騎士王の影武者   作:sabu

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 主人公は果たしてツンデレなのかクーデレなのか。
 まぁプロットの根底は何も変化してないので、生前辺後半辺りからヒロイン適性消し飛んでいきますが。
 


第31話 サー・モードレッドと私欲なき粛清 結

 

 

 

 たった二人の人型によって、数百人近い人数によって守られていた城が簡単に攻略され、その機能が破壊されていく。

 その勢いは凄まじく、もしかしたらキャメロット正規兵と会戦している数千人の騎士が城内で待機していたとしても、各個撃破されて殲滅されていたかもしれない程だった。

 

 まずは、シルリア城外にてキャメロット本隊との会戦が敗北濃厚となった際に、防衛へと移る為の監視兵の全てが、頭を射抜かれて即死させられた。

 脳天を容易く穿たれ、最期の断末魔すら上げられなかった騎士達は、救援を求める暇もなく、本隊に報せを送る事も出来ず刈り取られていく。

 

 次に、防衛の要となる弩砲が全て破壊された。

 竜によって噛み砕かれたような有様の弩砲は、応急処置以前にもう直す事は不可能だった。

 この時点で、防衛する際の最も重要な機能のほとんどを無効化されたが、彼らの悲劇はまだ終わらない。

 

 要塞化していた城が、ただの鈍重な拠点と化してしまったと悟った彼らの行動は早かったのだが——シルリア城の防衛拠点である、最も高い監視塔に居座った少年がそれを許さなかった。

 

 城から早く逃げようと、城内から城外に出たその瞬間、塔からの狙撃によって射殺される。

 射程距離は最低でも数百メートル。

 たった数秒で数十人を射殺した少年の、雨の如き掃射が騎士達の命を刈り取っていく。

 また何とか盾を傘代わりに構えたしても、次の瞬間には先がレイピアの様に尖った、矢の様な形をした剣が超高速で放たれ、盾ごと貫かれた。

 金属で作られた重厚な盾であっても、二撃目、三撃目と放たれ続け、最終的に攻撃を受け止めきれなくなり、そのまま殺される。

 

 

 ——シルリア城は、少年が塔に居座っている限り、射線が通ったその瞬間に死が確定する地獄と化した。

 

 

 彼らは、まともな機能を失った城から逃げられない。

 誰かが、防衛拠点の塔に居座る少年をどうにかする事が出来れば、なんとか城から逃げて生き延びる事が出来たかもしれないが——それをモードレッドが許さない。

 弩砲を片付け終わったモードレッドは、すぐさま城内に飛び入り、付近の敵を斬り伏せ続ける。更に、城内にいたとしても、窓やモードレッドが暴れた影響で崩れた壁などの僅かな隙間から、少年の正確無慈悲な一撃が騎士達のみに届く。

 

 二人が城を奇襲してから十分程度で、数百名の騎士の全てが殲滅され、拠点としての機能が喪失させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モードレッドが城内の殲滅を終えた事を、少年に向かって手を振りながら伝える。それを見て、少年は塔から飛び降り、二人は言葉を交わし始めた。

 

 

 

「あぁ……強力な援護っていうのは凄い心強いんだが、なんというか強力過ぎてやりごたえが一切なかった。

 動かない弩砲をぶった斬ってる時の方がやりごたえあったぞ。城内に入ってからは適当に剣を振り回してるだけで勝ったみたいな感じだった」

 

「いや、そんな事言われても困るのですが」

 

「あーうん、そうなんだけどさぁ。

 なんなら、城内の敵が外に出ないよう縛り付けてお膳立てして貰っているんだけどさぁ。

 それでもなんか……手柄を全部取られたみたいな感じが…………アレだ、足並みそろってないのに噛み合い過ぎた所為で効率が良すぎるんだ」

 

「効率が良くていいではありませんか。

 私は無駄が好きではありませんし」

 

 

 

 互いに会話を交わしながらも、二人は周囲の惨状に目もくれなかった。

 まるで竜が襲いかかった様に至るところがボロボロになり、防衛塔の周辺の壁は大きく崩れている。

 もうまともに機能する事はないと誰でも悟る事が出来るだろうが、そんな事は二人にとってどうでも良かった。

 もとより、手加減するつもりもなければ、いちいちそんな事を気にする気もない。

 

 

 

「……なぁルーク。なーんか違和感がしないか? どうにも終わった気がしない」

 

「同感です。

 ……実は私も、まだ何かが引っかかっていました」

 

 

 

 モードレッドの要領の掴めない言葉に対して、少年も似たような言葉を返した。戦場に身を置くが故の騎士の勘なのかは分からないが、何かが引っかかって仕方がなかった。

 大事なモノを見落としている様な感覚が離れない。

 

 

 

「…………モードレッド卿。

 城内には彼らのリーダー、もしくは首謀者と思わしき人物はいましたか?」

 

「……いや、いなかった。オレが斬ったのは全員騎士だけだった。そっちは?」

 

「いえ、私はそれらしき人物は見ていませんし、私が狙撃した人物にそれらしき人間はいませんでした」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 互いに視線を合わせた後、次の瞬間には少年が飛び出していた。

 地面を蹴り、今さっきまで居座っていた塔の頂点部分まで跳躍する。少年の意図を正確に読み取ったモードレッドは、少年と同じ塔まで跳躍した。

 

 塔にたどり着いた瞬間、互いに塔の部分から周囲を見渡す。

 人影はない。

 

 

 

「いたか?」

 

「いません。少なくとも、この周囲数百メートルに人型はありません」

 

「お前、誰か一人でも城から逃したりしたか?」

 

「いえ、一人足りとも逃さず射殺しました」

 

「……お前が塔から降りて、視線を外し、そして再びこの塔に戻るのに大体一分。

 一分間の全力疾走で、さっきまで俺達がいた森まで逃げ隠れるのは……オレ達ならともかく、微妙なラインだなぁ」

 

「モードレッド卿はどう思いますか?

 私は、まだこの城の何処かに潜んでいると思います」

 

「——ほう、気が合うな。オレもだ」

 

 

 

 僅かな軽口を互いに交わしながらも、二人の意識は完全に戦闘時のモノと同等にまで引き上げられていた。互いに一切の隙はなく、また油断もない。

 一つの異変も見逃さないよう、塔の上で背中合わせで周囲を見張りながら、モードレッドは少年に話かける。

 

 

 

「城内は粗方、というか全ての部屋にまで回って一人残らず斬り伏せたんだから城内に居るとは考えにくい。

 いや……隠し部屋や隠し通路が有ったら別か。お前はどう思う?」

 

「微妙な線だと思いますが、正直分かりません。

 元々、シルリア王国は貧困している国だ。隠し部屋や隠し通路を作る余裕があるとは思えない。仮に有ったとしても、精々一つか二つ。

 それも、城から他の地点に広がっている程に長くはない」

 

「隠し部屋は多分ないな。

 今現在の城は至るところがボロボロで崩れている。少なくとも塔の周辺には存在しないし、構造的に違和感を感じる場所はなかった。

 有ったらオレかお前が気付く」

 

「となると隠し通路ですか……?

 隠し通路もがあったとしても、通じているのはシルリア城の何処。

 今、ここから射線が通ってる場所に出口らしきモノは見えないし、部屋と同じく城塞が崩れている場所に出口は存在しないでしょう」

 

「って事は、城塞が崩れてない場所で、尚且つここから射線が通ってない場所。

 ———城の堀か」

 

「——————」

 

 

 

 モードレッドの言葉に、少年も合点がいったらしい。

 僅かに、息を呑む声が後ろから聞こえた。

 

 

 

「お前はここで見張ってろ。オレが確かめに行く。

 外れてたら、また二人で考えれば良い。取り敢えずお前がそこにいれば、この城から逃れられはしないだろうさ」

 

「分かりました。念の為、お気を付けて」

 

「おう!」

 

 

 

 少年の言葉に短く返答を返して、モードレッドは一気に飛び降りていった。

 一足で城の堀まで着地し、堀の外周を走って回りながら、手当たり次第に剣を叩き付けていく。

 丁寧にしっかりと確かめる気はなかった。

 

 

 

「——お?」

 

 

 

 しばらく手当たり次第に剣を叩き付けていると、明らかに響いた音が違う場所があった。

 何かの空洞がある証拠だった。

 

 

 

「おい! こっちに来いルーク!

 ——当たりだ!」

 

「……ッ!」

 

 

 

 モードレッドの言葉に、少年は素早く反応して、一足でモードレッドがいる地点まで飛び降りる。

 既に、少年は二振りの宝剣を抜き去っており、周辺の壁を注視している。

 油断をしている様子はない。

 

 

 

「よし、行くぞ」

 

「任せました」

 

「——うらぁあッッッ!!」

 

 

 

 モードレッドが怒号の共に違和感のあった地点を蹴り飛ばす。

 凄まじい轟音と共に、その付近の壁を容易く破壊した。

 

 崩れた壁の先には、人間一人が通れるくらいの通路。

 そして——

 

 

 

「本当に居た……」

 

「そこまでして死にたくないのか?

 王に弓引く叛逆者風情の癖によぉ!!」

 

「……ご、は……ッ」

 

 

 

 隠し通路には、彼らの首謀者と思われる男性がいた。

 モードレッドは、弾き飛ばされた城塞の破片で身体の至るところに切り傷を作りながらも、隠し通路を引き返して逃げようとする男性の首元を掴み取り、強引に地面に叩きつける。

 

 叩きつけられた男性は大きく咳き込んで後退りながら、深い憎悪の視線でモードレッドを睨んでいた。

 

 

 

「……モードレッド。アーサー王の狂犬め」

 

「おう、オレの事を詳しく知っているみたいで有り難いぜ。よろしくな。

 ……あー、アグラヴェインはああ言ってたが、余裕はあるし一応捕らえた方がいいのか?」

 

「必要ないでしょう。

 余裕があるのは今の私達なだけであって、そのツケを払うのは別のだれかだ。

 アグラヴェイン卿が不要と判断していたのです。生かしておく価値も理由もない」

 

「……まぁそれもそうか」

 

 

 

 隣にて佇む少年の言葉に、モードレッドは頷きながら剣を振り上げて、そして——ただ何となく、目の前の男が何故ここまで王へ憎悪を向けているのかが、モードレッドは気になった。

 何故、理想の王と称えられているアーサー王を恨み、そして叛逆したのか。

 

 

 

「意味が分からないな。お前がやった事は酷く無駄な行為でしかない。

 何故だ、何故王に叛く?」

 

「……モードレッド卿」

 

 

 

 モードレッドが男性に向けて発した言葉に対して、少年が反応を返した。

 

 かけられた言葉には、良くわからないナニかが含まれている。

 何故そんな事を聞くのかという困惑。早く斬って終わらせた方がいいという焦りにも似た急かし。そして——心配。

 複数の混沌とする感情が秘められた声だった。

 

 

 

「——あの王は完璧に過ぎる!」

 

 

 

 モードレッドの事を睨みつけながら、吐き捨てるように男性は叫ぶ。

 その男性にとっては何よりの言葉であると、その歪んだ形相と罵声が証明しているに、憎悪の秘められた男性の言葉が、モードレッドには心の底から理解出来なかった。

 それの何がいけないのか。

 

 

 

「ハッ、馬鹿め。だからこそ王は素晴らしいのだろう。

 長い歴史の中で、これほどに完璧な王がいた筈がない」

 

 

 

 歴史に名を刻んだ王は、暴虐で、傲岸で、不遜だった。

 大いになる我欲を以って、それを民の喜びとする。王は夢を与え、夢を奪い、その癖一度己の夢を奪われてしまえば、後は知らぬとばかりに立ち去る。

 酷い災厄だ。

 

 だが、騎士王には我欲がない。

 必要な物は必要なだけ、不要な物は存在せぬ。夢など見ないし、夢など抱かない。ただ、故国ブリテンの統一の為にひた走り続ける——そんな純粋な生命体だった。

 

 だからこそ、そんな研ぎ澄まされた刃のような美しさに——モードレッドは心を奪われた。

 憧れ、焦がれ、自分の歪んだ出自を恥入りながら、それでも騎士道を真っ当しようとしている。

 

 モードレッドは理解出来ない。

 目の前の男が、何を恨み、何を憎んでいるのか。

 

 

 

「……あぁそうだ。そうだろうなぁ!

 何せ——小さな子供すら騎士に仕立て上げるくらいだからなぁ!?」

 

「…………」

 

 

 

 モードレッドは、男性の罵声を聞いて、振り下ろす筈の剣を硬直させてしまった。

 隣の少年を引き合いに出され、僅かにでも目の前の叛逆者が言いたい事が分かってしまったのだ。しかし、この少年とアーサー王の関係は、彼ら二人のモノだ。

 モードレッドは口出しする気もなかったし、誰にも口出しする権利がない事を、彼女は当たり前の様に知っている。

 

 しかし——隣の少年にとっては受け流せるモノではなかったらしい。

 雰囲気が変わっていくのが、隣のモードレッドには理解出来た。

 

 

 

「あぁそうだ。かの王は我らを都合の良い駒としか認識していない。

 何で……何でお前は円卓の騎士でありながらそれが理解が出来ないッッ!?

 この荒廃したブリテンで、誰もが地に落ちる劣悪な状況で、あの……あの王だけが完璧なんだ。

 あれは……あれは決して人間などではない」

 

「あ……?」

 

 

 

 男の魂からの叫びに、思わず振り上げた剣をモードレッドは外した。

 目の前の男性がどのような人生を送ったのかは想像する事しか出来ないが、自らの君主であるアーサー王に疑問を抱き、そしてそれを理由に王に仇なすと判断したのは分かった。

 

 だが、それでもモードレッドは理解出来ない。

 何故悪いのか。"人としての心を持っていては"人を治められる筈がない。

 

 

 

 

「……何もかもを一人でこなして来た王が、我々を同じ人間だと思う筈がなかったのだ。"人の感情がないものに"人を治められる筈が——」

 

 

 

 

 ——瞬間、モードレッドの真後ろから、二つの風切り音が聞こえた。

 

 モードレッドですら視認出来ない程の速さで投げ放たれた、二つの宝剣。

 急に途絶えた男性の言葉と、いつの間にか男性の首元に突き刺さっていた二振りの短剣を見て、後ろに佇んでいた少年が剣を投擲したのだと、ようやくモードレッドは理解出来た。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 今しがた、発せられていた声を塞ぐ為に絶命させた男性の元に、少年は無言のまま歩みを進める。

 そのまま、地に倒れ込んで動かなくなった男性を一瞬だけ見下ろした後、少年はゆっくりと、首元に刺さった剣を引き抜いた。

 

 たったそれだけ。

 たったそれだけの、ゆっくりとした動作なのに——モードレッドは鳥肌が立った。

 

 何の変哲のない動作。

 しかし、あらゆる情緒が消失している。まるで、何の感情も浮かばず無言のまま殺しを行う殺人人形。

 なのに、ゆらゆらと蠢く者を殺戮し続ける幽鬼の姿が幻視出来る。

 ひたすらに、目の前の少年は不気味だった。

 

 

 

 

「…………はぁ……疲れました、さっさと帰投しましょう。

 この人間について頭を回したくない」

 

「…………ルーク……?」

 

 

 

 少年は容易く一人の人間を殺害した後、モードレッドに向けて気怠げに告げた。

 しかし、いつもの様な何げない会話の様に思えて、少年の情緒には鬱憤とした怒りが見え隠れしている。少年は行き場のない怒りを強引に沈めようとしていた。

 その明確な違和感がモードレッドを心配させた。

 

 

 

「大丈夫か……?」

 

「えぇ私は大丈夫です。もう忘れましょう不愉快なので」

 

「いや、明らかに大丈夫じゃないだろ、お前。

 ……何か、コイツの言っていた事に思う事でもあったのか……?

 オレは良く分からなかったんだが」

 

「…………………」

 

 

 

 モードレッドが少年にそう告げると、少年は歩みを止めて先程殺害した人物に目を向ける。

 バイザーで隠されていて、彼の瞳は見えないというのに、酷く冷たい視線を送っている様に感じられた。

 

 

 

「モードレッド卿は分かりますか?

 理想の王ではなく、理想の王と称えられたアーサー王の事が」

 

「え?」

 

 

 

 一瞬の静寂の後、少年は小さく呟いた。

 

 

 

「我欲なき、清廉潔白な王。人々から何も奪い取らない、理想の名君。

 更に、美しき不変の美しさも保有していると来た。歳を取らず、また人間と違って老いる事なく、常に人々の上に君臨し続けてる。

 理想の王と謳われるでしょう。人々の理想をその身で体現しているのだから。

 そうは思いませんか?」

 

「……そうだな。確かにそうだ。

 だからこそ、アイツの言っていた事が分からん」

 

 

 

 モードレッドは、少年の言葉に素直に同調した。

 少年と同じ事をモードレッドも抱いていたのだ。否定するところもこれといってない。

 ただ、少年が何処か悲しげに語っていた事が、モードレッドには気掛かりだった。

 それに気付いたのか気付かなかったのか、少年は続ける。

 

 

 

「えぇ、だからこそ、この人間は裏切ったのでしょうね。

 理想の王なのに、その理想が万人を救えないと気付いたから」

 

「……はぁ?」

 

 

 

 少年が浮かべていた悲しみが消えた。

 少しずつ、その悲しみが別のモノにすり替わっていく。

 

 

 

「なんだよそれ、めちゃくちゃじゃないか」

 

「そうですね。めちゃくちゃですね。

 理想を押し付けていながら、それが合わないと糺弾して裏切る。怖いですね」

 

「……………」

 

「勿論、アーサー王は現実を知らずに理想を語る夢想家じゃない。

 誰もが地に落ちる劣悪な状況でも、人は尊く在れるのだと示す事が王としての使命だと、そう己に誓っているだけ」

 

「じゃあ……なんでコイツは騎士王を恐れたんだ……?」

 

「我欲がないからではないですか、騎士王には」

 

「…………あぁ……?」

 

 

 

 我欲がない故に理想の王と謳われながら、我欲がない故に恐れられる。

 モードレッドは、その少年が語る言葉にいまいち納得が行かなかった。

 

 

 

「いや、我欲がない訳じゃない。

 その我欲が人々には人間のモノと思えないから、理解出来ない。理解出来ないから恐れる。恐れるから、王が目指しているものが分からない。

 分からないから——道を示してくれないと思い込む」

 

「……道を見失ったから……何をすれば良いのか分からない………?」

 

「えぇ。確かにアーサー王は救うばかりで、道を見失った臣下を導く事はしなかったかもしれません」

 

 

 

 モードレッドは、少年が語る不確かな情報から、確かに何かを感じ取っていた。

 理想に殉じ続ける王と、救われたがその王道に憧れる事が出来ず、その地点で止まってしまった人々。

 なら、極限の欲望を謳い続ける暴君の如き覇王の方が相応しいのだろうか。

 ——予断の一切を許さない、乱世のこの国で?

 

 相応しい王とは、一体なんなのだろう。

 そうモードレッドが思考に入った時、不意を突くように少年は小さく呟いた。

 

 

 

「——しかし、導く必要なんて本当にあるのでしょうか」

 

「は……?」

 

「いや、ない———そんな必要あるものか。導く必要などどこにある。

 まさか。救われたのなら、後は自分の力で生きていける。救われておきながら、導かれなければ生きていけないなどとは。

 それはもう人ではなく、ただの獣だ。人の世に獣は必要ない」

 

 

 

 少年は冷たく、吐き捨てる様に語った。

 ワナワナと、隠し切れていない嫌悪と憎悪が滲み出ている。

 

 もしかしたら、その男性よりも——大きな憎悪が秘められていたのかも知れない。

 モードレッドが初めて見た、少年の怒りの感情だった。

 

 

 

「分かりますか、モードレッド卿。

 この男は騎士王が理想の王だと理解していて、確かにそれに救われた筈なんです。

 なのに、自らの理想と自らの運命を押し付けて、それが違ったら裏切りに走った。

 導かれなければその地点から一歩も動けない、自分の生き方すら見失った有象無象など——等しくゴミのように死ねば良い」

 

「………………」

 

「……なんて言う資格。私に有るかどうかは分からないんですけどね」

 

「えっ……あぁ、おう」

 

 

 

 あまりにも冷たい怒りと呪詛を撒き散らしておきながら、次の瞬間には自嘲するような笑みと共に肩を竦めた少年に、モードレッドは咄嗟に言葉を返す事が出来なかった。

 

 

 

「あー……あぁ……ッもう。

 考えなければ良いのに、一気に頭を回してしまった。

 ……申し訳ありませんモードレッド卿、私の悪い癖です」

 

「いや……別に気にしてはいないが、お前は大丈夫か?

 結構思うところがあったんだろ?」

 

「そう、ですね。

 気にしなければいいのに、無意味に気にしてしまいました」

 

 

 

 モードレッドが心配する言葉を投げかければ、彼は小さく笑いながら答えた。

 いつもの調子に戻り始めているが、先程の残滓はまだ消え去っていない。

 

 モードレッドは少年のその様子を見て悩んだが、結局浮かんだ疑問を口にする事にした。

 今度聞いたら、何となくはぐらかされる予感がしたのだ。

 

 

 

「お前は、アーサー王じゃなくて、王そのものがどんなものなのか理解しているのか……?」

 

「……先程のは私なりの考えですので。

 王とは何かを理解しているかと問われれば、良く分かりません。

 そもそも私は王ではありません」

 

「そうか。お前は、コイツの立場は理解出来るのか?

 オレは、どうにも分からなかった……」

 

「……………」

 

 

 

 モードレッドの言葉に、少年はすぐに反応を返す事はしなかった。

 僅かに思い悩んだ後、少年は口を開く。

 

 

 

「まぁ……理解は出来ます。彼らにも、彼らなりに譲れないモノがあったのだと。

 でも——でもそれだけです。理解は出来るが、同情は出来ない。少なくとも、私は彼らの在り方を許容する事が出来ませんでした。きっと永遠に許容出来ないでしょう。私は嫉妬深いので」

 

「嫉妬……?」

 

「はい。まぁ戯言だと流しても構いません。特に私は気にしませんので」

 

 

 

 少年は既にいつもの調子に戻っていた。

 歳不相応に落ち着いた子供に戻っていた。

 

 

 

「あー!! やめよう、やめだやめだ!

 折角華々しい勝利を上げたってのに、こう言う感じは何か嫌だ。早く忘れるか別の楽しい事を考えよう!」

 

「フフ、そうですね。疲れますからね」

 

「そうだ、疲れる。

 肉体的の疲労はいいが、精神的な疲労は嫌いだからな」

 

「えぇ——そういう風に言ってくれると、結構助かります」

 

 

 

 僅かとはいえ、小さな微笑みを浮かべた少年を見て、モードレッドは心の中で胸を撫で下ろした。

 何というか、少年のその様子は見たくなかった。

 彼の秘めていた歪んだ感情を見ると、酷く寒気がしてならなかった。

 

 

 

「……どうやら、本隊の方も勝利したらしいですね」

 

「そうだな。まぁ早いんじゃないか。多分ランスロット辺りが頑張ったんだろう」

 

「私達も帰還しましょう」

 

 

 

 遠くから、キャメロット本隊のモノと思わしき角笛の音が響いて来た。

 その音を聞いて、少年はシルリア城を後にして歩き出す。

 

 

 

「王……理想の王か」

 

 

 

 少年の後ろ姿を見て、思わずモードレッドは小さく呟いた。

 理想の王であっても、全てに於いて完璧ではないというらしい。それは当たり前だ。モードレッドも当たり前の様に理解している。では——どんな王なら良いのか。

 

 モードレッドは分からない。

 しかし、少年は自分なりの答えを持っており、さらにそこから何かを理解している様だった。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 少年は言った。

 救われておきながら、導きすら求めたのだと。

 

 少年は言った。

 そんな存在は死ねば良いと。

 

 少年は言った。

 自分は嫉妬深いのだと。

 

 少年は恨んでいた。

 少年は、何故アーサー王の在り方を知っているのだろう。

 少年は———救われなかったのだろうか。

 

 

 

「あー、分っかんねえなぁ……何を抱えてんのか。

 アイツ……根底の部分がどうしようなく幸薄そうだしなぁ」

 

 

 

 世の中分からない事だらけだ。

 自分が歪んだ出自故に、最初から与えられた知識以外——人間の心の動きという部分の情報が足りないのが大きいのだろうか。

 少なくとも、そういう部分に関しては、彼よりも未熟なのだろう。

 でも、彼は大人びているというよりかは、強引に精神年齢を引き上げられてしまったという印象が強い。

 

 彼が抱えているモノ——もしくは、抱えさせられてしまったモノは、もしかしたら自分の抱えているモノよりも大きいのかもしれない。

 

 

 

「アイツはケイの従者やってんだったか……ちょっとアイツの扱いには気を付けた方がいいぞってケイに言っておくか。

 多分、アイツの地雷を踏み抜くタイプだろケイの野郎は」

 

 

 

 普段なら誰かの為に気を使うなど、考えに及ぶ事もなかったが、彼に関しては少々別だ。

 ただの勘でしかないが、彼の事は気にかけた方がいいと何かが告げている。

 それに、彼の事を気に入っている事に違いはない。気に入った相手が何かを抱えているのだ。それの助けになれば、単純に自分も気持ちが良い——

 

 

 そんな思案をしながら、モードレッドは今尚燦々と照らす太陽を眺めた。

 太陽の光は、酷いくらいに眩しかった。

 

 

 




 
 伏線と情報の塊&次話への繋ぎ。
 

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