、強固に閉ざされていた敵性樹海結界がついに崩壊した。
肉眼でもはっきりと捉えられるようになった伊吹島の全景。その土壌から、先ほどまでの比ではない、おびただしい数のバーテックスの群れが、溢れ出る濁流のように湧き上がってくる。
そして──その最奥に、神々しくも冷酷な「神の一柱」がその巨体を顕現させた。
神は仮面のような胴体に何本もの腕だけが生えた姿。それは永遠と踊り続けている。仮面から覗く肉眼のようなものが周囲を見渡していた。
「全防人、指定領域まで速やかに下がれ! 緊急出撃要請を発令する!」
春信の緊迫した通信が、全員の耳に響く。神が動けば、防人達など一瞬で塵と化す可能性がある。絶望的なまでの格差が、戦場を支配しようとしたその時──。
空間が、音もなく裂けた。
神の一柱がまさに踊り続ける腕の一つをこちらに振り下げようとした瞬間、一筋の流星のような閃光が神の巨体に直撃し、その巨躯の動きを完全に縫い留めた。
そして上空に発生した激しい空間湾曲。そこから飛び出してきたのは、四つの影。
「本丸がやっと出てきやがったぜ!!まごつきやがってこの野郎が!ぶっ殺してやる!!」
古いタイプの学ランのような"勇者装束"、齢15歳くらいの"男"、髪型はガッチリと決めたリーゼント。
「"夜継"!そんな野蛮言い方は止めなさい!」
その言動を真優が諌める、その横から友奈が夜継の肩をつついて忠告する。
「そうだよ夜継君、お義母さんの言うこと聞かないと怒られちゃうよ?」
「あぁ?!うるせえな!義母ちゃんも師匠も!こいつは男が気合い入れるのに必要なんだよ!なぁ!"若葉"さん!!」
「私は女だ、男の気合いの入れ方なぞわからんぞ?」
真顔で夜継に返答する"乃木若葉"。夜継はあちゃーという顔で額を叩いた。何か悪いこと言ったか?と若葉は首を傾げる。
「ほら~、だからそのオールドタイプ不良みたいな髪型やめよ?お義母さんが色々服買ってあげるから、ね?」
「いらねぇ!!義母ちゃん達の仕事は"上"だろ!行ってこいよ!俺は下で仕事だ!」
「もう!」
「夜継くん、反抗期かなぁ?さぁ真優さん、あれを倒さないと」
真優と友奈の二人は神へと突撃する、その巨体を挟み込むようにして強引に成層圏へと押し上げていく。凄まじい衝撃波が雲を吹き飛ばす。
一方、海上へと降り立った夜継と若葉。
「先輩方!フェーズ2お疲れ様っす!」
「アルフレッド3号!良く来ましたわ、最後の仕上げですわよ」
「了解っすよ!」
「ゔあ゛ぁ~!初代様と夜継くん来たから下がっていいよねぇ~!?シズクぅ~!」
「いいわけねぇだろ、早く前行けよ」
ぬわぁ~ん、という悲鳴が響く。
防人たちと共に若葉と夜継は島から溢れ出す無数のバーテックスの群れへと突入した。
「どこ撃っても当たるなぁ!入れ食いだぜ!」
夜継は腰の弾倉から直接弾倉ベルトで繋がる短機関銃を両手に持ち、そこら中に弾をバラ撒く。
「夜継、気合いが入ってるな、競争といくか?」
「上等!」
若葉の剣閃と、夜継の放つ弾丸が、群れを瞬く間に切り裂いていく。
若葉の足に備えられた受動的防壁発生装置。彼女が足を踏ん張った際に一瞬だけ発生する足の発生する防壁。それは、彼女が空中で踏ん張る事を可能にする。そして背中の✕印状に配置された翼のようなスラスター。これにより推進器のみの機動ではあり得ない直角機動が可能となり、彼女の得意とする近接戦闘能力は飛躍的に向上した。
故に夜継と乃木若葉の圧倒的な突撃により、押し寄せるバーテックスの群れはみるみるうちに数を減らしていった。
◆
先行していく二人に追随して動いていく防人。それを率いる弥勒は二人が討ち漏らした敵を処理していく。突撃して相手を蹴散らしているという状況故に攻撃は真正面からしか飛んでこない故に、前方に雀が立ち、ほとんどの攻撃を受け止めていた。
その状況で弥勒の"背中"に攻撃が当たった。精霊バリアが発動するレベルの攻撃。弥勒は不意の攻撃により体勢を崩しかける。
「…後ろに敵?!前にしかいませんのに……!?」
彼女が振り返るが、後ろに敵は居なかった。代わりにこちらに銃口を向ける仲間の姿が目に入った。何をしてますの?!と声を上げる前にその仲間の姿がバーテックスへと一瞬で変貌した。切り替わったという表現が正しいかもしれない。弥勒は即座に光輪による防壁を展開して、"囲まれた"状況から抜け出す。
「弥勒!どうなってんだ!?敵ばっかりじゃねぇか?!?」
「わかりませんわ!いきなり味方が敵に変わりましたんですの!」
「"同士討ち"かよっ?!?」
「…?!春信さん!防人の兵装ロック申請!」
通信機からはザリザリとした音だけが聞こえて来ていた。ジャミングされていた。
「シズクさん!不用意に敵を攻撃しないで!!」
「わかってるよっっ!!!」
「芽吹さんに皆を返すまで誰も死なせませんわよ!!!」
◆
夜継のレーダーに防人の惨状が入り、その足を止めた。
「防人の姉ちゃん達が『同士討ち』してやがる!?」
「なに……?、交戦しているのか?」
「わかんねぇ!」
『若葉ちゃん、敵がこちらに何か仕掛けてます』
「ひなたか!」
若葉の隣に精霊のような現れ方で1人の女性が現れる。巫女服を着た長い黒髪の女。高規格精霊『ひなた』と呼ばれる存在。
『敵の力が何かわかりませんが場所は特定できます、夜継さんお願いできますか?』
「任されたぜ!」
夜継の差し出した手の平にひなたが触れる。両者の手に光の筋が血管のように伸びる。
ひなたの広域索敵能力が全開になり、伊吹島周辺の微細な力の波長をスキャンしていく。
『こちらの力を阻害する存在があります、ポイント特定、レーダー上に表示します』
それは通常のバーテックスとは異なる反応。こちら側を阻害する力を行使する存在が、防人のすぐ近くに潜んでいた。
「夜継!」
「防人の姉ちゃん達をやらせるかよ!」
二人は即座に、レーダーが示すポイントへと全速力で急行する。
しかし、到着した現場で目の当たりにしたのは、あまりにも残酷な光景だった。
そこでは、数名の一般防人たちが既に半ば破壊された装備を晒して倒れ伏していた。彼らを撃破したのは、バーテックスではなく──「白色の別の敵」だった。
人間の姿を模したその白い敵は、虚ろな目を宙に彷徨わせながら、冷酷に三股の刃を振るっていた。防人たちのバイタルモニターはまだ辛うじて生命兆候を拾っている。致命傷に至る前に救わなければ、確実に死亡する。
「夜継!白い奴は私が抑える! もう1体、あの厄介な力を放ってる元凶の方を叩いてくれ!」
「任された!」
二人は瞬時に判断し、それぞれの標的に向かって跳躍した。
◆
若葉が対面したのは、人間そっくりの「白い敵」だった。白色の毛を全身から足らし、毛の隙間からチラチラと浅黒い肌が見え隠れする。
一見して普通に見えるその体躯からは、物理法則を無視した凄まじい膂力が放たれていた。若葉が愛刀を振るい、一刀両断しようと踏み込むが、敵は紙一重でそれを躱し、重い斬撃を叩きつけてくる。
「っ……重い!」
『若葉ちゃん!敵の力の量が段違いです!普通と違います!』
「速度を上げるぞ!!」
縦横無尽にかけるスラスター。四肢を使ったAMBAC機動による柔軟な回避。敵の攻撃を縫うように避ける。
その隙を突いて若葉の刀身が敵の首筋へと肉薄した瞬間、敵から硬質な防壁が展開された。それは、勇者たちが使っている精霊バリアに酷似しており、より洗練された防御フィールドだった。一筋縄ではいかない。
「防壁もあるのか!?夜継!」
『聞こえてるっすよ!!』
一方、夜継が急行したのは、先ほどから防人たちに異常な「同士討ち」の錯乱を引き起こしていた張本人だった。
黒い殻に身を包んだ、やはり人間の姿をしたその敵は、会話すら一切成立しないほどに瞳の焦点が虚空を虚ろに見つめていた。その背後からは、不気味にうねる「蛇腹状の尻尾」が鞭のようにしなり、夜継へと襲い掛かる。
「義母ちゃんみてぇな攻撃しやがって……っ!」
夜継は身を翻し、直撃コースから軌道を外れた瞬間、展開された精霊バリアが激しい衝撃に晒された。
――ビリリッ! といやな音が響く。
敵の攻撃は、夜継の精霊バリアの波長を一瞬で完璧に同期してその防壁をやすやすと貫通してきた。もしあの時、直前の回避行動で身を翻していなければ、その蛇腹の尻尾は夜継の致命傷部位を正確に穿っていただろう。
「くそっ、こっちのバリアを抜くのかよ……!?」
二人は同時に全軍へと通信を開こうとしたが、その試みはすぐに遮断された。敵による強力な電子ジャミングが戦域全体を覆い、通信の波長を完全に押し潰していたのだ。
それだけではない。
戦場の空気が、一変した。
得体の知れない重苦しいフィールドが急速に展開され、精霊バリアを標準搭載されていない一般防人たちのバイタルが、目に見えて急激に低下し始めた。
元々負傷していた者はもちろん、無傷だった者までが、呼吸困難に陥るかのようにその場に崩れ落ちていく。
「また別の敵の力か……っ!?」
『上です!』
若葉が血走った目を向けたその先に、空に静かに佇む一つの影があった。
周囲の敵を統率するかのように佇むその人物は、冷ややかな笑みを浮かべていた。その手には鞭のようにしなる剣を持っていた。
「いやぁ、防人は潰せても勇者は無理かぁ、ねぇ"みーちゃん"?」
『……"うたのん"、あのバリアは私達の力を阻害してる、でも力は弱く出来てる、すぐに破れるよ』
空の人物の横にひなたと同じ様に現れるショートカットの女。
「OKぇ、この農業王"白鳥歌野"の初陣!キッチリ決めてやるわぁ!」
「……なっ……!?」
耳を疑う名前だった。愕然と目を見開く若葉に隙が生まれた。
「……余所見だな」
そこを白い敵の猛撃が容赦なく突く。凄まじい衝撃が若葉を捉え、彼女の身体は砲弾のように吹き飛ばされた。
弾き飛ばされた若葉は海上を何度も跳ねた、夜継が飛び込み、空中でキャッチし、衝撃を逃がすように着地する。
「大丈夫か、若葉さん!」
「あぁ……っ、問題ない。だが、あの敵の力……このままでは防人たちが全滅する……」
「……手の内は見せたくねぇけどなぁ……」
「仕方ない……か……、ひなた……力を使うぞ…!」
『いつでも!』
若葉は精神を研ぎ澄ます。
自らの持つ新たなる精霊能力──『切断』。その力は本来であれば物理的存在に対して発揮される凄まじい切断力。背後に控える『ひなた』の精密制御によって、範囲を特定の物に限定できる。それは物理的な物の範疇を超える事が出来る。
そして夜継の力によってそれは増幅される。
故に敵の力を斬る事が出来る
「斬るぞ!!」
若葉の抜刀。
研ぎ澄まされた居合の一閃が、空間の理そのものを切り裂いた。敵のフィールドを発生させていたエネルギーの源流が、音もなく両断され、フィールドは粉々に破壊される。
「あれ?みーちゃん?力が壊れちゃったよ?」
『私達の力だけじゃない、あの子の力も壊された、彼女の力のせいだよ』
「Oh、あの子かぁ……」
"白鳥歌野"と自らを呼ぶ女は若葉の方を見下ろした。
直後。
狂い咲くような凄まじい砲撃の雨が、敵3人の頭上へと容赦なく降り注ぐ。弥勒夕海子の砲撃だった。
◆
「やってくれましたわね!!お返しですわよ!!」
装備する追加装甲がほとんど剥がれた弥勒を先頭にシズクと雀が敵へと突っ込んで行く。
爆煙から飛び出す敵の3人。
「敵がちゃんと見えてればこっちのもんですわぁ……!アルフレッド3号!」
瞬時に近付いていた夜継が弥勒の肩に触れると同時に光の筋が弥勒に一瞬広がり、結界を穿った物よりも高出力な固有振動式重粒子破砕砲が放たれる。
白色の敵に直撃し爆発。その身体の半分が文字通り吹き飛んでいた。
その爆煙の中からシズクと夜継が飛び出す。シズクの腕には夜継の光の筋が既に広がっていた。
夜継の腕には重厚なメリケンサックが装備されている。黒い敵は蛇腹の尻尾を二人へ向けて解き放つ。
夜継はシズクの前へと飛び出し、尻尾へと真っ向から立ち向かう。
「師匠直伝!勇者ぁパーンチッッッ!!!」
尻尾の先端と夜継の拳が激突、光の筋が拳に集中し増幅した威力により尻尾は弾かれる。同時に後ろに吹っ飛んでいく夜継、切り替わるようにシズクが前に出る。
シズクの鋭利な刃によって尻尾は即座に無残に切り落とされる。
「No!巻き返されてるじゃない!」
『うたのん、砲撃いけるよ』
「FIRE!FIRE!FIRE!」
白鳥歌野の周囲から放たれる砲撃は、夜継のバックアップを受けた雀の堅固な防壁によって完全に相殺された。
その隙を逃さず、若葉の刃が歌野の懐へと肉薄する。打ち付け合う刃、火花に照らされる二人の顔。
「……どうして、こんなことをする!白鳥さん……っ!白鳥さんなんだろ!?!」
「あら?あらあら?その声は……乃木若葉さん?」
「そうだ!乃木若葉だ!!」
「わぁー!VERY凄い!こんな時代に会えるなんてMiracle!!」
「なんでこんなことをする!!貴方は勇者のはずだ!!!」
若葉の叫びには、かつての仲間に対する悲痛なまでの問いかけが込められていた。しかし、歌野の瞳に迷いはなかった。冷ややかに、しかしどこか諦念に満ちた笑みを浮かべ、歌野は答える。
「Oh、知らないの?人は滅びないと"恐ろしい"ことになるのよ?」
「そんなことがあるものか!」
「そんなことがあるのよ、人は自らそれを証明してしまった」
何を、と言い返す前に歌野によって若葉は弾かれてしまう。力の量が違いすぎる。
刹那、成層圏の遥か上空で、常軌を逸した大爆発が起きた。
『焚骸』による散華の光の爆発。それに呼応するように空間湾曲が発生し、圧倒的な膂力で放たれる友奈の「勇者パンチ」が、彗星のごとく地上へと叩きつけられた。
轟音。凄まじい水柱、生じた圧倒的な衝撃波が白鳥歌野を直撃し、その巨躯を遠くへと吹き飛ばした。
「よくも仲間を傷つけたなッッ!!」
追撃するように、真優による高圧の放電攻撃が歌野の全身を焼き尽くす。
「ぐっ……ぅ……」
さすがの歌野も致命的なダメージを負ったかに見えた。しかし次の瞬間、友奈たちの戦いで見られたのと同様の異常な光景が展開された。
歌野の負傷した肉体が、そして半身を吹き飛ばされていたはずの白い敵の身体が、一瞬で完全に再生していく。傷跡一つ残らない。
歌野は周囲の状況を見渡し、この戦況が自分たちにとって不利であることを一瞬で悟った。
「……あー、もう、あの2人が来たら負けるわ、また別のところで会いましょう、みーちゃん」
『準備出来てる、飛べるよ』
冷ややかな呟きを残し、歌野、そして白い敵と黒い敵の三人は、自らが発生させた空間湾曲の裂け目へと身を投げ、まるで何事もなかったかのようにその場から姿を消した。
◆
静寂が戻ってきた戦場に、春信からの通信が全員へと響き渡った。
『──こちら三番艦、伊吹島周辺のバーテックス反応、および敵性個体の完全消滅を確認、各員、よくやった、作戦は成功した』
その声を聞いた瞬間、艦隊の各所から、そして防人たちの間から、堰を切ったような歓声と安堵の息が漏れ出した。
「よっしゃあ!」
夜継は両手を突き上げ、満面の笑みで飛び跳ねた。
だが、その歓喜の余韻に浸る間もなく重力を感じさせないような美しい浮遊軌道を描きながら、変身状態のままの真優がスーッと夜継に近づいてきた。
その瞳には、安堵の色と同時に、激しい戦闘をくぐり抜けた我が子を心配する母親のような切なさが宿っている。
「……ちょっと!夜継!かすり傷だらけじゃない!」
「義母ちゃん!?な、なんだよ急に!」
言い切る前に、真優は夜継を力強く抱き締めた。全身をくまなく撫で回し、大きな怪我がないか必死に確かめる。
それを皮切りに、周囲にいた弥勒をはじめとする防人たちがわらわらと集まってきた。
「よくやったじゃねぇか、夜継!」
「生きててよかったぁ……!よしよし、夜継君よく頑張ったねぇ!」
防人たちの荒々しくも温かい手つきで、夜継の頭や背中がこれでもかと撫で回される。さらに、空から降りてきた友奈が背後からギュッと抱きつき、頭をグリグリと撫で回す。
「夜継くん、すごかったよ! えらかったねぇ!」
「師匠やめろっ! 離せ! みんな見てるだろ、恥ずかしいっ!!あと髪型が崩れる!!」
夜継は顔を真っ赤に染め上げ、必死にジタバタと抵抗するが、変身状態の真優や友奈、そして数々の修羅場を潜ってきた防人たちの膂力を振り切る事などできるはずもない。子供扱いするように夜継を囲み、戦場の緊張はどこかへ吹き飛んで、温かな笑い声に包まれた。
◆
喧騒から少し離れた場所。
若葉の手元の通信機から、春信の低く引き締まった声が響いた。
『──若葉様、伊吹島内部の生体反応は……一切ありません』
「……そうか」
若葉は短くそれだけを返すと、通信を切り、ゆっくりと夜空の星々へと視線を向けた。
春信の言葉の重みが、胸の内に冷たく突き刺さる。今回の戦闘で、敵性樹海結界が人間の持つ生命力そのものを吸い上げていたことが、もはや決定的な事実として裏付けられた。
皆を救うための時間は、残されていない。春信の苦虫を潰したような声色が、事態の深刻さを雄弁に物語っていた。
ふと、若葉の元に光の粒子が集まった。
高規格精霊『ひなた』が、音もなく姿を現す。その表情は、どこか神妙でありながらも、揺るぎない決意に満ちていた。
「若葉ちゃん……真優さんと結城さんのおかげで神樹様が力を得ました。これで、誰かが復活します」
ひなたの言葉に、若葉はわずかに目を伏せるが、すぐに迷いのない瞳で頷いた。
「……計画上では高嶋友奈だろうが……」
「恐らく……、……最後までお付き合いしますね、若葉ちゃん」
若葉は微かに笑い、ひなたの手にそっと自分の手を置いた。
「助かる。最後まで頼む」
ひなたは二つ返事で力強く頷き、再び光の粒子となって空中へと溶け込んでいった。
一方、仲間たちの輪からようやく解放され、肩で息をしていた夜継は、ふと視線を明け方の空へと向けた。
その視線の先に、彼だけにしか見えないものがあった。
一筋の光。
夜継はふっと口元を緩め、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。
「……君の未来が始まるんだな」
それは、あまりにも儚く、一歩間違えれば消えてしまいそうな、脆く小さな一筋の未来の道標だった。
だが、その祝福された未来へと辿り着けるのは、他の誰でもない、彼女。
「苦しく、辛いこともあるだろう。それでも……君なら、きっと……」
夜継は夜空の光を見つめながら、穏やかに、しかし確かに、彼女の名前を口に出した。
「――おかえり、郡千景さん」
彼岸の章
これから最終章です。
頑張っていきまっす。