暗闇に囚われている。闇の中で、無数の手に全身を捕われている。
闇の中で、たくさんの声が聞こえる。無数の唇が、耳元で囁く。
助けて、どうして、なぜ私が、任務のため、死にたくない、目が見えない、息ができない、苦しい、苦しい、寒い、寒い、寒い、なぜ、苦しい、死にたくない、寒い、苦しい、なぜ、殺された、誰に、袖付きに、死にたくない、憎い、憎い、憎い、憎い、殺す、殺してやる、コロシテヤル。
闇の塊がねっとりと全身を覆い尽くしていく。塊には無数の顔が浮かんでいる。そのどれもが憎悪と苦悶を刻みこんだように歪んでいる。
自分と闇の境界が曖昧になってゆく。自分の輪郭がぼやけていく感じがした。突然、叫び出したい衝動にかられて、バナージは大きく口を開いた。
「──────────!」
声が出ない。そこでようやく、バナージは恐怖を思い出した。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)
開いた口めがけ、闇がドンドン入り込んできて、バナージの臓腑と神経と意識を侵食していく。誰か助けて!袖付きを殺せ!タクヤ!オードリー!ジオンを殺せ!俺を助けて!敵を殺せ!!俺を!お前の敵を!ニュータイプを殺せ!!俺の敵を!!殺せ!!
ぐったりと動かなくなったオードリーを抱えた、4枚の羽根を生やした化物がオレたちを見ている。敵だ。オードリーが捕まっている。助けないと。どうやって?アイツを。殺さなければ。
「──コロシテヤル」
視界が真っ赤に染まっていく。全身を包む万能感と高揚感が心地よい。
バナージは一歩足を踏み出した。全身に力が漲る。すごい、まるで自分の身体じゃないみたいだ。この力があればアイツの羽根を全部毟り取って装甲を一枚ずつ剥いでコックピットをこの手でじわりじわりと、中のニンゲンの悲鳴がよく聞こえるようにゆっくりと潰してやれる。そうすれば、きっともっと気持ちいい。
「コロシテヤ──」
『そんな大人修正ぱーーーーーんちッッッッッッッ!!』
闇を突き破り突如真っ白な手首が無駄にスナップの効いたモーションでバナージの横っ面にグーパンをたたき込んだ。
「へぶっっっっっ!?」
頬が焼けるように熱い。バナージは思わず顔を押さえて、自分を殴りつけた張本人を睨みつけた。そこには白髪赤目の少女が腕を組んで仁王立ちして立っていた。はたはたと白いワンピースをはためかせ、白く細い足を惜しげもなく晒している。なんで風ないのにワンピースはたはたしてんだ?と思ったが今はそんなこと言ってる場合じゃない。
『なにやってんだミカァァァァァァァ!!』
その細身のどこから出しているのかわからないほどの大声で、少女は叫んだ。たじろぐバナージだが、負けじと言い返す。
「それはこっちのセリフだろ!ミカって誰だよ!」
少女のこめかみがピクピクと痙攣する。
『うるせぇよばーか。お前らに用はねぇ。さっさとバナージを返せよ亡霊どもが』
「俺たちがバナージだ!」
『情けないこと言ってんなよバナージ。そんな奴らとっとと振り切って、こっちに帰ってこい』
少女が哀しみをたたえた瞳で俺たちを見た。──なんで。なんでなんだ。俺たちだって帰りたいよ。俺たちは死にたくなかった。死にたくなかったのに!殺したのはアイツだ!
「復讐してなにが悪いんだよ!」
バナージの慟哭を聞いて、少女は俯く。そして呟くように、絞りだすようにして答えた。
『いいぜ。てめぇら亡霊がそんなにもヤツが憎いってんなら』
小さく踏み出した一歩が、やがて大股での一歩に変わる。ズンズンと少女が近づいてくる。右手をグーに固めながら。
『まずはそのふざけた怨念をぶち殺す』
「俺たちに近づくなぁーーーへぶぁ!?」
顔を殴られた。熱い。
『復讐だぁ!?お前ら軍人だろうが!殺し殺されの命のやりとり上等だろうが!』
思考がカッと熱くなる。軍人だからなんだ!俺たちだって人間だ!死にたくないのは当たり前だ!
「いわせておけばべぶぉ!?」
『お前らコロニーぶっ壊したよな!それで何人!死にたくない民間人殺したんだ!?』
そこからは一方的だった。一本一本、牙を折るように言葉と拳が顔に叩き込まれていく。殴られた顔が、ドンドンと熱を帯びていく。熱い。
『何が復讐だ!そんな感情で今を生きる人々の!これから歩みだす子どもたちの未来を!』
少女がこれまでになく大きく拳を振りかぶった。顔から全身に、熱が伝わっていくのがわかる。臓腑と神経と意識が、熱くなっていく。
『死んだ人間がっ!生きてるやつらのゆくてをはばむんじゃあないっ!!』
ドコンッ!という気持ちの良い音と共に、バナージの全身から暗闇が叩き出された。死者の怨念は人の形をとって、尻餅をついたように茫然と少女を見上げた。全身を苛む寒さはもう消えていた。
『それでも憎しみが止まらないっていうんなら、俺が背負ってやるよ』
差し伸べられた手を握り、闇はほどけるように少女の身体に消えていった。残されたのは、唖然としているバナージと、謎の少女だけである。
『あー、マジ疲れる……』
「え、もしかして、ハロ、なのか……?」
『そうだよっ!!』
白い少女がキレ気味でバナージへと振り返った。
『陰陽師一級のおかげで怨念消せました!って予想外すぎるわ!なんだあの黒いモヤモヤした化物は!ちゃんとガンダムしろ!あっでもAGEで似たようなことあったな!』
支離滅裂な言葉を叫びながら暫定ハロが壮絶なジェスチャーを繰り出している。さっきまで自分を支配していた負の感情がストンと抜け落ちているのに、バナージは気付いた。ハロが自分を気遣っているのかな、とどこかボンヤリとした頭でバナージは思った。
『つーかなんだこのヒラヒラ!手首細っ!声高っ!視線低っ……いやハロより高い!あとなんか目がいやらしいこっち見るな』
「ごめん、そのモデル、オレが作ってインストールしといたやつなんだ……」
バナージの趣味はもっぱらハロの魔改造であり、色々なギミックを仕込んでいく過程で擬人化にも手を出したことがあった。ホログラム機能で人間の姿を投影できるようにとモデリングまで行った本格的な改造である。タクヤの力も借りて初挑戦とは思えない出来映えとなったのはいい思い出だ。その時はただの遊び心だったのだが、まさかこんなことになるとは。
『お前……。それはオードリーには言わない方がいいよ……』
「……うん」
ハロが一歩後ずさったのが、結構心に刺さったバナージであった。
*
『わかりやすくいうとここは精神世界的な感じなんだよ』
「いやわかんないよ」
まあそうだろうね。俺だってよくわかんないもん。ガンダムによくある不思議空間ってやつだと思うけどね。全裸で宇宙っぽい空間をふわふわするアレね。ちなみに俺はちゃんと服を着ている。なぜかって?人間じゃないからかなぁ?ワンピースのヒラヒラ感がすっげぇうざい。足がスースーする感覚がすごく気持ち悪いんだよこれ。落ち着かねぇ……。ちなみに目の前のバナージは全裸です。へぇ、歳の割にけっこうがっしりしてんじゃん。……ほぉーーーん。勝ったな。あとなんか若干照れ臭そうに俺と喋るのやめてくれない?調子狂うわマジで。
話を戻そう。あれは今から36万・・・いや、1万4000年前だったか。まぁいい。つまりこのまま現実に戻るとユニコーンがデストロイでみんながヤバイ。
バナージが異様に高い感応でクラップ級のクルー達の死を感じちゃったせいでユニコーンのNT-Dがトリガーしちゃったんだわ。あの場には強化人間のマリーダさんもいたし、遅かれ早かれだったとは思うけどね。
原作、もう原作知識まったく役に立たないと思うが、一番違うのはオードリーとタクヤがクシャトリヤに抱えられたリゼルの中にいることだ。マリーダさんもガンダムに敵意抱くような刷り込みされてるから冷静さを失うだろう。そうなるとまあ、ユニコーンとクシャトリヤの戦闘に巻き込まれたリゼル絶対無事では済まないと思うのね。
「つまり暴走しないようにすればいいってことか……」
そうなんですよ。ものわかりいいねぇ主人公。
「その、NT-Dってやつは解除できないのか?」
できたらこんな相談してないよぉ!今すごい頑張って抑え込んでるけど、装甲めっちゃガタガタしてる!開いたり閉まったり繰り返してちょっと気持ち悪い感じになってるもん!
「あの人は、父さんはハロがいれば大丈夫って言ったじゃないか!」
『甘ったれるなっ!』
パァン☆パァン☆(さり気ない2度打ち)
『覚悟してこいつに、ガンダムに乗ったんだろ?乗りこなしてみせなきゃ親父に笑われちまうぜ』
俺の煽りを聞いて、ぐっ、と力の籠もった瞳で見返してくるバナージ。うん。良い目をしているな。
『男は度胸。やってみれば、案外なんとかなるもんさ』
人生そんなもんだ。俺の短い人生なんて参考にならないかもしれないが。それに、流石に生死をかけた場面でこんな事言うのは無神経かもしれない。けどな、バナージ。お前はやらなきゃいけないんだ。みんなを救いたいっていう想いをお前自身が消しちゃダメだ。大丈夫。どんな困難が待ち受けていようと、お前は1人じゃない。たくさんの仲間がいる。支えてくれる友達がいる。あとは、まあ。ペットロボットも1匹いるからさ。役に立てるかわかんないけど。付き合うぜ、地獄の底まで。
「ありがとうハロ。オレ、やってみるよ」
バナージがニコリともニヤリともつかない不敵な笑みを浮かべた。よぉーしよく言った!ほんとバナージも何度も何度も覚悟と挫折で大変だわな!そうだ。何度転んだっていい。何度でも俺が起き上がらせてやるよ!
『よし!いくぞバナージ!今から俺とお前は一心同体!2人で1人の運命共同体だ!』
装甲の隙間から赤く漏れ出ていたサイコフレームの光が激しく明滅した。全身を覆っていた脚、腰、胴、腕、頭の各部装甲が展開していく。装甲の中からサイコフレームで象られた内部骨格が露出し、全身を駆け巡る血潮のように赤く染まりかけたソレを、やがて激しくも穏やかな白色へと変貌させた。最後にユニコーンをユニコーンたらしめていた一本角が縦に割れ開き、マスクの下に隠されていた鋭い両眼が覚醒したかのように発光する。
まさしく白亜の巨人の腹の中で、1人と1匹が力強く命の鼓動を鳴らした。
「ユニコーン、お前にみんなを救う力があるのなら!今だけでいいっ!俺に力を貸せーーー!!ガンダム!!!」
かなり賛否わかれるかと思いますがこんな感じで第一章完結です。お疲れ様でした。
戦闘結果は11話冒頭で判明してますのでジャイアントキリングされました。連休中に間に合ってよかったです。
一応性転換タグ追加しました。
〜追記〜
誤字報告ありがとうございました。