騎士王の影武者   作:sabu

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第12話 翳る陽の下で 後編

 

 

—153:57:21— 

 

 

 セイバーただ一人に向けられた禍々しい怨念のような圧力。

 直感を持たざる者ですら、反射的に振り向くほどの負の波動だった。

 垂れ流される魔力の旋風は、凶悪にして重苦しい怨嗟の如し。

 確かめるまでもない——バーサーカーが乱入しようとしている。

 その場の誰もが、その騎影が如何なるサーヴァントなのかを悟った。

 

 セイバーが振り向く。

 吹き荒れた魔力の波動が実体化する。

 実体化した謎のサーヴァントが、大地に亀裂を残しセイバーへと跳躍する。

 その全てが同時に行われた。

 

 

 

「坊主ッ!」

 

「———っ」

 

 

 

 ただならぬ悪寒と、刹那聞こえて来た獣のような唸りが、ライダー達への注視を逸らす。

 その隙を好機と捉えたライダーの動きは早かった。

 一足で身を翻し、ウェイバーを抱え戦車に飛び乗るライダー。赤い輝きを放つウェイバーの手の甲。

 そこからは瞬く間だった。

 ランサーが槍を向けた時にはもうライダー達の姿は無く、赤い長槍が捉えたのはライダーのマントの切れ端だけ。

 令呪を使いマスター共々転移したのか、令呪の爆発力を推進力に飛び去ったのか。

 どちらにしろ、ライダー達はこの窮地を逃れたのだ。

 

 

 

「アイリスフィールッ!」

 

 

 

 歯噛みするランサーとは違い、セイバーは逃げ延びた彼らに意識を割かない。

 割けなかったとも言う。

 突如過ぎるバーサーカーの乱入は、完全にセイバーの虚を突く形で現れた。

 バーサーカーとセイバーの間にいるのは、無防備なアイリスフィール。

 しかもバーサーカーは既に此方へと突進して来ている。ライダーを追っている暇など刹那もなかった。

 

 体を屈め、全力の魔力放出を以ってセイバーは迎え討つ。

 そしてセイバーの方が一歩分、バーサーカーに先じた。

 アイリスフィールの後方数メートルへと瞬間的に移動したセイバーは、バーサーカーに向けて剣を振り上げる。

 風と共に捲り上がるアスファルトの残骸。

 まともに当たれば、大地を割る剣戟はサーヴァントにすらも致命傷を与える。

 しかしその残骸の裏で——バーサーカーはセイバーの剣を完全に躱していた。

 

 

 "なっ…………"

 

 

 刃の切先から、指先一つもない程の距離だった。

 振り上げられる聖剣の軌跡の流れをなぞるように跳躍し、最低限の動きで躱したバーサーカー。

 僅か一回にして刹那の攻防で、セイバーは鳥肌が抑えられなかった。

 この黒い騎士は、完全に星の聖剣の間合いを理解している。

 不可視に収めていなかろうと、今の動きはまるで常軌を逸していたのだ。

 一眼で理解出来る程の熟練者か、獣の如き野生の化身か。どちらにしろ、このバーサーカーはおかしい。

 自らを越えて後方に着地したバーサーカーに、ただ為らぬ危機感を抱きながら即座にセイバーは振り返る。

 

 そして再びセイバーは、二度目の驚愕を味わう事になった。

 振り返ったセイバーが目にしたのは、身を捻り、まるで剣を横薙ぎするように斬り掛かって来るバーサーカーの姿。

 ただしバーサーカーの両手に握られているのは剣ではない。

 

 ——先程捲れ上がったアスファルトの破片だった。

 

 不揃いに過ぎる石塊の破片が二つ。

 まるで短剣の二刀流が如き猛攻でバーサーカーはセイバーに向けて刃を振るう。

 ただの石が星の聖剣と鍔迫り合っている驚愕こそあれ、それ以上に、石の破片などという武器にも数えられないモノで繰り広げられる武芸にセイバーは驚愕を禁じ得ない。

 刃渡り十数㎝。

 短剣さながらに扱っているが、石の破片には剣の柄の部分すらないのだ。

 二刀による猛烈な乱舞は、狂戦士に相応しい苛烈さかもしれない。

 だがセイバーは、あまりにも冷え冷えとした技の冴えに緊張感を抱いていた。

 まるで嵐。一つ油断をすれば、ただの石くれが首筋を切り裂くだろう悪寒が止まらない。

 

 

 

「くっ……」

 

 

 

 都合何十合と打ち合い、バーサーカーの振り下ろしを受け止めたセイバーは苦悶の声を漏らす。

 この戦い方はまるで……自身がランサーに行っていたモノと似ていた。

 一切の反撃を許さない猛攻。一歩も離れず、一手常に先んじ、一つも隙を生み出さない。

 矢継ぎ早の猛攻に防御という概念はなかった。する必要がないからだ。

 流石は狂戦士。その苛烈な戦い振りは狂乱の如き波動を纏いながら、思考の必要が要らない程に極めて実戦的な武練は、まるで自らを一個の武器とするかの如く。

 

 ただ、それすらも踏み越えるのがセイバー。竜の化身と謳われた騎士だ。

 

 ギリギリと鍔迫り合い合う最中、セイバーは大地を踏み鳴らす。

 亀裂と共に走ったのは、音ではなくもはや衝撃波の域だ。

 セイバーの体躯から迸る魔力は、自らを加速させる魔力の残滓で終わるものではなく、純粋な爆発力を以って彼女を中心に炸裂する。

 攻守交代だ。

 炸裂した衝撃波で後退したバーサーカーに向けて、冷たい眼光と共にセイバーは剣を向け——

 

 

 

「■■■■■■———ッッッ!!!」

 

 

 

 痛みより先に走った直感が、セイバーを救った。

 額に二筋の赤い線が刻まれる。

 セイバーが初めて負った切り傷。

 音速で駆け抜けていった——石の破片。

 先程握っていた短剣さながらの石を、バーサーカーは吹き飛ばされながら投げ放ったのだ。

 

 もしもセイバーが、首を逸らすのが刹那でも遅れていたら。

 もしもセイバーが、黒い兜の裏から滲むように光る両目の眼光に囚われていたら。

 その時点で——セイバーの命はなかっただろう。

 セイバーの頭蓋を貫き、頭の霊核をも破壊していた。

 

 

 

「何——?」

 

 

 

 続く連撃に、またもセイバーの直感が走る。

 ただ、今度は間に合わない。投擲された石欠を避けた急制動は想像以上に重かった。

 いや………仮に間に合っていても、セイバーはそれを避けられたかどうか。

 

 投げられた石片は——セイバーの視界を奪うように投げられた。

 その石の破片。その裏で——バーサーカーは既に、拳を振り抜いている。

 

 

 

「■■■■■aaaa(ア ァ ァ ァ)———ッッッ!!!」

 

 

 

 裂帛の気迫と共に叩き込まれるのは、引き絞られた拳。

 純粋な打撃は、硬い鎧を砕く縋の如くセイバーの鎧を打ち据える。

 華奢な体躯が宙を舞った。

 直前に見えた赤は……セイバーが吐いた血か。

 

 

 

「セイ———っ」

 

「■■■■■ッ゛ッ゛!!!」

 

 

 

 悲鳴に近かったアイリスフィールの切迫は、バーサーカーの猛りで掻き消える。

 後方のコンテナに叩き込まれたセイバーを追うバーサーカー。

 隣のアイリスフィールを無視し、粉塵を上げるコンテナの残骸に突撃するバーサーカーには、聖杯戦争の常道など欠片も意識にない事は明らかだ。

 

 

 

「そんな———」

 

 

 

 アイリスフィールの視線の先では、粉塵を更に広げながら後方後方へと追い詰められ、バーサーカーと斬り合っているセイバーの姿があった。

 あのセイバーが、防戦一方に追いやられている。

 硝子細工のように刻まれた甲冑のヒビと、口元の血。乱雑に拭った血の跡も、また流れる血で消える。

 苦悶の表情で、セイバーはバーサーカーを睨みながら剣を握っていた。

 歯噛みする表情のセイバーが、初めて負った手傷とバーサーカーの猛攻に驚愕している事を表している。

 

 今バーサーカーの手に握られている物は、ひしゃげたコンテナの破片と街灯のポールだ。

 まるで曲剣と長剣の二刀流の如く振る舞うバーサーカーの乱舞。

 なんて荒々しく、そして無機質なのだろうか。

 時に跳ね上げられるバーサーカーの蹴り技が、セイバーの頭スレスレを擦過し、空振った風圧で街灯のランプが砕け、捻じ曲がる。

 あのバーサーカーは体術も武器であるらしい。

 そしてそれも獣のような荒々しさなのに、感情のまま猛り狂う獣にしては何処までも無機質な機械のようだった。

 

 型が、読めない。

 

 ランサーの常道ではない双槍のような変幻自在ではなかった。

 まるで無数に………無限に型が常在しているような乱舞。

 既にもう、曲剣と長剣代わりだった破片と外灯は、バーサーカーの腕にはない。

 そこら中にある破片や石、コンテナの壁の一部や倉庫街に保存されている何かが、常にバーサーカーの手にあり、数瞬後には別の物が握られている。

 剣。短剣。曲剣。槍。棒。縋………時には投擲武器として消費させる倉庫街の残骸には、何一つとして同じものはない。

 間合いも重さも違う武器を両手に握ったバーサーカーの猛攻が、セイバーをジワジワと追い詰めていた。

 

 そこには、割り入る隙など何処にもなかった。

 常にゼロ距離で斬り合うバーサーカーとセイバーの剣舞は、彼女達を中心に周囲全てを、台風の如き勢いで削岩する。

 ランサーとセイバーが戦っていた勢いよりも尚更に速く、海浜公園の倉庫街が鉄と石の瓦礫へと変わっていった。

 再びセイバーとの戦いに横槍を入れられたランサーだが、その瞳と表情には畏怖がありありと浮かんでいる。

 セイバーとバーサーカーの乱撃に踏み入ろうにも、その隙を見つけられない。

 武と技。その両方の極地とも言うべき"業"の死闘が、極めて冷え冷えとした熱量で際限なく上昇し続けるその様を、ランサー程の騎士でも見守るしか出来なかったのだ。

 

 

 "この、騎士は"

 

 

 そして当の本人であるセイバーは、バーサーカーと既に何百回と打ち据え、致命となる一撃を受け流しながら、瞠目する。

 

 

 "違う………この戦い方は"

 

 

 時に隣で。時に遠くで。時に遥か彼方で。

 一度足りともセイバー自身には向けられず、そして後ろ姿しか見守る事が出来なかった殺戮の武芸。

 一つも余分なモノなどなく、溶かしては鋳型に継ぎ足し、無限に鍛え続けた"業"の剣。

 それをセイバーは知っている。

 それが今、正面から向けられている。

 理解し、把握し、知っていても尚全容は誰にも捉えられない剣舞など、セイバーの知る限り一つしかない。

 そもそも——剣を投げ付け、その刃の裏で必殺を練るなどという殺人技術を、セイバーは一度だけ見た事があるのだ。

 

 

 "この戦い方を知る者は———"

 

 

 脳裏に居来した予感と同時だった。

 振り下ろした聖剣を足踏みにして封じ、同時に舞うような円の動きでセイバーの首筋に短剣(石塊)を向けるバーサーカー。

 

 走馬灯のように流れる。

 

 彼方の日々。

 まだ白亜の城の広場に、大木も花園もなかった時代。

 何の躊躇いもなく殺人術を放った十歳前後の騎士と………それを迎え討った、円卓最強と謳われた騎士がいた。

 セイバーはそれを、こっそり上階から見ていた。

 

 セイバーを一方的にする人物。

 見た者に畏怖を呼び起こさせた、あの戦い方を知る者。

 そしてそれを魂の底で理解し、再現出来る者。

 星の聖剣の間合いを完全に把握している者——

 黒い影に覆われた、不明瞭の出立ちの姿をしたバーサーカーの正体に総身を震わせ、しかし防ぎ得ようのない凶刃がセイバーの首筋に迫ったその時。

 

 

 彼方から飛来した——黄金の輝きを放つ四挺の宝剣宝槍が、バーサーカーを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—153:54:37— 

 

 

 黄金の煌めきは、天から降り落ちて来るが如き角度でバーサーカーを貫いた。

 槍が、剣が、薙刀が。手足と腹を貫かれたバーサーカーはその場に縫い付けられ、回転する鎌がバーサーカーの握る武器を切り落とす。

 反応する暇も、振り抜く隙も与えない。

 宝具としか思えない魔力の猛りを放つ四挺の武器達によって抉れた地面と、貫かれたバーサーカーの姿に、セイバーは一瞬何が起こったのか分からなかった。

 

 

 

「なんだ? 今ので腰を抜かしたのか? 聖剣使い」

 

 

 

 誰にも踏み入る事の出来ないバーサーカーとセイバーの戦いを、我が者顔で足蹴にし、遠方からバーサーカーのみを貫いた者。

 崩れたコンテナ群の瓦礫の山の上に現れた騎影。

 黄金の甲冑と、眩い威光を放つ強大なサーヴァントが、口を開く。

 瓦礫の頂上に立つサーヴァントがその気であれば、セイバーも危うい状況だった。

 抉れ、吹き飛んだ路面の衝撃で吹き飛ばされながら、セイバーは黄金のサーヴァントに目を向ける。

 

 不気味な瞳だった。

 バーサーカーが向けて来た重く禍々しい眼光とは異なる、酷く混ぜ返すような瞳。

 何の遠慮もなく品定めし、価値を一方的に決める超越者の視線。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 セイバーは鋭くアーチャーを睨みながら、ゆっくりと立ち上がる。

 最大の警戒を向けるセイバーの眼光と敵意は、それだけで場の重力が増したような感覚を伴わせるものだった。

 しかしそれすらも、まるで警戒して吠える犬を眺めるような冷たい断然があるだけで、アーチャーの視線は変わらない。

 こういう類には、気に入られても敵視されても碌な目には遭わないだろう。

 既にセイバーは、このサーヴァントとは根本からソリが合わないと決定していた。

 

 

 

「ふむ。そこな狂犬、目障り故狩り落とすつもりだったが……まぁ良い。真の狩人は別にいる」

 

 

 

 我が者顔で、アーチャーは大地に着地する。

 バーサーカーは既に居らず、黒い鎧を貫き、滴り落ちた血だけがそこにあった。

 バーサーカーは撃破されていない。

 陽炎のように霧散したその姿が、霊体化して退散していた事を物語る。

 ただ常軌を逸した黄金のサーヴァントは狂戦士に僅かな関心も寄せなかった。

 道に邪魔な石があったから蹴り飛ばした程度の物言いだった。

 

 

 

「アーチャー………」

 

 

 

 今、素性が割れていないサーヴァントは残り三つ。

 アサシン、キャスター、アーチャー。

 今の馬鹿げた攻撃を狙撃と定義するなら、この凄まじいまでの波動を放つ黄金のサーヴァントは……残る三騎士の、アーチャー。

 消去法から考えても、そうとしか思えない。

 

 一歩一歩とセイバーに歩み寄って来るアーチャー。

 今から死闘を演じるとは思えない表情と態度。

 真紅の瞳にはセイバーだけが映っている。

 

 

 

「何用だ、貴様」 

 

「………………」

 

 

 

 助けられた、という思いも無く正面から敵意をぶつけるセイバーに、アーチャーは何も応えない。

 冷え冷えとするような瞳。セイバーの何かを見透かすように向けられる真紅。

 

 そうしてセイバーが警戒していると、急にアーチャーは振り向いた。

 

 その先にいるのは、二つの槍を握る騎士。ランサー。

 それがようやくランサーに向けた、アーチャーの視線だった。

 複数人のサーヴァントがいるこの状況は危険だ、などとは全く次元の違う価値観で、アーチャーはセイバーから視線を外したのだ。

 

 

 

「貴様らは邪魔だな、雑種」

 

 

 

 揺らぐ黄金の波紋。

 ゆらりと歪んだ空間から虚空へと転じる眩い輝きは、全て等しく鮮烈な魔力を放ち、そしてそれら全てがバーサーカーを貫いた武装とは形が違う。

 先日、アサシンを一方的に鏖殺した宝具の群れ。

 その切先が、ランサーへ向けられている。

 

 

 

『…………退くぞ、ランサー』

 

「なっ……しかし主——!」

 

『状況が混迷とし過ぎている。ここが潮時だ』

 

 

 

 乱入して来たウェイバー・ベルベットへの怒りも、もはやケイネスにはない。

 それほどに激しく混沌とした初戦であり、そしてセイバーを中心にした出来事だった。

 ランサーとの戦い、宝具解放からのバーサーカーとの戦闘を経ていながら、明確な傷はバーサーカーの打撃一発である。

 尚の事危険なのが、アサシンを一方的に鏖殺したアーチャーの存在と関心だ。

 最悪、セイバーとアーチャーの二騎が敵に回るという、先程のウェイバー達の二の舞をケイネスは恐れたのである。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 それを、ランサーも薄々理解していたのだろう。

 忸怩足る表情のランサーであったが、彼は槍の穂先を下げた後、セイバーに視線を向ける。

 

 

 

「引く手数多のようだな、セイバー。

 …………気を付けろよ」

 

 

 

 言葉を残し、霊体化して去っていくランサー。

 遂に対面するのが二騎のサーヴァントだけになった海浜公園に、更なる静寂が訪れる。

 しかし雨降る空の下、静寂の中で高まる緊迫は今までよりも大きく、冷たい。

 

 セイバーとアーチャー。

 二騎しかいないこの戦いの跡地。

 先程とは存在する人間の数が違うのに、二人の存在感は何倍もこの一帯を支配していた。

 傍らのアイリスフィールは、固唾を飲んで見守る。

 セイバーの瞳は、冬のアインツベルン城で初めて出会ったその日よりも尚凍えるようで、刺々しい。

 

 

 

「欠けた花のようだな、お前は」

 

 

 

 セイバーの瞳が困惑を覚えた後、次の瞬間には消えた。

 明らかな死地である事と釣り合わないアーチャーの言葉。

 セイバーは応じない。無言で警戒を強め、聖剣は静かに光を増す。

 

 

 

「先程の光は、しかと見せて貰った」

 

「……………」

 

「妄執に堕ち己が想いを捨てながらも尚、光を手に取る聖剣使いよ」

 

「………………」

 

「その剣を捨てろ。お前には重かろう?」

 

「—————………………」

 

 

 

 警戒に冷たい殺意が交じると共に、光を増す星の聖剣。

 セイバーとアーチャーの距離は、手を伸ばせば互いに触れるほどの距離に来た。

 二人の姿は対称的だった。

 鉄と石の粉塵で汚れ鎧にヒビの入ったセイバーと、黄金の鎧に傷も汚れもないアーチャー。

 何やらアーチャーは、雨避けになるスキルか道具があるらしい。

 雨風に濡れて冷え切ったセイバーとも、アーチャーは対称的だった。

 

 

 

「そうすれば、少しは(オレ)好みにマシな顔をするかもしれん」

 

 

 

 剣を振れば——切れる。

 そう予感しながらも、セイバーは剣を振り切れない。

 刺すような眼光と殺意をそのままに、聖剣の柄を握る圧力だけが周囲を圧迫する。

 

 それを知ってか知らずか、アーチャーは更に一歩セイバーに踏み込んで来た。

 反応を示さないセイバーの顎を引き、無理矢理視線を引き上げる。

 

 

 

「今のお前を損なう程の妄執を追う必要などあるまいに………」

 

 

 

 血で汚れた口元。

 拭っただけで血の跡が残るセイバーの唇をなぞるように、アーチャーは指を動かす。

 血の跡を消すというよりは、自分の色で染め上げるような形だった。

 少なくともセイバーは、そう捉えた。

 

 

 

「——アーチャー」

 

 

 

 初めて、セイバーが口を開く。

 ——よりも早く、セイバーがアーチャーの腕を払い除けた。

 いや、それはもう払い除けたというより拳を叩き込んだという勢いだった。

 どうやらアーチャーは雨避けの指輪をしていたらしい。黄金の手甲を砕き、雨避けの指輪があらぬ方向へと飛んでいく。

 

 

 

「遺言はそれでいいか?」

 

 

 

 アーチャー自身にとっては、自らの言葉が当然の帰結だったのか。

 セイバーの反抗は予期していなかったアーチャーから表情が消える。

 雨の中視線を交わす二人の間に、不気味な緊迫の静寂が浮かんだ。

 唯我独尊のアーチャーからすれば、今の反抗は死に値するものだったかもしれない。もしくは殺意を剥き出しにするものか。

 

 

 

「——ハ、恥入って黙っているかと思えば」

 

 

 

 と思えば、途端にアーチャーは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

 

 

「いいだろう……今の不敬は不問に付す。

 少しこの(オレ)も先入観というものが勝ったらしい。

 獅子を狩り落とすにも、些か手筈が足りなかったしな」

 

 

 

 見咎める事すらなく、アーチャーは愉快気に嘯いた。

 隣のアイリスフィールでも息が詰まるセイバーの敵意は、アーチャーには届いていない。

 この男は底知れない程の豪胆であるか、どうしようもない程の愚鈍であるか。

 

 

 

「故に——まずは立場というものを調教するのが先か」

 

 

 

 否、この英霊にとっては、それすらもが余興に過ぎないのかも知れない。

 セイバーの敵意と圧迫する程の警戒心を塗り潰すだけの存在感と圧力が溢れ出る。

 ただアーチャーは、自らの背後とセイバーを取り囲むように黄金の波紋を展開しただけだ。

 続々と虚空から現れ出でる宝剣宝槍の数々が、切先の全てをセイバーに向ける。

 

 互いに目と鼻が触れ合う程の距離で、アーチャーとセイバーは睨み合っていた。

 いや、睨んでいるのはセイバーだけだろう。

 セイバーの必殺の間合いにいながら、アーチャーには警戒心というものが感じられない。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 絶えず無言のセイバー。

 剣を振り抜けば、斬れる。

 最初からずっとそうだ。

 だが……振り抜けない。

 

 桁違いの存在感と、破格に過ぎる大量の宝具を湯水の如く扱うこの英霊。

 交戦の意志を行動で見せたその瞬間、決定的な応酬が始まるだろう。

 そしてこの英霊と刃を交えるには万全の態勢でなければ……恐らく勝てない。

 あらゆる手段を行使しても尚、届くか分からない危険な相手だと、そうセイバーは直感していた。

 それがこの様な早期に、そしてそれなりに消耗している時に戦って良い相手ではない。

 アイリスフィールを連れて逃げるべきか、それとも——

 

 

 

「——————……………」

 

 

 

 そのように睨み返している時だった。

 不意に、アーチャーから感情が抜け落ちたように表情が消え、静寂を纏う。

 

 

 

「——ほう?」

 

 

 

 セイバーから視線を逸らし、アーチャーは方向を転じる。

 その瞳は、酷く忌々しげだった。

 その風貌と刹那滲んだ不快感は、セイバーが感じていたものとは比べものにもならない。

 

 

 

「まさかここで、冷や水を打ち捲けるが如き暴挙をするとは思わなんだぞ……——時臣」

 

 

 

 何者かが、アーチャーの逆鱗に触れた。

 呆気に取られたというより、膨れ上がったアーチャーの圧力に動揺して必殺の機会を逃したセイバーは、ただそう確信した。

 

 

 

「……フン。今宵はもう良い。興が醒めた」

 

 

 

 周囲に展開していた無数の宝具が消え、黄金の波紋もまた消えていく。

 セイバーに背を向けて立ち去っていくアーチャーには、先程の笑みも膨れ上がった存在感も鳴りを潜めている。

 隙だらけのその背中を、セイバーは見送った。

 渡りに船だった。このサーヴァントとの決着はまだ、見送りたい。恐らくバーサーカー以上の脅威だろうと、肌身が警鐘を鳴らし続けているのだから。

 

 

 

「ではな聖剣使い。空には気を付けておけ。

 天の災いが牙を剥けば、(オレ)も些か本気にならざるを得ないのでな」

 

 

 

 意味深に振り向いて、その言葉を最後にアーチャーは消えていく。

 霊体化して消えていったらしい。

 残されたセイバーは、暫く警戒したままアーチャーの消えていった空間を睨んでいた。

 

 

 

「セイバー…………」

 

 

 

 終幕した、最初の戦い。

 心配そうにしているアイリスフィールを一瞥した後、セイバーは自らの口元を、腕で乱雑に拭った。

 改めて血を拭ったというよりは、アーチャーに触れられた場所を今すぐにでもなんとかしたかったという姿だった。

 

 

 

「セイバー………?」

 

「申し訳ありません。私はどうやら、あの英霊と致命的に相性が悪いようです。感情を抑え切れなかった」

 

 

 

 滴る雨によって、血はもう流されている。

 それでも乱雑に口元を拭うのは、なぞるように口元を触れられたアーチャーへの嫌悪か。

 冷たい無表情のまま、セイバーはアーチャーへの敵意を放射していた。

 

 

 

「ですが、あの英霊とは私個人の心情関係なしに、余り刃を交えたくはありません。

 恐らくアーチャーのマスターが退かせなければ私達が危うかった。

 彼のマスターは、私と同じくこのような早期に正面衝突するのを避けたかったようですが、それも時間の問題だと思います」

 

「………そうね」

 

「一番の脅威はきっと彼なのでしょうね。

 必ず私は、あの英霊とぶつかる。しかも単独行動持ちのアーチャーか………これからどうするべきか………」

 

 

 

 剣を片手に握りながら考え込むセイバーは、既に平静の塊だった。

 受けた侮辱も、身に刻まれている筈の消耗も表情にはない。

 単独行動持ちだから、マスターを殺害しても数日間現界を保つだろうという懸念しか、セイバーにはなかった。

 

 

 

「いえ、すみません。今する話ではありませんでした。

 これからの事は、一度身体を休めてから話し合いましょう」

 

「……………」

 

「行きましょうか、アイリスフィール。貴方の身体が冷える」

 

 

 

 淡々と告げるセイバーには、これからの不安を主に与えるような懸念がない程に強く、そして普段と変わらぬままだった。

 だから、純粋な気丈さとは異なる、年端も行かない少女の姿をしたセイバーに、

 

 

 

「……えぇ」

 

 

 

 アイリスフィールは、ただ頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—153:01:36— 

 

 

 

 サーヴァント達が激闘を繰り広げた場所から、三区画ほど離れた路地の下。

 連日の雨によって危険性が増している下水道の中で間桐雁夜は蹲っていた。

 いや正確には違う。憔悴し、尚も鈍痛として残る内側の痛みに悶え苦しんだ雁夜は、ずるずると芋虫のように這って進むしか出来なかったのだ。

 

 

 

「クソ…………クソっ………」

 

 

 

 下水道を上がる為、マンホール下の梯子を目指す中、雁夜は身を焦がし抜く激情に悪態を吐く。

 そうする事でしか自分を保てない程に追い詰められていながら、今の雁夜にとっては掠れた呻き程度の声にしかならない。

 常に流れる雨の影響で然程饐えた臭気はしないが、嵩の増した下水道では下手に足を踏み外せない。

 朦朧する意識の中で、未だ周囲を蝕む死の可能性に、雁夜は激情に身を狂わせる事すら許されていなかった。

 

 先程の戦いは最悪だった。

 バーサーカーはまるで制御が利かず、マスターである雁夜の命令にも従わないで、突如セイバーを矛先にした。

 そしてその後は………——あの遠坂時臣のサーヴァントに、まるで煩わしい蟲を払うが如く、叩き伏せられた。

 雁夜が今日得たのは、無理矢理死線を潜らされた不必要な消耗と、耐え難い屈辱だけである。

 生きながら蟲達に身体を貪り尽くされる恐怖も、もう上塗りされた。

 雁夜は、アーチャーにも遠坂時臣にも、一瞥されない程度の事しか成せなかったのだ。

 

 

 

「——クソっ…………、クソッ………」

 

 

 

 悪態を吐いた先から血が滲み、口元を汚す。

 喉に引っ掛けた激痛も、啜りにすらならない。

 最初から見えていた事だと、そう言われたらその通りなのかも知れない。

 一年程度の俄か仕込みである即席の魔術師と、生まれながら研鑽を止めなかった一流の魔術師。その違いと差は何より、他ならぬ雁夜が一番理解している。

 

 それでも、まるで見下すかのようにバーサーカーを踏み躙った、あの居丈高のサーヴァントの姿が、より雁夜に遠坂時臣を意識させた。

 惨めであり、屈辱だった。

 下水道を這い蹲り、マンホールの鉄蓋を開けて地上に出るのすら、朦朧とした意識の雁夜には難しいのだから。

 バーサーカーを使う負担は想像以上。

 たった一度、命令を無視してセイバーに襲い掛かっただけで雁夜はまともに立ち上がれなくなる。

 そしてそのバーサーカーは、アーチャーによる宝具の投射を受け、重傷を負った。

 当然、バーサーカーを回復する為の魔力は雁夜が支払うしかなく、そしてその魔力は雁夜の肉体を蝕む刻印蟲が、宿主の肉体を貪り絞り上げていくのだ。

 

 

 

「ぐっ……ぐぁ、っぁぁ………クソっ——開け………」

 

 

 

 じくじくと、鈍い痛みを放つ身体に鞭打ちながら、雁夜はマンホールの鉄蓋を押し上げようと苦悶する。

 この一年で痩せ細る前の雁夜であれば、そこまでの労力もなく鉄蓋を押し上げ、横にずらす事が出来ていたであろう。

 だが今の雁夜には、たったそれだけの行為が死と隣合わせの重労働だ。

 ガコガコと、マンホールの鉄蓋を揺らすだけに留まり、隙間が開かない。

 勝手が利かない身体で梯子の最上段に掴まりながら、片手で鉄蓋を押し上げるのが、途方もない作業に思えて来る。

 

 

 

「——ぅ、あ?」

 

 

 

 だが突如、何の前触れもなくマンホールの鉄蓋が持ち上がった。

 隙間から覗く月明かりは、足元が覚束ない程のか細い光の中に居た雁夜にとっては余りにも清くて眩しい。

 下水道の悪臭を洗い流す清々しい外気にようやく触れられたのもあって、息を吹き返したような安堵に包まれる。

 

 そうやって気を抜いた瞬間だった。

 

 いきなり心臓が止まったような硬直。

 刹那、瞬間的に身体をナニかに這い回られた悪寒。

 何故か——バーサーカーが動き始めた。

 突如一斉に励起する刻印蟲の蠢きに襲われた雁夜は、当然の如く身体が動かなくなり、梯子から手を滑らす。

 

 

 "死、ぬ——"

 

 

 ようやく開いた鉄蓋。

 差し込んだ月明かりを垣間見ながら、雁夜はその瞬間自分の死を確信する事だけは出来た。

 バーサーカーに応じる暇もなく、そもそも余力さえ残っていない。

 落下の衝撃で死ぬか、仮に生き残っても、落下の衝撃でのたうち回っている間にバーサーカーと刻印蟲に蝕まれて死ぬか。

 

 こんなところで、何も出来ず。

 途方もなく過酷で、余りにも遠い道のりの聖杯。

 その道に足を踏み入れる事すらなく、屈辱を味わっただけで間桐雁夜は死ぬ———

 

 

 

「——大丈夫ですか?」

 

 

 

 ——ことは、なかった。

 梯子から落ちるその刹那、雁夜の腕を掴んだ者が居たのだから。

 

 

 

「あ——ぇ?」

 

 

 

 その時、痛みはなかった。

 突如前触れなく動き出したバーサーカーは止まり、刻印蟲の励起は止まる。

 雁夜は知らない。

 自らを助けてくれた人物の右腕から——赤い入れ墨がまた一つバーサーカーに消費され、消えた事を。そのバーサーカーが、自らを助けてくれた人を襲おうとした事も。

 

 月明かりに照らされて、雁夜は呆然とした表情で見上げる。

 鉄蓋を開けて、梯子から落ちる寸前の雁夜の腕を掴み、救い上げた者。

 薄い金髪をした女の子が、微笑みを浮かべてそこに居た。

 

 

 




 
 
 型無しの武芸 (偽) B+
 詳細

 生前、彼を殺害した人物が使用していた"(わざ)"の総称。
 剣技、格闘術、体術、全てを複合した殺人技術。基本的に雑多な我流だが、あらゆる戦い方に通じる柔軟性を持つ。

 その実態は、戦いに才能のない凡人が辿り付いた一つの極地。
 自身の技量を高めるのではなく、既に極みに達した者達の武練を再現し、複合し、変質させた術理。
 型無しと称される程に重ね続けた無限の剣。
 稀代の人斬り『岡田以蔵』と、新撰組無敵の剣『斉藤一』と通じるものがあり、似て非なるもの。
 

 バーサーカーとして召喚された彼の場合、生前の技量を持ち得ない代わりに、自らを殺害した人物の剣技を擬似的に獲得する。
 偽が付くのは、彼女と彼では根本の部分と単純な技量が違う為。
 心眼(真)と心眼(偽)のような違い。
 相対した人物の動きを読み、その場その場で常に最適解を弾き出す戦闘論理。
 一切の反応を許さず、対応の選択肢を狭め続け封殺する殺人技術。
 尚、脳裏に焼き付いたイメージが先行し、二刀流に偏る。
 
 
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