騎士王の影武者   作:sabu

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 書き終わってから気付く。
 情報量が多い……!
 


第29話 サー・モードレッドと私欲なき粛清 承

 

 

 

 一体どれくらいの時間戦っていたのか。

 何時間も戦っていたような気がするが、多分本当は二、三十分程度でしかないのだと思う。

 僅かな時間の中で、幾千にも及ぶ判断を直感的に思考し続けた結果、頭の中はドロドロでおぼつかない。こんなに集中して、これ程の戦いを繰り広げたのは初めてだ。

 

 

 いや、そもそも"戦闘"をしたのが初めてなのだ。

 

 

 今まではただ私が一方的に敵を蹴散らしただけで、ソレは戦闘行為とは呼べない。

 駆け引きも何も無い、ただの蹂躙。戦いとは、互いを仕留める事が出来る能力者同士の戦い、というらしい。

 そういう意味でも、私とランスロット卿のは戦闘だった……と思う。思いたい。そうだと思いたいなぁ……

 

 

 ——あらゆる攻撃が届かなかった。

 

 

 全て受け流されるか、弾かれるか、逸らされる。

 隙なんて皆無。以前ランスロット卿と出会った時に抱いた、全ての攻撃を弾き返されそうだという印象通りだった。間髪入れずに仕掛け続けた私の攻撃は、並大抵の者なら一撃で再起不能に出来る程の力があった筈だ。

 ——しかし今、地に倒れ伏しているのは、私一人。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか……あ、の。身体は……っ!」

 

 

 

 酷い頭痛がする。吐き気がする程の目眩がする。

 思いっきり叩き伏せられたせいで、頭に血が入っていない。今立ちあがろうとしたら、間違いなく蹈鞴を踏んで再び倒れるだろう。

 私の周囲をまともに認識出来ていない為、上手く判断が付かないが、多分私に向けられているだろうベディヴィエール卿の言葉すら、今の私には煩わしかった。

 

 

 

「大……丈夫なんで、あまり大きな声を、出さないで貰っても……いいですか……」

 

 

 

 言葉を出そうとして、普通に咳き込んだ。

 なんとか呂律が回っているのは幸いだったが、骨が折れていても不思議ではない。

 

 なんとか立ち上がって、此方を見つめるランスロット卿を確認したが、ダメージというダメージはない。

 強いて言えば、私が最後に繰り出した殴打を受け流した片手と、私の手首を掴み取ったもう片方の手。その両手を気にしているくらいだった。

 戦闘に大した支障は出ない、浅い負傷で済む範疇のモノだ。多分、鎧の影響で痣にもなっていない。

 

 ……彼が本当に殺す気だったら、普通に私は死んでいる。そして、相討ちにすら持って行けていなかった。

 

 

 

「何だよ、アレ……強過ぎる……湖の乙女に育てられたからって、人間を辞めているにも限度がある。

 もう戦いたくない……」

 

 

 

 ランスロット卿は本当に人間なのだろうか。そんな荒唐無稽な考えすら浮かんで来る。

 まず身体能力は私の方が上だった。特に、魔力放出もあってか瞬間的なモノだったらかなりの差がある。さらに私は二刀流。それでも一撃すら届かない。

 

 体格差とリーチの差はあれど、それでも技量という観点があまりにも狂っていた。

 円卓最強という称号の重さが否応にも分かる。如何なる攻撃をしようとも、常に最適な防御が此方の攻撃を塞ぐのだ。竜を殺す人間とはこういう者なのだと、恐怖すら覚える。

 

 いや、実際に終始攻勢に回っていたが、絶えず恐怖を"感じて"いた。

 戦闘の最中、身体と思考そのものが一つの方向に引っ張られるような感覚。そして、身体のある一点だけに、急に鳥肌が立つのだ。

 

 此方がずっと攻撃しているのに、攻撃を一瞬でも途切らせたら——次の瞬間に負ける。そんな予感が終始付き纏っていた。多分、隙を窺っていたのだろう。

 私に直感的な思考能力が芽生えなかったら、戦闘中の些細な判断ミスで瞬殺されていたかもしれない。

 

 

 しかも———ランスロット卿は全力じゃない。

 

 

 その証拠に、ランスロット卿が使用している武器は【無毀なる湖光(アロンダイト)】ではなかった。彼専用に作られた長剣なのだと思うが、何の加護も持たないただの剣。

 サーヴァントや宝具といった神秘の概念を含んでいる訳でもなく、全ステータスが1ランク上昇するなんて分かりやすい効果ではないだろうが、今現在でも、かの聖剣は身体能力上昇の加護は保有しているだろう。

 つまりは私と戦っていたランスロット卿は【無毀なる湖光(アロンダイト)】による身体能力上昇の加護がない。

 

 

 ——じゃあ私は?

 

 

 私が使用しているのは【死闘にて輝く不撓の剣(セクエンス)】に【白鴉の短剣(カルンウェナン)】の二つ。

 この戦いは間違いなく死闘だった。故に、私は戦闘中、常に【死闘にて輝く不撓の剣(セクエンス)】の加護を受けている。そして俊敏性に至っては【白鴉の短剣(カルンウェナン)】によってほぼ倍速されている。

 

 それで相打ちですらない。

 ……もうどうすればいいのか。これで実は湖の加護も使用していませんでしただったら、もう白兵戦でランスロット卿に勝利するのは不可能だろう。

 ランスロット卿をまともに身動き出来ない状態で、遠距離から城を飲み込むくらいの、超強力な攻撃をすればなんとかなるかもしれないといったところか。

 そんな手段は私にはないし、そもそも敵対する気はない……というか敵対したら私は死ぬ。

 

 成る程、一つの時代で無双を誇れるだろう。

 ランスロット卿と戦っていれば、その武練を吸収して、私も少しは強くなれるんじゃないか思っていた私は、あまりにも愚かでランスロット卿を舐めていたと言える。

 もうランスロット卿と戦いたくない。どうかその武練を私に向けないで欲しい。

 

 

 

「——おぉそうだぞ、ランスロット。ちょっと大人気ないんじゃないかぁ?」

 

「……——ッ!」

 

 

 

 声がした。

 鎧の上から発している為にくぐもっていて判断がつきにくいが、聞き覚えのある声に、特徴的な粗暴さを持った声。

 

 

 

「モードレッド……まったくお前は……」

 

「おい、お前大丈夫か?

 ランスロット相手に良くやったなぁ。正直凄ぇわ。久しぶりに熱くなれたぜ」

 

「…………………」

 

 

 

 ランスロット卿の呟きを無視しながら私に話すその姿は、極めて自由奔放といった印象を受ける。

 灼き付いた記憶の姿にある通り、赤雷のような赤が特徴的な白銀の鎧に、伝承に伝わる悪魔の様な兜でその容姿を隠した騎士。

 騎士王の血を引いている影響で、身長は154cmと小柄でありながら、その鎧の威圧感と彼女が秘めたオーラの影響で、小柄だとという印象は感じられない。

 騎士王と妖妃の血を受け継いだ、不義の子にして人造生命ホムンクルス——モードレッドがそこにいた。

 

 

 

「モード、レッド……卿」

 

「おっ! オレの名前を知ってんのか! いやぁ、それはちょっと嬉しいなぁ」

 

 

 

 いつか出会うとは思っていた。

 しかし、私がキャメロットに訪れてからそろそろ一年が経つというのに、廊下などですれ違いすらしないなとは思っていたが……こんなタイミングでエンカウントするとは。

 ——あぁ……昨日の宴会ってそういう事か……自分は本当なら完全に部外者じゃないか……

 

 

 

「なあなあ! お前この後時間はあるか?

 あるなら是非付き合ってくれ」

 

「……は……? いや、あの」

 

「おや、モードレッド。賛辞を疎かに彼を一人占めですか?

 ルーク。貴方の戦い振りに久々に熱くなれました。一応、身体の調子を確かめて貰った方がいい。ランスロットは容赦がないですからね」

 

「あ、あのルークさん!

 なんていうか、とっても凄かったです。後、今厨房からお水持って来たんですが要りますか!?」

 

「いや……いい」

 

 

 

 モードレッド卿の言葉を皮切りにガウェイン卿とボーメインが近寄って来て、賛辞の言葉を投げかけてくれる。特にボーメインの鼻息が凄い。

 私と周りの人物のやり取りに反応したのか、少しだけ表情を緩めながら、ランスロット卿が話しかけて来た。

 

 

 

「ルーク、本当に強かった。私も本気で戦いに臨まなければきっと敗北していただろう。いずれ成長した君には歯が立たなくなっているかもしれない。

 ……少し空恐ろしいよ」

 

「——ハハハ、あのランスロットが身震いしてるぜ?

 なぁルーク。いずれこの借りを返してやれ。次はお前がランスロットを投げ飛ばす番だ」

 

「……それは是非とも勘弁して欲しいな」

 

 

 

 モードレッド卿の軽口に対して、ランスロットは苦笑いをしながら微妙な反応を返していた。

 正直言うと私もその借りはあまり返したくない。というか出来る気がしない。

 

 

 

「どうしました、ランスロット。

 これは、いつもの勝ち逃げという奴ですか?」

 

「ガウェイン……」

 

「えぇ、実を言うと二人の一騎討ちを見ていて私も昂ってしまいまして。今日は特に何もないのでしょう? 是非とも、私と一騎打ちして下さい、ランスロット」

 

「おお〜? 敵討ちかぁ?

 いいぜ行けガウェイン。コイツの分まで叩き切ってやれ」

 

「……すまないが、今日はもう勘弁してくれないだろうか」

 

 

 

 私に短く言葉を告げてその場から帰ろうとしたランスロット卿を、ガウェイン卿が引き止める。私とランスロット卿の決闘の高揚感が残っているのか、ガウェイン卿の表情は何処か楽し気だ。モードレッド卿の煽りも、揶揄っているというよりはワクワクしているという印象が強い。

 

 しかし、ランスロット卿を引き止める事は出来なかった様だ。

 疲弊が言葉に表れているランスロット卿はガウェイン卿の誘いを断り、トリスタン卿とベディヴィエール卿を連れてその場から離れてしまう。

 それに釣られて、新たな決闘がなされる事はなくなり、事の成り行きが終息に向かっていると判断した周囲の騎士達も、庭園から離れ始めた。

 

 

 

「どうしたんでしょうか、ランスロットは。

 なんと愛想の悪い」

 

「実は円卓最強という称号が危ぶまれた事に、結構動揺してるんじゃねぇか?

 ハハハ、そうだとしたら面白いな。いつもの澄まし顔が崩れたってだけで今日は良い日だ」

 

「コラ、モードレッド。趣味が悪いですよ」

 

「いやだって面白いんだからしょうがないだろ?」

 

 

 

 軽口を叩き合うモードレッド卿とガウェイン卿は、とても仲が良さそうだった。互いの関係に溝や悔恨などもなく、譲れない価値観による相違もない。

 

 

 ……あのモードレッドが、凄い楽しげに青春をしている。

 

 

 周囲の騎士との馴れ合いなどに興味もなく、愛想も非常に悪かったとされていたような気がするが、今私の目の前にいるモードレッド卿にはそんな冷たい印象は感じられない。

 多分、一線は守っているだけで、周囲の騎士との折り合いはちゃんとしているのだろう。

 ……モルガンが、完全に彼女との関係を断ち切ったからか。

 

 

 

「ん? そういえば、貴方は確か昨日の宴会の時、厨房にいた……」

 

「——あ……あ、あのボーメインと言います! えっと、憧れた人がいるのでキャメロットに来ました! 今は騎士を目指しています!」

 

「ほう……成る程。台所の騎士という事ですか。

 是非頑張って下さい。応援していますよ」

 

「——はい! ありがとうございます!」

 

「ええ、それでは。

 ルーク。もしかしたら、これから何かを一緒にする事が増えるかもしれませんね」

 

 

 

 ボーメインと姿を偽ったガレスとの短かな会話を終え、最後に私にそう告げてガウェイン卿は去っていった。

 私が知る通りの、円卓という立場に驕らない爽やかな人物だった。ボーメインも充分に満足したのか、それでは私も、と告げてその場から去っていく。

 

 そして残ったのは——隣にいるモードレッド卿。

 

 

 

「そういえば……それなんだ?」

 

「……それ?」

 

「いや、だから——その肩に止めてる鴉だよ」

 

「——あ」

 

「さっきからずっとお前の肩に止まっているし、何かお前と関係あんのか?」

 

 

 

 モードレッド卿が私の肩の部分を指差しながら問う。

 言われるまで気付なかった。今更——彼女がいる事に気付く。

 

 そうか、そうだった。今日はそういう日だった。

 人目にはあまり出ない方がいいと彼女も理解しているのに、何故肩に——

 ……いや、モードレッド卿に言われるまで気付かない程に疲弊していたのだ。彼女は私の事を心配してくれたのだろう。つまりは私が悪い。

 

 

 

「もう私は大丈夫だから。

 別に骨も折れてないし、私よりもこの身体が心配ない事は分かるだろう?」

 

 

 

 私の肩に止まっている鴉にそう告げれば、鴉は私に向けていた目を少し細めた。

 多分、優しく微笑んだ時の目だと思う。

 その後、鴉はモードレッド卿の事を一瞬だけ見た後、翼を広げて飛び去っていった。

 

 

 

「……なんか不気味だな、あの鴉。目が金色だったし。

 お前、大丈夫か? あの鴉に付き纏われたりしてないか?」

 

「そんな事言わないでください。鴉は幸福の象徴なんですよ?

 それに付き纏われているのではなく、仲が良いだけです。私が一番心を許しているのは、あの鴉ですから」

 

「えぇ……お前、人間嫌いなのか?」

 

「別にそんな事はありません。ただあの鴉が一番心を許せる存在なだけです。そして多分、あの鴉も私が一番心を許せる存在なんだと思います。

 ……そう、思いたいですね」

 

「ふーん。そういえばお前の異名の一つだったか、鴉は。

 忠犬と飼い主みたいな関係か……なんかオレの事を見た時の視線が鋭かったし」

 

「そうですね、多分私以外には心を許さないと思います。

 もしも、自分以外に心を許したら……少し私は嫉妬してしまうかもしれません」

 

 

 

 飛び去る鴉を見上げながら、彼女と私の関係を知らないが故に、どこか見当違いの事を聞くモードレッド卿と、敢えて歯切れの悪い会話をする。

 ただまぁ、無意識なのかどうかは分からないが、周囲を威圧するのは控えて欲しいから、少しだけ注意した方がいいのかもしれない。

 彼女は、私と同じくらい嫉妬深いだろうから。

 

 

 

「まぁいっか。オレはあの鴉とは関係ないし、お前とあの鴉の関係に口出しする権利はないからな。

 じゃあ行こうぜ、飯! いい場所を知ってんだよ」

 

「……何というか、押しが強いですね。私の何処が気に入ったんですか」

 

「ん? そんなの何だっていいだろ?オレはお前に興味が湧いたってだけで、深い意味なんてない。強いて言うなら面白い戦い方するなってくらいだ。なっ? いいだろ?」

 

「…………」

 

 

 

 兜を被っていて彼女の表情は見えないのに、非常に楽しげな雰囲気が伝わって来る。

 自分勝手というよりは、自由気ままといった印象が強い。それに無遠慮な訳ではないのだ。先程の私を心配するような様子からも、相手を尊重する意識を確かに持っている。

 

 何というか、愛憎によって捻くれていないモードレッドは、気のいい兄貴といった印象だった。

 ——兄貴ではなく、姉貴なのだが。比喩でもなんでもなく。

 

 

 

「別に円卓の騎士だからって畏まらなくたっていいぜ。オレだってまだ新人騎士だって言われてるしな」

 

「——ありがとうございます。私の事を気にしてくれて。是非ご一緒させてください」

 

 

 

 断る理由もない。

 素直に、彼女の誘いに乗る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう。此処だ此処」

 

 

 

 目当ての場所にはすぐについた。

 陽光が燦々と降り注いでいる昼下がりの事。キャメロット内の城下は何処もかしこも人々の幸せそうな喧騒に包まれていながら、モードレッドの選んだ場所は物静かな場所だった。

 大通りの陰となる場所に建てられた、一種の喫茶店の様な店は、良い意味で静寂に包まれている。

 

 

 

「静かな場所ですね。キャメロット内の地形は把握しているつもりだったのですが、こんな場所があるなんて知りませんでした」

 

「あぁ、実はここはオレのお気に入りなんだ。あまり知られていない場所だからな」

 

 

 

 少年の言葉に、素直にモードレッドは答えた。

 バイザーによって隠された顔からまともな表情は読み取れないが、少なくともこの場所が気に入らなかったという訳ではなかったらしい。

 むしろ、彼の涼やかな落ち着いた様子は、人々の喧騒から切り離されたこの場所と良く合っている様に思えた。

 

 

 

「もしかして……あまり騒がしい場所は合わないだろうと気を遣ってくださいましたか?」

 

「いいや?

 まぁ完全にそれがない訳じゃないが、普通にオレが此処を気に入っているだけで、全部オレの為だ」

 

「……………」

 

「今、らしくないなって思っただろ。正直に言っていいぜ」

 

「そう、ですね。正直に言うとモードレッド卿は騒がしい場所を好むと思っていました。だから少し意外です。何というか……印象と合わない」

 

 

 

 少年の言葉に、モードレッドは気安い笑いで返した。

 彼女自身、そう思われるだろうなという自覚はあったし、実際に周囲の騎士にも似たような事を言われた事がある。

 勿論、モードレッドは騒がしい事が好きだが、何げない日常まで騒がしいのが好きかと言われるとそうでもない。

 

 激しい戦場なら自身の頭角を現すのにも使えるし、騎士王を目指す者として戦時に遅参など自身が許せない。何より戦う事が好きなので、機会さえ有れば戦場に身を置いている。

 しかし日常まで荒々しくはない。むしろ、モードレッドは静かな方だった。

 

 他者との交流が皆無な訳ではないが、精々、円卓の何名かと言葉を交わすだけで、誰かと語り合うという事はあまりない。特に不特定多数の人物が参加する宴会や祝賀会は、ほとんどを辞退している。

 兜や鎧を人前では外せないという理由が大きいが、それ以上に——騎士王がしないからだ。

 

 騎士王は、あまり他者と語り合わない。

 宴会に参加しない訳ではないし、むしろ配下の騎士達の為か、可能なら積極的に開くのだが、自然と距離を置く。楽しい事だから敢えて語り合わないのか、楽しくないから語り合わないのかは分からないが——騎士王は、楽しそうにしている配下の騎士達を見るのが好みなのかもしれない。

 

 だから自然と、モードレッドも宴会には参加しなくなった。参加しても、騎士王と同じように語り合わないのだから、特に参加したいとは思わなかった。

 その様子が、公私をしっかりと切り替えていると評価され——そして騎士にまで抜擢されたのだから、不満や文句はない。

 

 

 

「よく考えてみろ。

 オレとお前はよく対にされて噂にされてんだろ? そんな人物同士が二人でいる所を大勢に見られたら、あぁ遂に出会ったのかって注目を浴びる。

 多分、お前はそういうの嫌だろ?」

 

「……………」

 

「ちなみにオレは嫌だ。

 戦場で注目を浴びるのは良いが、日常で注目は浴びたくはない」

 

「成る程——そうか、そうなんですね。

 すみません、モードレッド卿の日常というのがあまり想像が付かなかったので。それとありがとうございます。私も、あまり人前というのは好かないので」

 

 

 

 額のバイザーを気にしながら語る彼の言葉に、あぁやっぱりそうだったかと、モードレッドは確信した。

 

 顔の大半を覆い隠すように額に着けられた黒いバイザー。

 唯一まともに見えるのは口元だけ。キャメロット内の騎士にも、一部仮面のような物を着けている人物もいるにはいるが、彼のバイザーが外されている所を見た者は誰一人としていないらしい。

 

 自分と同じく、その頑なな姿勢は彼も同じだった。それが、自分と彼がよく一緒になって噂話に上がる要因でもあった。

 正直に言うなら、そのバイザーを着けている理由を聞きたいが、それを聞けば極々自然の流れとして、常に外れない兜の事も聞かれるだろう。

 

 だが、自分の兜の事を聞かれたくないという思い以上に、彼が着けているバイザーの事に関して、あまり踏み込まない方がいいだろうという予感がモードレッドにはあった。

 

 そもそも、彼は若すぎる。

 それに対して、異常と称される程に極まった実力と、既に成熟している精神。

 単純に彼が大人びているというよりは、そうなるだけのナニかがあり、そしてそれが着けられているバイザーに繋がるのだろうと。

 

 他人に聞かれたくない過去は誰にでもある。

 何せ自分自身もそうなのだし、聞かれる側としては鬱陶しい事このうえない。

 モードレッドは、彼のバイザーに関しては聞かない事にした。

 

 

 

「とりあえず入ろうぜ。味は期待しても無駄だぞ、普通だから。

 ……そういえば、お前確か厨房のボーメインの世話をやっていたんだよな?

 もしかして料理出来んのか?」

 

「あー……」

 

 

 

 喫茶店の扉を開きながら、モードレッドは彼に話しかけた。

 もしも料理が出来るというなら、比較的舌は肥えているかもしれない。

 

 

 

「まぁ、やろうと思えば人並みには出来ると思いますが、専門的なモノになると無理だと思います。

 多少の知識があるだけですし、それも付け焼き刃のものでしかない。私に思い浮かぶものなんて、既に誰かがやっているでしょう。

 ……強いて言うなら、芋を潰しただけの物を料理と言う人物が現れたら、肉と芋を塩蒸しにして出せば良いとだけは、いいました」

 

「……味の濃い肉をさらに塩蒸しにするのか?

 流石に味が濃いんじゃ……」

 

「いや、ただ肉の旨みを芋に吸わせたいだけで、一緒に食べる訳ではありません。味が濃くなった肉は、野菜と一緒に摂るかすれば良い。もしくは酒のつまみとかに」

 

「へぇ……」

 

 

 

 食事に関して拘りがないモードレッドは、素直に少年の言葉に耳を傾けていた。

 何処か他人事のように語る少年からは、食事に関する拘りは感じられない。しかし、その割にはやり方は知っている。

 年不相応な精神だったり、戦闘時の冷たい印象の癖に苛烈な姿勢だったり、何から何まで少年はちぐはぐだった。

 

 少年に抱いた印象を、一つの興味へと変えながら、モードレッドと少年は店内の席に着いた。

 店外の様子と同じく、中は落ち着きの感じられる風景だった。かと言って極端に狭い訳でもなければ、古い訳でもない。品のある店と称するのが合っている店だった。

 

 

 

「お前、ベディヴィエールみたいな注文してんな。

 なんだよ、蒸した野菜とトーストだけって」

 

「いえ、違和感がないので。その、口に入れた時の食感とかが」

 

「食感……?」

 

「あまり気にしなくて大丈夫ですよ。

 私、燃費がいい方なので」

 

 

 

 少年が注文したのはそれだけだった。量も足りているのか心配になるくらいに少ない。

 席に並べられた少ない食事を口に運んでいる少年を見て、モードレッドは認識を改める。

 彼は、食事に対する拘りがない訳ではなかった。しかし、それが後ろ向きなのだ。美味しい物を食べたいのではなく、不味くない物を食べたい。

 

 

 

「お前……何か生きづらそうだな」

 

「え……? いや、いきなりどういう事ですか……それは」

 

「別に、なんでもねぇよ。

 あぁだがまぁ、お前は若過ぎて周囲には身体も歳もかけ離れた騎士しかいねぇんだから、何かあったらオレの事を頼ってもいいぞ。

 可能な限り相談に乗ってやるよ」

 

「はぁ……」

 

 

 

 モードレッドの言葉に、彼は合点がいっていない様だった。

 いきなり憐憫を向けられ、しかし協力的。まぁこうなるだろうなとモードレッドは思いつつも、周囲から色んな面で浮いている彼は気苦労が多くなるだろうと確信した。

 深い理由はない。

 ただなんとなく、目の前の存在は幸薄そうだなと、そう思ったのだ。

 

 

 困惑しているのか、結ばれた口元を僅かに開けた状態で硬直していた少年は、姿勢を正して食事を再開する。

 

 

 それを尻目に、モードレッドも食事をする事にした。

 頼んだのは何の変哲もないサンドイッチ。選んだ理由は、ただ彼女にとって食べやすい物だったからなだけ。空腹を満たす為に量は多かった。

 

 

 

「気になるか? これ」

 

「……すみません。不快でしたら止めます」

 

「いや良いって別に。というか気にならなかったら逆に驚きだ。それに、兜を気にしているんだったら、そもそもお前とここに来てねぇよ」

 

「……………」

 

 

 

 兜の可変を使って、口元の部分だけを外して食事をするモードレッドを、少年が驚いた様子で興味ありげに見ていた。

 口元の部分が外された事で、くぐもった声ははっきり聞こえる様になったが、それが性別に繋がる事はない。

 もう干渉はされてはいないとはいえ、元々は復讐の道具だったのだ。バレて困るのは魔女も同じである。最低限とはいえ、兜には幻惑の魔術がかかっていた。

 

 

 

「聞かない方が良いだろうと思っていました。

 私も似たようなモノですからね」

 

「あー……」

 

 

 

 額のバイザーを軽く気にしながら語る彼も、もしかしたら同じ事を思っていたのかもしれない。

 自然と、彼も一歩引いていた。

 

 

 

「……なぁ、お前が顔を隠している理由って、聞いても大丈夫か……?

 いや言いたくないなら良い。もう聞かない。でもほら、アレだろ? もしかしたら、何かの拍子にお前の気にしているモノに触れるかもしれないからさ」

 

 

 

 モードレッドは、自分と同じく素顔を隠す彼の事情を聞く事にした。

 本来なら聞く気はなかったし、その素顔を見るまで踏み込もうとはどうも思えない。

 ただ、自分と同じく素顔を隠す理由が気にはなってしまう。

 好奇心によるモノではなく、彼を心配する意味でモードレッドは少年に尋ねた。

 

 

 

「いえ、そこまで気にしなくて大丈夫ですよ。ただ、幼い頃に顔を大怪我しまして、それで顔が爛れているんです。

 少し他人には見せられない顔をしているので」

 

「……成る程、そういう事か。悪いな、嫌な事を聞いて」

 

「いえ。気にしないでください。

 モードレッド卿も私と同じか、似たようなモノでしょう?」

 

「……そうだな」

 

 

 

 彼の言葉に、モードレッドは納得しながらも記憶を掘り返す。

 モードレッドは、酷く爛れた顔というのを良く知っている。そういうモノが、以前は直ぐ近くにいたのだ。

 何らかの魔術に失敗したのか、もしくは単純な機関にする為だけに生成されたのか、形が歪な——ホムンクルス達が。魔女が作り出したモノには、人間の死体から抽出した数百の魂を混ぜ合わせた、酷く醜い怪物のようなモノもあった。

 

 そしてそれは、モードレッドが思わず目を逸らしたくなる程のモノばかりだった。

 確かに、彼が過去の傷によって顔が爛れているのだとしたら、それを見せたいと思う訳もなく、彼の強引に引き上げられたと思わしき精神にも納得がいく。

 モードレッドは、もしも彼の素顔を見る事になったら、自分だけは決して目を逸らしたりなどして彼を傷付けないようにしようと思いながらも、それ以上の追求を止めた。

 自分の素顔を隠している理由を僅かに騙しているという罪悪感を抱きながら。

 

 

 

「あー! やめようやめよう、こんな話!」

 

「そうですね。互いに疲れますからね」

 

「おぉそうだそうだ。

 それに、こんな話をしに来たんじゃないからな」

 

 

 

 互いにあまり話したくはない部分の会話で、微妙になってしまった空気を戻すようにモードレッドが声を上げ、少年もそれに同調する。

 こんな気まずい話をしに来たのではない。

 単純に、彼の事に興味を持ったから、他愛の無い会話をしに来ただけなのだ。

 

 

 モードレッドは、彼と何げない会話を再開する。

 

 

 その実力は何なのか、普段は何をして過ごしているのか、それに今話題になっている噂の真偽を彼自身に聞く。

 逆に、彼自身もモードレッドと似たような質問を返した。

 何故か深い事情までは聞いてこない。ただ、普通の日常が想像出来ないのか、私生活の部分の質問が多かった。

 

 彼は話し上手であり、同時に聞き上手だった。

 口が上手いのか、自然と相手から言葉を引き出すのに長けている。1で返せば1を、10で返せば10を。

 目の前の子供は、必要以上に畏まる事をせず、それが僅かに慇懃無礼の様にも感じられながら、しかし一線だけは越えない。

 他人にとって一番気が楽な場所に自然と居る。

 モードレッドが時々会話をする、ガウェインやランスロットとは違うタイプでありながら、彼に相対するのは非常に楽だった。

 

 最初に抱いていた印象と違い、彼は思っていたよりも態度が柔らかだった。冷たい氷という印象よりも、次の日には消えている雪のような印象が強い。今のモードレッドは、彼の事を感情表現が苦手な落ち着いた少年と認識していた。

 

 

 

 

「———ここにいたのか、モードレッド」

 

「……——ッ」

 

「うげぇぇ……アグラヴェインかよ……」

 

 

 

 太陽の光が傾いて来た頃、人混みから外れた店内に入って来たのは一人の騎士だった。

 周囲の騎士達とは違って、いつも黒い鎧を着けた飾り気のない男性。彼の心内を表すかのような鎧は、目の前の少年が着けている簡素な黒い鎧よりも尚、色がない。

 

 アグラヴェインとは仲が悪い訳ではないが、彼女だけが一方的に知る因縁故に、親しい関係という訳でもない。

 悪名高き鋼鉄のアグラヴェインが店内に入って来た事によって、少年との語り合いが終了した事にモードレッドは微妙な様子で言葉を返す。

 

 

 

「なんだよアグラヴェイン。オレを探していたのか?」 

 

「あぁ、伝えなければならん事があったからな。

 それと——君も探していた」

 

「……………………」

 

 

 

 その言葉に対して、少年は即座に席から立ち上がり、アグラヴェイン卿の言葉を待った。先程までの様子と違い、僅かにピリピリとしながらも、あらゆる面に一切の隙がない。

 

 

 

「ところで、君。

 何故——バイザーで顔を隠している?」

 

「申し訳ありません。

 確かに、国の補佐官という立場のアグラヴェイン卿からすると、いきなり騎士にまで成り詰めながら素顔を隠している私の事を、後ろめたい何かを隠している様にしか思えないでしょう。

 信じて貰うしか私には出来ませんが、私は他人に見せられない程の怪我を顔に負っているのです」

 

「そうか、成る程。

 なら——私はそんな事気にしないと言ったらどうする?」

 

 

 

 少年側に反応はない。

 不機嫌になる事もなく、ただ、あまりにも静かにアグラヴェイン卿の言葉を聞いていた。

 

 

 

「………………」

 

「立場上、そういう顔は見慣れていてな。

 それに、口元までは傷は広がっていないのだろう。今更その程度の傷などで私は目を逸らしたりなどしない」

 

 

 

 いつもの険しい顔立ちのまま、アグラヴェインは鋭い視線を少年に向けていた。

 スッと、少年の雰囲気に冷たいナニかが流れ始め、モードレッドと会話をしていた時に浮かべていた小さな笑みが消えていく。

 

 

 

「おい、アグラヴェイン」

 

 

 

 それに対して、思わずモードレッドはアグラヴェインに怒気を込めた声で牽制した。

 そんな事を言ったら自分自身だって素顔を隠しているのだ。アグラヴェインの目的が何なのか理解出来ないが、明らかに、初対面の冗談にしてはやり過ぎている。

 

 ——しかし、モードレッドの言葉にアグラヴェインが反応するよりも早く少年が言葉を返した。

 

 

 

「———大変申し訳ありませんが、これは貴方の問題ではなく私の問題です」

 

「何……?」

 

「単純に、私の顔を見て他人がどう思うかを気にしているのではなく、私自身がこの素顔を他者に見せたくないという話なので。

 他人が私の顔を見て、平気か平気じゃないかは別にどうでも良い。それでも尚、私の一線を敢えて踏み越えるというのなら、それは私の逆鱗に触れるという事だと思って下さい。

 もしかしたら、貴方と私の関係が周囲すら巻き込んで崩壊し、全てが断絶するかもしれません」

 

「ほう……例えばどのような?」

 

「そこまではなんとも。

 少なくとも、これを外そうとするなら私はあらゆる手段を用いて全力で抵抗します。

 一般的な騎士が絶対に譲れぬ騎士道を持つように、私もこの一線だけはどうしても譲れません。どうか御理解下さい」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の追及に対して一歩足りとも引かず、また逆に脅すような口振りで少年は冷たく言い放った。

 

 その様子に、モードレッドは兜の中で僅かに放心する。

 目の前の少年には、先程まで抱いていた雪のような儚さも、強引さに負けて簡単に呑まれてしまいそうだと思っていた押しの弱さもない。

 無理矢理引き上げられてしまった精神性という印象もなかった。

 

 一瞬、先程の彼と地続きなのかが本気で分からなくなるくらいに、目の前の少年は冷たかった。

 

 

 

 

「——ハ、ハハハ……ッ」

 

「…………何か面白い要素でもありましたか」

 

「いや、悪かった。

 成る程これは本物だ。流石、あのケイの従者をやるだけはある」

 

「………………」

 

 

 

 ……あのアグラヴェインが笑っている。

 そんな事をモードレッドは思った。

 

 慇懃無礼を隠す事をしないケイ卿と同じく、アグラヴェインはいつも不機嫌そうな表情をしている。

 ただ、その方向性が違うのだ。ケイが荒々しい怒りの熱さを持った表情なら、アグラヴェインはひたすらに冷たく、また軽蔑や侮蔑を含んだ険しい表情だった。

 

 そのアグラヴェインが、僅かに表情を緩める様に笑うのが酷く驚きだった。

 

 

 

「だが良いのか?

 そこまでの拒絶を示すという事は、それ以外の何かを隠していると言外に言っている様なものではないか」

 

「そう返されると私にはもうどうしようもありませんね。

 ——まあ、十年程経てばこのバイザーは、いつの間にか外れているかもしれません」

 

「それは良い事を聞いた。ならば十年程待つ事にしよう。私もランスロットに後一歩まで迫った人物の逆鱗には触れたくはない」

 

 

 

 極めて厳格かつ、いつも何を考えているのか分からないアグラヴェインが、何処か冗談を仄めかすように軽口を言った事もモードレッドにとっては驚きだった。

 そのアグラヴェインの様子に、互いに走っていた緊迫の様子が薄れた事を悟ったのか、疲れ果てた様に溜息を吐きながら少年は答える。

 

 

 

「……後一歩、ですか。その一歩があまりにも遠いです。

 何というか、ランスロット卿は空です。斬り合っていて、何もない空を切っているような感覚に陥る。空に向かって剣を振っているのだから、幾ら力を込めようが意味がない。

 ……身体能力がいきなり三倍になっても勝てる気が湧いて来ません。

 "無窮"とはああいうモノを指すのでしょうね」

 

「成る程、言い得て妙だ。

 ランスロットに迫った期待の新人の言葉を素直に受け止めるとしよう。是非とも君には、空を嵐で覆うかして欲しいものだが」

 

「…………やめて下さい。

 空を敵に回したくもありませんし、鋼鉄からも試されるような事はもうされたくはありません。私の寿命が縮みます」

 

 

 

 素直に語った少年の言葉には、何一つ嘘はないのだろう。少年の声には緊張から解放されたと思わしき疲弊が滲んでいた。

 

 

 

「で……? 結局お前は何しに来たんだよ。コイツを試しに来ただけじゃないんだろ?」

 

「あぁ。噂は偽物でも誇張でもない本物だと確信する事が出来た。これで最後の不安点が消えたと言ってもいいだろう」

 

「……私の力が何か」

 

 

 

 モードレッドの問いに対して、アグラヴェインが普段の表情に戻って淡々と告げる。

 策略を駆使する時に見せる、何を考えているか分からない表情だった。

 その表情のまま、アグラヴェインは懐から一つの羊皮紙を取り出して、机に置いた。

 

 

 

「君が居るのだから、こう言った方がいいだろう。

 ——旧ゴール国の不正に関与していた人物の炙り出しが終了した」

 

「——は……」

 

「あ……? 何?」

 

 

 

 モードレッドは、アグラヴェイン卿が語った事については良く分からなかったが、少年が明らかに驚いている事に気付いた。

 机に置かれた羊皮紙を眺めながら、少年は硬直している。

 

 

 

「"終了"した……?

 あの一件からまだ半年と少ししか時間が経っていないというのに、もう全ての炙り出しが終わった、と……?」

 

「あぁ、終了した。

 更に言えば、横流しされていた貿易品はシルリア王国に流されていた事も判明している。シルリア王国からの流れはまだ不確かだが、恐らくアイルランド島まで流しているのだろう。それも、次の会戦で確定するがな」

 

「………………」

 

「何、これは私だけの手柄ではない。今回の件は西の国との関係性が深いのもあってか、トリスタンが良く動いてくれた。

 彼の持つ【痛哭の幻奏(フェイルノート)】はこういう時に非常に役に立つ。たとえ優れた暗殺者であっても、あの"糸"からは逃れられまい」

 

「……それで、判明した叛逆者を一人一人潰していくのに協力して欲しいと言う訳ですか」

 

「いや、その必要はない。

 シルリア王国ごと一網打尽にする」

 

「は……」

 

 

 

 話についていけなくなったモードレッドは、置かれた羊皮紙に目を通すのが面倒なのもあって、二人の会話を素直に聞いていた。

 話の背景はまだ分からないが、とりあえずは王に仇なす者の討伐という事は会話の流れで分かる。

 

 

 

「既に各地の諸国に待機させていた私の部下によって、叛逆者達はシルリア王国に集まっている。アーサー王がいない今が叛逆のチャンスだとな。

 ブリテンに広がっていた不正の根を、大本ごと全て狩り尽くす。丁度、半年の遠征から帰還したガウェインとモードレッドに、数名の円卓の騎士がいるからな」

 

「うっわぁ……やり方がエゲツねぇ……」

 

 

 

 アグラヴェインの言葉に、モードレッドはドン引きしながら言葉を返した。

 現在アーサー王は、ケイ卿の故郷の周辺に現れたという【唸る獣】を討伐する為、ケイ卿、唸る獣を追っていたペリノア王、獣狩りのパロミデス卿、聖騎士パーシヴァル卿を連れてキャメロットを留守にしていた。

 咆哮という概念そのものとされる獣を相手にするのだ。恐らく、数ヶ月は戻ってこない。

 

 現在キャメロットを預けられているアグラヴェインは、アーサー王不在という痛手を逆手に取って、叛逆者を殲滅すると言っているのだ。

 

 

 

「そんな大戦を前にして、宴会など開いても良かったのですか……?」

 

「あぁ良い。

 名誉だの冒険だのと言って、不定期に城を後にする馬鹿共をキャメロットに縛り付けて置くのに非常に都合がいいからな。

 それにどうやら、君とランスロットの一戦の高揚感もあってか士気も悪くない」

 

「…………アグラヴェイン卿だって一人の人間だ、と少し思っていたのですが、貴方が本当に人間かどうか怪しく思えて来ました」

 

「君の様な人間にそう言われるとは光栄だよ。

 所詮、これは時間と経験によって蓄えた知識の差でしかない。君や騎士王のような本物に及ぶ事はない」

 

 

 

 アグラヴェインの言葉に対して、少年は畏怖するような言葉を返した。

 謙遜とも取れる否定の意を聞いても、少年の畏怖は微塵も軽減していない。

 

 

 

「今現在ケイがいない以上、君は形式上私の下で動いて貰う。作戦中はモードレッドの下に入って動け」

 

「成る程そう言う事か。ようやく話が見えて来たぜ。

 で? オレは何をやるんだ?」

 

「モードレッド、お前は遊撃部隊という名目で通すが、作戦中は奇襲部隊として動け。相手は騎士でもなんでもない叛逆者共だ。正面からやり合う義理もなければ必要もない」

 

「へぇ……本隊はどうなる?」

 

「ガウェインとランスロットに指揮させて動かさせる。

 その隙を突いて、シルリア城を後ろから奇襲しろ」

 

「首刈り戦術って事か。良いじゃないか、オレ好みだ」

 

「君もそれでいいな」

 

 

 

 モードレッドと話を進めていたアグラヴェインは、少年に一眼向けながらそう言った。

 話の流れから、明らかに一般的な騎士道精神から背く事をすると理解している筈だが、少年に不満気な様子は一切無い。

 

 

 

「少し質問が。

 奇襲部隊と言っていましたが、私とモードレッド卿以外に誰かいるのですか」

 

「いや、いない。

 はっきり言って、二人の能力はあまりにも突出しているが故に、本隊に組み込んだら間違いなく足並みが揃わない。モードレッドならまだともかく、君は特にな。

 だが二人でも何の問題もないだろう。君の力が本物ならな」

 

「成る程。もう一つ質問が。

 殺傷についてはどうすればよろしいですか」

 

「私が円卓と補佐官の権限を以って許可する。いちいち捕らえる必要はもうない。

 戸惑うな」

 

「——あぁ、それは良かった。

 とても私好みです。私は少し、手加減をするのが苦手なので」

 

「ほう……これは本当に寸分の狂いもなく本物の様だ。

 将来性も加味して、是非とも私の部下に入れたいよ」

 

「それは私ではなく、ケイ卿に話をつけて下さい。

 私はそれに従うまでですので」

 

 

 

 初手の影響から、二人の関係性は最悪になるだろうとしかモードレッドには思えなかったが、良い事なのか悪い事なのかは分からないが、二人の相性はどうやら最高だったらしい。

 アグラヴェイン卿と最初に相対した時と違い、互いに走っていた冷たい様子や佇まいは既になく、二人は一定の関係性を構築していた。

 互いに、小さく澄ました笑みで小さく笑い合っている。

 

 モードレッドは、少年のその様子が——少しだけ怖かった。

 柔らかな態度というよりも、無感動に命を刈り取り、尚且つその事に何も感じなさそうな、人間離れした不気味な雰囲気が。

 

 

 

「モードレッド卿、作戦のすり合わせも必要だと思うので、一度キャメロットに戻りましょう。

 旧ゴール国の事についても私が説明します」

 

「……おう。そうか、そうだな」

 

 

 

 少年の言葉に、モードレッドは素直に付き従った。

 

 彼の急変を見てほんの僅かに抱いてしまった、一抹の不安を残して。

 

 

 

 




 
 大体の人が要らないと思うけど、一応念のため。
 ST判定の成功率二倍の解釈が難し過ぎる…………



 無毀なる湖光(アロンダイト)

 ランク A++

 種別  対人宝具


 詳細

 約束された勝利の剣と同じ、人ならざる者に鍛られた神像兵器。
 決して刃こぼれしないとされた聖剣。その強度は、通常の宝具なら砕けてしまう程の過負荷を与えても一切揺らぐ事がない程。

 この剣を抜いている間、所有者の全てのステータスを1ランク上昇させる。
 またこの剣は常に湖の加護を受けており、所有者の状態異常を洗い流し続ける。
 さらに竜対峙の逸話を持ち、竜属性を持つ対象に特効が入る。

 ただし常時発動型の宝具である為、この剣を抜いている間常に魔力が消費される。
 極めて魔力効率が悪い。



 痛哭の幻奏(フェイルノート)

 ランク A

 種別  対軍宝具


 詳細

 無駄なしの弓、必中の弓と称された、湖の乙女の加護を受けた宝具。
 厳密には弓ではなく竪琴であり、宝具としての力を有するのは竪琴の"糸"

 彼が愛用している竪琴の弦は、湖の乙女の加護を受けた糸であり、この糸を弾くことで空気を弾き飛ばし、真空の矢を発射する。
 角度調整や矢の速度、そして何より装填速度が尋常ではないため、どれほど速度に長じた英雄であろうと全弾回避はほぼ不可能。
 また、糸そのものを使用して相手を縛る、切り裂く等にも使え、トラップとして仕込む事すらも可能。
 
 

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