敵チームとの一件の後から一週間が経った。突然の大葉さんの参加表明から練習は明らかに多くなったが、倒れるほど苦しいわけではなかった。
もしかすると、私=犬吠埼樹の体力を計算に入れて大葉さんが練習を組んだおかげかもしれない。
恐ろしい頭脳の持ち主です。
そのおかげであの時に比べてとんでもない完成度になっていた。しかし、歌の方が仕上がっていなかった。残り3日しかないのに。
なので、みんなでカラオケでレコーディングすることになりました。
「とりあえず、歌を録ることにするんだけどさぁ……、ホントに私と真優のデュエット録るの?」
「当たり前だよ!お姉ちゃん!約束だよ!等価交換だよ!」
「妹が難しい言葉で私を追い立てる…」
なんてことだ、とお姉ちゃんがうぐうぐと言っている。対して真優さんはカラオケに来たことが無いようで、目をキラキラしながらリモコンをポチポチと操作しています。
「す、すごい、こんなにいっぱい歌が入ってる……!予想以上だ!」
「大葉先輩、初めてロボットに乗った主人公みたいなこと言ってますよ」
「何歌おうかな!」
「聞いてないわね、こいつ」
はぁ、とため息をつく夏凜さん。そういいながらもう一個のリモコンで歌いたい歌は既にピックアップしてるっぽいのが面白い。
カラオケの目的が録音って事を理解してるのは私だけなんでしょうか。
「樹ちゃんは一人で歌うの?」
友奈さんがニコニコしながら私にマイクを渡してくる。友奈さんもマイクを持っているところを見ると"不安なら一緒に歌おうか?"という意志を表明してくれているのだろう。
「はい、お姉ちゃんに約束しましたし、ちょっと録音した自分の歌がどんな感じに聞こえるのか興味あるんです」
ウソ、ではない。ホントのことだ。ただ、みんなが聞いてるから上手く歌えるか自信が無い。
なら頑張ってね、と友奈さんはマイクをテーブルに置いた。そうだ、みんなとダンスなんて目立つ事をいっぱい練習したんだ、恥ずかしさなんて、へっちゃらだ。
なんて思ってたが、全然ダメでした。
「恥ずかしさがMAXで舌と喉がわけわかんなくなっちゃう……」
「歌うのって、恥ずかしいの?」
「そりゃ恥ずかしい人は恥ずかしいのよ、真優だって歌えばわかるわよ、まあ私は恥ずかしくなんてないけどね!」
「へー、それじゃ犬吠埼さんと歌ってみるよ、僕が知ってる曲なら僕も歌えると思うし」
「びゃ!!?お、おおう!行こうじゃないのっ!」
「風、舌が回ってないわよ、恥ずかしいの?」
うるしゃい!と巻き舌でお姉ちゃんが夏凜さんに食って掛かる。その横でニコニコしながら真優さんが曲を入力していた。
率直に言って二人の歌は良かった。カラオケが本当に初めてなのだろうかと思うほど真優さんは上手かった。こんなにもニコニコと笑う彼は"久しぶりに友達と歌えた人"みたいに見えた。
「すごいです、これそのまま応援歌として使っちゃいましょう」
「いや、あ、ちょっと待って東郷!」
「え、犬吠埼さん、さっきの気に入らなかった?それじゃもう一回……」
「東郷!おっけー!そんまま行きなさい!」
ここ最近大葉さんが別人に見える事が増えて来ました。チアの練習中に見てしまうその仕草や目付きやその視線移動。勇者になる前の大葉さんとは確実に違っていた。
顔と声が女の子に変わってしまった弊害なんだろうか?
「それじゃ、私は夏凜ちゃんと歌うね!」
「え、なんで私が……」
「え、ダメかな?」
「い、いいわよ!仕方ないわね!」
「やったー!」
チョロい、とお姉ちゃんがボソリと呟く。それが聞こえたのかキリっ!と夏凜さんが睨み返す。
正直、友奈さんの子犬みたいな視線でねだられて拒否出来る人の方が少ないと思う。
思いの外、夏凜さんと友奈さんの歌も上手かった。ドヤァ、と夏凜さんがどや顔をお姉ちゃんに向ける。対してお姉ちゃんは単純に感心していた。
「次は私ですね」
東郷先輩がおもむろにマイクを取ったと同時にすぐさま私は直立、敬礼のポーズを取る。同じように友奈さんとお姉ちゃんも敬礼をおこなっていた。
何々?と大葉さんと夏凜さんだけ目を丸くしていた。
いつも通りの東郷さんの国防ソングが終わると、そのまま着席する。
「え、何?」
「東郷さんが歌う時はいつもするよ!次は夏凜ちゃんもしよう!」
お、おう、と困惑気味の夏凜さん。大葉さんは、成る程これがカラオケなのかと納得した顔をしていた。
さて、私の録音だけ上手くいってない事実はどう受け入れるべきなのだろうか。
一時休憩ということになり、私はトイレを終え、手を洗っていた。結局、私のあがり症はおさまらず、録音は未だに上手くいっていない。
どうすべきなのか。私には答えがない。
トイレを出ると横の男子トイレから大葉さんが出てくる所にばったりと出くわした。
やはり、女の子のような顔と髪型の大葉さんが男子トイレから出てくるのに異様な違和感を感じる。いや、それ以外の"何か"も違和感を私に伝えていた。
「大葉さん、歌上手いですね」
「え、ホント?ありがとう、」
「やっぱり大葉さんは凄いですね、私には無理そうです……」
「凄くないよ、全然」
「凄いですよ、初めて歌ったのにあんなに上手いし、それに……」
「それに?」
「勇者に選ばれて……、姿形が変わっても大葉さんはすぐに慣れて、みんなの為に戦ってる、私はいつも怖くて仕方ないです」
素直な言葉だった。彼に直接言うのは悪い気がして今まで言えなかった。お姉ちゃんにも言えてない事だった。
大葉さんはびっくりした顔で私を見ていた。あれのどこが怖いのか?と言いたいのだろうか。
「僕は、三回しか戦ってないけど、三回とも"怖かった"よ、東郷さんにも話したけどね」
「怖いんですか?」
そりゃもう、とっても、と大葉さんは笑いながら教えてくれた。ニコニコと笑うその顔には少し申し訳なさが滲み出ていた。
「帰ってからすっごく怖くなるんだよ、思い出さないよう2回目からはすぐ寝るようにしてるし」
「でも、戦えてるじゃないですか、それが凄いんです」
「だとしたら、それは犬吠埼さんのおかげだよ」
「お姉ちゃん……ですか?」
「樹さんだから教える話だよ」
本人には秘密にしておいてね、と大葉さんは恥ずかしそうに説明してくれた。
「2年前ぐらいにさ、物凄くタチの悪い不良に絡まれてね、一時期僕に付きまとってきてね、どうも不良の中でも暴力団との繋がりもあって先生に言ってもどうにもならなかったんだ」
「え、大葉さんがですか?」
「その時はまだ僕自身どう対処していいか全然わからなかったし、父親から護身術も習ってなかったからね」
お金取られるはボコボコにされるはで大変だった、と大葉さんは笑いながら話してくれた。笑い事ではないのだが、その声音はだいぶ嬉しそうだった。
「それで凄い額のお金要求されて、父親にも言えず、学校の近くの公園で困ってたら君のお姉さんに呼び掛けられたのさ『大葉君』ってね」
中学一年生の時のお姉ちゃん。今の私に大葉さんに声を掛ける勇気はあっただろうか。
「そのあと色々聞かれて、なんやかんやで不良と話をつけるって犬吠埼さんが言い出してさ、怖くて逃げるだろうなって思ってたら、不良の真ん前に立って喧嘩腰で話し出した時はびっくりしたよ」
良い思い出を語るように喋る大葉さん。自分の事のように自慢気に語るその顔はとても嬉しそうだ。
「でもね、不良に啖呵切ってる犬吠埼さんの手が震えてたのが見えてね、こんな女の子が震えながら僕を助けてくれている、なのに自分はこれで良いのかな?って思ったのさ」
お姉ちゃんが震えてた?お化けの事以外で震えてたのなんて見たことない。
「だから僕は戦える、あの時震えていた犬吠埼さんの手に負けないように、今度は僕が助けると選んだ、だから"此処に居る"事を選ぶことが出来た」
樹さんは何を選ぶ?、そう大葉さんは私に聞いてきた。何を選ぶべきなのか、何をして良いのか私の中にはまだ"答え"はない。
それでも答えを見つける為に動くことは出来るかもしれない。お姉ちゃんの後ろに居る私が、お姉ちゃんの横に"居る"為に出来る事を探すために。
「とりあえず、出来ない事を出来るようにしてみます、それが今私が選べる事だから」
「そっか、なら、とりあえずは録音を頑張らないとね」
「あー、そうですよねー、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫だよ、だって樹さんじゃないか」
「それは根拠になってない気がしますけどね……、あ、そういえば不良さんとはどうなったんですか?」
「犬吠埼さんにも絡みかけたから、夜襲かけたよ、その時のことはあんまり覚えてないかな?多分、二年前の大怪我の時だと思うけどね、まあ不良も悪さ出来ない身体になったから良かったよ」
やっぱり少し大葉さんは怖いです。
チアリーディング当日である。
私=犬吠埼風はチアの道具を持ったまま試合会場の前に立っていた。6月に入ろうかという時期、日差しがだんだんとキツくなる中、私は何故一人なのかというと。
樹と真優は、ギリギリまで録音してくるぜ!と二人でカラオケにこもり。
東郷と友奈は、衣装の最終チェックしてきます!と言ったきり帰ってこない。
夏凜は音響等の資機材運搬の手伝いをしてほしいと真優のお父さんから頼まれたらしく、今は居ない。
なので私一人である。
暑い。ジリジリと頬に当たる日光。自分の髪が金髪故に日焼けするととんでもなく目立ってしまうし、少しガラの悪い見た目になってしまうからそそくさと日陰に退避する。
みんなはいつ来るのだろうかとスマホのSNSで連絡を飛ばしても
『もう少し!』
『もう少しです!』
『もうちょっとで着くわ!』
と、まだ着きそうにない返答が帰ってきた。
まあ、時間はあるのでけっこう暇なのである。続々と相手チームの野球選手達が会場の中に入って行くのを横目で眺める。
その中に同じクラスの男子二人を見つけた。向こうも私に気付いたようで、そそくさと私の元へと駆けてきた。
「犬吠埼じゃん!どうして此処いんの?」
「おはよ、今日は応援頼まれたから此処にいるのよ」
「え!?俺達の応援?!?」
「いえ、あんた達の敵の方よ、ボコボコにしてあげるわよ!!」
犬吠埼は選手じゃねーじゃん!とクラスメイトの一人とキャッキャと喋る。もう一人はうろちょろと周りをずっと見回していた。
「ん?どしたの?誰か探してるの?」
「いや……、大葉は居ないんだな」
「何?真優にまた突っ掛かるつもり?あとでちゃんと来るわよ、でも突っ掛からないでよね、わかった?」
「そうか、わかった、ありがとう」
心底興味なさそうにもう一人のクラスメイトは会場の中へと入っていった。その背中を二人で眺め、再び目を合わせるとクラスメイト苦笑いしていた。
「あいつ、前から大葉に食って掛かっていってたけど、あいつが女っぽくなってからちょっとおかしいんだよ、前はブチブチ文句を聞こえるように言ってたのに、今じゃ全然言わないんだぜ?」
「もう、文句を言うのも嫌なくらいになったんじゃない?視界に入れたくないから私に真優が居るかどうか聞いてきたんじゃない?」
「かもな、まあ、ブチブチ文句言わなくなったから俺的には楽だけどな!じゃあ応援よろしく!」
「あんた達の応援じゃないから!あと、真優も踊るからよろしく!」
なんとー!?とクラスメイトは驚きながら、会場の中を走って行ってしまう。
その背中を見送って前を向いた瞬間、こっち側に凄い勢いでぶっ飛んでくる真っ赤な軽トラが見えた。
黒と白のラインが走る紅色の軽トラ、どっかで見たことのあるカラーリングだった。
ぎゃぎぎぎぃ!と私の目の前でドリフトかましながら停止。そのボディには『にぼしライダー』とかっこいい文字で書かれていた。
そして助手席が勢い良く開き、夏凜が飛び出す。超気持ち悪そうな顔で地面に突っ伏している、そして反対の運転席側に高身長で高学歴っぽくて、へんに高収入っぽい見た目のサングラスかけたイケメンが座っていた。こちらを見るとニヤリと笑い。
「こんにちは三好春信です!夏凜のお兄ちゃんやってます!よろしく!」
「よ、よろしくお願いします」
「こ、このくそ兄貴!飛ばし過ぎよバカァッ!」
「おやおや、あの程度で酔ったなんて、夏凜はまだまだだなぁ」
うっさい!と夏凜が春信と名乗った男に食って掛かる。というか、夏凜のお兄さんなのかこの人。
「夏凜と違ってコミュ力高そうね」
「私だってコミュ力高いわよ!!」
どの口が言っているのだろうか、このツンデレ娘は。
何とか録音が終了して、僕=大葉真優と樹さんが試合会場に着いた時には、ある程度応援の準備が終わっていた。
というか、チア服着た夏凜ちゃんが知らないお兄さんに凄い勢いで写真撮られてた。
「おやおや!可愛くなってるねぇ夏凜!おやおや!」
「やめ!やめろ!馬鹿兄貴!やめて!!」
止めぬさ!とサングラスのお兄さんはバシャバシャと一眼レフで夏凜ちゃんを撮影し続ける。馬鹿兄貴と言っていたので例の夏凜ちゃんのお兄さんなのではなかろうか。
それを生暖かい眼で見つめる他の部員達。
「犬吠埼さん、どうしたのこれ?」
「いやぁ、夏凜のお兄さんが夏凜のチア服を見たがったんだけど、夏凜が嫌がった瞬間にすごい駄々こねだして、仕方なく夏凜が着たらこんなことに」
「あれまぁ、あ、じゃあチア服あるんだ、さっそく着てくるよ、更衣室どっちだっけ?」
「あっちだけど、あんたどこで着替えてくるの?」
「男子更衣室だよ、もう選手の人達着替えてそうだし、大丈夫だよ」
気を付けなさいよー、と犬吠埼さんに言われると樹さんと二人で更衣室へと向かう。案の定、更衣室に人影はなく、中を確認して誰も居ないことを確認して着替えることにした。
スマホを使い変身し、そのまま外装の強制排除機能を使う。弾ける外装、パンツだけ残して裸になる。
ふと、鏡を見るとパンツ一枚だけの女の子が写っている。それに対して全く違和感を感じなかった。この状況に適応してしまったのだろうか。
それを悪いことと感じない自分に驚く。まあ、それよりも応援の方が重要だ。
東郷さんからもらった紙袋からチア服とブラジャーを引っ張りだす。ついでに入れてもらっていたブラジャーの着け方を見ながら見様見真似で胸をカップの中に納めていく。
こんな大きな物をぶら下げて女の子は良く生活出来るものだ。脇の肉まで入れると漏れてしまうんじゃないかこれ?
「重たいなぁ、全く、サラシでも巻くかなぁ?」
「何やってんだ、大葉?」
ひっ!と甲高い悲鳴を上げて振り返ると湿布を持った同じクラスの男子が立っていた。良く僕に対して小言を漏らすいけ好かない奴だった。
「あ……、こ、こんにちは」
「こんにちはじゃないよ、何やってんだこんな所で……」
途中で言葉に詰まる男子。その視線が私の目からだんだんと胸から下半身にかけて下がっていく。なんだか無性に恥ずかしくなって手で隠す。
「お前、その胸についてるのは本物なのか……?」
「いや、これは偽物って奴でして……」
「本物だから、重いんだろ」
思いっ切り話を聞かれてた。どうにかして秘密にしてもらわないといけない。
「あの、さぁ、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「"それ"のこと黙ってろって事か?」
「あ、うん、……ダメ?」
「一つ条件がある」
「え、あ、うん、良いよ、何でも」
「……何でも良いんだな?」
ちょっと口が滑ってしまった。どうしよう。
夏凜のお兄さんの暴走を私=犬吠埼風がいい加減止めようと思った頃に真優は帰って来た。まあ、ある程度わかっていた事だが、チア服が爆発しそうなくらい胸がパッツパツである。
真優のアレ、東郷よりデカイな。
「ごめん遅れた」
「良いわよ、こっちもずっとこんな感じだったし」
「おやおや!夏凜!おやおやおや!夏凜夏凜!!」
「いや!もうやめて!ローアングル凄いからやめてって!」
「わー、すごいね、まだしてたんだ」
「あー、すいません、春信さん?」
「ハルハルって呼んでくれたまえ犬吠埼風さん!いやはや夏凜の可愛さにテンション上がってしまってすまないすまないハッハッハ!」
春信さんが写真を撮るのを止めた瞬間に夏凜は真優の後ろに隠れる、すごい珍しい物を見てる気がする。
「おやおや!夏凜!そんなとこに隠れてはいけないよ、こっちに来るんだ、ほら、怖くないから」
「いやッ!」
グルグルと唸る夏凜。完全に警戒してる獣である。
「ハルハル……さん、今から応援始まりますのでこのぐらいで勘弁してほしいのですが……、というか、機材の設定を東郷だけでやってますので手伝いに行って欲しいです」
「あ、そうだね!了解だよ!じゃ!あとでな夏凜!」
「くんな!」
おやおや!と春信さんは遠くから写真を撮りながら機材の設定に向かっていった。
「すごかったねぇ、夏凜ちゃんのお兄ちゃん、凄い勢いでカメラパシャパシャしてたよー」
「ここ2年以上会ってなかっただけなのに何なのあの変わり様は!家じゃあんなじゃなかったのに!」
「溜めに溜められた夏凜欠乏症が爆発したのね」
「東郷さんもたまになるよ!」
\ユウナチャンガワタシヲヨンデル!!/
「何か聞こえたわよ」
「あ、試合始まるからスタンドに行こうか」
「よっしゃ、円陣組むわよ!!!」
おー、と気の抜けた掛け声と共に全員で円陣を組む。私と真優の間に入ってしまった樹の足が地面に着いていなくてちょっと面白いが黙っておく。
「相手チームのチアリーディングは超いけすかなかったけど、今回の目的はうちのチームを応援すること!応援して相手チームをボコボコにしてもらうわよ!!!いいわね!!?」
「「おーッッ!!!」」
「あと焼き肉食いまくるわよ!!!」
「欲望出てるわよ」
「カルビっ!!」
「塩タンっ!!」
「ホルモンっ!!」
「ろ…、ロースっ!!」
「タダ焼き肉よっっ!!ファイッ!!」
「「おーっっ!!!!」」
よっしゃあ!!!と掛け声と共にスタンドへと駆けていく。
選手達がホームベース前にズラリと並び、お願いしまーすと頭を下げた所で試合開始のサイレンが鳴り響く。
先攻は相手チーム、私達が応援するのはこちらの打撃回だけ、五回と九回のみ守備回に歌で応援が出来る、とのことらしい。
なので相手チームの応援なのだが、やはりその練度は高く、見事と呼ぶべき代物だった。
ざわざわと他の観客から歓声が聞こえる。
なお、うちのチームの守備はなかなか上手く、相手チームのバッターをヒット無しでアウトにしてしまい、攻守が交代となった。
なかなかやるではないか。
「よっしゃあ!!!いくわよ!!」
「そんな掛け声するもんじゃないと思うわよ」
「気合いよ!気合い!」
緊張でミスが発生するかと思っていたが、どうも練習がしっかり出来ていたようで滞りなく応援することが出来た。そのおかげであろう、ヒットが続いて1点を先取することが出来た。
何故か相手チームのエラーが頻発してたが、もしかするとバルンバルン揺れてる真優のブツに目を取られたせいなのかもしれない。
流石に慣れたのか、もう1点取れそうなところでチェンジになった。
「いやー、おしいわねー」
「先制点よ!このままストレートで行けば勝ちよ!」
確かに!とみんなで気合いを入れ直したところで、服の裾をクイクイと引っ張られた。振り向くと真優がモジモジしていた。
「あ……、犬吠埼さん、ちょっと用事あるから少し抜けるね、こっちの攻撃回までには帰ってくるから」
「何処に……、あ、トイレね、了解よ、向こうにあるわよ」
「あ、うん、行ってくるね」
そそくさと走っていく真優。ハタハタと捲れるミニスカートとシャツ、そして輝くエッチな下着。真優、スパッツ穿いてなかった。
それで、相手チームのエラーが多かったのか、なるほど。
ではない。
「……あ!ウソ?!マジ?!夏凜!私ちょっと真優のところ行ってくるから!」
「え!?何よどうしたの?!」
「スパッツよッ!!」
「スパッツ!??」
真優をすぐさま追っかけると、トイレ方面には姿は無かった。辺りを見回すと何故か"相手チーム"の座席近くに向かっているのが見えた。
何をしてる?
という疑問が沸き上がり、身を隠しながら後ろをつけていく。
真優は目立たないように移動してる、つもりっぽいが、正直超目立ってる。くっそスタイル良い美人がうろちょろしてたら目に付くってもんである。しかもチア服。
そりゃあ男の目がすごいすごい。
そんな目立ちまくってる真優は相手チームのベンチにつながる廊下に入っていった。なんだ?本当に何をしてる?
こそこそと廊下を覗き込むと、先ほど会った真優に良く突っ掛かってたクラスメイトが真優に壁ドンしていた。
壁ドンである。壁ドン。
「俺の言った事をちゃんと準備してきたんだろうな、出来なかったらお前が女だってこと言いふらすからな」
「……だ、大丈夫、ちゃ、ちゃんとやるから、だからお願い言いふらすのだけはやめて……」
「お前の出来次第だよ」
ものすっごい薄い本みたいな展開になってた。止めるべきなんだろうが、真優が超恥ずかしそうな顔をしてるのを見たくて止められないでいた。
これがNTRッッ…!!
早くしろよ、と急かされて真優はクラスメイトの服を掴む。まさか、服を脱がせてもらってからのご奉仕なのか、そういうやつなのか。
絶対止めなきゃならんやつだ。
真優は赤らめた顔に少し涙を溜めながら
「ちょっと義兄ちゃん!わたしが応援してるってわかってる!?」
「ンフッ……、わかってるさ真優、それがンフッ……どうしたってんだ?ンフンフ…」
よーし、雲行きが怪しくなってきた。もうちょい様子見する。
「こんなこと滅多にしないんだからね!だから絶対に勝ちなさいよ!」
「ンフ…真優はホントにかわいいなぁ」
「なっ!も、もう!やめてよ義兄ちゃん!!」
「ンフ…」
ニヤァと笑うクラスメイト、その横で真っ赤な顔で恥ずかしそうにする真優。なんだこれ、何なんだこれ。
満足そうな顔で自分のバットを持って打席に向かうクラスメイト。途中で振り返りウインクしながら
「義兄ちゃん、頑張ってくるよ」
と超良い声で出ていった。
ホッと一息つく真優。ポン、とその肩を叩くと物凄い可愛く跳ね上がった後に真優は恐る恐る振り返ってきた。
にっこりと笑いかける。
「あ、犬吠埼さん、どうした……」
「ねぇ、今の何?」
「……見てた?」
「うん、何あれ?」
「変身した後を見られたぁ?!」
面目ねぇ、と真優が頭を下げる。見られた際に真優が完全に女の子の姿になっていることを喋らないことを条件にある事を頼まれたらしい。
「で、何て言ってたのよ、そのクラスメイト?」
半ば呆れた顔で夏凜が聞くと、真優は恥ずかしそうに真っ赤な顔になる。それを見て少し可哀想に思ったが、恥ずかしそうな真優が可愛いので助け船は出さない。
可愛いのがいけないのである。
「え、えーっとね、三回分の応援を頼まれたんだけど、一つ目が『親が再婚して妹になった生意気な後輩がお兄ちゃんって呼ぶのが恥ずかしいのを我慢しながら好き好きオーラ全開のエールを送るけどやっぱり恥ずかしいけど我慢してる』感じの応援、でねあとは……」
「一つ目からお腹いっぱいよ!」
「何考えてんのよあの変態野郎!うちの真優に何やらせてんの!」
「大葉さん、恥ずかしかった?」
「恥ずかしかった!」
あー!、と真優は手で顔を隠す。友奈が真優の頭をヨシヨシと撫でて慰めていた。その横で東郷が恨めしい眼で真優を見ているのは無視する。
「真優!次の応援の時に私も行って話つけてやるわ!!」
「あ、でも他の奴に言ったらどうなるかわかってるだろうな、って言われたから、僕が我慢すれば良いだけだし……」
「変態に譲歩はしないわ!これが常識よ!」
どこの常識なのよ、と夏凜が後ろでツッコミを入れて来たがそんなものに構ってる暇はないのである。
「でもさ、ほら、応援してるだけだし、後二回でさ、応援くらいで何も悪いことないしさ」
「そりゃ、応援だけだけど……」
「ね、ほらほら、あの人バッターで出てるよ、見て見て」
真優が指差す先にクラスメイトが立っていた。悠然とバッターボックスに入り、処刑人のようにバットを振りかぶる。
「そんなに強くないって言ってたから応援程度で支障が出るわけが……」
無い、と言い掛けた真優の座席の真横に思い切りクラスメイトが打ち放ったボールが叩き込まれた。普通に初球からのホームランである。
ランナー二人出ていたおかげで3点も入れられていた。
クラスメイトはどうもわざと真優の近くにぶち込んだようで、凄い良いウインクを真優に投げる。
「おおっーとこれはこれは、真優の応援であの変態野郎のスペック上がってますわこれ、え、何初球ホームランって何さ野球漫画の主人公かな?」
「にゃ、何やってんのさ!ウインクとか飛ばしてさぁ!は、恥ずかしいなぁ!もう!」
うわー!と恥ずかしそうにする真優。くそ、真優の可愛さを引き出す事に関しては向こうの方が上手な気がしてきた。
いや、そこじゃない。
「と、とりあえず!変態行為は止めるわよ!ちなみに……次はどんなお題なの?」
「近所に住んでるはすっぱなお姉さんが年下の男の子の不意に感じる男っぽさにドキリとするけど頑張ってお姉さんぶりながら頑張って上から目線で応援するけど言葉の端々から恋する乙女感で出てくる感じの応援」
「正気じゃないわねあいつ」