騎士王の影武者   作:sabu

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 お前は——
 


第11話 翳る陽の下で 前編

 

 

—sometime somewhere— 

 

 

 殺すつもりはなかった。

 だが一撃で昏倒させるつもりだった。

 最悪、骨が粉々になっても構わないと考えていた程の。

 故にひたすらに速く、鋭く、容赦はない。

 抜刀姿勢を取る事なく振り抜いた彼女の一撃は、正に雷光のようだと形容するのが適していただろう。

 稲妻のような刹那の煌めきは、瞬いた魔力の残滓。

 鞘込めの刀身は、鈍い光を放っている。

 

 

「———ッ、……容赦がないにも程がないか? あぁ?」

 

「へぇ………」

 

 

 しかし、その一撃をケイは防いだ。

 刀身を鞘に収めた、本気の一撃ではなかったからかもしれない。

 もしくはケイ自身が、必ずこの言葉に反応すると確信していて構えていたからかもしれない。

 それでも彼女が、この一撃で彼を昏倒させるつもりだったのは変わらない。

 油断と慢心を突いたのだとしても、只人が竜の一撃を耐えたのだ。

 

 

「おいおい待て待て。まぁ少しは冷静になれよ。

 ここでオレを黙らしても何の意味もないのは分かっているだろう?」

 

 

 即座に飛び退き、ケイは両手をヒラヒラと上げ、抵抗の意思はない事を告げる。

 だが、彼女は即座に抜刀姿勢を取り、にじり寄って来ていた。

 次は防げない。

 盾越しでありながら、振り抜いた剣の一撃で騎士の半身を粉々にした彼女の武勇は有名だ。

 今も尚、感覚が麻痺するくらいには両腕が痺れているが、仮に万全だとしても次は剣で防いだ腕ごと持ってかれる。

 というか既に、ケイの握る剣にヒビが入っている。

 だから無理だ。

 二度目を逃すような甘い人物だったら、アグラヴェインはこうまで早期にこの子供を見初めてもいない。

 

 

「なぁおい、まずは剣を下ろせって。お前にだってメリットはないだろう?」

 

「はい。私の心証も悪くなるでしょう」

 

「なら——」

 

「だがこれは損切りだ」

 

 

 瞳に冷たい敵意と威圧を込めて彼女は告げる。

 思わずケイは冷汗を流した。

 似ていたのだ。

 冷たい敵意を向けるアグラヴェインではなく——普段は平静であるガウェインの圧力と。

 つまりはより悪い。

 

 

「貴方は間違いなく私の邪魔になる。

 そして貴方はこれで二回、私の間合いに踏み込んだ。

 それだけで事足りる。不用意に一線を越えた代償に、貴方は暫くキャメロットで寝ていろ」

 

「心外だな。こんな人畜無害なオレがいつお前の間合いに踏み込んだって?」

 

「何をまさか。貴方は何の躊躇いもなく、足運びではなく言葉で私の間合いに踏み込んで来た。命を懸けねばならない一線。そういう絶対領域に。

 冷静且つ慎重に言葉を運ばなければいけないのは貴方の方だったな」

 

「いいや違う。冷静になって考えろ。

 オレはクソ女に無理矢理教えられただけだろ? つまりお前の絶対領域に踏み込んだのはあのクソ女で、オレは無実の被害者と言える。

 何よりオレはお前を害する気はないし、むしろ手助けしようと思ってんだ。そもそもオレだってお前を害するメリットがない」

 

「へぇ? の割に貴方は剣呑ですね」

 

「お前に言われたくはない。

 こちとらほとんど剣を首元に添えられてるような圧力ぶっ掛けられてんだぞ」

 

「そうですか。じゃあこれ以上会話の必要性あります?」

 

 

 彼女の握る剣が軋む。

 いや、軋んでいるのは周囲の空間か。

 凄まじい圧力と魔力量。

 次は絶対に防げない。

 

 

「はぁ全く、どうしてこうオレは警戒されているのかねぇ。

 それとも何か? お前の心の中には、他人に知られれば必ずその人間は自分に敵対するような何かがあるってのか?」

 

「………私を女と知る貴方が何を言っているのですか?」

 

「へぇ? お前は女とバレたからオレに剣を向けたのか。

 女と知れて、そこから自らの内情を探られるのが嫌だからではなく?」

 

 

 静かに、彼女の雰囲気が更に冷たくなる。

 ケイはまだ、彼女がこの国に向ける憎悪と、騎士道というものに対する絶望を知らない。

 誰に育てられたかも、何故このような力を有しているかも、騎士王と何があったかも——彼女がどれだけ騎士達を恨んでいるかも、まだ知らない。

 

 

「…………」

 

「おっと。ノータイムの反論と反撃はなしと来た。

 さて今の沈黙はどちらだろう。図星による沈黙か。はたまた腹を探られた事による嫌悪か。はたまた女だと隠しておきたい何かがあるってだけかもしれん。

 眉を顰めるくらいの反応してくれたら分かり易いんだが」

 

「………私は、貴方がどれだけ私の事情をマーリンから教えられたかを知らない。故に警戒している。そもそも貴方の目的も知らない。当然の道理では?」

 

「まぁ確かに。だがお前は臆病らしいじゃないか。

 "私は臆病なんです。だから私以外の全ては敵だと思ってるし、いずれこの手にかけても何も思いはしないでしょう"……だって?

 つまりお前、ブリテンに仇なす者で良いか?」

 

「……………」

 

「あぁ当然だが、お前の暗示はオレには通じない。

 もう気付いてるんでな。お前の暗示は低レベルな幻術と同じだって理解している。思考を逸らす程度の力しかない。故に隠密性も高いが、バレたら終わりだ」

 

 

 剣に手を当てた彼女の姿勢。

 それが更に深くなる。

 本当に——刃を振り抜くかどうかの判断を悩んでいる姿勢。

 彼女は既に知っている。

 飄々とした態度で、この男がどれだけ頭が回るのか、どれほど目が利くのかを。

 もうやるしかないのか。

 ここで、この男を。

 でもそれは——

 

 

「………………」

 

 

 そうして、仮面の裏で彼女が本当に判断を惑わせている時だった。

 

 

「——ま、お前がブリテンに仇なす人間じゃないなんて分かりきってるんだが」

 

 

 突拍子もなく、ケイは白けたように強ばらせていた表情を解く。

 もしくはそれは、害する意識などないという意思を表しているのかもしれない。

 張り詰めた意識を霧散させて、ケイは語り出した。

 

 

「というか、もしもブリテンに仇なす者だったらお前の行動はおかしいしな。

 普通に考えれば分かる。叛逆者を誰よりも粛正してるとか、ブリテンの叛逆者だったら実利が破綻してるからな。

 それに……癪だがアグラヴェインがお前を重用してるってだけで疑う余地がない。本当に癪だが」

 

「…………」

 

「たく………どいつもこいつも目を付けるのが早すぎるんだよ」

 

「………結局、貴方は何がしたかったんですか」

 

 

 剣を霧散させて、彼女は告げる。

 真偽がどちらにしろ、ケイの話に合わせる事にしたのだ。

 彼が本当に自分を疑ってはいないのだと確信はしていないが、話を合わせない事によるデメリットの方が大きい。

 心の中で、サー・ランスロットやサー・ガウェインと言った人間に向けたモノとは別種の畏敬を抱く。

 先程の敵意は抜き身の刃を向けられたにも等しかっただろうに、終始自らの態度を変えなかったケイの豪胆さは、当たり前のように円卓の騎士のそれだ。

 今まで彼女を見つめる只人の視線は、奇異か恐怖か畏怖ばかり。

 ケイのように自らの意志を貫ける人間というだけで、一定の警戒は推して量るべきである。

 サー・ケイという騎士の評価を上方修正したともいうだろう。

 

 

「何がしたかったねぇ……」

 

 

 彼女の心内を余所に、ケイは呆れたように呟く。

 

 

「別に。あのマーリンがお前に目を付けてるんだ。何かしらあるに決まってんだから腹の内を探らせて貰っても良いだろ。

 まぁ……女の身を偽って騎士になっている子供ってだけで、あのクソ女が目を付けた可能性はあるが……しかしまぁ良い。

 お前は他のアホ共のように騎士道やら誉れをどうやら言って剣を振り回すような奴じゃねぇし、少しは話が通じるタイプだ。

 アグラヴェインみたいなのが玉に瑕だが」

 

「………はぁ、で?」

 

「そう警戒すんな。

 別にオレは、あのクソ女からお前が女性だって事しか聞いてない。

 序でに、お前の悪趣味な竜の兜をバイザーに変えた事だけな」

 

「…………」

 

「おっと一つ言うが悪趣味なって言ったのはクソ女だ。オレじゃない。

 ………おい、どうなんだ。ちょっとそのバイザー外してみろよ。お前の素顔が気になる」

 

「気持ち悪いですね。性的嫌がらせですか? 物理的に距離取って欲しいです」

 

 

 彼女の慇懃無礼な言葉に、露骨な顔をしてケイは苦々しい顔になる。

 当たり前だが彼女は十になるかどうかという年齢。

 彼女の場合は特に華奢だ。女性ではなく、まだまだ子供の少女。

 そもそもまだ性による差が薄い。

 しかも体を鉄と鋼で覆い隠した彼女は、女の子というより人形に無理矢理鎧を着せたと言う方が合っている。

 見た目も発言も、そして歳不相応な認識力と理解力も、何もかもが彼女はチグハグだった。

 それが別に、彼女の容姿や雰囲気を台無しにしているという訳でないのだから、最高にタチが悪い。

 

 

「テメェ………」

 

「で? 腹の探り合いを終えて、貴方はどうするんです? マーリンに報告でもするんですか?」

 

 

 彼女は再び、羊皮紙に視線を向けて話しかける。

 もう少しで全てを読み終えそうというところだったのだ。

 飄々としているケイの切り替えもそうだが、慇懃無礼な彼女の切り替えも、傍から見れば常軌を逸している。

 後にサー・ケイとサー・ルークの会話中は、赤き竜の化身も身を竦めると言われる光景の前触れだ。

 

 

「いや、めんどい。

 報告しろとは言われてるが、オレがアイツに従う道理もないしな。

 まぁ大変そうだから御付きになりなよ、とは言われてるが」

 

「要りません。不要です」

 

「………………」

 

 

 ならば要らないだろうと、彼女は淡々と告げる。

 自分も求めておらず、サー・ケイもこんな口の悪い小娘を求めていないだろうし、マーリンに従う必要もない。

 大変そうと言われても、性別を隠す手間と、他者と関係を育む手間は殆ど変わらないので釣り合っている。

 だから、そこで二人の関係は終わり。

 今日の邂逅で、彼女とケイの出会いは終わるのだ。

 

 

「いや——」

 

 

 警戒する必要はあるが、この人はもう自分とは関係ない者だ。

 その彼女が結論付けた時だった。

 

 

「アイツの命令に関係なく、オレはお前とつるむわ」

 

「………はぁ?」

 

「じゃあもう一回言おうか。

 という訳で、よろしく頼むわ嬢ちゃん」

 

「…………」

 

 

 彼らしい皮肉気な笑みを浮かべながら、ケイは右手を差し出す。

 それを、彼女は煩わしそうに払った。

 握手に応じるつもりもなく、ケイという人物を敵視している証拠である。

 

 

「何で私と……………貴方のような人間が…………………」

 

「おいおい待て待て。オレだってテメェみたいな辛気臭い面した奴とは別につるみたくない。

 ………いや……訂正する。

 実際にお前の顔は見てないからアグラヴェインみたいな面してるかは……まぁまだ分からんな。もしかしたら辛気臭い面しててもめっちゃ美少女って可能性もあるし」

 

「…………気持ち悪いので余り近付かないで貰っても?」

 

「あ? 何だ? 自意識過剰かお前。

 別にお前みたいなチンチクリン、オレの好みでもなんでもねぇよ」

 

「そうですか。それは良かった。マーリンとそう大差ない女性癖の悪さを轟かせてる貴方が言うと説得力ないですけれど」

 

「…………待て」

 

 

 マーリンを引き合いに出された事が影響したのか、ケイは苦々しげに顔を顰める。

 

 

「それは少し誤解がある。

 オレは決して女性癖は悪くない。というかトラウマもんだわ」

 

「へぇー?」

 

「いや、これだけは誓って真実だ。

 というか………アイツは女も男も見境ない。言ってしまえばあのクソ女は人間癖が悪い。

 それの尻拭いをしてたらいつの間にかオレもそう呼ばれたんだ」

 

「あぁ……そうですか。まぁかわいそうですね」

 

「お前……」

 

 

 別段その事に対しては興味がなかったのか、マーリンの悪癖と繋げ合わせた彼女は、もうどうでも良い事のように感想を述べる。

 サー・ケイ相手に溜飲を下げられたのでもう良かったのだ。

 問題はそこではなく、これからそのサー・ケイと要らぬ関係が出来そうな事である。

 

 

「……まぁ貴方の女性癖の悪さは置いて、私の御付きですか。

 正直言って私に拒否する権限はないのでしょうが………私の御付き? 何です? 貴方が私の従者になるんですか?」

 

「ふざけんな。どう考えても逆だろうが」

 

「………何で私が貴方の従者にならないといけないんですか?

 私が大変そうだから協力してくれるらしいと言うのに、私が貴方の苦労まで買わなければならないとか、ただ面倒なだけなのですが?」

 

「言うなぁお前………円卓の騎士の従者とか、自ら望む人間はそれなりにいるんだぞ?」

 

 

 ケイは頭を掻きながら、呟く。

 彼とてそれなりの無理を言っている自覚はある。

 横暴な態度と言葉使いの裏で、年頃の女の子が成人した男の騎士の近くにいなければならない環境という大変さも、それなりにしっかり考えている。

 考えた上で、ケイは今の彼女の環境よりはまだマシだと考えている。

 

 

「まぁ、アレだよ。

 従者とか御付きとか上下関係は無視した………なんだこう、相棒とかパートナー、みたいな?」

 

「……………」

 

「互いの心情は無視してだが、仕事仲間としては上手くやっていけるだろうとは思う。第一、周囲の頭の固い騎士共にはお前もうんざりしてるだろ」

 

「……………」

 

 

 彼の発言は、先程の様子とは打って変わって真剣だった。

 だから彼女も、先程の反抗とは違って真面目に聞いていた。

 思うところもあるのだろう。

 彼女は冷静に、その損得を天秤に載せて量っている。

 ケイとは違って。

 

 

「………確かにまぁ、そうかもしれませんね」

 

 

 そして不意に、彼女は表情を変えた。

 フ……っと笑みを浮かべて、羊皮紙を投げ捨てる。

 何の突拍子もなく、突然に。ヒラヒラと両手を振って。

 彼女は、腕を組んで扉に背中を預けるサー・ケイに向けて、突如歩を進めた。

 その動作は余りにも自然で、ケイは反応出来なかった。

 

 

「貴方には、私が必要そうですから」

 

 

 足音はなく、滑らかに。

 まるで必殺の間合いに気配なく滑り込むように。

 地面にバサバサと落ちた羊皮紙の音が、彼女のほんの僅かな足音や衣服の擦れる音を隠す。

 僅かに微笑んだままスッとケイに近付いた彼女は——何の躊躇もなく、その頭蓋目掛けて槍の一突きを放った。

 

 

「………ッ!?」

 

 

 その一撃を、ケイは穿たれ切ってからようやく気付けた。

 捉えられたのは赤い軌跡だけだ。

 それほどに速く鋭い、雷光のような一刺。

 ただ死んだ、とだけ錯覚しただろう。

 しかし実際には、その槍はケイの頭より少し右に外れ、穂先は扉を貫通して背後のそれに当たっている。

 ケイには傷一つない。

 

 

「………どうして気付けた」

 

「私、死体にしか安心出来ないんですよ。特にちゃんと数は数えておかないと」

 

「………………」

 

 

 慌てて退くケイに構わず、彼女は扉を開く。

 その先には、先程の一撃で血を流し倒れている刺客。

 ケイと彼女の会話を聞き、機会を狙っていた本当の最後の生き残りだ。

 

 

「——良いですよ。貴方と組んでも」

 

 

 戦いているケイに先じるように、彼女は告げた。

 

 

「不用心で自己判断も危機回避も疎かで、貴方は簡単に死んでしまいそうですからね」

 

 

 その発言は大胆不敵で、その微笑みは慇懃無礼の極みだった。

 私が上で、お前が下だとでも言っているようなもの。

 肩越しに振り返る彼女の笑みは妖しく、得体が知れない。

 先程の冷たい人形とは打って変わった、魔女のような微笑み。

 額に着けられたバイザーがその素顔を覆い隠しながらも、彼女の気配は隠し切れてない。

 

 

「私の従者、でしたっけ?

 良いですよ。私が貴方を守って上げますから」

 

 

 彼女のその、十程度の歳にしては様になり過ぎている——"表面上"の演技。

 他者に溝を作り、遠ざけ、自らを覆い隠す彼女の本当の仮面。彼女の防壁。

 彼女の笑みを眺めた後、同じくその笑みに嘲るような、そして皮肉気な顔でケイは応える。

 

 

「——ハ、調子に乗るなよ小娘が」

 

 

 それが互いに最悪だったと語る二人の出会いだった。

 そして後にも先にも。

 彼女を小娘呼ばわり出来たのは、彼たった一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—153:59:31— 

 

 

『綺礼?』

 

 

 

 思えば最初から予感はあった。

 衛宮、切嗣。

 師である遠坂時臣が、アインツベルンのマスターになるであろう男と称した男。

 そして警戒と嫌悪を露わにした、魔術師殺しの異名を持つ人間。

 最初にこの男へ興味を示したのは何だったのだろうかと問われたら、それはある種の痛快さを抱いたからだと綺礼は捉えている。

 父や時臣のような人間と、自分との間に引かれた越えようのない線。

 その線を嫌になるほど意識させられて来た綺礼には、時臣の忌避する人物像に惹かれたのだ。

 この男は、もしやすると此方側の人間ではないかという、綺礼の願望。

 魔術師殺し……己が感じた運命は、彼女と同じ異名を持つこの男にあるのではないかと、綺礼は半ば本気で感じていた。

 

 

 

『………綺礼?」

 

 

 

 そしてそれは、綺礼の望む形で現れた。

 ただの思い込みだと言われても、綺礼はそれを受け入れ難い状況にいる。

 心境ではない。余りにも重なる出来事が多いからだ。

 時臣氏の調査報告書に記された、衛宮切嗣という男の遍歴。

 対魔術師戦にだけ焦点を置かれた報告書は、非常に簡素ながらも、まるでこの男の辿った生涯に宿る熱量が滲み出ているような感覚がした。

 死地へと赴く事に何らかの強迫観念があったような行動。

 実利が破綻した自滅的な行動原理。

 何処か壊れている人間が、何かの答えを探し求めるような執念を感じたのは、二度目。

 そして一度目の人物とは違い——この男は生きている。今を生きる人間である。

 唐突に終わりを迎えた、衛宮切嗣の戦い。

 九年前、アインツベルンとの邂逅。

 この男はきっと、その時何かの答えを得たのだ。

 そんな男が、この聖杯戦争に臨んでいる。

 

 

 

『綺礼………? 今何が起こったのだ?』

 

 

 

 そう。

 だから予感はあった。

 その予感が、徐々に確信に変わる様も。

 騎士とも思えぬ冷たい風貌と発言をする華奢な少女騎士が、剣を取る姿にも。

 

 何かの答えを得た男は。

 同類だと感じたあの男は。

 ——()の騎士を、召喚した。

 

 

 

「………約束された勝利の剣(エクスカリバー)——」

 

 

 

 高らかに、しかして冷たい号令を下すかのように言祝がれたその真名。

 アサシンの視界を介し、海浜公園を覗いていた綺礼は小さく呟く。

 綺礼もまた見届けていたのだ。

 放たれた極光。姿を現す黄金の剣。そして、あの剣の真名を。

 

 その名の剣を振るう騎士は、世界で二人しかいない。

 いや、正確には複数人いる。

 あの聖剣を一時的に貸し与えられた騎士。

 その呼び名を尊び、自らの剣をあの聖剣の名で呼んだ者。

 だがああまで鮮やかに、傍から見ているだけの人物に竜の息吹を想起させる担い手は、二人だけ。

 そしてその担い手が——"年端も行かない少女"だとするなら、その人物は世界でただ一人。

 サーヴァント・セイバー。

 アインツベルンが呼び寄せた剣の英霊。

 その真名は——

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)——………と、言ったか綺礼?』

 

 

 

 綺礼の耳に、ようやく時臣の声が聞こえて来る。

 綺礼の呟きが、時臣にも聞こえていたのだろう。

 余りにも有名に過ぎる聖剣の名前。

 時臣もまた、綺礼と似た驚嘆を露わにして綺礼に問う。

 セイバーの大まかな姿、ステータスは既に時臣にも共有されていた。

 

 

 

「……はい。確かにセイバーは、真名解放の際に自らの宝具をそう呼びました」

 

『………………』

 

 

 

 蓄音機、の形をした宝石魔術の通信装置の先で、時臣氏が息を呑む気配がした。

 無理もない。

 純粋なステータスだけでも、第四次聖杯戦争最強。

 それを踏まえても余りある格の違いと絶対的な有利を取れる宝具が遠坂のアーチャーにはあったが、あのセイバーにはそれが正しく通じるかどうか。

 雨にも等しい宝具の爆撃を掻い潜り、アーチャーの宝物庫深奥にある……乖離剣と互角に打ち合い、一太刀入れる。

 そんな可能性はあり得ないと否定出来る確証が、流石の時臣にもなかった。

 

 宝物庫にある竜殺しの魔剣であれば、確かにセイバーは確実に倒せるだろう。

 だが当たらなければ意味はないのだ。

 そして条件は、あのセイバーも同じ。

 最も人類を殺害した人間。

 もしも対人類などというスキルを持ち得ているのなら、あの聖剣も合わさり、セイバーの一太刀でアーチャーが両断されるかもしれない。

 残念ながら、それを否定出来る材料もまたなかった。

 戦法と召喚されたクラス、そして戦い方の都合上、英雄王は決して白兵戦に向いている訳ではない。

 少なくとも……あのセイバーには劣るだろうと言わざるを得ない。

 

 

 

『我らとの………いや……魔術世界の協定を破ったな——アインツベルン』

 

 

 

 軽視されているとはいえ、それでも尚、災厄の騎士の忌み名は世界に轟いている。

 それを、アインツベルンは呼び出したのだ。

 事実がどうであったかに拠らず、魔術世界では"そう信じられている"という定義付けがされているだけで重要な意味合いを持つ。

 たとえその切れ端であっても、禁忌は行われた。

 間違いなくアインツベルンは最強のカードを手に入れたのだろう。

 英霊としての格は古き神代の大英雄や神霊に匹敵し、知名度でいえば遠坂時臣のアーチャーを上回るのだから。

 

 

 

『綺礼——』

 

「はい、存じています。

 セイバーには必ず、三人以上のアサシンを付けておく事にします。

 アインツベルンの女にも、同様に」

 

 

 

 時臣が答えるよりも早く、綺礼が先じて告げる。

 アインツベルン陣営と、そのサーヴァント・セイバー。

 彼女達が聖杯戦争の趨勢を動かすだろう鍵になる事は綺礼も理解していた。

 

 

 

『綺礼……必ず目を離さないように。

 もしも最終局面にてアーチャーと対峙するとしたら、間違いなくあのセイバーになるだろう』

 

「はい」

 

 

 

 平静にそう呟いてから、綺礼は再び彼方で繰り広げられる戦いに注視する。

 言われるまでもない。

 綺礼が目を放す訳もない。

 混沌を極める海浜公園での様子を、綺礼は僅かにも見逃さぬように意識する。

 そうして、ふと気付いた。

 綺礼には何処か、先刻よりもアサシンから共有される光景が色鮮やかに見える事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーの瞳に映っているのが自らであると完璧に理解したのは、他ならぬウェイバー自身であった。

 冷たく、氷のような瞳に映る自分の姿。

 セイバーはライダーではなく、マスターを狙っている。

 呆れる程に有効で隙のないやり方だ。

 サーヴァントではなくマスターを狙う。セイバーには英雄英傑特有の誇りやプライドはなく、ただ本気で勝ちに来ているのだと悟るには十分だ。

 このサーヴァントには、サーヴァント故の精神的隙がない。

 故に、最も分かり易く相手にし辛いタイプだ。

 無論、セイバーがライダーに一切の警戒をしていないという事もあり得ない。

 マスターを狙いながら、ライダーが動けば即座に対応するだろう。

 セイバーの無感動な殺意の瞳に射抜かれているからこそ、当の本人であるウェイバーが何よりもこの窮地を理解していた。

 このセイバーが話に応じて慈悲を見せる訳がないと、真名に思い至る誰もが分かるのだから。

 

 

 

「待て……セイバー! これは…………」

 

 

 

 片手に聖剣を握りながら、ゆっくりとライダー達に近付くセイバーにランサーが誰何する。

 彼も彼で、事態の急変に困惑しているのだろう。

 先程の一騎討ちの際に明かされた、セイバーの宝具とそこから詳らかになる真名。

 そして突然の乱入者と、しかしその乱入者によって極光が己が身のあらぬ方向へ飛んだ事。

 続かなかったランサーの言葉には、ただ困惑が滲んでいる。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ス……とセイバーの眼差しがランサーに向けられた。

 先程まで一騎討ちの決闘をしていたランサーに応えてセイバーが止まったのではなく、ライダーとランサーの二対一になる可能性を考慮してセイバーは止まったのだと、ウェイバーは悟った。

 セイバーの眼差しは、ランサーであってもライダーであっても、そしてウェイバーであっても同じ色相をしている。

 優先順位の問題だ。

 このサーヴァントにとって、味方はあのアインツベルンの女性だけ。

 そして、それ以外は全て敵。敵に与えられる斟酌や心を開く余裕全てを、あの女性以外には絶対に使わない。

 

 

 

「ランサー。一時休戦を望まないか?」

 

「……何だと?」

 

「この不届き者に横槍を入れられた。決着は邪魔者を倒してからで良い。正面以外に意識を向ける気になれない」

 

「…………」

 

「続けて問うなら、ここで手を組みライダー陣営を撃破するべきだと考えるが。

 お前はどうだ? ランサー。命を賭した戦場に横槍を入れた者を豪放と称して見逃す程、私は甘くなれないが」

 

 

 

 差し出された片手をランサーは見つめる。

 ランサーとて困惑が勝っているだけで、セイバーとの戦いに横槍を入れられた事は決して、苦笑いと共に許諾するような事ではない。

 ()の騎士と一戦交えているという奇跡を与れたような事態なのだ。

 恐ろしくもあるが、同時に興味がある。事態が事態でないなら、様々な感情を含めて身震いしていただろう。

 だからこそ、今は困惑が勝るとはいえランサーの心もそう颯爽とは居られない。

 

 聖剣と魔槍との間にあったのとは全く別種で、しかし同等の冷たく清澄な空気が、セイバーとランサーの間に展開される。

 刃を交え合う一触即発の気配ではなく、単純なやり取りと行動の成否で次の運命が決まる、緊迫の空気だ。

 

 

 

『——その話、承諾しようセイバー』

 

 

 

 しかし、その緊迫した空気に平然と入り込む男の声。

 姿を現していないランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの声である。

 

 

 

『そこなライダーのマスターは——何を血迷ったか私の聖遺物を盗み出している。

 文字通り、要らぬ横槍を入れた不届き者だとも。決着はそこの、魔術師同士が殺し合う本当の意味を理解すらしていないマスターを倒してからにするべきではないかな? ランサー』

 

 

 

 ランサーのマスターの言葉は、問い掛けているようで有無を言わせぬ意味合いがあった。

 先程まで平静に黙していた者とは思えない、曰くのある怒りの声。

 剥き出しになった冷ややかな憎悪が口調に表れている。

 

 ケイネスからしてみても、これはまたとない機会だったのだ。

 相手は自らが召喚する筈だった英霊の聖遺物を盗んだ挙句、召喚したその英霊を全く制御出来ていないという有り様。

 言葉を失うという度し難い感情と共に、ケイネスはこの出来事を一つの好機と捉えている。

 相手のセイバーは、あの聖剣の担い手。

 ランサーを上回って余りある性能は、先程の交戦でしかとケイネスは理解している。

 このまま戦いを続ければ、ランサーは非常に高い確率で敗北するだろう。

 ケイネスの自負は自らの実力に比例している。策もないままセイバーと交戦させ続けるという愚策は犯さず、ケイネスは正しくアインツベルン陣営を強敵だと認識した。

 

 自らの生徒にやり込められた苛立ちと怒りは既に、どのように解消するかではなく、どのように利用するかにシフトし始めている。

 ケイネスに取って今は、ライダー陣営をどのように破滅させるかではなく、どれだけセイバー陣営の手の内を探るかの方が重要なのだ。

 セイバーと一時休戦になれるのなら、願ってもない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ランサーは瞳を閉じ、瞑目していた。

 差し出されたセイバーの手を、ランサーは握らなかった。

 

 

 

「分かったセイバー。一時の休戦を受け入れ、共にライダーを討つと誓おう」

 

 

 

 ただそのゆっくりと開かれた瞳には、先程までの興じるように弾む好奇の色はない。

 油断ならぬ眼光をライダーに向けて、ランサーも槍を構える。

 

 

 

「そうか、手は握らないか」

 

「協定を結ぶ訳ではない。

 ライダーを打ち倒したのなら、次はお前だぞセイバー」

 

 

 

 ふむ、と特に反応する事なく頷いて、セイバーは視界をライダーの方に向ける。

 友好である事を示す為に手を差し出した訳でもなかったので、セイバーとしては別に何でもない。

 どうせ最後には全てのサーヴァントを討つのだ。

 今のセイバーに、関係のない他人と情を築き合う気はない。

 既に冷たくランサー達を切り捨てているセイバーの内心を知ってか知らずか、視界を切った聖剣使いの少女に、ランサーは呟く。

 

 

 

「それに、怖いからな。

 差し出された手が友好的な態度を示すものではない事くらい、俺でも分かる。

 決着は後にしようと口にしながら、貴様は先の決闘をなにも重要視などしていない」

 

「なら言葉を交わす必要もないだろう。

 お前が背後を狙うような男でないのなら」

 

「ほう……? 俺がそのような真似をすると?」

 

「さぁ。するかもしれないし、しないかもしれない。

 ただ私がお前を信じる事はない。ただ黙ってライダーを討つ事だけ考えていればそれでいい、輝く貌」

 

 

 

 思わずセイバーの方に顔を向け、抜けるように鼻を鳴らした。

 全く以って可愛げがなく、油断も隙もない女だとランサーは思う。

 ただ不思議と、セイバーの厳しい態度は嫌にはならなかった。

 

 

 

「では——いっときとはいえ、十三番目の騎士と共に戦う栄に与ろうか………」

 

 

 

 ランサーは二つの槍を一旋させて持ち直し、まるで翼を拡げるように大きく構える。

 それは正しく、セイバーとの戦い時に見せた流儀の読めない独特の構え。

 ただしそれが向けられているのは、セイバーではなくライダー。

 同じく剣を構えるセイバーには、戦いの疲弊も感じられない程の敵意。

 三騎士のセイバーとランサーからの凄まじい敵意に晒されているという絶体絶命の状況の中、ウェイバーの瞳に新たに映ったのはライダーの巨躯な背中だった。

 

 

 

「坊主、まことすまない。これは全て余の失態だ。

 叱責は甘んじて受け入れよう」

 

 

 

 もはや話の通じる状況ではない事はライダーの目にも明らかだった。

 先んじられ、場の流れを封じられ、当のセイバーは——マスターであるウェイバーの首だけを狙っている。

 もしもライダーが最大の警戒をセイバーに向けていなければ、既にウェイバーの首が飛んでいただろう。

 全力の魔力放出を用いて飛び込み、一撃で殺害する。

 それが出来なくとも、隙を見せればその瞬間に斬り掛かって来る。

 ライダーにはそれが良く分かった。そういう者の目をしていた。

 このセイバーを相手に言葉で説き伏せられる自信はない。

 

 

 

「坊主、逃げるぞ」

 

 

 

 自らを守るように前に立つライダーの発言に、殊の外ウェイバーは動揺していた。

 闇に紛れて逃げ去るのなら匹夫の夜盗、凱歌と共に去るならば征服王の略奪だと堂々と言い放ったあのライダーがそう言ったのだ。

 何か目的があった事は分かる。

 ただそれを成し遂げられないまま、ウェイバー達は去るしかない。

 その事実が、そうするしかない状況に今いるという事が、ウェイバーの心を穿つ。

 知らずに、ウェイバーは自身の舌を噛んでいた。

 

 

 

「そして、全く以って全て余の責任なのだが、いきなり令呪を使わせる事になる。

 ………良いか? 坊主」

 

 

 

 変哲のない剣、スパタを抜き前に立つライダー。

 ウェイバーの後ろには、怪我を負いながらも同じく立ち上がる神牛の一体。

 稲妻を纏う神牛の圧力は凄まじいの一言だが、それでも一体が欠け戦車は半壊し、何よりあの光の奔流を前にすれば頼り無く見えてしまう。

 ライダーが最大の警戒を向けているセイバーの秘めた圧力は、そのまま恐怖となってウェイバーを震えさせていた。

 

 ただ一つだけ、恐怖とは全く関係ないところで理解している事がある。

 今の自分には令呪しか価値がない。

 この場を打開する力も、策も、何も浮かばない。

 この窮地になって、ウェイバーは何となく思った。

 ライダーが好き勝手に振る舞うのは、当然の事だったのだと。

 

 

 

「——ッ……当たり前だろライダーっ!」

 

 

 

 だからこそ頷くしかない。

 これは負け戦だ。

 神牛一体だけでは、この場を満足に離脱出来るとは思えない。

 ライダーは無傷だが、肝心な戦車も半壊。

 即座に戦車へ飛び乗り空を駆けても、宝具を解放される事もなくセイバーに叩き落とされる確信がある。

 ランサーの槍の投擲や、協力されて空高く跳躍して来たら尚の事最悪だ。

 この絶望的な状況、切り抜けられるとしたらウェイバーの令呪以外にはない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 絶えず吹き荒れる雨風の中、緊迫した状況が走る。

 もしも雷が落ちたら、それを皮切りに事態が動きそうな緊張感。

 令呪に力を込めた瞬間、セイバーが来る——

 その、極限の緊張状態の中だった。

 

 

 

「■■■………■■■………」

 

 

 

 地の底から響くような声に、セイバーが一番早く気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—153:57:49— 

 

 

 忘れている事がある。

 その事実を理解出来たのは、呼び出されてから数日経ってからだ。

 何かを忘れている。

 覚えていなくてはならない何かを忘れている。

 

 それが思い出せない。

 

 思い出せない。

 もう、思い出せない。

 過ぎ去った日は遠く、彼方の遠い日々の祈りは消え去った。

 微かに覚えているのはあの日の光景だけ。

 ——何も把握出来ず、ただ、怯えた瞳を返す少女の姿。

 だからきっと、あの日が全てだった。

 あの日の後悔、背中を向けた事が自分にとって全ての中心だった。

 

 いつからだったのだろう。

 何故だ、と繰り返すようになった日は。

 あの日の怯えた顔が、黒い能面になった日は。

 あの日背中を向けた己が、いつしか背中しか見えなくなった日は。

 

 

 "お前はどうなんだ?"

   "ルーラーの名に於いて"

 

 

 分からない。

 何故と繰り返し続けて、決まって繰り返されるのは、どうしようもなかったという言葉だけ。

 その言葉は、己の言葉ではない。

 他ならぬあの少女の言葉だった。

 だから、分からない。

 いつからだろう。

 

 彼女の顔が、分からなかった。

 最初にして全てに宿るあの顔以外、記憶の全ての顔が黒く塗り潰されている。

 

 彼女の名前が、分からなかった。

 朧げに覚えている名前は全て、彼女の名前のようでいて違う、ただの偽名(誰かの名前)

 

 思い出せない。

 あの(かんばせ)に宿るモノ。瞳に映るナニか。

 怨嗟も、怒りも、涙も、彼女が奪い去っていった嘆きと摩耗の丈も、もう枯れ果てた。

 胸を掻き毟りたくなる程の喪失感だけがそこにある。

 

 

 "なぁ、■■■■■■"

   "聖杯に呼び寄せられしバーサーカーに"

 

 

 冷たい声だった。

 嫌味ではなく、怒りもなく、積年の憎悪もない冷たい声。

 ただの一度も、彼の前では変わらなかったその言の葉。

 だから彼は気付いた。

 黄金の聖剣を片手に、冷たい声を放つ——少女の騎影を。

 

 

 

「■■■uuu(ウ ゥ ゥ)………!」

   "——令呪を以って命ずる"

 

 

 見た瞬間に分かった。

 体を這い、全身に駆け抜けた衝撃は——まるで稲妻の如く。

 ビリッと静電気を感じたように、脊髄にすら届いた直感。

 あの騎影こそ、我が身が問い掛け続ける、名前も分からぬ少女の輪郭。

 

 そう、そうだった。

 他ならぬ自分自身がそうであれと祈り、望んだのだ。

 この姿が、この己こそが自分には相応しい。

 これが自分が背負わなければならなかった咎。

 そしてこの身でしか果たせない責務がある。

 威嚇し唸る獣のような声だけが、自分の体に反響する。

 

 

 

「■■■aaa(ア ァ ァ)———………ッッ!!!」

   "バーサーカー。お前は——"

 

 

 そう、彼は望んだのだ。

 だから同じにならなくてはならない。

 想いも、誇りも、過去も、運命も、自身の全てを置き去りにし、摩耗して名前を思い出せない誰かと同じように。

 彼は全てを置き去りにした。

 残ったのは喪失感。そして——それでも尚残る、ナニか。

 人としての本能すら塗り潰す、使命感と妄執。

 ふと思う。

 同じになれば、分かるのか。

 同じ地平に立てれば、きっと。

 どうしようもなかったと——何もかもを手にかける覚悟があれば、そう、思えたのか。

 

 口を衝いて出る言葉に、他ならぬ自分自身が驚く。

 

 そう。

 お前は。

 お前は———

 

 

 

「——■■uuu(ヴ ゥ ゥ)………■■aaa(ア ァ ァ)ッッッ!!!」

   "——セイバーを倒せ"

 

 

 吹き荒れる魔力の奔流と、猛り唸る風。

 獣のような呻き声を上げながら、バーサーカーは聖剣使いの少女に向けて走り抜いた。

 

 




 
 
 無窮の武練 E− 
 詳細

 ひとつの時代で無双を誇って"いた"武芸の手練。
 生前の時代、心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できるとされた。

 あらゆる手段を尽くして殺しに来た()の騎士に精神を追い詰められ、それが原因で敗北を記したとされる彼は、バーサーカーとして召喚された場合、本来の剣技を発揮出来ない。


 狂化  (現在Aランク相当)
 詳細

 理性と引き換えに身体能力を上昇させる。
 Dランクの場合筋力と耐久のパラメーターをアップさせるが、言語能力が単純になり、複雑な思考を長時間続けることが困難になる。
 また彼の場合、比較的かなりの正常的な思考を有しているが、記憶が欠け落ちている。


 現在一切の自覚ないまま、あるサーヴァントの扇動下にある。
 
 

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