騎士王の影武者   作:sabu

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故に、生涯に意味はなく
 Yet, those hands will never hold anything.
 


第99話 花を捨てる

 

 

 

 後々になって、ああしていれば良かったなと思う日に限って運命というのは手掛かりを少なくするらしい。いや、手掛かりはあるにはあった。言うなれば私が見逃していただけ。

 

 その日、私は執政室ではなく大広間から繋がる玉座に居た。

 玉座に座ってはいない。ほぼほぼ権威を表す為にあるのだから、執政をしている時はまず座らない。かと言って執政室ばかりにいるのもまた、要らぬ物事を呼ぶ。

 権威の形は暴威として戦場で示してはいる……いたようだったが、生憎ここは戦場ではないのだ。

 

 つまりは玉座の場で、私は立ったまま執政をしていた。

 部下、というかほとんど粛正騎士隊の者からの報告を玉座で受ける。

 バビロニアを運営をした賢王、をイメージしたら分かりやすいかもしれない。私の場合はほぼそれだった。

 

 "ほぼ"……と付くので同じではないからだ。

 

 私の場合は、忙殺はされていない。

 私の要領が良い訳ではない。物事が少ないのである。

 あの絶対戦線を運営している訳ではないのだから、当然と言えば当然。部下が優秀なのもきっとあるだろう。

 かの賢王の民が優秀ではないとは言わないが、なまじ元々入れ替わりの少ない粛正騎士隊だ。ほぼ全員が知り合い。長い付き合い故に私の息がかかっている。それが大きい。

 恐らく私が居なくても機能する。

 ならばそもそも、私が居なくても済むのではないか。

 

 私があの執政室に篭る必要もない。

 最重要決定機関として何かの情報を秘匿する必要も、今はない。

 恐らく当分現れない。

 そもそも。

 円卓はもう、とっくに砕けている。

 

 今円卓にいるのは私も含めて一体何人だっただろうか。

 死亡してはいないが、円卓の騎士に足る力と席に座った日と同じだけの信念を今も保持している者は、今、何人か。

 私とアーサー王。

 もしかしたら、その二人だけかもしれない。

 それくらいにはもう、円卓は形骸化している。

 

 アーサー王から譲り受けた、王の私室と評しても違いのない執政室。

 円卓の騎士だけが入る事を許される、円卓の間。

 そこに行かなくなったのはいつからだろうか。

 

 

 

「…………………思考が澱んでいる」

 

 

 

 物思いの耽りから目覚め、額を覆う。

 深く座り込んだ玉座から返って来る感触は硬い。権威を示す物である玉座に、人が居心地良く座れるような配慮がされてないのは、非常に良い事だ。

 誰も好き好んで、こんな玉座に座りたいなどとは思わなくて済むから。

 

 片膝を突き、肘掛けに片腕を突っ伏して座る。

 無駄に広い以外に、この玉座は椅子としてのメリットがない。

 

 

 

「酷い姿勢だ。佇まいも悪い。側近が居れば目を剥くだろう」

 

「いいや、剥かない。

 むしろ佇まいを整え、緊張感を高めるだろう。正に今の私は暴君だからだ」

 

「いやうーん。君に於ける王の形はアーサー王である筈なのに、こうも型に嵌まる暴君の形を教えたのは一体誰なのやら」

 

「その理論を極めて屁理屈的に解釈すると、人類最初の王は暴君でもなく名君でもなくなる。そも周りに誰も居ないのだから好きにしても良いだろう、別に」

 

 

 

 玉座の隣には、まるで宮廷大臣かのようにマーリンがいた。

 普段はあまり何処にいるか分からない彼だが、今日はずっと私の傍にいる。

 特に迷惑でもないので、私は何も言っていない。

 

 ……恐らく、これは私独特の考えなのだろう。最近知った。

 

 先程まで居た粛正騎士隊の人間。

 私が王として在った時、彼ら側近の者は、かなりマーリンの存在を気にしていたのだ。

 何かしら迷惑をするかもしれない、しかしそれは結果的に役に立つモノばかりだし……という雰囲気が表情に出ていた。

 特に、私と彼らの会話に度々マーリンが割って入る時、それが強くなる傾向にある。

 警戒と称するのがもっとも的確だろう。あぁ、今日の執政で私は果たして要るだろうかと考える理由の一番はマーリンだったかもしれない。

 付け焼き刃で王をやっている私の身としては嬉しいのだが、周りはそうじゃないのだ、とその瞬間に知った。

 何となくで分かってはいたが、ようやく実感し理解したのはきっと最近。独特な距離感。彼らとの齟齬も。

 

 いやそもそも、私とマーリンの距離感は独特だったのだから当然と言えば当然なのだろうか。

 私は特に、マーリンの存在が迷惑になった事はなかった。その在り方を忌避した事すらない。

 むしろ私にとって得ばかりだった。だから特に邪険に扱う必要もないというか、何というか。周囲がマーリンに忌避感を抱く度に、私とマーリンの異常さが際立つ感じがする。

 

 

 

「なぁマーリン。

 お前は、女性関係の問題を度々引き起こしているらしい」

 

 

 

 らしい、と聞いてるのは見た事がないからだ。

 伝聞と噂に留まる。後は知識。

 ただ先程私が、今の私は暴君だと言った事が影響したのか、マーリンは非常に苦い顔で答えた。

 

 

 

「……う、うん?

 まぁ度々、人の範疇で起こしてしまう事はあるね。

 でもボクの生き甲斐だから仕方がないんじゃないかな、うん」

 

「そうか、生き甲斐か」

 

 

 

 花が無くて何が人生だ、という奴だろう。

 なら、まあ。

 

 

 

「生き甲斐なら、仕方ないかぁ……」

 

「…………」

 

 

 

 しみじみと、そう呟く。

 人としての抗えぬ本能があるように。夢魔故の(さが)があるのだとしたら……あぁ、それはしょうがない。全く以って仕方ない。私には止めようがない。

 

 いわゆる栄養補給。人間で言う食事。

 人間の感情をエネルギーとするのだから、むしろマーリンは夢魔として普通に生きているだけではないか。

 もし、マーリンが女性関係の揉め事を起こさないようにと、私が命令したら。

 私は夢魔ではないので想像にしかならないが、あれだ。人間で言う食事を禁止する事に等しい可能性がある。

 いや……それだと死んでしまう。もう少し猶予はあるだろうか。

 あれか。食事から固形物が消えるとか、永遠に味がしなくなるとか、そう言う類。

 

 あぁそれは非常に辛い。

 囚人ですら懇願するレベルと言われる。

 勿論私だって耐えられない。間違いなく一年以内で破綻し始める。

 

 あぁ全く以って仕方ない。

 どれだけ素晴らしい記録を残した生物でも、食卓に上がれば淡々と平らげる人間と同じ。

 夢の内容より、夢の栄養値を評価する。マーリンは、夢を食べて生きている。

 

 一体どうして、そんな事に罪を説けよう。

 人が人らしく生きる事を罪深いと定めなくては、私はマーリンを非難出来ない。

 私にも変えられぬモノがあるように、マーリンにも変えられぬモノがある。

 そう言うモノなんだろう。

 

 

 

「キミはさぁ……ボクに凄い偏見を抱いているよね。間違いなく」

 

「………は?」

 

 

 

 物思いに耽っている時に、マーリンから突如そんな事を言われた。

 むしろ逆ではないか。マーリンに一切の偏見を抱いていないのは私だけではないのか。そんな考えから、思わず険が混じる。

 

 

 

「物好きというか、酔興というか。

 キミだけだよ、人外を疎まないのは」

 

「アーサー王だってそうだろう。私だけにするな」

 

「いやキミのはまず前提が違う。

 受け入れるというかそう言う段階ではなく、気にかけてもいないとか、そんな域」

 

「気にはかけている。周りの人とは比べにならない程」

 

「そうかな」

 

「そもそも私は、マーリンがかけたという迷惑を見た事がない。

 決定的には私がマーリンの影響で迷惑を被った事が一度もない」

 

「………そうかなぁ」

 

 

 

 そこで照れるならまだしも、どうして苦虫を潰したような顔をするのか。

 むしろマーリンを褒めそやしていた私が、逆に空回りして照れ恥ずかしくなりそうになる。

 記憶を思い返して見ても、やはり無い。

 最初の頃、マーリンの言葉に警戒を抱いた事があるくらいか。

 

 

 

「まぁ……どちらにしろ別にいい。

 私はマーリンという存在を、特別な者として考えている証明だ」

 

 

 

 いや、実際に特別か。

 比喩でも何でもなく、マーリンは物事の視点が違う。

 千里を見通す瞳。過去と未来は見えなくとも、今の全てを識る事が出来る眼。

 その視野は広く、深い。それ故に人と同じ価値観を得る事が難しい。それでもマーリンの言葉に耳を傾ける理由には足りた。

 少なくとも私は。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 だからまぁ。

 その代わりに。

 私の話を聞いて欲しかった。

 

 

 

「なぁマーリン。

 私は王としてはどれくらいだった」

 

「及第点、ではあるかな。間違いなく」

 

「そうか。あのマーリンにそう言わせたのなら……まぁ良いか……」

 

「信頼が酷いな。民ではなく宮廷魔術師一人の言葉に満足するようでは、それはいけない。今及第点ではなくなった。暗君一直線の可能性を秘めている」

 

「あぁ、やってしまった。

 それは不味い。どうすれば再びマーリンを納得させられるだろう」

 

 

 

 及第点。

 まぁ良いのではないか。

 私にすれば充分な賞賛だった。

 

 

 

「残念だけどボクは何も教えられない。キミがキミ自身で気付くしかない」

 

「しかしだなマーリン。私は王として育てられた身ではないんだ。

 そしてお前はアーサー王を育て、王の教えを説いただろう? ならば私も、同じように教えて貰っても良い気がする」

 

「………………」

 

 

 

 隣のマーリンにそう答えてゴネると、マーリンは神妙な顔持ちになっていた。

 マーリンに顔を向け、言葉を待つ。

 

 

 

「それでも、ボクはキミに教えられない。ボクが教えられる事はない」

 

「何故だ」

 

「ボクはアーサー王を理想の王にする為に教えを解いた。

 だから名君の教えを説く事は出来ても、暴君を導く事は出来ない」

 

「いいや、嘘だ。

 お前なら出来る。マーリンは確かに見ている。

 暴君という形の王を。世界中に存在する多くの王とその顛末を、知っている。

 名君を説ける者が、暴君を説けないなどあるものか。

 現在全てを見通せるマーリンが、そんな事を言うなんてあり得ない」

 

「それでも、ボクがキミに教える事はないよ」

 

「……………」

 

 

 

 断固として拒否する。

 そう言う姿勢を感じ取って、私は手を退いた。

 

 

 

「そうか……ならいい。まぁそう言う事もあるだろうしな」

 

 

 

 "キミがキミ自身で気付くしかない"

 

 マーリンの言葉に耳を傾けると言ったのだから、傾けていよう。

 私の言葉を聞いて欲しいのだから、追求はまぁやめよう。

 世間話をしたいのであって、王の形の討論をしたい訳でもない。

 そも私の存在自体がマーリンの目指していた形とは違うのだから、然もありなんと言うべきか。

 

 

 

「なぁマーリン。

 私はどれくらい強い。この島の外では如何程通用する」

 

「どうだろう、良く分からない」

 

「そんな投げやりな。もう少し詳しく言え」

 

「だってそうだろう。

 キミの上限値に際限がないせいだ。

 ……まぁそうだろうね。世界で一番強いんじゃないかな」

 

 

 

 果たしてそれは本気にしても良いのか。

 こう言えば良いだろうか? という意味合いが含まれた言葉に思えるのは、私に自信がないからかもしれない。

 世界で一番強い、か。果たして私は、その最果てで何を見るのだろう。

 特に何もないが予想ではあるが。

 

 

 

「でもただ、アーサー王よりは強い。そう言える」

 

 

 

 半ば不貞腐れたようにしていた時、その言葉に意識を持っていかれた。

 

 

 

「仕方ない。ボクの負けだ。

 ボクが育てたアーサー王は、間違いなくモルガンが作りだしたキミに勝てない。

 王として育てられなかった代わりに、人を殺める術理を磨き続けたんだから当たり前だけども」

 

「………………」

 

「しかし、負ける事もないけどね。星の聖剣とその鞘の差は大きい」

 

 

 

 降参したように語りながら、その一線は譲らない。

 マーリンの負けず嫌い、と考えるなら珍しい光景の部類だった。

 しかし、確かにそうだ。

 身体能力が同じ。技量は、遂に私の方が上になった。私が彼女と"同じ"技量を剣から手にいれたからだ。

 私が強いのではない。彼女が強ければ強い程、私が強くなるというだけ。

 それでも尚、鞘一つで拭いされる物でしかないのだが、別に私は構わない。

 そもそも、私は彼女と戦いたい訳ではないのだから。

 

 あぁ、そういえば、結局彼女とぶつかり合う事は本当になかったな。

 

 そう心掛けていたのはあるが、何かの掛け違い、立場の問題はあった。

 運命がどう転ぶかは分からない。相対する道や可能性もあっただろう。だが……一度足りとも剣を向け合う事はなかった。

 勿論、それで良かったのだろう。互いに向け合いたいなんて思っていない。

 

 でも。

 僅かにだけ。

 刃を交わす事で……何かの蟠りを解けた可能性もあった、気がする。

 そう予感もしている。

 心の何処に虚しさがあるのだから、その予感は多分正しい。

 

 

 

「なぁ、マーリン」

 

 

 

 先程から幾度と繰り返しているフレーズ。

 また繰り返し、マーリンに問う。

 

 彼女と同じように。

 たったの一回も、互いに信念をぶつけ合わせる事のなかったマーリンに。

 怨敵である筈のマーリンにだからこそ、私は聞く。

 

 

 

「この国はあと何年で滅ぶ?」

 

 

 

 その問いに、隣のマーリンの雰囲気が変質したのが目に見えて分かった。

 問いを投げれば答えを返す、そんな隣人ではなく。

 私の言葉一つ、語句一つに隠された真意を読み解こうとして来る魔術師。いや、マーリンの場合は賢者というべきか。

 今隣にいるマーリンには、笑顔のままフラっと消えていってしまいそうな軽薄さはなかった。

 

 

 

「あぁ。後どれくらいこの国は持ち堪えるか、と柔らかに聞く方が良かったか?

 ……しかし結局どちらも同じ事。というかそもそも、この国は疾うに滅んでいる、のだったか」

 

「じゃあ、もう分かっているじゃないか。

 あと何年で滅ぶか。その問いの解答。もう滅んでいるって」

 

「そうだな。死体が、死んだ事に気付かないまま動いているようなモノだった」

 

 

 

 マーリンの返す言葉に、深く頷く。

 深く、深く。

 

 

 

「あぁ、今ならば本当に分かる。

 たとえこの島があと百年持ち堪えたとしても、歴史に大した影響がない。

 そんなまさか、と思っていたがその通りだ。

 もはや滅んでいるのだから、これ以上滅びようがない。最後のその瞬間を後回しにして、負積を溜め続けている、と言った方が適切だった」

 

「では人道を説き、民の良き見本足らんとする名君ではなく。

 荒波に立ち向かい、時に強引な形でも民を引っ張り上げる暴君は、その難題を解決出来るかい」

 

「いや無理だろう」

 

 

 

 きっぱりと確信を以って断言する。

 死者蘇生となんら変わらない。滅んだ国を蘇らせるなんて芸当は。

 どうやっても抗えぬ摂理。

 空気が多い場所から、空気の少ない場所に流れるように。

 ぶち撒けた水が周囲へと広がっていくように。

 同じく神秘も濃い部分から薄い部分へと広がり、霧散していく。

 

 神代の残り香を残すブリテン。

 現在のこの惑星では、神の法則を受け入れられない。つまり敵は人理。

 人類がより正しく、より長く続く為の航海図にブリテンは要らないらしい。

 "要る"ようにしたら叶うかもしれないが、私はその方法も具体的なやり方も知らない。

 まぁ要るようにしたらしたで……私は破綻するんだが。

 

 

 

「というかそもそも、私が王に選ばれるという異常を当たり前のように受け入れた狂気の時代だぞ? 国とか世界の問題以前に、そろそろ限界が来ている」

 

「自分が王に選ばれた理由が分からない、という事?」

 

「いや、理由は分かる。嫌だけど」

 

 

 

 多分、分かる。

 分かるように筋を通した論理だが、恐らくこうなのだろう。

 

 

 

「私が王に選ばれたのは、私が劇物だったからだ。

 いわゆる時代の転換点。変革を受け入れるしかない時代。そんな時代で、次の先導者がありふれたモノではいけない。本来なら受け入れ難いモノでも取り入れなくてはならない。そう言う直感を、民は集団単位で予感していた。

 ただ、それだけだ」

 

 

 

 そして、だからこその異常と言える。

 しかも生憎、その異常はもう切り抜け終わった。

 私は王になるべきではなかった云々ではなく、私は長く王をやってはいけない。

 麻薬を日常的にやれば廃人になるのと同じように。

 

 今日の執政だってそうだ。

 自分で言うのもなんだが、私のような存在は働かないのが良い。平和の象徴である。

 だが仮にも暴君として、私が動いていないのは拙い。

 特に私が望まれた王の形は、人の形ではない。

 人智を凌駕した暴威を見せる王。竜による絶対的な支配。

 それが自らの権威に直結している者として、皮肉な事に王政の致命的矛盾を回避出来ない。

 人の上に立つ存在ではないだろう。私が王だと滅びを加速させる。

 

 じゃあ、今からアーサー王のような治世を開始するか?

 民はアーサー王を王座から降ろし、暴君を望んだのに?

 

 そう、それが二つの矛盾。

 今更捨て去ったモノに、どうやって執着するのかという話。

 難しい話だ。こうして私の必要性が少ない事に喜べず、私が玉座に座っていると、私と民両方が安らぎではなく空虚と焦りを得るという現実。

 これが国の末期ではなく何という。いや、末期ですらこうも酷くはならない。

 

 

 

「滅びを受け入れるには遅すぎたのだろう。

 ではいつなら良かったかなんて話になる。そのタイミングで滅びを受け入れる覚悟を民にも求められたか、という問題も出る。王一人の首で済めば簡単なんだが」

 

「そうだね。

 でもそれは叶わない。難易度の話ではないからね。

 そして時間は逆戻りをしない。故にキミは未来へ向けて選択しなければならない。神代最後の王としてだ」

 

「神代最後の王……現に滅べと言っているようなモノじゃないか」

 

 

 

 言葉とは裏腹に、マーリンの言葉はスッと入ってくる。

 反論は特にない。事実だからだ。

 

 

 

「確かにまぁ、私が私だからこそ、今からやれる事はあるかもしれない。

 自ら暴君だと言ったのだからな。民に無理強いを迫り、私に付いて来れない者は容赦なく見捨てる。鼓舞という狂気を以って扇動させる。

 それに私には、アーサー王とはまた違う着眼点もある……とは思いたい」

 

「どうしてそこで肝心の自信がなくなるのか、キミは」

 

「同じだからだ、根底が」

 

 

 

 そう、同じなのだ。

 力の源も。何もかも。

 

 

 

「だから結局変わらない。そう、変わらなかった。

 歯車を一つ変えたところで何か変わったか?」

 

「…………」

 

「確かに、一番大きな王という歯車を変えたのだ。

 影響は皆無ではなかった。周囲の変化すら無いなど有り得ない。

 だが結局、結果は変わってない。そこに至るまでの過程は多少の変化は有っても」

 

 

 

 当たり前だ。岩を投げ入れても、川の流れ自体はさほど変化しない。

 私はアーサー王と同じだ。何故なら私だって、アーサー王の立場なら同じ事をしていたんだ。

 結局、私の起源の名の通りになったらしい。

 変換と強奪。他者から運命を奪い、その代わりに私の運命を他者に補完する形で埋め合わせた。

 だから過程が多少変化しても、結果は変わらない。

 そもそも神秘が消え行く時代で、アーサー王の根底にある力は受け入れられないと断言させられたように、私が何かを変えられる力もなかったのだ。たとえ根底の力が、人の不純が混じった偽物の竜でも。

 

 あぁ。かの王なら今の状況をどう見るだろうか。

 滅びを引き伸ばす為、更なる滅びを引き寄せたその運命を嗤い、疎み、塵となって死んだ暗雲の主。

 私の根底に眠る卑王は、何を。

 

 

 

「それで、キミはどうする。

 キミは何が言いたいんだい?」

 

 

 

 こうまで私の愚痴、というか弱音を聞いていたマーリンは、やや厳しい言葉を以って答えた。

 寄り添い、一緒に悩み、答えを探し出すのではなく。

 淡々と叱責し、己が自身で答えを探し出せ、なんて雰囲気。

 それがマーリンからの信頼の裏返しと取るか、マーリンもまた悩み、明確な解答が分からないが故の反応と取るか。

 私には最後の判断が付かなかった。

 

 

 

「……さてどう答えればいいんだか。

 なぁ私とマーリンの仲じゃないか。多くの王を見て来た魔術師から助言を得るのは無理なのだろうか?」

 

「ごめん。出来ない。

 ボクは、傍観者だ。時に外野から声を投げる事は出来ても、何も変える事が出来ない」

 

「偉大なる魔術師。その頂点の一つにいるマーリンが出来ない訳がない。私はそう思っているのだが」

 

「出来ない。

 変えるにはもう、遅すぎた」

 

「………そうか。マーリンにも無理か」

 

 

 

 天を仰ぐ。

 天窓から溢れる陽光が眩しい。

 でも。

 

 

 

「じゃあ、仕方ないのか」

 

 

 

 あぁ何故だろう。不意に口角が上がる。

 先程からマーリンの言葉全てを許し、受け入れているような自分が面白おかしく感じて来た。

 

 

 

「?……どうしたんだい、急に」

 

「いや。もしかして私はマーリンの特別なのではないかと考えて急に面白くなった。

 というか、うん。絶対に私は、私しか知り得ないマーリンの一面を覗いている」

 

 

 

 アレだ。苦悩するマーリン。

 ここまでの苦悩など、全く以ってイメージにない。

 こんなの円卓の騎士どころか、アルトリアすら知らないのではないだろうか。

 それを私一人だけ知っているという高揚感。もしくは優越感。若干趣味が悪い気がしないでもないが、確かに興奮している私がいる。何の意味もないと分かってはいるのにだ。

 

 

 

「なぁマーリン」

 

 

 

 あぁ、多分これがあるからなのだろう。

 私とマーリンの関係が独特なのは。私がマーリンを大いに信用し、賢者だと確信している理由は。いずれ現実を知り、マーリンという存在に手酷く裏切られるその日まで、私はマーリンに夢を見ているのだろう。

 

 

 

「この先ずっと私の隣に居てくれ、と言ったらお前は頷いてくれるか?」

 

「…………—————」

 

 

 

 その言葉に、マーリンの表情が凍る。

 あぁ——残念だ。何とかなりそうな気がしていたのに。

 

 

 

「あぁ、うん。皆まで言わなくていい。

 ダメだな、うん。本当にダメだ。無理がある」

 

「…………………」

 

「あぁ……ブリテンが滅んだ後、どうすれば良いのやら」

 

 

 

 大して精査してない思い付き。

 それが口の中から綻んでいく。

 

 

 

「外来の血……を受け入れるのは厳しいな。主に私のせいで。

 だから逆に私達がこの島を捨て、民族として大陸に移り住む………」

 

 

 

 ローマと結んだ条約を元に奴らを脅せば………多大なる混沌を世界に撒き散らし、私達も混乱と動乱の時代に突入するとはいえ、幾らかは何とかなる。そうさせる。

 私達は元々国だった、という民の自意識がそれを許してくれた場合と、獣に落ちるなら死んでやるという人を振り切れたらだが。

 

 

 

「サクソンのように侵略し返してやるのは少しばかりの痛快さが……全くないな。

 仮に私が扇動出来ても、大半の人が死ぬ。そして私は島を捨て去った暗君の謗りを受ける訳だ。まあ別にそこは良いんだが。

 問題は何処かで綻びが生じた時だろう。何かで私が負ければ………もしくは責任を取らされたら………あぁ、うん。少し想像したくもない凄惨な末路を迎えるに違いない。それに私は女だと知れ渡っている訳なのだから」

 

 

 

 ポロポロと、口から言葉が吐き出て来る。

 精査してなかっただけに、今、私の口から出て来る言葉は何処までも非情な現実だ。非情過ぎて、逆に現実感がない。まだ心が定まってないとも言う。

 

 

 

「というか国の解体はどうする。

 いや、国って解体出来るのか? そもそも国の解体とは何だ。明確で具体的な内容が私には思い付かない。もう少し敗戦処理の仕方を学べばよかった。

 あー……私の場合はもはや切り捨てになるだろう。七割ほどの民は死に、三割ほどの民は大陸で生きていけるくらいの………なんだこれは。遂に天秤が崩壊したぞ。小を切り捨て大を救うというのに、最初の選択から犠牲の方が多いとは。

 ここでもまた、私は暗君の謗りを受ける訳だな」

 

「……………」

 

「仮に私が、扇動したとする。

 大陸で新たな命が芽吹く頃には、再びブリテンに戻れる……かもしれない。

 が、少なくとも更に長い間、私が王として扇動しなくてはならないだろう。

 目に見えているな。神秘の消えた世界で、人智を超えた化け物の王が君臨し続ける地獄が。

 何年私は王をやるのだろう。まぁ、何かのタイミングで誰かに王を任せ、私の生きた痕跡を抹消し、ブリテンを誰かに預ければまだ何とかはなる可能性はあるか。

 可能性、可能性ばっかりだな。都合の良い妄想でしかない」

 

「………………」

 

「あー………仮に遥か未来まで生きるとして、私はどうするか。

 極東に渡り仙人にでもなって天へと至るか。武術を飽くなきまで極めるか。もしくは神秘の闇に潜み、魔術協会や聖堂教会にちょっかいをかけるか。

 何も、心に響かないな。

 きっと私は変わらず、誰かを殺める事で辻褄を合わせていくだろう。心を凍らせたまま。何に触れても溶けないように。

 今の私のように戻らないよう、本当に全部凍らせるか。もうそろそろ本当にそうなるだろう。

 どう思うマーリン。意外とそれはそれで性に合っているかもしれない」

 

「……やめてくれないか」

 

「そうか。悪かったな」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 ようやく、私の無為な妄想が終わった。

 本当に全て妄想だ。国の衰退も私の生涯も。全て仮定。

 今くらいはいいだろう。隣にはマーリンしかいない。機械にも休憩が必要だ。

 ぼーっと天窓を眺める。

 ただただ、陽光が眩しい。

 

 

 

「世界を思えば、ここでこの島ごと死ぬのが一番かもしれないな」

 

 

 

 ふと私の口から、遂にその言葉が漏れた。

 

 

 

「誰かを救いたい。一人でも多く救いたい。

 ……そういう思いよりも、犠牲になる人を減らしたい。無意味に死ぬ人を少なくしたい、と剣を取って来た。

 報われない死は許せないと。それだけは断じて認め難いと。

 しかし犠牲を無には出来ないし、そんな事は分かってた。

 だから私は人の命を区別し、測っていた。意志が介入されない天秤である事を心掛け続けた」

 

「そうだね」

 

「だがどうだ?

 もしかしたら私は、自らの手で減らした嘆きよりも、無意味な死を与えた人間の方が多いかもしれんぞ?」

 

「確かに、そうだね」

 

「いや、多いな。もはや数字の上でしか数えられない程に殺した。

 私の天秤はもう、意味を無くしているのだろう。

 というかそもそも、天秤である私も結局……世界という天秤の皿に乗っただけの存在だったのだ。

 世界とブリテン。大と小。遂に私も、小の側として切り捨てられる側になったというだけ。どうする。それでも尚、私達は抗うか?」

 

「…………………」

 

「これは難しい。私はどうすれば良い。

 ……いっそのこと逃げるのも手段の一つか。逃げるなら是非ともマーリンも一緒に来て欲しい。逃避が頭を掠め続けるんだ」

 

 

 

 天蓋から溢れる光が眩しい。

 あぁ。こうまで眩しいのはいつの日だったか。

 遠い記憶の残響が、脳裏の影を掠めていく。

 熱い、太陽の火。脳を灼き焦がしたあの日の光。

 私が"私"になったあの日。

 大木の木の葉が隠してくれそうにない。

 脳裏に掠める逃避は、私の空虚さの表れか。

 少しだけ、瞳を閉じて落ち着きたかった。

 

 

 

「それでもキミは、剣を取るのだろう」

 

 

 

 瞳を閉じた瞬間だった。

 隣のマーリンが、小さく呟いていた。

 

 

 

「誰にも隣を許さず、ただ一人。

 自らが果て行くその瞬間まで、必ず。

 その言う運命にあるからじゃない。キミがそうしなくては、生きていけないから」

 

「………………」

 

「それにキミは、ただ剣を握っている方がよっぽど輝いている。

 王としては、やっぱり及第点以下だったみたいだ。

 そして、ごめん。ボクは今から、キミを王ではなくさせる」

 

「………分かった。続けていい」

 

 

 

 マーリンの言葉が険なモノを含んでいるように見えて、全くそうでない事に気付いた私は、ただ彼の言葉を促した。

 此方に真っ直ぐ振り返り、私を射抜く瞳には、深い決心が浮かんでいる。

 

 

 

「ルーナ。実はキミには知らされてない事だが、ブリテンに再びローマ軍が進行している。

 それももうすぐ上陸する。モードレッドが率いる、最大戦力が」

 

 

 

 淡々とした言葉。

 マーリンが言う言葉には感情というモノが何もなかった。

 

 

 

「…………………分かった、続けて」

 

「それに対して、アーサーが迎え討つつもりで軍を率いた。

 キミには知らせず、最低限の戦力で最大値の戦果を上げるだけの規模と陣形で。今日の夜明け頃に交戦するだろう」

 

「…………伝令の港はどうしていた?」

 

「港町はアーサー王派だ。

 叛意はなくとも、忠誠はあちらにある」

 

「そう言えば………そうだったな。

 最初の船団を迎え打ったのはアーサー王だったな…………」

 

 

 

 マーリンは、私が座る玉座の前に立ち、私の瞳を見据える。

 

 

 

「ついでに言えば、モードレッドが率いて来たローマ軍は疾い。電光石火と称して良い。

 モードレッドが握る剣はフロレント。そして巨人の力の一部。

 モードレッドは、ルキウス皇帝がやった魔力の流転をこの島でやろうとしている。キミやアーサーが負けなくとも、ブリテン島は致命的なダメージを負うだろう」

 

「……………………」

 

「キミの考えている事は、恐らく全部無意味だよ。

 ボクが今から答えても良いけど」

 

 

 

 マーリンがそう言うのだから、そうなんだろう。

 何故。どうして。そこに至るまでの経緯。相手の戦力。どんな理由で、マーリンは隠すのやめた。

 様々な疑問と追求が浮かんでは消えていく。

 一番大事なのは、それよりも、今からお前はどうするんだという話だとマーリンに言われている気がした。

 

 思えば、今日はそうだった。

 私の執政に関わるのは私の手駒の騎士だけだったし、仕事量も少なかった。マーリンがずっと隣にいるのも何か変だった。

 秘匿されていたのは、私だったという訳だ。

 

 

 

「アーサー王は…………」

 

 

 

 そして、一つの答えに辿り着く。

 

 

 

「死ぬ気か」

 

「………………」

 

「旧体制の、私の傍にいると、私が困る者達を率いて。私がブリテンを新たな形で存続させる時にも障害になる者を集めて……モードレッドの軍と一緒に相打ちして、消えるつもりか」

 

 

 

 マーリンは何も答えなかった。

 私のそれが正しいかどうかは分からないままだ。

 

 

 

「ルーナ。

 ボクは傍観者だ。何も変える事は出来ない」

 

「……………」

 

「でも、外野から声を投げる事は出来る」

 

 

 

 マーリンは私の瞳を見据えて、最後の言葉を続けた。

 

 

 

「どうする? ルーナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い彼方から、風に乗って戦と死の匂いが運ばれて来る。

 冷たい死の風。目前へと迫っている戦の予感。それは丘の上にまで広がっており、後方の大地にまで広がっていた。

 後方には率いられるだけの騎士達。更に後方の彼方には、庇護するべき民達。

 

 そこは海岸線より来たるモノを迎え撃つべく結集した場所だ。

 ブリテンに於ける絶対戦線。

 視界の端まで木々や花畑のない侘しい丘。

 名前を、カムラン。

 

 これは誰にも知られぬ、知られてはならない戦いだった。

 知られれば、必ず綻ぶ。彼女が出て来る。説得出来る気はしない。

 また彼らの上陸は阻止できない。ならば包囲し、最速で彼らを率いる者の首を掲げ、最小限の犠牲で事を済ます。それが成功するかどうかは、まだ分からない。

 だが成功させなくてはならないのだ。

 会戦前の緊張を前にし、光の聖剣を携えた蒼銀の騎士王は、丘の上から今はまだ血に染まらぬ平原を一望する。

 

 

 

「モードレッド。何故……そこまでモルガンが、許せなかったのですか」

 

 

 

 確かに、モルガンの息がかかった者ではあった彼女。ルーナ。

 そこまで、ブリテンの王座にモルガンが関わる事は許し難い事だったか。

 皮肉な運命の形が収束する。モードレッドが——一体誰の血を分けた者なのかをも知る事が叶わなかった騎士王は、兜の騎士に悲痛を抱き、瞠目する。

 

 会戦の時は近い、と肌身で感じ取っていた。

 この聖剣が、最後の輝きを放つだろうという事も、また。

 アルトリアはただ、最悪の中の最善を選択する為、黄昏の風を浴び続ける。

 

 

 

「あぁ、やっと追い付いた」

 

 

 

 刹那、不意に流れる風が止まった。

 

 

 

「——ッ……どうして貴方が……」

 

 

 

 アルトリアが振り向いた先には、同じく光の聖剣を携えた一騎がいた。

 錆び付いた金。闇夜のような黒。もう一人の竜が、そこにいる。絶対にここに呼んではならなかったその人が。

 

 

 

「私には知られたくなかったようですね」

 

「………………」

 

「ですがまぁ、残念ながら。

 皮肉な事に運命は私の方を選んだ。

 それにモードレッドとの因縁は、私の方にある。貴方の出番ではありません」

 

 

 

 呆れ返るような形で叱責し、彼女はアルトリアを糾弾している。

 突き付けて欲しくない言葉を、皮肉交じりに真正面から叩き付けて来る彼女を前にすれば、何も言えない。

 下手な言い訳もまた、封殺されるだろう。

 丁寧に話す彼女の言葉は、圧力を持ったようだった。

 

 

 

「ルーナ、貴方には——」

 

「いいえ。いいえアーサー王。

 国の進退がかかった時に馳せ参じなかった王に、民は傅くでしょうか」

 

「…………」

 

 

 

 無表情で答える彼女に、アルトリアは無言で溜息を吐く。

 

 

 

「全く………融通が利かない」

 

「貴方に言われたくない」

 

 

 

 返される不躾な言葉に笑みが溢れる。

 あぁ何故だろう。どこかそう。良かった——と安心する心があるのが。

 助かった、と。彼女がここに来た事実に嬉しく思う心があるのが。

 そして。

 

 

 

「思えば………同じ志で戦を共にするのは初めてかもしれませんね」

 

 

 

 彼女と共に戦う、という事に安堵するのは。

 場違いであるのは分かっている。いや、場違いだからこそだった。

 こういう、全く希望のない戦いだからこそ、その事実が唯一心を明るくするモノとして映ったのかもしれない。

 

 

 

「私がローマから帰投した後の会戦で、普通に貴方と共にしたでしょう」

 

「いいえ………確かにそうですが。

 あの時は、貴方が遠いモノに思えたので」

 

「……………」

 

「ルーナ。貴方に、背中を預けても良いですか」

 

 

 

 共に同じ敵と戦う騎士として。

 あるいは、友人として。

 この時初めて、アルトリアは王でもなく拭い切れぬ溝も気にせず、一人の人間として彼女に声をかける事が出来た。

 

 彼女は無言で頷く。

 全く表情を動かさせず、しかし時には言葉と佇まいで大いに感情を示す彼女。

 その彼女が、言葉なく頷いたのが、何よりの答えにアルトリアは思えた。

 

 

 

「——ありがとう。貴方と一緒なら、私は誰にも負ける事はありません」

 

 

 

 アルトリアは気付かぬ内に、今までの人生で一番の笑みを溢していた。

 彼女と和解出来たと真に思えたから。ようやく、自分を少し許せたから。

 それは彼女と同じように、あの日の運命に囚われていた少女が、ようやく一歩を踏み込めた証だったのかもしれない。

 アルトリアは聖剣を手に、丘の上から平野を一望する。

 

 

 

「私もそう思います」

 

 

 

 だが——その心からの微笑みは、果たして彼女に届いていただろうか。

 

 

 

「でも」

 

 

 

 いや、そもそも届く心などもうなかったのだろう。

 晴れやかな心のまま、背中を向け丘の上から平原を一望するアルトリアに、彼女は接近する。

 音もなく、流れるように。

 暗殺者の如く、剣の切先をアルトリアに向けて。

 必殺の間合いへと滑り込む。

 

 

 

「私は、貴方に背中を預けない」

 

 

 

 その言葉をアルトリアは正しく認識出来なかった。

 そして今までの生涯、一度足りとも存在しなかった——致命傷の感覚がアルトリアには理解出来なかった。

 

 

 

「ぇ——あ」

 

 

 

 真下を見る。

 剣の刃が胸を突き破り、身体を貫通している。

 それが一体何で、一体どうしてと考える暇もなく、剣が引き抜かれた。

 よろめき振り抜く刹那にはもう、流れるような動作で足を刈り取られ、倒れゆく身体の手と首を掴まれ、叩き伏せられる。

 

 意識外からの攻撃とはいえ、その動作は余りにも疾く、熟練した技だった。

 何も分からぬまま、容易く騎士王は意識を奪い取られる。

 

 その意識を失う刹那。

 闇に意識を持っていかれるその瞬間、アルトリアが見た彼女の無表情。

 それは何故か。

 どうしてか。

 

 

 

「—————」

 

 

 

 ——今から死に向かう、修羅の顔に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在全てを見通す眼。

 時に空間すらも飛び越え、世界全てを見通す千里眼。

 過去や未来まではマーリンの千里眼では見通せなくとも、現在は過去の堆積であり、未来は現在の累積である以上、幾らか予測は可能である。

 その眼を用い、時に預言として他者に言葉を降ろした事もあった。

 キミを王ではなくさせる。

 マーリンの預言、予測通り、彼女はその瞬間王ではなくなった。

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 溜息を吐いて、彼女は呟く。

 その次に浮かんだのは、微笑みだ。

 微笑みの先には誰もいない。玉座に肘を突きながら彼女は何処を見るでもなく、笑っていた。

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 自らの言葉を噛み締め、呑み込んでいく。

 彼女の笑みは、何かを諦めたようでもあり、何かを悟った賢者のような笑みでもある。

 喜びや、嬉しさから来るものではない。

 先程の鬱憤とした悩みから切り離され、スッと何かが心に落ちたような笑み。

 

 

 

「私は、そうだったな」

 

 

 

 幾度と悩む事はある。

 過ぎ去った過去を眺めて、彼女は悩む事がある。

 それでも、その瞬間だけは何も迷わない。剣の刃だけは、絶対に鈍らない。

 

 "あぁ"

 

 心の中で、魔術師は感嘆する。

 天仰ぐその姿に、彼女は何を呑み込み、納得したのかを魔術師は考える。

 ただ分かるのは。王でなくなった彼女は、曇りなき一振りの刃となっていた。

 

 

 

「マーリン、出陣する」

 

 

 

 玉座から立ち上がった彼女の右手には、光の聖剣が携えられている。

 首に巻いた、赤い帯が棚引いていた。

 こうなれば、もう誰にも竜の進軍を止められないだろう。

 透き通る視線の先には何もない。その瞳はいっそ底無しで空虚に見える程に透き通ったそれ。

 人はその瞳に畏怖と狂気を見出した。だがマーリンは、その瞳を綺麗だと、そう思った。

 覚悟だけで裏打ちされた瞳。透き通る瞳。それを氷と呼ぶのかもしれない。

 

 

 

「"私一騎"で、全ての敵を叩く」

 

 

 

 無茶だ、とはマーリンは言わなかった。

 ただマーリンは、傍観者として彼女に問うだけだ。

 

 

 

「それは、どういう立場としてかな」

 

「別に何もない。

 何をすれば良いか、ではなく。私がどうしたいか、で考えた。

 それ以外に、今の私は戦えなかった」

 

 

 

 ただ今だけ、彼女は妄執から解放されたようだった。

 振り返らず、彼女は続ける。

 あの時より、ただやらなくてはいけないからと定めた覚悟。生存本能と化した使命。

 走り抜け続けた終着点で。あの日、置き去りにしたモノだけを唯一胸に抱き、剣を取る。

 

 

 

「私は今、この国を犠牲にするのも許容出来ない。

 アーサー王を犠牲にするのもまた、許容出来ない

 そして、何より、私は"私"を裏切る事も出来ない」

 

 

 

 だがその魂の有り様だけはどうしても変えられなかったらしい。

 何か、遠く儚い理想を手にする為ではなく、許せない何かを否定する為。

 誰かの敵にしかなれなかった少女は、ブリテンに侵略する外敵を迎え討つべくキャメロットを発つ。

 アーサー王が海岸線に向けて布陣した、黄昏の戦場。

 カムランの丘へと。

 

 魔術師は、ただ彼女に追従する。

 傍観者だと分かっていたからだ。

 そして傍観者だからこそ、理解した。

 故に、彼女の最後の願いを聞き届ける事も叶うと理解した。

 

 彼女は今、きっと無敵なのだろう。

 輝きを放つ聖剣の光。白熱した輝きを放つ光は、燐光の証明。

 裏と表。陽と月。表裏一体の星は、冷え切った陽炎を剣より放出している。

 

 

 

「容赦ないね」

 

「心臓は半分外してる。

 中心を抉っていても回復しただろうが」

 

 

 

 負ける事はない。星の聖剣とその鞘の差は大きい。

 そう語っていながら、流石のマーリンも目の前の光景には苦笑いしていた。

 心臓を貫かれ、血流が途絶えた脳が酸欠で機能停止する数秒。

 それよりも早く、聖剣の鞘によって瞬間的に回復する——その刹那の硬直で、ルーナはアルトリアの意識を刈り取った。

 

 一撃である。

 そもそも全て遠き理想郷(アヴァロン)の回復力が無ければ、暗殺術を受けたように、アルトリアは死を悟る以外の何をも分からないまま絶命していただろう。

 あぁ、忘れていた。

 アルトリアには、鞘による回復力があるように。

 彼女にもまた、魔女のように心内へと滑り込む言葉と技があるのだと。

 どちらがより多くの者を殺傷出来るか。それは今、魘されるように地に伏したアルトリアと、僅かに苦戦も迷いもしなかった彼女の姿が証明している。

 

 ルーナは、倒れたアルトリアの胸に手をあてがう。

 次の瞬間には、アルトリアから黄金の光が抜け出し、ルーナの手の平に集まっていった。

 その光の粒子はルーナに吸い込まれ、消えていく。

 ほんの刹那、煌びやかな光が伴った輪郭。間違いなくそれは、黄金の鞘の形をしていた。

 

 

 

「マーリン。彼女を頼んだ」

 

 

 

 立ち上がる際、ルーナは側に落ちていた黄金の剣——エクスカリバーをも手に取り、マーリンに告げる。

 星の聖剣とその鞘。

 遂に、その二つすら手にした彼女の姿は、何故か不気味なほど相応しいモノのように見えた。

 もはや彼女に敵う者は世界中で誰もいない。

 少なくとも、今の時代では絶対に。

 数百年単位で時間を移動しても尚、ほとんどいないだろう。

 モードレッドが彼女に勝てる可能性はゼロになった。

 

 それだと理解しているのに。

 それでも尚、彼女は——

 

 

 

「…………分かった」

 

 

 

 彼女の言葉に頷き、マーリンはアルトリアを抱き抱える。

 気付けば、周囲は不気味な程に静かだった。嵐の前の静けさ。静寂に包まれた周囲が、黄昏の戦場を包むなんて誰が想像出来よう。

 そう、誰もいなかった。

 後方で布陣していた筈の軍が。

 

 如何なる手を使ったのか。

 いや。ただ、彼女が言葉を発し命令しただけだろうか。

 キャメロットに戻れ、と。

 ケイ卿と撃ち合い、アグラヴェイン卿と凌ぎ合い、花の魔術師と対等に交わし合った、その言葉で。

 

 

 

「言っておくけど、ローマ兵の中には無名の英雄も一応いるからね。

 化け物殺しとか、術理を学んだ騎士とか、歴史に名前が残らない存在」

 

「私が考えている事は、マーリンが無意味だと語ったのではなかったか?

 まぁルキウスと戦った時よりはマシだろう。その相手をしてくれた騎士や円卓はもう一つもいないが」

 

 

 

 彼女の宣言は、鼓舞でもなんでもなく事実だった。

 本当に彼女は、ただ独りで全てを迎え討つつもりなのだ。

 その姿勢にマーリンは、彼女の覚悟を測る事をやめる。

 本当に無意味だった。

 ただ、無意味ではない事もまた、少しだけ残っている。

 それを、マーリンは問う。

 

 

 

「ねぇ、ルーナ。

 やり残した事はないかい?」

 

「無いな。

 円卓の騎士達も多くが欠けた。

 ベディヴィエール卿にはアーサー王に付き従うように言ってある。

 パーシヴァル卿にはあれ以上言う事はない。

 目を覚さないガレスと前線を除いたアグラヴェイン卿には置き手紙をした。

 それに——」

 

 

 

 一人、一人と名前を呼びながら彼女はもう済ませる事はないとばかりに言葉を紡ぐ。

 しかし途中で彼女の言葉が曇り、途切れた。

 ほんの刹那、彼女の表情に何かを惜しむような、悔やむような……悲しむような表情が浮かんだ。

 

 

 

「あぁ………そうだな、モルガン………モルガンは、まだ大丈夫なのか」

 

「うん。キミに言われた通り」

 

「そうか。なら……良い」

 

「本当に、良いんだね——? それで後悔しない?」

 

 

 

 僅かの間があった後、彼女は答えた。

 

 

 

「分からない」

 

「………………」

 

「どちらかを選べば、もう片方が滑り落ちる。

 正解なんてない。どちらを選んでも、滑り落ちたもう片方を見て後悔するだろう。でも最後だけ、私は私の我儘を貫きたい」

 

「そうか。分かった。ボクが引き受けよう」

 

 

 

 やはり、今のは必要のない問いだったのだろう。

 いや、結局はそうなるのだ。そもそも彼女との設問にも、何の意味も必要性もない。

 二人は最初から最後まで、互いに他人事のままだった。

 彼女がアルトリアであれば、マーリンもまた違ったというだけで。

 

 

 

「ねぇ、ルーナ」

 

 

 

 だから最後に、もう一度。

 彼女に何度も名前を呼ばれたように、マーリンもまたその名前を呼ぶ。

 最後に一つだけ。何の意味もない質問を。

 

 

 

「キミは、死ぬ気なのかい?」

 

 

 

 何となくだが、マーリンは彼女の変容を理解していた。

 許せないからと彼女が拒絶し続ける在り方。正にそれを象徴するように、彼女は死を拒絶し続けていた。それがきっと、もう終わる。彼女が死ぬ訳ないと確信しているのに。

 

 マーリンの問いは果たして、対峙した人によって変容する彼女を捉えたか。

 

 虚を射抜かれたような空白。

 僅かに口を開かせた少女。

 不意に、ルーナは振り返って笑う。

 ニヤリと、澄ました笑みを自らの顔に浮かべて。

 

 

 

「まさか、聖剣と鞘を手に入れた私が?

 この私が死ぬとでも?私は最強だとお前が言ったんだぞ?」

 

 

 

 風に赤の帯を棚引かせて、自らの力を一切疑わない姿もまた、どうしてか相応しい。

 丘の上。聖剣を大地に突き立て、黄昏の戦場を背景にしながら彼女は大胆不敵に告げた。

 

 

 

「アーサー王では手緩く、戦火が島中に広がるかもしれない。

 撤退も追走も許さず、今日、このカムランの丘で、全てを決める。

 キャメロットで待っていると良い。私が約束された勝利と共に凱旋をする姿を」

 

「—————————」

 

 

 

 その姿を、魔術師は眩しいモノを見るように眺めた。

 雲間から差し込む、戦場を黄昏に染める陽光が彼女を照らす。

 輝く黄金は、もう一つの地上の星だった。

 

 

 

「分かった。それでは幸運を、嵐の王」

 

 

 

 見送るように、マーリンは彼女に背を向けて去っていた。

 黒に身を染めた騎士は、黄金の聖剣を地に突き立て、黄昏の戦場を一望する。

 彼女はただ一人。他には誰も居らず、ただ、丘の上にて竜が眠るように、彼女はそこに君臨する。

 静かに。何かを見定めように。遠くを見つめる。 

 

 

 

「あぁ。これで良かった」

 

 

 

 独りで良い。そうでないと意味がなかった。

 アーサー王と共闘する考えもあったが、滑り落ちている。

 星の聖剣とその鞘を、自分が持っていないと成立しない。

 それに……今から私がやる事。その私の姿をアーサー王には見せたくない。

 

 結局私の生涯に意味はなかったらしい。

 まぁもう時間なのだろう。

 そろそろ。

 

 

 

「時間、か」

 

 

 

 ただ、待っている。

 救いようのない未来を、待っている。

 いつもそうだった。いつだってそうだった。

 だから多分、今もそう。きっと普段と変わらない。

 

 

 

「そうだな。

 もう、時間だな」

 

 

 

 何となく分かっている。

 あらゆる生命には限界がある。

 生物的な限界ではなく、魂の限界。魂の強度。自ら自身を貫ける活動時間。

 言うなれば——運命力と言うモノ。

 それがもう、そろそろ限界なのだろう。

 ギャラハッドが目の前で亡くなった瞬間。あの彼に剣光を放った瞬間。

 何かがゴソっと抜け落ちた気がしていた。

 あまり受け入れてはいけないモノを受け入れ過ぎたらしい。

 そういう人生だったからまぁ自業自得か。

 

 きっとこの先に、私の終わりがある。

 

 それが死となるか。

 新たな再生の明記となるか。

 分からない。

 だって死ぬ気もなければ、負ける気もしないのだから。

 ただそれでも、奇跡が起きない限り、私の何かが変わるのだろう。

 私が主人公で居られる時間はここで終わる。

 

 今更、何も思う事はない。

 悩み苦悩する事はあれど、思うように生き、思うように道を切り拓いて来た。

 だから無い。私は"私"を報いる為、他ならぬ私が自分自身を肯定する。

 それで良い。それで——

 

 

 

「……………」

 

 

 

 本当に?

 

 

 

「…………満足したか?」

 

 

 

 あぁ、満足したとも。

 心の中の機械がそう叫ぶ。

 

 欠けたモノを埋め合わせろ。

 心の中の怪物がそう咆哮する。

 

 まだ、分からない。

 心の中の人間がそう暴れる。

 

 

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 

 だから——戦って確かめろ。

 心の中で、私がそう答える。

 

 

 

「私は、そうだった」

 

 

 

 私は今から剣を取る。

 誰が為でもなく、国の為でもなく、世界の為でもなく。

 ただ私の為、望むように剣を取る。

 確かめなくてはならない。

 いつだってそうだった。

 だから今までのように、私は剣を取る。

 私はそれを。それだけは、許されて来た。

 

 灼けた頭の片隅で。

 冷え切った心の底で。

 空回りする嵐の音に紛れて。

 それでも、死に果てるその瞬間まで戦えと、まだ私の声がするから。

 

 

 

「だから、モードレッド」

 

 

 

 視界の先。

 落ちゆく陽の光。

 逆光を浴びながら進軍する者達がいる。

 遂に来たのだ。黄昏の戦場へと剣を掲げる異国の騎士達が。

 彼らが侵略する度、モードレッドがブリテンを踏み締める度、私の裏側の竜が吼え暴れる。

 島の本当の主にだけ許されたソレが、私を粟立たせる。

 思考も肉体も魂も、全てが。

 

 

 

「どうか邪魔をするな」

 

 

 

 剣を抜き、その切先を突き付ける。

 この島、この国、この領域を侵犯するのならばお前達に応えよう。

 何故私が竜と呼ばれたのか。

 何故私が嵐と呼ばれたのか。

 その神威。その暴威。

 嵐の具現を、私に見るがいい。

 

 貴様達の願いは叶わない。

 竜の息吹にて焼き払われる有象無象の如く、日が傾く時間すら与えず——僅か数瞬で滅ぼしてやろう。

 

 不敬だぞ人間共。

 誰の許可を以ってこのブリテンに足を踏み入れた。

 ここは。

 

 此処は——

 

 

 

「——私の島だ」

 

 

 

 黒い泥が、足元から流出していく。

 大地を染め上げていく。

 刹那——星の聖剣が黒く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モードレッドは見ていた筈だった。

 それは恐らく、最初からだっただろう。

 彼女が、齢十程の少女だった頃から。本当に、全て。

 

 だが——そんな事知ったモノか。

 

 ただ決意した。

 憎悪によって生まれ代わり、妹に復讐するのだと。

 全てを奪い去っていったように、あの妹の全てを一切合切に破壊し、無意味に落とすのだと。

 

 だからオレを恨め。

 オレを忌々しいモノだと、その澄まし顔に、何も映さない瞳に刻め。

 どうだ……見ろ——選定の剣を抜いたお前には、あのローマを纏め上げる事も出来ると言うのか? お前がブリテンの騎士達を狂気に追いやったように、ローマの騎士達もまた、こうまで駆り立てる事が出来ると言うのか?

 

 モードレッドは戦場を走り、赤雷を纏う。

 まるで自らこそが、この憎悪に狂っていないとやっていられないように、ただ戦場をひた走る。だけど何故か、荒れ狂い脈動する心とは裏腹に、自らの頭だけは冷え切っていたのだ。

 

 オレは一体、何がしたくてアイツ()を恨むのか。

   ——どうでも良い。

 オレは母親(魔女)に玉座を譲らせない為、ブリテンを滅ぼすのか。

   ——どうでも良い。

 この憎悪は、本当にルーナ()に向けたモノであるのか。

   ——どうでも良い。

 

 

 

「ル—————ナァァァァッッ!」

 

 

 

 モードレッドは見ていた筈だった。

 それは恐らく、最初からだっただろう。

 だから、忌々しかった。忌々しくて仕方がないのだ。

 冷たく澄ました顔。何も映さない瞳。

 違う。違う——どうしても焼き付いて離れない。

 たった刹那の穏やかな微笑みが。此方を見る、信頼した瞳が。柔らかな表情が。

 怨讐の対象であると言うのに。焼き付いて離れない。

 だから……忌々しい。忌々しいモノとして、刻み込まれている。

 同じ魔女の娘でありながら。騎士としても人間としても。握る剣も定められた寿命も——その全てを、己の全てを無価値に堕とした、あの妹が。

 

 故に妹の全てを奪い去り、無価値に陥さなくてはならなかった。

 

 この島の騎士道。

 彼女の手にある聖剣。

 彼女の生命。

 その全てを——

 

 

 

「卑王鉄槌」

 

 

 

 モードレッドは見ていた筈だった。

 それは恐らく、最初から——

 

 彼女自身が狂気に苛ませた騎士達を一人も連れず。

 アーサー王の聖剣すら手にし、あまつさえ漆黒に染め上げ。

 血を吐く程に望んだ——自らの寿命すら消費して竜の咆哮を顕現させるその姿を。

 

 

 

「極光は反転する」

 

 

 

 肉体に走る赤。

 彼女を侵食するように走る線。

 瞳にまで走ったそれが、眼から赤い血を流出させる。

 炎のように燃える赤い帯。黒く染まっていく両腕。

 それと相反するように、聖剣の息吹が際限なく、永遠に強大化していく。

 

 陽が落ちゆく黄昏の戦場から、光を奪い去る闇が一筋、天へと昇った。

 星の聖剣から立ち昇る光は、輝かしいモノの筈であったのに。

 彼女が掲げた星の聖剣には、見るもおぞましい呪詛が束ねられていた。

 こうであって欲しいという理想ではなく、何故あぁなれなかったと呪う人類の悪性が、人々の祈りによって鍛錬された聖剣を呑み込んでいく。

 正反対に禍々しい圧力を放つ刀身から、当たり前のように光が消えた。

 その息吹はアーサー王のそれすら上回り、刻まれた妖精文字が溶けて闇に堕ちる。赤い輪が連なって刻まれる。

 円卓の騎士達が定めた十三拘束すら、砕け散っていく。

 

 

 

「光を呑め」

 

 

 

 力が入らない。

 それは——この島にいるからか。

 ナニかに凝視されたように力が抜ける。

 その度に、竜の咆哮が産声を上げる。

 侵食しているのはモードレッドではなく彼女。逆流するように、星の聖剣に束ねられた息吹は、カムランの丘にいる全ての存在を貶める。

 それでも尚——モードレッドは叫ぶ。

 

 

 

「ルゥ—————ナァァァァァ゛ァ゛ッッ!」

 

 

 

 抜き放つは緋色。真紅の帝剣フロレント。

 谷を侵食し力にした巨人の力を以って、この島すら侵食し、食い破って見せる。

 そう誓った。

 彼方のローマ兵をぶつける雑兵はなく。

 己が手で堕とすと誓った円卓の光すら、彼女の手で闇に堕とされ。

 奪い去るつもりの生命すら、自らを稼働させる薪にされ。

 それでも尚——モードレッドは、彼女に向かって走り、剣を抜く。

 

 

 

約束された(エクスカリバー)——」

 

 

 

 その呼び掛けに応じるように、ルーナは剣を腰だめに構え、振り抜いた。

 いっそ淡々と。モードレッドが切望する感情は瞳になく。冷ややかに、敵の趨勢を確認しながら。

 

 

 

「——勝利の剣(モルガン)

 

 

 

 開戦の狼煙が、竜の咆哮によって上げられた。

 カムランの丘より地平線まで貫いた、光を呑み込む闇。

 後に、"数百"と放たれる極光の、最初の"一射目"が放たれた。

 

 

 

 




 
【WEAPON】

 アーサー王の聖剣
 詳細

 エクスカリバー
 人々の祈りを束ね上げる星の聖剣。
 人造ではなく、星に鍛えられた神造兵器。もしくは神造兵装とも。

 十三拘束が砕け散っている。


 エクスカリバーの鞘
 詳細

 アヴァロン。
 所有者の魔力に呼応し、無限の再生能力と不老不死を与える。
 また鞘を展開する事により、自身を妖精郷に置く事であらゆる物理干渉をシャットアウトする。

 ただし唯一、エクスカリバーによる攻撃だけは防げない。
 
 
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