騎士王の影武者   作:sabu

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 黒い鎧と、黒い竜の兜をした——
 


第15話 明の凶星

 

 

—149:36:04— 

 

 

 黒い鎧と、黒い竜の兜の騎士との戦いは続いていた。

 セイバーとの交戦とは違い、ランサーと黒い騎士は真っ向な白兵戦を演じている。

 

 だが同じクラスで召喚されない筈のサーヴァント同士でありながら、互いに槍と槍という、同じ土俵で武術を競い合っているのは、傍から見れば奇妙であった。

 黒い竜兜の騎士が扱うのは、ランサーの双槍よりも長く大きな槍。

 ランサーの槍をスピアとするなら、黒い騎士の槍はランスと称するのが適切だった。

 柄の握りはランサーの双槍よりも一回りほど太く、穂先はもはやブロードソードの刃をそのまま括り付けているが如く長い

 ランサーの赤い長槍が2メートル強に対し、この黒い騎士の赤い魔槍は3メートルを優に超えていた。

 無論、槍兵として召喚されたランサーにとって、他のサーヴァントが自らの武器と土俵で来れば相手にもならない筈だ。

 慣れ親しんだ武器の間合いは完璧に理解しており、最速の英霊の名の下に、この不届き者を刺し貫くだろう。

 だが——

 

 

 

「く………ッ」

 

 

 

 既に何十と躱した、スレスレを横切る首狩りの刃を再び避ける。

 後、半歩前に出ていたら首を叩き落とされていた。

 槍で繰り出される鋭い太刀筋は、ランサーとして召喚されてもなんら遜色ない。

 そして当の本人であるランサーは、ただの一度も、黒い騎士を自らの槍の間合いに捉える事が出来ていなかった。

 槍兵であるランサーが、槍の間合いで負け、速度でも負けている。

 

 

 "この騎士——強い"

 

 

 自らの土俵で対等に争い合うこの騎士に、ランサーが驚愕の念を感じた瞬間だ。

 ランサーの感慨を見咎めたか、再び振り払いに入る赤い魔槍。

 ただしその間合いは——優に八メートルを超える程に長く、そして分厚い。

 

 先程からランサーが苦戦を強いられているのは、雷光の如き速度で攻勢をかけられているからではない。

 白兵戦にしては長すぎる槍の間合いのせいだ。

 ランサーの間合いは、精々が人間の範疇。自在に双槍を操っても2〜3メートルが限度。

 対して相手は、まるで竜が尾で薙ぎ払うかのような射程を誇る。

 間合いの遠近に対応した長短二種の槍を、片手武器同然のスピードと柔軟さで扱うランサーを、真正面から潰しに掛かれる程の優位。

 無論、黒い騎士の槍自体が10メートル弱もある訳ではない。

 この黒い騎士は自らの魔力を刃に変えているのか——穂先を赤黒い魔力の刃で覆い、刀身を伸ばしているのだ。

 

 

 "………これはまた、厄介な相手だな"

 

 

 刀身と間合いが、尋常な太刀筋では推し測れない相手は、これで二度目。

 今度の相手は不可視の刃を振るう訳ではないが、何よりその圧力と射程に差が有り過ぎる。

 長いというのはそれだけで武器だ。

 単純な刺突が、全て此方の間合いから飛び込んで来る事になり、薙ぎ払いはその長さと質量も相まって、両手剣による渾身の一撃すら上回る。

 それだけ巨大なら、長柄武器特有の取り回しの悪さもより顕著になる筈だが、この黒い騎士にはそれがない。

 巨大な間合いを誇る刀身は魔力で作り上げたものだ。

 次の瞬間には解け、また次の瞬間には復元する。

 自由自在にして、縦横無尽な演舞。その場その場で、この黒い騎士の間合いを測り、感覚で調整しなくてはならない。

 

 セイバーとは別次元だ。

 単純な白兵戦ならば、このサーヴァントの方が桁違いに厄介な相手である。

 セイバーの太刀筋は、まだ人型の範疇だった。

 不可視の剣も、明らかな攻撃圏外と判断出来る間合いを維持する事で、対処出来た。

 この騎士にはそれが出来ない。

 間合いに差があり過ぎる。

 逆に、見えるという事がランサーの意識をじわじわと削いでいた。

 次の瞬間には黒い騎士の槍から、魔力の刀身が伸び、射程外から一方的に攻撃されるのではないかと警戒し続ければならない。

 純粋な技量ではなく、武具の優劣の差とでも言うべき埋めようのない溝が、ランサーを確実に追い詰める。

 

 

 

「——————ハァ!」

 

 

 

 では果たして——純粋な技量では?

 実質十メートル近い槍を、ただの槍と同じ速度で操る黒い騎士に向かって、ランサーが跳躍する。

 自在に刀身を伸ばす故に、長柄武器特有の取り回しの悪さを消滅させているが、刀身を伸ばすその瞬間だけは話が別だ。

 

 型の数が絞られる。

 

 長い刀身は、このフロントフロアの空間すら、狭い洞窟で槍を振るうような窮屈さなのだ。

 下段から振り抜けば地面が、上段から振り抜けば天井が邪魔をする。

 故にこの騎士は、横薙ぎと刺突しかしない。

 故に角度はあるとはいえ限定させる攻撃の型を見咎め、その瞬間をランサーは突いたのだ。

 振り抜いた槍。

 剣のようにはいかずとも、速度と長さによる殴打は、重厚な竜の兜を砕き割る——

 

 

 

「—————」

 

 

 

 そうして振り下ろされた槍が——黒い騎士の槍捌きによって容易く弾かれた。

 言葉もなく無感動に、そして当たり前のように対処し、ランサーの攻撃を捌く。

 

 既に赤黒い魔槍に黒い刀身はなかった。

 薙ぎの円心を巧みに活かした槍の石突による防御だ。

 胴回しによる、過不足なく無駄もなく、また素早い一撃。

 防御による姿勢の崩れはただの一つもなく、重心は地に根を下ろしているかの如く不動。

 むしろ体勢を崩したのは、既に十数分間以上変わらぬ趨勢に焦り、攻を——見出させられたランサーだ。

 

 

 

「く———ッ」

 

 

 

 そこが隙と言わんばかりに、黒い騎士が動く。

 独特な歩法とステップからなる動きは、槍の間合いを測らせず、相手を惑わす熟練者の証明。

 穂先ギリギリを握り、まるで剣の様に切り上げながら、円を舞うような身体操作で、槍の石突がランサーの膝を砕かんと迫る。

 

 そう。強力な技を連発するだけがこの騎士の戦い方ではなかったのだ。

 槍兵のサーヴァントを相手に、当たり前の如く槍技で対抗して来る。

 ランサーの双槍の武練にすら容易く喰らい付いて来る、質実剛健な赤い魔槍の太刀筋。

 むしろ此方の接近戦の方が得意だと言わんばかりに応じる黒い騎士は、ランサーの間合い外から、技を繰り出すばかりの人物と同一人物か疑いそうになる程だった。

 故に、弛まずに鍛えて来た武練を基本とするからこそ、時に突拍子もなくランサーを襲う極大な射程の槍技が、生半可ではない圧力を伴う。

 

 

 認めたくない事実だが………このサーヴァントは——ランサーを上回っていた。

 

 

 もしもこのサーヴァントに………"セイバーのような膂力があったらきっと負けていた"だろう。

 膂力はランサーが上。だが速度は黒い騎士が上。槍技は何と互角。

 ランサーを相手に槍技で互角というだけで、三騎士でもなく敏捷以外大したステータスをしていると思えないこのサーヴァントは、かなりの異端だっただろう。

 

 だがそれでも——白兵戦ではこのサーヴァントの方が上だ。

  

 隙を見せれば、死ぬ。

 ただの一度、ほんの僅かでも隙を見せられない……そのような緊張感で戦うランサーに比べ、まるで遊んでいるかのような気迫の薄さで槍を握る黒い騎士。

 ランサーは未だ、この騎士の太刀筋と間合いを僅かなりとも把握出来ない。

 質実剛健にして変幻自在。圧倒的な程に高められた武練を前に、生半可は槍捌きでは逆に此方が隙を晒すだけ。

 刀身を伸ばした豪快な槍技に目を引かれがちだがこのサーヴァント、ただただ純粋に——桁違いなほど技量が高い。

 

 何か特殊な戦い方をする訳でもない。

 複雑で、この黒い騎士にしか出来ぬ戦い方をしている訳でもない。

 ただただ純粋に、心・技・体の合一が完璧だった。

 

 槍技ならランサーと互角だろう。

 だが歩法や体捌き、槍を一つの棒とした棒術を含めると話が変わる。

 その独特な歩法は、変化する槍の刀身も相まって間合いが読めず、極めた体捌きは、先の先と後の先も帳消しにする。

 膂力の小ささに勝機を見出して、黒い騎士の体を体当たり気味に倒した時、よろけた姿勢から何の脈略もなく、槍の石突による足払いで攻守を逆転され時は肝が冷えた。

 凄まじいまでの姿勢制御。

 このサーヴァントは、自らの体がどのように動けるのか完璧に理解しているに違いない。

 

 隙らしい隙が皆無。

 隙を作ろうと足掻けば、後になってそれが罠だと悟る周到さ。

 距離を取れば一方的な間合いの差に貶められ、隙がない。

 

 セイバーの戦い方と——真逆だ。

 相手に思い通り戦わせず、隙を最大の一撃で叩くという事は同じ。

 だがセイバーは凄まじい猛攻からなる自身の戦い方の押し付けに対し、このサーヴァントは絶対に揺るがぬ防御による不動の立ち振る舞い。

 人智を凌駕した戦い方と"人の身"のまま長い時間をかけて極めた技のような、そんな違いがあった。

 

 

 

「……………、………」

 

 

 

 気付けば疲弊しているのはランサーだけだった。

 攻め難く、守り辛い。

 変幻自在なランサーの双槍もこの黒い騎士にはまるで通じていない。

 そもそもこの黒い騎士に、意表を突ける感情や心があるのか疑問だが。

 

 恐らくサーヴァントだと思われる、黒い騎士。

 黒い竜の兜で表情は見えず、重厚な鎧で身を包んだせいで正確な体躯は分からず、素肌は全く分からない。

 男なのか、女なのか、そもそも中にいるのは人なのかも不明だ。

 そして何より、気迫が全くない。まるで人形のようだ。

 圧力を感じるのは赤い魔槍から垂れ流される不気味な魔力だけで、このサーヴァントからは何も感じられない。

 

 

 そもそも——このサーヴァントは誰だ?

 

 

 セイバーではない。ランサーではない。アーチャーでもない。

 三騎士は全て姿が割れた。残るサーヴァントクラスでここまで白兵戦が出来るサーヴァントはバーサーカーかギリギリライダーだけだろうが、二つとも同じく姿が割れている。

 いや………あの時の、バーサーカーの姿と似ていると言われたら否定出来ない。

 海浜公園でのバーサーカーは、黒い影を覆っていて黒い鎧の騎士という事以外何も分からなかった。

 この騎士がマスターに無理矢理令呪で縛られ、故に狂乱の気配もなく感情も希薄なバーサーカーだとするのが………様々な違和感が残るが、一番適しているようにも思える。

 残る違和感も、バーサーカーの宝具によるものだと言われたらそれまでなのだが。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 不意に、黒い騎士が動きを止めた。

 槍を握ったまま構えもせず、黒い騎士は天井を見上げる

 圧力はないままの黒い鎧が止まると、本当にただ鎧が立っているだけにしか見えない。

 

 

 

「………手加減か? だとするなら片腹痛いぞ」

 

 

 

 無論十メートル近く離れているとはいえ、黒い騎士の間合いにいる事は変わらない。

 そうして油断なく警戒していたランサーだったが、改めて気付いた。

 

 ——フロントフロアが綺麗すぎる。

 

 セイバーとの戦いの時は、刃と刃を鍔迫り合い合わせるだけで周囲が灰燼になっていくに等しかったのだ。

 仮にもサーヴァント二人が争いを起こしたにしては、おかしい。

 良く見れば、地面や壁に多少の傷はあるだろうが、小一時間清掃すれば、そのまま通常営業を再開出来そうな程でしかない。

 ランサーのマスター程の術者でなくても、残る痕跡はすぐに消せるだろう。

 

 怒りを込めた言葉にも、黒い騎士は反応しないまま天井を眺めていた。

 遊んでいるのか——極大な射程を誇る槍を縦横無尽に振り抜きながら、周囲の被害を考える程に余裕のあったこのサーヴァントに、ランサーは静かに憤りを抱く。

 

 

 "ならばその慢心、突かせてもらう——"

 

 

 変わらず此方を見向きもしない黒い騎士に、ランサーは跳躍からの突き込みを放つべく姿勢を深く降ろす。

 ランサーとて、何も考えず黒い騎士と戦っていた訳ではない。

 黒い騎士が秘策とする魔力の刀身は、セイバーと同じく自らの魔力によって成立させるものの筈だ。

 だとするなら——次は破れる。

 呪符から姿を現す赤い長槍。魔を断つ赤槍。

 この黒い騎士の油断一つを、敗北に繋げてやろう。

 

 ランサーが地を蹴って跳躍するのと、黒い騎士が気付いたように視線を戻したのは同時だった。

 ランサーに反応して、先程の焼き増しのように薙ぎ払いで応じる黒い騎士。

 既に間合い。穂先から伸びる黒い刀身は、このままならランサーの首を叩き落とすだろう。

 

 

 "——ここだ!"

 

 

 無論、そのような事は読んでいた。

 刀身を伸ばした槍では、その長さ故に横薙ぎしか行えない。

 迎え討つように破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を伸ばし、ランサーは黒い刀身を叩き割る。

 まるで半ばから折れるように、容易く折れる黒い刃。

 黒い騎士に、振り抜いた赤い魔槍を引き戻す隙などあるまい。

 そうして隙だらけの喉元に、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を一閃しようとして。

 

 

 

「■■■■■■■ ——」
  転輪する勝利の剣  エクスカリバー・ガラティーン

 

 

 

 ——脊椎にすら届いた胴薙ぎの衝撃に、ランサーは宙を舞った。

 音速に近い速度で吹き飛ぶ。

 意識を失う刹那。胴体が削ぎ落とされるように消えた事よりも目に映ったのは。

 禍々しい炎を纏う剣を振り抜いた、黒い騎士の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—sometime somewhere— 

 

 

 取るに足らない過去があった。

 もはや何の意味もない、無為に消え去った生涯があった。

 星の光を塗り潰す事でしか、己の心に巣食う闇と向き合えなかった、あの日々に。

 

 それを、あの時の私は分かっていなかった。

 弱さそのものを憎むという事は、人を憎むという事だ。

 世界を呪い、世の非情を呪い、自分を呪い、自分の中で育む。

 世界が非情ならばそれ以上に自分が非情足らんとし、それを武器にするしかないと。

 

 今の私が、一つだけ言える事がある。

 

 あの頃の私は、自分の本心すら理解出来ていない。

 その呪いと憎悪の行方すら、他ならぬ自分自身が分かっていない。

 だから。

 私を理解出来た人は、世界でたった一人しかいない。

 

 そして、それに気付くには遅すぎた。

 

 疾うに腐り落ちた、塵同然でしかない記憶の中でも、それは覚えている。

 私の失態により、ある人が死んだ。

 その日、太陽が落ちた日と呼ばれていたらしい。

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 後世に伝えられた、数多くの伝説や物語。

 島にはまだ神秘が残り、幻想が地表に残っていた黄昏の時間。

 異民族達との戦いはまだ続いていたが、おおむね穏やかな歳月ではあった。

 

 後になって、円卓の騎士達は語る。

 黄昏の日々が終わったのは、あの日だったと。

 

 

「殺せと、そう命じて下さい」

 

 

 円卓の騎士だけが足を踏み入れる事が許される、円卓の間。

 一つだけ空席になり、残された十一人全ての騎士達がひしめいている。

 彼らの視線に晒されながら、十三番目となる彼女は口を開いた。

 血に濡れた、太陽の聖剣を携えて。

 

 

「アレはもう、母ではありません」

 

 

 彼女は言った。

 私の名前は■■■だと。

 魔女に拾われた身であり、その魔女の教えを受け、育てられたと。

 そして、サー・ガウェインが死んだと。

 

 

「私が、モルガンを手にかけます」

 

 

 明確な明言を避けて、親を倒せるのかと語った騎士王に、彼女は断言する。

 迷いもなくそれを口にした彼女の表情は、何の因果か滅私のサー・ガウェインと全く同じだった。

 彼女の言葉に、反対する者はいない。

 アグラヴェインはその瞬間、彼女を女の身で捉える事を止めた。

 複雑な表情をしたガレスも、彼女に言葉をかける事が出来なかった。

 

 

「サー・ケイ。貴方が、私に言ったのです」

 

 

 そして。

 ケイはその日、初めて掛ける言葉を間違えた。

 

 

「どうぞ、私に命を。

 今も尚円卓を阻害する魔女を殺せと命じるなら、その通りに」

 

 

 跪き、素顔を露にした未来の黒き竜は、感情なく告げる。

 彼女に言葉をかける者は、もういない。

 魔女と関わりのある出自も、幼過ぎる年齢も、女という性別も、彼女はそうやって塗り潰し、周りの懐疑的な目を黙らせていった。

 

 

「ヴォーティガーンの残した負積を清算し、異民族を殺し尽くせと言うのなら、その通りに」

 

 

 誰しもが彼女を恐れていった。

 それも当然だ。自業自得だからだ。

 たとえそれが彼女が望んだ事ではないにしろ、そうなると理解しながら彼女はその道を選択したのだから。

 

 単純な話だ。

 その日、彼女の心が死んだ。

 

 何度か彼女に訪れる事になる、拭いようのない"死"。

 彼女の心の拠り所だった人が、一人死んだ。

 たった一人だけ、弱さを許し、騎士である事を認めた人が、彼女の目の前で死んだ。

 彼女が、その生き死にを、矮小化させた。

 だからその日、彼女の心が死んだ。

 それが、彼女が十二歳の話だ。

 

 

×        ×         ×        ×

 

 

 後の日々は嵐の風のように早く、燃え尽きる炎が如く鮮烈だった。

 それほどに彼女は容赦がなく、そして変わらぬまま敵を屠り続ける。

 彼女が戦場に出れば、全てが終わった。

 味方は勝利を確信し、敵は敗北と死を悟る。

 戦場に於いて、彼女は神と変わらなかった。

 でも、たった一人。たかが一人。

 死に物狂いで戦い続けて、本当に島の運命が変えられるのなら、きっと誰かがそうしていただろう。

 ただ聖剣の光を解放し続ける事が勝利の近道なら、ブリテンは追い詰められてはいなかった。

 彼女一人が身を粉にしたところで、ブリテンはどうにもならない。

 ——筈だった。

 だから本当に彼女一人で異民族を殲滅出来たのだとしたら。

 

 それはきっと、彼女は何かがおかしかった。

 

 肉体、精神、魂。

 そのどれかが破綻していたのかもしれない。

 もしくは、破綻したのか。

 その答えはきっと、彼女か花の魔術師しか知らない。

 ただ彼女は、自分と自分以外の何かすらも代償にして、剣を手にした。

 一日として彼女が人を殺めない日はなく、半日も血に濡れない時はない。

 当然、その代償は彼女に振り掛かる。

 

 天秤は必ず釣り合う。

 ブリテンを救うだけ、彼女は少しずつ何かを失っていった。

 騎士というそのものを恨んでいながら、唯一許した騎士、唯一騎士である事を認めた人。

 その彼から譲り受けた聖剣は、いつしか黒く堕ちた。

 来る日も来る日も鏖殺を繰り返し、太陽の聖剣を放ち続けた彼女の両腕は、炭化したように黒く染まっていた。

 止まる事を知らず、弛む事も知らず、飽く無く繰り返された殺戮の日々。

 その日々で、彼女の魂が磨耗していった事を知っているのは、花の魔術師だけ。

 

 その日の事を騎士達は忘れない。

 海を渡るサクソン人達を殺し尽くし、北から侵略して来るピクト人達を——本当に鏖殺し終えたその日の事を。

 

 

「————………………」

 

 

 亡骸と屍の山を足蹴にして、一人の騎士が天を仰ぐ。

 焼け果てた大地。灰と焔が死体の中で燻る、滅びの地平。

 それが、ピクト人に占領されたとはいえ、ブリテン島の大地であると信じる事の出来た民は少ない。

 ブリテンの国土の二割近くを犠牲に、異民族達を鏖殺し、人種として存在が不可能になるほどまで減らしたのが、たった一人によるものだとも。

 

 後に、太陽が落ちた日と言われる光景がそこにある。

 

 自らが築き上げた屍の山で天を仰ぎ、独り勝利に酔う騎士は、十二の時から太陽の聖剣を手に、あらゆる敵を鏖殺し続けた黒き竜の化身。

 二年の月日が流れた。

 年端も行かない子供は美しい少女となった。

 性別の差などほとんどなかった中性的な体付きは、女性らしい美貌になった。

 鋼鉄で身を封印し、血に濡れても尚。

 血で錆び付き、美しい手のガレスが嘆く程、両腕が黒く壊れても。

 

 何故なら彼女には傷一つもない。

 身に降る赤は全て返り血。

 黒く染まった両腕と、亀裂のように走る赤は竜の鱗が如く。

 静寂を纏う彼女は夜の景色にも似ている。

 故に、彼女が太陽の聖剣を振るう姿は、何処までもひたすらに、破滅的で退廃的だった。

 

 彼女の名前は■■■。

 黒い鎧と、黒い竜の兜をした——太陽の騎士■■■。

 ヴォーティガーン亡き後、ブリテンで最大の功績を残した英雄。

 魔女モルガンを倒し、異民族達からブリテンを守り、あらゆる災厄を退けブリテンを救済した輝ける太陽の騎士最も人類を殺害した人間

 そして後に、ブリテン最後の騎士となる人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—149:29:08— 

 

 

 

『ランサー…………ランサー!』

 

 

 

 脳裏に響く声に、ランサーは自分が意識を失っていた事に気付いた。

 項垂れ、頭を垂れた姿勢で映る自分の肉体。上半身と下半身が両断されてない事に安堵するべきかどうか迷う。

 口を開けば、濁った血が噴き出る。

 死にかけた。先程の一撃は、恐らく霊核にまで達している。

 マスターの治癒が間に合わねば、本当に死んでいただろう。

 

 

 

「ぐ———っ…………」

 

 

 

 朦朧とする意識で、ランサーは頭を上げて前を向く。

 どうやら意識を失っていたのは僅かな時間だったらしいと、ようやく気付けた。

 ランサーの視線の先には——剣を振り抜いた姿勢の黒い騎士。

 その剣は黒い焔のような陽炎を纏う灰色の騎士剣。刃渡りは一メートルを超え、全長は、剣を握る黒い騎士自身と同じくらいの、幅広の両手剣だ。

 ただその刀身が、半ばから黒一色に染まっている。

 まるで折れた刀身を、自らの魔力で継ぎ足しているような刃だった。

 

 

 

「ハ、ハハ……まさかそのような常道ならざる術理を、俺以外に容易く扱う者がいたとはな」

 

 

 

 ただ、ランサーとしては黒い騎士の戦い方に奇妙な実感を抱かざるを得なかった。

 片手に槍。片手に剣。

 黒い騎士の常道ならざる武器のスタイルは、正に生前のランサーが扱って来た術理だったのである。

 召喚されたクラスによる縛りがあるとはいえ、槍にも剣にも精通したランサーを前に、ランサーと同じ術理で正面から降して来た。

 この黒い竜の兜のサーヴァントは、どうやら尋常ではない程の強者らしい。

 魔槍も魔剣も、ランサーが生前に扱って来たものより巨大で、難無く片手で扱って来る。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 このままでは追撃を受ければ、死ぬ。

 次を防げる余力もない。

 たとえ勝てる見込みのない戦いでも、退く訳には行かぬのだ。

 そのような思いで立ち上がるランサーを、無言のままで眺める黒い騎士。

 左手に血の様に赤い槍。右手に焔を纏う黒い剣。構えなど取らず、自然体で佇む姿は、追撃など必要ないという慢心と油断の表れか。

 ——遊ばれている。

 再び味わうその感覚を糧に、ランサーは双槍を握り立ち上がる。

 

 

 

「何……?」

 

 

 

 不意に、黒い騎士が赤い槍を投げ捨てた。

 やや高めの軌道を描いて飛び、放り投げられた槍は地面に突き刺さる。

 まさか、そのような侮辱をしているのかとランサーが推し量ろうとした、その時。

 

 途端——槍から赤い稲妻のような線が、地面に突き刺さった切先から放出される。

 

 床、壁面、天井。

 木の根のように伸びた赤い線は立ち所にフロントフロアを侵食し、その空間を黒く染め上げていった。

 重苦しく、禍々しい威容。塗り上げられたその空間は魔城の如し。

 ランサーの主であるケイネスが敷いた工房よりも尚、異空が形成されたように尋常ならざる圧迫感を与える。

 

 

 

「な、……待てっ!」

 

 

 

 気付けば、起点となった赤い槍は、淡い輝きの残滓を残して消えていた。

 焔を纏う黒い魔剣もない。まるでもう、やるべき事は終えたと言うように背を向け、ホテルから退却しようとする黒い騎士。

 何たる無防備か。この黒い騎士は、ランサーをまるで警戒していないのだ。

 

 何をされたのか分からなくとも、己がやらなくてはならない事は分かる。

 槍を握り、無防備な背中を晒す黒い騎士に跳躍するランサー。

 その無防備な背中を睨み付けながら槍を手にし——そのまま体が崩れ落ちた。

 

 

 "今になって傷が——"

 

 

 何とか動けるようになったが、上半身と下半身を両断するような一撃だったのだ。

 膝から下の感覚がなかったのか……とまで思い至って、ランサーは気付く。

 傷は、ない。

 いや正確には、完治した訳ではない。

 だがマスターの治癒は正確であり、ランサーが動くには支障をきたす訳のない程度の損傷だった。

 

 ならば、何故身体が動かないのか。

 身体が麻痺したように鈍り、動かない。

 気を抜けば、槍を握る手にすら力が入らなくなる程に、四肢が震える。

 

 

 

「——————」

 

 

 

 訳も分からず見上げた視線の先で、黒い騎士が此方を見下ろしていた。

 何にかも把握出来ず、背中を伝う冷たい感覚。悪寒がした。そして同時に——まるでそこに恒星があるような存在感がしていた。

 今まで相手をしていたのが一体何だったのか、咄嗟に理解出来ない程に隔絶した差が、黒い騎士にはあった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 だが興味を失ったのか、端からなかったのか、再び背中を向けて去っていく黒い騎士。

 フロントから出ていく直前、黒い騎士は不意に片腕を上げる。

 それはまるで何かを号令を降すようであり、あるいは——何かを引き抜き、引き摺り落とすように、黒い騎士は振り上げた片腕を勢い良く下げた。

 振り下ろされた片腕の指先から走る、稲妻のような残滓。

 何かと繋いでいた糸が引き抜かれて解れた、そのような残骸にも似て、僅かに稲妻が漂った後、儚く消える。

 

 同時に、フロントフロアを侵食していた赤い線と周囲を塗り潰していた泥のような黒が、薄く消えていく、

 黒い騎士がフロントから退去し、夜の闇に消えるのと、フロントフロアが元に戻るのは同時だった。

 

 あのサーヴァントは、一体何だったのか。

 見逃されたなどという思いよりも、何か良からぬ不吉な感覚と気配が、何もなく消えていった事に、ランサーは警戒で疑心暗鬼にならざるを得なかった。

 

 

 

「………主?」

 

 

 

 立ち上がり、黒い騎士が消えていった夜の闇をしばらく睨んでいたランサーは、ふと自らのマスターに疑問を覚える。

 そういえば先程から、念話が届いていなかった。

 

 

 

『ソラウが………』

 

 

 

 ようやく返って来たマスターからの念話に安心を覚えるよりも、先だった。

 

 

 

『ソラウが…………目を覚まさない———』

 

 

 

 返って来たマスターの声が、憔悴と絶望に苛まれている事に気付いたのは。

 

 




 

【宝具解放】


 ■■■■■■■■■(■■■・■■■■■)

 ランク A+

 種別  対神宝具


 詳細


 第一宝具。
 とある運命の果てに彼女が手にした槍。その慣れの果て。
 聖槍の形をした無辜の怪物。かの救世主を殺害した魔槍。即ち、神殺しを成し遂げる為だけの槍。

 神性のスキルを持つサーヴァントに対し、特定の条件無くしては突破出来ないスキル・宝具を貫通してダメージを与える。
 Eランクからカウントしていき、神性のランク一つが上がる毎に与えるダメージが倍加していく。



【WEAPON】

 半壊した黒い剣
 詳細

 遥か過去、とある騎士から死の今際に貰い受けた聖剣。その成れの果て。
 黒く変色し、また刀身は半ばから折れている。
 彼女が宝具として獲得し持ち得た物ではない。
 
 銘は疾うに消えているが、この剣は遥か過去、太陽の聖剣(ガラティーン)と称されていた。
 
 

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