後編が重要な話。
前編そのものはそんなに重要な話じゃないけど、クトゥルフの導入みたいな立ち位置の話。
後活動報告で書いたのですが、データ吹っ飛ぶ前とストーリー展開を微妙に変えました。
予定していたものを消したのではなくて、順番を入れ替えたり新たに追加しただけなので、そんなに気にしなくていいです。
「君は最近、よくここを訪れるけど何か用があるのかい?」
「いえ、用がないからよく訪れているのです」
キャメロットの騎士の宿舎に存在する一室。
騎士が利用する食堂で、カウンターの奥にいる食堂の料理長から話しかけられる。
現在、この場には自分と料理長しかいない。基本的に騎士達は城下の店か自宅で食事を取り、ここでは宴会や酒盛りの際で騒ぐ時に利用するらしい。
普段から利用する者はあまりいないそうだ。
「用がない……どういう事なんだい?
……いやすまないね。君の噂は少しは知っているんだが、基本的に私はずっとここにいるからさ。噂通りなら、君くらいの実力者をどこも放っておかないんじゃないかってね」
「確かにそうかも知れませんが、まぁ……私の年齢がアレなので、どこも処遇が上手く決まらないのでしょう。それで、私の処遇が決まっていないので特に任務もなく、また待機命令が下っているのに勝手にどこかへ行く訳にもいかないので……正直言うと暇ですね」
「そうなのか、あぁ蒸した野菜のスープだ、食べると良い。
……まぁ私は騎士ではないのでそういうのは詳しくないからなんとも言えないが、かなり時間が経っているんじゃないかい?」
「ありがとうございます。
そうですね。今日で、十日じゃないでしょうか」
「十日か……流石に長いんじゃないかい?」
具体的な期間を聞いて、料理長はやや眉を顰めた。
元々騎士であったという訳ではなくとも、それなりの期間を騎士達と共に過ごして来たのだから、多少なりとも違和感を感じるのだろう。
早い者だと、一日も経たずに編成が終わる事を私も知っている。
「確かに、少し異常なくらい長い気がしますが、お前の方がもっと異常なんだから文句を言うな。と言われたら返す言葉がありませんので」
「確かにその通りだな」
納得した表情で、料理長はおおらかに笑っている。
無論私だって、流石に長いなとは少し思っている。当初言われていた一週間よりも時間が伸びてるのに対して詳しい説明は未だにないが、ランスロット卿から改めて、すまないがもう少し長くなりそうだと、申し訳なく言われたらもう私から言える事はない。
立場的には、相手は円卓の騎士という国のトップであり、私は最近騎士になったばかりの新参者。文句を言える立場では到底ない。
それに、私が幼い子供だからという理由以外の事情があるのだろうというのは、分かりやすいくらいにランスロット卿の反応から明らかだった。
もちろん、それをいちいち突っ突く必要はない。ランスロット卿の反応から私の事を覚えているというのを知る事が出来たし、警戒以外にも多分負い目を感じている。
…………もしも、あの日の事など忘れたし、罪悪感も一切存在しないとかだったら、私としてはかなりキツかったかもしれない。一カ月くらいは負のオーラを撒き散らすくらいに悶々としていただろう。
でもそうじゃないのなら、もう、いい。私だって、完全にあの日をなかった事にするのは厳しいが、充分納得は出来る。どうしようもないし、これ以上望めるものがない。
「それにしても君は一日の大半を此処で過ごしているが、正直言って料理をしている私を見ていて面白いのかい? 君が他にする事がないとはいえだ」
「焚火をずっと見ていられる感覚と言えば分かりやすいでしょうか。面白い訳ではないが、つまらない訳でもない。なんだかずっと見ていられる。そんな感覚です。それにキャメロットの食事がどうなのかも気になっていたので」
「ほう? 正直に言うなぁ君は。だが気に入った。無駄に畏られてもやりにくいだけだし、君は一部の騎士と違って騒いだりする訳でもない。君くらいの態度が私にはちょうどいい」
彼が浮かべたのは、人を安心させる柔らかな笑みだった。
しかし、顔をこっちに向けているが料理する手元は一切ブレていない。それだけで、目の前の人物がどれほどの料理の経験を持っているのかは簡単に見て取れる。
今でこそ気安い関係だが、ここを訪れたばかりの頃はあまり会話はなく、どこかぎこちなかった。私がではなく、料理長の方が。
ずっとバイザーを着けてて見た目が不気味なのと、私の噂はまあまあ物騒なものなので、距離感が掴めていなかったのだろう。特に用がないのと暇を潰すのにちょうど良かったから何回も通い詰めていたら、自然と彼の方から話しかけてくる様になった。
私側としても、特に何かを気を付ける必要がないし、適当にしているだけで良い相手なので楽で助かっている。精神を張り詰めなくていいというのが本当に楽だ。
後は、現在ガレスはいるのかどうか確かめる為にもここに訪れていたが、今のところ一度も見かけていない。タイミングが悪いという訳ではなく、多分まだキャメロットに訪れていないのだろう。
一年か二年くらいすれば、キャメロットに足を運んで厨房で下働きをするのだろうか。
「君はずっと暇をしているんだろう?ならおじさんの愚痴でも聞いてくれると助かるんだが大丈夫かい?」
彼は私に明るい口調で話しかけて来た。
愚痴を聞いて欲しいと語りかけてくるが、その表情からは疲労や憔悴といった様子は窺えなかった。単純に会話でも楽しもうという事のように感じられる。
人の良い人物。そんな印象だ。
「えぇ、いいですよ。私で良ければ。
……一応聞きますが、愚痴を聞いて欲しいのなら他の人の方が良いでは?」
「いやぁ確かにそうかも知れないが、今の所君以外の人はいないし、大体ここに来る騎士は酒を飲んでだんだん騒ぎ始める者が多いからね。静かにここを利用してくれる人は意外と多くないのさ」
「なるほど、つまりは酒を飲んで騒がない人が良いと。確かに、私はまだ飲酒は出来ませんからね」
この時代のブリテンにはいくつになるまで酒を飲んではいけないという法律やルールといったものはないが、十の子供が酒を飲んではいけないという道徳や知識は存在する。
仮に私が飲みたいと言っても、周りに止められるだろう。十五を迎えればギリギリ許されるかもしれない。別に酒を飲みたいとは思ってもいないし、それに酒を飲むんだったら、毎朝愛用しているアレを飲む。
時代が時代なので本当に苦く、またその影響でキャメロット内でコーヒーを飲んでいる人を、今現在誰一人として見てないのだが、一応香りを楽しむという目的の為か嗜好品としてキャメロットで売買されてはいた。
元々飲んでいなかったが、もうコレは癖というか習慣だ。モルガンと一緒に過ごす内に出来た習慣。
「確かにそれもあるけど、なんとなく君は聞き上手な気がしてね。礼儀も出来てるし、何というかその静かな佇まいというか雰囲気が良い。
なに、これでも長い間色んな騎士と相対してきたんだ、見る目は意外とあると自負しているよ」
「そう褒められると悪い気はしません。
ですが、もしかしたら私は他人に興味がないだけかも知れませんよ?」
「それはそれで良いさ。
私は誰かに話したいだけで、悩みを解決して欲しい訳じゃない。無論解決してくれるなら嬉しいけど、この愚痴を言って他者を悩ませるくらいなら、そもそも愚痴を聞かせたくないからね。
だから君がちょうど良い」
「…………そこまで言われたら聞くしかありませんね」
肩を竦め、諦める様に笑いながら彼に返す。
会話すればする程、彼が本当に良い人なんだなとしか思えない。本当にこの人とは精神を張り詰めなくて済むから楽だ。料理長は私の事を聞き上手だと称したが、逆にこの人は話し上手だと言っても良い。
聞いていても不快にならないし、自然体で接する事が出来る。
……用がない時や機会があったらここを利用する様にしよう。
「おっ! 今僅かにだが笑ったなぁ?」
「…………はい?」
「いや実はね、この一週間君と相対してきた訳だけど、君って全然笑わないじゃないか。しかもずっと仮面付けてるから、感情が口元からしか読めないんだよね。だからどう会話をすれば君が感情を表に出すのか悩んでいたんだ」
「………………………」
「アハハハッ! すまないね、実はどうすれば笑ってくれるのかが日々の小さな楽しみになっていたんだ。それにこれって意外と結構凄い事なんじゃないかなとも思ってるよ」
「……愚痴は……?」
「ない!」
はぁ……と、思わず呆れる様に溜息が溢れる。
なんというか弄ばれた様な感覚だが、不思議と不快感はなかった。多分、コレも彼の魅力の一つなのだろう。それに暇つぶし代わりに用もなくここに訪れているのだから、文句は言えない。
「いやぁ君と会話するのは面白いね」
「子供を相手に揶揄っているのですか? 趣味が良いとは言えませんね。その様な態度ではいつか嫌われる事でしょう」
「正直に言うねぇ。おじさんには子供がいないから、なんというかこういうやり取りが楽しいのさ。それに決して君を子供だと侮っている訳ではないんだ。
……あっ、今いつか嫌われるかも知れないって言ったという事は、もしかして結構好いてくれている?」
「ゼロがマイナスになるという話なのですが?」
「ハハハ……手厳しいなぁ。
いやでも、いつか君が大人になったら酔わない程度に静かに酒を飲み交わしたいものだよ」
「———それはいいですね。私も"この子"が大人になったら一緒に酒を飲み交わしたいものです」
「……………ッ………」
気配もなく、後ろから響いて来た声に一瞬心臓が跳ねる。
別に大きく声を張った訳ではないが、自然と場に響き渡る声をしていた。その声で何かを歌えば、自然と誰もが耳を傾けるだろう。
そんな美しさと力強さを持った声だったのだから。
「———失礼。隣に座っても良いですか? "ルーク"」
「……貴方に名前を知って貰えるのは光栄です"トリスタン卿"」
「別にそんな事はないのではないでしょうか。何せ、貴方は今キャメロットで話題の騎士なんですから……あぁ料理長、お酒を貰ってもよろしいでしょうか? ……いえ、私は至って真面目ですよ」
自分の隣の席に座ったのは、炎の様な赤い長髪を靡かした純白のマントを身に付けた、やや細身の騎士。トリスタン卿だった。
……そして、普段は閉じられているであろうその目が見開かれており、鮮黄色の瞳を覗かせている。その事が意味するものが一体なんなのかは推測する事しか出来ないが、面白い理由などではないのは分かる。
「こんな時間に酒ですかい?
トリスタン卿は前にも酒を飲んで他の騎士と騒いでいたではありませんか。流石に早いのではないですか?」
「…………騒いでしまったのはすみません。ですが、今日の私は至って真面目です。酒に溺れるつもりはありません。出来れば一口でいいのでお酒を貰えませんか? 集中出来るので……」
「まぁ一口だけならば……」
そう言って、料理長はトリスタン卿に一口分だけの酒が入ったグラスを手渡した。
集中したい……つまりは会話の一語一句を見逃さないくらいに意識を張り巡らしたいという事なのだろう。多分邪推ではない。私も精神を張り巡らさなければならなくなった。
私は別に敵対する気もないし、可能なら仲良くやっていきたいが表面上は初対面なだけで、彼とは既に一度会っている。いきなり、今日から仲良くやって行きましょうとは絶対にならない。
私側からとしても、まだ信用は出来ない。
「すみません、驚かせてしまった様ですね。
あっ……普段もこんな時間から飲んでいる訳ではないのですよ?
先日南方から帰って来たばかりなので少しだけ飲みたくなっただけなのです」
「いえ、別に私に対して気を使う必要もないでしょう。私とトリスタン卿では立場の違いが大き過ぎます。
それに驚いてもいませんしイメージが崩れたという訳でもありません。円卓の騎士の皆様方が酒豪であるという事も有名ですから」
「おや、そうなのですか?
ですが、今さっき一瞬だけ——心音が跳ねた様な気がしたのですが……」
「………………」
何げない会話の中に肌がピリつく様な感覚と、この場が静かに冷え切っていく様な錯覚を覚える。高まる緊張感の中、横目でトリスタン卿の姿を観察する。何かを勘繰る様な様子でトリスタン卿が此方を覗いていた。
やはり目は見開かれている。私の視線とトリスタン卿に視線が交差する事はないが、たとえバイザー越しでも視線を交差させるのは不味い予感がする。
全てを見透してくるような鋭い視線だった。
流石はトリスタン卿というべきか。
超人的な聴覚を有するトリスタン卿にとってすれば、僅かな心音から相手が何を考えているか推測する事が出来るのだろう。敵意そのものは感じないが、ランスロット卿と違って一手も打ち損じる事が出来ない予感が身体を走り続けていた。
「驚いていないと言ったのはお酒の方ですよ。
いきなり円卓の騎士のトリスタン卿が現れれば誰だって驚きます。それこそ、つい最近騎士になったばかりの一兵卒であれば尚更でしょう?」
「…………と言う割には、此方が驚くほど冷静の様に感じられるのですが」
「まぁそれは、十足らずで騎士になった者ですので。
年齢以外は全て普通だった。という風に失望させては嫌ですから。私はほとんどの騎士の半分も生きていない子供ですので、礼儀くらいは弁えておかねばならないでしょう」
「……それもそうですか」
その言葉とともにトリスタン卿から放たれていた圧力が一気に霧散し、開かれていた目が塞がれる。納得した様子というよりは追及を諦めたという様子だった。
「すみません、私も何か貰ってもいいでしょうか。あまりものでも良いので」
「じゃあ酒と合うように豆のポリッジでも」
此方から完全に視線を外し、トリスタン卿は料理長の方へ顔を向ける。
しかし、若干の警戒は未だ感じられた。いつでも臨戦しても良いようにイスには深く腰を預けていない様に見える。やり過ごせたが、互いに一歩も進んでいない。一旦休戦といったところなのだろう。
……まさかいきなりトリスタン卿と不意打ちでエンカウントするとは。想定していなかった訳ではないが、どちら側と言えば想定外である。
ランスロット卿は仕方がなかったとしても、私を警戒してあの三人の内の一人であるトリスタン卿が来るとはあまり考えていなかった。
だが、初手で彼が来たという事は全力で此方を探って来てると考えた方がいい。
私が大きく動揺して対応をしくじったら一歩引いて私の反応を見定めよう、とかそんな考えだったのかもしれない。でも上手くいかなかったので、深く追及するのは諦めた。という訳か。
…………ハイリスク・ハイリターン過ぎる。
私の部屋が専用に用意されていたから、間違いなくアルトリアは私の事を認識している。それなのに、彼女がこんな博打の様な手を打って来るだろうか……?
どうせ、いずれは相対する事になるのだから、今の内に会わせて早めの段階で反応を見ようと言う考えを持つタイプにも思えない。
トリスタン卿の単独行動……?
まさか。やや自己中心的な側面を持つトリスタン卿なら単独行動をするのはあり得るかも知れないが、やはりトリスタン卿が博打をするイメージがない。そもそも、トリスタン卿が独断に走るのは、騎士として誓いに大きく反する時くらいだろう。
……私の想定が甘いだけなのか? それとも——アルトリア以外の"誰かの指示か"?
「………………」
トリスタン卿はこれと言って喋らず、黙々と食事を続けている。
自分で言うのもなんだが、不気味だ。
私を今すぐ抹殺しに動くとは思えないし、一度様子見をするだろうと考えてはいる。
しかし——もし国か私かを選択しなければならなくなった場合は国を取るだろう。円卓もアルトリアも。そこまで安易に考えてはいない。
だからこそ、相手が何を考えているのか分からないのは本当に不気味だ。
ランスロット卿は分かりやすかったが、トリスタン卿だと感情を読み取れない。
「ありがとうございます。本当にここの食事は胃に優しいものばかりです」
「酒で潰れる騎士が多過ぎるのですよ……まったく」
トリスタン卿は食事を済ませ、料理長と一言会話すると席を立ち上がった。
相手からも、私が何を考えているのか分からなかっただろうが、私もトリスタン卿が何を考えているか分からなかった。とりあえず探りをかけられている事だけは分かる。
……正直超怖いな。
かといって私から揺さぶりをかけるタイミングではないし、話の流れは途切れている。様子見しかないか。
「そういえばルーク。貴方は確か暇をしているのでしたよね?」
「ええ、暇をしているかと言われれば暇をしていますね。待機命令のみが下ったまま十日ほど経っているので」
そのまま食堂を出て行くかと思われたトリスタン卿に問われた。
返答が速すぎず、かといって遅くもならないように細心の注意を払いながら返答をする。此方の動揺を表面に出さないよう、呼吸の速度にも意識を向けながら、トリスタン卿の一挙手に注目する。
同時並行の為の集中力はあると思うが、油断が出来る相手ではない。
「では後日、私の隊による弓の合同練習があるのですが——参加してくれませんか?」
「……はい?」
そう告げたトリスタン卿の表情は穏やかだったが、その微笑みの裏に鬼気迫るほどの注視があった。
——見せ物か何かだろうか。
日本で言う道場の様な騎士の訓練施設に、トリスタン卿の部隊と思われる弓を装備した騎士がざっと数十人。
さらに視線の先には、およそ50メートルほど離れた箇所に1メートルを少し超えるほどの的が複数並べられている。
目の前にあるのは、恐らく13世紀から14世紀にかけて絶頂期を迎える、オスマン帝国やイギリスのロングボウ部隊の源流の一つであり、さらには後の歴史でアーチェリーという文化に昇華されるだろう原点の一つなのだろう。
しかし、その颯爽とする光景を見ても、何の感慨も得られなかった。
「……おい、アレって………」
「まさか……アレは…………」
そんな呟きとざわめきがさっきから耳に入っていた。
前方にいる騎士達は、一応は的の方に体を向けているが、チラチラと振り返って此方を確認している。しかもアレ呼ばわりだ。悪目立ちには程がある。悪い見せ物か何かだ。
「どうですか?」
「どう、とは……?」
トリスタン卿に話しかけてられて、何故このタイミングで話しかけて来るんですか? という出かかった言葉を押し込める。
やり辛い、非常にやり辛い。自分のペースを握れない。
「いえ、貴方には弓が似合うと思ったのですよ。
……正直な話子供が前線に出るというのは、あまり、気が乗りません。それでも、貴方は騎士となったのだからいずれは戦いに赴かなくてはならないでしょう。なら、剣よりも弓の方が良いと」
「そうですか」
非常に言葉を選んだ雰囲気が感じられるが、トリスタン卿の言葉は真摯に訴えかけている様な気迫だった。きっと、その言葉だけはトリスタン卿の本心なのだろう。
「……貴方も一射どうですか?」
言葉とともにトリスタン卿から弓を渡される。
およそ子供が扱う大きさではなく、自分の身長を超えるロングボウ。当たり前だ。むしろ十にもならない子供用の弓がキャメロットにある方がおかしい。
私の身体が、女性の様な華奢な身体だと言われる以前の話だ。
こんな小さい子供の身体では弓を引く事はおろか構える事にすら苦労するだろうと思われるに違いない。仮に矢を放つ事が出来ても50メートルも離れた的まで矢が届く事はない。
——本来なら。
「……………………」
手元の弓から顔を上げれば、自然と視線が自分に集まっていた。疑惑や懐疑、そして畏怖と期待。そんなものが混ざり合った視線が私に向けられていた。
……やっぱり見せ物だ。そして私は品良くショーをしなければならない。
でも、多分なんとかなるだろう。醜態を晒す事になるとは思っていない。こんななりだが普通に弓を引けるだろうし、50メートル先の的を射抜く事もきっと容易い。私は見た目だけが子供の化け物だ。自分の体重より重い大剣でも片手で振り回せる。
そして、それ以外にも理由がある。
それは——完璧にイメージ出来る一つの鏡像。
今のこの時代には存在しない鏡像とも言ってもいい。それを僅かな狂いもなくイメージ出来る。
それは、魔術鍛錬の副産物として百発百中の腕前を誇る——ある少年の事。
無論、魔術師なら誰もが弓の名手という訳ではないし、私の魔術鍛錬とその少年の魔術鍛錬は違う。
それでも、絶対に私はその少年の弓を再現出来るという確信があった。
勘ではなく確信。ただ漠然とした感覚なだけだが、私は完璧にイメージ出来る。
何故そうなのかという理論。それに至るまでの過程。そしてそこから出来上がる結果。
——その全てを、私は自分の身体に投影出来る。
魔術は己の戦いであると理解している。
本来なら存在しない神経を操り魔術を行使する。その為には己の内側だけに意識を向け、自身の肉体や神経の全てを統括するだけの集中力が必要になる。
そして、弓も己との戦いだと知っている。
心の乱れはそのまま身体の乱れとなり、矢の弾道が大きく乱れる。その為に己を殺し、頭を白紙にする。外界への意識を断ち意識の全てを内界に投射する。
……うん、私は出来る、絶対に出来る。
瞳を閉じれば、脳に灼きついたそれを寸分の狂いもなくイメージ出来るから。私が"私"になった理由であり、"私"にとっての原初の記憶。そして知っているだけじゃない、私は理解もしている。
モルガンの立ち会いの元、自らに魔術回路を作り出したあの日の心象を。
「ルーク……?」
「なんでもありません。少し、自分でも弓が出来るのかイメージしていました。
お手柔らかにお願いします」
呼び止められた声で、内側に落としていた意識を覚醒させる。
周りからは少しだけぼーっとしていた様にしか見えないだろう。瞳を閉じて、本来なら存在しない記憶を覗いていたなど知る由もない。
姿勢を正し、意識を白紙にし、呼吸を整える。
己への視線は全て無視し、ただ内側の意識に私だけが知るイメージの——投影を開始した。
後編で遂に二人が出会うぞーー!
ケイ卿が回収しない方が良いフラグも含めて一才合切のフラグを回収するぞーー!