騎士王の影武者   作:sabu

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 主人公の話ではありませんが"もう一人の主人公"の話なので実質主人公の話です。
 またその為、新たなタグが追加されました。
 


第16話 遊生夢死のケイ

 

 

 

 とある男がいた。

 見逃していけない星の瞬きを見逃した、とある男。その彼の話。

 

 その男は——彼は優秀な人物だった。

 優秀な老騎士であった父親の教育相応の人物。しかし、それでも彼はただの人間でしかなかった。人々を導く様なカリスマはなく、また誰かに心酔される程の力量もない、凡人の粋から逸脱する事のない普通の人間だった。

 故に"人間ではない"モノには彼が敵う事はなく、また手が届く事もなかった。

 

 

 始まりは五歳の時だった。

 

 

 彼がではなく"人間ではない"モノが五歳の時だ。

 その"人間ではない"モノが自分の父親に連れられて来て、家の扉を開けた瞬間を良く覚えている。

 

 星の光を束ねたが如き金の髪。

 年相応の童顔だが、その碧眼は既に見る者に強い意志を感じさせる程に力強かった。

 

 

 "兄として、弟の教訓になれ"

 

 

 一目見た瞬間にその子供が将来とびきりの美人になると見抜いたし、それを隠し通せる訳がないだろうと思ったが、そう父親に言われたので、彼はその"少女"を見てそう思う事した。

 

 

 

「にいさん…?」

 

 

 

 声だけは年相応に幼く、舌足らずだった。

 その日から——彼は兄になった。

 

 

 

 月日は飛ぶ様に流れた。

 

 

 

 父親は自分と、その"少年"の二人に稽古を付ける毎日。

 日が昇ってからすぐに、パン切れを口に放り込んで木剣を手に取る。そして家の裏庭で待っている父親に二人で斬りかかり、そして難無く撃退される。

 そして昼になったら野菜片と豆のスープと芋を腹に入れて、また父親と稽古をする。夜になったら馬達の世話をして、そして大体疲れ果て、そのまま"弟"と一緒に馬小屋で一夜を明かす。

 

 大抵がその繰り返し。そこに時々村の見回りや町の買い出しが増える。

 父親の教えは厳しかったが、父親が騎士であるのでいずれは自分も騎士となるのだろうと、彼は漠然と考えていた。

 

 

 

「わたしはいずれ、きしになります!

 だれかのきしになってそのひとをまもるんです!」

 

 

 

 自分ですら上手くイメージしていない未来を、その"弟"は必ずそうなるのだと言う決心を込めて口にしていた。

 その発言に彼は呆れた顔で返す。

 

 

 

「少女の様な身体では剣も碌に持てないと揶揄われるだけだ。第一、親父には未だに一本すらとれてないじゃないか。精々が騎士となる俺の従者だろうさ」

 

 

 

 比喩でもなんでもない。

 今はまだ華奢な身体なのだと誤魔化せるが、いずれ通用しなくなるだろう。

 騎士見習いどころか、このままでは従者にすら扱われない。

 

 

 

「じつは、わたしにはひみつの力があるのでだいじょうです!」

 

 

 

 なんだそれ。

 その言葉にまた呆れたが、じゃあ一緒に騎士になれるかもな、と二人で笑いあった事を覚えている。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 いくつもの生き物の気配と馬草の匂いで彼は目が覚める。疲れ果ててしまい、そのまま馬小屋で寝ていたのだという事を彼は思い出した。

 目を擦りながら周りを見渡したが"弟"の姿が見当たらなかった。

 

 

 

「あっ、起きましたか兄さん! 馬の世話はもう終わらせておきましたし、村の見回りももう私が済ませて来ました。今日も一日がんばりましょうっ!」

 

 

 

 "弟"はそう笑顔で告げて来た。

 …………お前、寝る時間は?

 そう聞こうとしたが、まぁこんな日もあるだろうと、彼はその日は何も聞かなかった。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 日々の鍛錬を終えて、真夜中に馬の世話をしている時の事だった。

 疲労で欠伸をしながら、いつも通りの事を彼は作業として流していく。

 その時、"弟"は告げて来た。

 

 

 

「——私は王になります」

 

 

 

 夜の寝ぼけ眼を一瞬で覚醒させるに過ぎる一言だった。

 今まで見た事のないくらいに真剣な顔で、感情の読み取れぬ顔で告げて来たのだった。その日"弟"が別の何かに目覚めた様に感じた。

 

 

 

「……なんて言ったら。兄さんはどう思いますか?」

 

 

 

 静まり返った空間を誤魔化す様に小さく苦笑いをしながら問いを投げかけてくる。

 馬の呼吸音だけが響いていた。気味の悪い静寂を誤魔化し切れていない。辺りは静まり返ったままだ。

 

 

 何を言えば良いか口が上手く働かず、何を聞けば良いかも纏まらなかった。

 

 

 なんで王になりたいんだ。

 王になってどうする。

 急に一体なんなんだお前は。

 ヴォーティガーンについてはどうする。

 そもそも王政の事なんか知らないだろう。

 

 いくつもの疑問が頭に浮かんでいき、そしてそれが言葉になる事なく頭を過ぎ去っていく。結局、十数秒程の時間を置いて出て来たのは、騎士になりたいといった夢はどうした。と、そんな事しか出て来なかった。

 

 

 

「あー……それは……騎士になるのと、王になるのは矛盾してないのではないですか? 騎士であり……王でもある。騎士王なんて良いと思いませんか? かっこいいですし」

 

 

 

 誤魔化すのが下手にも程がある。嘘がバレた子供ですらまだマシな誤魔化し方をするだろう。目が泳いでいるし、今考えたのが丸分かりだった。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 気味の悪い静寂の中で佇んでいるのが、彼は心の底から気持ち悪くなって、勝手にしろ。と一言吐き捨てて、彼は馬小屋から離れた。

 ——その日以来、その兄弟が一緒に寝る事はなくなった。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 家の裏庭の適当な木に背中を預けながら寝ていた彼は、珍しく早朝に目が覚めた。空を見上げれば、夕方の様な明るさの空。太陽が空に昇り始めた頃くらいの時間だった。

 目が覚めてしまったものはしょうがないと、朝食の準備でもしようかと家に入ったが、親父がまだ寝ているだけで"弟"の姿がない。

 まぁどうせ馬小屋で寝ているのだろうと、身体が冷えない様に申し訳程度に毛布を持って馬小屋に向かい——既に馬の世話を終えている"弟"と目があった。

 

 

 

「おや。今日は早いのですね?」

 

 

 

 …………今日は?

 まるで、いつもこんな朝早くから起きていて、いつもは兄が普通に寝ている事を知っている様な口振りだった。

 

 

 

「……な、なんですか?」

 

 

 

 この日"弟"の事を、心の底から気持ち悪いと彼は思った。

 そう、思ってしまったのだ。

 

 次の日から、彼は日が昇り始める時間に起きる様にして"弟"がいつ目覚めているのか確かめる様にした。

 次の日も"弟"は早く起きていた。

 その日の夜、"弟"がいつ寝ているのか確かめようとしたが、夜の間"弟"は眠っていなかった。

 

 寝る間も惜しんで、村の見回り・馬の世話・剣の素振り・騎乗の練習・走り込み・畑の耕し。唯一あった自由時間である睡眠時間すら鍛練に使用していた。

 

 次の日も。

 その次の日も。

 更にその次の日も。

 もしかしたら、自分が気が付く前から——ずっと。

 

 そして、一週間もの間ずっと"弟"が変わる事なく、ほとんどの時間をずっと寝ずに行動をしているのを見て、あまりの気持ち悪さに、彼は"弟"に問い質した。

 

 

 

「……おい。お前、いつ眠っているんだ?」

 

 

 

 声を震わせずに、そう問いかける事が出来たのは一種の才能であると言っても良かったのかもしれない。たったそれだけの事でしかないのに、彼の才能と称せる程に"弟"の日々の行動は気味が悪かった。

 それに対し"弟"は何を勘違いしたのか。もしくは心配する兄を安心させる為なのか、笑顔で返した。

 

 

 

 

「ご心配なく、兄上。明け方から日が昇るまでしっかり眠っています」

 

 

 

 

 そう、笑顔で言い切った。

 明け方から日が昇るまで、ときた。三時間も存在しない。あぁだがいいきっかけになった、と彼はそう思う事にした。

 自分の様な凡人が、こんなクソ真面目な馬鹿に関わってもロクな事にならない。こんな奴と同じ夢を見れる訳がないのだと。そもそもこいつに付いて行ける奴なんて誰もいないし、付いて行く奴もいないだろうと。

 

 

 

 更に月日が流れる。

 

 

 

 その日、町で特別な祭りがあり、それに彼は参加していたが、彼は騎士としてなら肝心要である槍を忘れてしまっていた。

 彼は祭りが行われている、町の広場にて悪態を吐きながら佇んでいた。今までの人生の中でも五指に入る程の不機嫌さだったが、それは槍を忘れたからではない。

 騎士見習いとはいえ、細かい所に目が届く彼が肝心な槍を忘れることはない。

 槍を持って来なかったのは、父親であるエクターが槍は必要ないと告げたからだった。家は町の外れにあり、二つの畑と一つの草原と丘を越えなくてはならない。帰って戻る頃には日が暮れているだろう。

 

 

 チッ、と舌打ちをしながら人々がその祭りの準備を、正確には祭りが終わって、次の祭りに取り掛かっているのを彼は見ていた。

 

 

 そうして佇んでいると、視界の端に、星の光を束ねたが如き金色の光が目に映る。

 人混みの中でも特に目立ち、鄙びた地での厳しい修練の中でも一つも輝きを失っていない金色の髪。槍と騎士の荷物一式を持って来た"弟のアルトリウス"だった。

 アルトリウスは槍を手渡しながら疑問を投げかけて来る。

 

 

 

「"ケイ兄さん"選定の剣はいいのですか?」

 

 

 

 視界の先には石の台座に突き刺さった剣がある。

 汚れ一つない淡い金色に、青空よりも尚深い蒼で装飾された宝剣。力なき者でも、一目見ただけで秘める力を読み取る事が出来るであろう程の聖剣。

 次代の王を決める為の、選定の剣。

 

 

 先日、急に先王ウーサーの補佐を務めていた宮廷魔術師のマーリンがこの町に現れてこう語ったのだ。

 

 

 岩に突き刺さった剣は勝利を約束する聖剣であり、血より確かな王の証である。ただ力ある者、ブリテンを救える者だけがこの剣を引き抜けるのだと。

 おかげでこの町は朝から騒がしくなり、国中から我こそはと名のある騎士達が駆け付けて来ていた。

 ——だが、剣が突き刺さった広場には、人々や騎士は疎にしかいない。騎士の中にも色々居ただろう。それこそ、選定の剣を抜けるのではないかと思える程の立派な騎士も大勢いた。

 

 ブリテンの復興を望み、救おうとする騎士。

 王の座を得て大成しようとする騎士。

 

 そして、岩に突き刺さった剣を抜こうと剣の柄に真剣な面持で試み——びくともせず、そして落胆していく人々と騎士達。

 誰にも抜けなかった剣は、ただの置き物と化している。

 

 

 

「いいも悪いもない。誰にも抜けない以上、あるだけ迷惑な置物だ。

 王は騎士達の勝ち抜き戦で決める」

 

「それは……」

 

「もう話は決まった、見習いが口を出せる話じゃない。これがいい落としどころだろうさ。内心、しめしめとほくそ笑んでる騎士も多いだろうよ」

 

 

 

 預言を出したマーリンは選定の広場に現れず、落胆は一気に人々に広がった。

 徐々に人々は広場から離れ、わずかに動くことすらなかった選定の剣を無視して、王を選定する為の会場を近くの農園に作り始めている。

 単純に騎士としての技量を測り、最も優れている騎士がウーサー王の後を継げばいい、と

 

 

 

「マーリンとウーサーの夢物語には付き合えない。

 目に見えない王の証より、手勢や金、力で測る方が人間的だ。お互い利害目的で協力し合う方が気楽でいいし、打算も働かせやすい。何より、いざとなれば責任の所在を有耶無耶に出来る。

 誰だって"全てを救う神の代弁者"なんてもの、見たくもなければなりたくもなかったのさ」

 

「ケイ兄さんも、そう思うのですか?」

 

「——もちろんだ」

 

「…………………」

 

「お前は親父のところに戻れ。

 他の騎士に見つかればまた、女の様な細い身体では剣も碌に持てまいと揶揄われるぞ。いちいち割って入るオレの心労も考えろ」

 

 

 そう吐き捨て、彼はアルトリウスから受け取った槍を持って、他の騎士達と共に次の王を決める為の農園に向かっていった。

 

 辺りは静まり返っている。

 あれほど賑っていた広場には、もう誰もいない。ただ寂しく風が吹くのみで、岩に刺さっている剣は初めから、なかったかの様に打ち捨てられている。

 

 

 

「……誰だって、見たくも、なりたくもない……」

 

 

 

 ——そう呟くアルトリウスの声を、彼は確かに聞いた。

 だが、彼はその言葉を聞いて一瞬立ち止まっただけで、振り返らずまた歩を進める。

 

 自分には関係ない話だ。

 そもそも、誰にも引き抜けなかった剣を"弟"が引き抜ける保証などない。

 

 

 

 

 

 

 

 ——私は王になります——

 

 

 

 

 

 

 

 ただの、"普通の人間"が剣を引き抜ける訳がない。

 

 

 

 

 

 

 

 ——じつは、わたしにはひみつの力があるのでだいじょうです!——

 

 

 

 

 

 

 

 あの剣はブリテンを救える者にしか、選ばれし者にしか引き抜けない剣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ——兄として、弟の教訓になれ——

 

 

 

 

 

 

 

「どうした……?ケイ」

 

 

 

 見知った知り合いの騎士に呼びかけられる。

 何故か、足は止まっていた。

 

 

 

「……お前らは先に行ってろ」

 

 

 

 そう言い残して、彼は今来た道を引き返し始める。

 自分でもよく分からない焦燥感と焦りが彼を動かしていた。何故引き返しているか、意味が分からなかった。止める理由もない。だからいちいち忠告もしなかったし、勝手にすれば良いと今でも思っている。

 だから、本当に自分自身を理解出来なかった。

 

 

 自然と速足になり、道を駆ける。

 

 

 遠くから響いている人々の喧騒は、岩に突き刺さった剣がある広場に向かえば向かう程に小さくなっていく。

 それが——今から王になるかもしれない者の生涯を表している様で、酷く不気味だった。

 

 

 ようやく道を駆け抜け、選定の広場に着いた。

 

 

 その広場には、選定の剣の柄に手をかけている"弟のアルトリウス"。

 そして、最上級の繊維で編まれた白いロープを纏い、日差しによって淡く虹色に光る白の長髪をした、見た事もない魔術師がアルトリウスの後ろに立っていた。

 

 

 遠くからは、選定を無視した人々の喧騒がする。

 

 

 それは、外から祭りを見る感覚に似ていた。

 今に始まった事ではない。ずっと"弟"は祭りの外にいた。それを、彼だけが知っている。兄であるケイだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

「多くの人が笑っていました——

 

 

 

 

 

 

 

 金砂の様な髪を風に揺れている。

 その人物は振り返らず告げていた。

 柔らかく、だが何よりも強く。

 "弟"の声だけが、広場に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

               ——それはきっと間違いではないと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 ——剣は引き抜かれる。

 どんな力自慢でも、どんな優れた騎士でも、僅かに動くことすらなかった剣はいとも簡単に引き抜かれた。剣は夕暮れの太陽に照らされ金色に輝き、その輝きは、まるで主人を選びとる様に"妹"を照らす。

 

 

 

「あぁ、辛い道を選んだんだね……」

 

 

 

 まるで悲しげな様な魔術師の声が、彼の耳に届いていた。

 ———あまりにも、あまりにも周到で、ご丁寧で、悪辣な、魔術師と先王の計画が"妹"の思いを掬い上げる。

 "妹のアルトリア"は、今まで夢見て来たものに。そして一番大切なものに別れを告げた。自らの運命の全てを、あの剣が突き刺さっていた岩に置き去りにして。

 

 その気高き誓いを知る者は、誰もいない。

 剣を引き抜いた少女を称える者は、誰もいない。

 騎士達は我こそが王たらんと、馬上試合に熱中しているからだ。

 

 多くの人々が笑えるならそれは間違いではないのだと、己を捨て、ひとりぼっちで王の歩みを進める少女の背中は猛々しく立派なものではなく、悲しくなるほどに細く、そして小さかった。

 そして、それすらも知る者はいなかった。

 

 遠くからは勇ましい騎兵の音。

 騎士達の焦燥は遠く岩の周囲には、誰もいない。

 そんな中、孤独に自らの運命を置き去りにした、一人の少女が視線の先にいる。

 そしてその少女の選定を、遠くから見ている事しか出来ない自分がいる。

 

 

 悟った——全てを悟った。

 

 

 絶対に見逃してはならない星の瞬きを見逃した。その星の瞬きを見ることが出来る唯一の位置にいながら、自分は見逃したのだと。

 "妹"の思いも、苦悩も、その誓いも、その剣を抜く理由を、見逃した。

 目の前にあるのは、王という棘の道を進む以外の道を"妹"が捨てたという結果だけ。

 

 

 

「でも奇跡には代償が必要だ。アーサー王よ。

 君はその、一番大切なものを引き換えにする事になる」

 

 

 

 もう、公では呼ぶ事が出来ないだろう名前の代わりを呼びながら、いけしゃあしゃあと助言を宣う魔術師の声が、酷く耳に障っていた。

 

 

 ——そして、それから妹の事をアルトリアではなく、アーサー王と彼は呼ぶ様になってから、彼はようやく気付いた。

 

 

 妹は、理想の王という計画によって、魔術師と先王ウーサーによって作られた"人間ではない"モノだという事を。

 卑王ヴォーティガーンを打ち倒し、暗黒時代に突入したブリテン島全土を治める為に、竜の心臓を核にして作られた存在なのだという事を。

 実はこの十年間、養父エクターの教育以外にも、夢の中で魔術師マーリンから王としての教えを叩きこまれていたという事を。

 つまるところ——妹は本当に眠ってすらいなかったのだという事実を。

 

 

 

 月日は流れる。

 

 

 

 アーサー王が選定の剣を引き抜いてからヴォーティガーンを倒すまでの十年間。

 優秀であっても、ただの凡人にしかなれなかった彼の十年間。

 

 第一の会戦では、アーサー王に付いていって生き残るのが精一杯で。

 第二の会戦では、たった一人で膨大な人数の蛮族を倒すだけの力量がない事を思い知らされ。

 第三の会戦では、自分に他者を先導するカリスマなどなく一兵卒としてしか参加出来ないと悟り。

 第四の会戦では、ひたすら裏方に徹し、物資や補給に携わり自分の最善を尽くしても、尚会戦を勝利するに足る程の物資を集める事が出来なかった。

 ヴォーティガーンとの決戦では、そもそもアーサー王とガウェインしかまともに戦えていない。

 

 

 何も出来なかった男がいる。

 

 

 人々を導く様なカリスマはなく、誰かに陶酔される程の力量もなく、凡人の域から逸脱する事のない普通の男がいる。

 その手を取って一人の少女を導く事も出来ず、その手を引っ張って一人の少女を止める事も出来ず、見ている事しか出来なかった男がいる。

 

 

 見ている事しか出来なかったのに、見逃してはならない星の瞬きを見逃した男がいる。

 

 

 誕生した理想の王を祝福し、主君の不死性とその竜の如き強大さを讃えながら、心の奥底では子供にいつまでも王が務まるかと嘲る騎士達を変える事が出来ず、眺めている事しか出来ない男がいる。

 治世が上手くいっている時だけ認められる王を、全ての責任を押しつけられる都合の良い王を——"妹"を見ている事しか出来ない男がいる。

 

 平和になったブリテンに喜ぶ人々の裏で、周囲の誰にも悟らせず、一人苦悩する"妹"を何回も見て来た。

 だからこそ、完成した白亜の城キャメロット城にて彼は思う。暗雲が空を覆っている空。そんな雲の切れ目から見える僅かな夜空を見上げながら、ケイは思う。

 

 

 

 ——なぁ、誰でもいい。誰でもいいんだ。誰でもいいから、あいつをなんとかしてくれ。アルトリアをちゃんと見てくれ。そして、あいつを夢から覚ましてくれないか。

 あの、人々の理想の王という鎖を解き放って、あの悪辣な悪夢から目を覚ましてやって欲しい。やり方は問わないし、なんでもいい。

 なんなら一発で夢から覚めるように、思いっきりぶん殴って、叱り飛ばしてくれ。そうすればきっと、あいつはひとしきり泣いた後、誰かを頼り始めるから。

 ——だから、どうかあいつを——

 

 

 

「……………あぁ、クソ。今日は新月かよ」

 

 

 

 見上げた空に月は見えず、僅かに空を照らす星の瞬きすら見えなかった。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 何をするでもなく、ケイはキャメロット城の回廊でただぼんやりと空を眺めていた。

 あぁ、なんて忌々しい夜空だろう。暗雲に覆われている影響で普段よりも尚も夜は暗く、人々を呪い押し潰すような圧力を放っている。

 星の光は見えず、ようやく雲が僅かに晴れたというのに、夜を淡く照らす月すらない。

 月を見ても綺麗だと思えなくなったのは、一体いつからだろうか。もうよく分からない。ただ一つ言えるのは、自分はまともに星を眺めた事はないという事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「——すみません、ケイ卿」

 

 

 

 

 

 

 

 物音一つすらしないキャメロット城の回廊に、コツコツと響く小さな足音と——兄さんと親しみが込められていない方で、自分の名を呼ぶ声が響く。

 

 

 

「…………もう夜遅いですが、少し時間を貰ってもいいですか?」

 

 

 

 そう、どこか思い詰めた表情で告げるアルトリアと目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





【人物解説】

 ルーク

 詳細

 本作のオリジナルキャラ。
 主人公ルーナの兄であり、第三話で死亡。
 
 サーヴァントとして召喚される事はなく、主人公によって間接的に名前が広まるだけで、本人自身が世界に名を残す事もなく歴史から葬られる。



 イメージは苦悩しなかったケイ卿。

 

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