騎士王の影武者   作:sabu

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 かなり今更ですが生前なのでスキルや宝具、ランクといった概念は存在しないのですが一つの指標として後書きとかに記入してます。
 成る程こんな感じなのかぁくらいの感覚でいて下さい。
 
 


第27話 硝子の心

 

 

 

 コツコツと、彼女専用に作られた白銀の足装束の靴音を響かせながら、キャメロットの最上階を歩いている。

 両手に持つのは、合計で数十枚近くの羊皮紙。

 

 左手に持つ羊皮紙には、現在大きく基盤が揺らいでいるとある国の現在の状況。

 そして右に持つのは、狡知に長けたアグラヴェイン卿と円卓の後継者であるペリノア王に作らせて貰った、今後のゴール国の予測と、その余波による周辺国の行動予想。

 

 

 彼女は、ほぼ自分専用の私室と化している執政室に歩を進めながら、抱えるように持つ羊皮紙に目を通していく。

 

 

 粛正騎士隊の本格的な調査によって詳しく明らかになった、旧ゴール国の兵達による不正。

 ウリエンス王は先王ウーサーに次ぐ統率者にして、ブリテンを統治していた十一人の王の一人にも数えられていた偉大な王だった。

 ——しかし、彼はただの人間。魔女モルガンの奸計によって大きく心を乱し、卑王によって無残にその生涯を終えた。

 

 旧ゴールの兵は何を恨んでいるのだろう。

 王を陥れた魔女か、死を与えた卑王か、国を瓦解させた、未熟な新王か。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 アルトリアは一瞬だけ歩を進める自分を止め、目を瞑って思案する。

 瞳の裏に映るのは、幾たびも壊され、その都度直し続けた傷だらけの城塞に君臨する王の姿。確かにその国と土地を守り続けた、誇り高き獅子のような佇まい。

 そして——恐ろしい何かに追われているかのように、顔を青くしながら自分に剣を向けて来た、年老いた憐れな一人の男の姿。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 思案は止めて、アルトリアは再び歩を進めながら両手の羊皮紙に目を通し始める。

 左手の羊皮紙に書かれた現在の国の状況。捕らえられた騎士達の記載。右翼側の騎士達の反応。

 それに対して右手の羊皮紙に書かれた、周辺国の動きの予測に、現在捕らえられていないだろう潜伏している叛逆者達の試査を照らし合わせる。

 短く簡素でありながら、アグラヴェイン卿の手によって纏め上げられている数々の情報の羅列が、アルトリアの頭の中で確かに組み立てられていく。

 

 現在、かの国は左の翼を失った状態に等しい。

 そして大きく倒れ込み、その振動は周辺の国にまで響いている。ウリエンス王は偉大であったが故に、その根は周辺の国々まで広がっていた。判明した叛逆者が全てである訳がない。

 

 有能過ぎるアグラヴェイン卿の手によって、既に周辺の国々には情報の網が広がっている。

 潜伏している叛逆者達が何かの動きを見せたら、アグラヴェイン卿の部下達によって即座に炙り出されるだろう。

 

 こうなればもう、いちいち手を下す必要はない。むしろ、アグラヴェイン卿に任せた方が確実に事が進む。ならば今すべき事は、不審感も相まって戦力が実質半減したに等しい、ゴール国周辺の防衛を強化すべきか。

 ある程度は沈静化しているとはいえ、北から攻めてくるピクト人達との戦いの要になるだろう国を放って置くという選択肢は端からない。

 

 

 

「…………よし」

 

 

 

 一つの決定を下したアルトリアは、抱えていた羊皮紙を片手に纏め上げ、自らの私室と化している執政室の扉を開いた。

 

 

 

「——遅ぇんだよ。半月も城を留守にしやがって」

 

「……何してるんですか、ケイ兄さん」

 

 

 

 王の執政室に、我が物顔で居座っていたのは彼女の義兄、ケイだった。

 アルトリアが部屋に入った瞬間、ケイは彼女とは視線を合わせずに怒気を滲ませた声を返す。

 いつも不機嫌そうに顰められている眉毛は、何かを睨み付けるように細く窄められていた。

 

 

 

「チッ……どうでもいいだろこれは。

 というか、何でお前もあの国に出向いたんだよ。全てアグラヴェインに任せれば良いだろうが」

 

「それは任せるとは言いません。ただ部下に丸投げしているだけです。

 それに私が出向かねば示しがつかないではありませんか、特にあの国は」

 

「はぁ? 示しもなにも、全部あの国の自業自得だろ。

 それに動いてるのは粛清大好きな、あのアグラヴェインだ。アイツが事を進め始めた以上部外者が介入出来る余地はない。

 どうせお前だって、もう自分が出来る事はないって思ってるだろ?」

 

「……本当にどうしたんですか急に。アグラヴェイン卿と何か一悶着ありましたか?」

 

 

 

 ケイが表している拒絶反応はあまりにも露骨で、アグラヴェインと何かがあった事は明らかだった。

 いつもの辟易とした口調の中に、普段よりも更に大きい嫌悪が紛れている。

 

 

 

「大したことにはならないだろうなんて言っておきながら、アイツなんて言いやがったと思う……!

 "従者があまりにも有能で助かったじゃないか。もしかしたら従者一人でも今回の事件を解決出来る程に腕利きで"……そうアイツはほざきやがったんだぞ……!」

 

「はぁ……仲の良い事でよかったではありませんか」

 

 

 

 ワナワナと震えるようにケイは答える。それに対して、アルトリアは皮肉交じりに返した。

 そもそも、アグラヴェイン卿は滅多に感情など見せないし、軽口を交わす事もまずない。一般的な信頼関係からは程遠くとも、アグラヴェイン卿が軽口を交わすという事は、少なからずケイ卿の事を信用しているという事の証だった。

 

 

 

「………………」

 

「な、なんですか……?」

 

「うるせぇ黙れ。兄に向かって生意気な口利くんじゃねぇ」

 

「え、えぇ……」

 

 

 

 しかし、アルトリアが滅多に口にしないだろう皮肉を口にした事に、ケイは大きく反応した。

 ギロっとアルトリアに視線を向け、形容しがたい表情で睨み付ける。

 

 

 

「もしかして、従者の——あの子と何かありましたか」

 

「………………あぁ、クソ。

  なんでこういう時に限ってお前の勘は当たり続けるんだよ……ッ」

 

 

 

 自らの姿とその素性を偽る、例の少女。

 彼女がキャメロットに訪れてから三ヶ月あまり。彼女によって新たに創り出された熱狂は、段々と鎮まり始めているが、彼女の武勇を知る事が出来る者は、静かに陶酔の意を向けるだろう。

 国の不正を早期に発見して防ぐなど、英雄譚としては十分なものとして語られてもおかしくはない。

 

 アルトリアには、ある一つの嫌な予感があった。

 そんなまさかと、確信は持てないまでも、どうしても脳裏に過ぎるその予感。

 頭に浮かぶのだ。円卓に存在するだけで、誰も座らない空席。

 

 

 ——呪われた十三番目の席が。

 

 

 裏切りと失墜の象徴にして、その席に座った者には必ず破滅が訪れるとされる"災厄"の席。

 実際に、誰か個人に呪われている訳ではない。

 しかし、ある日マーリンはいつになく真剣な様子で語った。

 

 

 ——世界の呪いを舐めない方がいい、と。

 

 

 かの神の御子を裏切った弟子は、十三番目の席に座っていたという。それ以外にも十三という数字には不吉がつき纏う。

 誰かに呪われている訳でなくとも、世界の多くの人が、十三という数字は不吉だと思うだけで、それは一種の信仰心となって本物になるとマーリンは語った。

 

 故に、この人間なら絶対に裏切らないと思える程の聖者の様な人物か、もしくは神にでも愛されている様な人間以外は座らせてはいけないと。

 

 

 彼女はどうだ?

 

 

 彼女は後天的に力に目覚めたと、周囲を偽った。神にでも愛されなければ、後天的に力なんて目覚めないだろう。

 そして、それを偽りだと知るのは極一部。もしかしたら——彼女は十三番目の席に、肯定的な意見を持って座るかもしれない。多くの人々を魅了するカリスマを持っていたとしたら、ほぼ確実に。

 既に常人の枠組みから逸脱し始めている、彼女の影響力は恐ろしい。そして、それは次第に大きくなり続けるだろう。

 

 

 ——今はまだ、彼女の影響が善にも悪にも形を伴っていないだけで。 

 

 

 だからこそ、ケイ卿を彼女の隣につけた。

 彼以上に適している人はいなかった。

 

 

 

「私の都合でケイ兄さんから報告を遅らせてしまったのはすみません。ですが、私の事を待っていてくれたのでしょう?

 聞かせてください、この三ヶ月の事を」

 

「…………あぁそうだよ。お前にさっさと報告したかったんだよ。

 はぁ、あぁ何から話せばいいんだ……」

 

 

 

 自らの椅子に腰掛けながら、アルトリアはケイを急かした。

 途端に、ケイの顔が歪む。

 良くも悪くも、その少女と何かがあった事は明らかだった。義兄は確かに、少女の何かを掴んだのだ。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 アルトリアは、義兄が椅子に深く腰を預け、天を仰ぐように天井を凝視するのを見て、ケイが何かを口にするのを静かに待った。

 此方が語り出すのを静かに待たれている事に、気を使われていると理解しながらも、ケイは頭の中で混沌とする情報を上手く言語化する事が出来なかった。

 

 年相応の未熟さと、それに相反する深い憎悪を、不気味な程の達観と練達で覆い隠した少女。

 そしてその二つの要素を、矛盾なく調和させて併せ持つ訳ではない。

 裏と表が切り替わるように、どちらか一方が心内から滲み出る。スッと、一瞬目を離した隙に。

 矛盾した情緒は、確実に少女の精神を汚染し歪めている。

 

 

 ——故に、彼女は肉体から心を切り離す。

 

 

 彼女は人を殺す事に何も感じない。

 指先を心と切り離したまま動かし、意思や感情もなく無慈悲に命を選定する。

 それを人間の生き様とは到底呼べない。そんなのはただの現象だ。そうあるべしと定められた、ただの機構。私情を挟まない超越者。

 

 

 ——そうでありながら、彼女は人々の幸福を望んでいる。

 己の全てをかけて、寸分の狂いもなく過たず、誰よりも憎み呪いながら。

 

 

 

「……なぁ、お前って、幼少の頃は変な癖が付いてはいけないからと、マーリンから魔力放出は禁止されていたんだろ」

 

「え……えぇ。それが何か……?」

 

「今まで、何も考えずにその力を解放したいと思った事はないか?」

 

 

 

 思い起こすは、あの古城での一戦。

 いや、あれは戦闘ですらない。荒狂う膨大な力を明確な指向性を持って最適化させた、殺傷に特化した嵐。

 アレが何か引っかかって仕方がないのだ。

 

 

 

「——いえ、そう思った事はありません。

 確かに、幼少の頃に持て余していた滾りはありましたが、それを解放したいとは一度も」

 

「そうか……」

 

「それが、どうかしたのですか」

 

 

 

 わからない。

 ケイ自身、気にはなるが、何故気になっているか分からなかった。

 それを何故アルトリアに聞いたのかも、把握出来なかった。

 

 

 

「いや、雑記だ気にしなくていい……それと最初に言っておこう。三ヶ月じゃない、二月半だ。

 ここ最近はアイツの自由にさせている。ずっと一緒にいても互いに疲れるだけだからな」

 

 

 

 ケイはひとまず近況の報告からする事にした。

 少しずつ言葉にしていけば、混沌とする感情を形に出来るかもしれないと彼は考えた。

 

 

 

「…………」

 

「別に何か仕出かすとは考えられない。とりあえず……アイツは思慮に欠けた性格ではなかった。例外でもない限り、アイツは法やルールを遵守するタイプだ。

 今はボーメインと仲良くやってるよ」

 

「ボーメイン?」

 

「これを見ろ」

 

 

 

 ケイは筒状に丸めた羊皮紙をアルトリアに投げ渡した。

 名前を語らず、自分がボーメインと名付けた人物について記載された羊皮紙。もし予想が正しければ、ボーメインは——ロット王の末弟、ガレス。

 

 

 

「これは……」

 

「そこに書いてある通りだ。

 時間があるならお前もボーメインに顔を見せておけ。あとはまぁ、それとなくガウェインをぶつけてみればいいんじゃないか」

 

「あの子とは……」

 

「本当に仲良くやってるよ。

 仲が良いというより、アイツが世話を焼いてるというのが正しいな。見た目と年齢的に、本来なら逆だが」

 

「そうですか……良かった」

 

 

 

 人心を置き去りにした少女が、僅かにでも何気ない当たり前の関係を築き始めている事に、アルトリアは安堵するような笑みを小さく浮かべた。

 少なくとも、彼女は何もかもを恨んでいる訳ではなかったのだ。

 その僅かな笑みを見て、ケイは切り込んだ言葉を投げかける。

 

 

 

「……なぁ、アルトリア。

 お前アイツの事どうするつもりか決めてるのか?」

 

「え……」

 

「あぁそうだったな。お前は何も決めてないから俺に頼んだんだったな」

 

「すみません……」

 

「別にいい。

 というか……アイツは誰であっても手に余る。気を抜くとアイツの歪みに飲み込まれそうになる」

 

「……………」

 

 

 

 口から溢れた言葉にアルトリアが反応した事にケイは気付いた。

 伝えなければならないだろう。あの少女と相対して感じ取った、その異常性を。しかし、どう伝えればいい。

 混沌とする情報の数々を、ケイはまだ言語化出来ていない。

 

 いや、あれは言葉で言い表せるモノでは到底なかった。

 アレは、彼女と相対しなければ決して理解は出来ない。

 

 

 

「……アイツは多分、いやもしかしたら、お前を恨んではいないのかもしれない」

 

「え——」

 

 

 

 ボソっと呟いたケイの言葉に反応して、短く、唖然とした声がアルトリアの口から溢れ落ちる。

 信じ難いモノを見たように顔は硬直するが、彼女はすぐさま反論を言う事は出来なかった。

 その少女と短くない時間を共にして、飲み込まれてしまいそうだと話したケイは間違いなく何かを把握している。そんな義兄が口にした、理解し難い言葉。

 

 アルトリアの口から、何かの否定を喋らせたくなかったケイは、その硬直にたたみかけるようにして言葉を続ける。

 

 

 

「お前の言いたい事は分かる。

 でも、アレは……確かにそうだった」

 

「演技でも、なんでもないのですか」

 

「まさか。アレが演技だったらもうどうしようもない。一人、また一人と毒牙にかけられて円卓は滅ぶ」

 

「……………」

 

 

 

 あの日と違って、アルトリアとケイは逆の立場だった。

 要領を得ない事を話している自覚はケイにもある。そしてアルトリアも、ケイの様子を何処となく察し始めていた。

 自らに対する嫌悪感と、アルトリアのその様子。そして頭が上手く働かない苛立ちがケイの感情を泡立たせていった。

 

 

 

「あぁ……ッくそ。

 要領を得てない事は自覚してる。それに何もかも把握してる訳じゃない。

 ただ一つ言えるのは、アイツはお前個人を恨んでいる訳じゃなかった」

 

「そんな、まさか」

 

「——だからと言って、アイツはそんな簡単な話で終わる話じゃない。

 個人に向いてないだけで、アイツが秘めていた呪詛と憎悪は生半可なモノじゃなかった。

 アイツは確かに恨んでいる。幸せなモノ全てを呪ってる」

 

 

 

 アルトリアの表情が明確に曇った。

 数少なく、また不確かな義兄の言葉から何かを感じ取ろうとしていた。

 その様子を見て、舌打ちしながらケイは立ち上がった。

 

 

 

「おい、アルトリア。飲め」

 

「え…は、はい?」

 

「黙って飲め。

 良薬は口に苦しって事なのか、適量だと人心の緊張が和らぐ……らしいぞ」

 

 

 

 磨き上げられた机に、ケイが顔を顰めながら荒々しく置かれた一つの容器。何かに手こずっていた義兄が、部屋に入る前から用意していたモノ。

 義兄が最も嫌う飲料を何故か淹れたという出来事に、納得し難い何かを感じながらも、アルトリアは無言でそれを口につけながら、ケイの話を聞く。

 

 

 

「アルトリア。お前、時間が出来たらアイツに会え。会って話し合え。

 なんでもいい。他愛無い話だとしてもアイツは応じるだろうさ」

 

「な、本気ですか……」

 

「当たり前だ。

 情け無い事このうえないが、アイツのアレは言語化してお前に信じさせる事が出来そうにない。本人と対面して話し合わないと理解出来ない。

 何でも良いから理由をつけて、絶対にアイツを逃がすな。話し合いが出来るのか、なんて怖気付くんじゃねぇぞ。お前は、アイツと一回向き合って話せ」

 

「……………」

 

「いいか、絶対に怖気付くな。お前がその様子を見せたら、アイツは絶対気付く。腹の探り合いしろって言ってる訳じゃない。腹を割って話せなくてもいい。

 分かり合おうとしてるって意識をアイツに理解させろ。そうすれば、少なくともアイツはお前を邪険には扱わない」

 

「で、でも……」

 

「でもじゃない。

 いいか、アイツに対して必要以上に構えるなよ。でも絶対に気を抜くな。

 アレに相対するのは底の見えない穴を覗き込んでるに等しい。不必要に構えればアイツは腹の底を隠し、気を抜けばアイツに飲み込まれる。

 今はオレの言っている事が理解出来なくてもいい。アイツと向き合った時に真剣に考えろ」

 

「………………」

 

「もう、オレから言う事はない。

 それに、オレと違ってお前相手なら何か違う反応をするかもしれないが、アイツとお前が会うのは大丈夫だ。話は通じる」

 

「本当に、本当にいいんですか……?」

 

「……………」

 

 

 

 アルトリアの再三の言葉に、ケイは言葉を募らせた。

 大丈夫だ、と即答するつもりだったのに、一瞬、ほんの一瞬だけ頭によぎってしまった一つの姿が、安堵を諭す言葉を阻害する。

 浮かぶのは、恐ろしい呪詛とそれに比肩するだけの慟哭を同時に吐き出した少女の後ろ姿。

 

 少女の方はどうなる?

 あのギリギリの均衡を保った精神は、アルトリアと相対した時にどうなる?

 

 

 

「別に……今日から今すぐにでもって話じゃない。

 それに、アイツもまあまあ疲弊しているから、幾らかの時間を置いた方が良いのかもしれないのは確かだ。

 だが、一年以内にお前は必ずアイツと対面しろ。長引かせたって、アイツの不興を買うだけだ。いいな」

 

 

 

 そう一方的に告げ、アルトリアの視線を無視してケイは部屋から出て行く。

 何処か、いつもとは違う後ろ姿。不機嫌そうな雰囲気以外にも、話しかけ難い何かがケイの佇まいには現れていた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 その後ろ姿を見送ったアルトリアは、無言のまま、再び義兄が入れたコーヒーを口につける。

 

 

 

 

「…………美味しい」

 

 

 

 

 その呟きが義兄に届く事もなく、部屋に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒々しい歩きで自室に向かえば、部屋の前には彼女がいた。

 部屋の扉の直ぐ横に背を預け、腰に携えている二つの宝剣の内の一つを手に取って磨いている。何にも憚れず、また世の理など一切気にしていなさそうな佇まいは、いっそ忌々しい。

 

 

 

「何してんだ、テメェ」

 

「……まさか、私を従者にしたのを忘れましたか?」

 

 

 

 小さく呟いた言葉に対して、少女はいつもの様な揶揄する様な言葉で返しながら、剣を磨く手を止める。

 僅かに顔をケイに向けながら、少女は続けた。

 

 

 

「あれから半月程経ちましたが、何かないのですか?」

 

「それだけを聞きにずっとここで待ってたのか、お前は」

 

「別に大して待ってないのでお気になさらず。それに……まぁ正直に言うと貴方と会話するきっかけに都合が良かったので。二週間、何の報告もなしだと困ります」

 

「………………」

 

「下に付く者としては、定時報告くらいはして欲しいですね。

 ——それで、結局どうなったんですか」

 

「……既にアレは此方の手から離れている。いちいち報告する程度の情報もなかった。オマエだってそれなりに疲弊してただろ。休暇と思って自由に過ごしていれば良かったんだ」

 

「………………」

 

 

 

 ケイの言葉に、少女は不服そうに腕を組み始めた。

 そんな事はどうでもいいから、まずはさっさと報告しろとでも言いたげだった。

 

 

 

「はぁ……お前が言った通り、アイツらは正しく処断されたぞ。生き残りの何人かはアグラヴェインによって何かを吐くだろうさ」

 

「そうですか。それだけですか?」

 

「あぁそれだけだ。お前こそ、それだけなのか? 何か他に反応はないのか?」

 

「別に何も。死んだら全て骸です」

 

「……そうかよ」

 

 

 

 ケイは吐き捨てる様に呟きながら、自室の扉を開いた。小物が散らかった、いつもの雑多な部屋だった。部屋に入りながら、頭の中で彼女の言葉を繰り返す。

 

 死んだら骸。

 つまり確認が取れたなら、もういいのだろう。

 死んだら全て等しく無に還るのだから、もうどうでもいい。だからこそ。生者ではなく死者寄りの想いを持つ彼女は、憎悪を秘める。

 死者が報われたと決定出来る生者が、報われない事が。

 

 

 

「チッ……いつまでそうしてるんだよ。聞きに来ただけなんだろ。じゃあさっさと帰れ」

 

 

 後ろから気配がずっと消えない事に気付いたケイが、背中越しに後ろに視線をやれば、未だに少女は扉の横に佇んでいるのが見えた。

 律儀な事に、彼女は視線をケイの部屋に向けようとはしない。

 

 

 

「そんな事言われましても……本当にやる事はないんですか。何というか、落ち着きません」

 

「お前のそれは病気だ。

 それに、いつだって何かに動いてる訳じゃねえんだ」

 

「……円卓の騎士なのにですか?」

 

「あ?」

 

「いえ……何でもありません」

 

 

 

 少女の言葉にはいつものキレがない。

 心の鬱憤を晴らす様に何かに没頭したいという様子が透けていた。

 

 

 

「なんだ? 従者としてオレの世話を焼きにでも来たか?」

 

「本気で言ってるんですか、それ」

 

「…………いや、戯言だ。忘れろ」

 

 

 

 少女はケイの部屋に視線を向けず、冷たくそう呟く。

 

 彼女との関係は表面上、従者と主人だが一般的なものからは程遠く、仕事仲間の上司と部下のそれに近い。

 自身の生活の世話をさせる気はケイにはなく、むしろ関わらせたくはなかった。そして少女の方も、ケイ卿が踏み込ませたくないその一線を越える事もなく、またそれを表面化させる事もしなかった。

 

 慇懃無礼な態度でありながら、本当に越えて欲しくない一線だけは、越える以前に絶対に触れない。終始、部屋に視線を向けないその姿が示す通り、妙なところで彼女は律儀だった。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ケイは自身の部屋で身支度を済ませながら、少女に話しかける。

 

 

 

「ボーメインはどうした。アイツと過ごしてればいいだろ」

 

「……ボーメインは、少し苦手です」

 

「はぁ? あんな世話焼きながらそれか。意味が分からないな」

 

 

 

 ボーメインがこのキャメロットに訪れたその日から、少女はボーメインを預けた食堂の厨房に足繁く通っているのはそれなりに有名だった。

 ボーメイン自身も、周りの者と良い関係を築きつつあり、少女もその内の一人である。むしろ、彼女が一番ボーメインを気にしてると言っていい。

 ボーメインが一番懐いているのも彼女だった。

 

 

 

「別に嫌いという訳ではありません。ただ苦手なんです」

 

「はぁ……?」

 

「最近気付いたのですが、私は子供が苦手です。純粋無垢な子供は好きなんですが……苦手です。特にあの目が」

 

「…………」

 

「痛みも苦しみも恐怖も知らない、あの目は良い。

 しかしそれが自分に向けられると、少し、緊張します。特に、熱意を持った視線とかが」

 

「それの何が苦手なんだ。熱意を持った視線って事は、要はお前に憧れてるんだろ?

 ボーメインも、あのゴール国の子供も。お前の力で得た信用と名誉だろ。誇って何が悪い」

 

「自分の力、ですか……」

 

 

 

 そう告げると少女は小さく俯きながら、自嘲するような口ぶりで呟いた。

 ——これか、彼女の言葉にキレがない原因は。

 

 

 

「まさか、これは自分で得た力じゃない。後天的に持った、借り物です」

 

「…………」

 

「ふと感じるんです。

 本来なら誰かに行く筈のモノを自分が不当に奪っている様な感覚が——」

 

 

 

 彼女が言い終わるよりも早く、自らの部屋から出て、それと同時に部屋の真横に佇む少女に裏拳を放つ。

 狙いは黒いバイザーに隠された目元よりも上の額。

 拳の軌道は正確で、狂いなく少女の額を叩いた。念のため、怪我がしないように加減はして。

 

 

 

「痛っ……たッ…………え、は……? 何なんですか、いきなり……」

 

「うるせぇ。ウジウジしてるお前が凄まじく気持ち悪い。吐き気がする程気持ち悪い。正直に言う、やめろ。それになんだ?

 才能ある奴が自分の功績に納得しないとか、才能の無いオレみたいな奴が憤死するぞ?」

 

「……そうですね。すみません」

 

「謝るな。いいか黙って聞け。

 お前の力の事に関してはよくは知らないが、それを借り物だって言うなら、お前自身で本物にしろ。いいか? 絶対にしろよ。

 そして、お前に力を与えた………世界か何かにこう言い放ってやれば良い。

 どうだ、本物にしてやったぞ。もう自分は偽物じゃないぞ。これが自分の力だざまぁ見ろ。テメェの好きにはさせてやらなかったぞってな」

 

「——は……?」

 

 

 

 唖然とした声だった。

 普段は真一文字に閉じられている筈の口元を開いたまま硬直する姿は、年相応の十歳程度の子供の様に見える。

 

 

 

「——ハハハ……はぁ、何なんですかそれ」

 

 

 

 次に響いたのは小さな笑い声だった。

 それは、自虐する様な声ではなかった。小さく呆れて、自然と出てしまった様な、そんな声。

 

 

 

「あー……はぁ。何で貴方にそんな事を言われてしまうのか」

 

「あ……? 何だと?」

 

「いえ、貴方を揶揄している訳ではないんです。

 ただ、何で貴方に似たような事を言われたんだ、と。そう思ってしまっただけです。ケイ卿がそういう事を言うようなタイプには思えなかったので」

 

「…………は……?」

 

「何でもありません、戯言として流してください。

 自分は所詮、ただ色んな事を知っているだけでそれを理解したつもりになっていたと、今更気付いただけですので。自分が、精神的には成熟していたと思い込んでいただけの」

 

 

 

 何処か自虐的な発言だったか、少女には憂鬱とした雰囲気はなかった。むしろ、気が楽になったと言いたげな様に、晴れ晴れとした雰囲気がそこにはある。

 

 

 

「ええ、まぁ、何でもありません。

 ただ、少し重りが軽くなっただけです。

 だから——少し救われました」

 

「——————」

 

 

 

 本当に、本当に小さい笑みだった。

 でも、それはいつも浮かべているような冷笑でもなく、あの日、幸福な人々を見て浮かべていた、何処か歪んでいた嬉しそうな微笑みでもなく——少女が少女自身に向けた、満足そうな笑みだった。

 

 ただ、その笑みはすぐに消えた。

 雰囲気が元に戻った少女は、続けて答える。

 

 

 

 

「あぁ、ケイ卿。それはそれとして、私にとっては重要な話があるのですが」

 

「……なんだ」

 

「あの日、私は言いましたよね?

 ——貴方に殴られるよりも、早く殴り返せるので、と」

 

「……は……? いや、待て……」

 

「約束を守れず申し訳ありません。今から殴り返すのでいいですか」

 

「待て!」

 

 

 

 いつもの調子が彼女に戻っていた。

 芝居がかった口調に、他者を見下すような冷笑。

 

 

 

「お前……そんな子供みたいな事するつもりか?」

 

「……ええ、そう。私は子供なんですよ。子供だからいいではありませんか。

 それに、言葉から力に変わっただけで、いつもの貴方とやっている事と大して変わらない。少し勝負の土俵が変わったに過ぎません」

 

「テメェ、変な吹っ切れ方しやがったな……」

 

「変? まさか。不必要だったプライドを捨てただけです。

 貴方だってやられたらやり返すでしょう? なら私も許される筈だ」

 

「いやいや……おかしい。オレとお前では力に歴然とした差がある。同じ一発でも威力が段違いすぎる」

 

「手加減するので安心してください。

 大した筋肉のない子供の攻撃なんて、日頃から鍛えている大人の前では無力同然でしょう?」

 

「絶対に嘘だ……絶対に骨に響くような攻撃を打ってくる」

 

「はぁ……これで色々なかった事にして、仲直りでもしましょうって事ですよ、早く殴らせて下さい」

 

 

 

 面倒臭くなったのか、少女は呆れたような声を出しながら頭をかく。

 少女の向けている顔の先は、脇腹。手加減はするが容赦をするつもりは、欠けら程も存在しなかった。

 

 

 

「待て、お前これを見ろ。さっきまで部屋の中で探してた羊皮紙だ。

 お前の為に取って来たんだからな」

 

「それが何か」

 

「円卓になると、いちいちこういう公的文書あって面倒臭いんだが、使い様によっては役に立つ。あまり使いたくはないが」

 

「……それで」

 

 

 

 少女は小さく肩をすくめ、自分の為に何かをしようとしているという事に思う事があったのか、素直に矛を収めた。

 

 

 

「どうせお前の事だから知ってるだろうが、今ゴール国が割れて、実質使える戦力が半減してる。昔の騎士は信用出来ないってな。だから、あの国が纏まるまで周辺の小さい諸国だとか村に防衛の戦力を回す余裕なんてない」

 

「まさか……」

 

「あぁそのまさかだ。

 勿論、キャメロット正規兵の派遣も出るが、極めて特殊な上に突出した力を持つお前は防衛には向かないし、部隊単位で周りとの足並みを揃えるのに関してはお前はまだ色々足りなさすぎる。

 つまりは、お前は防衛ではなく攻勢。端的に言うなら蛮族狩りだ」

 

「——は……あぁ何と。

 私の使い方、利用の仕方を理解してくれて助かります。非常に嬉しいです」

 

 

 

 何処か好戦的な笑みだった。彼女には歪んだ笑みである。

 素直に浮かべた感情なのだろう。本当に最奥の部分、決して彼女が譲らない一線だけは狂いなく、変わっていなかった。

 

 

 

「そうか、それ以外に嬉しさでも見出したらどうだ」

 

「そうですね。まぁ……余裕があったら少し探してみます」

 

「フン……そうかよ」

 

 

 

 隣を歩く少女の姿はいつものと変わらなかった。もしかしたら、ずっと変わらないのかもしれない。けれど、だからこそ、祈らずにいられなかった。

 僅かにでも、その生涯が報われるように。

 ——ほんの僅かでも、一片の救いと希望が、彼女の生涯に現れるように。

 

 

 

「お前逃げるなよ。何か適当な理由を付けて」

 

「……何の事ですか」

 

 

 

 呟かれた言葉に、もう憂いは存在しなかった。

 

 




 
 恐らく生前最後の安らぎ。もしかしたらあるかもしれないがこの話を超える事は多分ないし、相手はケイ卿ではない。
 次話からやっと中盤だぜ。ようやく次の話で主人公と相対させたい人と会わせられる。
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