次の日から私は勇者部として活動することとなった。最初の仕事は"映像ソフトの管理"という何だそれ?という物だった。
土日使っての丸々二日間かかる大仕事だと犬吠埼風は私達に伝えた。泊まり込みだから準備しときなさい!と言われたのが昨日。
そして今日である、市内にある小さな映画館が集合場所だった。集合時間の朝の7時30分で10分前に着くとすでに大葉真優が所在無さげにベンチに座っていた。
七分袖の黒シャツにカーキ色のズボン、黒のキャップをかぶり後ろの穴からポニーテールを垂らしていた。顔も合間あってなんだか不思議な雰囲気を醸し出していた、そのせいでチラチラと通行人に見られている。
「あ、夏凜ちゃんおはよ」
「大葉……さん、おはようございます」
「ふふ、もううちのお父さんの事とか良いから、夏凜ちゃんらしく喋っていいよ」
無理しなくて良いよ、と大葉真優は私に笑いかける。ホントに大丈夫なのか?と一瞬疑ったが、純朴そうな顔を見てると疑うのが馬鹿らしくなってきた。
「……大葉、早いのね、来るの」
「いやー、勇者部として初めての活動だからなんだか張り切っちゃって」
へへへ、と大葉は嬉しそうに笑っていた、この前まで本当に男だったのだろうか?と思うほど可愛らしい微笑みだった。こんな風に笑えたら私も人と上手く関われるのだろうか。
「まあ、良いわ、それで大葉は今日の活動の件について何か知ってるの?」
「いや、特段何も、犬吠埼さんに此処に泊まり込みの荷物を持って集合、って言われただけ」
「……同級生だから詳しい内容聞いてると思ったけど、"あれ"のワンマンスタイルで活動してるのね、此処」
そうだね、と大葉は座っている位置をずらし、私に座るように促した。まだ全員が来ることもなさそうなので、私もベンチに座る。
「結局さ」
「何?」
「聞きそびれちゃったけど、夏凜ちゃんが勇者になるために訓練してた時のうちのお父さんってどんな感じだったの?」
「……聞くの?」
「聞く」
「……私が候補生に選ばれて最初に大赦に集められた時、大人達がみんな仮面で顔を隠してる中、教官だけが素顔で私達の前に出ていたわ」
大人達は私達を見ていなかったが、教官だけが私達の眼を見ていた。大赦の大人達は私達に"大変名誉なお役目に付けてやるだから頑張れ"、といった態度をしていた、でも教官だけは"絶対に死なないようにしてやる"という態度だった。
それは訓練にも如実に現れていた。大赦が指定してきた訓練科目はバーテックスを倒すことを念頭に置いていた、教官の訓練は個人ではなく集団で戦い、生き残ることを念頭に置いていた。
大赦の大人が教官に訓練内容を咎めても『勇者は一人では戦わない、複数人が前提なのに個人の技量を上げる訓練だけやるなんて頭がおかしいのか?』と真正面からはね除けていた。
でも、正直に言えば教官の訓練の方がずっと厳しかった。死ぬほど山を駆けずり回されたし、身体が勝手に動くぐらい連携訓練やらされた。
一番キツかったのが何度やったかわからない模擬戦だった。教官が相手をしてくれるのだが、仲間が一人でも教官に捕まるか昏倒させられるとまた最初から。教官に決められた順序で違う攻撃を当てるだけなのだが、基本的に教官が見つからない当たらない強すぎるの三拍子なので、当たらないまま1日が過ぎるのなんてざらだった。
教官は私達がやり直しになる度にヒントや技術、知識を教えてくれた。敵を陽動するやり方、一人が集中的に狙われないようにするやり方、自分達が有利な状況を作り出すために必要な事を教えてもらった。
その中で教官の教えを一番習得したのが私と楠という奴だった。結果として私が勇者に選ばれたが、教官はどちらが選ばれてもおかしくなかったと言っていた。
それから勇者部と合流するまで教官にマンツーマンでみっちりしごかれた、おかげで教官の前ではビクビクしてしまうのだ。
など等、候補生時代の事を話すと大葉はそんなことしてたのか、と驚いていた。
「うちではそんなに厳しくなかったかな、あ、でも、護身術教えてくれてた時は少し厳しかったかな?」
「教官の護身術……、大丈夫なの?」
「うん、まあ、使っても相手死んでないし、大丈夫なんじゃない?」
死んでない?と私が聞き返そうとした時、他の勇者部の面子が到着し、その話題は流れてしまった。
「今回、夏休み暇潰し映画祭りをやろうと思ってのう、ワシの持ってる映像ソフトの中から勇者部の皆さんで受けそうなの見繕って欲しいんじゃよ」
ふぉふぉふぉ、と白ひげを優雅に蓄えたお爺ちゃんからの依頼だった。市内唯一の映画館の此処は老朽化が進み、他のショッピングセンター併設型の最新の映画館にお客を取られ、放映するのは版権の安い古い映画ばかり、それで差別化を計り、一部マニアに大ウケらしい。
しかし、今回は若い人に古い映画の良さを知ってもらう為に面白い映画をまとめて放映するというイベントを開催することとなった。
とはいえ、一部マニアが好む映画は若い人とは嗜好が違い過ぎる、その上映画館の館長もマニアの部類の為に若い人の嗜好が不明なので私達に白羽の矢が立ったというわけだ。
「スクリーンの1つを丸々貸すから、好きに飲食して良いよ、泊まり込みって聞いたから従業員用の休憩室使ってな、お風呂は近くに銭湯あるからそこを使うと良い」
「いやぁ、すいませんこんな楽しそうな仕事頂いちゃって」
「へっへ、自治会の方で色々助けてもらってるからねぇ、その感謝の気持ちもあるさ、まあ、けっこう映像ソフトあるから頑張ってくれい、だいぶメジャー所は絞ったからあとは勇者部の皆さんのセレクションに任せるよ」
後ろに1メートルくらい積んでる映像ソフトが今回見る物なのだろうと気付いた私と大葉は閉口していた。これはだいぶキツイ気がする。
古くても手入れの行き届いた赤茶色の折り畳みする座席、ジュースを入れるカップホルダー、何かワクワクするような気分になる独特の匂い。昔、一度だけ兄貴と二人で映画を観に行った事を思い出す、あの時は何を見たのだろうか?今は思い出せない。
映像ソフトの再生の仕方を聞いた大葉が最初の一本目を流し始めた。暗く少しひんやりした館内にスクリーンの光だけが、私達を照らしていた。
思い切り一作目から大きい虫みたいなエイリアンの大群と戦う軍隊の話が流れ出した。すごい勢いで虫みたいなエイリアンに人間が真っ二つにされるのが大画面に写る。仲間が真っ二つにされながらも懸命に戦う主人公達、しかしどんどん仲間達がバラバラにされていく。
スプラッタじゃないか!
「いきなりこんなの見せるとか正気なの?あのおじいさん!!?」
「うわー!樹ちゃんが白目剥いてる!」
「映像停止してくる!!」
「………」
「東郷が気絶してる?!あ、この子虫苦手だったわ!!」
仕切り直しで二枚目を流し始める。ついでに私も流してるソフトのパッケージを見たが、おじいさんはご丁寧に全部黒パッケージにタイトルだけ付けているだけだった。パッケージで見るの止めるのを防ぐためだろう。何て奴だ。
次はアニメ映画だった、近未来で高度化したSNSが存在する世界、主人公が美人の先輩に彼氏役として田舎に連れていかれる話だ。テンポも良く、どんどん話が進んでいく。一癖ある先輩の親戚達がどんどん協力してくれる様はとても良かった。
「普通に面白かったわ、これはオッケーで良いんじゃない?」
「二作目もヤバいとか思ってたけど普通に面白かったわ、オッケーオッケー」
「出てきたお婆ちゃんが東郷さんぽかったねー」
「そうね、あれこそが大和撫子の最終進化ですもの、私の将来にふさわしいわ」
「東郷さんはぶれないなぁ」
三枚目。またアニメ映画だった、しかも30分程度の短い奴。ネット世界に存在するモンスターと子供達が主軸となっており、悪いモンスターの影響が現実世界に出てくるという話。
「面白くてテンポ良いけどさっきのと内容似てるわね」
「確かに似てるわこれ」
「これ、テレビアニメの劇場版なんじゃない?キャラクターの紹介的な場面無いし」
「最後の合体モンスターカッコ良かったね!!腕の大砲ドーン!!とか、剣で攻撃をパッカーン!って跳ね返したり!」
「友奈ちゃん!私も大砲ドッカーン!出来るわ!」
「そういう話をしてるわけじゃないですよ東郷先輩」
四枚目。地球にエイリアンが侵略しに来るという典型的な映画だったが、エイリアンの船や戦闘機のバリアが強すぎて途中までボッコボコに負けるが、コンピューターウイルスでバリアを無効化する展開、そして人類全ての力を使って反撃に出るシーンは凄く感動してしまった。あと、大統領の演説が凄く良かった。
「特攻シーンで不覚にも泣いてしまったわ」
「敵のバリアがセコかったわ!」
「私達の戦いの時にも戦闘機で応援して欲しいよね!」
「樹海じゃ無理ね」
「ですよねー」
五枚目。サスペンス映画で、開始早々初老のお爺ちゃんが殺した人の肉をお客さんに振る舞っていた。途中で看護士さんの顔の肉噛み千切ってた。
「やっぱりトラップみたいにえぐいの入れてるわね館長さん」
「絶対わざとじゃないの!!」
「人間の顔って噛み切れるのか……、良いもの見たな」
「「えっ」」
不穏な単語聞いたけどお昼食べながら6枚目。バス停に座った男が隣に座った人達に自分の半生を話す物語だ。子供の頃からバス停に座るまでの話だ。幼なじみの女の子は不幸を背負ったような人生に対して男はすいすいと人生が進んでいく様は非常に対照的だった。
「うっ…ぅうう、ええ話やった、ええ話やったぁ!」
「眼から涙がどまんなぃわ…ずびぃ!」
「にゃみだでお弁当じゅびじゅびなっちゃったよ東郷じゃん」
「私もじゅびじゅびよ友奈ぢゃん」
「「…ずびぃ!」」←感動して言葉の出ない大葉と樹。
じゅびじゅびと涙を拭きながら、私達は次の映画を再生する。友達と一緒に何かをするってのはこういう事で良いのだろうか?と頭を捻りたくなるが。
正直、楽しい事に変わりはなかった。
夜。映画の見過ぎでクラクラしながら勇者部全員で近くのファミレスで夕飯を取った後に銭湯に来た。
「それじゃ、後でね」
ニコニコと笑いながら大葉は男湯の方へと入っていく。顔が女の子過ぎて忘れていたが、大葉は男だった。でも、ポニーテールの女の子が男湯の方に入っていくのを見ているとなかなか見ない絵面なのだと思った。
「ほらほら私達もいくわよー」
候補生の時も集団で身体を洗うことはあったが、ただの仕切りのあるシャワールームだった為に集団で同じ風呂に入る経験はほとんどなかった。
だからなのか、急に恥ずかしくなってしまった。別にさほど身体が貧相なわけではないし、何かしら見られて困る物でもないのだが、単純に慣れていなかった。
服を脱いでそそくさと隅っこの方に座り、身体を洗う。
「よいしょー、横失礼するね夏凜ちゃん」
「後ろ失礼しますね、夏凜ちゃん」
「斜め後ろ失礼しますね、夏凜さん」
「背中流すわよ夏凜!」
「あんた達いきなり何をってあんぎゃあああっっっ!?!」
制止する間もなく風に背中をじょりぃっと擦られて悲鳴をあげてしまった。意外と自分が背中が弱い事がわかってしまった。知りたくなかった。
「おっほ、けっこうかわいい声出すのねあんた」
「いきなり!いきなりだからでしょ!?」
「え、んじゃ、いくわよ!」
「許してないでしょんっはひぃッッ!?!」
超色っぽい声出た、と風がケラケラと笑う。何やってくれたんだこの野郎と、私も風の背中をじょりぃっと擦るが全くの無反応だった。
「はっはぁ!私の背中は丈夫なのよ!その程度全く動じないわよ!」
「夏凜さん、お姉ちゃんは脇弱いですよ」
「ちょ?!樹!?裏切る気にゃってあははははははっっっ?!?」
「うわ、ゲロ弱じゃない、ダサ」
「にゃにおーっっ!!?」
こんにゃろー!と風が飛び掛かる。私も迎撃しようと立ち上がった所で二人して足を滑らせて尻餅をついた。
閑話休題。
痛む尻を擦りながらお湯に浸かる、車椅子専用の入る場所がある銭湯なのでちょっと深かったりする。
なので、車椅子で湯船に浸かる東郷が視界の中に入っていた。めちゃくちゃ胸おっきいわね。私の三倍くらいあるんじゃないだろうか。
「か、夏凜ちゃん、ちょっとそんなにマジマジ見られると恥ずかしいです」
「え、なになに?夏凜も東郷のメガロポリスに興味津々なわけ?」
「な、ち、違うわよ!ただちょっと……」
「ちょっと?」
「戦うのに邪魔そうじゃない?」
「中学生女子が言う言葉かね、それが」
「まあ、伏せてからの狙撃態勢時はちょっと邪魔だったりしますね、肩がこりますし」
「ほらやっぱり、邪魔じゃない」
「夏凜さん!邪魔ではないです!おっきいのは良いことですよ!」\スッポコス!/
いや、邪魔だわこれ、と思ったがそれ以上言っても悪いので、話題を変える。
「そういえば、私は一回しか見たことないけど、大葉の変身した姿も胸おっきかったわね」
「やっぱ胸に興味あるんじゃない」
「いやいや、大葉の戦闘データを見たけど、思い切り近接系だから、邪魔じゃないかなって」
「確かに、真優は手の爪で攻撃してるから手を振り回すし、邪魔よね、ねぇねぇ東郷、そこんとこどうなの?やっぱ振り回されるの?」
まあちょっとは……、と東郷は恥ずかしそうに答えていた。これはセクハラなのではないだろうか。
ちなみにこの銭湯、男女の境が高い壁で仕切ってるだけなので、こちらの会話は向こうに筒抜けである。
なので、向こうの会話も聞こえたりする。向こうの方から大葉の会話が聞こえてくる。
『おとうさん!きれいなおねえちゃんがいるよ!おねえちゃん!ここはおとこゆですよ!』
『あ、えとね、僕は男なんだ、ごめんね』
『おんなのこみたいなこえとかおなのに?』
『うん、そうだよ』
『しょうこがみたいです!おち◯ち◯みせてください!』
『いや、ちょ、まっ、いやあああー!!!』
『ありました!すいません!おとこですね!』\ゴリッパア!!/
『何やっとんねんボケお前!ゴメンね君!』
『はは……、大丈夫、大丈夫ですよ』
向こうも大変そうだった。
風呂から上がり外に出ると、ズーンと沈んだ顔の大葉が居た。話を聞くとどうも脱衣場でも幾人かの子供に絡まれたらしく、執拗に"ここ男湯ですよ!"と言われたらしい。可哀想に。
最終的に『おねにいちゃん』と呼ばれていた。
さぁ、映画館に帰ろう、といったところで食料(オヤツ)が尽きていたと風が言い出し、買い出しジャンケンが勃発。私と大葉が行くこととなった。
近くのドラッグストアまで行くこととなり、二人で夜の道を歩く。街灯が夜道を照らす、なんだか不思議と楽しい気分になる。
「そういえばさ」
「なに?」
「僕さ、こういう友達との泊まりって初めてなんだよね、小学校の時の修学旅行とか運悪く風邪引いて行けなくてさ」
「そうなのね、私も初めてよ」
候補生時代は個室だったし、そんなわいわい出来る空気じゃなかった。
「正直、ワクワクしてるし楽しいんだけど、夏凜ちゃんは?」
「私は……わかんないわよ、多分……楽しいんじゃない?」
大葉から視線を外す、楽しいと言ったことに嘘はなかった。でも、顔がカッカするから視線を外してしまった、恥ずかしいんだと思う。
「じゃあ良かった」
ふふ、と微笑みながら少しスキップ気味に大葉はドラッグストアに入っていく。
私は勇者だ、人類のためにバーテックスと戦って勝つことが役目だ。こんなに遊んでも良いのだろうか、勝つための鍛練をすべきなんじゃないだろうか、とそんな考えが頭によぎる。
これで良いのだろうか、そんなことを考えてしまう。でも、勇者部を見てると、それで良いのかもしれない、とも考えてしまう。
私は何処に居るべきなのか?
気付けば大葉がノリノリでお菓子を大量に買い込もうとしていたので、それを静止して全員で食べれるだけに量を減らし、会計を済ませた。
それでも二人で両手にレジ袋を持つはめになるくらいには買い込んだ。大葉が言うには風がかなり食べるから大丈夫、とのことだが本当だろうか。ファミレスでもだいぶ食べてたはずなのだが。
「なんか楽しくてボンボン入れちゃったね」
「入れすぎたのはあんた!」
ごめんね、と大葉はニコニコと笑いながら謝る。
ちょっとムッと来たのであんたねぇ、と後ろ向きに歩きながら文句を言っていると、不注意で誰かとぶつかってしまう。
しかもけっこう派手にぶつかってしまい、そちらに倒れ込んでしまう。そしてそのまま尻餅をつく。
いつもなら気配で気付くのに、調子に乗ってやってしまった。勇者である私なら難なく避けられたのに。すぐに立ち上がって頭を下げる。
「ごめんなさい!前見てませんでした!」
「あ゛ぁ?」
顔を上げると18歳くらいの金髪で日焼けしたヤクザと不良の真ん中のような風貌の男の人がいた。
マズイ人にぶつかった。
後ろを見ると同じような風貌の年上の人が他に6人ほどたむろっている。非常にマズイトラブルになりそうな予感がした。
案の定、その予感は的中する。
「何ぶつかってんだよ、オラ」
「すいません、前を見てませんでした、ごめんなさい」
「何で前見てねぇんだよ、俺にぶつかってるじゃねーか、どうすんだよ」
グシャリ、と私の持っていたお菓子が詰まったレジ袋を蹴り飛ばされた。地面に買ったばかりのお菓子が飛び散った。
拾おうと屈んでお菓子に手を伸ばすと、思い切りその肩を蹴られた。当たった所は痛くなかったが、転けてしまい、もう一つの袋も破れ、お菓子が飛び散る。
うわぁひでー、と後ろの6人が笑う。こんな奴に、と悔しく思うが、勇者は一般人に手を出してはならない。そう、厳しく大赦に言われた。
「たくっ、くそガキが何やってんだよ」
ペッ、と唾を足に吐かれた。べちゃりとズボンに唾が染み込む。悔しくて涙が出そうになる。
「すみませんでし……」
「ねぇ、ぶつかったのは悪かったけど、お菓子蹴ったり唾を吐くのはやり過ぎではないですか?」
大葉が私が謝るのを遮って前に出た。いつの間にか地面にお菓子の袋を置いて、全くの無防備な状態で不良の前に立っていた。
「あ?もっぺん言ってみろや?てめぇらがぶつかったんだろうがよ?」
「やり過ぎ、と言ったんです、お菓子分の代金払ってくれませんか?」
「なめてんのかテメぇ」
「なめてないから払ってください」
ヒュー、カッコいいじゃん、と後ろの6人が囃し立てる。不良は不意に大葉の胸倉を掴もうと手を伸ばす。それを大葉は避けた。自然に、流れるように。
そして足を払い、不良を横倒しに転ばせると、その顎をベキリと踏み潰した。U字型をした顎の骨の端を踏んだ為に、顎の骨は畳まれた新聞のようにぺちゃんこになっていた。
あっという間の出来事、踏まれた不良も呆気に取られていたが、一拍遅れて痛みが走り、言葉にならない呻き声をあげ始める。
「払ってくれませんか?早く」
もう一度大葉は足を振り降ろし、不良の膝を踏み潰した。あり得ない方向に曲がる足を見て、不良は再び悲鳴をあげる。あれではもうまともに歩くことも出来ないだろう、それほどに粉々に砕けて膝付近から割れた骨が少し飛び出ていた。
あまりにも自然に大葉が自分達の仲間を痛めつける様に動けないでいた不良達だったが、流石に大葉に対して殴りかかる。
「何やってんだテメぇ!!」
一番近い不良が大葉の顔目掛けて拳を振り抜く。踏み込みながら顔を少し反らして拳を避けると、その勢いのまま不良の口元に手首の硬い部分を叩き込む。
不良の口元がくしゃりと潰れ、前歯と下顎が折れていた。外力が頬に過剰にかかり、真横に引き裂けている。
飛び散る血を掻い潜り、大葉は低い姿勢で他の5人に近接していく。
二人目をすり抜け、三人目に手首による打撃を左頬に打ち込む。呆気に取られた不良は避けることを許されず、容赦なく手首が顔面にめり込んだ。
頬の骨が砕ける音、それと同時に大葉は獣染みた跳躍と速度で脳天に肘を叩き込んでいた。
バゴ、と鈍い骨の音が鳴り、不良は頭から崩れ落ちる。
そしてすり抜けた二人目へ、振り向き様からの裏拳。しかもただの裏拳ではなく、反対の手で手の甲を抑え、居合いのように力を溜めていたのである。そこから放たれた裏拳は顎の骨を砕き、筋を断ち切り、肉を引き裂いた。道路上にべちゃりと不良の下顎が飛び散る。
残り三人が大葉の異様な強さに踏みとどまった。というより、大葉という肉食の獣のような手合いの間合いに踏み込みたくないのだろう。
倒れた4人を見れば、そうもなる。一人は顎を踏み潰され、一人は口を潰され、一人は顔を砕かれ通常の2倍程に頭が膨れあがり、一人は下顎を切り取られていた。
相手が同じ不良なら、それぐらいの相手ならば、即座に踵を返して逃げていただろう。
だが、"これ"から逃げると次は自分が同じ目に会ってしまう。本能が彼等に危険を告げていた。この肉食の獣は背中を見せれば即座に噛み殺しに来るのだと。
大葉は彼等のその態度を見ると、ニコリと微笑みながら倒れている不良の服で手に付着していた血を拭き取る。その仕草に粗雑さはなく、上品な令嬢がハンカチで汚れを拭き取るように感じられた。
それが異様さに拍車をかけた。
「それで、どなたがお菓子の代金を払ってくれますか?誰が払ってくれても、僕は納得しますよ?」
はい、と大葉はレシートを残りの3人に差し出す。3人は顔を見合わせ、おずおずとレシートを拝借すると、大葉の両手にお金を置くと倒れた不良を抱えてどこかへ逃げていった。
よし、と大葉はニコニコした顔で振り返る。
「よっしゃダッシュで買ってダッシュでもどるよ!夏凜ちゃん!」
「……お、オッケぇよ」
こいつとは模擬戦したくないな、と素直に思った。