戦闘描写楽しいなぁ
詳しい心理描写がいらなくなって、文体と人称が変化するからいつもの書き方の息抜きになって凄い筆が進むなぁ
時刻はもう直ぐ夜中。
窓の外の夕陽は沈み行き、黒く染まりかけている。
そんな黄昏時の中、戦の影を思わせる古城の一室で、複数の人影が相対していた。
互いに交わす言葉は表情上は穏やかであっても、水面下では張り詰められ、今にも直ぐ切れそうな糸の様に緊迫した状況が続いている。
一方は磨かれたイスに背を預け、不機嫌そうな青年の騎士に対して貼り付けた笑みを向けている、歳を経た貫禄のある老練の男性。
その後ろには槍を握る騎士達に、この古城に来るまで、不機嫌そうな青年達と相対していた将官と思わしき男性もいた。
もう一方は、彼らとテーブルを挟んで同じく磨かれたイスに座る騎士の青年。
その後ろには、護衛の様にも思えるが——あまりにも幼い"少年"と思わしき子供が、腕を組んだ姿勢で背中を壁に預けている。
その腕を組んだ姿勢は、腰に携える二つの短剣を抜く気はないという意思の表れだと、その場にいる人物達は捉えた。
——その子供が瞬きするよりも速く、剣を抜いて斬りかかる事が出来るとは考え付く事が出来なかった。
「いやぁ、別にそんな大した事じゃないぜ?
だからこんな持て成しなんかしなくてもいいんだがなぁ」
「いえいえ……円卓の騎士様に対して、そんな簡単な対応をしては度量が知れるというものですから。それに、御連れの方はまだ若い。是非ともこの町で疲れを癒やして欲しいものです」
——実質的に軟禁しておきながら良く回る口だな。
心の中で、ケイ卿はそう舌打ちする。
城に連れ込んだ瞬間に不意打ちを仕掛けて来るかと二人は身構えていたが、彼らの対応は表面上は穏やかだった。
ただし、いつでも物量で圧し殺す準備をしているぞと、佇む騎士達に言葉なく威圧されている。見えてないだけで、まだまだ予備の騎士達はいるのは明らかだった。
それにも拘わらず攻撃を仕掛けて来ないのは、二人が明確な証拠を掴んだのだという事を彼らが掴めていないからだった。下手に円卓の騎士と事を荒げる事は出来ない。
しかし、そう簡単に帰す訳にも行かなくなってしまった。
アーサー王側に叛逆の兆しありと報告されるか、今ここで円卓の騎士と敵対し、そのままアーサー王と敵対するか。
彼らはその両天秤の間で、深く揺れている。
「と言ってもなぁ……少し調べが済んだらもう帰るつもりだったからなぁ……」
「……どのような?」
「いや何。ちょっとだけ"此方から送っている"貿易品がどうなったか教えて欲しいんだよ。もちろん、しっかりと目で確認したい」
「……それは明日でもよろしいでしょうか。それなりに時間がかかるものですし、何より、今日はもうすぐ夜中ですから」
そう言って、やんわりと拒絶される。どうしても確認されたくないのだとしか思えなかった。
「そうか、残念だ。なら早く帰して欲しいんだがなぁ。
まるで事が終わるまで軟禁したいみたいだ」
「……………」
「……ケイ卿」
敵意を煽る様な笑みでそう告げれば、彼らは露骨に眉を顰めた。
数では明らかに不利であり、追い詰めている様で後がないのは此方の方であるのだ。舐められたら終わる。
しかし、後ろにいる少年——の様に見える少女はそうは思わなかったらしい。
悪事を咎めるように、やや困惑気味に小さく洩らされた声には、納得の行かない不服さが宿っていた。何故、このタイミングで敵意を煽る様な馬鹿げた事をするのか。そんな意味が込められているだろう声だった。
「と、申されましても。ここからキャメロットまでは馬を走らせても一週間近くかかる。今日はこの町に滞在した方がよろしいかと」
「いや別に必要ない。そもそも長旅には慣れてる。なぁ、お前もそうだろ?」
「……まぁ、そうですねケイ卿。単身での行動には慣れてます」
後ろにて佇む彼女を、話し合いのいいダシにされないよう、釘を刺しておく。
察しのいい事に、少女は話し合いの流れから、意図を素早く察してくれたようだった。
「……………」
「……………」
互いが膠着状態に入る。
話はひたすら平行線。互いに睨み合ってはいないまでも、相手の真意と出方を見透かしてやるとでも言いたげな様に、視線は鋭かった。相手側にしても、後ろの彼女を簡単に話には引き込めない。
それにもしかしたら、小さい子供でも分かるくらいの緊迫とした空気を醸し出すこの異常な空間に居ながら、その不気味な人形の様な佇まいを見て、その子供は只者ではないと認識し始めたのかもしれない。
「そうですか——しかしそれでは一体どうすれば良いのか……」
そう言って、彼らのトップと思わしき人物は眉間に深い皺を寄せて、鼻頭の上、目元の部分を右手で揉み始めた。
「ん……?」
「……どうした、ルーク」
ふと、後ろから声がした。
今の今まで、相手側を挑発してしまわないようにと自発的な会話を行わず、また敵対的に取られない様に腕を組んだ姿勢で少女は佇んでいた筈だった。
目の前の人物から意識を逸らさないように、ケイは軽く後ろに目をやって少女を見る。
バイザーで目線そのものは隠されてはいるが、少女は目の前の老練した人物に視線を向けている様に思えた。
「いや今、指が……———ッッ!!!」
「ッ……が、はっ……」
言葉を言い切る事はなく、また行動も一瞬だった。
何かを瞬間的に感じ取ったのか、少女はケイ卿の鎧の首根っこを掴み取る。それと同時に正面のテーブルを片足で蹴り飛ばして、ケイ卿の身体を引っ張りながら後ろに跳躍する。
いや、そんな生半可な事ではなかった。
テーブルに少女の足が触れた部分は砕け散り、その部屋という超極小の空間にだけ、一方向に向けて超強力な突風が吹き荒んだかのように、大きな衝撃が走った。
その衝撃を受け、丁寧に磨かれたテーブルは跡形もない。
亀裂の入ったテーブルの破片は、槍を携えていた騎士達や彼らのリーダーと思わしき将官や、トップと思わしき老練な男性すらも巻き込む。
それ程の衝撃を与えながら後ろに跳躍した為、鎧の首根っこを少女に掴まれていたケイ卿は、衝撃で頭が下に揺さぶられ、呼吸が強引に塞がれる。
「チッ……ッッ!!」
「ぐっ……ッ」
少女はケイ卿を掴み取りながら後ろに跳躍したが、後ろにあるのは窓と壁。
少女は舌打ちしながらも、瞬間的に、ケイ卿を掴んでいないもう片方の腕に魔力を通しながら、腕を壁に叩きつける。
再び、人智を凌駕する魔力が瞬間的に放出された。
竜が大きく腕を振りかぶり、その鉤爪を振るうに等しい破壊力を持ったその攻撃で、後ろの壁は窓を起点に容易く崩壊する。
その崩壊した壁を飛び越え、少女とケイ卿は古城の一室から一気に落下していく。
しかし、少女は落下しながらもすぐさま姿勢を立て直し、ケイ卿を脇で抱え取った。
その姿勢のまま、衝撃がケイ卿に行かないよう両足で着地した後、残る片腕を地面に着けて、十数メートルの落下の制動を完全に殺す。
「無事ですか、ケイ卿」
「が、はっ………テメェいきなり何をッ………」
少女はケイ卿を地面に放り出し、ケイ卿の安否を確認する。
しかし、安否を心配するにはあまりにも冷たく、また感情の乗らない声だった。
その様子と、先程までの行いに対してケイ卿は咳き込みながら悪態を吐きそうになったが、少女の佇まいを見て、思わず黙り込む。
少女のその様子は、今まで見て来たモノの様でいて、しかし違う似て非なるモノ。
普段は寛容な様子のガウェインやランスロットと言った円卓の騎士達が、開戦前などに時折見せる、己の寛容さと共に表情を消した時の様子と良く似ていた。敵対者に対する容赦の無さが浮き上がる様に、彼女の無表情に確かに滲み出ている。
ゾッとする佇まいのまま、少女は顔を上げてある一点を向いていた。
それに釣られて、ケイ卿も少女の視線の先へと目を向ける。
「———な」
「…………」
今しがた古城の一室から落下してきた部屋を、地面から見る。
内側から外側に向けて大きな爆発が起きた様な有り様だったが、問題はそこではなかった。
——槍が突き刺さっていた。
先程までケイ卿が居た位置に。良く目を凝らして見れば、その槍は天井から突き出されていたのだと理解出来る。もしも、少女に助けられていなかったら、身体を槍で貫かれていたかもしれない。
「お前、どうやって気付いた……俺は殺気すらも感じ取れなかったぞ……」
「そうですね。私も殺気は感じ取れませんでした。そもそも、まともな殺気を出さないで攻撃して来たように思います。
あの人物が眉間を揉む時の仕草が、不自然に指を強く擦り合わせていた様に思えたので、多分それを合図に天井裏に潜んでいた人間が反射的に槍を突き出しただけなのでしょう。
思っていたよりも殺人に対する容赦がありませんね。暗殺者のやり方に似ている」
「じゃあ、本当になんで分かったんだよ……」
「直感です。分からないままに避けました。
まぁ半分は勘で、もう半分は指の動きがなんとなく気になったのでそれです」
思わずケイ卿は絶句する。
荒唐無稽だと断じる事は出来ない。実際にそれで命を助けられたのだから。そして——その未来予知じみた芸当に助けられた経験は、彼にとっては初めてではない。
命を助けられたという感謝よりも、気味の悪い畏怖を少女に抱く。
「ぐッ……よくもやってくれたな……ッ全員出合え! 必ずあの二人を捕らえろ! アーサー王への人質として使える!!
だが最悪殺しても構わない! キャメロットにまでは絶対に逃すな!!!」
痛みに苦悶するような声が上から聞こえてきた。
崩壊した一室から此方を見下していたのは、先程までケイ卿と対談していた老練の男性。
少女が蹴り砕きながら吹き飛ばしたテーブルの破片をもろに受けたのか、身体中に浅くない切り傷が出来ており、血が滲んでいる。
「……まぁ、そう簡単にはいかないか。鎧もなしでアレなら、周りの騎士はほぼ無傷だろう」
「お、おい。ルーク……」
「———
少女は先程までの一室を睨みながら、詠唱を言祝ぐ。
詠唱によって赤い稲妻が迸り、瞬間的に彼女の手には一振りの剣が現れる。何処にでもある無銘の騎士剣だが、人を殺傷するには事足りるそれ。
少女はその剣を掲げ———今尚、怒号と共に指示を下す傷だらけの男性に剣を投擲する。
投げられた剣の速度は、弓矢の速度と比べるのは烏滸がましいとすら思える程の速度だった。
音速を超えた速度で剣が男性に突き刺さり、男性を1メートルほど舞い上げて吹き飛ばした。
「————がは……ッ……」
投げられた剣の刃先は男性の脇腹を貫き、容易く背中まで貫通する。
突き刺さった剣を、老練した男性は何とかしようとするが、肉体に突き刺さった衝撃でその剣が崩壊したのか、剣を引き抜こうとする度に傷跡が大きくなり、出血量が増していく。
そして——あまりの激痛に痙攣し始める男性に対して、安否を急ぐ声や怒号が一気に広がる。
「すみませんケイ卿。
重要そうな人物だと思うので、頭や心臓は狙いませんでした。
胴体の中心ではないので生命に重要な臓器は傷付けてませんし、死には至らないでしょう。まぁ死んだ方がマシなくらいの激痛が襲い続けるでしょうが、これで逃げられはしません。
大英雄アキレウスくらいの実力者だったら、脇腹を抉られた状態でも走れるかもしれませんが」
「あ、あぁ……」
「足を狙ってもよかったのですが、脇腹を抉った方がダメージは大きいでしょうし、激痛でまともな指示は出せません。きっと声を出すのすら辛い。これで統率力は大きく削れた筈です」
「…………お前、容赦無さ過ぎだろ……」
「……? ……別にこんなものでは」
大きくなり続ける怒号や罵声を気にも止めず、また恐怖するような畏怖の声にも、少女は何の関心も持たなかった。
無知な子供の様に、自分がやった事に対する理解が追いついていない訳ではない。一寸の余地なく正確に理解した上で、少女は何の関心も抱いていなかった。
人間味を感じさせない色素の薄い肌と合わさって、不気味な人形の様に見える。
「………………」
「一つ聞きたいのですが、さっきの会話で何がしたかったんですか」
徐々に周囲が慌しくなっていく。
もうすぐこの場に大勢の騎士達がやって来るだろう。それを正確に把握したのか、少女は両腰の短剣を抜きつつ、ケイ卿に話しかけた。
何かを言い返したりする気力もなく、ケイ卿は尻餅をついた姿勢のまま返す。
「いや……あの場では圧倒的に俺らが不利だったから、舐められて上手に出られたら不味かった。
だからマウントを取られないようにしつつ、円卓の騎士に敵対する事の意味を理解させて、とりあえず今日は見逃させてやろうと……後は監視の目をお前と協力して抜け出して、キャメロットに帰還してからアグラヴェインの協力を仰ごうって……」
「……とてもとは言いませんが、流石に無理があるのでは……?
抑止となる後ろ盾がアーサー王だけで、私達そのものは脅威には捉えられていないのでしょう?正直言って、相手側がそんなに我慢強いタイプだとは思いません」
若干呆れた様な言葉が少女から出て来る。
やり方の意図は分かったが、流石に博打に過ぎるのではという意味合いを持った呆れ声だった。
少女にそう言われて気付く。いつの間にか、基準がすり替わっていた。
「そうだよな、我慢強い人間なんてそんなにいないよな。そう考えるとお前って、我慢強いんだな……」
「はい……?」
「お前と相対していて、いつの間にか基準がお前になってた。
……しかもお前、言い返すだけで空気を悪くしたりしないし、変に尾ひれも残さないし。そう考えるとお前って、実は素直なんだな……」
「………はぁ? 何を訳の分からない事を。いや言葉の意味は分かりますけど、それ今言う事ですか?」
釈然としない口振りで少女は返す。
先程までの様子は何処にもなく、この数日間交わしてきた煽り合いの時の様な雰囲気が彼女に戻っていた。
「奴らを囲め! 相手は少ないとは言え円卓の騎士のサー・ケイだ。決して油断するな!
隣の子供も見た目に惑わされるな! あのサー・ケイが従者として仕えさせた者だ、数で殺せ!」
だがそれも長くは続かなかった。
古城から、二十では利かない大勢の武装した騎士達が続々と出て来る。
それを視認した少女の雰囲気が、スッと切り替わる。放つ雰囲気はひたすらに冷え冷えとした、魂から凍て付かせるかの如き威圧。
その不気味な雰囲気に、敵対する騎士達も気付いたのかもしれない。
誰もが、ジリジリとにじり寄りながらも先制を仕掛けられないでいる。
子供一人と、武装した大人二十人近くが拮抗していた。
「早く立って下さい。最悪死にますよ」
「…………」
その冷え冷えとした声を向けられ、ケイ卿は無言で立ち上がり剣を抜く。
しかし、意識は敵ではなく少女の方へと向いてしまった。
少女は死地に巻き込まれた事などある筈がないというのに、佇まいは幾度も凄惨な戦争を生き延びた老兵の様だった。
いや、それすら正しくないかもしれない。彼女は老兵以前に、人間らしい情緒が既にそこにない。
少女はこの場にいる誰よりも幼い。にも拘わらず、最も心が動じていないのは彼女だ。彼女は瞬きの間に、肉体と心を切り離している。彼女はもうどうしようもなく、殺戮者として完成されていた。
「本当に、お前が怖くなってくるよ。お前が何人もいるみたいで」
「はぁそうですか。良かったですね、そんな恐ろしい存在が貴方の味方をしていますよ」
「……………」
冗談が通じているのかは分からない。
彼女の様子は未だ凍て付いたままだ。返された言葉も、この数日間のそれと違い、無感動に淡々としている。
「ケイ卿。多分三対一ならなんとか出来ますよね。
私が後方を突破して包囲を切り崩します。私が作り出した穴をケイ卿は抜けて下さい。後は私が残りを相手します。もしかしたら何人か其方に抜けるかもしれませんが、数人ならケイ卿が対処してくれると助かります」
「あぁ……」
ケイ卿は少女に対して素直に頷く。
情け無い事ではあったが、他の円卓の騎士と違って数十人近くの騎士を相手にする実力はない。不本意であっても、この場を切り抜けるには少女の力に任せるしかなかった。
「自分の身を最優先に考えて下さいよ?」
そう言って、少女は二つの宝剣を両手に携えて風よりも速く敵陣に飛び込んでいった。
普通の生涯では聞く事の方が難しい、耳を劈く、地面が蹴り砕かれた轟音が周囲に響き渡り、瞬間的に突風が吹く。
少女の速度を視認出来たものは誰一人いない。影すら見えていない。
「———な」
既に少女は敵の目の前にいた。
油断も慢心もしていなかったというのに、誰もその速度に追い付けていない。反射的に、騎士は槍をその子供に突き出そうとするが、そう頭が判断した頃には子供はもう攻撃を仕掛けていた。
少女はその突進の速度を変換する様に、槍を握っている騎士の手ごと、槍を蹴り上げる。
その衝撃で、槍を握っていた騎士の指の骨が折れ肩が脱臼したが、少女の攻撃はまだ終わらなかった。
強制的に跳ね上げられてガラ空きとなった騎士の体に——少女は剣を突き立てる。
そこは、人体の構造上、重厚な鎧で覆う事が出来ない脇の部分だった。防御する物などなにもなく、少女は抉る様に剣を突き立て——刃は容易く心臓まで到達する。
「————ぁ」
発言は許されなかった。
騎士は何か声を出そうとして口を開けた瞬間、口から大量の血が沸き出た。喉を支配する大量の血を一度だけ吐き出して、そのまま騎士は糸の切れた人形の様に倒れ、死亡した。
僅かな攻防すらなかった。
少女は比喩でもなんでもなく、一人の人間を瞬殺したのだ。
ケイ卿はその光景を見て、思わず反射的に声を上げる。
「——ッ待て! やめろ!」
しかし、少女の速度に追い付けていないのは彼も同じだった。
ケイ卿が声を上げたその時には、既に少女は二人目を手にかけていた。
少女は赤い稲妻にも似た線が刻まれた足装束で、回し蹴りを跳躍しながら騎士の頭に放つ。
鞭の様に鋭い攻撃だが、衝撃力は鞭の比ではない。少女が放っている蹴りの衝撃力は、竜が尾を振り回しているのと等しい。
その蹴りを受け、頭に着けていた兜は不気味に凹み、騎士は十メートル程に横に吹き飛んで、痙攣すら起こらず動かなくなる。
もしその騎士の兜を外したら、凄惨な状態の頭蓋を目撃出来るだろう。
「どうしました! 無事ですかケイ卿!?」
今まで聞いた事のない焦った声を聞いて、ケイ卿が襲われたと勘違いしたのか、今しがた二人目を容易く殺害し終えた少女は、振り返りながらケイ卿の方へと声を張り上げる。
「ルーク! 殺すな!」
「は……ぁ? 何故……いや、そもそもいちいち手加減する余裕なんて……」
「お前なら出来るだろうが!」
声を張り上げ、少女の反論を遮るように怒鳴り声をぶつける。
その言葉を境に——
「…………——————」
————瞬間的に少女から人間味が消え去った。
少女が持っていた熱量が一気に冷めきり、それが周囲にまで伝播していく。
まるで極寒の猛吹雪の中に取り残された様な寒気が身体中を襲い、その場に身体を縫い付けた。
おどろおどろしいナニかが、ドクン、ドクンと脈打ち、周囲に音を響かせている様な幻聴が止まらない。酷く不気味なナニかが少女から放たれていた。
「……貰った!」
その場で静止してしまったケイ卿を見て隙と捉えたのか、もしくは鬼気迫る程の不気味なナニかを滲み出す様に現した少女に、本能的な恐怖を感じたのか、一人の騎士がケイ卿にだけ狙いを澄まし、剣を振り上げる。
「——な、まず…………ッ」
自身を襲う殺気にケイ卿は即座に振り向いたが、その行動はあまりにも遅かった。
既に剣は振り下ろされていて、数瞬にはケイ卿を切り裂くだろう。
死が迫る中、時間が急速に引き伸ばされる。
そのまま剣はケイ卿の命を刈り取るかに思われ——しかしその剣がケイ卿に届く事はなかった。
ケイ卿が振り返りきって視認したのは、瞬間的に数十メートル近く吹き飛んで、古城の壁に大きくめり込んだ騎士の姿だった。
それに遅れて、雷が落ちたような轟音が周囲に響き渡り、局地的な地震が起きたように地面が揺れる。
その一撃を認識出来た存在は、この場にはいない。
周囲の人間には飽き足らず——音すらそれには追い付けていなかった。
当たり前の事だった。
幻想において最強の種族。西暦以前の神代の時代からその頂点に君臨する生物の魔力量は、神霊の域に片足を突っ込んでいる。
桁違いの魔力と、白鴉の短剣によって倍速されたその瞬間的な機動力は、音速の壁すらいとも容易く破壊するのだ。
一人の騎士を音速を超えた一撃で蹴り飛ばした少女は、壁にめり込んで痙攣する騎士を一目見ながらケイ卿に話しかける。
「すみません。少しカッとなってしまいました。
後殺してません。ギリギリ生きているでしょう」
その声は平然を保っているようで、鳥肌が立つ程に冷ややかだった。
決して激情を鎮めている訳ではない事はすぐに理解出来る。底の見えない穴の奥底に、膨大な熔鉄を内包している様だった。
「ケイ卿の言う事です。きっと何か訳があるのでしょう。
一瞬、頭が働かず、なんで理解してくれないんだと考えてしまいました」
先程の攻撃の残滓なのか、彼女の身体の表面から、魔力が赤い稲妻となって周囲に放たれている。
しかし、放たれている魔力の残滓はそれだけではなかった。
——黒い泥の様な、おどろおどろしい酷熱としたナニか。
邪悪さをこれでもかと詰め込んで圧縮した、術という指向性を持たない、暴力的な、魔力。
見ているだけで寒気がして止まないその魔力が、彼女を中心として渦となり、脈動しながら放出されている。誰もが、その子供に攻撃を仕掛ける事が出来ない。
「ですが——」
痙攣する騎士から視界を切って、少女はケイ卿に話しかける。
「——ですがもし、私を止めた理由が、小さな幼子が人を殺めるのは間違っているなどと言う、毒にも薬にもならないふざけた理由だったとするなら、私は貴方を許せそうにありません」
バイザーの裏から睨み付けられている感覚がした。
吐き捨てる様に言い残して、少女は再び突撃していく。その機動力と攻撃力で、すぐに一人が再起不能にさせられる。しかし、命までは刈り取られてはいなかった。
「………………」
その戦闘の光景は、ケイ卿の頭には上手く入ってはいなかった。
彼は、先程少女に吐き捨てられた言葉を、何回も頭の中で巻き戻し続けている。
何故なら——実際にふざけた理由で少女を止めたから。
戦術的な観点でもなければ、敵に情けをかけた訳でもない。人を殺してはいけませんという、一般的な道徳を重んじた訳でもない。そもそも、殺人の経験は彼にもある。
ただ本当に——彼女が躊躇いなく殺人を犯し、それを何とも思っていないという事に、我慢ならない嫌悪感を抱いてしまったのだ。
反射的と言っても良い。
おぞましい程の吐き気がした。
脳が揺さぶれたような嫌悪感した。
鳥肌が立つ程の、違和感がした。
ケイ卿は自分の拳を見る。
彼女よりも太く逞しい筈なのに、何も出来ず見ている事しか出来ない、己の両腕。
いつかの少女の手を、引っ張る事も、手を取って導く事も出来なかった、その両手。
「オレは………」
——何がしたかったんだろう——
その言葉が誰かの耳に届く事はなく。
先程、少女に抱いた不可解な感情を上手く理解することも出来ず。
彼は黙したまま、ただ——見ている事しか出来なかった。
『保有スキル解放』
直感 B
詳細
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を感じ取る能力。
また視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。
本来なら彼女が持つ事はないスキルだが、竜の炉心をその身に完全に同調させた影響により、人間の知覚を凌駕する認識能力を保有している。
彼女のそれは完全に人智を超えたものである為、本来ならAランク相当の力を保有するが、彼女の第六感はまだ研ぎ澄まされていない為、現在Bランクとなっている。
荒れ狂う凶暴性を抑える為、外界への注意が疎かになっている訳ではない。
現在まだ変質していない