白銀の腕は刃を纏い   作:赤峰

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プロローグ終了。次回から無印編です。


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長い廊下を、歩く。

時の庭園に、三つの足音が響く。一つはフェイト。一つはアルフ。そして、

 

「……殺風景だな」

 

小さく愚痴を溢しながら歩く、レオンハルト。フェイトとアルフの後ろを、見回しながら付いていっている。

 

「あんた、人の家に来て早々愚痴って……」

「思わないのか?」

「……正直、ちょっと」

「そうだろう?」

 

あっさり同意してしまったアルフ。フェイトもそう思っていたが、母が造った家だ。口にするとプレシアを否定するような気がして、口には出さない。出せない。

それよりも、フェイトには気になることがあった。

「ねえ……あ、いえ、あの」

「俺相手に敬語はいらんよ。君の言葉で話すといい」

「あ、はい。じゃなくて、うん……あなたの名前は、本当にレオンハルトなの?」

「? ……まあ、名乗る名前としては、それであっているが」

「姓がないっていうのも、本当?」

「まあ、な。色々面倒な事情があってな。話すのは勘弁してくれ」

 

苦笑するレオンハルトに頷くと、再び前を向く。隣のアルフが首を傾げている。多分、レオンハルトも。だが、今のフェイトにはそれを気にしていられない。

 

(……レオンハルト。やっぱり、あのレオンハルトなのかな?)

 

何年か前。当時フェイトの教育係をしていたリニスに習っていた歴史の授業の中に、その名はあった。

 

────『英雄傭兵』レオンハルト。魔導師を志すものならば知らぬものはいない、伝説の魔導師の名前だ。

 

30年前、時空管理局に戦争をしかけた組織があった。

────超巨大次元犯罪組織『伸ばされぬ手(ディスペアー)

『人の進化には絶望が必要だ。だから、自分達が死と恐怖の絶望となって、進化が訪れるまで人を殺し続けてあげよう』という、狂人の理想を掲げ、他の犯罪組織どころか、次元世界の均衡を守る時空管理局の人員すら吸収し、管理局に匹敵するほどの巨大組織となった彼らは、全世界にその名の通り絶望を振り撒くために、殺戮を続けていた。

 

だが、そんな彼らが恐れる存在がいた。それこそが、『英雄傭兵』レオンハルトだ。

傭兵だった彼は管理局に雇われ、『伸ばされぬ手』の暴虐を止めるために戦ったらしい。

魔力で編まれた剣を手に、数多の次元世界を駆け巡り、『伸ばされぬ手』の構成員達を撃破し、幾つもの世界を救った男。

そして、時空管理局と『伸ばされぬ手』の最後の大戦争にも参戦し、13の幹部のうち8人、5人の最高幹部を二人、更には『伸ばされぬ手』の頂点に立つ大首領『黒い雨』ニグレド・ザ・デッドエンドを撃破したという偉業を成した、正に英雄と呼ぶに相応しい男。

それが、フェイトの知るレオンハルトだった。リニスが頬を上気させ、やたらと熱心に語っていたのをよく覚えている。

もし、彼がそのレオンハルトならば、あの常軌を逸した強さにも納得がいく。だが、だとすれば、

 

(なんで、あんなところに……)

 

アルフの話だと、彼は森の奥深くで棺桶のようなものの中で眠っていたらしい。

確かに、レオンハルトは30年前から消息を絶っている。そう、大戦争のすぐあとに。あるものは戦争で致命傷を負って死んだと、戦いの中で出来た虚数空間に落ちたと、自分の力が怖くなって逃げ出したと言っている。

最後に関しては、リニスが憤怒の形相で語っていたからよく覚えている。本当に怖かった。

とにかく、レオンハルトは行方不明だった。だが、彼はいた。あの世界の、森の奥深くに。けど、何故? 何故、あんな、恐ろしい怪物しかいない世界で、彼は眠ることを選んだのだろうか?

問いかけようと、して、

 

「フェイト、プレシアの部屋、通り過ぎたんだけど」

「意外とおっちょこちょいなのか? 彼女は」

「意外とどころじゃないよ。慌てて服を着忘れたり、ねぇ」

「それはそれは……」

 

聞こえた会話に、頬が上気するのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の前。母、プレシアの部屋がある扉の前で3人は立っていた。ふと、レオンハルトは二人の顔を見る。

フェイトは、緊張しているような、どこか、怯えているかのような表情を。

アルフは、心底嫌そうな顔をしていた。

 

(なにをしたんだ、プレシア……?)

 

喜びの表情が一つもない。しかも、よりにもよって、娘に怯えられているとは。

そもそも、おかしな話なのだ。あんな化け物がいる世界に、娘をよこすなど。少なくとも、レオンハルトの知っているプレシアではあり得ない。変わってしまった、ということなのだろうか?

 

(……いや、俺が変わらないだけか)

 

鉄の右腕を見る。と同時に、頭の中でイメージが浮かび上がる。噛み合わない、歯車。いや、噛み合わないのではない。噛み合わせていないのだ。あの日、あの時、あの場所で、この白銀の右腕が……

頭を振り、思考を打ち消す。今はそんなことは関係ない。とにかく、きっとプレシアが変わりすぎたのではない。自分が、レオンハルトが変わらなすぎるだけなのだ。時を止めた、自分が。

 

「……母さん、フェイトです。えっと、レオンハルトを連れてきました」

 

我に変えると、震えた声で、扉の先にフェイトが声をかけていた。

 

(人のことは、言えないな)

 

俺も、存外おっちょこちょいなのかもしれない。そう思いながら、フェイトの頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。少しでも、言葉の端から感じる恐怖が和らぐようにと、努めて、優しく。

最初こそ驚きに目を丸くしていたフェイトも、少しだけ頬を赤く染めて、目を細めて受け入れた。実に可愛らしい。なるほど、アルフが自慢するのもよくわかる。きっと、将来はすごい美人になるだろう。

 

『……分かったわ。レオンハルトを置いて、下がりなさい』

 

聞き覚えのある、だが、知っているそれよりも熱の少ない声が、扉の先から聞こえる。

さて、いよいよご対面だ。最後にフェイトの頭を軽く叩き、扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

暗い。第一印象はそれだった。灯り自体はあるが、この部屋の雰囲気が、それを上回って暗い。

 

「……久しぶりに、なるのか?」

「ええ、30年ぶりね。変わりなく、若々しくて羨ましいわ」

 

そんな中で、更に暗い雰囲気を纏った人物が、一人。黒髪を伸ばした、やたらと露出の多い服を着た妙齢の女性。ああ、あのバリアジャケットは遺伝か。と思いながら、その女性、プレシア・テスタロッサに歩み寄る。

 

「君は、変わったな」

「それは、老けたという意味かしら? 30年も経てば変わるに決まって」

「違う」

 

ぴしゃりと、プレシアの言葉を遮る。強い意思のこもる言葉に、プレシアも口を閉ざした。

 

「……長い付き合いだったんだ。俺の言いたいことくらい、分かるだろう?」

「……さて、ね」

「なら言ってやる。いつから君は、そんな目をするようになった? そんな、奈落の底のような暗い目を、するようになった?」

「……それこそ、30年も経ったのよ。人は変わらずにはいられない。大なり小なり、ね。眠っていたあなたには分からないでしょうけど」

「……そう、だな。だが、プレシア。せめてフェイトには優しく接してやれ。君の娘だろう?」

 

バチリと、顔のすぐ側を紫電が横切った。プレシアの魔法だ。見えてはいたが、彼女がそんなことをするとは信じられず、プレシアを見る。

────憎悪。見慣れた感情が、そこにはあった。

 

蒼白かった顔を赤く染めて、血走った瞳でこちらを睨み付けているプレシア。そのまま、肩で息をしながら咆哮のような声をあげた。

 

「ふざけないで! あんな、あんな……あんなもの、娘なんかじゃない!」

「プレ、シア?」

「なにも、何も知らないくせに!! ただ眠って、逃げていただけなのに、偉そうに!」

「それは……」

 

言い返せない。そんな資格は、ない。事実、レオンハルトは逃げていたのだ。立ち向かう勇気が持てず。あの世界で眠ることを選んで。逃げているという事実を、言葉に装飾を重ねて隠して。

ああ、プレシアが怒るのも無理はない。きっと、自分が眠ったあと、様々な出来事が彼女を襲ったのだろう。だからこそ、プレシアは今、嘗ての面影一つなく、ここにいる。 逃げ、眠っていた自分に、何かを言う資格などない。

 

「……ごめんなさい。言い過ぎたわ」

「いや、俺のミスだ。すまない」

嫌な沈黙が、空間を支配した。

30年。レオンハルトが実感できないその時間が、二人の間に決定的な溝を作っていた。

 

「……それより、あなたに頼みたいことがあるの」

 

その沈黙を破ったのも、プレシアだった。プレシアの指が、空を切る。そこに、青い宝石が映った立体モニターが現れる。

 

「それは?」

「ジュエルシード。人の強い思いを読み取り、それを叶える力を持つロストロギアよ」

「ロスト、ロギア……」

「そう、あなたのその腕と同じ、ね」

 

その言葉に、反射的に右腕を押さえる。歯車の噛み合わない、右腕。

目を背け、逃げ出すことを選択した、その元凶。

 

「……それが、なんだ?」

「このジュエルシードが、地球という世界に今あるの。知っているかしら?」

「昔、一度だけ行ったことがある。だが、何故君がそれを知っている?」

「大魔導師を嘗めないでほしいわね。それくらいの情報、入手するのは容易いわ」

 

嘘だと、そう思った。理由はなく、ただの直感だが、レオンハルトの経験が、それを嘘だと断じていた。それどころか、もしかしたら、プレシアが……

 

「……続けるわ。私はこれから、フェイトにそのジュエルシードの回収を命じたの。けど、あの子はまだ未熟。本当に回収できるか怪しい。そこであなたに、傭兵のしてのあなたに依頼するわ」

 

─────ジュエルシードの探索に、あなたも協力してほしいの。

 

「……管理局に、連絡は?」

「してないわ。彼らだって忙しいもの。手を煩わせるわけにはいかないわ」

「……嘘つけ」

「さて、どうかしら?」

 

プレシアはそういうと、黙りこんだ。レオンハルトの返事を待っているんだろう。

 

(……断る、べきなんだろうな)

 

傭兵。ああ確かに、レオンハルトは傭兵だ。だが、それは金のため等ではない。

 

────レオンハルトが望んでいるのは、いつだって救済だ。力なき者、罪なき者、理不尽に押し潰されそうになる者の救済。時空管理局では、巨大すぎる組織では届かないところに手を伸ばすために、彼は傭兵となった。

きっと、今のプレシアはそうではない。力なき者を、罪なき者を、それらを巻き込み、私欲を満たそうとする者の一人だ。レオンハルトが、刃を向けなければいけない者だ。

断り、この場で下すのが正解だ。少なくとも、レオンハルトの正解はそれのはずだ。なのに、

 

────なのに、

 

『さよならっ、レオンッ……!』

 

あの日、30年前に、泣きながら見送ってくれたその顔が、離れない────。

 

「……一つだけ」

「なにかしら?」

「もし、君を悪だと断じたそのときは、君が、世界を害する悪だと断じたそのときは、依頼を破棄する。そして、俺の刃を、君に突き立てる。それだけは、譲らない」

 

────馬鹿だ、俺は。分かっているだろう。プレシアは悪だ。時空管理局に黙って、ロストロギアの探索などしようとしている時点で、胡散臭いだろう。

なのに、俺はまた、逃げ出した。プレシアを、嘗てとは変わり果てた親友を、それでも斬るのを拒んで。

 

(本当に、俺は)

 

愚かだ。どうしようもない、愚か者だ。

今からでも遅くはないだろう。今、この場で、彼女を止めるのだ。レオンハルトには、それができるはずだ。そして、白銀の剣を、その手に

 

「────ありがとう、レオン。あなたなら、そう言ってくれると信じていたわ」

 

……いつかの、懐かしい笑顔。それを目に入れてしまい、腕が、止まる。そして、

 

「……ああ、任せろ」

 

そんな馬鹿なことを、笑みを浮かべながら言ってしまった。




長いプロローグだったなあ。感想、批評、お待ちしています。
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