白銀の腕は刃を纏い   作:赤峰

10 / 10

 遅れてすみません。新話投稿です。


6

 夜の森を、レオンハルトは黙々と歩き続ける。腰から下げた布袋の中には、なのはから奪い取った6つのジュエルシードが入っている。これまで確保してきたジュエルシードと合わせれば、その総数は13個。3分の2近くのジュエルシードを手に入れたことになる。

 だが、レオンハルトの表情は冴えない。最後のなのはの表情が、脳裏にこびりついて離れない。あの、恐怖に歪んだ表情が……

 

「────ッ!!」

 

 気が付けば、その左手を近くの木へと打ち込んでいた。幹がその一撃で抉れ、拳からは血が滲んでいた。だが、レオンハルトを苛んでいるのは、そんな小さな痛みではない。

 

「俺は……俺は一体、何をやっているんだ───ッ!」

 

 誓ったはずだった。あの日、あの時。力なき人を、罪無き人を守るためにこの力を振るうと。

 約束したはずだ。あの日、あの時。この誓いは不滅だと。何があろうとも、貫いてみせると。

 

 なのに、今はどうだ? あの子は、なのはは町を守るために戦っていただけだ。善良な子だと、心から断言できる。それを、自分は徹底的に痛め付けた上で、恐怖を叩き込んで心をへし折った。

 何が誓いだ。何が約束だ。守れてないじゃないか。何一つ、守れていないじゃないか。

 

『……お前は、間違えるな。レオン』

『あなたは、そのままでいてね。私の可愛いレオンハルト』

『お休み、レオン……』

 

 あの瞬間が、脳裏に甦ってくる。忘れるな、誓いを果たせと糾弾するように。

 呼応するように、剣が目の前に現れる。掴め、その剣でプレシア・テスタロッサを討て。そう、告げているようだった。

 震える手が、剣へと伸びる。

 

(……そうだ、掴めばいい)

 

 そうすれば、自分は自分は『レオン』から『レオンハルト』に戻れる。プレシアの幼馴染みの『レオン』から、今の世で《英雄傭兵》と語り継がれている『レオンハルト』へと。そして、今度こそ誓いを果たすため、プレシアに引導を渡す事が出来る。

 だから、掴め。戻るんだ、『レオンハルト』に。その手は、銀に輝く剣を……

 

『あなたはまだ、戦い続けるのね……』

 

 手が、止まる。糾弾する彼らを押し流すように、嘗ての親友の姿が浮かび上がった。

 誰もが救いを求める中で。誰もが手を伸ばしてくる中で。彼女が、プレシアだけが、『レオン』を求めてくれた。『レオンハルト』ではない、ありのままの『レオン』を。それは、レオンハルトにとっては救いだった。磨り減り、朽ちてしまいそうになっても、彼女がいたからこそ、耐えられた。彼女だけが、求められるだけの自分が求める事を許してくれた。あの柔らかな眼差しを、優しい声音を、一度たりともレオンハルトは忘れたことはない。

 だからこそ、裏切れない。剣を掴めない。けどそれは大きな裏切りで、誓いを優先したとしてもまたそれも裏切り。

 裏切りしか残らない。その事実がレオンハルトを縛り付け、がんじ絡めにする。誓いを守れ。友情を守れ。絶えることなく、レオンハルトを糾弾し続ける。

 背中を殴打の痕が付いた木に預け、ずるずると力なくへたり込む。虚ろな瞳が見つめる月が、彼の罪を照らし出すように思えて、糸の切れた人形のように頭を垂らした。

 

「……父さん……母さん……エリィ……俺は…………」

 

 助けを求めるように呟かれる名は、しかし答えるものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 14個のジュエルシードが集まった。まだこの世界に来訪して一月も経っていないのにこの数だ。凄まじい成果だ。誇るべき結果だろう。

 だからこそ、フェイトには今のレオンハルトの状態が理解できなかった。

 

「れ、レオン! コーヒー溢れてる!」

「………! あ、ああ。すまん」

 

 注ぎすぎてカップから溢れたコーヒー。慌ててそれを拭うレオンハルトを見て、アルフと共に首を傾げた。

 ここ最近、レオンハルトはこうやって呆ける事が多くなった。この前も包丁を添えていた右腕に何度も何度も降り下ろしていたり。義手じゃなかったら本当に不味かった。

 更にその前も、アルフの食事に間違えてキャットフードを出したり……いや、そもそもアルフは別にドッグフードは好きではないのだが。

 怒ったアルフのドロップキックを綺麗なブリッジで避けて余計にアルフを怒らせて、最終的にちょっと値の張る肉を買うことで交渉は成立した。案外ちょろいと思ったのはフェイトだけの秘密だ。

 

「…………」

 

 今もこうして注いだコーヒーに一切口をつけず、眉間にシワを寄せて虚空を眺めている。やはりおかしい。確かに少し変な部分はあるが、それでも常に冷静だったレオンハルトとは思えない。

 

(確か……この前のジュエルシード探索の時から、こうだったような……)

 

 フェイトが発動したジュエルシードを確保してレオンハルトと合流した時から、既に何かがおかしかった。

 ジュエルシードの入った袋をアルフに預けると、何処か覚束無い足取りでその場を後にしていた。あんなに楽しみだった温泉にも入ることなく。あの時はただ疲れが溜まっているのだろうと思ったが、あれから三日も経っているにも関わらずこれだ。間違いなく、何かあったのだ。例の魔導師と。

 完敗した、という事ではないだろう。様子こそおかしかったが傷らしいものは見受けられなかったし、そもそも自分にすら勝てなかった者がレオンハルトに勝てるわけがない。

 ジュエルシードの収集速度に不満がある、わけでもないだろう。たった1週間でこれ程の量を集められたのだ。むしろ出来すぎなくらいだ。

 なら何故? 思考を重ねるが、答えは見えない。

 

「アルフ……レオン、何かおかしいよね?」

「おかしいどころじゃないよ。悩みがあるなら話してくれりゃいいのにさ……」

 

 不満げに鼻を鳴らすアルフも同じことを考えていたらしい。二人揃って溜め息を吐いた。

 再びレオンハルトを見ると、コーヒーが冷めてしまったらしく口付けた途端に苦い顔をしていた。湯気すら出てないと言うのに、これはかなり重症だろう。

 

(……何だか、頼ってばっかりだな)

 

 初めて会った時から今まで、何度もレオンハルトはフェイト達を助けてくれた。レオンハルトがいなければジュエルシードの収集もこんなに上手くいかなかっただろうし、もしかしたらガオスに負けてそのまま死んでいたかもしれない。心から感謝しているし、同じくらい申し訳無く思う。

 どうにか恩を返したいと思うが、戦闘ではあちらの方が圧倒的に格上。家事なんかもレオンハルトの方が出来るし、どうやって調べているのかは分からないが情報収集もお手の物。そんな自分達に、一体何が出来るというのだろうか?

 

(せめて、私達がもっと強ければ……)

 

 レオンハルトが任せられると思えるくらいに強ければ、負担をかけなくて済むのに。そこまで考えたところで、

 

「…………………………あっ!」

 

 天恵が、降りてきた。思わず声を出してしまい、怪訝そうな二つの視線がフェイトに向けられる。その事に顔を赤らめながらも、アルフを手招きして外へと飛び出した。首を傾げながらもアルフがその後を追い、部屋にポツンとレオンハルトが取り残された。暫くそのままの姿勢で固まり、ようやく再起動したらしくポツリと一言。

 

「…………え、もしかして俺が何かした流れなのか?」

 

 まあ、間違ってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、レオンハルトは臨海公園へと足を進めていた。その顔は悪事がばれた子供のような、バツの悪そうな顔だった。

 

 あの後すぐに帰ってきたかと思えば『ジュエルシードを探してくる』と言い残して二人は再び去っていった。それから全く連絡がなく、何かあったんじゃないかと思ったところで、臨海公園に来てほしいと連絡があったのだ。

 

(…………絶対怒ってるよな、あの二人)

 

 自覚はあった。あれから何度も醜態を晒していたのだし、怒られても文句は言えない。もしかしたら、ジュエルシードの探索を拒否されるかもしれない。

 

(土下座の準備をしておいた方がいいかもな……)

 

 少女と狼に土下座する英雄。それはそれは情けない光景だろう。だが、蟠りを残したままというのも後々問題になる。覚悟しておかねばなるまい。そんな事を考えながら歩いていると程なくして臨海公園に到着した。

 

 と同時に、臨海公園一帯に結界が展開され、レオンハルトを閉じ込めた。

 

「……………………えっ」

 

 予想だにしない展開に一瞬思考が停止した。あの念話を送ってきたのはフェイト。つまり、この結界はフェイトとアルフのどちらかが展開したということになる。

 一体何故こんな事を。困惑したまま辺りを見回すと、海上に立つフェイトとアルフの姿が見えた。その表情は真剣そのもので、今にも一勝負するかのようだった。

 

(ま、まずい。怒っていらっしゃる……)

 

 からかったときに見せる膨れっ面とはまるで違う表情を見せる二人に、思わず一歩後ずさる。普段怒らない人が怒ると怖いとはよく聞くが、ここまで違いがあるのか。レオンハルトは本気で戦慄していた。

 

「レオン……」

「は、はい!」

 

 思わぬ事態に人格が崩壊しかけている。万の次元犯罪者に恐れられた男が、たった一人の少女に怯えている。彼を知る者が見たら卒倒ものだろう。

 

(あ、アルフは……駄目だ。こっちもお怒りだ)

 

 やはりキャットフードはまずかったのか。過去の自分を串刺しにしたくなった。

 

「あの……一つ、お願いしたい事があるんだけど……」

(まさか、この場で自害しろと仰るのか!?)

 

 まずい。まずいまずいまずい! こんなにまずいのは『ディスペア』との戦争の時とリニスと遊んでたときにプレシアの部屋をめちゃくちゃにした時以来だ。取り敢えず土下座だ。丁度下は海だし入水土下座が出来る。今を逃せばもうチャンスはない。

 

────行きなさいレオンハルト。他の誰でもない、あなた自身のために!(意味不明)

 

「私達に、戦い方を教えてください!」

「お許しください!」

 

 水飛沫が、フェイトの言葉に重なるように跳ね上がった。

 数秒ほどの沈黙の後、剣翼を生やしたレオンハルトが浮かび上がり、三人の視線が重なった。

 

『………………………………………………………えっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最寄りのベンチに座り、三人は沈黙していた。

 髪から雫をポタポタと垂らすレオンハルトと、巻き込まれて服やら何やらが濡れたフェイトとアルフ。気まずい空気に沈黙が漂う。特にレオンハルトは勘違いに勘違いを重ねて無意味に水浸しになり、更には二人にまで被害を与えると言う大失態を犯している。普段の姿が見る影もなく縮こまる姿は酷く憐れみを誘う。

 

(これ、土下座するなら今なんじゃないんだろか……?)

 

 けど、それでまた変な空気になったら本当に取り返しが着かなくなる。ここは二人の出方を伺うべきだろう。

 

「……最近、何だか様子がおかしいよね」

 

 沈黙をフェイトが切り裂いた。その表情は先程と同じ真剣なもの。痛いところを突かれて思わずすまない、と謝るとゆっくりと首を横に振り、続きの言葉を紡いだ。

 

「この世界に来てから、ううん、初めて会ったときから、レオンはずっと私達を助けてくれた。レオンハルトが居なかったら私はここにいなかったかもしれないし、ジュエルシードだってこんなに集められなかったと思う」

 

 けど、とそこで一旦区切り、レオンハルトの正面へと移動する。月明かりに照らされて煌めく金色の髪に、一瞬、心を奪われた。

 

「私達は……私は、レオンに頼ってばっかりで、何もしてあげられなかった。だから、無理させちゃったのかなって、思ったんだ……」

 

 そんなことはない。そう返そうとして、やめた。きっとそんな言葉では納得しないだろうし、何より続きがある。今はただ、彼女の話を聞くべきだと判断した。

 

「だから、ね。少しでもレオンの負担を減らそうと思って色々考えたんだけど、結局私には魔法しかない。けど、レオンには全然届かなくて、今のままじゃ駄目だって思った。だから……」

「戦い方を学ぼうと思ったのか……」

 

 無言で頷くフェイトを見て、ますます自分への憎悪を募らせる。

 こんな小さな、まだ遊び盛りな年齢のはずの子供に心配を掛けさせた事が申し訳なくて、情けなくて、思わず俯いた。

 

(なんて、無様な……)

 

 穴があったら入りたい。このまま死んでしまいたい。自責の念に、思わず唇を噛み締める。

 

 そんなレオンハルトの手を、暖かな何かが包み込んだ。

 

 顔を上げると、優しい微笑みを浮かべたフェイトが、その両手でレオンハルトの手を包み込んでいた。

 子供に言い聞かせるような穏やかな声で、言葉を紡ぐ。

 

「私は、レオンを助けたい。私を助けてくれたように、今度は私が、レオンを助けたい。まだまだ未熟で、もしかしたら余計なお世話なのかもしれないけど……それでも、ね」

 

 目を閉じれば浮かんでくる、レオンハルトとの思い出。

 時々からかってきたり、奇行に走るときもあったけど、それを含めて、フェイトにとっては大事な、暖かい思い出だった。

 だから、

 

「信じて、レオン。私を、私達を。『英雄傭兵』に鍛えられる私達を」

 

 ゆっくりと手を離し、半歩下がる。後はレオンハルトに任せるということなのだろう。

 レオンハルトは、困惑していた。助けを求められることは数え切れないほどあっても、助けられることを求められたことなど一度もなかった。一体、自分はどう返せばいいのだろう。答えの纏まらない彼の肩に、隣に座るアルフの手が置かれていた、

 

「そうそう、フェイトの言うとおり! 大船に乗ったつもりでドーンと任せなよ! なんたって私達は、最高のご主人様とその使い魔なんだからさ!」

 

 そう言って、アルフは朗らかに笑ってみせた。その姿に、レオンハルトはゆっくりと目を瞑る。

 ……単刀直入に言ってしまえば、彼女等の心配は的外れだ。自分の苦悩はそこにはないし、今更取り返しのつくことではない。だから、この提案を飲む必要はない……ない、だけど、

 

「……アルフ。お前、いたのか」

「私が空気だって言いたいのかコノヤロー!」

「首を極めるな、痛い。君は師匠を殺す気か?」

 

 ピタリと、首を絞める手が止まった。今の言葉は、つまり……

 

「……俺は人に教えたことはないし、使える魔法も昔は兎も角今は産廃製造魔法だけだ。だから教えられるのは魔法というよりも、戦闘の運び方や注意点、後は魔法の使用効率を上げることくらいだ」

 

 それでも、いいのか? 二人は魂が抜けたように呆然とし、次の瞬間には輝かんばかりの笑顔で頷いた。頷き返し、帰ろうと告げながら立ち上がると、フェイトが右手を、アルフが左手を握りしめた。

 ……未だ、後悔は晴れない。あの少女の怯えた顔が脳裏から離れることもない。けど……だけど……、

 

「私達、頑張るからね!」

「今にあっと驚かしてやるから、期待してなよ!」

 

 この笑顔に、両手から伝わる暖かさに、胸の奥にある重さが、少しだけ、軽くなった気がした。そんな資格は自分には無いのかもしれないが、今は、今だけは、この暖かさに頼りたい。そう、思ったのだ。

 

「……帰ろう」

 

 その暖かなものを握り返し、歩き出す。 その足取りは、軽かった。





 次回か、その次の回くらいでなのは復活編です。
 この小説のなのははかなり強化させる予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。