ありきたりなタイトルだけど、このタイトルにしたかった。
ストーリーにおいて結構重要な回……特に後編。
アーサー王が選定の剣を引き抜いてから十年。
ヴォーティガーンの死後から一年。ついに城塞都市ロンディニウムは、花のキャメロットに生まれ変わった。
まるでアーサー王の威光を示すような、一つの汚れもない白亜の城を見て、人々はアーサー王こそ理想の王、約束の王だと褒め称える。
こうしてアーサー王の名声はより高まった。
ヴォーティガーンによって呼び込まれた異民族との衝突が完璧に消えた訳ではないが、ブリテンの内乱はとりあえずの終結を迎え、サクソン人とピクト人の勢いは衰え、今はアーサー王の諸侯となった部族の王や騎士達の仲はそれなりに保たれていた。
そしてアーサー王が正式にブリテンの王になった事で、アーサー王は選定の剣を引き抜いた頃より自分に協力してくれた部族の王の一人、ブリテン島南西部に位置するカメリアドの王レオデグランス。その娘のギネヴィア王女を王妃として迎えいれた。
……アーサー王はギネヴィアに性別を偽っていた事を打ち明け、ギネヴィアはこれもブリテンの為だと受け入れた。
いや——受け入れるしかギネヴィアには出来なかった。
ギネヴィアは聡明な女性であり、アーサー王——アルトリアがどれだけの努力をかけて、やっとヴォーティガーンを倒したのか、やっとブリテンを治める事が出来たのか充分心得ていた。
同時に心の底からアーサー王を尊敬し、敬愛していた。
十五の子供がどれだけの活躍を果たし、その両腕で、救える人々の全てを救ってきたのかは計り知れない。だからこそ、彼女はずっと見てきた。
選定の剣を引き抜いてからの十年間、陰ながら慕ってきたのだ。
慕っていたが——
十年の想いが実ったその瞬間に、今まで見ていたものが虚像だったのだと、見せかけで永遠に手に入らない物だったのだと知らされた、ギネヴィアの心情は計り知れない。
裏切りに心砕かれたか、同じ女性のアーサー王の境遇に同情したか、もしくはその両方か。
それでも、ギネヴィアはアーサー王の真実を知りながらも、よく支え王妃として振る舞った。
ギネヴィアは、白亜の壁に囲まれた、籠の中の鳥である事を良しとした。
乱世に荒れる国を救うには、理想の王が必要であり、そしてその王の傍らには貞淑な妃がいるのだと、自分は王妃という部品になるのだと、全てを諦め達観した。
アルトリアはその事について常に気に懸けていたが——
「……何を仰るのです、アルトリア。女性として酬われないのは貴方も、同じでしょう?」
そう言って、無理に微笑む彼女の善意に甘えるしか出来なかった。
王と王妃の関係は、仮初の物ではあったが、二人に芽生えた友情だけは本物になった。その信頼関係は民達に、仲睦まじい夫婦として映ったのだから。
そして、兼ねてより期待されていた——ランスロット卿の円卓入り。彼は円卓の十一席目に座る事になった。
国ではなく一人の女性を第一に考えるフランス騎士であったランスロット卿の事を、秘書官のアグラヴェイン卿は最後の最後まで反対し渋っていたが、フランスの一部の領主でもある彼の存在は大きく、大陸との貿易は彼のおかげで以前よりの何倍も円滑なものになった。
花のキャメロット完成。アーサー王即位。王妃ギネヴィア。ランスロット卿の円卓入り。
これに人々は多いに盛り上がり、今日行われる凱旋式は祭りの規模になった。
そして今、アーサー王はキャメロット城下町の大通りを、騎馬に乗った円卓の騎士達を含む集団達と共に凱旋している。
この凱旋式に、街からは多くの人々が通りに集まり、アーサー王とその騎士達の威光を一目見ようと集まっていた。人々が浮かべる表情はとても明るく、希望に光溢れている。
ヴォーティガーンがブリテンに君臨していた時代ではとても見る事が出来なかったものだ。
その笑顔を見て、この為に頑張ってきて良かったと、この人々を守る為に私はあの日に"誓い"を立てたのだ、とアルトリアは表情を少し明るくし、温かな微笑みを人々に向ける。
——でも。
この平穏は、この人々と同じ、また別の人々の犠牲の上でなんとか成り立っているものなのだと彼女は明確に知っている。記憶している。
……忘れる訳がない……あれは自分の都合で忘れていいものではないのだから——
その事に自分を戒め、すぐ様表情を引き締め、前を向く。
この表情は人々に凛々しいものだと映ったのか、人々が、我らがアーサー王と称える事が聞こえてきた。
「我らが王! アーサー・ペンドラゴン!!」
「約束の王よ!」
「ブリテンに平和をもたらしたまえ!」
「私達の救いの王! アーサー・ペンドラゴン!」
人々が顔を緩めて、幸せそうに笑いながらアーサー王を誉め称えていた。
しかし、アルトリアはそれに対して表情を緩めない。自分一人だけの勝利ではないのだから、騎士達が平和になったと喜ぶ事はあっても、私は誰よりも前を向いていなければいけないのだとして。
それに全ての懸念が消えた訳ではない。
いずれ再侵攻してくるだろう異民族の事もあるが、一番の気がかりは——モルガン。ヴォーティガーンの次は……もしかしたらモルガンが、自分にとって次の災厄の相手になるかも知れない——
アルトリアは騎馬に乗りながら思考を深く沈めて、復讐の魔女と化した自分の腹違いの姉を思い浮かべていた。
結局、二年近くもモルガンは何もしてこなかった……不気味が過ぎる……何を企んでいるというのか……?
選定の剣を引き抜き、自分が王の道を進み始めてから八年間、執拗に攻撃を仕掛けてきたあの、モルガンなのだ。今まで通り、攻撃を繰り返してきたのなら、面倒ではあったが、まだ心に余裕があっただろう。
——しかしそれが急に途絶え、二年間も沈黙を続けているのが不気味で仕方がなかった。
アルトリアは嵐の前の静けさを肌身で感じていた。
……モルガンが王位を諦めるとは到底思えない。アレはそういう存在だ……そんな存在になってしまったというべきか。
モルガンが攻撃をやめたのは二年前。時期的には選定の剣から光が消えてから。
彼女はきっと、選定の剣から光が消えて、星の聖剣を使っている事は知っているだろう……選定の剣から光が消えて、剣から私が理想の王に相応しくないと判断された、と認識して攻撃をやめた……?
まさか……モルガンがその程度で満足する訳がない。そうだとしても星の聖剣を手に入れてから攻撃を再開する筈だ。
……今、モルガンが何をしているのかが分からない……モルガンが攻撃してくるならしてくるで、こちらも彼女の動向を掴む事が出来た。
……でもこの二年間、彼女は完全に姿を晦ませた。こちらから少々探る為に、現在判明が出来ている分のモルガンの拠点に騎士を捜索に当てたが全て当たりはなかった。
——いや全て"当たり"だったというべきか。
彼女は大きさを問わず全ての拠点に、超強力な人払いの結界を張っている……しかも二重三重に。マーリンの千里眼すら欺く程にまで達する結界を。訪れた騎士全てが、いつの間にかモルガンの拠点から逆戻りするという結果に終わった……それも、報告する寸前まで騎士達に、モルガンの拠点に辿りつけなかったという意識さえ持たせない程に強力なモノだった。
この分だとこちらが判明出来てない拠点にも結界を張っている可能性が高い。
……一つ一つ、潰して回ってみるか?
いいや、だめだ。こちらには正式な大義名分がないし、効率が悪過ぎる。こちらから出向かってその隙を突かれる方が危ない……しかも判明してない拠点にモルガンがいるのだとしたら、こちらから無駄に消耗するだけだ。
相変わらず、ヴォーティガーンの魔力は戻ってないらしい。
——超常の力。モルガンのは一体どの規模までのモノなんだ?
モルガンに関する情報が足りてない……そして、こちらにあらゆる情報を一つ足りとも出す気はない。そうとしか思えないやり方。さらに不気味な沈黙。間違いなく何かを企んでいる——だがこちらからは何も掴めず、さらにいつ仕掛けてくるかも分からない。
モルガンは二年間もの時間をかけて、何かを、用意しているのか……? ……だとしたら、何を——?
——何をするつもりなんだ? ………姉上……?
アルトリアはしばらく騎馬に乗りながら、意識を深く沈めていた。
自分を称える声や、歓声、人々の賑わいが、一つも聴こえてこなくなる程に周りからの音を全てシャットアウトしていた。
——それ故か。
集中させていた彼女の視界の端に一つの光が目に入る。
その視界に入った光景に、一瞬で意識を覚醒させられる。
人々の陰からこちらを覗いていた、光。
人々の喧騒の中では、あまりにも浮く色。
"金色の髪"
「……………ぇ…………」
ただの金色の髪ではなかった。
その金色は、星の光ではなく、夜の淡い月の光を溶かし込んだ様な薄い金色の髪。いっそ不気味に見えてしまう、魔性を覗かせる白い肌。竜の様な金の瞳
—— "黄鉛色に澱んだ金色の瞳"
「……ぃ……ま………の…は…………」
目が離せなくなった。
視界に映ってしまった一つの光以外が、目に入らなくなる。
周りのあらゆる喧騒が別世界に切り替わり、ただその姿以外を認識できなくなる。
まるで時間が止まってしまった様に、全てが凍りつく。
肉体が、心が、その一点以外の全ての知覚を拒む。
子供だった。
心の底から
——笑っていない子供が、そこにいた。
「———ッ今のッ……! ……ッ…子……はッ……! ………」
この喧騒の中で、人々がアーサー王を称える中、その子供だけ何も喋らず。ひたすらに無言で、口を閉ざし切り、この光景を——此方を見ていた。
周りの人々が幸せそうに花の様な笑顔を咲かせている中、その子供だけ、たった一人だけが、凍てついた瞳と能面の様な表情で此方に視線を寄越している。彼女だけが、人々から浮き上がる程に違うのだ。まるでその様子は、彼女だけがこの平和な世界から切り捨てられてしまったかの様で、"黄鉛色に澱んだ金色の瞳"を、ゾッとする程凍り付かせてこちらを覗き込んでいた。
「…ぅ……ぅぁ……ぁ…………………」
まるで、その子供の周辺だけ、光が消えていっている様に感じる。
まるで、その子供の周辺だけ、世界に穴が空いたかの様に、辺りを暗雲が支配していくように感じる。
まるで、その子供の周辺だけ、影が急速に集まっていくように感じる。
——あの子供が着ている服の間に見える素肌に、首元に、顔に、
——まるで……ヴォーティガーンの鱗の様な……赤い……線……が……
「………ぁ……あ…の……子……が……」
あの子だけが笑っていなかった。
あの子はこの光景を、静かに見ている。
それはまるで、死んでいった人全てを代表して、この光景を見ているような——
「アーサー王がこっちを向いたぞ!」
「その威光で私達を照らしてくれ!」
「約束の王よ!」
人々がその視線に気付いたのか、私が向いた方向の人々は沸き立ち、歓喜にあふれる。人々が動き、陰からこちらを見ていた光は見えなくなった。探そうとしても、既にさっきの金色はどこにもない。
「……? どうかしましたか……王よ」
流石に私の状態に気が付いたのか、私のやや後方にいる、ベディヴィエール卿が心配そうに訝しんでいた。
気が付いたのは……私、だけ……
「……いや、なんでもない。少し……疲れていたのかもしれない……」
「今まではずっと激務が続いていましたからね。気付かぬ内に疲れが溜まっていてもおかしくはないでしょう。是非ともこの白亜の城で、御身体をお休め下さい」
「あぁ……」
ベディヴィエールに対して、覇気のない声で返事をするしかなかった。
あの光景が頭から離れない。目を瞑っても鮮明に思い出せてしまう。完璧に瞳の裏に焼き付いた。
今のは、見間違い……? まさか…そんな幻覚を私が見たとでも? それに……今の、あの子は、絶対に……そうだ、私が見間違う訳がない。あの子は私と瓜二つの容姿なんだ。
でも、今さっきの……子は……——あの、金の瞳は、あの、赤い線は……あれは、まるで……
「………………」
思考は止まる事を知らなかった。
嫌な考えが止まらず、また蓋をする事も出来ず、頭を駆け巡り続ける。嫌な予感が止まらない。嵐の前の静けさが終わり、今から取り返しの付かない厄災が振りかかる予兆しかしない。
——気付いたら、城下町の凱旋は終わり、キャメロット城の本陣まで辿り付いていた。
この後は、城の城塞についた展望台から城下を見下ろして、自分の即位とギネヴィア王妃の婚約を祝う式典がある。こんな調子では、自分の騎士にも、人々達からも不審がられるだろうし、ギネヴィアも不安にさせてしまうだろう。
折角の祝事の式典を私の都合で台無しには出来ない——
彼女はけたたましい警報を鳴らす直感も、止まってくれない思考も強引に停止させて、式典の準備に赴く。
自分の聖剣を鞘にしまい。普段身につけている戦闘用に手直ししたドレスと蒼銀の甲冑の上に、同じく蒼いマントと、金の王冠を付けて式典に向かう。
一回考えるのやめよう……やめるんだ……頼むから、やめてくれ……考えるな。
しかし、いくら頭から振り払おうとしても、いつまでも瞳と頭に焼き付いて離れない。
焦りが、より大きな焦りを呼び、焦燥が増していく。思考が止まってくれず、加速し続ける。自然と歩行の速さが上がり、徐々に顔は青くなり、眉間にシワが寄り始める。
考えるな。今は、考えるな……さっきのは後でいくらでも考えればいい。
マーリンに相談するとか…方法はいくらでもある。疲れていただけかもしれない……少し睡眠でも取れば、すぐに落ち着く筈だ……今はこの式典を無事に終わらせる事だけ考えれば良い。
だから、少し、アレは忘れろ。
——忘れろ……?
……まさか、あれは………あの……子は、決して、忘れていい……存在………なんかじゃ……
「……アーサー王? ——アルトリア!? ……大丈夫? 顔色が、凄い悪いみたいだけど……?」
ギネヴィアに話しかけられて、アルトリアはハッとなって気付く。
いつの間にか、自分とギネヴィアの部屋に辿り付いていた。ギネヴィアは心配そうにこちらを覗いている。
……心配させない様にすると、さっき気を付けていたのに
「いや……なんでもないよギネヴィア。ちょっと疲れてしまっただけだから」
「……………」
「だからそんなに心配しなくていい。今日は式典が終わったらちゃんと休息をとるから」
「アルトリア……貴方はヴォーティガーンを倒すまで、ほとんど寝てなかったんじゃないですか?
もうブリテンを脅かす魔王はいないのだから、しっかりと休んで下さい」
「……ははは……」
「誤魔化さないで下さい」
アルトリアはギネヴィアとの何げない会話で、少しだけ調子を取り戻した。
実際に彼女は体が丈夫なのを利用して、普通の騎士がとる睡眠の三分の一程度しか寝ていなかったので、ギネヴィアの言葉は中々痛いところを突いていた。
ヴォーティガーンを倒したのだから、少しは余裕が出来た。
自分も少しだけなら休んでも、大丈夫なくらいは。
……ヴォーティガーンはもう消えた……この手で倒したんだ。
"単刀直入に言おう——ヴォーティガーンの魔力が消えた"
"——ヴォーティガーンの力が消えたという事は、ブリテン島そのものが超常の力を持つにふさわしいものが現れたと認識したという事か、もしくは誰かがブリテン島から、ヴォーティガーンの魔力を引き抜いたか——"
彼女は思い出したその言葉から逃れるように、式典の準備を始めた。
すぐ様、即位会とギネヴィア王妃との婚約を人々に知らせる式典に取り掛かる。
城下町を一望できる展望台にまで行く間、ギネヴィア王妃と繋いだ手が震えない様にするだけで、体力が削られるくらいの集中力が必要だった。
この余裕のない顔が、他人には凛々しい顔に映るのを祈る事しか出来なかった。
展望台の扉を開いた時に飛び込んで来た太陽の光すら、今の自分にとっては集中力を削られる程に忌々しい。
城の展望台から、城下町をギネヴィア王妃と共に覗く。
後ろには円卓の騎士達が揃っているが、この時ほど、騎士達が後ろにいて良かったと思った時はない。後ろにいるなら自分の表情は見えないし、横にいるギネヴィア王妃にだけバレない様にすれば良い。
城下町から展望台まではそれなりに距離があるから、人々には多少顔色が悪くても気付かれる事はない。
地面に、鞘を付けた聖剣を突き立て、剣の柄に両手を置く。
なんとか体裁を整えるので、限界だった。
自分が先程までの事を考えない様に、必死に思考を停止させているのに、どうしてもまた頭に浮かんでしまう。嫌な予感がまた思考を動かす。
ずっとこれを繰り返してしまっている。何もしていないのに削られていく体力。常に突き立てられた剣が自分の背中にある様な悪寒が離れなかった。
……落ち着け、地平線でも見てれば良い。そうすれば、次第になんとかなる筈だ。
思い浮かんだ考えを、何かから逃げるように直ぐ実行する。
そしてアルトリアは城下町から目を離し——
"金の髪"を見た。
「—————ぁ——」
白亜の門から今、外へ出ようとする、"二つの金の髪"が見えた。
白を基調とした、城壁ではその金色は異常なくらいに目立つ。かなり遠目であるのに、その光景以外が認識できない。まるで目の前で起きている事の様に、完璧に認識できる。
どこにでもある麻布の服を着て、薄い金色の髪に、あまりにも白い肌を衣服から覗かせている"幼子"。
そしてその子の少し前を歩いていたのは、黒と青を基調としたドレスローブに、同じ色彩のティアラ。半透明な黒いフェイスベールを付けた"女性"。
「—————ッ………ぁ……れ、は……そんな、そんな!? ……まさかッ!」
知っている。知らない訳がない。あの二人を知らないでは通せない。さっき見たのは幻覚ではなかった。確かに存在したものだった。
……なら、あの子は……あの子はッ! ……まさか……ッ!!
人々の喧騒から二人だけが少しずつ切り離されていくように、白亜の門から背中を向けて出て行く二人。それを強く凝視する。目線を外す事など出来る筈がない。二人の少しの挙動も見逃さないように目を見開く。
白亜の門を通り過ぎる瞬間。女性の方——モルガンだけが、ゆっくりとこちらに振り返った。
その動作一つ一つが、気持ち悪いくらいに様になっている。
そしてモルガンは振り返りながら、片方の手で自分の口元を軽く押さえて
——笑った。
クスクスと——笑った。
「————————」
彼女は、モルガンはまだクスクスと笑っている。
実際に声は聞こえていないのに、まるで耳元で得体のしれないナニカを囁かれている様だった。背筋が凍るような悪寒が止まらない。彼女の笑みは恐ろしく蠱惑的だ。
何もかもが思い通りに上手く行っていて、笑みが止まらないかの様に。全てが自分の手のひらで踊っていて、楽しくて仕方がない様に。魔女が——微笑む様に。
——そして彼女達だけを囲む様に、暗雲が集まり、次の瞬間そこには誰もいなくなっていた。
モルガンは見えなくなるまでずっと笑っていた……クスクスといつまでも——
「今……何か……いた、様な。ベディヴィエール卿。今のが見えたか?
私にはその、あの……子が……」
「今のは見間違いでは、なかったのですね、ランスロット卿。
……私にも、あの子が、見えました……」
「……………………」
今の光景が見えていたランスロット卿とベディヴィエール卿の会話も聞こえず、薄く閉ざされた瞳を大きく開き、今の光景を凝視していたトリスタン卿の様子も、何も把握出来なかった。
思考が止まらない。止めようとする意思すら起きない。数々の情報の断片が、頭の中で急速に形になっていく。
二年前。第四の会戦。光の消えた選定の剣。二年間の不気味な沈黙。あの村。ヴォーティガーン。モルガン……ヴォーティガーンの様な……あの、子。
足元の全てが崩れ去る様な感覚の中、最悪の直感が響く。
こんな事を理解したくない。こんな事を認識したくない。
それでも、頭の冷め切った部分が一つの解答を下す。
"——ヴォーティガーンはブリテン島を一つの肉体とする呪術を持っていて、それを決戦の時に使用していたのは覚えているだろう?——"
"——この芸当が出来そうな、魔術師であり、ヴォーティガーンと同じ力を持つものを私は一人知っている——"
"——モルガンが何か企んでいるなんてのは分からない。仮に引き抜いた力を何に使うのか、見当もつかない——"
——ブリテンは滅びる。だが嘆く事はない——
——お前はその最期を看取る事なく、ブリテンの手によって死に絶えるのだから——
———姉上……貴方は…………貴方はッ……まさかッ! ……あの子をッ!!
自分は、何も出来ず、何も為せず、何も抵抗できず。
ただ……
——誰もいなくなった白亜の門を見ている事しか出来なかった。
Q 本当に復讐物ではないんですか?
A 本当に復讐物ではありません。これだけはどうか信じて欲しい。