騎士王の影武者   作:sabu

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 もしかしたら登場人物全員が、ヒロインであり主人公なのかもしれない……



第36話 サー・ガレスと焔の令嬢 起

 

 

 キャメロットを出立して、ひたすらに馬を走らせていく。

 太陽が真上に昇っていた真昼間から一切休まず馬を飛ばして、何時間も時間が経っていた。既に太陽は傾き始めている。

 

 多少は整えられた街道を進む三つの人影。

 その中の一つ、ボーメインは前を見るふりをしながら、横目で隣の二人に対して視線を向ける。

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

「(き、気まずい……ッ!)」

 

 

 

 思わずボーメインは心の中でそう呟いた。

 三人の間に交わされる言葉はない。キャメロットを飛び出してから少しの間は、リネット嬢と少年の間で、道はこっちで合っているか、馬の調子は大丈夫か、といった短い会話と返答はあったが今はそれすらなかった。

 

 互いに誰も言葉を発しないまま、一体どれだけの時間が経過したのか。

 それもしょうがない事なのだろうと、ボーメインは何となく察していたが、それでも気まずいものは気まずかった。

 

 自らの国をなんとか出来るかもしれない人物の協力を得る事が出来て、キャメロット城では僅かに表情を和らげたリネット嬢だったが、今は終始険しい表情を浮かべている。

 決して軍を動かしている訳ではないのだとしても、彼女の国にまでは数日近くはかかるだろう。明日には家族が殺されているかもしれないという焦りが、再びリネット嬢から余裕を奪い去っていた。

 

 もう一人の人物にボーメインが目線を向ければ、その人物はいつもの何を考えているか分からない表情だった。黒いバイザーによって表情は隠れ、口元は硬く結ばれている。

 三人の中で一番小さな体躯なのに、馬には一切振り回されていないどころか、この中で一番馬を乗りこなしていた。

 それは彼の才能によるものなのか、もしくは別の理由があるのか。ボーメインには察しがつかなかった。

 

 

 

「前を向けボーメイン。重心がずれる。乗馬している者が同じ方向を向いていないと馬が混乱し兼ねない。遅れるぞ」

 

「す、すみません」

 

 

 

 バイザーによって見えないが、彼は横目でボーメインの事を見ていたのかもしれない。

 横目で小さく気にしていただけなのに、いつの間にか身体を傾かせていた自分に向けて、短く叱責の声が飛んで来た。

 

 そして、その言葉にリネット嬢も反応した。

 ボーメインの方に僅かに顔を向け、隣のサー・ルークには聞こえないように口パクで言葉を告げて来る。

 

 

 

『……グズ』

 

「(……う、うぇぇぇ……)」

 

 

 

 リネット嬢はボーメインの事を直接罵って来た。

 確かに一分一秒すら時間が惜しい事は分かるし、自分は要領のいい方ではないだろうなという自覚はあるが、そうだとしても面と向かって言われるのはかなり心に来る。

 普段は静かで厳格な雰囲気のある少年が、途端に優しさの塊にしか思えなくなって来る程だ。

 

 しかし、これでまだマシな方なのだから、手に負えなかった。

 何せキャメロット城でサー・ルークを見つけられずに焦っていた時、かなりの暴言を彼女からぶつけられていたのだ。

 早くしろ。時間がない。人を見つける事すら出来ないのか。台所の匂いがプンプンする。ボーメインなんて名前の人間には精々騎士の真似事しか出来ないだろう。そんな罵倒を受け続けてきていた。

 

 そのリネット嬢も、今は一応おとなしい。

 自分が望める最高の戦力であるサー・ルークが味方になったからか、もしくは罵っている時間と余裕すら惜しいのか。

 

 

 ……ルークさんが居なかったら、馬を走らせている間、ずっと罵られていたかも。

 

 

 そんな思案をボーメインがしてしまう程、令嬢の反応は冷たかった。

 サー・ルークは別だが、お前には何にも期待していないぞと言外に態度が示している。

 

 

 

「はぁ……リネット嬢」

 

「私が一体どうかしましたか。貴方に叱られたボーメインが落ち込んでいないか、少しだけ目線をやっただけですが」

 

「よく言う……今私に聞こえないようにボーメインの事を嘲ったでしょう」

 

 

 

 淡々と事実を語るような物言いは、リネット嬢がボーメインに対して見下げた言葉を発したのを確信しているようだった。

 

 

 

「……一体何を根拠に」

 

「勘、と言ったら貴方は笑うのでしょうね」

 

「……なんですかそれは。そんな事が信じられるとでも?

 ふざけているのですか?」

 

「いいえ、私は至って真面目です。

 ただ、私の勘が今まで外れた事がないという事を貴方は知らない。そしてそれと同じように、貴方はボーメインの事を何も知らない。だからどうか、ボーメインの事を過小評価して虐めないで下さい」

 

「…………」

 

「国、そしてそれ以前に家族が人質に囚われているというのに、望んでいた支援は貰えず、思い通りにいかない貴方の焦りと恐怖も分かる。

 ただ、ボーメインは決して私についてきただけの存在ではないし、必ず貴方の助けになる。その事だけはどうか覚えておいて欲しい」

 

 

 

 その言葉に思う事があったのか、リネット嬢は一瞬だけ思案するような顔持ちになった後、今度はしっかりと聞こえるようにボーメインに告げた。

 

 

 

「謝らないから。

 貴方が無能じゃないって事を証明してくれたら謝るけど」

 

「う……うわぁぁ」

 

 

 

 頭ごなしに判断するという事はやめたのかもしれなかったが、彼女の高飛車な態度は何も変わらなかった。

 隣の少年は何か言うかと思えば、それに対して何も言わない。

 ただずっと前を向いている。

 

 

 

「——待て、1キロ先に人影がある」

 

「えっ?」

 

 

 

 ボーメインの考えと違って、少年が前を向き続けていたのは何かを発見したからだった。

 その言葉に釣られてボーメインとリネットもその人影を確認しようとするが、二人には何も見えない。ボーメインが僅かに、小さい黒い点が見えるかどうかといったところだった。

 

 

 

「貴方……何で見えるの?」

 

「魔術によって視力を強化しています。

 まぁ正確には魔術でもなんでもなく、ただ魔力を通しているだけです。頑張れば4キロ先まで見えるかもしれません」

 

「魔術……」

 

 

 

 何か含みのあるリネット嬢の呟きだったが、見当がつかなかった少年は一旦思考の隅にやって、前方の人影を注視する。

 

 体躯に優れた騎士であり、真っ黒な鎧に身を包んだ騎士だった。

 その黒騎士は、同じく黒い鎧を纏った戦馬に騎乗しながら、此方の方へ向かって凄まじい速度で駆けている。後数十秒もすれば正面から衝突するだろう。

 

 

 

「黒い騎士が此方へ向かっています。何か分かりますか」

 

「……私の国を襲った赤い騎士の部下よ。多分、私の事を殺しに来たんだわ……」

 

 

 

 その言葉に、少年は意識を切り替え始め、ボーメインは静かに手綱を握る手を強くした。

 黒騎士の方も彼らの事に気付いたのか、馬で駆ける速度を更に速める。そして、片手で手綱を握りながら、もう片手に身長程の長さの槍を地面と水平に構え始めた。

 騎兵による突撃姿勢だった。

 

 

 

「………」

 

「ぅ、うぁ」

 

「ル、ルークさん!」

 

 

 

 会敵するまで後、十数秒。

 百メートル程離れた地点にいるというのに、それでも届く程の殺意と威圧感に晒されてリネット嬢が身じろぎしたまま硬直する。

 すれ違い様に殺すつもりだった。

 

 少年一人ならいざ知らず、隣にいるのはリネット嬢とボーメイン。リネット嬢には戦闘はもちろん、僅かな駆け引きも期待は出来ない。

 やらなければならないのは、敵騎士の撃退ではなく、リネット嬢の護衛——

 

 

 

「ボーメイン。寸前で私とは逆に避けろ」

 

「え?」

 

「——リネット嬢! 舌を噛まないように気をつけろ!」

 

「え…………ちょ……ッ——」

 

 

 

 リネット嬢は続く言葉を許されなかった。

 彼女に襲ったのは今までの生涯では感じた事のない浮遊感。黒騎士と会敵する寸前に、少年がリネット嬢の身体に手を回して掴み取りながら、斜め前に跳躍したのだ。

 しかも、避ける瞬間にボーメインが乗っていた馬を蹴飛ばしながら。

 

 

 

「ひ………」

 

「………ッ」

 

 

 

 十数メートル近くまで浮かび上がったリネット嬢は、思わず小さな悲鳴を溢して目を瞑った。

 しかし、彼女が予想していた、地面に叩きつけられる衝撃は来なかった。

 少年はリネット嬢に衝撃がいかないように下になりながら、スライディングの要領で着地する。

 

 

 

「……あぁクソ、やられた。油断しなくて本当に良かった。

 ボーメインの方は無事か?」

 

「私の方は別に大丈夫ですよ!? それよりルークさんは大丈夫なんですか!?」

 

「あぁ無事だ」

 

 

 

 事前に少年がボーメインの馬を蹴飛ばしたのもあってか、ボーメインは軽く手綱を操るだけで回避出来ていた。

 しかし、少年の方は流石に上手く馬を操る事が出来ていなかったのだろう。

 

 会敵する寸前に、彼らのリーダーが一番小さい少年である事を見抜いた黒騎士は、すれ違いざまに少年に向かって槍を突き出していた。

 少年の右肩にはあまり浅くはない傷が出来ている。もう少しずれて首や頭に当たっていたら、本当に危なかったかもしれない。

 

 間違いなく、自分の力に慢心していたか、もしくはリネット嬢の護衛に回らなければ、重症を負うかリネット嬢が死んでいた。

 その証拠に——先程まで騎乗していた馬が一撃で殺されている。

 

 馬で駆けていた速度や身体の重量が乗っていたとはいえ、黒騎士がかなりの熟練者である事は一眼で分かる。間違いなくキャメロット正規兵よりも実力は上。もしかしたらケイ卿よりも強いかもしれない。

 

 

 

「あぁ……短剣しか持っていないと馬上で取れる選択肢が激減する。

 ランスロット卿のように長剣を持っていれば、また話は違うのに……いや、経験も足りてないから私には無理か」

 

「……ぅ、ぅぁ。

 ちょ、ちょっと! それ本当に大丈夫なの……ッ!」

 

「別に気にしなくて結構です。私は身体が丈夫なので、この傷もすぐ治ります。

 それに片手でも十分相手は出来る」

 

 

 

 リネット嬢がその傷を見て慌てるが、少年はその傷の事を意に介さず、傷を受けていない方の手だけを動かして【白鴉の短剣(カルンウェナン)】だけを鞘から引き抜く。

 

 重症ではないとはいえ、常人なら安静にしなければならない程の傷だが、竜の炉心を身に宿し、身体そのものが強化されているおかげで、自分にとっては見た目が派手なだけの傷だ。

 かなりの出血をしているが、数時間もすれば傷は塞がり、数日もすれば傷跡すら消えるだろう。

 

 流石に今この場で思いっきり右手を使用したら傷跡が広がってしまうが、片手が動いて【白鴉の短剣(カルンウェナン)】で俊敏を倍速すれば十分勝てる。

 相手は恐らくケイ卿よりも実力は上。二刀流という互いで互いの隙を消し合うという戦いが出来ない以上、油断は出来ない。

 しかし、油断も慢心もしないのはいつもの事だ。戦闘行為に快楽や酔狂さを求めた事など一度もない。【白鴉の短剣(カルンウェナン)】を使って一撃で決める。

 

 

 

「——何してんのバカッッ!!」

 

「……ッ痛、った」

 

「ぇ、ぁ……ご、ごめんなさい」

 

 

 

 出血量は大きいのに突撃しようとするのを見て、あまりにも無謀だと思ったのかリネットが思わず少年の事を引き止める。

 咄嗟の事で頭が回っていなかったのか、少年の右手を掴んでしまっていた。

 

 すぐにリネットは少年から手を離すが、目前には馬から降りた黒騎士がジリジリと距離を詰めていた。

 槍に付着した血を、敢えて見せびらかすように槍を構えている。

 

 恐怖と焦り。そして——自分より歳若い子供が傷付くのは見たくないという思いがリネットから僅かな余裕すらを奪い去っていった。

 

 

 

「——ルークさん、下がってください。私が相手をします」

 

「……ぁ」

 

 

 

 その時、ボーメインが二人を守るように黒騎士に立ちはだかった。

 構えているのは、黒騎士が構えている物よりも更に大きな盾と巨大な馬上槍。しかし、体躯は黒騎士の方が大きく、ボーメインは一回り近く小さい。

 

 リネットにとっては、さっきまで未熟者の癖に背伸びをしているようで——昔の何もかもが空回っていた頃の自分を思い出すようで嫌いだったのに、今はその背中が大きく見える。

 

 

 

「ルークさん。貴方は私に言ってくれましたよね。これは私の問題だと。私が騎士として解決しなければならないものだと。

 お願いします、私に任せてください」

 

「———………」

 

 

 

 今まで一番と言っても良い程の決意を秘めたボーメインの言葉に——ルーナは思わず硬直してしまった。

 

 確かボーメインにそう告げたのは事実。

 しかし、今は一分一秒すらも惜しい状況。いや、彼女ならきっと目の前の黒騎士を倒すだろう。原典でちゃんと間に合ったのだから任せてもいいのかもしれない。

 でも私が代わりにいる影響で何がどう変化してしまっているか…………あぁしかし、私が介入し過ぎてしまっては彼女の成長の芽を積んでしまうかも知れない。

 ——私はどうすればいい……?

 

 

 

 

「……ボーメイン。冷たい事を言うが、たとえ負傷していたとしても私はお前より強いし、お前より早く、そして確実に勝利出来る」

 

 

 

 

 告げたのは、ボーメインを敢えて突き放す言葉だった。

 

 

 

「………………ッ」

 

 

 

 その言葉に、ボーメインは前を向いたまま、静かに唇を噛んだ。

 しかし、その言葉に激昂したりはしない。事実だからだ。短い時間とはいえ、その事を身を以って理解している。

 あの日、ランスロット卿を相手にして一歩も引かなかったあの戦いぶりを忘れる事が出来る者など、あの場にはいなかっただろう。彼が片手しか使えないのだとしても、この少年に勝利出来る気は微塵も起きてこない。

 

 だからこそ悔しかった。

 自分よりも強く、また戦闘行為で一切の隙を見せないのは理解している。彼に憧れているのだとしても、それでも——この少年は自分よりも歳下で、尚且つ怪我を負っているのだ。

 

 遠い。あまりにも遠い。

 彼は決して自分を見下しているのではなく、冷静に自分の事を把握した上で、無理だと語っている。だから、彼から信頼して貰えないのだ——

 

 

 

「だからボーメイン——この戦いでその槍を完璧に扱いこなせるようになれ」

 

「———……え」

 

 

 

 故に、少年が続けた言葉にボーメインは頭が真っ白になった。

 

 

 

「ボーメイン、この戦いで証明しろ。僅かとはいえ、時間を無駄にしてでも自分に価値があるのだと。この先、お前の力が必ず必要になる。だからこの戦いで成長しろ」

 

 

 

 つまり、彼はボーメインにこう言っているのだ。

 無駄にしてしまうだけの時間を後から返せと。その分だけ、この戦いで成長しろと。

 

 

 

「お前なら絶対に出来る。私は信じているからな」

 

「——————」

 

 

 

 信用して貰えてないと思っていた。

 それは、自分が未熟だから。でも少年は、その未熟さこそ成長の証になると信じてくれた。

 

 ただ勝つだけではダメ。何故なら、彼が戦った方が早く決着が付くからだ。

 故に、自分よりも強大な目の前の相手には、当たり前のように勝利しなくてはならない。しかも、今の自分では出来ない何かを得なくてならないのだ。

 

 なんたる無茶振りだろう。

 最近やっとキャメロット正規兵に勝利する事が出来たこの身では、あまりにも無理難題。

 しかし、ボーメインはそれに対して顔を青くするでもなく——好戦的な狼のような笑みを以って返した。

 

 

 

「——えぇ、私は勝ちます。そして、絶対に何かを見出してみせます」

 

 

 

 何せ、目指しているのは人智を凌駕している人物だ。人の領域のままで居ては決して届かない高さにある星。このままの成長速度では手が届く以前の話なのだ。

 何より——憧れの人から信じているぞなんて言われてしまっては、燃えない訳がない。そこまでの信頼を受けて、その期待には応えられませんでしたなんて、自分自身が許せない。

 

 マーリンから受け取った、多重に強化された巨大な馬上槍が、途端に軽くなって行くような錯覚すらボーメインは覚えていた。

 片手では振り回すのも難しい長大な槍に、自分の身体の半分を覆い隠す程の盾。しかし、その二つの武装の重さが今は心地良い。その重さを認識しながら、寸分の狂いもなく自らの肉体に同調させ、強く握りしめる。

 

 

 ボーメインは静かに、黒騎士に向かって一歩を進めた。

 

 

 彼女から放たれているオーラは、先までのそれではなかった。まるで円卓の騎士が歩を進めているのではと思える程の強大な存在感が彼女を覆っている。

 

 

 

「…………何だ貴様は」

 

 

 

 黒騎士が思わず、ボーメインに向かって声を発した。

 先程、負傷させる事に成功したのは、恐らくあのサー・ルークだった筈だ。ならば、怪我を負っていたとしても一切の油断は出来ない。

 サー・ルークに向けて盾を構えたまま、ジリジリと、相手の出方を窺っていれば、出て来たのは存在感のなかった無名の騎士。いや、騎士ですらないかもしれない。そんな相手がいきなり不相応にも出て来たのだった。

 

 巨大な槍と盾を持った姿は、若者が背伸びをしているだけのように見えるというのに——しかし何故か、油断が出来ない。

 ボーメインに対して、深い警戒と緊張を抱いている事に気付かないまま、黒騎士は言葉を続けた。

 

 

 

「どけ、邪魔だ」

 

「いいや、どかない。

 何故なら——私はお前を倒す者だからだ」

 

「———ッッ!!」

 

 

 

 ボーメインの不敵とも取れる発言を受けて、黒騎士は瞬時に槍を振るい、眼前の敵を排除しようと動く。

 何故かは分からないが、騎士として鍛え上げた生涯が、未熟者としか思えていなかった目の前の存在は脅威であると叫んでいた。

 

 前方に歩を進めながら、黒騎士は一撃で殺傷する為に刺突を繰り出した。

 狙いは頭。

 狂いなく放たれた瞬足の一撃だったが——それをボーメインが盾で防ぐ。

 

 

 

「ぐぅ……ッ」

 

 

 

 馬で駆けていたとはいえ、一撃で馬を貫いた程の実力者による刺突。

 凄まじい衝撃がボーメインを襲い、地に足をつけながら後退を余儀なくされた。しかし、それでも彼女は踏ん張り、耐え切った。

 

 そして、ボーメインはやられるがままではない。受け切った槍が戻る前に、同じくボーメインも槍を振るう。

 片手で振り回すのすら難儀するだろうと思っていた筈なのに、今までで最高の刺突だったと思える、速さと軽やかさ。

 その攻撃は黒騎士の盾によって防がれるが、ボーメインと同じように、黒騎士を真後ろに後退させる程の一撃だった。

 

 互いに攻撃と防御によって後退し、盾と槍を構えたまま二人は睨み合う。

 

 

 

「(——やばい、やばい。今の私ちょっとやばい)」

 

 

 

 僅かな刹那の内に、一手間違えていたら次の瞬間には死んでいたかもしれないという応酬をしたのに、ボーメインを支配していたのは凄まじい程の興奮と高揚感だった。

 緊張や恐怖は一切ない。焦っている訳でもない。

 

 自分よりも巨大な筈の相手。それと互角に戦っている。

 重かった筈の槍と盾が、今は自分の手足の延長になったかのような感覚が止まらない。

 自分の感覚が刃の様に鋭くなり、自分を構成している血肉や血管、筋肉の全て、それをどう動かすのが最適なのか理解出来ているような感覚が、消えない。

 

 絶好調と言っても良かった。

 火事場の馬鹿力と言うものなのか、普段なら外れない枷やリミッターが全て外れてしまったのかもしれない。いや、もしかしたら外してはならないリミッターすらもが解放されてしまった可能性がある。

 高揚感と興奮でどうにかなってしまいそうだ。

 

 

 

「———ふぅぅぅぅ………」

 

 

 

 ボーメインは眼前の黒騎士を睨み付けながら、自らを落ち着かせるように息を吐く。

 それはまるで、狼が相手を威嚇しているようでもあった。

 

 この凄まじい高揚感は自分の限界を取っ払ってくれているが、しかし同時に平静さすらも奪い取りかねない。

 肉体の興奮はそのままに、しかし頭だけはあらゆる事態に対処できるよう、冷徹に冷やしていく。この高揚の中では、絶対に我を失ってはいけない。しかし、この燃えたぎる情緒を明確な形にする事が出来れば——相手に勝てる。

 

 

 

「…………ッ!」

 

 

 

 黒騎士が再び槍を引き戻し、槍を突き出そうとするのが見えた。

 先程は目にも止まらぬ速さだったというのに、今はゆっくりになって見える。

 

 黒騎士の攻撃をボーメインは余裕を持って盾で防いだ。

 しかし、黒騎士とて並の者ではなかった。ボーメインが攻勢に移れないよう、連続攻撃を畳みかける。

 

 

 

「………………ッ」

 

 

 

 盾を持っているボーメインの左手に衝撃が走った。

 この防御もきっと長くは続かないだろう。

 

 

 ——それでいい。

 

 

 何せ、時間をかけて倒すではダメなのだ。防勢に回りながら、僅かな隙を見つけてダメージを稼いでいくでは極めて時間の無駄だ。

 しかし、相手も実力者。並大抵の攻撃では黒騎士の防御を突破出来ない。

 

 

 ——次で決める……ッ!

 

 

 ボーメインは黒騎士の攻撃を受け止め続ける。

 一瞬で勝負を決められるだけのチャンスを見定め続ける。

 

 そして来た。

 ボーメインの防御に業を煮やした黒騎士が、今その瞬間、大きく槍を引き戻したのだ。

 

 

 

「——そこぉぉッッ!!!」

 

「——ぐぁッ」

 

 

 

 その瞬間をボーメインは見逃さなかった。

 黒騎士に向けて、跳躍しながら頭突きを放つ。岩と岩がぶつかり合ったような衝撃が互いに走った。

 その衝撃でボーメインは額を傷付けてしまい、頭から血が流れ始める。

 しかし今のボーメインにとってそれは、猛り狂う肉体をさらに沸騰させながら、しかし頭を冷徹に冷やし、研ぎ澄ませていくだけの赤い液体でしかない。

 

 しかし黒騎士にとってはそうではなかった。

 頭突きの衝撃をまともに受けた黒騎士はたたらを踏んでいる。それでも彼は実力者だったのだろう。体勢を崩しながらも、ボーメインに向けて盾を構えていた。

 これでは一撃で相手を倒す事が出来ない。

 

 ——しかし、それでいい。

 何故なら、それがボーメインが望んでいた展開だったから。

 

 

 

「——点火(ファイア)

 

 

 

 静かに、ボーメインは多重に強化された槍の機構を解放した。槍に込められた魔力が、蒸気の様に立ち昇る。

 狙うは真の一撃にして、必殺の一撃。

 猛り狂う狼の如く、ボーメインはその必殺の牙を抜く。

 

 

 

「——うぉぉぉぉおッッ!!!」

 

 

 

 一撃目。

 前方に槍と盾を構えたままの瞬足による突撃。

 ただでさえ、たたらを踏んでいた黒騎士の姿勢が崩れ、ボーメインの体当たりによって後退を余儀なくされる。

 

 二撃目。

 真上に槍を薙ぎ払い、体当たりによって浮かんだ黒騎士の盾を跳ね上げる。

 

 三撃目。

 跳ね上がった盾を戻す勢いに多大な負荷をかける為、真上に振り上げた馬上槍を大剣でも扱っているかのように振り下ろして盾に叩きつける。

 

 四撃目、五撃目…………その後もボーメインの怒涛の攻撃は続く。

 

 刺突、薙ぎ払い、叩き付け。

 盾の真上、真下、中心。

 

 その一撃一撃を受ける度、黒騎士を凄まじい衝撃が襲い続け、一歩一歩と後退を余儀なくされる。しかし、ボーメインは後退する黒騎士から一歩も引かず、僅かにすら距離を空ける事すらもせず、前方に走り込みながら攻撃を加え続けた。

 

 自らよりも巨大な槍を片手で振り回す姿は、狂ったように槍を振り回しているように見えて、しかしその全てが、真の必殺の一撃を放つ為に計算された、相手の防御を崩す為の攻撃であった。

 生じた隙に捻じ込み、抉るように槍の攻撃を放ち、その衝撃がさらに新たな防御の穴を生んでいく。続けざまに放たれた、数十にも及ぶ連撃の嵐。

 

 そして遂に、黒騎士の防御姿勢がどうしようなく崩れる。

 僅か数秒の内に繰り出され続けた怒涛の連続攻撃が、盾を構えていた黒騎士の手首を破壊し、今大きく真下に倒れ込もうとしていた。

 

 

 

「——ッットドメぇぇえ!!!」

 

 

 

 連続攻撃による肉体の疲労など、今のボーメインは意識から吹き飛んでいる。

 倒れ込もうとしている黒騎士に向かって、ボーメインは前方に跳躍しながら、限界まで槍を引き絞る。防ぐものなど何もない。

 肉体が沸騰しているのではと錯覚する程の勢い。その全てを引き絞った槍に乗せ、全力で槍を突き出す。

 そして、必殺の一撃を以って眼前の敵を貫いた。

 

 

 

「—————」

 

 

 

 今まで感じた事のない手応えがボーメインの身体を支配した。

 途端に、身体中の血が沸騰しているのではないかという興奮が収まっていく。

 

 ドサッ、と何かが倒れ込んだ音が耳に入って、ボーメインは意識を取り戻した。

 ボーメインが真後ろを振り向けば、そこにあったのは跳躍しながら放った必殺の一撃によって倒れ伏した黒騎士の姿。

 黒騎士は血にまみれており、僅かな身じろぎすらも見せない。鎧は胸元から砕け散っており、胴の部分が吹き飛んでいた。

 

 

 

「ぅ、うぉぉ………うあぁ」

 

 

 

 今しがた、一人の人間を殺傷したという事実と、手に残る猛烈な不快感。

 そして自らよりも強大だった筈の騎士と一騎打ちして勝利したという実感。

 今日の朝は、マーリンから受け取った槍を扱いきれるように頑張ろうと思っていたのに、もう振り回せるまでなってしまった達成感。

 そして、安堵した事により一気に襲いかかって来た疲労感。

 

 その全てがボーメインの肉体と精神をぐちゃぐちゃにしていくが——彼の前で情けないところは見せられない。

 興奮が収まって来た影響なのか、今になってジンジンと痛み始めた頭の負傷も、勝利の余韻となって何処か心地良い。

 

 ボーメインは一旦深呼吸をして身体を落ち着かせてから、ニコっと可愛げのある犬のような笑みを浮かべた。

 そのまま、頭から流れる血を拭いながら、槍を真上に振り上げる。

 

 

 

「やりました……やりましたよルークさん!! ちゃんと見ていましたか! 私はちゃんと勝ちましたよ!!」

 

「…………————」

 

 

 

 驚きを隠せないように硬直していた少年の姿が、ボーメインにとっての一番の報酬だった。

 普段は真一文字に閉ざされた口元が、今は僅かに開かれている。

 ボーメインが自らの力で勝ち取った、少年の人間らしい感情だった。

 

 

 

「凄いな……いや本当に凄いな。

 思わず見惚れた」

 

「えへへー……」

 

 

 

 ボーメインは思わず顔を破顔させた。

 今だけは、ガウェイン兄様に褒められるよりも嬉しい。普段なら極めて平静な筈の彼の言葉には、多大な畏怖と何よりの賞賛が含まれていたのだから。

 

 そして、同じくボーメインに畏怖を抱き、誰も重症を負わなかった事に安堵し——ボーメインに対して羨望と嫉妬を向けて、感情がぐちゃぐちゃになってしまった令嬢がいた。

 

 

 

「よかった……よかった」

 

「…………リネットさん?」

 

「そう、よかった……よかった事なの……本当に、よか……った」

 

「え、は——リネットさん!?」

 

 

 

 命が消えるかもしれないという緊張から解放され、自らの精神力で無理矢理なんとか誤魔化し続けて来た疲労が噴出する。

 そのまま、リネットはその場で気絶するように倒れ込んだ。

 しかし、彼女が地面に倒れ伏す前に、少年が抱き止めて支えた。

 

 

 

「あ、あの……ルークさん」

 

「別に命に別状はない。気絶してるだけだ」

 

「……………」

 

「ボーメイン。今日は付近の森で休息を取るぞ。馬もそろそろ限界が来ている。無理に進んでも余計に時間を消費する事になるだけだ。それに、リネット嬢の容態が悪化したら本末転倒だ。いいな?」

 

「はい、分かりました」

 

「それと、私の馬の代わりに黒騎士が乗っていた馬に私が乗る。連れて来て貰っていいか?」

 

「任せてください!」

 

 

 

 少年の言葉を受け、ボーメインは自らの馬と黒騎士の馬を呼び寄せようとして、その場を離れる。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 少年はボーメインが離れたのを確認してから、抱きとめたリネット嬢の服の袖を捲った。

 そこにあったのは10代後半に相応しい柔らかな肌と、肘から肩付近まで走っていた、火傷のような跡。

 

 しかし——ルーナはそれに見覚えがあった。

 何故なら、似たようなモノを自分も持っているからだ。しかし自らの肉体に刻み込んだモノとは明らかに性質が違う。そもそも、自分はそれを保有していない。

 自らの生命力を魔力に変換する回路ではない。魔術師が先祖代々から継承する遺産にして、刻印。

 

 何処か人工的に見れる火傷の跡が——魔術刻印を引き抜いたモノのようにルーナは思えた。

 

 

 




 
 
 
 猛り狂う乙女狼(イーラ・ルプス)

 ランク C++

 種別  対人宝具

 詳細

 馬上槍の技の冴えが宝具として昇華されたもの。
 怒濤の連続攻撃を叩き込んだ後、必殺の一撃を以って敵を貫く。
 過去、親友レディ・ライオネスを守るために戦った際には、ブラモー・ド・ゲイネス卿、ガリホディン卿、ガリハッド卿(ギャラハッドではない)、ディナダン卿、ラ・コート・マル・タイユ卿、サグラモアー・ル・デジラス卿、ドディナス・ル・ソヴァージュ卿、アイルランドのアグウィッサンス王、スコットランドのキャラドス王、ゴール国のユーリエンス王、バグデマグス王といった名だたる騎士をなんと槍一本で倒してみせた。

 またある時、アーサー王に対して馬上槍試合に挑んだ際には、その戦いぶりを王から『猛り狂う狼』として讃えられたという。






 猛り狂う天稟狼(イーラ・ルプス)

 ランク B++

 種別  対人・対軍宝具


 詳細

 肩を負傷したサー・ルークの代わりに、自らよりも強大な黒騎士と相対した際に開眼させた、馬上槍による槍術。
 後に、獣狩りのパロミデス、聖騎士パーシヴァル、聖杯の騎士ギャラハッドすらも差し置き、円卓の騎士随一の槍の名手とまで周囲に言わしめさせた対人絶技。

 たとえ重厚な盾による堅牢な防御であっても、怒涛の連続攻撃を瞬間的に叩き込み続け、如何なる防御姿勢であっても必ず突き崩す。
 そして、相手がその防御を崩したその瞬間、必殺の一撃を以って敵を貫く。

 また、彼女が騎士としての歩みを進め始めた時、その絶技を以って、親友レディ・ライオネスを守るための馬上試合で、名だたる騎士達全てを槍一本で落馬させてみせたという逸話により、その絶技の冴えはさらに昇華された。
 故に、彼女の馬上槍による絶技は対軍宝具としての格すら保有している。

 対軍宝具として使用するには騎乗状態でなければならないが、敵陣を瞬足で駆け抜けながら、付近の敵に怒涛の連続攻撃をたたみ込み続け必ず馬から落馬させる。しかし、彼女は決して馬から落馬しない。

 また、この宝具は種別を問わず極めて魔力消費が小さく、さらに通常攻撃から流れるように宝具攻撃へと移れる為、白兵戦に於いて極めて攻撃性能が高い。
 この為、宝具の性質も相まってガレスを相手に防勢や守勢で白兵戦を行うのはほぼ不可能。




『保有スキル一部解放』



 ■■■■■■■ C++
 詳細【現在一部解放】


 彼女固有の■■■■、■■■■■■■■■。
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