────白銀が、縦横無尽に駆け回る。
フェイトですら互角が限界だったほどの速度を誇る飛竜が、青年の動きに翻弄されていた。なんとか苦し紛れに巨爪を振るうも、その時には既に、青年の姿はそこにはない。
同時に後ろからの衝撃。一瞬にして回り込んだ青年が、白銀の剣を降り下ろしていた。障壁によってダメージは入らなかったが、落胆することなく再び飛竜の周りを駆ける。飛竜が後ろを向いた頃にはやはり、青年はその場から離脱し、再び四方八方から奇襲を仕掛けていた。
「凄い……」
そんな光景を見せられているフェイトが懐いた感情は、感嘆と畏敬だった。圧倒的な、嫉妬すらできないほどの実力差を、一連の動きから感じ取っていた。他の魔法は見てないから分からないが、近接戦闘においては、フェイトと青年では隔絶した差があることがよくわかる。
だが同時に、そんな青年ですらあの飛竜にダメージを与えられていないことも分かっていた。
確かに、青年は飛竜の動きを上回っていて、フェイトの何倍も、飛竜に攻撃を当てていた。だが、それだけだ。あの強固な魔力障壁を打ち破れるほどではない。これではいつか、凄まじい成長速度を誇る飛竜に追い付かれ、青年は負けてしまうだろう。
フェイトがそう思い、恐怖からバルディシュを握りしめたときだった。
「────だが、それだけだ」
青年の、確固たる自信の籠められた声が聞こえたのは。
目の前の飛竜、ガオスは強い。それは、紛れもない事実だった。
アトランティックの魔獣。赤い絶望。進化の具現。空覆う鮮血。様々な呼び名で呼ばれている魔法生物。それがガオス。アトランティックの生態系の頂点に立ち、本能の赴くままに飛翔し、獲物を食らう。その巨体と魔力光線によって敵を殲滅する悪魔。
だが、真に恐怖するべきは、その成長速度にある。
敵の力を理解し、それを越えるために細胞を短時間で急速に変異させ、その敵を越える存在へと生まれ変わる。それこそが、ガオスの最大の特性。悪魔と呼ばれる所以だった。
事実、こうして翻弄している今この瞬間にも、ガオスは進化し、少しずつだがこちらの動きに追い付き始めている。そう遠くない未来に、この完全無欠の怪物は自分の速度に追い付く。または越えているだろう。
更には、今までの戦闘の過程で身に付けたであろう魔力障壁。これによって未だに決定打を与えられていない。そして、こうして手を駒手いている間にも、ガオスは進化している。
強い。本当に、ガオスは強い。きっと、時空管理局のエース級魔導師ですら、こいつに勝つのは簡単ではないだろう。
「────だが、それだけだ」
そう、それだけだ。簡単ではない。だがそれは自分以外の存在の話だ。
今ここにいて、戦っているのは他でもない自分だ。負けることはない。苦戦も論外だ。何より、
(そう、なにより……)
後ろには、名も知らない少女がいる。ボロボロで、今にも倒れてしまいそうな少女が。
悪を成そうとするものなら放っておくが、少女の瞳からはそんなものは感じ取れない。それどころか、暖かな優しさを感じる。悪などではない。ならば、彼女は守るべきものだ。傷付けるなど、あってはならない。
それに、もう準備運動も終わりだ。
もう一本、白銀の剣を構築する。一見、さっきから持っていた剣と変わらない、白銀の剣。それを爪と牙を掻い潜り、降り下ろした。
そして、宙を舞う鮮血と、苦痛の悲鳴。
ガオスの右翼が、両断されていた。いとも容易く。魔力障壁ごと、綺麗に。
それを成したのは、新たに作られた白銀の剣。だが、それはただの魔力剣ではない。
─────バリアブレイク。防御魔法の構成を砕く魔法の一つ。その術式を組み込んだものが、この剣だ。
「オオオオオォォォォォォォォォ!!」
ガオスが、咆哮する。痛みに泣き叫ぶように、青年に怒りを叩き付けるように。
怒り任せに振るわれる巨爪は、青年には届かない。目にも止まらぬ斬撃で、右足ごと切り裂かれた。
「アアアアァァァァァァァァアァァア!!」
咆哮と共に、口内に集まる閃光。当てることは不可能だと理解して使わなかった魔力光線を、怒りと痛みでぐちゃぐちゃになった思考の中で使用する。
「……
相対する青年は、目の前に一本、剣を作るのみ。相違点は、手に持たずに切っ先をガオスに向けて浮いていることのみ。
そして、放たれる閃光。今までで最大の大きさと威力を誇る閃光を、
「────翔べ」
命に従い、射出された白銀の剣が切り裂き進む。光線など意に介さず、一直線に。そして、閃光ごと脳天を貫いた。
止まる閃光。意識の飛ぶガオス。だが、青年は走る。その手に、白銀の大剣を握って。そして、跳躍する。狙いは、ガオスの首。
「────切り、裂けっ!」
その一閃は、狙い違わずガオスの首を断ち切り、戦いに幕を下ろした。
呆然。
フェイトも、隣にいるアルフも、信じられないものを見るかのように、口を大きく開けて呆けている。
特に、ずっとあの化け物と戦っていたフェイトには、それを意図も容易く撃破したという現実を、頭が受け入れられていなかった。
「つ、強いのは分かってたけど、まさかあんなに強かったなんて……」
一度、青年の戦いを見ていたアルフですら、この様だ。
剣を消し、青年が歩いてくる。反射的な身構えるフェイトに苦笑を漏らし、
「何が目的だったかは知らないが、もうこの世界には訪れないことだ。今度は助けられないかもしれないからな」
一言残し、その横を通り過ぎる。何となく拍子抜けしていたフェイトに、アルフが慌てて声をかけた。
「ふ、フェイト! あいつが探してたやつだよ! 止めないと!」
「え……えっ!? だって、人だよ!?」
「アタシだって分かんないさ! けど、プレシアの指定した場所には確かにあいつが……」
ピタリと、青年の歩みが止まった。思わず肩を震わせる二人。そして、ゆっくりと青年は振り返った。
「……プレシア?」
驚きと、喜びと、懐かしさと、フェイトには分からない何かが、その呟きからは感じた。
「は、はい。私の母さんです」
「……か、母さん?」
「母さんです」
「……そのプレシアは、プレシア・テスタロッサか?」
「はい、プレシア・テスタロッサが私の母さんです」
「じゃあ、君はプレシアの……」
「娘です」
「じゃあ、プレシアは君の……」
「母さんです……さっきから、同じことしか言ってないような……」
「というか、なんでそんなに動揺してんのさ?」
アルフの言葉にようやく我に帰ったらしい。はっ、と表情を引き締めた。……今さらな気もするが。
「……そうか。プレシアの娘か。……ん? あいつが君をこの世界に?」
「は、はい。多分、あなたを探してくるように、と」
「……分かった。付いていこう」
「ほ、本当ですか!?」
驚きの声を上げるフェイトに頷き、青年は歩み寄る。
「ああ、聞きたいことも幾らか出来たしな。さあ、案内してくれ。俺は転移が出来ない」
「へー、あんたくらい強くても、出来ないことってあるんだね」
「昔は出来たんだけど、今はな……」
ゆっくりと、鋼の右腕に手を添えた。疑問には思ったが、あまり詮索しない方がいいのだろう。結論付け、転移の術式を展開させる。
「……あ、そういえは、名前……」
「ああ、そういえば自己紹介もまだだったね。アタシはアルフ。こっちは世界一可愛い、自慢のご主人様のフェイトだよ。宜しく」
「アルフ、恥ずかしいよ……」
耳まで赤くして、手で顔を覆ってしまうフェイト。そんなフェイトを微笑ましげに見つめ、青年は口を開く。
「────レオンハルト。姓はない。好きに呼んでくれ」
ぶっちゃけ、レオンハルトの戦闘はだいたいテンプレです。