騎士王の影武者   作:sabu

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その体は——
 So as I pray,
 


END スパ—クス・————・ハイ

 

 

 

 その戦いは、掛け値なしの地獄だったらしい。

 聖杯探索の失敗。ギャラハッドの死亡。トリスタン。ケイ。ガウェインの死亡。ガレス。アグラヴェインの再起不能。ランスロットの粛正。

 もはや円卓は形だけとなり、古き良き騎士道は潰えた。

 神代最後と呼ばれた、神話の大戦争に等しい最後の戦い。

 それは幻想との訣別であり、戦場には英雄譚のような美しさなど何一つないという、如何に敵対者を貶めるかなんて競い合いの、始まりだったのかもしれない。

 戦いが決闘や一騎討ちのような誉れあるモノではなくなり、知性の積み重ねによって人間が築き上げた、殺害技術の歴史に変わり始めたのは、神秘が終わり始めてからだ。

 ただそれでも、その戦いは神話の戦いだった。

 

 疲れ果てたブリテンを、モードレッドはローマを利用して終わらせようとする。

 損害の激しかったローマが上陸出来たのは、ブリテン側にも力がなかったからだ。

 黒き竜の暴威を目にしたローマ兵は多い。士気は決して高くなかっただろう。全ての人間が死を予感した。

 しかし、そんな士気の必要性はなかったかもしれない。

 自らの死よりも、更に恐ろしいモノが彼らを動かした。

 モードレッドに付き従った彼らは、何もブリテンにしてやられた雪辱を果たしたいが為だけに団結したのではない。あの暴威を目にし、恐れたからこそ、その暴威を世界に撒き散らしてはならないと、家族に見せてはならないと決起したのだ。

 

 

 ただ、当然。

 竜はそのような人間の些事を慮らない。

 

 

 会戦の号は、聖剣による極光を以って始められる。

 戦場に一直線の空白を作り出した黒い光の束。防御などは許されない。神霊の魔術行使に匹敵するその光を、誰が防ぎ誰が干渉出来るというものか。

 大地の脈動に匹敵する熱量に影響を与えられるのは、やはり自然と大地だけだ。丘を焼き焦がし、地形によって僅かにずれた剣光。その余波で、地形が歪み平野が荒れる。

 地平線まで貫いたそれは、当然ローマ兵の中心に放たれていた。

 

 それが、最初の一射目。

 

 再び繰り返される剣光。

 たった一射で大自然のエネルギーに匹敵するそれ。普通の魔術師が生涯を費やして届くかどうかという魔力量を、まるで矢を放っているかのように乱射する。

 消耗戦になどさせない。

 カムランの丘という大地を引き換えにし、嵐の中心たる王は敵兵全てを大地ごと焼却するべく光を放っていた。会戦から、十数秒にも満たない時間で一体どれだけの血が大地を染め上げ、取り返しの付かない傷をカムランの丘に広げただろう。

 竜の暴威は、星の聖剣エクスカリバーを手にいれた事で極みへと達している。

 神の血を引いた神話の大英雄すら上回らんとする竜の暴威。

 しかしそれでも尚、竜の息吹を食い破らんと竜の首元へと走る一騎がいた。

 

 

 

「オレを見ろ———ルーナァァッッ!!」

 

 

 

 大地に轟かせる程に叫び、乱射される黒い光の束を、雷光の如く避けながら兜の騎士は迫った。

 黒と赤。体中から赤い回路を浮かび上げた騎士は、まるで機械のように漆黒の聖剣を構える。

 白と赤。赤い紋様を白銀の鎧に刻み込んだ騎士は、まるで獣のように緋色の魔剣を構える。

 

 堕ちたる聖剣と反転した魔剣。

 二つの刃が交差し、光を放つ。

 

 やはり放たれるは星の聖剣からだった。

 モードレッドの叫びに応えるように、黒の極光が大地を削りながら叛逆者に迫る。

 放出される魔力。空間を捻じ曲げる程の極光。赤黒い稲妻が周囲へと瞬いては消える。

 これに立ち向かい、あまつさえ——避けずに進むなどあり得ないだろう。その極光に呑み込まれた果ての末路は誰もが知っている筈なのだ。聖剣の光を防ぎ得た者は誰一人もいない。

 しかしそれをモードレッドは敢行した。

 黒い光の束に向けて——避けず真正面から立ち向かったのだ。

 

 

 モードレッドの眼前では——黒い光の束が解け、分かれていく。

 

 

 それを可能にしたのは、花神フローラの加護を受けた白百合にして緋色の帝剣、フロレント。

 竜の化身アーサーの血を継いだモードレッドの魔力に呼応して、淡い光が白銀に輝きを放つ。

 神霊の魔術行使に匹敵する極光を、神霊の対魔力を以って切り開く。

 その光景。

 まるで海を割った、かの預言者の如く。

 帝剣フロレントが悲鳴を上げ、花神の加護に致命的な損傷を受けながらも、星の聖剣の極光の中をモードレッドは突き進んだ。

 

 

 

「取った——ッ!」

 

 

 

 そして遂に抜けた。

 正面から光の束に飛び込み、黒い海を飛び抜けたのだ。

 一体誰が出来るなどと思っただろう。

 聖剣の光に飛び込み真正面から抜けるという愚行を、神業にしてしまった白銀の騎士モードレッドの姿は、正に竜へと一撃を放つ英雄のそれでしかない。

 白銀の鎧は、黒い泥のような呪いで侵食し汚れている。フロレントにもまた致命的な損傷を受けた。視界が眩み、重度の呪いに犯されたように体が重い。

 だが、モードレッドの眼前には漆黒の聖剣を振り抜き切っているルーナがいる。

 ようやく初めて、何もかもどうでも良いとばかりだった瞳が僅かに見開いた。

 

 刹那、交差する視線。

 

 しかし何かのやり取りが瞳を介して交わされる事はない。

 剣と剣による応酬しか、この場では交わされない。

 同じく血に染まった赤雷を瞬かせ、モードレッドは隙だらけのルーナに向かって剣を振り落とす。

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 その筈だった。

 ——鍔迫り合った剣と剣による衝撃が、周囲へと炸裂する。

 人智を越えた魔力放出が、同じく人智を凌駕した魔力放出によってぶつかり合ったのだ。爆風と赤雷がその一点より巻き起こり、その余波が円状に大地に跡を残す。

 落雷と共に隕石が落ちたら、そのような痕跡を大地に残すだろう。

 

 だが、それはあり得ない。

 そう。今確かに——鍔迫り合っているのだ。

 モードレッドの真下には、完全に振り抜ききっている漆黒の聖剣。

 エクスカリバーと刃を交わしている訳ではない。

 

 では何だ。オレは——何と鍔迫り合っている?

 

 瞬間、すぐに分かった。

 モードレッドのすぐ前にあるのは、彼女の片手。

 徒手空拳だというのに、まるで何かを握っているような形の手。二人の間に割り込んでいる何かがそこにある。

 見えない何か。

 見えない剣と——モードレッドは鍔迫り合っていた。

 

 

 

「嘘、だろ——」

 

 

 

 ルーナが握っている、見えない剣。不可視にされた剣の刀身。

 隠されていた刃の煌めきが、ほんの刹那露わになる。

 神霊に匹敵する対魔力を持つフロレントの赤雷が、彼女の風を一瞬解れさせたのだ。

 暴風のような風が、刹那だけ周囲を轟かせる。

 風の鞘に隠されていたそれは、もう一振りの聖剣。もう一振りの、黄金の剣——カリバーン。

 エクスカリバーと、カリバーンの二刀流。

 片手で掲げ、振り抜くには長く重すぎる長剣を、二つ。

 漆黒に染め上げた剣と、もはや光そのものしか呼べない白銀の剣を以って、彼女は攻守を完成させていた。

 

 戦慄する他ない。

 それは以前一度だけ見た乱雲の嵐の如き風の鞘が、纏わせた物を不可視にする程に極めて繊細な精度を誇っている事にもだが、何よりも、モードレッドを恐怖させたのは他にある。

 

 ルーナは——エクスカリバーの極光を片手で乱射していた。

 

 両手で掲げ、振り抜いていたように見えて、左手はエクスカリバーの柄すら掠めていない。

 ただのフリ。左には別の剣を握ったまま、両手でエクスカリバーを振り抜いているように見せていた。

 もう片方の手に、またもう一つの切り札を隠して。

 凡そあり得ない。決して、その剣は片手で触れるほど軽くはないのだから。

 身体能力の問題ではない。荒れ狂う光の束を片手で放っているなどとは。

 明確に狙いを定める必要もなく、多少射線がずれたところでローマの軍勢には当たる、と仮定したとしても——狂っている。彼女は幾度と、片手で乱射していた。

 下手をすれば、鎧小手ごと片腕が砕け、持って行かれる程の光を。

 無制限に臨界させ、際限なく束ね上げた極光の束を。

 

 ルーナは澄ました顔をしながらも、よくよく見れば——エクスカリバーを握った右手がズタズタになっていた。

 自身ですら制御出来ていない剣光の余波で右手の籠手は砕け、服は切り刻まれ、露わになった素肌は黒く変色している。露わになった右手の肌には血管——否、浮かんだ魔術回路が裂け、血が噴出していた。

 右手の震えは、恐怖でも高揚でも苦痛でもなく、単純な性能の低下故。

 何故だ。何故、そうまでして剣を振るのか。

 

 

 

「………………、————」

 

「———ッッ!!」

 

 

 

 野生的な、生存本能に匹敵する直感。

 心身両方を駆け抜けた危険信号が、総気立つという過程に入った瞬間には、ルーナは剣を向けていた。

 二振りの聖剣が、モードレッドの魔剣と斬り結ぶ。

 再び風の鞘に隠され、不可視となったカリバーン。

 黒い泥のような鞘により圧力を増したエクスカリバー。

 

 刃の応酬が交わされる。

 周囲に散る火花は荒々しく、剣による威圧は圧倒的にルーナの方が強い。

 モードレッドは押されていた。

 まるで対となる双剣を振るっているようでありながら、その両方は長剣。

 間合いと射程の違い。風と闇。不可視の刀身と射程が伸びる、属性の異なる二つの鞘。何より、二刀から繰り出され圧倒的な剣舞の数と攻撃力の高さが、モードレッドを惑わせた。

 二つの聖剣に込められた魔力は、周囲へと炸裂し飛び散る残滓だけで大地が抉れる程。

 当然、血みどろの右手に握られたエクスカリバーの剣圧は、収まる所か際限なく増していた。

 

 ルーナの以前の戦い振りを思い起こせば起こす程、何かがずれていく。

 

 類似している点は、参考ではなく思考と感覚を狭めるのにしか動かない。

 彼女の二刀流は、果たしてこのような形であったか。

 幾度と、何合と剣を刻む。鍔迫り合いは刹那も続かなかった。次の瞬間にはもう、片方の聖剣が首目掛けて飛んで来る。

 それ程の猛攻。モードレッドはただ、剣舞という嵐を耐える。耐えるしかないとも言うだろう。嵐の海に浮かぶ船頭とはこういう事を言うのかもしれない。

 高揚ではなく、危険信号がモードレッドを極限の集中状態に導いている。

 それ故にルーナの剣を耐え——またそれ故に、音が聞こえた。

 

 音というよりも、波動かもしれない。

 目の前の彼女の波動。

 ドクン、ドクンという、鼓動の音。

 

 凄まじい圧力と、何より速さだった。

 それをモードレッドは身に収めていないのに、心臓が破裂しそうだと感じる。

 限界まで、いや、限界以上の無茶を振り絞り、全力疾走を繰り返しているような感覚が何となくモードレッドにはした。

 

 当然と言えば、当然かもしれない。

 十数秒の内に、幾度と片手で聖剣を解放していた。

 魔術回路は神経からズタズタになり、あまりにも膨大な魔力量が、彼女の肉体から作られては消えを繰り返し、駆け抜ける。

 竜にも限度がある筈のそれを、彼女は超越しようとしている。

 心臓の鼓動が加速しているのは、感情に左右されたからではない。ただ、竜の心臓が全力で動かなければいけないだけ。

 

 

 

「ハァ——」

 

 

 

 それは、斬り結んでいる時だった。

 僅かにも呼吸を鈍らせなかった目の前のルーナが、初めて息を吐く。

 ドクン、ドクンという鼓動のリズム。相対する者を圧迫し、しかし自らの威を剣に乗せる自然災害のようなリズムが、確かにずれた。

 

 その隙を目掛けて、モードレッドは剣を差し込む。

 彼女の猛攻を防ぐのに力を割き、返す刃には力が上手く伴っていない。苦し紛れの攻撃でしかなかった。

 しかし、その切先の鋭さは測りしれない。

 防ぐか回避だろう。故に、更にリズムが崩れる……筈だった。

 

 ルーナは——それでも尚、直進して来た。

 

 迫る魔剣フロレントを見据えながら、剣を動かさない。

 あまつさえ左手からカリバーンを手放し、その左腕で魔剣を受け止める。

 剣による突きに、同じく左腕を差し出した。

 魔剣による刺突が、ルーナの前腕を貫き、貫通していく。

 会心の一撃としか言いようのない手応えがモードレッドを、襲う。

 間違いなく骨をも破壊し、神経系すら致命的な損傷を与えた感覚があった。

 だからこそ、刹那のやり取りにモードレッドは硬直するしかない。自分の肉体を消費する資源のように活用する姿勢は、武神と言うより修羅だろう。

 狂気を孕んだ戦い振り。

 狂っている。

 

 そう。今もまた、目の前に伸びる手も。

 

 

 

「がっ……——」

 

 

 

 貫通しながらも、手の平でフロレントの刀身を握り、停止させる。

 それだけで済んだ。それ以上、左腕に求めるモノは何もない。

 

 超至近距離。

 剣を振り抜く暇も隙間もない。

 故か、ルーナはエクスカリバーを逆手に握って振り抜いた。

 致命的に傷口を大きくしながら、自ら左手を貫通しているフロレントごと、モードレッドを天に跳ね上げる。

 逆手で、撫で添えるような一撃でしかなかったのに、黒いエクスカリバーの刀身はモードレッドの白銀の鎧の防御力を完全に奪い去った。

 魔力の余波が、地震のような衝撃で鎧にヒビを入れる。

 

 やばい——心臓が止まった。

 

 全身に広がった衝撃にそう錯覚する。

 その錯覚を、次の瞬間砕けた足の装甲が引き戻した。

 嵐のような剣舞で。舞うような武闘だった。

 続く連撃は足。踏み抜かれた片脚が、モードレッドを地に固定している。

 騎士にしては野蛮な戦い振りは、極まれば闘士の美しさを伴う。それをモードレッドは知っていた。同じくローマの闘士達に、それを見たからだ。

 逆手に振り抜いた聖剣の動きから続いた足技は、当然次への一手。

 

 後ろ回し蹴りが来る。

 

 直感がそう示しながら、回避も防御も出来ない。

 円を描くステップを踏んでいるような挙措で放たれた技が戦鎚による刺突の如く。

 モードレッドの胸甲を砕き抜き、空高く吹き飛ばした。

 

 

 

「ごっ、は———」

 

 

 

 ほとんど真上にモードレッドは吹き飛ばされていた。

 蹴り砕かれた鎧の破片が、炸裂したガラス片のような有り様で腹から胸にかけてを抉っている。

 重傷だった。戦いに尾を引く程のだ。

 体勢を崩された時に刈り取られた足は、折れている予感がする。

 

 アイツ。今までずっと手加減でもしていやがったな。

 

 放り出させれた空中で、漆黒に堕ちたエクスカリバーの輝きを見ながら、モードレッドは息を呑む。

 再び束ねられる黒い光。僅かにでも距離が開き、隙が出来ればもうそこには、極光がある。容赦がないにも程があった。速すぎるにも程があった。

 接近しなければ勝ち目がないのに、同時に接近されたら負け戦とはどういう事か。

 距離が開けば高範囲且つ即死級の聖剣解放を乱射し、接近戦では自らの損傷すら度外視した、殺傷能力にひたすら特化した武術で殺しに来る。

 まるで機械のような正確さで。最初からそれ以外設定されてない人形のような無機質さで。

 当たり前のように、再び黒い光がエクスカリバーに束ねられる。

 構えるはやはり片手。

 右手一本だけで、黒い聖剣を握り、振り抜く。

 

 あぁでも……アイツの魂の本気を引き出してやった。

 

 血を滲ませ、自嘲するような形でもモードレッドは笑う。

 全く以って歯が立たない。こんな一瞬で片が付くのも屈辱だ。

 だからモードレッドは、往生際が悪く笑うのだ。

 黒い光が、逃げ場のない上空目掛けて飛んでくる光景を思い浮かべ、フロレントを構える。意味が無くても一矢報いてやろうと。この魔剣を投げ放ち、黒い光を飛び抜けてアイツの心臓をぶき抜いてやろうと。

 そして——その直前に気付いた。

 

 

 

「——は?」

 

 

 

 モードレッドから笑みが消える。

 視線の先にいるのは当然、聖剣を振り抜こうとしている黒き竜の化身。

 なのに。ルーナはモードレッドを、何も見ていなかった。

 

 黒い光が放たれたのは、隙だらけのモードレッドではなく、ローマの軍勢。

 空中ではなく地上。会戦の当初から繰り返しているように、最短最適で最も効率良く数を減らしていく。

 

 極光の爆風で、空中のモードレッドはルーナの後方に吹き飛ばされた。

 まともな受け身を取れずに血を吐くが、そんな事すら気にかからない。

 震える足で立ち上がる。

 立ち上がれた。

 追撃すれば死ぬのにだ。

 どうやっても、彼女が勝つのにだ。

 

 

 

「おい……ふざけんなよ……」

 

 

 

 ルーナは、モードレッドに隙だらけの背中を見せている。

 そもそもモードレッドの隙すら突かない。目線は完全に、モードレッドを見ていなかった。

 彼女は、後方にて佇む叛逆の騎士を無視し、ローマの軍勢へと剣を向ける。

 気付けば、ルーナに刻んだ左腕の傷は消失していく。

 まるで逆再生しているかのように傷は塞がり、そこにはもう無傷の片腕があった。

 治った瞬間、地面に突き刺さっていたカリバーンを握り直し、隠す必要もなくなった二つの聖剣を以って大地を焼き滅ぼす。

 

 炸裂する光の閃光。収束させた光の燐光。

 カリバーンとエクスカリバーを片手で同時に解放し、大地ごと敵兵を殲滅していく。

 その度に、両手が傷付いていくが、次の瞬間には回復していった。

 炭化したように黒く染まり、癒えてを繰り返しながら、光の束を聖剣に束ねる。

 モードレッドには、その光は一つも飛んで来ない。

 

 まるで機械のような正確さで。最初からそれ以外設定されてない人形のような無機質さで。

 

 

 

「ふざけんなよ……………テメェ——」

 

 

 

 あの鞘すら身に収めている事すら、どうでも良かった。

 抉るように傷付いた体の痛みすら、忘却の彼方で焼却される。

 噴出するのは、身を焼き焦がす程の憤怒。

 どうしようもなく、モードレッドは黒き竜を睨む。

 

 まるで此方の思惑か激情などどうでも良いと言わんばかりの佇まいを。

 まるで目障りな雑兵こそがお前だと言っているような立ち振る舞いを。

 まるで——母上(モルガン)のような徹底した無関心を。

 

 その、全てを。

 

 

 

「——オレを見ろ、ル———ナァァァァッ!」

 

 

 

 吹き飛ばされて大地に突き刺さったフロレントを抜き放ち、獣の突進も斯くやに斬りかかる。

 そのモードレッドの、魂の一撃を。

 ローマ兵に向けてエクスカリバーを解き放ちながら。

 黒き竜は振り返る事なく、後ろ手に握ったカリバーンで防いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、丘は血に濡れていた。

 大地に伏した残骸は、人の亡骸とその痕跡だ。

 聖剣の極光によって多くが消失した上でも尚、その一部の残骸を死の大地として、幾千の剣と槍が突き刺さっている。

 人も大地も死に絶え、もはや生きている者は数える程の屍の山。

 

 その山の上で、傷無しで君臨する竜の化身がいる。

 

 誰一人、その竜とまともに戦えた人間はいない。

 たった一騎。あの人型さえ倒せれば……赤雷の騎士が作り出した隙さえ突ければ——

 そう言う想いで、勝てないと分かっていても戦ったローマの兵士達は、もう死んだ。

 ある意味では、モードレッドは黒き竜の化身に利用され尽くされている。

 

 

 

「———ッ!」

 

 

 

 黒き竜の前で、緋色の稲妻が飛び込んだ。

 当然のように、黒き竜は弾き返す。傷は付かない。ただ、弾く刃はやや甘かった。返す刃は大振りで、モードレッドの懐を掠めるに留まるだけ。

 

 

 

「ようやく……オレの方を向いたな、ルーナ」

 

「………………………」

 

 

 

 まるで飢えた獣の如く呟いたモードレッドの言葉には、凄まじい怨讐が滲んでいる。

 戦場に残った騎影はもう百もない。カムランの丘という大地を駆け抜け、大地ごと兵士達を蹂躙し尽くした竜は、ようやくモードレッドを一番の危険、倒すべき敵だと定めた。

 本当にようやく、倒さなくてはならない順番の上で、モードレッドが釣り合ったのだ。

 当然だ。竜には人など脆弱すぎて区別が付かないのだから。

 より冷たく、刃のように細まった瞳。眉根を寄せた表情。

 僅かにやつれ、呼吸を繰り返す無機質な竜を前にして、叛逆者は怒りのままに叫ぶ。

 

 オレの事は知っていたんだろう。

 同じモルガンの娘として、お前は一体どんな顔をしてオレと会話していたんだ。

 一体お前は何が目的で、どんな顔で、どんな心でオレと対面していた。

 本当にお前は、あのお前が、モルガンに玉座を譲る為に力を得たのか。

 いずれ敵になると知っていながら、お前は——

 

 止めどなく溢れた感情の濁流は、そのまま言葉となって叛逆者は吐き出す。

 魂の言葉を、モードレッドはぶつける。

 

 

 ただ、当然。

 竜はそのような些事を慮らない。

 

 

 黒き竜には、応える言葉は何処にもなかった。

 義理すらない。だから何かを口にする事はない。

 慮る心などなく、無心の執行者は剣を振る。

 

 ルーナとモードレッド。

 妹と姉の、二人の刃が交差する。

 

 エクスカリバーとフロレントが、その刃を鍔迫り合う。

 終始無言であった彼女への怒りがモードレッドを突き動かし、聖剣を弾き飛ばした。

 弾き飛ばされたエクスカリバーは旋転し、大地に深々と突き刺さる。

 返す刃を叛逆者は振るった。

 だが、それよりも速く。

 

 

 

殲滅すべき神記の剣(カリバーン)——」

 

 

 

 もう一振りの聖剣がモードレッドを刺し貫き、光の束がその体に風穴を空けた。

 幾つもの臓腑を消失させ、心臓すらも焼き抜く。

 モードレッドの刃は、僅かにもルーナを捉えなかった。

 

 

 

「お前、は……」

 

 

 

 もう一振りの聖剣から、モードレッドは滑り落ちる。

 死んだ、と確認する事なく、殺した、という実感を得た竜は叛逆者に背を向け、残る騎影を手にかけるべく歩を進めていく。

 無関心。

 終ぞ、竜の瞳に叛逆者は映らなかった。

 

 ただ唯一、黒き竜の暴威を最期まで見た叛逆者だけは、目にした。

 命が消え行く瞬間に捉えた、竜の姿。

 能面のような表情。冷ややかな金色の瞳。

 その瞳は。

 

 

 

「お前は一体、誰だ———」

 

 

 

 何処にも光がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、戦いは終わっていた。

 気付けば剣を握っている感覚が全くない。

 気を抜けば、剣が手から滑り落ちる。

 聖剣の鞘のおかげで、私には一切の傷がない筈なのに、次の瞬間には途切れそうな意識を掻き集め続ける。糸の切れた人形のように停止してしまう。

 一体何発の聖剣の光を放ったのか。もはや分からない。そんな事を考えている余裕すらない。

 

 ずっと全力疾走を繰り返しているような感覚だった。

 

 立っているのが自分一人だと気付いたのは、太陽が堕ち始めてからだ。

 血にまみれた戦場で、唯一生きているのは自分だけ。

 見渡す限りの、骸の山。血染めの丘となった人間の死体。亡骸の全てを、私が一人だけで築いたらしい。この地獄が、私の勝利の証だと言うのなら、あぁ私は勝利したのだろう。

 ただ、思わずその非現実的な光景に笑ってしまう。

 剣と死の丘から、辺りを一望して、天を仰ぐ。

 

 これが、私の最果てのようだ。

 

 見渡す限り、大地は血の色。

 私以外には誰もいない、死だけを築き上げた世界。

 落日の空が血の色ではない事だけが、唯一の報いか。

 月明かりすらない昏い夜が、閉じた世界を想起させるのを無視するなら。

 

 ともあれ、私は勝った。

 

 そう、私は勝利した。

 聖剣の鞘とて、完璧ではない。回復するよりも前に死ぬ事もある。

 今回一番危惧すべきは、首を切り落とされるだっただろう。

 だから、完璧な勝利と言える。

 ブリテンには何の被害もない。

 戦禍が広がらないよう、僅か数十分で戦いを終わらせた。

 アーサー王も犠牲にしなかった。

 私は誰も、何も、犠牲にしなかった。

 

 だから後、私は生きて帰るだけで良い。

 その筈なんだ。

 でも今ばかりは、この勝利を噛み締めても、きっと構わない。

 大きく口を開いて、呼吸をする。

 

 

 

「っ、ぁ————」

 

 

 

 途端——口から血が溢れた。

 溢れる血を辿って下を見れば、自分の肉体から刃が突き出ていた。

 剣の刃。砕けたガラスの破片のような数々。

 誰かに貫かれた訳ではない。

 ただ、自分の裏側から、肌を突き破って刃が飛び出ている。

 

 

 

「………ッ——ぅ」

 

 

 

 内側で、何かが暴れ回っている感覚にのたうち回る。

 いや、事実暴れ回っているのだろう。

 行き場を無くした力。

 私の、この力を"魔術"という形に収めていた、たったそれだけしか役に立っていなかった魔術回路が砕け、破裂した。

 魔術回路に収めていた、私の力。武器。剣の数々が暴走している。

 

 

 

「は、ぁ、っ———…………!!」

 

 

 

 ひときわ鋭利な刃が自らの体を貫通して、大量に喀血しながら倒れる。

 あぁ、今のはまずい。アロンダイトが、心臓付近を貫いている。

 竜殺しをも成し遂げた剣。

 自業自得とはいえ、今になって私を殺すか。

 

 

 

「…………———————」

 

 

 

 だが、それでも、私は死なない。

 聖剣の鞘による守りが、私を生かす。

 ただ、疲れた。

 頭も体も、心も。

 確か考えなくてはならない事があった筈なのに、それが何なのか、今は疲労のせいで何も思い出せない。

 もはや数え切れない程に行使した聖剣は焼け付き、腕は半ば灰になっている。心臓の炉心は低迷して、小さな鼓動を返すに留まっていた。

 全てを限界まで行使して、もう、どうやっても起き上がれない。

 今はまだ。

 だから休もう。

 起きた時には、鞘によって復活している。

 

 あぁ、勝利に酔いしれる事も、私は叶わないらしい。

 

 傷付いた体から訴えかけて来る痛みを、眠気が覆い隠した。

 意識が、途切れていく。

 少しだけ、少しだけ眠りに付こう。

 泥に沈んでいくように。

 深く、深く。

 そう。

 少しだけ。

 目が覚めるその時まで。

 少しだけ。

 

 目が覚めた時には、きっと———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いは、僅か数十分で終わったと言われる。

 たった一騎とモードレッド率いる数万のローマ兵による、たった一騎による一方的な蹂躙によって。

 生涯に於いて、単独で十万以上の人類を手にかけたという騎士。

 最も人類を殺害した人間。その伝説の象徴。

 

 人間は誰一人として、竜には勝てなかった。

 

 無論、竜とて傷付かなかった訳ではない。

 竜の息吹に等しい聖剣解放を幾度と果たしても、片や世界最強だった帝国の兵士。一度の戦いを経て、竜の暴威は確かに知っていた。幾つかの対策もあった。

 最初の戦いと違い、露払いを為す味方が誰一人として居なかったのもあっただろう。

 近付かれれば、聖剣解放をしている暇はない。

 モードレッドが、常に圧迫していたのも大きかった。

 

 ……だが、それだけだ。

 

 剣による傷は瞬時に治り、槍による刺突の痕はなかった事になる。

 あまつさえ自らの損傷も無視し、定石の戦略すら無視し、ただひたすら数を減らす事だけに注視し続けた彼女の暴威。英雄や勇者。策略を修めた軍師や賢者など関係なく、まるで有象無象のように地に伏せられる。

 竜は無敵だった。永遠と放たれる竜の息吹は、もはや大量の隕石が降って来たのと同じ大災害にも等しかった。

 竜が息切れをすれば話は別だったかもしれない。だが竜は数十分間の間、刹那も息切れしなかった。

 

 A.D.536。

 

 ケルトの光の御子。ギリシャ最速の英雄。

 その二人の最期も斯くやといった戦い振りを収めた剣士。

 黒き竜の思惑通りカムランの丘を犠牲にする代わり、国にも国土にも、そして誰にも犠牲を出さず、被害も広げずに収めた神話の戦い。伝説の戦い。

 カムランの丘の戦い。

 そしてその年号は、サー・ルークという名の騎士が。

 本当の名前を後世に残さなかった、たった十七歳の少女が。

 

 

 それ以降、永久に姿を消した年号でもある。

 

 

 

 

 




 
 次話、生前編エピローグ。
  
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