「バナージ!」
俺の一声で、バナージが動いた。こちらに銃を向けているパイロットに俺のボディを蹴り上げる。内蔵スピーカーからキュィィィン!というなんかすごい爆発する寸前っぽい音をが鳴りたてながら、俺は野郎に突撃した。
「子どもが!」
あぁん……。けど顔面突撃してきた俺を銃床で払い除ける反射神経は、流石に軍人だ。けれど俺とバナージのコンビネーションの前で、それはあまりに無防備に過ぎるぜ!
「このぉ!」
バナージがちょっと常人離れした初速で駆け出し、男に体当たりを試みる。遅れてタクヤがオードリーを守る様にその身体で射線を切った。友情・努力・勝利の3つを揃えたアナ工の三連星は無敵だぁ!ここで死ねよやァーー!
パァン!直後、乾いた銃声が廃墟に響いた。民間人相手に発砲とかウッソだろお前!?
「警護に強化人間だと!?」
刹那の差で銃身を男の外側に弾いたバナージ。いやマジで側から見たら強化人間と疑われてもしょうがないレベルでちょっと学生の動きじゃないですね……。学生に扮した近衛に誤解されてもしょうがないよね?あっけどこれダメだ。反射神経レベルマだけど身体が追いついてないわコレ。
「かっは……!?」
バナージのみぞおちに強烈な拳が食い込む。僅かな取っ組み合いの末にバナージを払い退けたパイロットは、迷う事なく彼に照準を合わせた。男の目は、もう目の前の脅威しか見えていない。強化人間相手に余裕を持てるやつなんて、この世界にそう何人もいるもんか。そんな男の後ろをコロコロと転がって、オレは配置についた。
そうだ。軍人とやりあうなら注意を逸らして隙を作るしかない。オレはこの時を!この瞬間を待っていたんだーっ!
「その股ぐらにロケットパーーーンチッ!」
「ォ!ーーーーーッッッッッッ!?!?」
いくら鍛えても決して無くせない男の弱点。股間という秘孔をついた……。きさまはもう動けない。フハハハ!惰弱だな!ヒューマン!
「男に生まれた君の不幸を呪うがいい」
殺しはしない。けど今度またオレの飼い主を害そうとするなら、容赦はしない!
*
未だに震えが止まらない。バイザーごしに見えたあの男の眼。初めて感じた純粋な殺意。それはもはや衝動だった。こちらに向けられた銃を見て、恐怖するよりも、考えるよりも先に身体が動いていた。オードリーやタクヤを守るためだとか、まったく頭になかったかと言われれば……どうだろうか。まるで自分の中の獣性が、本能に従って生存を求めたかのようだった。そして気がついた時には自分は動けないくらいの衝撃を体に受けて、相手の指の動きひとつで、なす術もなく命を散らそうとしていた。腹の中に冷たい石を詰められたような、あの独特な感覚が、バナージの脳裏から離れないでいた。
そんなバナージを、オードリーとタクヤが介抱しているが、その2人も心ここにあらずといった具合である。
「ミネバって言ってたよな、連邦軍のパイロット。ってことは、えぇ……。いや、まっさかなぁ」
(私の名前を知っていた……?それに、何故ここだと?)
先刻からコロニー中でけたたましく鳴り響くサイレンが、この巨大な筒の限界が刻々と近づいていることを知らせていた。
「バナージ。脳波レベル落ちてる。落ちてる」
バナージはどこか落ち着きのあるその男とも女とも、老人とも赤ん坊ともとれる不思議な、それでいて無駄にイケボな声に、ゆっくりと顔を上げた。
「ハロが、また喋ってる……」
「おっ、ようやくマトモにオレと口をきいてくれたな」
その緑の球体はそう言ってどこか嬉しげに赤いカメラアイを瞬かせた。
「……このコロニーはもう限界だ。酸素濃度が人間の活動限界値を下回るまで推定120秒」
インダストリアル7。第二の故郷とも呼べるここは、空はひび割れ、既にあちこちから炎を上げて、崩壊まで文字通り秒読み段階に入っていた。まだ生きてる者は避難を完了したか、はたまた皆どこかで力尽きたのか。この一帯には3人と1匹以外、動く者は誰もいない。
「死ぬのか、俺たち……」
「さあ、それはバナージ。キミの選択次第だと思う」
え?とバナージは自分の目を見張った。ハロのボディから、白とも赤とも緑とも言えない淡い燐光が漏れ出ていたからだ。
「立てよご主人。死にたくないなら立ち上がれ。そっから先は」
そこで言葉を切って、ハロがバナージの手を握った。その手は小さくて、無機質で、そして温かった。
「オレが導いてやるからさ」
*
ロンド・ベルのキャロット所属のリゼルが遂に最後のシルヴァ・バレトを撃墜しトレーラーに取り付いた。
「この数相手によくも耐えたものだ」
こちらも数機失った。あちらが本来の火力を出し切っていれば、自分たちの数の差では覆せない戦いだった。コロニーへの被害は無視していいという命令だったが、あまり気分のよいものでもない。まさかインダストリアル7全ての住民がテロ組織の構成員だなどとは部隊の誰も思っていない。命令を遂行する上での、コラテラルダメージというにはコロニー1基は大き過ぎる。
ただ「鍵」とコードネームで呼ばれるMSの奪取と、ミネバ・ラオ・ザビの捕獲の任務が、彼らを命令の背景に異議を唱えない模範的な軍人にさせただけの事だった。詳細は説明されなかったものの、ジオンから放逐された最後のザビ家の保護という名目は、彼らを任務に忠実な兵士にさせるには十分だった。
「ザビ家の娘が、ジオンに見捨てられるとはな」
連邦が彼女の身柄を保護すれば、今のネオ・ジオンに大義はない。一年戦争から続く戦乱に、ようやく大きな終止符が打たれようとしているのだ。そして自分の隊がそれを為す。
「トレーラーのセキュリティロックは解除できたんだな?よし。先行させたジュリアス2も目標を確保した頃合いだろう。テロリストどもの切札とやら、ここで中身を拝ませてもらうとするか」
トレーラーを操作していた部下が解析したセキュリティコードを打ち込むが、しかし一向にハッチが開く様子がない。焦れる気持ちを抑えつつ、彼は腕のウェポンラックからサーベルを引き抜き、極小出力のビームを発振させた。
「下がれ、多少手荒にいくぞ」
部下が自分の機体に戻ったのを確認し、ハッチに手をかけたその時である。自機の隣で再起動しかけたリゼルの胸部装甲にビームが突き立った。
「ジュリアス3!?」
部下の突然の死を自覚する間も無く、高速で迫る純白のMAが一機、体当たりを仕掛けてきた。敵機の機首がシールドと激しくぶつかり合って火花を散らし、接触回線が呻き声を拾った。
『ユニコーンはやらせん!』
男の声、と頭が理解すると同時に機体の左腕に更なる負荷がかかった。MAから突然生えた脚が、リゼルのシールドを蹴り付けたのだ。
「まだMSが残っていたか!」
敵機の形状・推定出力をデータベースが解析し、コンソール画面に表示する。推定機種はリ・ガズィ。ビスト財団のエンブレム・ユニコーンが描かれた大型のシールドを前面に構え、バイザー奥のデュアルアイがこちらを睨みつけていた。
「こ、の!出来損ないがぁ!」
サーベルを閃かせて突撃したリゼルを巨大なシールドでいなしたリ・ガズィは、ナイフのように短く伸ばしたサーベルでリゼルのコックピットを複数突いた。四肢をダラリと投げ出した機体を押しやって、コックピットハッチから2人の男が姿を現した。
「時間がありません。お早く」
トレーラーに降り立ったカーディアスは、ガラクタと化した5機の護衛機にチラと目を走らせ、すまん、と一言呟くのだった。
リ・ガズィ・カスタム(ガエル機)