騎士王の影武者   作:sabu

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 決着編です。
 
 


第24話 サー・ケイと叛逆の城 結

 

 

 

 槍は剣よりも強い。

 使い手の技量によるという観点は問わない。武器そのものの性能差でいえば、白兵戦に於いて最大の射程を誇る槍の方が優れている面が多いからだ。

 

 間合いの長さは、そのまま先制攻撃の速さとなり、間合いの短い武器は槍の一撃をなんとかしてから、ようやく反撃の機会が与えられる。

 それこそ、メートル単位で射程の違う、槍と短剣では本来なら話にすらならない。

 

 

 ——人間同士ならの話だが。

 

 

 

 

「そいつをなんとかしろッッ!! 早くしないと壊滅するぞッッ!!」

 

 

 

 騎士の一人が怒号交じりの悲鳴を上げる。

 彼が初めて戦いに赴いた新人なら、まだ笑ってやり過ごせたかもしれないが、彼はヴォーティガーンの襲来から生き延びた古参の騎士だ。

 

 

 

「駄目だ! 槍では取り回しが悪過ぎる!」

 

「盾だ! 盾で押し潰せ!」

 

 

 

 槍という武器として弱点が露見する。

 剣と違い、槍は射程に優れているが故に長大であり、取り回しが悪い。先制を打ち、一撃で倒せない場合、再び槍を引き戻す必要がある。

 

 

 しかも、戦っている場所は室内だった。

 

 

 外では余りにも速過ぎる機動力に翻弄され、数秒毎に各個撃破されるだけだと悟った騎士達は、直ちに城に戻り古城の廊下で室内戦を開始した。

 しかし、戦況は何も有利になっていない。むしろ、じわじわと追い詰められ一気に殲滅されるのではないかという予感と恐怖が、騎士達を襲い続けている。

 

 

 

「———ッ、がは……ぅ…ぁ」

 

「槍は早く捨てろッッ!! ソイツ相手に槍は何の意味もないッッ!!」

 

 

 

 圧倒的な数的有利を誇っていながら、また一人再起不能にさせられる。剣の軌跡すら見えない速さで短剣を振るい、次の瞬間には誰かが再起不能にさせられている。

 僅かな攻防すらない。未だその相手には傷一つすら負わせられていない。

 

 酷い光景だった。

 大の大人が槍という武器を使っておきながら、小さな子供が振るう短剣に一方的にやられている。しかし、先制攻撃など打てる筈もない。相手の瞬発力を前にすれば、槍の間合いなど存在しない様なものだったからだ。槍を突き出すという動作をしようとした瞬間には、その存在は既に眼前にて剣を振り切っている。

 

 こうなれば、取り回しが悪く射程が意味を成さない槍と、小回りが利く短剣の二刀流という一方的な構図が出来上がる。

 

 

 

 

「ぁぁぁぁああアアア゛ア゛ア゛ア゛っっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 大盾を持った一人の騎士が、小さな体躯の子供に突撃し、その子供を押し潰そうとする。己の恐怖心を払う様に大声を叫び、自らを駆り立てながら。

 それを大袈裟だと揶揄する者はいない。

 油断も慢心もしておらず、圧倒的に数的有利に立っていながら、次の瞬間には自分は死んでいるかもしれない。それ程の恐怖を振り撒いている、人の形をした化け物を相手にしているのだ。

 誰だって、恐怖で頭がおかしくなる寸前であり、己の勇気を振り絞るという行為を笑えなどしない。

 

 

 ——しかし、その行為には何の意味もなかった。

 

 

 一人の騎士が突撃し、周囲の騎士よりも数歩分前に出た瞬間、雷が落ちたかの如き轟音と共に吹き飛ばされ、後方の騎士の何人かも巻き込んで動かなくなった。

 衝撃を逃す事も出来ず、真っ正面からその衝撃を受けた彼の両腕と両肩は、もう二度と動く事はないだろう。

 彼が構えていた大盾にはヒビが入り、中央部分は小さなクレーターが出来た様に凹んでいる。

 

 武練や技術など何もない、ただの飛び蹴り。駆け引きも何もない、ただの暴力。当たり前だ。それに技術など必要としない。竜が腕を振り下ろすという行為に、技術など存在する訳がない。竜が力を振り翳せば、それだけでただの人間は死ぬのだ。

 

 

 

「ヒッ…………」

 

「………………」

 

 

 

 今しがた、一気に数人の騎士を戦闘不能にさせておきながら、その子供は息も切らしていなかった。

 不気味な人形の様な佇まいのまま、一人、また一人と確実に仕留めていく。

 感情など何もなかった。ただ行動を決められた機械の様に、無感情に捌いていくだけ。

 

 戦闘とすら呼べない、一方的な殺戮。鍔迫り合う事は不可能。

 金属と金属がぶつかり合う音はなく、悲鳴と罵声を掻き消すように、本能的な恐怖を呼び起こす嫌な轟音が断続的に響き渡るだけ。

 

 

 また次の瞬間、悲鳴を上げた騎士が再起不能にさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 その戦闘を黙って後ろから見守っている一人の青年がいた。

 不機嫌そうな顔はなく、思い詰める様な表情でその戦闘を見ている。

 

 蹂躙と言ってもいい。

 大の大人数十人が、小さな子供一人に一方的にやられている。

 

 重厚な鎧の重さも合わさって合計100kgはあるだろう騎士達が、子供の姿が一瞬ぶれるたびに吹き飛んでいくという非現実的な光景は、決して夢でもなんでもない。

 ただでさえ、音速を超えた速度で急制動を繰り返しているのだ。宝剣の加護によってさらに加速されたその速度には誰も追い付けていない。

 

 一人。また一人と仕留められていく。

 ケイ卿は誰一人として相手していない。当たり前だ。ケイ卿を相手にする余裕など存在しないのだから。ケイ卿を人質にすれば、その子供を止める手段の一つになるかもしれないと考えた騎士もいたかもしれないが、誰一人として、その子供の後ろにいるケイ卿の場所まで辿り付けていなかった。

 

 

 そもそも、恐怖でそんな事思い付いてもいないかもしれない。

 

 

 子供と有利に戦う為に選んだ筈の室内戦だったが、その子供相手には何の意味もなく、むしろ逃げ場のない場所へじわじわと追い詰められていた。

 

 騎士達は一方的に蹂躙されて後手に回り続けている。

 彼女が今動いたのだなと、彼女の行動が終わったのをようやく理解した瞬間には、再び彼女は動いているのだ。

 彼では、少女の動きを捕捉出来ない。視認出来るのは、戦闘不能にされた騎士と、騎士達の血。

 

 比較的鎧の薄い手足の関節部分に、少女は狂いなく刃を振り翳し続けている。その超高速の剣戟で、容易く騎士達は斬り伏せられ、赤い血飛沫が宙を舞う。

 流石に両断まではしていなかったが、彼らがまともに剣を握る事が出来る日は、もう二度と来ないだろう。

 致死にはならないギリギリの範囲内なだけで、慈悲もなければ容赦の欠けらもなかった。

 

 

 さらに、その斬撃の剣圧で古城の廊下がズタズタになっていく。

 

 

 廊下は酷い有様だった。

 人間の血で酷く汚れ、内側から竜が引っ掻いた様に傷だらけになり、窓は割れるか砕けている。

 そんな光景を作り出し続けている子供をなんとかして、後ろのケイ卿まで踏み込む事など出来る筈もない。その子供に向かって一歩踏み込むだけで、その人物は勇者なのだ。

 それ以上は"英雄"の所業である。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 ケイ卿は少女を見る。

 少女が振るう一撃は全て必殺。容赦などなく、敵へと掛ける情けも皆無であり、その刃を受けた者は等しく再起不能にされている。

 その少女の戦い方には美しさの欠片もない。

 

 ケイ卿は知っている。

 円卓の騎士達が見せる武練を。陶酔されるに足る剣と剣の鬩ぎ合いを。

 目で追うのすら困難であり、苛烈であっても、一太刀一太刀を鮮明に思い起こせる程の美しさが、彼らの剣にはあったのだ。

 

 

 ——しかし、彼女にはそれがない。

 

 

 騎士王の様な清廉さはなく、湖の騎士の様な華麗さもなく、太陽の騎士の様な雄壮さもなく、そもそも騎士としての誇りすら感じ取れない。

 振われる剣はひたすらに無機質であり冷たい。ただ他者を殺戮する為だけの剣であり、殺しにだけ効率化されている。"殺し合い"という観点なら、この時点でガウェインを上回るかもしれない。ランスロットにすら肉薄出来るだろう。

 

 

 ——だが、彼女の深淵を覗いてしまったからか、ケイ卿はその剣を見て理解出来てしまった。

 

 

 冷たさに隠れた、燃える炎を。

 上手く隠されていて、今、隠しきれなくなっている彼女の狂気の一端を。

 

 彼女の戦い方は無機質ながら剣ではなく鉈を振り回している様に、酷く野蛮だと言っていい。

 研ぎ澄まされた武術ではなく、自らの身体能力と剣の丈夫さ任せで、酷く荒々しい。嵐の様な災害を辺りに撒き散らし、竜巻の様に何もかもを破壊していく。

 

 

 ———まるで、竜が本能のままに暴れている様だ。

 

 

 その余りの光景に、思わず目を背けてしまいたくなる。

 決して見ていたいものではない。

 

 

 ——だが何故か、目が逸らせなかった。

 

 

 彼女の闘い方には陶酔されるだけの美しさはない。その筈だ。その筈なのだ。

 しかし、何故だろう。何故こんなにも、彼女の滲み出る様な狂気に溢れた戦闘が、心を揺さぶり続けるのだろう。

 

 

 

「………………ッ……」

 

 

 

 太陽を直で見てしまった様に、深く眉毛を顰める。

 頭痛を強引に抑える様に、頭を強く鷲掴みする。

 頭痛は収まらず、より悪化していく。

 視線の先にいるのは、少女だ。

 

 

 

 ——お前は、それ以上理解してはならない。

 ——オレは、絶対に理解しなければならない。

 

 

 

 相反する感情が頭を支配し、蹂躙していく。

 頭がチリチリして痛い。鈍い痛みが止まらない。

 何故。何故、妹と姿が重なるのだろう。おかしい。どう考えてもおかしい。

 

 その少女と、妹はどう考えても似つかない。

 しかし——瞳に映る目の前の子供と記憶にあるアルトリアが、何度も入れ替わり続ける。

 

 重なる部分はあるかもしれない。

 しかし、重ならない部分の方が多い。

 

 なのに——重なる。

 分からない。

 彼女と妹が似ている部分などありはしないのだ。

 

 ——いや本当にそうなのだろうか。

 実は決定的な部分が同じで、外面が違うだけかもしれない。

 

 ——いやそれすら正しくはないかもしれない。

 実は決定的な部分が違うだけで、それ以外は何もかも同じかもしれない。

 

 

 

 ——お前は、それ以上見てはならない。

 ——オレは、絶対に見逃してはならない。

 

 

 

 取り返しのつかない事をしている感覚と、目を逸らしては取り返しのつかない事になるという、矛盾した感覚が襲う。

 彼女の事を理解しようとすればする程、最後には何もかもが崩壊してしまうのではないかという恐怖がする。

 彼女の事を放って見捨ててしまったら、最後には何もかもが崩壊してしまうのではないかという恐怖がする。

 

 何かに駆り立てられる様に、何かに突き動かされている様に戦う少女の背を、何処かで見た事がある気がする。

 雄々しく見えているだけの、細く小さい背中を、何処かで見た事がある気がする。

 

 

 彼女はまるで——

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりました」

 

 

 

 そして竜は止まった。

 自分を抑えて止まった訳ではない。ただ、蹴散らすべき敵の全てを殲滅し終えただけ。

 先程まで響かせていた、決闘試合では絶対に響かないだろう、血腥い殺し合いじみた音はもうなかった。

 代わりにあるのは、戦争の災禍の後の様な血腥さ。そして騎士達の微かな呻めき声と、吐き気がする程の血に濡れた匂い。

 

 

 

「…………その様な目を向けられても困るのですが」

 

 

 

 少女のその言葉で、ハッとなって気付いた。

 今、彼女に対してどんな目を向けていただろう。少なくとも、ロクでもない目を向けてしまっていた事だけは分かる。

 

 

 

「こんなもん見せられて平然としていられるか……」

 

「長い間戦乱の世に身を置いていたケイ卿なら、見慣れたものだと思っていたのですが」

 

「こんなの慣れる方がおかしい……」

 

「……そうですか」

 

 

 

 どことなく、残念がる様な様子で少女は視線を切る。

 違う。決して彼女を揶揄したかった訳でも批難したかった訳でもない。誰よりも口が回ると他者からも言われ、自らも自称しておきながら、なんと無様なのだろう。

 

 違うのだ。彼女に怒りを覚えている訳ではない。

 ただ、彼女が躊躇いなく殺人を犯し、それに対してあまりにも平然としているという事と、それを当たり前の事のように捉えている事が我慢ならないだけ。

 ——その事に対して吐き気がする程に耐え難い、嫌悪感がするだけ。

 

 分かっている。

 決して彼女の人間性そのものが、こんな事を推奨する様な人間性ではない事を。こうなってしまうだけの、運命の反動があったのだと言う事を。

 彼女は凄まじい程の狂気に身を浸しながら、彼女は狂っていない。むしろ理性的だ。彼女は狂わなかった代償に——どうしようもなく歪んでいるのだ。

 

 

 

「まぁ別にいいです。私は慣れているので、そういう出来事があったら私の方に回してください」

 

 

 

 死体を見慣れていないのだと勘違いしたのか、少女はそう口にした。

 見当違いの思いで此方に気を回しながら。

 

 やはり彼女は歪んでいる。

 彼女の急変を見れば見る程、そう思わずにはいられない。彼女が本当に二重人格ではないのかと疑ってしまう。

 人間味を感じさせない蝋人形のようでいて、一般的な道徳や人々の繁栄を望む情が、彼女には確かに存在する。見間違いではない。何故か、存在したのだ。

 

 どちらが彼女の素なのだろう。もしくは本当に、どちらも彼女の素なのか。

 

 

 

「問題は別です。問題は、この人間達をどうするか」

 

 

 

 彼女は倒れ込んだ一人の騎士に、指で指し示す様に剣を突きつける

 きっと、彼女は許可さえ下りれば、躊躇いなくその剣で殺すだろう。倒れて動かない人間の命を断つなど、彼女からすれば造作もない。

 

 

 

「殺したいのか……お前は」

 

「はい。語弊がないように言いますと、私は別に殺人衝動がある訳ではありません。殺したいというより、殺した方がいいと思っているだけです」

 

 

 

 彼女は嘘は言っていない様に思えた。

 実際に、殺人を犯す為に正当な理由が欲しかったから騎士になったという訳ではないのだろう。むしろ、そんなに分かり易い理由であればどれ程良かっただろうか。

 

 

 

「殺す必要なんてないだろ」

 

「生かしておく価値がない」

 

 

 

 即答だった。

 口調を強めながらも、彼女は平然とそんな事を宣う。

 しかし、平然としながらも静かな怒りを滾らせていた。もし、この後の会話を数言間違えれば、もう二度と意思疎通は不可能になるだろう。

 きっと、これからの関係の何もかもが崩壊し、停止する。

 

 

 

「この騎士達は、これからどうなるのでしょうね」

 

「………………それは」

 

「アーサー王は寛容な方だが、決して甘い訳ではない。

 一寸の狂いもなく国を計り、寸分の過ちもなく人を罰し、内乱の芽となる諸侯を捕らえ処罰するでしょう。

 確かに、魔女モルガンが唆していたのもあって一度目は見逃された。しかし、二度目はない。この場の彼らは、確かに自らの意思でアーサー王に叛逆した。

 ——間違いなく死罪だ」

 

 

 

 冷たく少女は吐き捨てる。

 確かに少女の言う通りになるだろう。彼らにはもう、情状酌量の余地はない。

 結局、彼らは死ぬのだ。

 

 

 

「ケイ卿。貴方はあの日、私に言いましたよね。

 誰かが幸福になれば、その分だけ誰かが不幸になると」

 

「………………」

 

 

 

 少女は振り返って、此方に呟く。

 この時だけは、彼女がバイザーで表情を隠していて良かったと思ってしまった。

 もしも彼女の隠された瞳を覗いてしまっていたら、飲み込まれてしまっていたかもしれない。

 それ程に底が見えなかった。

 

 

 

「なら——その逆もあり得る」

 

 

 

 小さく凄然と呟く彼女の声は、呪詛の様だった。

 いや、実際に呪詛なのだろう。彼女が今まで歩んで来た人生で塗り固められ、そしてこれからの生涯を象徴するだろう、呪い。

 

 

 

「この人間達が死罪になるまで、どれだけの労力と時間が消費されるのでしょう。

 彼らを捕らえて拘束し、処刑するまで。どれだけ速く事を為しても一週間はかかる。もっと時間がかかってもおかしくない。

 それに伴って動かさなければならない人員。資源。もしかしたらアーサー王も動かなくてはならないかもしれない。極めて時間の無駄だ。

 それだけの労力そのものを別に回せば——村を一日生かすだけの労力になるのでは?」

 

「………………」

 

「別に全員皆殺しにした方が良いと言っている訳ではありません。

 私達と最初に相対した男性と、ケイ卿と対談した彼らのリーダーと思わしき人物は生かしておいて、アグラヴェイン卿に尋問して貰った方が良い。どうせまだ出て来てない人物や、危機を察知して逃げた人物もいるでしょう。

 ただ、末端の人間は生かしておく価値がない。先の二人程の情報を持っているとも思えないし、アグラヴェイン卿だって一人の人間だ。一人一人尋問してもらう労力と釣り合ってない」

 

「………………」

 

「ここで殺した方が良いとは思いませんか?」

 

 

 

 声色を震わす事なく、あまりにも無感動に殺傷を提言する。

 

 

 ———あぁ、ようやく納得が行った。

 

 

 彼女のあまりにも歪んだその精神。狂気と理性を矛盾したまま保有する相反した感情と情緒。

 妹と重なりながら、妹と絶対に重ならない部分。

 まるで"一人の人間に複数の人間がいる"ように思えるその在り方。

 その在り方に本当に良く似た、歪んだ魔女が一人いるという事を知っている。

 

  

 ——彼女はモルガンと良く似ている。

 

 

 妖精のように無垢かと思えば、戦乙女のように壮麗、かと思えば魔女の様に残忍。

 一人の女性の中に、三人の女性がいるようにしか思えない。あまりにも歪んだ情緒で、アルトリアに復讐の炎を燃やし続けていたモルガン。

 

 

 まさに彼女もそうだ。

 

 

 ただの幼い少女のように思えば、世界全てに絶望した亡者。しかし、一瞬目を離せば、そこにいるのは、おどろおどろしい呪詛で身を包んだ幽鬼。

 彼女は、形ないモノを燃やし尽くす為に、自らを薪にしてくべているのだ。

 

 なんて醜悪で、救いようがないのだろう。

 知りたくもなかったし、彼女の所為でモルガンが一体どんな精神状態だったのか多少理解出来てしまった。

 

 彼女は狂う寸前で自己の精神を強引に定めた影響で、極限まで歪んでいる。

 見た目通りの幼い子供ではない。笑いながら無邪気に虫を殺す子供の様に、命の重さと価値を理解していない訳ではない事は明らかだ。

 寸分の狂いもなく命の重さを理解した上で、無感動に殺傷を提言している。

 彼女はきっと、人として深く愛され、誰よりも真っ当に育てられたのだろう。

 

 

 そうでありながら——彼女は人心を捨て去り"超越者"になろうとしている。

 

 

 一切の情を挟まず、無慈悲に命を選定し続ける天秤。

 そのくせ——彼女は人々の幸福を誰よりも望みながら、誰よりも呪っているのだ。

 人として育てられなかったのに、誰よりも人間らしいアルトリアと違って、彼女は本当に人間として育てられながら——本気で人間を辞めようとしている。

 

 

 

「ケイ卿。貴方が私を止める理由について教えてもらえませんか。申し訳ありませんが、先程のアレをまだ納得出来ていません」

 

 

 

 此方の気も知らず、彼女は騎士に剣を突きつけたまま不機嫌そうに語った。

 硬く結ばれた唇は凍える程に涼やかで、薄気味の悪い蝋人形の様に不気味だった。

 

 後一つきっかけさえあれば、彼女は躊躇せず殺人に走る。

 円卓の権限で無理矢理止める事は出来るかもしれないが、そうすれば彼女とのこれからの関係が全て崩壊するかもしれないという予感は現実のものになるだろう。

 

 口がカラカラに乾いて仕方がない。

 今からの発言によっては、間違いなく運命が変わる。それ程の重圧とプレッシャー。

 絶対に間違えてはならない。

 

 

 

「それで、私を止めた理由は」

 

 

 

 静かに怒りと疑心を込めながら、彼女は答えを急かす。

 理由などない。本当の理由などない。

 

 ただ許せなかった。

 それだけなのだ。

 

 彼女が自ら殺人という事を犯すという行為が。

 それについて何の疑問も持たず平然としている事が。

 そして——その歳で、その運命を受け入れている事が。

 何よりも許せなかった。

 

 あぁ分かっている。

 結局これは一時凌ぎなだけで、いずれは彼女も当たり前の様に人を殺めるだろう。究極的に見れば意味などない。

 

 でも。

 だからといって、それを当たり前のように受け入れる事は絶対に出来なかった。

 

 

 

 

「……あぁそうだな。お前は間違ってない。お前の言い分には何一つ間違いなどない。こいつらは此処で殺した方がいいに決まってるな」

 

「じゃあなんだと……」

 

「だが、お前は正しくもない」

 

 

 

 だからこれはただの脆弁。屁理屈でこねくり回しただけの有耶無耶。

 自分にはそれくらいしか彼女に勝てるものがないのだから。

 

 

 

「確かにお前の言う通りだ。この国の観点から見てもその考えに間違いはない。この国は罪人を囲っておく余裕などないし、その余裕を生み出すには何かを代償にするか我慢しなければならない」

 

「…………で?」

 

「……だがな、混沌とするこの国を形にしたのはアーサー王であり、秩序を敷いたのもアーサー王だ。少なくともお前ではないし、罪を裁くのはアーサー王だ。

 お前は間違ってはないが、アーサー王が敷いた法の中ではお前は正しくない。お前のそれは私刑だ。お前の私刑を許容してしまえば、お前以外の存在の在り方も許容しなくてはならなくなる。際限がない」

 

「…………………」

 

「お前は天秤じゃない。

 そして———お前の行いが混沌を生む事はあれど、秩序を守る事には繋がらない」

 

「…………————」

 

 

 

 少女は黙したまま、黙って聞いていた。何を考えているかは分からない。

 だが、僅かに息を飲んだような息遣いが聞こえた。

 

 少女は視線を外し、剣を突きつけている騎士に視線を戻す。

 その様子は、仮面の裏に激情を隠しているのではなく、静かにその言葉を飲み込んでいるようだった。

 居心地の悪い静寂が、その空間に走る。

 

 

 

 

 

 

 

「——そう、ですね。

 確かに、そうかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 十秒程の長い沈黙の後、少女は疲れ切った様な溜息を吐いて、剣を下げた。

 

 

 

「いや……貴方の方が正しいのでしょう。当たり前だ。

 ここは私の国ではないし、ブリテンは無法の国でもなんでもない。暴走する部下を止めるのは至極当然の事なのに、何を、私は……」

 

 

 

 言葉を度々詰まらせながら、自分の行いを心の底から悔やむ様に語る。そこには思い通りに事が進まない事に対する怒りや苛立ちはなかった。

 ただ、情け無い己に対する不甲斐なさと、愚かな事をしてしまったという憂鬱だけ。

 

 

 

「早計に事を考え、あまつさえ身勝手に失望して糺弾するなど……あぁ、本当に……私は。

 どうぞ笑ってください……思い通りに行かなくて地団駄を踏む子供と大して変わらない程度の、子供なのだと。

 見た目通りの……幼子なのだと」

 

「……笑える訳ないだろ」

 

 

 

 色んな意味で。

 彼女から放たれていた強大な威圧感はもうなかった。本当に先程まで見えていた背中が本当に小さくなってしまった様だった。

 

 

 

「……そうですか」

 

 

 

 俯いて細々と呟く少女に覇気はない。

 落ち込んだ様子の少女を励ます様な言葉は一つもかけられなかった。

 当然の事だ、この光景は自分が作り出したものなのだから。

 詭弁で彼女を丸め込んで、心を傷付けた、その代償。

 

 

 

「まぁ……お前の言い分も分かる。キャメロットに戻ったら、俺がアーサー王に色々掛け合ってやるよ」

 

「ありがとうございます……」

 

 

 

 彼女の気分は戻らない。

 その深く沈んだ佇まいが、この部屋全体に広がっているようだった。燃える事なく、ただあらゆる熱を蒸発させてしまうだけの冷たい憂鬱。

 

 それに、少女も自覚したのかもしれない。

 剣にこびりついた血を軽く払い、腰の鞘に収める。

 

 

 

「それで、この後は……どうするのですか」

 

 

 

 平然を装おうとしていたが、普段の少女の様子からはほど遠く、まだ意識は深く沈んだままだった。未だ強張った口調が、彼女の心内を表してやまなかった。

 

 

 

「あー……取り敢えずはキャメロットに戻った方がいいんだが、その間こいつらを拘束しておかないといけない。一応、再興側の騎士や衛兵に任せた方がいいだろう」

 

「分かりました。念の為に私がここに残るので、ケイ卿が衛兵を呼びに行って下さい」

 

「いや……いい、お前が衛兵を呼びにいけ。そっちの方が速いだろう。

 お前の懸念も理解出来るが、もうまともに動ける奴はいない筈だ。一対一なら流石の俺でもどうにかなる。それに調べたい事もあるしな」

 

「……分かりました」

 

 

 

 嘘だ。そんな大層な理由などではない。

 ただ、この死屍累々とするこの場所に彼女を一人で留めて置く事に、あまり良い予感がしなかっただけ。

 決して殺人に走るとは思っていないが、彼女は憂鬱さをより深くするかもしれないと判断したからだった。

 

 

 その判断に気付かなかった彼女は、一瞬だけ心配する様な素振りを見せた後、彼女は了承して衛兵を呼びに駆けていく。

 

 

 彼女のその後ろ姿を見送った後、改めてこの惨状を見渡す。

 数十といた騎士も、最初に自分達と相対した男性も、彼らのリーダーと思わしき男性も、等しく全てが、たった一人の子供に戦闘不能にされたのだ。

 

 凄惨な光景だ。騎士同士の一騎打ちの様な華やかさなどはない。

 彼女が進もうとしている()も、きっと凄惨になるのだろう。

 ひたすらに残酷で困難で、"輝ける()"とは似ても似つかない、棘の()

 知らない。彼女が何故、そんな道を進もうとしているのか。

 

 原因を作ったのは多分、妹。彼女を導き力を与えたのは多分、あの魔女。

 だが、過程が分からない。そこに至ってしまった過程が。

 自らを歪めてまで、個人に復讐心を燃やす事を選ばなかった、理由が。

 

 分からない。

 彼女が何を以って、何に——自らの運命を置き去りにしたのか。

  

 

 

 

 

「…………俺は、どうすれば良いんだよ」

 

 

 

 

 

 何かを恨むような口振りで呟く。

 答えは出ない。答えを出してくれる人間もいない。そもそもそんな人物いるのだろうか。

 アルトリアを創り出したマーリンか、彼女を創り出しただろうモルガンなら、何か分かるのだろうか。

 

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 

 俯いて下げていた視線に、一筋の光が刺した。

 その光は、すぐ隣の窓から差し込まれている。

 光を追って、ボロボロになった窓から空を見上げた。

 

 

 それは——宵闇に輝く星の光だった。

 

 

 既に、外は暗闇に包まれている。

 暗雲から顔を出し、夜空に浮かぶのは輝きを一つも損なわない満月。

 もしかしたら、今までの生涯で、最も美しい月かもしれない。

 暗闇を淡く照らすその光は、ずっと見ていたら吸い込まれてしまいそうだった。

 

 

 でもその満月は———

 

 

 

 

 

 

                ———ボロボロになった窓越しで罅割れていた。

 

 

 

 

 




 
『属性解放』
 

【属性】秩序・悪
 
 ただし彼女は反転した騎士王と違い、秩序を守る為に悪を良しとするのではなく、守られている秩序を存続させる為に、悪を為しているだけである。








「保有スキル変質開始」







 直感 
 詳細

 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を感じ取る能力。
 また視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 本来なら彼女が持つ事はないスキルだが、竜の炉心をその身に完全に同調させた影響により、人間の知覚を凌駕する認識能力を保有している。
 彼女のそれは完全に人智を超えたものである為、本来ならAランク相当の力を保有するが、彼女の第六感はまだ研ぎ澄まされていない為、現在Bランクとなっている。
 荒れ狂う凶暴性を抑える為、外界への注意が疎かになっている訳ではない。














 宵闇の星 【現在起動していない】
 詳細【現在一部解放】

 ■■■■■■■■■■した直感の亜種、上位互換スキル。
 
 

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