騎士王の影武者   作:sabu

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 Apocryphaのアニメを見返して、モードレッドの回想で出て来るアルトリアは大抵後ろ姿か、もしくは目元が見えないという事に気付いて、うわぁぁぁああってなりながら書きました。
 


第28話 サー・モードレッドと私欲なき粛清 起

 

 

  

 人は死後、一体何処へ向かうと言うのだろう。

 死とは、生を謳歌している期間の刑罰なのだという。

 

 徳を積んだ者は天国で無上の幸福が約束され、邪悪な者は地獄に落ち、永遠の責め苦を受け続ける。

 後は天国でも地獄でもない辺獄だとか、かの神の御子を信じていない者は煉獄に行くだとかもあるらしいが、そもそも自分は神そのものを信じていない。

 いるかどうかの話ではなく、いたとしても自らの運命を預ける気がない。

 

 ……仮に、神の御子がいるのだとしたら、自分の運命を預かってくれるのだろうか。

 ——人ではない、歪な魂を救ってくれるのだろうか。

 

 

 

 最初に認識したのは光だった。

 

 

 

 生まれ出でた普通の赤ん坊が最初に認識するのもきっと光だ。

 しかし、自分の目に映る光に暖かさはなく、また太陽のように強く輝くものでもなかった。

 良く分からない幾何学模様が浮かんでいる部屋で、その術式と思わしき模様が不気味に光っている。魔力によって薄暗く照らされる部屋が、一つの女の存在を認識させた。

 

 

 

 "あぁ、いい出来になりそう"

 

 

 

 その声を聞いた瞬間、背筋を夥しい数の虫が這い回っているような悪寒がした。

 ゆらゆらと水槽にて浮かぶ自分を見つめていたのは、魔性の類に堕ちている者だと証明する、汚れた金色の瞳。

 

 途端に鮮明になる意識が、自分とは何かを理解させてくる。

 生まれたばかりの赤ん坊の様に泣き喚けば、少しは気が晴れたかもしれないが、一定の知識が既に刻み込まれている己に、それは許されなかった。

 

 フフフと不気味に口角を吊り上げる、不気味な女。

 その目の前の女が——自分の親であると刻み込まれている情報が告げているのに、その女が向けている視線に情愛などは存在しない。

 ただ、役に立ちそうな道具を興味津々に見ているだけだった。

 

 

 ——忌々しい原初の記憶。忘れたくても忘れられない、歪んだ出自の証明。

 

 

 生まれてから数ヶ月。

 女が幼い自分に囁いている。

 

 

 

 "私の愛しい息子よ。貴方は騎士となり、王を倒しなさい。

 私の息子である貴方には王位を継承する資格がある。けれど、今そう悟られれば王は必ず貴方を■すでしょう。

 だから、今は雌伏の時。ただ、待つのです"

 

 

 

 忌々しい魔女の声が頭を乱す。

 私怨に満たされた魔女の声は酷く耳障りで、耳元で囁かれているかの様な不快感がする。その癖、透明な液体を血で一滴一滴汚していく様に自分の精神を蝕んでいく。内に潜めた呪詛は、腐臭を放つ虫と表現するのが相応しい女だった。

 自分が普通の赤ん坊なら、こんな雑音を記憶しなくて済んだのだろう。しかし、自分は普通じゃない。歪な作られた存在。

 

 

 ——人造人間ホムンクルス。

 

 

 それ故に、己は人より早く育ち、早く成熟し、そして——早く老いて、死ぬ。

 今の自分は、泣き喚く小さな赤ん坊と同じ年齢だ。

 その赤ん坊が、剣を振るえる事が出来る年齢になって、騎士見習いになれるくらいの年齢になれば、自分は糸の切れた人形のように動かなくなって、そのまま死ぬだろう。

 

 

 ——何て羨ましい。何て妬ましい。何て憎たらしい。

 

 

 だってずるいじゃないか。

 自分は何も悪くないのに、生まれたその瞬間から——どれだけ努力しても、自らの才能の全て、自分の生涯の全てを懸けても絶対に辿りつけない場所に彼らはいるのだ。

 

 

 だから必ず——人間より優れた存在になると誓った。

 

 

 そう思うのは自明の理だろう。

 自分は、人間より速く走らなければならないのだから。

 

 

 

 "あれが、貴方が目指す相手。倒さなければならぬ敵。■さなければならない王"

 

 

 

 女に連れられ、物陰から王の姿を見た。

 隣で囁く魔女の声など耳には入っていない。

 

 不可能だ、と思った。

 

 初めて見た王の後ろ姿は、冷徹で、穏便で、鋼鉄だった。

 そして、王は美しいくらいに完璧だった。その裁定に狂いなく、振るわれる剣技は輝いていて、戦術に間違いはない。

 誰だって理想の王と称えるくらいに、完璧だった。

 

 

 

 ——だから、魔女には悪いが■す事は諦めた。

 

 

 

 その代わり、王に仕えようと思った。王の剣の切先となり、汚れを祓う者であろうと心に誓う。当たり前だろう。誰だって、美しく輝かしいモノに惹かれる。かの王の刻むだろうその生涯、輝ける路を共に歩みたい。そう思った。

 呪われた生涯を歩む、日陰の魔女と共に歩みたいとは思わない。

 

 王にその人生を奪われた女。

 成る程、王が憎いのだろう。理解も出来るし共感も出来る——だが同情は出来ない。

 自分は王に何の感情も抱いていなかったのだから。憎くもない王に復讐心など抱けない。

 

 それに自業自得だ。

 自らの幸せを放棄して、復讐に狂った魔女。だから、実の子供達すら離れて孤独になる。

 

 

 やがて自分には兜が与えられた。

 

 

 人前で外してはならない。この顔を見られてしまえば、全てが破綻する。

 そう魔女に言い含められて、不服だが素直に従った。この性別と、魔女の血縁である事の証明である素顔は誰にも晒す事は出来ないという事は、自分でもすぐに分かった。

 

 

 ——しかし、それでもなお、自分は完璧だった。

 

 

 完璧な王の剣技を模倣して、その騎士道精神を再現し続けて——そして王から剣を賜り騎士となった。

 それだけじゃない。末席ではあるが、それでも円卓の席につけたのだ。

 不満などない。円卓の席はこれで全て埋まり、空きは消えた。

 アーサー王を含めた、ブリテンを守護する要。誉れ高き十二の騎士。

 

 

 夢が叶ったのだ。

 

 

 もう望むモノはなく、ただこのまま騎士王に仕える事が出来れば、これ以上の幸福はない。

 間違いなく、己の生涯で最も輝かしく、楽しい時間だと言える。

 

 

 あぁ、こんな日々が、永遠に続けば良いのに———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ………?」

 

 

 

 別になんの変哲もない日の事、キャメロット内の回廊を歩いていたモードレッドは、思わず足を止めてしまう程の異質な音を聞いた。

 金属と金属がぶつかり合う音。

 しかし、その音は剣と剣が鍔迫り合っているようには思えない。

 

 嵐の中、滝のような雨の如き速度で鳴り響いていながら、その音は鉄床に思いっきり金槌を叩き付けた場合の音よりも尚重い。

 キャメロット内で剣と剣とぶつかり合う音は異質に過ぎなくとも、剣戟の形を伴っただけの腹の底まで響く衝撃音は明らかな異常だった。

 

 

 

「なんだ……? 何の音だ、これ。何が起こってる」

 

 

 

 甲高く凄まじい剣戟の音が鳴り響き続ける。

 その音の出所を探る為、モードレッドは移動を開始した。

 時間が経てば経つ程、その剣戟は激しさを増していく。数分探し回ったモードレッドは、その音がキャメロット城内の中心にある、庭園から響いている事に気付いた。

 広大なキャメロット内に相応しく、設立されている庭園もまた通常の城よりも大きい。

 つまりは——騎士同士が斬り合うには充分な広さだった。

 

 

 

「なんだよ……この人の数」

 

「——貴方も来ましたか、モードレッド」

 

「うげっ、ガウェイン……」

 

「うげとはなんですか、うげとは」

 

 

 

 その音に釣られたのか、庭園にはかなりの人集りが出来ていた。

 そして、その中にはガウェイン卿もいた。

 

 モードレッドが一方的に知っているガウェイン卿との因縁が影響したのかは分からないが、ガウェインとは彼女がまだ騎士になったばかりの頃に世話になってからの腐れ縁だった。

 

 

 

「貴方もアレを見に来たのでしょう。なら早く見ると良い。

 もしかしたら、次の瞬間には勝負が決まっているかもしれないのですから」

 

「あん……?

 ——うっわぁ……マジかよあれ」

 

 

 

 モードレッドとガウェインという二人の円卓が揃った事に気付いたのか、自然と騎士達の群れが、視線が通るように避けた。

 視線の先にいたのは、円卓最強と名高いランスロット卿と——そのランスロット卿に斬りかかっている、バイザーで目元を隠した子供。

 

 目を疑うような光景だ。

 一つの時代で無双を誇る騎士と、騎士の身なりをしただけの子供。相手になる筈がない。

 しかし——押しているのは子供の方だ。

 

 

 

「——————」

 

「——————」

 

 

 

 響く剣戟と共に鳴り響く轟音。

 互いに無言のまま振るわれる剣と剣。

 子供は"淡く輝く宝剣"を両手に、ランスロットに襲いかかっている。ランスロットはその攻撃を受け流し、または捌きながらも、少しずつ後退を余儀なくされている。

 

 その子供の一撃一撃にはどれ程の力が込められているのだろう。ランスロット卿の剣とぶつかり合う度に、攻撃の残滓と思わしき火花が閃光の様に散っていた。それを雨のような速度で撃ち出し続けている。

 燃える鉄に金槌を叩き付けたとしても、目の前の光景を超える事はきっとないだろう。

 

 まるで吹き荒ぶ嵐と、それをやり過ごしている船舶だ。

 竜巻すら伴った嵐を前に、ランスロットは攻勢に回る事が出来ていない。

 

 

 

「アレが、最近噂になってた例の子供か。

 遠征からキャメロットに戻って初めて見るが……怖っ……何歳だよ、アイツ」

 

「最近ようやく十歳になったと言っていたらしいので、彼の言葉を信じるなら、本当に十歳なのでしょう」

 

「いや、確かにそれくらいの見た目だけどもよ……才能溢れてるとかそういう範囲じゃなくて異常の域だろ」

 

「貴方が言うと説得力が凄いですね」

 

 

 

 自らの事を棚に上げて、モードレッドは畏怖するような声を上げた。

 モードレッドの実年齢は今現在、4歳なのだが、既に肉体の成長は終えている。生まれてからすぐに一定まで成長し、そして停止するように設計されたホムンクルスと、普通の人間では天地の差があるのだ。

 それを深く理解しているモードレッドだからこそ、ランスロットに斬りかかっている子供は異常に過ぎた。

 

 

 

「なんだ? 何か二人に因縁でもあんのか?

 ……傍から見ると、なんか殺しにかかってるくらい激しい戦闘してるんだが」

 

「いえ、その。

 私達は半年程、遠征でキャメロットから離れていたではありませんか。それで昨日、派手に宴会を開いたでしょう。貴方は参加しませんでしたが」

 

「……あぁ、アレか」

 

 

 

 モードレッドは何人かの騎士や、ガウェインの誘いすら断ってその宴会を辞退していた。

 戦闘中どころか平時の時にも外さない兜の事に関して、間違いなく良く思われていない事は百も承知だが、人前で外す事など出来ない。兜の可変を上手く使えば口元だけを開いて食事をする事も十分可能ではあるが、酒が絡む可能性もあり、尚且つ人の多い宴会に参加するつもりはモードレッドにはなかった。

 

 

 

「で? その宴会がランスロットと、最近噂の期待の新人が斬り合う事に繋がるんだ。何か不都合でもあってどっちが正しいか証明でもしてんのか?」

 

「多分、私が原因です。

 いや……原因ではないかもしれませんが、ここまで話を大きくしたのは、自分……らしいです」

 

「はぁ? 何ぃ?」

 

 

 

 半年振りに遠征から帰還したガウェイン卿を祝う宴会は、最近大きな祝い事もなかった影響故に、他の円卓の騎士を巻き込む程に大きくなり——そしてキャメロット内の食堂に例の子供もいた。

 その子供——彼女は自然と食堂を抜けようとしたが、それを厨房で手伝いをしていたボーメインが折角だからと引き止めた。かなり本気で。

 ボーメインの熱意に負けた彼女は渋々食堂に残る事を決めて、適当な時間になったら抜けようと判断していたが、自らの武勇の噂の広まり方を彼女は軽視していた。

 

 情報は不確かながらも、彼女の武勇は遠征先でも広まっていたのだった。

 その武勇の数々は、はっきり言って異常。キャメロット内に帰還した騎士達は、その真偽を確かめる為、そして——仮に本物だった場合の熱意を胸に、極々自然な形で彼女に詰め寄る。彼女が宴会から抜け出す事は周りが許さなかった。

 

 大量の騎士の数に、宴会を抜け出せなくなり、そうこうしている内に——彼女と深い因縁を持つ三人の円卓の騎士、ランスロット、トリスタン、ベディヴィエールが到着する。

 

 

 

 "……明らかに宴会に似つかわしくない年齢ですが、よろしくお願いします。私の事は無視して構いませんので"

 

 

 

 互いに気不味い所の話ではなく、僅かに不穏な雰囲気が流れたが、彼女の方から言葉を切り出し、その場をやり過ごした。

 少女の言葉に疲弊の色を感じ取ったのか、彼ら三人はひとまず彼女との因縁は後回しにし、注意を払いながらとはいえ素直に宴会に参加する事にした。

 

 ここまではよかった。

 後々、三人の円卓の騎士がいつもより静かだったと騎士の話に上がる事はあれど、最近噂になっている例の少年という大きな話の中では些細な事として、自然に周りの騎士達の記憶から抜け落ちる。

 

 宴会が中盤に差し掛かった時、厨房にいたボーメインが、ボソっと呟く。

 

 

 

 "そういえば、ルークさんがどれ程お強いのか、実際に見た事がありません"

 

 

 

 ボーメインの言葉に、宴会をしていた騎士達のざわめきが別のモノを含み始めた。

 例の子供や、噂に詳しい騎士達によって、その噂のほとんどが誇張でもなんでもない事が判明したが、実際に彼女の力の本髄を見た訳ではない。

 

 御前試合の日、エクター卿を一撃で吹き飛ばした。ケイ卿を守りながら、単独且つ無傷で数十人の騎士を殲滅した。

 未だ半信半疑の者もいたが、その子供の実力を見てみたいと思う事は異常でもなんでもない。それに、その子供の上限を知らないのだ。噂通りなら、武勇で示した実力は下限を保証するモノでしかない。

 

 

 ——どこまで行けるのか見てみたい。

 

 

 そんな熱狂的な意識が、静かに芽生え始めた時、ガウェイン卿はこう告げた。

 

 

 

 "なら、円卓の誰かが一騎打ちすれば良いのでは"

 

 

 

 誰かが言ったか、既に円卓の騎士に比肩する程の実力をその少年は秘めているらしい。だから実際に円卓の騎士の誰かが相手すれば良い。

 流石に一騎打ちは、と止めにかかろうとしたランスロット卿よりも早く、ガウェイン卿が宣言する。

 

 

 

 "ランスロット卿。貴方が彼と一騎打ちすれば良いのではないですか" 

 

 

 

 本気で嫌がり始めている当人の子供と、苦慮が滲み出たランスロット卿を置き去りにして、周りの騎士は沸き立つ。

 円卓の騎士の中では下から数えた方が早いとはいえ、普通に実力者であるケイ卿よりも、その少年の実力は上。なら、円卓の中でも本物をぶつけなければならない。少年の実力の上限は不明。

 ——では、少年と相対するに相応しい人物は?

 

 

 

  "私が一騎打ちするよりも、貴方の方が相応しいでしょう。何、貴方の極みに"窮めた"武練なら加減が利く。彼の実力が本物であるなら、貴方が少しずつ本気を出せばいいだけの事"

 

 

 

 ガウェイン卿は自ら辞退し、ランスロット卿を推薦した。

 密かに、その少年と相手したらどうなるか一番気になるとされていた人物はモードレッド卿であったが、二番手はランスロット卿だった。

 円卓最強というカードと、異常と称される最年少の騎士というカードのぶつかり合いを前に、周囲の騎士には止める理由がない。

 

 否定の意を示す少年に対し、周りはそもそもランスロット卿との一騎打ちは光栄な事だと諭し、実力を確かめるには良い機会じゃないかと囁き、ボーメインもそれに同調する。

 さすがに彼もこんな話を大きくされて困っているだろうと、周りを宥めるランスロットと二人の円卓に対し、新人にその実力を示す機会に相応しいし、教育にも丁度良いじゃないかと反論する周囲と、ガウェインがそれを煽る。

 

 酒も入って高揚している周囲の熱意は凄まじく、盛り上がり続けた熱狂にどうしようもなくなったのが昨日の事だった。

 

 

 

「……彼の実力が本物であるなら、貴方が少しずつ本気を出せばいいだけの事と、ランスロット卿を煽らなければ良かった。

 改めて考えれば、エクター卿を一撃で吹き飛ばしたとされる御前試合にランスロット卿は居たではありませんか。実力が本物だと知るのは当たり前の事だった……」

 

「マジで酒はやりたくねぇな。一人で嗜むならともかく、誰かと飲む気がより失せた。

 ……アイツちょっとかわいそうだな。多分これから、年齢的に飲めないのに宴会に参加させられる事が増えんだろ。立場的にも拒否しにくいってのに」

 

「正直言うと、彼がここまでの実力者だとは思ってはいませんでした……」

 

「まぁ、そこだけは否定しにくいな。異常の極みだろ、アレ」

 

 

 

 恐らく、立場的に最初の一撃をランスロットは譲っただろう。

 しかし、少年の実力を一端を知るランスロットは、エクター卿を葬った一撃を油断も慢心もなく本気で捌き、絶対に防ぎ切る。

 そして、少年の方も数十人の騎士を単独で葬ったのだ。一撃で終わる訳がない。二撃目、三撃目と攻撃を繰り出す。

 ——しかし、油断も慢心も皆無なランスロットには届かない。

 

 互いに、力の性質が違うだけの化け物同士。

 攻撃する。防ぐ。攻撃する。防ぐ。

 戦闘のボルテージの上がり方は常人の域を遥かに超えている。

 ランスロットの防御を抜く為に、より速くより強くなる少年の攻撃を、より上手くより速くランスロットが捌く。

 

 手加減などして戦える相手ではないと理解していて本気で戦闘に臨んだランスロットもランスロットだが、本気のランスロットに対して喰らい付くどころか、今現在押している少年も少年である。

 

 

 

「ガウェイン、これどう思う」

 

「どう、とは?」

 

「どっちが勝つかって話だよ。

 ……正直言って、これどっちが勝つかわからねぇなぁ。何というか、戦闘に於いて相反するモノ同士が酷い均衡で成り立っているって感じだ」

 

「私も同感です。だからこそ、目が離せないのですよ。

 次の瞬間には勝負が決まっていそうで」

 

 

 

 身体能力は、見た目からしてどう考えても逆だが、少年の方がかなり優れていた。

 瞬間的な力——特に俊敏性に関しては、もしかしたら数倍近い差があるかもしれない。

 ——それでも、ランスロット卿に攻撃が届かない。

 

 確かに身体能力は少年の方が上だが、彼らは根本的に身体の大きさがあまりにも違った。ランスロット卿の方が三回り程大きく、またその分腕の長さはかなりの差がある。

 そして扱っている武器は、短剣の二刀流に対して、ランスロット卿は長剣。

 

 

 同じ種類の剣というカテゴリの中で凄まじいリーチの差があった。

 

 

 絶対に少年の攻撃には間に合う訳がないと思えて、それを埋め合わせるだけの条件を、人智を超えた技量と武練で構築している。

 ランスロット卿が一方的に攻撃され、防戦一方になっているように見え、しかし少年の方にはそれ程余裕がない。何せ、ランスロット卿に一撃も届かない。

 攻撃を受ける毎に僅かに後退しながらでも、二刀流による嵐は、確かにやり過ごされている。

 

 一撃でも届けば、この均衡は崩れる。

 しかし届かない。

 

 身体能力。体格差。武器。技量。

 何一つ噛み合ないモノ同士が、酷い均衡で成り立っていた。

 

 

 

「——ッ!」

 

 

 

 もしかしたら永遠に続くかもしれないと思われた均衡を、少年の方が崩した。

 幾度も攻撃しようと弾かれる攻撃の中では、大きな隙を晒すだけとしか思えない両手による大振りの斬り払い。勿論それを、ランスロット卿がまるで盾でパリィしているかのような剣の捌きによって弾かれ、今その瞬間、明確な隙が生まれる。

 

 

 ——ランスロット卿が隙を突いて勝負が決まる……!

 

 

 二人の戦いを視認出来ている騎士達と、ランスロット本人も勝負の行方を確信したが——賭けに勝ったのは少年の方だった。

 

 

 

「な……ッ!!」

 

「——貰った」

 

 

 

 大振りの切り払いと、弾かれた時の衝撃の全てを活かし、あらゆる行動が断絶される事なく流れる様に、少年は身体の軸を回転させる。

 放った攻撃は、回転を活かした後ろ回し蹴り。

 ソレを受けたランスロット卿は、後ろに大きく吹き飛ばされ、庭園の壁に激突した。

 

 

 

「足癖の悪さは、もしかしたら貴方以上かもしれませんね、モードレッド」

 

「うるせぇ、勝てばいいんだ勝てば。

 オレはアイツの事気に入ったぞ。周りが何か言うならこう言えばいい。卑怯な手段に訴えないと勝てない訳じゃない。ただ戦闘の手段の一つとして使ってるだけだとな。

 無能がそういう手段を全面に押し出すならただの蛮族だが、実力者が上位者相手に稀に使うなら戦術だ。そもそも、強すぎてアイツの真似出来る奴なんていないだろ。

 ……それに勝負は決まってねぇ」

 

 

 

 モードレッドとガウェインの呟きは周囲の騎士達には聞こえていない。

 周囲の騎士達は、二人の戦いを目で追う事に必死だった。そして、当然の如く周囲の騎士達も認識する。

 

 その攻撃はランスロット卿にとって致命傷になるどころか、勝負の決め手にもなっていなかった。確かに吹き飛ばされたが、攻撃を受けるその刹那、ランスロットは後ろ回し蹴りを剣の腹で受け止めながら、後ろに跳躍していた。

 常人なら兎も角、衝撃を半分近く吸収されたその攻撃は大したダメージにはなっていない。

 

 だが、壁に叩きつけられて一瞬硬直したランスロットは、明らかに隙を晒している。

 

 勝負の行方はまだ定まってすらいないと瞬時に理解した少年は、蹴り飛ばしたランスロット卿の眼前に一足で跳び込み、再び攻撃を開始する。

 大木が倒れた様な轟音と共に、少年の跳躍によって舞う地面の粉塵。

 その粉塵が晴れたその時には、少年とランスロットが再び鋼と鋼をぶつけ合っているのが見えた。

 

 

 

「怖っ…………」

 

「………………」

 

 

 

 モードレッド卿の呟きに対し、ガウェイン卿は反応を返す事が出来ない。周囲の騎士もそうだった。

 少年の攻撃が振るわれる毎に、血飛沫が周囲に舞っている様な光景が幻視出来る程に、少年の攻撃はあまりにも激しく、また荒々しい。

 ただの嵐ではない。

 束ねた星の光すら、僅かなかがり火程度まで貶める暗雲の中、災害の様な吹き荒ぶ嵐を辺りに撒き散らし続けているのが少年だった。

 

 ただの人間では容易く呑み込まれる嵐を前にして、少しずつ確実にランスロット卿は疲弊していた。

 壁際に追い詰められ、後退を塞がれた影響は呼吸の乱れとして身体の負担となり現れ始めている。心技体、全ての合一によって形成される極めに"窮めた"武練に、いつ綻びが生じてもおかしくはない。

 

 

 

「ぐぅ……ッッ——うぉぉぉお゛お゛オオオ!!」

 

「———ッ」

 

 

 

 少年の攻撃は酷く荒々しく隙だらけのように思えて、人智を超えた超高速の剣閃と、互いの隙を埋め合わせるかの様に振るわれる二刀流によって、隙がまったくなかった。

 しかし、剣閃と剣閃の合間に、瞬き程の隙を見出したランスロット卿が、その瞬間に回生の一撃を繰り出す。

 少年の攻撃を真上に弾き飛ばし、少年の身体が僅かに乱れた。しかし、体勢が崩れているのはランスロット自身も同じ。攻勢に回るチャンスではないと理解したランスロットは、その隙を攻撃ではなく回避に使う。

 

 攻撃を弾きながら、少年の脇をすり抜ける様に地を転がるランスロットは、目にも止まらぬ速さで身体を立て直した少年でも捉え直す事が出来なかった。

 

 

 

「……ランスロットが地面を転がる所とか初めて見たんだが……」

 

「……………」

 

「ランスロットもランスロットだが、アイツもアイツだろ……容赦の欠けらもねぇ。

 何でもありの戦いだったら、お前あの子供に負けるんじゃね?」

 

「そっくりそのまま、その言葉をお返しします。

 はっきり言って、あの少年は貴方の上位互換なのではないですか、モードレッド」

 

「ほざけよガウェイン。オレはランスロットにも剣を習ってるんだ。流石にあそこまで荒々しくはない」

 

 

 

 そう告げたモードレッドだったが、少年の戦い方がただ荒々しいだけのモノではない事を感覚で把握していた。

 確かに少年の戦い方は身体能力任せで、技量の観点ではモードレッドよりも劣る。しかし、戦闘の運び方が明確に形となっている感覚があった。一つ一つは未熟かもしれないが、全体の完成度が尋常ではない。

 もしかしたら、少年の中での戦い方が"完璧にイメージ"出来ているのかもしれない。

 

 荒々しさをそのままに、自らの力の全てを明確な指向性を持って撃ち出し続けている。そんな感覚だった。

 そして何より——自分と似ている。

 不明瞭且つ漠然とした勘だが、あの少年と通ずるモノが何処かにある。

 

 

 

「——アイツ気に入った。どんな奴なのか気になって仕方がない。

 これで、いけすかないランスロットを本当にぶっ飛ばしてくれたら言う事はないな」

 

 

 

 自分が目指している到達点の騎士王とは、まるで違う相反するその姿でありながら、その少年は、自分が目指す到達点の一つなのかもしれないという考えが何故かモードレッドにはあった。

 

 少年に向ける興味は高い。

 周りにはつい最近十六歳になったばかりだと言っているが、生命的な年齢は4歳である。その様な観点なら、目の前の子供よりも自分は歳若く未熟だと言えるかもしれない。

 その少年から何かを学ぶ事になるかもしれないという事に、これと言った拒否感は存在しなかった。

 もしかしたら、互いに力を高め合う関係になるかもしれない。そうなれば最高だ。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 攻撃と防御の応酬によって、一時中断された戦闘。

 二人とも乱れた呼吸を直し、体勢を立て直したランスロットと少年は、互いに睨み合っていた。

 凄まじい緊張が互いに走り、それが周囲の騎士達にまで広がっている。生唾を飲み込む音すら出すのを躊躇する程の静寂が、いつ破られるのかと手に汗を握って二人の行方を見守っていた。

 

 激しい戦闘が一時中断された事により、モードレッドが改めて周囲を見渡せば、酷い光景が広がっていた。

 庭園の地面は小さなクレーターが出来ているように土が捲り上がり、先程までランスロットが叩きつけられていた壁の周辺は、剣圧によってズタボロになっている。人間の手ではなく、神秘の側の妖精達によって作られた筈の壁が、だ。

 普通の人間なら、瞬時に細切れに出来る程の力が少年には秘められている事は容易に分かる。

 

 そんな事に気を回している余裕はないのか、二人は未だ睨み合っていた。

 二人の距離は数メートル。

 しかし、少年の一足は数メートルを容易く越える。だが、体格差と武器の射程によって、ランスロット卿の方が剣の間合いは1メートル近く上。

 

 

 ——再び、何一つ噛み合わないモノ同士の均衡が繰り広げられるのか。

 

 

 誰もがその思った瞬間、仕掛けたのは再び少年の方だった。

 地面を蹴り飛ばしながら、両手の剣を構えランスロット卿に飛び込む。ランスロット卿の間合いに入った瞬間、両手をクロスする様に組み合わせて、まるで鷹の翼の様に振りかぶった。

 そして、その攻撃の威力を正確に測ったランスロットは——正面から受け止める事を選択をする。

 

 今まで、人智を超えた攻撃を正面から受けないように捌いて来た、今までのランスロット卿からすると考えられない暴挙だった。

 ——しかし、賭けに勝ったのはランスロット卿だった。

 

 今まで以上の金属と金属がぶつかる激しく音が響き、ランスロット卿が少年の攻撃を受け止め、剣と剣がぶつかりあったまま、2メートル程地に足を付けたまま後退する。

 ——しかし、確かに受け止めたのだ。

 

 まさか正面から受け止められるとは思ってなかった少年は、自らの制動を完璧に制御する事が出来ず、硬直という明確な隙を晒す。

 そして、それをランスロット卿が見逃す訳がなかった。

 

 

 

「——貰った……ッ!」

 

「ぐっ……ぅぁ」

 

 

 

 骨の髄まで響く衝撃などなかったかの様に、ランスロット卿は少年に向けて剣を振るった。剣の切先で傷付けないよう、剣の腹で少年の胴体を叩く。

 衝撃を受け流す事なども出来ず、その衝撃を受けて少年が真横に吹き飛ばされ、地を転がされながら数メートル吹き飛ぶ。

 

 周囲の騎士達が勝負は決まったと確信し、ランスロットが思わずやり過ぎてしまったと判断した瞬間——ランスロットは鳥肌が立つ程の凄まじい剣気を感じ取った。

 

 少年は吹き飛ばされながらも、身体への負担を全て無視して強引に体勢を立て直す。そのまま、少年は騎士にとっての命である筈の剣を両方投擲する。

 その狙いはランスロット卿の顔——しかも目。

 音速に近い速度で投擲された二振りの短剣は、思考の隙を突かれたランスロット卿にとっては、なんとかギリギリ防げるものだった。

 

 剣の腹を盾の代わりに正面に出し、顔に向けて投擲された短剣を防いで——少年の事を一瞬でも視界から外してしまったと悟る。

 

 

 

「……ッ殺ったぁぁ……ッ!!」

 

「———ッッ!!」

 

 

 

 その子供の瞬間的な加速力を理解していながらも、ランスロットは少年の接近を阻止出来ずに許してしまう。既に少年はランスロット卿の眼前にいた。

 大きく振りかぶった右手には稲妻の様な赤い線が刻まれており、凄まじい力が秘められている事は明らか。剣などなくとも、少年はその攻撃でランスロット卿を再起不能に出来る。

 

 竜が腕を振り下ろすのに等しい必殺の一撃が、ランスロット卿に迫る。

 

 

 

「う——うおぉぁあああア゛ア゛ア゛ッッ!!!」

 

 

「——は………」

 

 

 

 絶対に間に合う訳がないと思われた少年の攻撃を、ランスロットは雄叫びを上げながら己の全ての神経と細胞を動員させて間に合わせた。

 

 

 

「——が、は……ッ」

 

 

 

 身体を後ろに引きながら、片手で少年の攻撃を受け流し、もう片手でなんとか受け止めるまで衝撃を減らした少年の拳を、ランスロットは掴み取る。

 そのまま背負い投げの様な形で少年を地面に叩きつけた。

 叩きつけられた少年は大きく咳き込んだ後、今度こそ再起不能になる。

 

 

 

「……——は…! す、すまない、大丈夫か!?」

 

「な……ランスロット!」

 

「…………ッ!」

 

 

 

 しかし体格にあまりの差がある者同士。ランスロットが繰り出した背負い投げは不完全で、ランスロットは背負い投げの最中に体勢を崩し、少年は衝撃の一切を逃がす事が出来ず、背中から地面に叩きつけられていた。

 

 その事にハッとしたのか、ランスロットは慌てて安否を確認する言葉を発し、トリスタンはランスロットの事を諫める。

 ベディヴィエールは、無言で少年の方へ駆け出していた。

 

 

 勝負は完全に決まっている。

 

 

 少年は地面に叩きつけられた衝撃で、もう動けない。しかも自分の身体能力を利用される形で。常人なら普通に死んでいるか、大量の血を吐いて動かなくなるだろう。背骨が折れていてもおかしくはない。

 

 少年は叩きつけられた姿勢のまま、動かない。

 ソレを死体と勘違いしたのか———鴉が一羽、少年に近付いて肩に止まった。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか……あ、の。身体は……っ!」

 

「大……丈夫なんで、あまり大きな声を、出さないで貰っても……いいですか……」

 

 

 

 ベディヴィエールは、触れては簡単に壊れてしまう物を確かめるように、少年に向けた自分の手の平を彷徨わせながら、少年の安否を確認していた。

 案の定少年は咳き込んでいる。血を吐いてはいないようだったが、明らかに戦闘不能だろう。立ち上がった少年の脚取りは不確かで、少しフラフラとしている。

 

 ——フラフラとする少年に揺られて一羽の鴉も揺さぶられるが、鴉はしっかりと肩に掴まっていた。鴉が少年の顔に身体を擦り付けるような仕草は、何処か少年の安否を心配しているようにも思える。

 

 

 

「何だよ、アレ……強過ぎる……湖の乙女に育てられたからって、人間を辞めているにも限度がある。

 もう戦いたくない……」

 

「——おぉそうだぞ、ランスロット。ちょっと大人気ないんじゃないかぁ?」

 

「……——ッ!」

 

 

 

 少年の言葉に同調するようにモードレッドはランスロットを揶揄した。

 しかし、それは本気ではない。ランスロットが少年に対して大人気なく本気を出したと判断した者は、周囲の騎士達には存在しなかった。出来る筈もないだろう。ただ、ランスロット卿が本気を出すに相応しい相手だったというだけ。

 

 

 

「モードレッド……まったくお前は……」

 

「おい、お前大丈夫か?

 ランスロット相手に良くやったなぁ。正直凄ぇわ。久しぶりに熱くなれたぜ」

 

「…………………」

 

 

 

 ランスロット卿の呟きを無視し、モードレッドはその少年に話しかける。

 その言葉は、周囲の騎士達全ての言葉を代表するモノだった。

 

 最初は真偽を確かめる為の好奇心や、怖いモノ見たさに近かったかもしれない。

 ランスロット卿と戦っている時は、少年の攻撃の激しさやあまりの苛烈さに、恐怖を覚えた者もいたかもしれない。

 しかし、戦闘を終えれば、周囲の騎士達に残るのは高揚感だった。

 

 それは、戦闘中は終始ハラハラとしていたが、終わった後は顔を高揚させていたボーメインやガウェインが良い証拠となっている。

 多くの人が、その少年に畏怖の念を向けていた。

 

 

 

「モード、レッド……卿」

 

「おっ! オレの名前を知ってんのか! いやぁ、それはちょっと嬉しいなぁ」

 

 

 

 硬く真一文字に結ばれていた口元は驚愕によって開かれ、そこには戦闘中に見せていた筈の、殺人人形のようなゾッとする程の冷たい雰囲気と次の瞬間には斬り伏せられていそうな気概はなかった。

 何処か驚いた様子の少年は、不思議と違和感なく、年相応の子供の様に見えた。

 

 

 

 

 




 
 
 モードレッドはあまり酒を飲まないみたいな描写があったような無かったような……アレ、こんな設定原作であったっけ……
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