騎士王の影武者   作:sabu

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 100万文字以内に完結する予定だったのですが、なんとなく100万文字で終わらない気がして来ました。
 ……プロット段階の物を肉付けしていく作業で、何か150万文字超えそう……
 主人公があまり関わって来ない他者視点の話削ろうかな……でも感情の矢印の補完と描写削りたくないんだよな……そこがメインだから……どうしようかな……
 


第22話 サー・ケイと叛逆の城 承

 

 

 

 商売。

 至って普通。ケイ卿が果物の値切りに成功。何もしてないが私の分がおまけされた。

 

 貿易

 知識が足りないので良く分からなかったが、ケイ卿が言うには適正価格。ただし、蛮族の襲撃で貿易路が一部封鎖。小規模侵攻ですらない短絡的な動き。対象の優先度は中。

 

 町の雰囲気

 活気はあるが普通。排他的な様子はない。退廃的な様子もない。町ぐるみで何かを隠しているとは思えない。

 

 ゴール国周辺。

 周辺の集落から、念のため蛮族の襲撃を警戒する為の戦力の要請。ゴール国の騎士が対応予定。優先度は……低。

 

 ゴール国の騎士。

 生き残りと復興側でやや対立。生き残り側は経験が勝るが、統率力が低。復興側は経験が足りないが、統率力が高。ただし、どちらもキャメロット正規兵には劣る。

 

 金銭の動き。

 違和感は感じ取れず。

 

 

 

「それで……どうします?」

 

「…………」

 

 

 

 二人で色々と町を練り歩いたが、特に何もなかった。ただ観光しただけという結果に終わり、この町を散策すれば散策する程にこの町が清純であると証明されている。

 

 

 

「ケイ卿?」

 

「いまちょっと考えてる。静かにしてくれ」

 

 

 

 ケイ卿は適当な家屋に背を預けて、腕を組みながら、目を瞑っていた。

 何を考えているかは分からないが、真面目に考えているのだ。邪魔はしない方がいいだろう。

 

 彼が真剣な様子で思考を続けているので、彼の横に立って、同じく家屋に背を預ける。

 そのまま、ぼっーと人々が行き交う大通りを眺め始めるが、流石に見飽きて来た。目新しいものはもうない。一応、周りから私達を注目している視線はないかと警戒してはいるが、引っかかるものはなかった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 ケイ卿は、まだ目を瞑ったまま何かを考えていた。

 自然とやる事がなくなり、さっきおまけして貰った果物のリンゴを懐から出して口に運ぶ。

 

 美味しくはない。

 私の身体がこの時代の人間のものであり、舌もこの時代のものなのだが、頭にある知識からすると、なんとなく美味しくないなと感じる。

 甘さはあまりなく、代わりに水分が多い。

 

 現代の幾度も改良された物と違う為、ある意味別種の果物かもしれない。

 

 

 

「アグラヴェインが感じた金の違和感って、なんなんだろうな……」

 

「貿易路が一部封鎖されてしまっていたので、それでは?」

 

「…………」

 

 

 

 独り言を呟くようにケイ卿から言葉が出て来たが、私の回答にはあまり納得がいっていなかった様子だった。

 適当にやって終わらせようと口では言っていたのに、結局納得が行くまで真面目に取り組む当たり、素直じゃないと言うべきか、やっぱり彼女の兄なんだなと言うべきか。

 

 

 

「……そのリンゴ俺にも寄越せ」

 

「いやもう私が口つけてるんですけど」

 

「お前小さいんだから一口も小さいだろ。半分にしろ、半分に」

 

「……………」

 

 

 

 一瞬断りたくなったが、そもそもこれは自分で手に入れたものではないので渋々従う。

 と言っても半分にする為の手頃な刃物がない。仕方なく、セクエンスでリンゴを半分にしようとして——隣にケイ卿がいるのに流石にそれはどうなんだ、と思い止まってやめた。

 

 しょうがないので投影で代用しようとする。

 手のひらから赤い魔力の残滓が迸り、その残滓が瞬間的に形となった。

 何処にでもあるただの短剣。見てくれだけで、中身の伴っていない模造品。

 

 

 

「おい待て——今当たり前の様にやった、それはなんだ?」

 

「…………ッ」

 

 

 

 訝しみの声が真横から響いた。

 ケイ卿は、作り出した短剣を持ったまま硬直する私を注視している。

 

 ……やばい、完全に油断していた。

 いや、別にやばくは、ない。多分。別にいずれは知れ渡るだろうし、自分の固有の能力なのだと説明するつもりではいた。

 だが、決してこのタイミングではない。

 

 

 

「あー……その、とりあえずこれどうぞ」

 

「何事もなかった様に行動を再開するんじゃねぇよ」

 

「いや、違います。

 説明するつもりはあるんですけど、ちょっと説明が長くなりそうなので、先にリンゴを渡して置こうかと」

 

「ふーん……」

 

 

 

 何かを疑う様な疑心の目を向けながらも、ケイ卿は半分に切られたリンゴを受け取った。

 彼はリンゴの切断面に目を向けながら、感心した様に答える。

 

 

 

「幻術の類いではない。明らかに物理的に干渉されてる。切れ味は……果物を切るには十分か。これくらいなら、人を殺傷する事も出来るだろうな」

 

「……………」

 

「で? 説明は?」

 

 

 

 此方に向けられている視線は厳しい。

 懐から取り出しました、なんて誤魔化しは、遠くから私を眺めていただけなら兎も角、真横で完全に視認していたケイ卿に対しては無理だろう。

 

 

 

「魔術……投影魔術というものですよ」

 

「投影?」

 

 

 

 重い口を開いて説明を開始した。

 誤魔化しはしない。というよりも、多分無理だ。

 このタイミングでケイ卿相手に誤魔化せる自信はなかった。

 

 

 

「簡単に言うとイメージからオリジナルを複製する魔術です。ただ、偽物でしかないので中身が一致しない、見た目だけの模造品です。たとえ聖剣や魔剣を複製しても簡単に壊れます。あと数分で消えます」

 

「へぇ……そんな魔術があるのか」

 

「多分、有名ではありません。

 魔術の探求にも大して役に立たないでしょうし、普通なら一々極める価値があるとは思えません」

 

「じゃあお前なんでソレ使ってるんだよ」

 

「……私は別に魔術の探求とかどうでもいいので。

 魔術的には役に立たないとしても、戦闘の選択肢としてなら便利ですし」

 

「ほう。で、どうやって覚えた。これは明らかに"術"なんだろ?」

 

「……独学で覚えました。その、本当に……努力したので」

 

 

 

 自分で口にしながらも、この説明はかなり見苦しい。

 嘘は言ってないし、実際に努力したのは確かだが、疑いを晴らせるかと聞かれたらかなり微妙だ。

 ケイ卿は眉を顰め、目線を窄めているままだった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 これ程、沈黙が痛いと思った事はない。

 ケイ卿はリンゴの切断面をじっと見たまま喋らず、不気味な無表情のままだった。

 何を考えているかは分からない。何かを発言するでもなく、緊張の空気のままケイ卿の行動を待った。

 

 

 

「——フハッ、ハ、ハハ……!」

 

 

 

 不意に、隣から弾ける様な笑い声が響いた。もちろん隣には一人しかいない。

 抑え切れず滲み出る様な笑みが、ケイ卿から発せられている。

 

 

 

「は……? ケイ卿……?」

 

「ハ、ハハ! お、お前マジか……ッ」

 

 

 

 額に手を当て、心底可笑しそうにケイ卿は笑い続けている。

 堪えようとしながらも結局堪えられておらず、笑いに息切れしていた。

 しばらくして、ケイ卿がようやく息を整え終わってから、彼はニヤニヤとした笑みのまま語る。

 

 

 

「お前、今さっき完全に素だっただろ。何も考えず、本来なら教えるつもりのないものを教えてしまうという失態をかました訳だ」

 

「……………」

 

「じゃあこう考えてもいいか? 思わず油断してしまうくらいには、心を許して貰えたと」

 

「——————は?」

 

 

 

 自分でも驚く程低い声が出た。

 しかし、ケイ卿はそれに対して一切を意に介さず、ニヤニヤとした口調のまま此方を見下ろしていた。

 

 

 

「そういう事でいいか?」

 

「気持ち悪いのでやめてくれませんか?」

 

 

 

 彼の笑みは変わらない。

 彼は勝ち誇った様な笑みを浮かべた後、受け取ったリンゴを食べ切って、スタスタと歩いていった。

 

 

 

「よし。今の俺はとても機嫌が良い。次の商店に行ったらもう終わりにしよう」

 

「はぁそうですか……今の私は最高に機嫌が悪いのですが」

 

「おお、なんとも子供らしい事だな」

 

「……………」

 

 

 

 相手の神経を逆撫でする様な冷笑で、ケイ卿は一度振り返る。多分、私がやるような笑みを真似ているのだろう。自分の事を棚に上げて、前を歩くケイ卿に凄い勢いで殴りかかりたい。

 私が本気を出せば、ケイ卿を張っ倒す事は充分可能だ。しかし……それを行動に移せば、私は拗ねて地団駄を踏む幼児と何も変わらない。

 

 ……そうだと理解していても、やっぱりケイ卿のニヤニヤとした表情は無性に腹が立ってしょうがない。

 

 

 

「じゃあさっきと同じ様に、俺が交渉でお前が援護射撃と警戒な」

 

「……分かりました」

 

 

 

 既に調子を切り替えたのか、ケイ卿の雰囲気が至って真面目なものに戻る。

 その様子に、未だ自分だけ悶々としている事に気付いて、余計に悶々としながらも了承を返した。

 

 ……援護射撃、別にしなくていいな。

 この国でトップクラスに口が回るケイ卿なのだ。交渉の技能はカンストしているだろう。というか、している。私が援護などしなくても充分だ。

 

 

 

「—————————」

 

「—————————」

 

 

 

 ケイ卿と商人の話し合いを横目に、悶々した感情はひとまず置いといて、人々が行き交う大通りを見る。

 既に夕方近くなると言うのに、人々の行き交いや喧騒は、この城下町を訪れた時と一切変わりない。人々が一生懸命になって今を生きている証拠だ。

 

 だからだろうか。

 その人々の喧騒の中、違和感を覚える程静かな佇まいの人間が、酷く目についた。

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

 人々の行き交いの影となる場所。大通りではなく、裏道へと繋がる場所で佇む人間がいた。服装から騎士ではないと分かったが、かと言って普通の市民でもない。

 上質な服に身を包んだ役人。もしくは将官と呼べる様な人物。

 

 

 

「どうしたお前。相手の情緒を読み取って、的確にペースを乱すお前の援護射撃がないと地味に面倒だったんだが……」

 

「ケイ卿。怪しい……とは言えないかも知れませんが、何か違和感を覚える人物がいました。右斜め前の裏通り付近にいる人物です」

 

「……何……あれか。確かに、この人通りだと若干違和感を覚えるな」

 

「あんな人物、この町に訪れた時にいました? 確かいませんでしたよね。服装から見ても、何か役人の様な印象を受けるのですが。白にしろ黒にしろ会話を試みてもいいのでは」

 

「なるほど確かにそうだ」

 

 

 

 互いに煽り合う事などせず、意識が完全にその人物に向く。

 両方共に、意識は普段のそれから切り替わっていた。

 

 

 

「お前は俺の一歩後ろにいろ。そういえばお前利き手は?」

 

「右ですが多分両方いけます。両利きとして扱って下さい」

 

「ならどっちでもいいか……俺と重ならない様に斜め後ろにいろ。要らんお世話だろうが、剣には手をかけるな。お前は一挙一動も見逃すなよ」

 

「了解しました」

 

 

 

 ケイ卿の左斜め後ろに位置取り、ケイ卿と共に将官と思われる人物に近づく。

 その人物に近付いている途中、相手側が此方の姿に気付いたのか、目線をケイ卿の方に向けた。

 ……今、ほんの一瞬だが、ケイ卿を見た瞬間僅かに息を呑んだような気配がした。

 

 

 

「これは……円卓のケイ卿ではありませんか」

 

「おお、話しかける前からこっちが誰なのか理解してくれるとは助かる」

 

「ええ、アーサー王に最も近い十一人の騎士の名を知らぬでは通せませんから……」

 

「あーすまん。そういう御託は聞き飽きてるから要らない。別に大した用事で来ている訳でもないしな」

 

 

 

 此方の姿に気付いたその人物は、ケイ卿に話しかけられるよりも早く先に話しかけて来た。

 何かを思案していたと思われる無表情は既になく、笑みが貼り付けられている。

 柔らかな笑みを浮かべたまま、その人物は私に目を向けた。

 

 

 

「そこの子は……」

 

「私の事ですか? 私は最近ケイ卿の従者になったばかりの見習いです。私の事は気にしなくて結構ですよ」

 

「最近キャメロットに来たばっかりでな。歳はかなり幼いんだが、筋がいいし礼儀も出来てるからでちょっとした期待の新人なんだよ。

 だからまぁ、下積みついでに観光だ」

 

「そうだったのですか」

 

 

 

 ケイ卿と息の合った口裏合わせを行い、自分の処遇を誤魔化す。

 私という存在と、ケイ卿の観光という言葉に納得したのか、彼は"安心した"という様に吐息を溢した。

 ……揺さぶってみようか、白だったら後で謝ればいい。

 

 

 

「おや。"安心した"様に吐息を溢してどうかしましたか?」

 

「え……いや、少し仕事で疲れているだけさ」

 

「そうでしたか。確かにこの町は活気に溢れていて、多くの人々が充実していますが、やはり疲労は溜まるのでしょう。

 そういえば、貴方の姿は今日一度も見かけていませんが、貴方は疲れる程仕事してました?」

 

「………………」

 

「あぁすみません。確かに私はこの町全てを見通している訳でもないのに、失礼でしたね。家屋の中で仕事をする人もいるというのを失念していました」

 

「……いや。分かってくれればいい」

 

 

 

 私の発言に、一瞬だけ不機嫌そうに眉毛を顰めたが、彼は直ぐにそれを戻して、再び笑みを浮かべた。

 疲労が溜まってる様には思えない。反論はない。不機嫌に黙り込むではなく、誤解が取れたら機嫌を直すだけで、目線をずらしたりはしない。身体を揺すったりと露骨に分かり易くはない。

 ただ、なんとなく怪しい。疑惑を解消出来る点はなし。

 ……そんな簡単にはいかないか。

 

 もしかしたら普通に白かもしれない。

 

 

 

「いや、コイツがすまないな。いきなり失礼な事聞いちまって。まぁコイツはそういう歳なんだと理解してくれ。この歳だと大人ぶる上に色々と気になるんだよ」

 

「……申し訳ありません。私の悪い癖です。以後気を付けます」

 

「あぁ、いえ。私は別に気にしておりませんので……」

 

 

 

 私を揶揄する様な発言だったが、ケイ卿とこの何日か相対してきた私には分かる。ケイ卿は一切ふざけてなどいなかった。

 僅かに笑みを浮かべてはいるが、目が笑っておらず、彼を見ているケイ卿の視線は見定める様な厳しさがあった。もしかしたら、私と似たような事を考えていたのかも知れない。

 ケイ卿と口裏を合わせ、会話の流れから一歩引く。

 

 

 

「それでは、ごゆっくりと。この町にはキャメロットにも誇れる程の物はありませんが、是非旅の疲れを癒やして下さい」

 

「あぁ待ってくれ。少し聞きたい事があるんだかいいか?」

 

「……どうしましたか?」

 

 

 

 既に会話は終わったもの考えていたのか、その人物は若干煩わしそうに返した。

 

 

 

「実はこの町の調査をしているんだが、この町に詳しい奴はいないか?」

 

「何の、調査でしょうか?」

 

 

 

 ——かかった。

 

 

 

「いや別に大した事じゃない。ちょっと——アグラヴェイン卿が気になる事があるってんでな?

 ここのお偉いさんに話を聞くのが早いと思ってよ」

 

「……………」

 

「いや別に大した事じゃないぜ?

 すぐに終わる程度のもんだ」

 

 

 

 ケイ卿が、あえて邪推させる様に不安感を煽る。

 アグラヴェイン卿の逸話は有名だろう。特に円卓の中でも良くない噂を持つアグラヴェイン卿が探っているなんて告げているのだ。

 暗にお前が怪しいと言っている様なものである。

 

 

 

「具体的には、何を……」

 

「いや別に大した事じゃないんだ。ちょっと話をさせて貰えればそれでいい」

 

「………………」

 

 

 

 含みのある返しでケイ卿は告げる。

 具体的な事は教えず、ただ話がしたいとだけ。実際に、ケイ卿は話自体はさほど重要視していないのだろう。含みのある受け答えで彼の反応を見ている。

 

 

 

「流石に具体的な事を言って貰わないと……」

 

「いやぁそれもそうか。ちょっと貿易についての話をな?」

 

「…………」

 

「申し訳ありません。これも仕事なので、協力してくれると助かります。何もなければ、円卓の騎士の保証付きなのだと名乗れるでしょう?」

 

 

 

 何もなければの話だが。

 その人物は大きく悩み、揺れていた。何を悩んでいるのかは分からないが、悩むだけの何かがあるというのは分かる。

 

 その様にその人物を観察していると、ケイ卿が私の方に僅かだが目配せをして来た。

 ケイ卿の方へ視線だけ動かせば、何かを口パクで伝えている。

 ……話を、合わせろ……?

 

 

 

「あー……今考えれば、こんな遅くの時間にそんな事頼むのは大変か。すまないな、とりあえず今日はキャメロットに戻るとするよ」

 

「アグラヴェイン卿にはとりあえず保留と告げて、数日後に本格的な調査を依頼すればいいのでは?」

 

「……ッそれは……いえ、問題ありませんよ。貿易品ですね。その話については城の方でよろしいですか?」

 

「そうか? ありがたいな。よろしく頼むよ」

 

 

 

 そう言って、彼は先導する様に歩き出した。

 ……歩き方は露骨な程速くなったりした訳ではないが、なんとなく余裕がない様に思える。

 彼が浮かべていた笑みも、何処かぎこちない。

 

 彼と数歩分離れた場所を歩いている中、ケイ卿は私にだけ聞こえる様に小声で話しかけて来る。

 

 

 

「お前、どう思う」

 

「もう面倒臭いので、黒で決め打ってもいいのでは?

 円卓の騎士であるケイ卿に緊張しているだけで、実は真っ白なのかも知れませんが、その時は謝りましょう。許してくれなかったら黒に見える程に怪しい素振りを見せたそっちが悪いという事で」

 

「……お前、結構やり方酷いな」

 

「いや、どうせケイ卿も私と同じ事考えてましたよね?

 含みを持たせた受け答えで、ズバズバと切り込んでたじゃないですか。アレ、明らかに、実は全て知っているけど、敢えてお前を泳がせているんだぞって思わせるやり方でしょう」

 

 

 

 その発言に、ケイ卿は視線を逸らしながら気不味そうに頬をかく。

 どうやら当たっていたらしい。白と確信も出来ないし、黒と確信する事も出来ない。怪しさはあるのだが、決定的な何かを口から滑らしてはいないのだ。

 ならもう黒だと仮定して動いた方が楽だ。

 

 でも、もう少し判断出来る材料が欲しいのも確かではある……揺さぶるか。

 

 

 

 

「そういえば、"天高く咆哮する獅子"はどうなりましたか?」

 

「———え?」

 

 

 

 彼は驚いた表情で振り返る。

 単に驚いたのではなく、知られたくない事を知られた様なそんな顔だった。

 ……これに反応するのか。考えうる限りで最悪の黒のパターンが頭に浮かぶが、それは後で考える事にして、彼の反応をより探る。

 

 

 

「いえ、ですから天高く咆哮する獅子の話ですよ。確か、ユーウェイン卿が見つけて、生涯の相棒にした……」

 

「あ、あぁその事ですか。すみません……ユーウェイン卿の事は良く知らないので」

 

「そうでしたか」

 

 

 

 私の誤魔化しで一歩引いたが、明らかに今動揺していた。

 もちろん、天高く咆哮する獅子はユーウェイン卿が連れている獅子の事じゃない。ある——国の比喩だ。

 その国の比喩に、彼は大きく反応したという意味は、彼がその国に所属……正確には所属していた、という事実を察するに余りあるものだった。

 

 私の意図するものに、ケイ卿も気付いたのかもしれない。

 ケイ卿が彼を見つめる視線は酷く冷ややかだった。

 

 

 

「あぁ、そういえば、ゴール国は再興するにあたってかなり苦境に立たされるだろうからと、アーサー王は、かなり此方側が譲歩した貿易を課していたなぁ。その恩に付け込まれる形で何かされたらかなり気付き辛いかもしれないなぁ」

 

「……………」

 

「話は変わるがな、アグラヴェインが気にしてたのはな、なんでも金の動きが気になるとかなんだよ」

 

「………………」

 

「なんだろうなぁ——キャメロットから送ってる貿易品、横流しでもされてんのかなぁ」

 

「——————」

 

 

 

 ケイ卿がその発言をした瞬間、その人物は歩みを止めた。

 それに釣られて、私達二人も歩みを止める。

 その人物との距離は数歩。私なら一瞬で距離を詰め、尚且つその人物を瞬時に無力化出来る。

 腰に携る二つの短剣をいつでも抜ける様に準備をしておく。

 

 

 

「——すみません、使いの者をやるので少々お待ち下さい」

 

 

 

 気味の悪い笑みを顔に貼り付け、有無を言わさぬ口調でそう告げる。

 此方の返事を待たず、彼は城の方へ速足で歩いていった。

 

 

 

「やっべぇ、クリティカルヒットした」

 

「……何やってるんですか」

 

 

 

 その場に残され、その人物の後ろ姿を眺めながら、やってしまったという風に呟くケイ卿に呆れた声で返す。

 ケイ卿の発言で、自分の中で混沌としていた情報の断片が形になってしまった。

 

 

 

「いやコレ、絶対勘付かれたと思ってますよねあの人。

 私達が知らないフリをしているだけで、実は何もかも把握していて、敢えて泳がせていて反応を探っているんだって。

 本当は私達、何も知らないのに」

 

「……………」

 

「……コレ、どうしましょうか」

 

「お前が的確過ぎるからだからな……」

 

 

 

 ケイ卿は頭を抱えたまま、忌々しい口調で小さく呟いた。

 

 

 

「はい……?」

 

「お前が天高く咆哮する獅子とか言うから、頭の中で辻褄があっちまったじゃねえか。天高く咆哮する獅子って、ウリエンス王が戦の時に掲げていた旗の事だろ。旧ゴール国の国旗にもなっていた。

 お前がアイツに揺さぶりをかけた時の反応で、コイツ黒だなって察しちまったんだよ」

 

「えぇ……責任転嫁酷くないですか?

 色々とケイ卿に対して口裏を合わせたりだとか、援護射撃頑張ったんですけど」

 

「援護射撃で相手の急所ぶち抜いてんだよ、お前は!

 あぁ……もうコレ、旧ゴール国の生き残りが逆恨みかなんかで、アーサー王に対して叛逆の機会を伺ってるとかなんとかだろ。

 お前の事を知らない様だったから、多分アイツは末端で、規模はそれなりに大きい。もしかしたら、一部の役人すらグルかもしれない。

 ……いや、アグラヴェインが違和感しか感じられなかったんだから、キャメロットに定期報告してる役人は、まずグルだ……規模以前に、他の諸国にも根が広がってるかもしれないぞコレ。

 ……マジでどうすんだ……」

 

「そんな事私に言われましても……というか一番不安感を煽っていたのはケイ卿じゃないですか。

 しかも、決定的だったのは貴方が最後に言ったあの発言でしょう? やっぱり、責任転嫁が酷いと思うんですけど。私のはコレかなぁと思ったのを、それっぽく発言しただけで、殆ど直感みたいなものですし」

 

「テメェ……」

 

 

 

 私を睨みながら、ケイ卿は怒気を滲ませ忌々しく呟く。

 いや、決して私は悪くないと思う。仮に私が悪かったとしても、同じくらいケイ卿も悪いと思う。

 

 

 

「やっぱり、お前が要らない事にまで気付いて俺が迷惑を被るんだ……」

 

「貴方が必要としていたから私が援護しただけで、要らなくはなかったですよね?

 ケイ卿だって色んな厄介を引き寄せてますし、私だって迷惑を被ってるのですが」

 

 

 

 大通りのど真ん中で罵り合いが始まった。

 夕方にはなって疎らになったとはいえ、まだ大通りを行き交う人々がいるといのに、その事を気にせず互いに罵り合ってしまう。

 

 

 

「申し訳ありません。待たせてしまった様ですね。是非此方へ」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 

 彼が戻って来たのを確認して、互いに黙り込む。

 しかし、彼はただ戻って来た訳ではなかった。衛兵の様な格好をした、重装備の騎士を数人連れていた。手には鋭利な槍が握られている。

 

 

 

「では付いて来て下さい」

 

 

 

 丁寧で穏やかな口調だったが、有無を言わせない迫力があった。

 表情は笑っているが、目が笑っていない。此方の一挙一動でも見逃さないという程に、目線には力が入っている。

 

 

 

「……一応言っておくが、戦闘になったら俺は多分役立たずだからな……」

 

「…………」

 

 

 

 此方にだけ聞こえる様に、ケイ卿は小さく目配せをしながら囁く。

 彼らに連れられながら、二つの宝剣をいつでも抜き放ち、魔力放出を以って一撃で斬り伏せる準備と覚悟を始めた。

 

 

 




 
 前回がまあまあ重い話だったので、今回は比較的普通の繋ぎの話。
 そして今回が比較的普通の話だったので、次回は重い話。
 

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