騎士王の影武者   作:sabu

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 アーサー王伝説で私が一番好きな話&シナリオに関わる新たな人物の登場&ボーメインがガレスとなるまでの話なので、アーサー王伝説的にも主人公側としても意味のある話です。
 また、後々主人公に訪れる、とあるイベントの説得性がこの話を最後に完全に補強されるのでやっぱりこの話はいります。
 逆に言うとこの話が終わった後は、遂に私が描きたい話に入れます。長かった……
 


黄昏の伝承
第35話 今は小さき乙女狼


 

 

 

 キャメロットの庭園が何の前触れもなく、花咲き誇る広場になってから数ヶ月。

 ガリアという、十三才の青年が新たに騎士となった事で多少の盛り上がりを見せたものの、似た様に彗星の如く現れた、円卓と同等の実力を保有する最年少の騎士——その少年の武勇と栄光が新たに更新されなくなり、蛮族狩りという味気のないものばかりになって、良くも悪くも人々達の熱狂がだんだんと鎮まり始めた日の事だった。

 

 

 

「もう上がっていいぞ、ボーメイン」

 

「はい!」

 

 

 

 太陽が真上に上がって来た頃、厨房を仕切っている料理長からの言葉を受け、ボーメインは厨房から出て行く。

 人は少ないとはいえ、最も忙しくなるだろう真昼間にボーメインを仕事から上がらせたのは、料理長がボーメインの思いを汲み取っているからだった。

 

 よく人々や騎士達の間で噂される最年少の騎士がいきなり、この子を厨房で働かせてやって欲しいと頼んだ話は有名であり、連れられて来た当の本人は騎士を夢見る少年であったという事も有名だった。

 騎士になる事を目標とする若者の事を拒まないキャメロットといえど、そう簡単に騎士になる事は出来ない。だからこそ、それが出来た一部の人物が異常であるのだが、ボーメインは異常の類ではなかった。

 

 しかし、ボーメインが実力者である事に変わりはなかった。

 その成長速度は凄まじく、キャメロットの厨房で下働きしながらという状況であっても、彼女はメキメキとその頭角を表し始める。

 数ヶ月程前、ボーメインがキャメロットに訪れてからたった一年という歳月で、かのエクター卿に勝利したという事は騎士達の記憶に新しい。

 特に、馬上での槍使いは天才的と言っても良かった。小柄な体格でありながら長大な槍を片手で巧みに扱い、尚且つ身体は一切ブレない。

 勿論、エクター卿は既に全快している。手加減をされた訳でもない。

 

 

 いずれは、馬上槍で無双するかもしれない。

 

 

 ボーメインの戦いぶりとその成長を見た騎士達は、思わずそのように称した。

 それからというもの、ボーメインの武勇を聞いた厨房の料理長は、厨房で下働きをする時間を減らした。元々ボーメインが居なくてやっていけたのだから、気にする必要はないと。

 ボーメインは、長い間世話になった厨房の料理長に大層感謝しながらも、ほとんどの時間を修行や修練に費やす事にした。

 

 彼女は、時間が許す限りキャメロットの騎士達が日頃利用している決闘場に足を運ぶ。

 未だ騎士ではないとはいえ、既にキャメロット正規兵に打ち勝ったその武勇は有名だ。それに、例の少年が何処からか見つけ、さらに自ら積極的に交流を交わさない筈の彼が、時々目をかける程の人物である、という事も相まってか、ボーメインが決闘場に足を運ぶ事が疎まれる事はなかった。

 

 何故か目をかけてくれたランスロット卿から貰ったコートを羽織り、冬になってから厨房は冷えるだろうと、あの少年が手渡してくれたマフラーと手袋を身に付けて、ボーメインは決闘場へ歩を進める。

 自らの風評に頬を緩ませる事はしない。先が遠いと理解しているのだから。

 

 

 夢は大きく——あの少年に勝利する。

 

 

 あの日、何げない騎士達の喧騒中に発した、己の言葉。

 それが大きくなって、そして相対した二人の決闘は、未だにボーメインの脳裏に焼き付いている。今までの人生の中で、一番の闘いであると言っても過言ではない戦いぶりだった。

 

 互いに、力のあらゆる一切が噛み合わず、また力の方向性と属性が違う化け物同士。あそこにあったのは、技と力の極地であったのかもしれない。

 あの日あの場所で、自らの夢が決まった。心を奪われたのだ。

 

 

 ——サー・ルークに勝ちたい。サー・ランスロットの様になりたい。

 

 

 夢見るは、自分の背中を押した、自分よりも年下でありながらその実力を示した少年——憧れの人に勝つ事。

 目指すのは、人として限界を超え、それでも尚も極まる事を知らない技量を持つ——もう一人の憧れの人物の様になる事。

 

 あの戦いを見て確信した。

 自分は決してあの少年の様にはなれない。

 

 あの荒狂う竜の如き戦いぶりを真似出来る者など、それこそモードレッド卿か騎士王でもなければ無理だろう。その事を卑屈に思う事もなければ、その力に嫉妬する事もなかった。

 ただ、彼らがその力を持つのに相応しい人物だったというだけ。

 

 だからこそ、人の身でそれを撃退したランスロット卿の実力にボーメインは魅入られた。

 届かない空に向かって手を伸ばすような行為かもしれない。しかし、それでも良い。事実、ランスロット卿はその地点に至っている。故に、同じ人間である自分でも、決して不可能な事ではない筈だ。絶対にランスロット卿の実力をモノにしてやる。

 

 星に手を届かせる為には、まず空に向かって手を伸ばさないといけないから。

 

 

 

「えへへー……」

 

 

 

 ボーメインはキャメロットの回廊を歩きながら、あまりにも気が早いと言うのに、夢が叶ったその瞬間の光景を夢想する。

 もしも彼に勝利する事が出来たらどうなるだろうか?

 

 多分、一番最初は驚く筈。

 口元からしか彼の感情を推し量る事は出来ないけれど、それでも簡単に分かるくらいに驚く。その後は、もしかしたら悲しんだり、微妙な反応をしてしまうかもしれない。

 でもきっと、怒ったりだとか、険悪な雰囲気を出す事だけはしないだろう。

 彼は他人の努力だけは絶対に馬鹿にしないから、きっと認めてくれる。

 

 むしろ、彼に勝利する事が出来たという事は、ガウェイン兄様と同じくらいの場所まで辿り着いてしまったという事ではないだろうか。そう思うと俄然やる気が出て来る。

 

 

 

「後どれくらいだろう……十年後、いや五年後には、必ず!」

 

 

 

 絶対に一本入れてみせる。

 それは決して不可能だとボーメインは思っていない。

 何せ——花の魔術師から応援されたからだ。

 

 僅か数日前の事。

 噂を聞きつけたのか、もしくは気紛れなのかは分からないが、突如ボーメインの下へマーリンが訪れ、意味深な助言と共に一つの槍をくれた。

 花の魔術師によって幾重にも強化が施されているのか、ボーメインにはよく分からない機構を兼ね備えた、身長の二倍はあろうかという超巨大な馬上槍。

 

 

 

 "いずれ、この槍が君の助けになる日が来る。勿論、君が培った実力もね?"

 

 

 

 その告げたマーリンの瞳が、ボーメインは少しだけ怖かったが、素直に感謝の気持ちを告げて、その槍を受け取った。

 特殊な加護を持つ宝剣や魔剣の類ではないのだと察する事は簡単だったが、それらと打ち合えるだけの武器であるともボーメインは確信した。

 つまりは、円卓の騎士達と打ち合えるだけの武器であり——円卓と同等の実力を秘める少年とも戦える武器なのだ。

 

 

 

「よーし! 今日も頑張るぞぉ!」

 

 

 

 逸る気持ちによって今はまだ不相応な事をするのではなく、ボーメインはまず一歩一歩と確実に己を鍛えていく。

 まずは、この巨大な馬上槍を完全に扱えるようにならないと——

 

 

 

「——そんな事なら、力添えなんて願い下げよッッ!」

 

 

 

 ボーメインが決闘場へ向かう為にキャメロットの大広間を通ろうとした時、女性のモノと思わしき罵声が聞こえて来た。

 もしかしたら、先程からもずっとそのような調子なのかもしれない。

 キャメロットの大広間には、騎士達による人だかりが出来ていた。

 

 

 

「あの……どうしたんですか、これは」

 

「あぁ、ボーメインか。

 いやあの御令嬢さんがな、周辺の諸国に国を襲われて、今にも自分の国が滅びてしまいそうらしいんだ。しかも、家族と姉を人質に取られて。

 だからアーサー王に救援を求めているんだが、その願いが今すぐ円卓の騎士を動かして欲しいとの事らしい」

 

 

 

 ボーメインが周りの騎士の一人に問えば、騎士はそう返した。

 騎士がそう説明している間にも、令嬢はアーサー王に対して糾弾の如き声を発している。その声には凄まじい激情が含まれている事は歴然で、大広間には令嬢の甲高い声が響き渡っていた。

 しかし、ただヒステリックに泣き叫んでいるのではなく、力強い声でアーサー王に対して言葉を重ねて訴えかけている。

 それが、彼女が無責任で居られる身分ではないのだという事の証明でもあった。

 

 よく令嬢の姿を見れば、思い通りに行かない事への憤り以外に、表に出ている感情があった。

 顔を赤くしながら、瞳には悔し涙を浮かべている。それでも尚、下唇を噛んだその表情が己を抑えているようにボーメインは見えた。

 

 

 

「……貴方の言い分は確かに分かる。しかし、円卓の騎士達は今不在にしているという事実は私でもどうにも出来ない」

 

「ならアーサー王、貴方が動いてくれれば良い! 実力者である貴方が力を貸してくれれば全てが解決する!」

 

「……………」

 

 

 

 令嬢の怒りの言葉は続いていた。

 確かに、騎士王は円卓の中でも指折りの実力である。更に、彼の王は聖剣の力とその鞘の守りを受けているのだ。アーサー王本人が動けば大抵の事は解決する。

 しかし、まず前提としてブリテン島を治める大王であるアーサー王に対して、その言い分はあまりにも尊大で不敬極まりない言葉だった。

 

 事実、アグラヴェイン卿の機転と、ガウェイン卿やランスロット卿の活躍によりシルリア王国との会戦は難無く収められはしたが、アーサー王がキャメロットを不在にしているという影響は想像以上に大きい。

 アーサー王そのものが国の抑止力なのだ。その抑止力が他の事に手を回しているという事実は、小さな火種を導火線に起爆させるに足りてしまう。

 

 周囲の騎士達が僅かに眉を顰めた時、不意にアーサー王が周囲の騎士達に目を向けた。その視線はある一点を見つめている。固定された視線の先に居るのは——ボーメイン。

 

 

 

「………えっ」

 

「——ボーメイン。貴公に頼みがある」

 

 

 

 僅かに微笑みながらそう告げたアーサー王には、ボーメインともう一人の騎士の姿が脳裏に映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は定休日だった。

 と言ってもそれは形なだけ。国の状態や此方の都合など気にする訳がない蛮族達は、定休日であっても何かしらの被害を人々に齎すからだ。

 

 なので、私は如何なる状況であってもすぐに出撃出来る準備はしているし、睡眠時間といったどうしようもない部分を除いて、すぐに動けないという時間を可能な限り潰している。

 それに、不意を突かれようが突かれまいが、誰かしらの救援依頼はあるのだ。

 時間が許す限りは蛮族狩りに力を入れているのだから、私には休みなんて時間はほぼない。

 

 

 無駄な時間がないと称しても良いだろう。

 

 

 アグラヴェイン卿との交友が出来たのもあってか、彼は私に対してそれなりに温情してくれるようになった。勿論、それは仕事の関係でしかないが、より効率的に蛮族狩りに専念出来るようになったので、休みの時間がもっと減少した。

 

 特に文句はない。

 それが自分の望みなのだし、むしろそうして貰うようアグラヴェイン卿に頼みこんでいる。彼は誰かを通さず、私に直接情報や予定を伝えてくれるから伝達ロスが非常に少ない。

 だがどうしても、諸々の都合で、本当に何もない日が出来てしまうのは避けられなかった。

 

 

 そして、それが今日だった。

 

 

 やる事が無い日にする事といえば、弓を射るか、厨房で下働きしているボーメインの所まで顔を出すか——庭園に咲く花の世話をするか。

 

 悩んだ結果、選んだのは花の世話だった。

 意識的に集中するでもなく、誰かと交友するでもなく、ただ自分の為だけに使う時間。

 

 今日は、身体も心も休めて体調を万全にしよう。そう思っていた時の事だった。

 

 

 

「ルークさん! ルークさんッ! 居たら返事して下さい!」

 

 

 

 キャメロットの庭園に、聞き覚えのある声が回廊から響いて来た。

 この一年近くで幾度と聞いて来た声であり、その声には焦りと走って来たと思わしき疲労が含まれている。

 

 

 

「あっ、居た!

 良かった…………弓場にも食堂にも居なかったから、後は此処しかないと思っていたのですが、あぁ見つかって本当によかった……」

 

「……どうしたボーメイン」

 

 

 

 肩で息をするように荒い呼吸を繰り返すボーメインを見て、花の世話を止めて即座に立ち上がる。

 私を見つけたという事でしかないのに、彼女の言葉にかなりの安堵が含まれているのが少し気掛かりだった。

 

 

 

「ルークさん、助けてください! 貴方の助けがいるんですッ!」

 

「何があった。私に説明してくれ」

 

 

 

 私の手を掴みながら発されたボーメインの言葉に、自分の思考が瞬時に研ぎ澄まされていくのが分かる。

 多少天然的な振る舞いがあるだけで、元々彼女は物分かりが良い。明確な助けを求める事なんて、今まで一度もなかった。

 彼女の救援を拒否する気は微塵も起きず、彼女から詳しく説明を聞く為に問いを返したその瞬間——キャメロットの庭園にもう一つの声が響いた。

 

 

 

「……ふーん。

 そこの彼が、円卓と同じくらいの実力を持った人物なのね?」

 

「えぇ、そうです! 見た目で侮ってはいけませんからね!」

 

 

 

 そこに居たのは、自分が見たこともなければ何一つ情報を知らない令嬢だった。

 いや……正確には名前しか知らない。その名前すら微妙なところではあるが、多分あっていると思う。

 

 彼女は初めて見る顔だった。

 炎のような赤いドレスに身を包んだ令嬢。そのドレスから来る印象そのままに勝気なイメージを相手に思わせる顔立ちをしている。ボーメインと身長が大して変わらないところから、彼女は十代後半の女性なのだろう。

 まだまだ少女としての若さが抜けきっていない乙女だった。

 

 

 

「……そう……小さな辺境の国でも、貴方の逸話はそれなりに届いているわ。

 よろしくね、サー・ルーク」

 

 

 

 不機嫌ながら尊大に呟かれた言葉だが、令嬢の瞳には僅かな動揺と心配。それに焦りといったものが含まれている。

 良く見れば、彼女の瞳は少し赤い。それが、涙を拭った跡のように見えた。

 

 彼女の内心は、恐らく平静ではないのだろう。

 しかし、それを上手く隠している辺り、彼女がただ我儘で自分勝手なだけの人物ではなさそうだなという事も大凡察する事が出来た。

 

 

 

「ジロジロと何。その仮面の裏で冷徹に私の評価でも定めているの?」

 

「申し訳ありません。私の癖ですので。

 ……ボーメイン、説明してくれないか」

 

 

 

 バイザーによって素顔が隠れているのもあって、私が何を考えているのか分からないと噂されている事は自分も知っている。

 彼女が私の内心を見抜いたのか、平静で居られない不安から来る苛立ちを、思わず私にぶつけてしまったのかは分からないが、彼女はあまり見縊らない方が良さそうだ。

 

 

 

「あぁ、えっと……どこから説明すれば良いのか……」

 

「はぁ……私が説明します。今は一分一秒の時間すら惜しいので」

 

 

 

 ボーメインの事を押し除けながら、令嬢は私に説明を開始した。

 未だ令嬢は不機嫌そうに眉を顰めているが、ケイ卿やアグラヴェイン卿とのそれとは違い、早くなんとかしないと、という焦りが見え隠れしている。

 余裕が無さそうなその様子に、私は素直に令嬢の説明を聞く事にした。

 

 

 彼女の説明を要約するとこうだ。

 

 

 ある日突然、隣国である赤い国の赤い騎士によって戦争を仕掛けられ、そして敗北したという。それ程珍しい話ではない。国の名前すら無い小国同士のいざこざは年に数回ある。それが彼女の国で起こったというだけだ。

 

 ブリテン島を巻き込むレベルの衝突なら話は違うが、良くも悪くもキャメロットとアーサー王は中立姿勢を取る。下手に介入しても事態を悪化させるだけでしかないうえ、どちらに義があるのかは判断が付きにくい。つまりは、自分達の問題は自分達で何とかしろという話しだった。

 

 しかし、彼女の場合は違ったという。

 赤い騎士達は統治が目的の様には思えず、どう考えても私利私欲を満たす為の行為に走っているという。赤い騎士達のせいで国は荒れ果て、彼女の国の騎士達はほとんどが処刑され、そして家族と姉が人質に囚われた。

 しかも、数日後には姉が処刑されるかもしれないという、彼らの噂話を彼女は聞き付け、命からがら逃げ延びアーサー王に救援を求めに来たとの事だった。

 

 流石の事態にアーサー王は軍を動かす事を決めたが、それを彼女が拒否。

 そんな時間がもうない。だから、一騎当千の円卓の騎士を早く動かして欲しい。そう彼女は告げたが、間の悪い事にその円卓達は皆出払っている。アーサー王本人が単独で動く事は出来ない。

 ——そこで白羽の矢が立ったのがボーメインだったらしい。

 

 

 

 "——ボーメイン。貴公に頼みがある"

 

 

 

 それに対して彼女は激怒。

 騎士ですらない未熟者を寄越すのかと。

 勿論、ボーメインも否定の意を示したが、ボーメインは一つの願いを告げた。

 

 

 

 "じゃあ、ルークさんを私につけて下さい"

 

 

 

 円卓の騎士ではないが、その実力者達と同等の力を持つ存在。

 その人物が一緒にいてくれるなら、何の心配も要らないからと。

 アーサー王は、その言葉を待っていたと言わんばかりに、ボーメインの願いを瞬時に了承した。

 

 

 

 "あぁ——彼ならば、この問題を一切の憂いなく解決してくれるだろう。サー・ルークとともにこの事件を解決して欲しい、ボーメイン"

 

 

 

 彼女の国でも、私の逸話は届いていたらしい。

 彼女は抱いていた激怒を一旦は収め、不承不承ながらも話に納得したらしい。

 そして、ボーメインは私を見つける為にキャメロットを走り回り続けたと言う。

 多分、そこの令嬢の威圧を受け続けながら。

 

 

 

「…………」

 

「話は理解出来た?

 なら早く準備して下さい。本当に一分一秒すら時間が惜しい。当たり前だけど、拒否権は存在しないので」

 

「……ボーメイン。ランスロット卿はどうした?」

 

 

 

 彼女の説明を聞いて、湧き上がった疑問を解消をする為にボーメインに問いを返す。

 多分……いや、ほぼ間違いなく意味のない事だと思うのだが、聞かずにはいられなかった。しかし、私の言葉にボーメインが返事を返すよりも早く、隣の令嬢が言葉を返す。

 

 

 

「はぁ? 何、話を聞いていなかったのですか?

 その円卓達が居なかったから、貴方達に白羽の矢が当たったという話なのですが?」

 

「……アハハ」

 

 

 

 令嬢のあまりな物言いに、ボーメインが渇いた笑みを溢す。

 事実ランスロット卿がいるなら、騎士ですらない厨房で下働きをしている人物と、円卓と同等の実力を持つと謳われているとはいえ、子供の見た目をしている人物に任せようとは思わないだろう。

 

 彼女の言い分と内心は非常に分かる。

 私が彼女の立場であるならばまず頼まない。自分よりも年下の少年二人に国の明暗を託すなんて信用できる訳がない。

 

 

 

「…………何ですか。私に幻滅でもしましたか。

 こんな女を助ける気が起きないと?」

 

 

 

 黙り込んでいる私を見て思う事があったのか、彼女は今まで見せていた様子とは違った弱みを見せた。

 言葉は未だ高圧的ではあるが、口調は僅かに震えており、瞳は焦りと緊張によって揺れている。

 

 

 ——サー・ルークからの救援も得られなかったら、本当に何もかもが終わってしまう。

 

 

 そんな思いが彼女を支配しているのだろう。

 彼女の性格もあるのだろうが、小国とはいえ彼女は国を預かるだろう者の一人だ。

 舐められて足元を見られたら終わる。しかし、相手を不愉快にさせて協力を得られなかったら終わる。

 もしかしたら、次の瞬間には家族が殺されてしまっているかもしれないという恐怖も相まって、彼女の仮面は今にも壊れてしまいそうだった。

 

 

 

「……別になんでもありません。私側の些事です」

 

「………………」

 

「——家族を救いたいという願い。そして、家族を救う為にたった一人でキャメロットまで訪れたという貴方の健気さ。

 一介の騎士として、その想いを必ず汲み取ると誓います」

 

 

 

 その場で跪いて、令嬢の手の甲に軽く口付けをした。

 自分で言っておきながら、私が騎士として誓うなどとは非常に信頼出来ない。しかし、一応は形式上の礼と誓いは簡素に済ませておく。

 

 形式上のモノとはいえ、誓いは誓いだ。

 ひとまず、これで彼女の不安定な情緒が僅かにでも落ち着くならそれでよい。

 

 

 

「……そう。ありがとう」

 

 

 

 内心はどうであれ、私が助けになってくれるという事に安堵したのか、令嬢は強張らせていた表情を僅かに和らげた。肩の重荷が一つ下りたというように、先程まで揺れていた瞳は元通りになっている。

 そもそも、私が黙り込んだのは彼女の様子を見て不機嫌になったからではない。

 

 

 原典だったら、ボーメインに付いていくのは私ではなくランスロット卿では?

 

 

 そんな思案を私が回していたからだ。

 一瞬、ランスロット卿は一体今何をしているんだと、見当違いの思案をしてしまったが、そんな事を言えばそもそも私は本来、此処に存在しない。

 私が周りに与えた影響もそれなりの大きさだろう。

 

 私の影響で、ボーメインが本来よりも早くキャメロットを訪れている可能性が高いのだ……いや、本当に早くなっている筈だ。

 ランスロット卿も同じく、私という存在によって行動が変化していてもおかしくない。

 何か一つズレたら、その後の何もかもがズレるというのに、私は一つ以上の波紋を起こしている。

 

 だからまぁ……もしかしたらしょうがないのかもしれないが……あぁ、不当に他人の運命を奪っているような感覚がする。

 

 

 

「——おぉぉぉ……これが騎士の誓い……」

 

「ボーメイン。これは本来なら私が関わるモノではなかった筈だ。そして、お前が騎士となる為に解決しなければならない問題だ。

 私に何もかもを任せるようなら、私は本気で怒るからな」

 

「えっ——……あ、はい!」

 

 

 

 彼女の天然気質が表れているだけだとは思うが、どこか緊張感が足りてないボーメインに釘を刺しておく。

 本来だったら、そもそもこの令嬢の助けになるのはボーメインだけ。ランスロット卿も、基本的に見守っているだけで、積極的に望んで手を貸すような事はしていなかった……筈だ。恐らく多分。

 私が介入しすぎて、ボーメインの成長の芽を摘んでしまうという事は避けたい。

 

 

 

「もういい? なら早く準備して。今すぐにでもキャメロット城を出発したい」

 

「分かりました。私も未熟の身ですが、貴方の助けになります!

 そう言えば、貴方の名前は何と言うのですか?」

 

 

 

 キャメロットの庭園を後にしようとして、背中を向けた令嬢にボーメインが声をかける。

 令嬢はそういえばそうだったというような顔をした後、振り返って告げた。

 

 

 

「リネット。

 …………それだけよ」

 

 

 

 原典に於いて、赤騎士を倒し国を救ったボーメインは、それ以降自らの本当の名前、ガレスという名前を明かすようになる。

 そしてガレスは、その国の姫と婚約を結ぶ事になる。

 その女性の名前は——リオネス姫。

 

 ガレスが本当の名前を明かすに至った最大の原因にして、姉のリオネス姫にガレスを譲った女性。

 リネット王女はそう告げた。

 

 

 




 
 たきのこ様より、リネット嬢のイラストをいただきました。赤い薔薇のような女の子。
 
【挿絵表示】


[人物解説]

 リネット

 詳細


 原典でガレスと婚約を結ぶ女性の妹。また、アーサー王伝説では珍しいタイプの女性。言ってしまうとツンデレである。その罵りで、ボーメインの精神を削り続けた。

 表記揺れ等で、ライオネル、リオネル、ライネット等になったりする。
 尚アーサー王伝説に"騎士"ライオネルという人物がいるが、アーサー王伝説に於いて、同性同名でありながら別人、名前が違うのに他の原典では同じ人物だったりとするので、この作品では別人という設定。
 モルガンとモルゴースみたいな。Fate世界でモルゴースは消失していますが。

 また、姉のリオネス姫に関しても、FGOガレスのマテリアルにある親友レディ・ライオネスについては、時系列と展開の問題があるので、本作に於いては別人という設定。
 というか原典によってここら辺の設定と性格が変化しすぎて収拾をつけるのが大変……

 どうでもいい余談だが、後世の改変によってはリネットがガレスと婚約していたりする。
 …………編纂事象だ!
 

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