そのくせ、あんまり進んでおりませんが……お楽しみください。
星空の下、木の幹に寄りかかりながら、レオンハルトは瞳を閉じている。鋭敏な感覚が、遠ざかる魔力と近付いてくる魔力を感知している。前者はフェイトとアルフのもの。後者は、
「……来るか」
この世界の住人にして、魔導師である少女。レオンハルト自身は面識はないが、フェイトと同じくらいの歳だとは聞いている。
「……やれるのか、俺は」
鋼鉄の右腕ではない、彼本来のものである左腕を見つめながら、ポツリと呟いた。
この腕は、『あの日』から今までに浴びた血が染み着いている。
皮肉なものだと思った。人を守るために力を振るっていた筈なのに、命を救うために剣を握っていた筈なのに、守るよりも傷付けることの方が多くなって、救うよりも奪うことの方が多かった。
けど、後悔はなかった。
────『力なき弱者を、罪なき者を救う』
その誓いを守るために戦って、確かに救える命があったのだから。良かったと、ありがとうと言ってくれた人達がいたのだから。だから、後悔はない。
『────おやすみ』
……例え、その過程にどれだけの死があったとしても。
だが、今の自分はなんだ? あれだけの屍を乗り越えてまで守り続けてきたはずの誓いから眼をそらし、それどころか、それを踏みにじろうとしている。自身の感情ひとつで、あれだけの流血を蔑ろにしようとしている。
今からでも遅くはない。フェイトたちを倒し、ジュエルシードを回収してから管理局と合流。そのまま時の庭園へと赴き、プレシアを打倒すべきだ。それが、レオンハルトがするべき最善の筈だ。
『さよなら、レオン……ッ!』
だが、出来ない。あの日の光景が、それを躊躇わせる。
あんな顔をさせてしまったことへと罪悪感なのか、嘗ての彼女に戻ってほしいという想いからなのか、それは分からない。だが、レオンハルトにとって、プレシア・テスタロッサはそれほどまでに大事な人物であるということだ。
だから、レオンハルトは剣を取る。近付いてくる少女と相対するため、プレシアの願いを叶えるために。
「────すまない、みんな……っ!」
血が滴るほどに、歯を食い縛りながら。
突如、なのはの道を遮るように降り注いだ銀の剣に、驚き尻餅をついてしまった。
ジュエルシードの反応を感じたなのはは、こんなときに来なくても……と悪態をつきながら走っていた。
そんなときだ。空から剣群が降り注いできたのは。
「……え?」
当たりはしなかったものの、なんの前触れもなく落下してきた剣に暫く呆気にとられ、あと少しでも前にいたら……と考えると、ぞわりと全身の毛が逆立ち、冷や汗が流れる。
「なのは! 大丈夫?」
「う、うん……けど、なんなの、これ?」
「分からない……魔力は感じないけど、こんなことが出来るのなんて、魔導師しか考えられない……! なのは、あれ!」
ユーノが、小さな手で前を指差す。なのはも釣られて指先を見る。
────そして、思わず見惚れてしまった。
剣群の中でも、一際大きな剣。その上に、青年が一人、月を背に立っていた。
黒い、この夜のような長髪と、赤いコートを風になびかせ、爛々と輝く紺碧の瞳が、此方を見据えている。
それだけ、たったそれだけの事なのに、その青年の放つ気配が背後の月と相成って、酷く幻想的だった。
やがて、青年の左手が上がり、指を鳴らす。と同時に、剣群の姿は幻だったかのように掻き消え、足場を失った青年は地面へと降り立った。
「やっぱり、魔法。けど、完全に物質化する魔法なんて、聞いたことが……」
「じゃあ、あの人」
「間違いない、魔導師だ」
魔導師。自分以外のを見るのは、あの金髪の少女に続いての2度目だ。
その謎の魔導師は、暫くなのは達を見つめると、口を開いた。
「……警告だ。速やかにジュエルシードから手を引け」
静かな、それでいて一切の拒否を許さないような威圧感を含んだ言葉。正しく、警告だったのだろう。
その威圧感からか、言われたことを整理できなかったのか、呆然としているなのはの横で、ユーノの怒声が響く。
「な、何を言っているんだ! あれは危険なものだ。それを放置していたら……」
「回収は俺が……俺達がやる。既にいくつか封印にも成功している。あの程度であれば、全く問題はない」
そう言って、腰に下げている布袋から青い宝石────ジュエルシードを取り出した。それは、先の発言が嘘ではないと言うことの証明だった。
……つまり、目の前の人物にとって、ジュエルシードの力は障害にならない、ということだ。
その事実に、今度はユーノが絶句した。ジュエルシードの力はユーノもよく知っている。自分よりもずっと才能があるなのはですら手こずった事も少なくはなかった。それを問題ないと断言すると言う目の前の男。一体、どれほどの力を持っているのか……
「あなたは……?」
「答える義理はない。それで、答えは?」
ユーノではない。その隣にいるなのはに問いかける。有無を言わさない力の籠った声。びくりと、なのはの肩が震える。だが、
「……で、出来ません!」
その答えは、否定だった。
出来るわけがなかった。争い事などに関わりもない、ただの小学生だったなのはのならば、或いは肯定していたかもしれない。だが、なのはは関わってしまった。そして、知ってしまった。その驚異を、恐怖を。
ならば、今さら退くことなど出来はしない。関わり抜き、そして守る。この町を。大事な人たちを。それが、なのはの決意だった。
「……そうか」
腕を組み、瞠目する。それきり、男は黙り込んでしまった。
困惑するのは、なのはとユーノだ。さっきまで一方的に話しかけていたのに、急に黙り込むのだから、二人からしてみれば堪ったものではない。
なんなの、この人……。なのはがそう思い始めてきた時だった。
「────ならば、仕方ない」
碧眼が、開く。そして────白銀の剣群が、彼の背後に再び現れた。
壁のように現れる剣群。その切っ先には、呆然とするなのはが。
「実力行使と、いかせてもらおうか」
そして、剣群は獲物に襲いかかる獣のように、なのはへと放たれた。