騎士王の影武者   作:sabu

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 起承転結なのに前編ってどういう事!?
 となると思いますが許してください。ルーナとガレスのダブル主人公のイベントなので、二つに分割しないと厳しかったのです。主人公側の決着です。
 


第39話 サー・ガレスと焔の令嬢 結 前編

 

 

 

「無事ですか?」

 

「あぁ………」

 

 

 

 そんな事、言葉などにしなくても分かる筈だろうと、少年に問われて男は考えた。

 男の周囲にいる人々もそうだったが、まともな返答をする事が出来ない。人々の中で一番少年に近かった男だけが、僅かに反応を返す事が出来た。

 

 実際に、その子供が発している言葉から他者を慮る情緒は感じ取れない。

 単純に、此方側が把握出来ていないだけなのかもしれないが、少年の佇まいは終始平坦だ。

 監視役の黒騎士三人を音もなく暗殺しておきながら、その平静さと淡々とした言葉使いは、その年齢もあって気味が悪かった。

 

 

 

「他に監視役の黒騎士は」

 

「いや、いない。貴方が殺害した三人で全てだ。

 ……残りは、この城を取り囲む様に包囲している」

 

 

 

 両手に携えた宝剣の血を払いながら、少年は言葉を返す。

 その少年は、一撃で地に倒れ伏した黒騎士には一目も向けない。

 

 黒騎士達は反応すら出来ず殺された。

 一人目が、真後ろから迫った少年の一撃によって、背中から心臓を貫かれた。

 次に振り向いた二人目を、脇から心臓に通す様に剣を突き立て殺した。

 そして三人目が剣を引き抜いた瞬間、少年は二つの剣を頭蓋目掛けて投擲し、殺した。

 

 時間にして僅か数秒だっただろう。

 城に押し込められた人々にとって恐怖の象徴だった筈の黒騎士達は、人々が気付いた時には既に死んでいた。

 黒騎士を睨み付けていた男と、その周辺の僅かな人間だけが、何も出来ず死んでいった黒騎士達の哀れな末路を認識している。

 

 

 

「成る程そうですか。読み通りで助かった」

 

「貴方は……?」

 

 

 

 大前提として、助けに来てくれた人物である少年を前に、こんな子供が……という動揺を決して表に出さないよう注意しながら、男は少年の言葉に返した。

 なんとか城から逃亡する事に成功したリネット嬢の二の舞にならない様にと、黒騎士が城を包囲する様に天幕を張っているのに、この子供はどうやって潜入したというのか。

 

 男は知らない。

 その少年が、たった一足で数十メートルを無尽に跳躍し、音を置き去りにする程の速さで移動出来るという事を。勿論、音を置き去りする程の加速をすれば、激しい轟音が鳴り響くがそこは多少速度を調整すれば良い。

 

 魔力放出以外に、強化の魔術を愚直に鍛え続けた——彼女にとっては雷ではなく風の様に機動する事も容易かった。

 

 

 

「リネット王女の命を受け、救援に参りました。

 御父母と姉君のリオネス嬢は何処に」

 

「………………」

 

「どうしました?」

 

「あ、あぁいや。我が王と御息女のリオネス姫は城の最上階にいる。

 ……会ってどうするんだ?」

 

「彼らを一網打尽にする為に協力して欲しい事があります。

 王とその親族だけを連れて逃げるなんて事はしません。この国そのものを助けて欲しいと頼まれていますので」

 

「………………」

 

 

 

 相も変わらず少年は淡々と告げていた。

 確かに敵ではない事は分かる。その実力が信用に値するのも分かる。むしろ、その年齢では明らかに不釣り合いな戦闘能力を有する少年が、一体どこの人物であるのかも見当が付いている。

 この少年は、良くも悪くも有名なあのサー・ルークだろう。

 

 不審な点は一つもない。

 しかし、あらゆる面に於いて凄まじい違和感を漂わせている少年の佇まいが、男の返事を阻害していた。

 

 

 

「どうか協力をお願い出来ませんか。

 決して貴方達に肉盾になって欲しいと願っている訳ではありません。何か無茶をして欲しいと語る気もない」

 

「……………」

 

「別に私の事は信用しなくていい。私の力を利用してやるくらいの考えで構いません。勿論、子供がという同情も要らない。貴方達は自らの命を最優先にして欲しい。私の願いはそれだけです」

 

「……分かった。我が王の下に案内しよう」

 

「感謝します」

 

 

 

 男は少年の言葉に折れて、城の上層部への案内を開始した。

 結局、少年が信じられなかった訳ではない。この子供が言うには、それは何かがおかしいのではないかという疑念的な感情が多かっただけだ。

 感情を見せない喋りであるが故に、事実のみを告げている様な力強さは確かにあったのだ。それが、やや非人間的だったとしても。

 

 少年は黙って男についていく。

 周りからの困惑や好奇などいった奇怪の視線にはもう慣れているのだろう。

 

 

 

「無事ですか?」

 

「……あぁ、我らは無事だ」

 

 

 

 最上階の一室の扉を開け飛び込んで来た少年に、リネット王女の父親である王は思わず面食らう。

 娘であるリネットがなんとか城を抜け出し、キャメロットに救援を求めたのは知っている。

 しかし、それに応じたのが娘よりも小さな子供であるとは思っていなかったのだ。サー・ルークの逸話は、小国とはいえこの国にも届いている。しかし、実際に目にするのでは認識に歴然とした差があった。

 

 しかし、侮るなどは出来ない。

 異質であるが故に、誰もが一目を置かざるを得なかった。現に、目の前の少年には僅かな隙すらなく、身体から漂わせているのは血の匂いどころの話ではない。

 一体どれ程の夥しい数の命を殺せばこうなるのだろう。目の前の子供は死臭すら身に纏わせている。少年の足元には幾百もの死体がある光景すら幻視出来る程だ。

 

 少年のその平静さが、嵐の前の不気味な静けさの様にしか思えなかった。

 王となる昔、常に最前線で戦い続けて来た騎士として第六感——年老いた身となり、王となってからは錆び付いた筈の直感が、目の前の少年は極めて恐ろしい存在だと叫んでいた。

 

 

 

「リオネス嬢は」

 

「…………ッ」

 

 

 

 少年の言葉に、リネット嬢の姉であるリオネス嬢が前に出る。

 若草色のドレスを身に纏った、見る者に優しげな印象を与える姫君だった。しかし、リオネスも少年に対して僅かな恐怖を持ったのだろう。この国を助けに来たという事が分かっているとしても、その表情はやや強張っている。

 

 

 

「いえ、無事な様子を確認したかっただけなので、貴方に何かを協力して欲しいという訳ではありません。リネット嬢は貴方の事を心配して居られましたよ」

 

「……すまないな」

 

「お気になさらず。慣れています」

 

 

 

 様々な意味を含んだ謝罪だった。

 それが少年に伝わったのかどうかは分からない。

 

 畏怖以上に最大限の敬意を払う相手であると理解しながらも、彼は王として目の前の少年に接する事を選んだ。

 内心、何を考えているか分からない子供に押されている事を自覚しながら。

 

 

 

「まずはリネットの救援に応じてくれた事を感謝する。

 ……しかし、これからどうするというのだ?」

 

「リネット王女の願いはこの国を救う事です。

 ……間に合わなかったこの国の騎士達については申し訳ありません。代わりに今から私が貴方達を守り、私が貴方達を救います。決して一人の犠牲も出さず」

 

「……出来るのか?」

 

「出来ます」

 

 

 

 小さな子供が言うには不遜であると称しても良い。

 しかし、目の前の子供は現実を知らぬ愚者でもなんでもない事は明らかだった。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 王は、一室の窓から城下町の先にある平原を見やる。

 少年は暗殺者じみた芸当でこの城に潜入したのだろう。未だ、平原には城を取り囲む様に天幕が張ってある。

 

 

 

「この城を拠点に籠城戦か」

 

「はい」

 

 

 

 赤騎士とその部下によって城は鳥籠となった。

 しかし、今少年がここに来た事により、鳥籠は堅牢な拠点へと反転する。守らなければならない民もこの城に押し込められているが故に。

 

 

 

「———具体的にはどうする?」

 

 

 

 王は間違いなく、特級の劇物である少年に身を任せる覚悟を決めた。

 僅かにでも立ち振る舞いを間違えれば、そのまま呑み込まれてしまいそうな暴風。もしくは嵐。

 しかし、かすかな希望すらなく停滞したこの国の暗雲を吹き飛ばすには、その暴風になんとかして貰うしかもう道がないのも事実だった。

 王は実の娘よりも幼い筈の子供に、光を見出すしか他になかった。

 

 

 

「まずは城に繋がる全ての城門を封鎖して下さい。桟橋も即座に上げ、城下町から侵入出来る全ての道を消して下さい」

 

「…………どうやって彼らを撃退する。キャメロット本隊が来るまで籠城か?」

 

「いえ、私が全て殲滅します」

 

 

 

 そう言い放った少年に、王は僅かに目を見開く。

 少年は自らの言葉が虚言でもなんでもないのだと証明する様に、力を表し始めた。少年は手を虚空に向け、そしてその手から小さな稲光が周囲に走る。

 

 驚く王達が何かを反応するよりも早く、少年の手には巨大な洋弓が握られていた。人智を超えた神秘や奇跡を人為的に再現する術式。その一端だった。

 

 

 

「……魔術師か」

 

「いえ、私は魔術使いです。まぁその違いは今は関係がありません。

 私が城の頂点に居座り、この弓で敵兵の全てを射抜きます」

 

「……出来るのか?」

 

「出来ます」

 

 

 

 再三の言葉に対しても、少年はただ、事実を口にしているだけでしかないとでも言いたげなように淡々と告げた。

 王も、少年の意図を理解する。

 この城を、人々を守る為の拠点であり最適な攻撃を行う為の防壁にすると少年は告げているのだ。

 

 

 

「彼らがこの城にたどり着くまでに半数以上を私が倒します。更にそこから三割を城に侵入するまでの時間に倒します」

 

「残りの二割は我らが?」

 

「いえ、時間を稼いでください」

 

「………………」

 

「私一人では、どうしても全ての黒騎士を倒せるイメージが湧かない。間に合う気がして来ません。ですから城門を閉じた後、その門を完全に封鎖し固定して下さい。可能なら、堀の上から投石なりをして意識を逸らしてください」

 

「……………………」

 

「二分だけで良い。それだけの時間さえ稼いでくれたら、私が全てを倒せる」

 

 

 

 一切侮る事が出来ないと悟った相手だ。事実、少年の望む通りにすればその様になるのだろう。しかし、王は自らの無能を語らねばならなかった。

 

 

 

「すまないが……それは出来ない」

 

「……何故」

 

「他の城門を塞ぐ事は出来るが、正門を閉じる事が出来ないのだ。落とし格子の器具が錆び付いており、びくともしない。

 ……閉じる必要などないだろうと放っておいた我らの無能だ。笑ってくれて構わない」

 

「…………………」

 

 

 

 少年は何かの言葉を返すでもなく、僅かに顔を俯かせた後、窓から城を取り囲む様に張られた天幕を見る。

 

 使える時間は決して多くない。

 もうすぐに、ボーメインとリネット嬢が赤騎士の前に姿を現すだろう。それまでに……此方の準備は全て終えなくてはならない。

 赤騎士も狙撃で倒せれば良いが、恐らく弾き返す。結局、赤騎士と戦って勝つなら一騎打ちしかないが、此方は黒騎士達の相手で手一杯になる。だから、赤騎士はボーメインが討ち取って欲しい。

 勝つだけなら自分一人でもなんとかなると思うが、周囲の犠牲は避けられない。

 どうする——

 

 

 

「……他の城門は何故閉じられるのですか。正門以外は錆び付いていないと?」

 

「いや、他の門も正規には閉じられない。故に破壊する」

 

「私が……——出来ます」

 

 

 

 反応を示したのは、リオネス嬢だった。

 一瞬だけ浮かんだ恐怖の感情は、次の瞬間には消える。リネット嬢と同じ、強い意思を含んだ目をしていた。

 リオネス嬢は、何かの筒を手に持ちながら少年に告げる。

 

 

 

「妹から私達家系の魔術特性は活性というのだとは聞きましたか?」

 

「えぇ……それが何か」

 

「簡単な話です。どんなモノでも過負荷を与えたら壊れてしまうでしょう?

 その活性の力を使って、宝石を詰め込んだこの筒に力を込め続けて爆発させます。多少ではありますが、時間の調整も利きます」

 

「そんなことが……」

 

「……ですが、それくらいしか出来ません。後は肉体の治癒を早めるくらいですし、数回使えば私はもう動けません」

 

「………………」

 

「もっと大きな衝撃力になれば良いのですが、正門程の大きさの門を破壊するのにも至りません……ですから、正門は塞ぐ事が出来ません」

 

 

 

 門を閉じるという行為そのモノが命を削り兼ねないと悟ってしまったのだろう。少年はなんとか正門を閉じてくれと無理強いをする事なく、黙り込んでしまった。

 

 

 

「——私が出よう」

 

「え……そんな、お父様!?」

 

 

 

 事態が不穏になり始めた時、王は覚悟を決めた表情で立ち上がった。

 小さな子供に全てを託すのは間違っているだろうと、王は腰に携えた鞘から剣を引き抜く。

 

 想定していたのか、もしくはその案が今、頭の中をよぎっていたのか少年は怪訝そうにしながらも、動揺する事なく言葉を返した。

 

 

 

「何を」

 

「年老いた王と侮ってくれるな。これでも元は武者修行をしていた騎士の一人だ。時間稼ぎくらいはしてくれよう」

 

「………………」

 

「何、儂一人という訳でもない。この国の騎士のほとんどは殺されてしまったが、一人残らずという訳でもなかった。それに騎士ではないとはいえ、歳若く力に溢れた若者もいる」

 

「……死ぬ気ですか」

 

 

 

 表情を一切変えなかった少年が、僅かに思い詰めたような言葉を反応したのを見て、王は安心した。

 あぁ、良かったと。この少年は決して心無き殺人人形ではなかった。

 ならば、年老いた身としてこの少年に憂いを残してはいけない。

 

 王は少年を安心させるような小さな微笑みを浮かべ、言葉を返す。

 

 

 

「この国は決して終わりではない。君が救ってくれるのだろう?

 ならば安心だ。次代に紡がれる芽が健在であるならば、何の心配もいらない」

 

「————ッ」

 

 

 

 王はリオネス嬢を一目見ながら少年に告げるが、少年はその首を縦に振る事はなかった。ギリッと、遠くからでも分かる程の歯軋りの音が聞こえる。

 

 少年は——少女は決して王の言葉には同調しなかった。

 少女はその思考を止める事なく、考えうる限り最速で思案を張り巡らしていく。

 

 考えろ、どうすれば良い。

 どうすれば、もっと早く彼らを殲滅出来る。

 どうすれば、一人も犠牲を出さずに彼らを殺せる。

 どうすれば、僅かにも運を天に任せる事なく、彼らを一人残らず確実に殺せる。

 

 僅かに思考を止めることなく、少女は抗い続けた。

 そして見た。魔術という神秘に身を預け、竜の炉心という魔力制御の術を磨き続けたが故に、少女は認識する。

 王が持つ剣が、神秘を有する宝剣である事を。

 

 

 

「…………その剣は」

 

「この剣か?

 この剣は、私がまだ未熟な青二才であった時、ウーサー・ペンドラゴン陛下から賜った物だ」

 

「——……は?」

 

「何の因果か、この剣にも活性という力がある。

 所有者の力を増幅させ、力を込めれば込める程に斬撃の威力が増すというな。

 ……もしかしたら、この剣と我が妻の家系の魔術を狙ってこの国が襲われたのかもしれんな」

 

「…………剣の名は」

 

「ジョワイユ、という」

 

 

 

 だから、この剣があれば年老いた身でも戦える、と王は告げたが——彼女の耳にはその言葉が入っていなかった。

 情報の羅列が、この世界では彼女しか知らない知識の群れが、頭の中で瞬間的に組み立てられていく。

 

 

 

「……そうか。こう繋がって来るのか」

 

「どうした……?」

 

「いえ。ランスロット卿が持つ【無毀なる湖光(アロンダイト)】と似ているなと思っただけです」

 

「……成る程、確かにそう言われればそうかもしれん」

 

 

 

 王と見当違いの話をしながら——少女はイメージを重ねていく。

 頭の中で、寸分の狂いもなく、その情景を思い浮かべる。

 

 活性。成る程、最高の機能だ。

 力を込めれば込める程、その力が増していく。最適な機能だ。

 なら、さらにそこから力を込め続け、限界以上の過負荷を刀身に与えて——その力を爆発させる事が出来れば?

 

 

 

「………………」

 

 

 

 出来るかどうかは分からない。

 イメージが出来るだけ。

 しかもぶっつけ本番。

 

 

 ——いいや、絶対に出来る。

 

 

 頭の中の何かがそう叫んだ。

 そう、イメージは出来てる。なら後は同じ。内側のイメージを外側に押し出して投射すれば良い。いつもと同じじゃないか。弓も魔術も私はそうだった。

 いつもと同じなのだから出来ない訳がない。

 

 それに、自分を超えるなんて事、ボーメインはやったじゃないか。彼女がやったから自分にも出来るなんて思い上がりではない。ただ、彼女に情けられないところは見せられないだけ。

 だから——やれ。

 

 

 

「……申し訳ありません。三つ願いがあります」

 

「なんだ」

 

「一つ目ですが、やっぱり貴方達の支援は要りません。僅かに残った騎士達や、力溢れる若者を正門に当てて、時間稼ぎの為に死ぬなんて事は止めて下さい。

 後、正門付近……いや城の前方側には誰も充てないで下さい。全員、後方側に避難を」

 

「……………」

 

「二つ目。私は黒騎士を半数討ち取ったら、後はひたすら足止めに徹して彼らの怒りを引き上げ、冷静さを欠きます。発狂するくらいにまで。

 そうして、彼らが正門に差し掛かった際、桟橋を崩して下さい。正門を破壊出来なくとも、桟橋なら足組みの起点を破壊して崩せるでしょう」

 

「……それでは、足止めにしかならんぞ」

 

「えぇ、足止めだけで良い。彼らを城の堀に留めさせて置ければそれだけで構わない。その瞬間、黒騎士達は城の堀という一点で、確実に足が止まる。

 その僅かな時間……その時間だけで、私が全ての決着を着けます」

 

 

 

 王の疑念を無視し、彼女は言葉を重ね続けた。

 僅かな時間すら今は惜しい。

 集中する為の時間が欲しい。

 

 

 

「そして最後の願いですが——」

 

 

 

 彼女は、その情景を完璧に再現する為に告げる。

 

 

 

「——その剣を、今私にください」

 

 

 

 もっと早く、より確実に彼らを一網打尽に出来る、必殺にして使い捨ての絶技。意思も誇りも理念も無視した、ただ破壊力のみを追求した一射。

 彼女はその情景を——自身に投影し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳障りな音が離れない——

 

 周囲から聞こえてくるのは、味方の苦悶の声。

 そして"雨"の音。しかし、その音がただの雨の音ならどれほど良かっただろうか。その雨の音は矢が降り注いでいる音だ。

 いやそれすらも正確ではなかった。上空から降り注いでいるのは矢の様な型をしただけの剣だったのだから。

 

 

 

「クソッ、クソッ! アアァッッ!! クソがぁぁぁあ゛あ゛あ゛!!」

 

 

 

 隣の黒騎士が苛立ちと死の恐怖、そして事態が一切好転しない事に焦ったのか、発狂したような罵声を叫んだ。

 発狂した黒騎士は、一か八か盾を放り捨て、今は僅かな希望の光にすら思えてくる開け放たれた城門へ走り込もうとして——次の瞬間に死んだ。

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 一切の慈悲なき攻撃と、焦って我を見失った味方の黒騎士の末路に歯を食いしばる。

 しかし、皮肉にも味方が生贄になってくれて一瞬だけ和らいだ剣の雨の合間に、彼は確実に一歩を進めた。

 

 

 耳障りな音が離れない。

 

 

 戦場の方が何倍もマシだった。

 放たれた剣が盾に当たる衝撃。弾かれた剣が地面に当たって鳴り響く甲高い金属音。味方の悲鳴。付き纏い続ける死の気配。

 それら全てが、黒騎士達の精神力を確実に、そして少しずつ削り続けていた。

 

 今は、死の雨をただ耐える事しか出来ない。

 僅かにでも盾を上方の弓兵から逸らせば、待ち受けているのは死だ。

 

 そしてその死とは、黒騎士達の後方でゴミのように打ち捨てられている味方の哀れな末路と同義になるという事だった。

 後方にある黒騎士の死体には、身体中から剣が生えたように見えてくる程に、至るところに剣が突き刺さっていた。

 次の瞬間には、自分はあのような死体になっているかもしれない。その恐怖を克服出来た者は、誰一人としていない。

 

 

 

「クソッ…………クソッ!!」

 

 

 

 黒騎士達が、城まで後半分まで来たという時に、少年は攻撃方法を変えた。

 盾すら貫通する、一撃に特化したレイピアの様な剣を放つ事をやめ、ひたすらに掃射を繰り出し続けたのだ。

 

 此方を確実に殺す手段を取らなくなった事に、様々な思案をしながらも、黒騎士達は死に至る手段が消えた事に僅かに安堵する。しかし、真の恐怖を黒騎士達は理解出来ていなかった。

 確かに防御すれば確実に身を守る事は出来る。しかし——前に進めない。僅かな切れ目すらなく放たれ続ける攻撃は黒騎士達の足を止め、体力と精神力を削り続ける事だけに集中し始めた。

 

 そうやって焦った者、もしくは体力の限界が来て、上方に盾を構え続ける事が出来なくなった黒騎士に向けて、雨の如き掃射が集中して圧死させられる。

 一撃に特化した攻撃ではないとはいえ、放たれているのは通常の木の矢とは比べモノにならない衝撃力と威力を持った剣。盾で防ぐ事が出来なければ、僅か数秒にも満たない間に、数十の剣が突き刺さった死体が出来上がる。

 

 そして、味方が一人死んでいる間に、黒騎士達は歩を進める事しか出来なかった。

 ジリジリと摺足するように城まで進む事は出来る。しかし、残りはたった十メートル程の距離が、あまりにも遠く感じられるのだ。

 閉じられていない正門が、今は救いの扉にすら思えて来ていた。

 

 確かに殺しの効率は悪くなったかもしれない。

 百人近い騎士の中から、確実に一人一人ランダムで殺されていくという恐怖も、今はない。

 しかし、黒騎士全体が疲弊させられている。

 

 

 

「——殺してやる。絶対に殺してやる」

 

 

 

 その男はひたすらに耐え続けた。

 怒り、恐怖、焦り。それら全てを上方の弓兵への殺意と変えながら、彼は耐え続ける。

 

 また、隣に居た騎士が放たれ続ける剣を盾で抑えきれなくなって死んだ。

 その隙に、男は進む。

 

 また一人、前方を進んでいた騎士が発狂して、残りたった2メートルまで差し迫った城門へと飛び込もうとして、無慈悲に殺された。

 その隙に、男は進む。

 

 

 

「後少し……後少しッッ!」

 

 

 

 桟橋に足が乗った。残り数メートル。

 一体何人が死んだのだろう。もう半分以上は死んでいる。それでもまだ五十人はいる。五十人で一気に飛び込めば……ダメだ。そんな事を判断出来る精神力などはもうない。協調性は既に消し飛んでしまった。

 

 

 

「後一歩ッッ!!!」

 

 

 

 剣の雨が強くなって来た。

 その一歩が遠い。僅かな摺足すらもがキツい。

 

 

 

「———ッ!」

 

 

 

 男はようやく城門まで足が届こうとしていた。

 

 ——だが、思考を冷静に研ぎ澄ませていた男でさえ、終始身体を襲っていた恐怖と、見せつけられていた僅かな希望に意識を奪われてしまっていた。

 周囲の誰もが、自分が一番剣の雨の攻撃を防いでいると思っていただろう。

 しかし、雨の如き掃射にはムラがあり、黒騎士達の進軍を操作し、足並みが揃わせられていた事など誰もが認識出来ていなかった。

 生き残りの黒騎士達は全員、桟橋に乗っている。

 

 

 

 ——Anfang(セット)

 

 

 

 それが彼ら、黒騎士達の運の尽きだった。

 足元から耳を劈かんばかりの轟音と共に、黒騎士達を襲うのは思いもよらなかった浮遊感。桟橋の支える起点の柱が爆破され、黒騎士達は城の堀に落下していく。

 

 

 

「…………ぐぅぅ、ぁあ」

 

 

 

 数メートル落下した騎士達への衝撃は、剣の雨によって疲弊していたのもあって簡単に立て直せるモノではなかった。しかし、男は罠に嵌められた事への怒りによって平静を欠く事なく、誰よりも早く体勢を立て直した。

 まだ死んだ訳ではないのだ。まだ自分は剣を振る事が出来る。ここから登り直せば、城門には辿り付ける。そして必ず、この手であの弓兵を——

 

 

 

 

 

 

 

 ——基本骨子解明

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、男は上を向いてしまった。

 落下の衝撃で気絶出来ていればまだ幸せだっただろうに、堀に落下した自分達に剣が飛び込んで来ないのを疑問に思って、城門ではなく弓兵が佇んでいる櫓に目を向けなければ良かったというのに、男は上を向いた。

 

 男のありとあらゆる行動が停止する。

 思考も呼吸も、肉体活動の全てが止まり、男は上方にて、竜の咆哮の如き荒れ狂う力を認識してしまい、彼は否応なくその場に縫い付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

  ——構成材質暴走

 

 

 

 

 

 

 

 弓兵は僅かに青く輝く剣を矢に番えていた。

 たったそれだけの、何の変哲もない行為。

 しかし、理解しない方が幸せで居られたのに、彼はその剣が今までに放っていた剣とは比べモノにならない程の力が込められているモノだと理解してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

  ——創造理念収束

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、今から訪れるであろう災厄を予見してしまう。

 周囲の魔力全てが、弓兵が握っている剣に向かって落下して集まっているのではと思える程の力が、剣を中心に渦を巻き、うねり、そして収束している。

 可視化出来る程に束ねられた、おぞましい魔力の猛り。その力、円卓達が保有する聖剣や宝剣の完全解放にすら比肩出来るだろう。それだけの荒れ狂う力が、此方に切先を向けていた剣にはあった。

 いや、分からない。もしかしたらその武装達の方がまだマシだったのかもしれない。

 

 その証拠に、弓兵の手にある剣から淡い輝きが消えていく。

 そして、まるで剣そのものを塗り替えていくかのように、ヒビのような赤い線が刻まれていった。そのヒビから不気味な光が漏れだして剣を包み込んでいる。

 噴火する寸前の火山のように、その剣は恐ろしく不気味だった。

 

 

 

 

 

 

 

  ——蓄積魔力臨界

 

 

 

 

 

 

 

 限界以上に張り巡らされた魔力は臨界点すらも超え、周囲の大気が悲鳴を上げる程の魔力が剣という型を徐々に自壊させていき、その残滓が剣の内側から漏れ出し始める。

 大気が歪み、空気そのものを侵食するとでも言わんばかりの魔力。

 それが元は剣であったと認識するのは難しい。剣という型をなんとかギリギリ保っただけの、赤い光となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ——我が錬鉄は崩れ歪む

 

 

 

 

 

 

 

 周りの黒騎士達は落下の衝撃で意識を失うか、発狂寸前にまで精神を削られていたが故に、その荒れ狂う力を認識する事も出来ず、死が訪れるその瞬間を認識しないで済んでいたのに、彼の意識は不幸にも鮮明さを保ったまま、災厄を放つ最後の一句を聞いてしまった。

 そして、その真名すらも彼は聞いてしまう。

 

 次の瞬間には、自分をも巻き込んで爆発してしまい兼ねない魔力の猛りをその手に握りしめながら、しかしその人物には僅かな焦りもない。

 荒れ狂う力の一切を周囲に分散させる事なく指向性を持って放つ為、残酷な程に淡々と、その真名は言祝がれた。

 刻まれた誇りや想い、世界に満ちる神秘や幻想を骨子とする武装を、ただの使い捨ての弾丸とするその真名。

 

 其は——

 

 

 

 

 

 

 

  ——壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)——

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込んで来た赤い光を最後に、男の意識は世界から永遠に消えた。

 

 

 

 

 




 

[武装解説]

 ジョワイユ

 詳細


 語ってしまうと、Fate世界についてや原典についての話、シャルルマーニャ伝説に於いてローランの歌で、ランスロットが保有していたとされたアロンダイトとの関係や、シャルルマーニュ本人が所有していた、ジョワユーズ等の話にまで広がってしまうので大部分は割愛。
 本作の間では、原典に於いてランスロットが使っていた剣という認識さえあれば大丈夫だと思われる。
 実は宝具としてのランクや真名も設定していたのだが、もう二度と出てこないので没設定行き。

 この世界線では、サー・ランスロットの扱っていた剣ではなく、サー・ルークが一度だけ使用し、剣の真の力を解放した為に壊れてしまった剣、というような感じで後世に伝わる。



[詠唱解説]

 壊れた幻想

 詳細

 
 詠唱じゃなくて前口上かもしれないが、一応詠唱で統一する。
 最初の四節はstay nightより衛宮士郎の投影の心得とエミヤが使用した壊れた幻想の描写、FGOの千子村正の台詞を混ぜ込んで、ルーナ視点で若干アレンジしたモノ。
 我が錬鉄は崩れ歪む、はExtra-CCCより無銘の戦闘ボイスから。とある理由により、ルーナの場合は我が骨子は捻じれ狂う、と詠唱しない。
 
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