騎士王の影武者   作:sabu

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『■■■■■・■■■■■■■■■■■■■確定』


 直感 A
 詳細

 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を感じ取る能力。
 また視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。

 人智を超え、幾度の会戦を経て研ぎ澄ませ続けた彼女の第六感は最早未来予知に等しい。
 またここまでの高ランクとなると、幸運の判定はいるが、既に確定した筈の事象すら予見し、後出しでありながら割り込む形で妨害、もしくは抵抗する事が出来る。








 ■■■■ EX
 詳細【現在一部解放】

 その生涯を以って変質した直感の亜種、上位互換スキル。
 しかし、彼女の在り方がスキルとして昇華されたモノである為、生前であっても機能している。
 
 



第33話 ■■■■■■■■■ ■■

 

 

 

 彼が、子供の事が苦手だと思い始めたのはつい最近の事だった。

 いや、少し違うかもしれない。何を考えているのか分からない子供が苦手になった。

 町で花のような笑顔を咲かす小さな子供。しかし、それよりも小さい体躯の子供が思わずゾッする程に笑わず、また素顔を隠しているとなれば、どう接すればいいかが分からない。

 

 そして、素顔を隠していない子供でもそうなのだと、彼は今日気付いた。

 

 

 

「——どうしました? ランスロット卿」

 

「い、いや……」

 

 

 

 ランスロットが一瞬だけ視線を後ろにやったその瞬間、後ろの"少年"が即座に反応する。

 勿論、返された声は女性でもなければ中性的でもない。

 後ろの子供は——素顔を隠している訳ではない。本当に普通の青年なのだ。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 まだまだ少年としての若さが抜けていない顔立ちの青年に対して微妙な反応をしたからなのか、その青年はランスロットに向けて、いっそ露骨な程に眉を顰めた。

 何を考えてるんだこの男は。そんな事を言いたげの程である。

 

 

 ……あの子も、私と相対した時こんな風だったのだろうか……

 

 

 そんな思案をランスロットがしてしまう程に、後ろの青年は反応が冷たかった。

 十三という年齢で騎士となった異例の青年。あの子が更に若い年齢で騎士にならねば、後ろの青年が史上最年少の騎士として謳われていただろう。

 

 

 ——剣では無く巧みに"盾"を使い、自分も含めて誰一人傷付けずに数人の騎士を倒した強者。

 

 

 その巧みな戦闘技術と、まるで聖者の様だと称賛された騎士道精神で、後ろの青年はすぐさま騎士として抜擢された。彼はその実力を見込まれて、ランスロット卿の従者という立場になった。そこには青年の希望もあったらしい。

 

 そして、その青年がランスロットの従者になってからはずっと冷たい佇まいだった。

 歳不相応に落ち着いた情緒といい、何を考えているのか分からない無表情といい、思わずあの子を思い出してしまうようで、この青年の事がランスロットは苦手だった。

 

 しかし、幸か不幸か、後ろの青年は彼女と違って素顔が見えていた。

 "美しい白銀の髪によって左目が隠れ、唯一見えている右目は淡い金色に近い黄色"

 

 深い紺色の鎧に身を包んだその姿と何を考えているか分からない佇まいが、簡素な黒い鎧に身を包んだ少女の事をどうしても想起させる。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 ランスロットとその青年は互いに言葉を交わす事もなく、無言でキャメロットの回廊を歩いていた。

 静寂がここまで気不味いと思ったのは、あの少女以来である。あの子とは多少の会話があったが、この青年とは一切ない。そして素顔が見えている分、青年の情緒が直接伝わって来る。

 

 ランスロットは、かなり限界が来ていた。

 

 

 

「……そう言えば、君の名前はなんと言うのかな」

 

「————————————」

 

 

 

 ランスロットはあの日に彼女に告げた言葉と同じ言葉を、後ろの青年に告げた。

 しかし——返って来た反応は、少女のそれとは全く違う。

 

 何故? そんな疑問と、深い怒りが滲み合った表情。しかし同時に、やはりそうかという納得に、悲しみが入り混じった表情。

 片目だけが見えているその素顔は歪み、見えている瞳には酷く混沌とした表情が浮かんでいた。

 

 

 

「あ、あぁ……ッす、すまない。

 先に君の事をちゃんと調べておくべきだった——」

 

「——ガリア」

 

「……え?」

 

「"僕"の事は、ガリアとお呼び下さい」

 

 

 

 慌てたランスロットがその青年に返せば、その青年はそう名乗る。

 先程の形容し難い形相はもうない。そして——その形相と共に、あらゆる情緒が消え失せた。

 言葉は冷たく、ランスロットを見つめる視線には温かさの欠けらもない。

 

 

 

「珍しい名前ですよね。ガリアなんて名前。

 きっと、大陸のように器の大きい男になれ。そんな想いで名付けられたのでしょう」

 

「あぁ……」

 

 

 

 そう言って、青年は言葉を止めた。もう会話する気など無いのかもしれない。

 硬く結ばれきった口元が言外にそう示していた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 それ以降も、ランスロットはガリアと名乗った青年と共にキャメロット内を歩き回りながら、あの少女に説明した事と同じ事をその青年に説明した。

 ただ、あの少女と違ってその青年は短く返答をするだけで、極めて愛想が悪かった。

 非常にやり辛い何かを感じながらも、ランスロットはその青年と必死になって会話をしていた。

 

 

 

「……あれは?」

 

「……あれ……?

 あぁ——あの子か」

 

 

 

 青年から話しかけた来たという事に驚いて、ランスロットは青年の方へ振り向く。

 青年は、回廊の窓から何かを見つめていた。釣られてランスロットも青年と同じ場所へ目を向ければ、例の少女がキャメロット内の庭園で顔を俯かせたまま佇んでいた。

 彼女と死闘を繰り広げたその庭園は、既に修復されており、花の魔術師が関わったのか様々な種類の花が咲いている。

 

 

 

「一年程前に騎士となった子だ

 あの子がいなければ、恐らく君が史上最年少の騎士となっていただろう」

 

「そうですか——あの子が。

 ……あんなに若いのに……」

 

「君も、何か不手際がなければあの子と仲良くやって欲しい」

 

「………………」

 

 

 

 その言葉が聞こえたのかどうかは分からなかったが、ガリアと名乗った青年は、そのまま庭園に佇む少女——彼にとっては少年に見える彼女の事を眺めていた。

 自然と会話が途切れ、説明も粗方終了したランスロットはその青年と別れようとする。

 

 

 

「……今日は君も疲れただろう。

 私の事は気にせず、今日は自由に過ごすと言い」

 

「お気遣い感謝します」

 

 

 

 青年は未だ、窓から庭園を覗いていた。

 ランスロットは、その場を離れようと歩を進めて——湧いた疑問を解消する為、再び青年に話しかけた。

 

 

 

「——そう言えば……私と君は以前、何処かで出会った事はないか?」

 

「——————………………」

 

 

 

 青年は窓を見たままだった。

 ランスロットからでは、白銀の髪で隠された青年の横顔は見えない。

 

 

 

 

「——いいえ"私"と貴方が出会った事は生涯に於いて一度足りともありませんよ」

 

「……そうか」

 

 

 

 感情の一切を挟まず呟かれたその言葉は、まるで何かを冷たく宣告するかの様だった。

 

 

 

「では……私はもう行くよ」

 

「……………」

 

 

 

 今度は返事すらなかった。

 身じろぎする事もなく、白銀の髪で隠された影響で、横を向いたままの青年の表情は分からない。

 僅かに気分を落としながら、ランスロットは——ガリアと名前を偽った青年を視界から外し、その場を後にした。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ガリアと名前を偽った青年は——実の父親の背中を見送る事はしなかった。

 何せそんな事をする必要はない。これから否応にも顔を合わせる事になるだろう。いちいち視界に入れる意味がない。

 

 表情に一切の感情を浮かべる事をせず、本当の名前を封印する事にした——ギャラハッドは、特に意味もなく、窓からあまりにも小さな騎士を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャメロットから花の香りがする。

 それに気付いたのは、今日の朝からだ。普段だったらそれ程気にする事でもない。未だに私は出会った事はないが、キャメロットには時々、花の魔術師マーリンが姿を現す。

 

 多分、気紛れに花を咲かせたりしているのだろう。

 だから、キャメロット内で花の香りがする事自体は珍しくはない。

 

 ただ、今日の花の香りは——私の故郷の匂いがした。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 目覚めるとすぐに身体を起こし、思いっきり頭を掻きむしる。

 自分でも気付かない内に感傷にでも浸っていたのか、それとも今更、私の生まれ故郷の事が恋しくなったのか。

 

 身体と心を落ち着かせる様に深く深呼吸をして、もう一度確かめてみるが——やっぱり故郷の匂いがする。

 

 何となく察し始める。

 これは私が心細くなっている訳ではないのだと。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 寝台から飛び起き、最低限の身支度を進めながら思案を開始する。

 頭に思い浮かべるの三つ。だが、ほとんど二択だろう。

 

 一つ目は、私が本当に気付いていないか、もしくは気付いていないフリをしているだけで、故郷の事を懐かしんでいる。

 馬鹿げている。論外だ。

 

 二つ目は、偶然そういう匂いがしているだけ。

 あり得ない話ではない。私が故郷で良く遊んでいた大木の下の広場に咲いていた花の種類がなんだったのかは、もう良く分からなくなってしまっているが、マーリンが咲かせた花が偶然一致したという可能性は無視出来ない。

 

 そして最後が——私は誰かに誘い込まれている。

 私の本当の故郷を知る者はキャメロット内でも数少ないだろう。故に、敢えて私を釣り出す為に、私の故郷に関連するモノを出して来た。

 

 

 ……マーリンが遂に私の事を捕捉したか?

 

 

 分からない。

 幻術に関しては間違いなくモルガンをも上回り、尚且つ世界を見通す千里眼持ちのマーリンだ。私の事を見たらその瞬間に色々察する可能性は高い……のだが……マーリンはモルガンの子であるモードレッドを敢えて放って置いたりもする。

 正直、マーリンが私に対してどう動くのか予想が付かない。

 

 

 

「…………モルガン、いるか?」

 

『——何?』

 

「すぐに私の部屋へ来てくれ」

 

 

 

 部屋の窓を開けながら小さく呟けば、モルガンからの思念が届いた。

 ……こんな小さな声でも気付いて、キャメロット内にいるだろうとはいえ、端末の鴉がすぐ隣にいないのに思念が届くのか。少し空恐ろしいな。

 

 モルガンの魔術の強大さに僅かに畏怖を抱いていると、窓の縁に鴉が止まった。間違いなくモルガンの使い魔だろう。

 

 

 

『何か不都合?』

 

「私の杞憂かもしれないが、もしかしたらマーリンに捕捉されたかもしれない。

 いずれ出会うだろうし、それだけならまだ良いが、多分誘われている」

 

『……………』

 

「正直判断がつかない。マーリン以外の可能性もあるし、私の勘違いかもしれない。でも一応、最悪の事態に備えてモルガンは隣にいて欲しい」

 

『——えぇ、私に任せなさい。

 たとえ全ての円卓の騎士が貴方に刃を向けても、その城から無傷で連れ出して上げましょう。勿論、この鴉が私の使い魔だって事も気付かせない。

 当たり前だけど、マーリンであっても』

 

「……………ありがとう」

 

 

 

 返って来たのは、全て私に任せなさいとでも言いたげな言葉だった。

 というか……正直底知れなくて恐ろしい。あのモルガンとはいえ、そんな芸当は果たして可能なのだろうか。もしかして、魔術の腕を上げている?

 

 有り得そうだなと思える辺り、モルガンは丸くなったなと言うべきか……一途なのかな……と言うべきか。

 彼女の優しさは私にとっては甘い毒だ。気を抜くとズブズブと沼に嵌っていく様に、ダメになりそうな気がする。いや、気を抜いたら間違いなくそうなる。

 

 

 

『見当は付いている?』

 

「いや、ない。今から私が探す」

 

『……申し訳ないけれど、貴方が探しているモノを逆探知するのは難しい。本格的な魔術を使ったら、マーリンには流石にバレるから』

 

「別に気にしてない。最後の保険があるだけでかなり楽になる」

 

 

 

 モルガンが本気になって他者を誑かす事にのみ力を注いでいけば、もしかしたら女王としてブリテンに君臨出来たんじゃないかな、というかなりいい加減な事を考えながらも、私の肩に止まったモルガンの使い魔と会話しながら部屋を後にする。

 

 多分、敵対してしまった訳ではないと思う。

 誘い込んでいる以上、私の何かを確かめる為にやっている、そんな感じか。何よりマーリンがやっているという証拠はない。

 もしかしたら、私と因縁のある三人の騎士かもしれないし、アルトリアが何かをしているのかもしれない。

 杞憂であってくれていればそれでいい。私を誘っているのなら、正直無視は出来ない。無視した場合の影響と反応が予想出来ないからだ。

 

 後は——私の故郷の事を持ち出して来ておいて、私自身が無視出来そうにない。

 不愉快……とまではいかないが、思い出す必要もないモノが想起されてしまうのも事実。早く確かめたい。

 

 

 キャメロット城内を走り回って、故郷で咲かせていた花の香りがする場所を探す。

 

 

 それなりに外面を整えている私がキャメロット内を走り回っているのを誰かに目撃されたら…………いや、別にいいか。その程度で下がる評判ならいずれ下がる。

 ひたすらに気になって仕方がなかった。

 何となく、漠然としない感覚が囁いているのだ。今日この日だけは絶対に無視するなと。早くその場所を突き止めろと。

 

 流石に魔力放出は使わないが、キャメロット城内の回廊を本気で走り続ける。

 そうして走り続けていると、キャメロット城の中心地点に近付いた時に、花の香りが強くなるのを理解し始める。

 

 

 ——中心……?

 

 

 まさか、もしかしてと思いながらも、心当たりのあるその場所へ向かう。

 以前——ランスロット卿と死闘を繰り広げた、庭園へ。

 

 

 

 

 

「———————」

 

 

 

 

 

 その庭園に入った瞬間、思わず言葉を失った。

 私とランスロット卿の戦闘によってボロボロになっていた庭園はそこにはなかった。

 いや、それだけなら別にいい。キャメロットは妖精によって作られた神秘の城だ。修復される速度は人間の比ではないだろう。

 

 だが、今私の目の前にあるのは、私とランスロット卿が荒らした以前の庭園でもなかった。

 庭園に入った瞬間に把握出来る、本来なら存在しない異物。

 

 

 

 ———庭園の中央には、一目見ただけで貫禄を感じられる千年大樹と表しても良い様な大木が立っていた。

 

 

 

 庭園の三割程を埋め尽くす程に巨大な大木。

 大木の真下は木の葉の陰になっていて、背中を預けながら眠れば大変心地が良いだろう。

 私がまだ今の私ではなかった頃…………大木の葉の間から掬いきれずに漏れた太陽の光が時々煩わしかったけれど、それでもあの場所で遊んでいるのが……私は、凄い好きだった。

 

 寸分の狂いもなく思い出せる。

 脳に灼き付いた記憶ではない、私だけの記憶。

 

 思い出せない訳がない。

 だって——大木の周りには、様々な花が咲き乱れているから。

 

 百合、薔薇、フランボワーズ、カミツレ、マーガレット、アザミ……

 数え出したらキリがない。私が好きで、あの場所で育てていた花が、そこにある。

 

 今の私になる前のお気に入りの場所にして、今の私が目覚めた原初の場所。

 それが、キャメロットの庭園に再現されていた。

 

 

 

『…………………』

 

「……ッ、あっ……ご、ごめん」

 

 

 

 どれ程の時間、その場で停止していたのだろう。使い魔の鴉が私の首元を突ついた事で、ようやく正気を取り戻す。

 呼吸すら忘れていた事に気付いて、息切れを起こした様に胸を上下させた。

 呼吸はすぐ戻ったが、バクバクとなり続ける心臓の音が酷く煩わしい。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 深い深呼吸をして、身体と心を落ち着かせる。

 思考を瞬時に凍てつかせ、肉体から心を切り離す。

 

 ……これで確定した。

 朝からの異変は私の勘違いでもなんでもなく、これは私を誘い込む為のモノだ。そして、この場所に再現されているのはどう考えても、私の故郷を象徴するモノ。

 私を補足したマーリンか、三人の騎士か、もしくはアルトリアが私と接触しようとしている。

 しかも——かなり本気で。

 

 

 

「…………………」

 

『…………大丈夫?』

 

 

 

 モルガンの言葉には返答しなかった。

 囁く程度とはいえ、私が言葉を発するのは正直控えたい。それに、出来れば念話を最低限にしたい。モルガンに伝わっている事を願いながら、私はその場で佇んでいた。

 

 意味もなく大木の下に咲いた花の広場を眺めながら、ただ佇む。

 僅か数秒の静寂ですら、今の自分にはとてつもなく長い時間に感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——こんにちは。今日はとても良い天気で心地が良いですね。

 そうは思いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 真後ろから声がした。

 透き通った川の様な爽やかな声でありながら、凛然した力強さを持った声。

 耳に入って来たその声は、自分が今まで聞いて来たどの声よりも優しい。

 冷たい氷の冷酷さなんてモノはそこにはない。あるのは、清流の爽やかな浄気を思わせる清々しさだけ。

 自分がどう声を発したところで、まず彼女の様な声になる事はないだろう。

 

 

 振り返らなくても分かる。

 

 

 特徴的なその声。そして、爽やかさを保ちながら、ただその場にいるだけで自然と空気が引き締まるようなカリスマを保有している人物は、世界でただ一人しかいないのだから。

 

 

 

 

「いつも今日の様な天気なら良いのですが、この国は天気が不安定ですからね。

 晴れているかと思えば、すぐに曇って雨が降ってしまう。天候だけはどうにも出来ませんから」

 

「…………どういうおつもりですか、アーサー王」

 

「……えっ………?」

 

「その、話し方。

 ……貴方は王だ。親しい人に話し方を崩す事はあっても、私を相手にしてそれは決して褒められた行為ではない。

 だから、どういう事ですか」

 

「………………」

 

 

 

 

 振り返らずそう呟けば、彼女は言葉を押し込めたような佇まいが感じられた。

 ……違う。決して彼女を困らせたかった訳じゃない。こんな無機質な言い方をしたかった訳じゃない。そもそも、こんな事を話したい訳じゃない。

 それでも、王としてではなく私に接触して来たという事実を前に、私はまだ心の整理がついていなかった。

 

 だが、彼女は一心になって言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

「ある人からこう言われたんです。

 貴方と会話をする時、決して怖気づくなと。だから、自分を隠す事はやめます。貴方とは、王としてではなく、私個人として貴方と向き合わなければならない。

 そうしないと……ずっとこのままの関係で終わってしまいそうですからね」

 

「———………」

 

「………すみません。不愉快でしたらやめます」

 

 

 

 

 彼女の言葉に私は押し黙った。

 ただ、彼女にあるのは私と分かり合わなければいけないという思いだけだったから。

 しかし、私が黙り込んだのを見て不機嫌になったと思ったのか、彼女は次にそんな言葉を呟いた。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 深い深呼吸で心を落ち着かせる。

 

 

 "王である彼女の方から一歩を踏み出させておいて、自分のつまらない感傷で彼女の一歩を戻すのか?"

 

 

 頭の中の人物がそう呟いてくる。

 そして、ソイツの言っている事は何も間違ってない。当たり前だ。間違いなどあるものか。間違った対応をしているのは自分なのだから。

 

 

 

「いえ、すみません。少し、驚いてしまっただけです。

 だからこのままで良い」

 

「……! ……良かった……貴方に拒絶されてしまったら、私にはもうどうする事も出来ませんでした」

 

 

 

 胸を撫で下ろす様に、安心した声が聞こえて来る。

 本当に心の底から安堵した、小さな呟きだった。

 

 

 

「この場所は、どうしたのですか。

 私とランスロット卿が一戦を繰り広げる前は、普通の庭園だった筈だ。

 私は、そう記憶しています」

 

「あぁ……これですか」

 

 

 

 心に宿る疑問を解消する為、私から彼女に質問する。

 大体の予想は付くが、彼女から故郷のあの場所をここに再現した理由を聞きたかった。

 

 

 

「私は以前……——とある村を訪れました。

 その時、とても印象に残ったのがこの大木と花の広場なのです」

 

「……………」

 

「二度目に、その村を訪れた時は、広場の花が枯れていました。

 それが…………私には……とても、悔しかった。だから、理想郷(アヴァロン)にも負けないくらい、花を咲かせるのだと誓いました。

 ……未だにその理想は実現出来てはいませんけどね。でもせめて、この場所にだけは作りたかった。ここにある大木と花は、私が花の魔術師マーリンに咲かせて貰いました。

 彼は気紛れなので、花を咲かせたら何処かに飛んで行ってしまいましたが」

 

「………………」

 

 

 

 そうか。

 つまりは、マーリンは花を咲かせただけで、今回のこれには何も関わっていないのか。

 彼女が言う通り、マーリンは気紛れだ。彼が適当に花を咲かせただけでは、この花の広場は出来ない。だから、彼女は一つ一つの花の種類まで指定して咲かせて貰ったのだろう。

 

 

 

「この場所も、貴方が不愉快だと言うなら、すぐに戻させます。

 気にする必要はありません。これはただ、私の善意の押し付けでしかありませんから」

 

 

 

 多分、彼女は花に対する知識はない。あったとしても、間違いなく花の種類を大量に覚えている程ではないだろう。なのに、この場所には私があの場所で育てていた全ての種類の花がある。

 きっと、私がもう覚えていないモノまで。

 

 ……彼女が二度目に私の故郷を訪れた際、どう考えても花は枯れている筈だ。

 なのに、そこから全ての種類の花を特定したと?

 専門的な知識はない彼女が?

 王という忙しい立場の彼女が、一から調べて?

 

 ……並大抵ではない集中力と執念がなければそんなの不可能だ。そもそも、記憶が摩耗して薄れていく。それでも、枯れ果てた花の広場の光景を全力で頭に焼き付けたのだろう。

 そしてそれを、何の感慨もなく無価値にしてしまう権利を私に譲る。

 

 

 

「…………あの……この場所は、どうですか……?」

 

 

 

 途端に、彼女に抱いていた最後の警戒が薄れていくのを感じた。

 王としての姿ではない彼女も、私が一方的に知っている通りの人物だった。

 誰よりも真面目で、不甲斐ない自分が許せない。しかし、自分の事を顧みない。

 

 静かに花の広場の中央まで歩を進め、屈んで花の状態を調べる。

 花を撫でて伝わる感触は、ほんの僅かに萎んでいて、花冠も少しだけ硬かった。

 ……あぁ、やっぱり。

 

 

 

「あ、あの……」

 

「ハッキリ言います、咲かせ方が雑です」

 

 

 

 自分の為に用意して貰いながらどの口だと思うも、これだけはどうしても譲れない。

 アルトリアの為にも、中途半端では終わらせられない。

 

 

 

「え、え……?」

 

「恐らく、この花を咲かせた術者は適当な人物なのでしょう。美しい花を見るのは好きだが、花を育てて慈しむ気はない。

 咲かせた花は放置して、後はもう知らないと立ち去り、枯れたら何の感慨もなく摘み取る。

 それでも何も気にしない。何故ならまた咲かせれば良いから。この広場にはそんな想いが透けています」

 

「あの……すみません、そんなつもりは……」

 

「土の状態は良い。良すぎる。神秘に包まれたキャメロット城なだけあって、辺境の村の土とは比べものにならない。

 これでは水など大してやらなくても簡単に育つし、そもそも枯れないでしょう。なのに、この土は水分を多く含み過ぎだ。これでは誰かが花の世話をしないと栄養過多で萎びていく」

 

「あの…………」

 

「だから——

 

 

 

 

  

          ———私がこの花の世話をしても良いですか?」

 

 

 

 

 

 

 アーサー王に対して尋常ではない不敬だが、これくらいのささやかな仕返しだけは、どうか許して欲しい。

 私だって、花に関してはあまり譲りたくはない。無意味に咲かせられて無価値に散る花など見たくはない。

 

 ……花の世話をするというのは私にとっては時間の無駄でしかないのだろうけど、でも、少し楽しいかもしれない。少なくとも、気が紛れるくらいには。

 

 

 

「——えっ……?」

 

「気に入りました。この場所」

 

 

 

 小さく驚いた様子の彼女にそう告げる。

 本当に……この場所が気に入った。嘘でもなければ彼女の想いを汲み取って嘘を言った訳でもない。心の底から、私が気に入ったのだ。

 最初は、少し不愉快だったかもしれない。でも、今はもうそんな思いはない。故郷を想起して憂鬱になるという気も湧いて来ない。

 ただ、この場所は私にとって安らげる。それだけなのだから。

 

 

 

 

「アーサー王、ありがとうございます。

 これだけで、私はだいぶ救われました」

 

「—————————」

 

 

 

 振り返って、彼女にそう告げる。

 思えば、彼女とまともに視線を合わせるのは、多分初めて。

 そうして振り返った視線の先には——

 

 

 

「…………ぅ……ぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 ——もう二度と取り返しの付かない事をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな感情が入り混じって、今にも泣き出しそうになっていた"アルトリア"がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 
 第33話 既に遠き雪花の薔薇 前編
 
 
 
 
 
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