決着編です。この後後日談を二つとプロローグを挟んだ後に私が描きたいモノに入ります。広げた風呂敷を回収し始めるフェイズに入ります。色々加速していきます。
文字数的にも多分、生前編半分くらい終わったかな……?
赤騎士は、すさまじい衝撃力を終始失う事ない刺突と、縦横無尽に振り払われる槍の一撃を見て、ボーメインへの驚愕と畏怖の念を高めていた。
明らかに体躯に合っていない長大な槍だというのに、目の前の若者はその槍を片手で振り回す。自分自身が槍に振り回されてもいない。その技量と体力は、思わず空恐ろしくなる程だ。
そして何より、ボーメインの防御力は赤騎士を以ってしても見張るモノがあった。
未だ十分と時間は経っていないが、赤騎士が放った攻撃には、並の騎士ならその一撃で勝負は決まっていただろうと確信出来る必殺の一撃が幾度と含まれていた。
しかし、ボーメインは未だに倒れず、その盾の守りは未だ堅牢である。
そして、僅かでも隙を晒したその瞬間、ボーメインは確実に回生に至る為の一撃を放って来るのだ。未だその一撃は真に届く事はなくとも、赤騎士には少なくない傷が出来ている。
赤騎士は今、目の前の若者は油断ならない脅威であると意識を正していた。
しかし、倒さねばならない本命は別にいる。
赤騎士はボーメインを脅威と認識しながらも、一秒でも早く眼前の敵を倒す為に、一撃一撃の力を必殺にまで高めていった。
そして、ボーメインも赤騎士と同じく、驚愕と畏怖に息を呑んでいた。
しかし——それは赤騎士に向けた念では決してない。
赤騎士がボーメインを正しく見ていないのと同じように、ボーメインも赤騎士を正しく見ていなかった。赤騎士越しにボーメインが見ている場所は、あまりにも気が遠くなる程に、遥か彼方の場所だった。空の先にあるモノを見なければならないのに、空は未だに遠い。
ボーメインは——ガレスはイメージする。
ひたすらにイメージを重ね、自らの心の奥底まで焼き付いたあの情景をイメージして——その地点で止まる。そこからの進み方が分からない。やり方が、ずっと分からない。
ずっと、それを行なっている自分の姿だけが想像出来ない。
「…………ぐ……ぅぅッ!」
赤騎士の攻撃を防ぎ、そして受け止めながら思案を続けていた。
戦闘中に意識を別の場所へ飛ばすなど、明確な隙になるだろうとガレス自身が理解していながら、その思案とあの日の情景を彼女は思い出し続けていた。
そうしなければ、赤騎士には勝てない——
赤騎士の攻撃は自分自身の一撃よりも重く、そして鋭い。さらに体躯の違いもあって、赤騎士の方が長く戦闘が出来るだろう。今は拮抗して、戦況に流れは出来ていないが、いずれは此方側が攻撃を受け切れなくなってしまうだろうとガレスは確信していた。
だから、彼女はイメージを重ねる。
自分が目指すべき場所。至らねばならぬ地点。やらなければならない、その方法。
目を閉じれば、あの日の光景を寸分の狂いなく思い浮かべられる自信がある。それくらいに脳裏に焼き付いているのだ。忘れる事の方が難しい。
だから——イメージは出来ている。
でも、どうしてもその地点から進む事が出来ない。
どうやっても、あの光景を自分自身に投射する事が出来ない。
あの日、あの場所の光景を見てから、思い出さない日は一度もなかった。
厨房で下働きをしている日も、キャメロットで我武者羅に周りの騎士達と槍試合に挑んでいた日も、少年の代わりに黒騎士と戦っていたあの瞬間も、黒騎士との一戦に疲れ果てて眠りに落ちるその瞬間さえも。
ずっと、ずっとガレスは思い出し続け、そしてその光景に自らを至らせようとしている。
サー・ルークとサー・ランスロットの一騎打ち。
きっと、これからの生涯どれ程の一戦があろうと、あの日キャメロットの庭園で繰り広げられたあの一戦を超える事は出来ない。
ガレスはそう確信している。彼女はあの戦いで今までの価値観や想いがガラガラと崩れさり、魂から焦がれる程の光を見た。
あの戦い、見る人によっては思わず身を引いてしまう程に苛烈で、野蛮だと揶揄する者もきっと居るのだろう。
それ程に恐ろしく、そしてサー・ルークとサー・ランスロットの戦いは騎士の誉れたる美しさを持った戦いではなかった。
しかし、あの戦いにはあったのだ。
凄まじい程の執念と意思。並大抵のモノでは呑み込まれてしまうだろう心の揺らめきが。ガレスの魂の奥底にまで焼き付くくらいに、尋常なき執念を誇ったあの戦いは激しかった。
一騎打ちというより、互いに譲れぬモノを競い合う決闘と称した方が良い。
どんな想いを抱き、それを腐らせる事なく、そこに至るまでどんな生涯を歩めばその地点に立てるのだろう。
力と技。互いに相反するモノ同士なのに、何故か噛み合っていたのは、きっと互いに比肩出来るだけの並々ならぬ想いがあったからだ。
——勝ちたい。あの人の様になりたい。
魂から焦がれる程の想いだった。
憧れの少年は、ガレスにとって想像以上の存在で、今も近くで戦い続けているだろうその姿は、ずっと狂いなく輝く星のままだった。
生涯を捧げても良いと本気で思える程に羨望した。
島一番の騎士は、人としての限界を迎えながらも、未だ際限なく極められ続ける武練の誉れを持った、理想の騎士だった。
ランスロット卿と関係の良いガウェイン兄様と、少年と気が合うアグラヴェイン兄様が、今は羨ましい。
——あの子に勝ちたい。ランスロット卿の様になりたい。
ガレスは何よりも望む。
だからこそ、ガレスはあの日の情景をイメージする。
ならば、この戦いは一体なんだ……?
赤騎士との一騎打ち。自らよりも強大な相手との決闘。あの日、ランスロット卿はその無窮の武練を以ってして、自らよりも強大だった筈の相手を倒した。
ならば、今は自分の立場があの日のランスロット卿で、赤騎士があの日の少年なのだろう。
故にこそ——この戦いは一体なんだ?
少年が放つ攻撃は、一つ一つ全てが必殺の一撃だった。いいやそれどころじゃない。嵐のように激しい攻撃は、生半可な防御ではその盾ごと、相手を一撃で再起不能にさせる。
しかし、ランスロット卿は盾を持ってすらいないのに、その全てを正面から受け止める事なく剣だけで弾き返す。
一方は、あまりに激しくも極めて合理的。一方は美しく流麗で限界まで実戦的。
互いが放つ超高速の剣戟は、もはやまともに視認するのは不可能。ただ、二人が激突しあって生まれる余波を見届ける事しかガレスには叶わなかった。
しかし、今平原で鎬を削り合っている二つの騎兵には、焼き付くような美しさはなかった。この戦いを側から見ていたら、きっとすぐに飽きられてしまうだろう。
騎士の誉れたる一騎打ちではあるかもしれないが、所詮はありふれたモノ。ただ泥臭い戦いなだけ。
赤騎士が撃ち出す攻撃は、一回でも正面から受け止めてはいけないと思える攻撃ではない。重厚な盾による防御でガレスは耐え凌いでいる。
故に赤騎士は、相対するガレスですら見誤りそうになる奇抜な槍術を以って、時に予想外の角度からの攻撃を放ち、ガレスの盾を食い破ろうしている。
でも——それだけ。
少年だったらそんな事はしない。
する必要がないからだ。戦闘の流れや匠な技術に頼る必要もなく、少年の一撃は全て必殺。彼には防御などまともに意味を成さない。盾ごと吹き飛ばされて終わり。
ランスロット卿であれば、相手の攻勢やその武練を読み取り、僅かな隙を晒した瞬間に赤騎士は敗北するだろう。
奇抜な槍を弾き、返す刃で首を切り落として終わりだ。
しかし、ガレスにはそれが出来ない。
赤騎士が隙を見せれば、確かにガレスも一矢報いろうとしている。
だがそれが回生の一撃とはなれない。精々擦り傷を与えるくらいだった。
「———あぁ、遠いなぁ…………」
悲しむような、悔しくて泣きそうになるような、そんな表情をガレスは思わず浮かべてしまった。戦闘中に一体何を考えているんだと、赤騎士は疑念と警戒を抱きながらも、ガレスの防御を破る為に、槍を剣のように叩き付ける。
しかし、ガレスはその一撃を盾でパリィするように弾き、赤騎士の顔目掛けて槍を振るった。
だが無情にも、その一撃は赤騎士の頬に切り傷をつけるだけに終わる。赤騎士とて、カウンターで簡単にやられるような真似をしない。再び、戦況は拮抗し始め、槍と盾の応酬に戻った。
——ほらまただ。
届かないし、相手も私に届かない。
自分と赤騎士。そのどちらかがあの二人なら、もう此処で終わらせていた。
かの騎士との決闘に、運や攻勢の流れなど関係はない。
勝利へと斬り込む事が可能になった瞬間、ランスロット卿は勝利する。円卓の最強の称号はそれ程に重く、また激しい。
あの子なら私はもう死んでいる。
少年の一撃は竜が腕を振り下ろすのと同義だ。加護や祝福があっても厳しいと言わざるを得ないというのに、何もないこの身では、攻撃を盾で受け止めたら、盾ごと腕が砕け、内臓にすら衝撃が響く。
隙があったら、二人はもうそれで終わらせて来るのだ。
「——ぐぅぅぅうあぁぁぁぁぁ!!」
ガレスは雄叫びを挙げながら赤騎士に飛び込んでいった。
そうしなければ、心が折れそうになっていた。
遠い。あまりに遠い。
今戦いを繰り広げているからこそ、否応にも分かってしまう。比べてしまえば、自分がどの程度の位置にいるのかが把握出来てしまう。
どうやっても、この戦いは人間の範疇でしかなかった。
踏み込んだ足が大地を穿つ事はない。
空振った攻撃の一撃に、大気を揺るがす程の風圧がない。
叩き付け合う鋼と鋼から、閃光の如き火花が散る事はない。
放つ攻撃に目を見張る様な軽やかさがない。
周囲を圧倒する力の奔流を斬り流すような鋭さがない。
破壊的な力に間に合わせるだけの技術がない。
赤騎士と自分の戦いには、人智を超えたモノ同士が持つ美しさは何一つ見当たらなかった。
互いに明確な隙があり、改善する必要があるモノは沢山ある。互いに傷だらけで、血と汗の気配が消えない。
しかし、あの二人の戦いにはそれがなかった。
ランスロット卿の方は言わずもがな、少年の方にすらなかった。というよりも分からないのだ。同じ地点に立っていないガレスでは。
ガレスでは、あの二人があの場所からどう発展していくか分からない。
ランスロット卿は武練を極められながら、アレは未だ高められている。少年の攻撃は酷く荒々しいだけのように思えて、明確な隙なんて絶対に見せなかった。
だから、二人は相反しているのに噛み合ったのだ。
その証拠に、二人は勝負が決まるその瞬間まで互いに無傷だった。
周囲の惨状は激しい戦争があったかの如くボロボロなのに、その場に立つ二つには擦り傷一つない。だから——激しいのにずっと美しかった。
神話の戦いはああいうモノを指すのだろう。
英雄というモノは、きっとあの様な人をそう呼ぶのだろう。
——じゃあ、無理なのか?
「…………ッ」
戦闘中にあるまじき場所へ思考を飛ばしながら、ガレスは赤騎士に喰らい付く。止めた方が良いのは分かってる。しかし、湧いた考えはそう簡単に止まらない。
憧れた。
兄弟の華々しい活躍に。一つの時代で無双を誇る騎士に。そして、今から凄まじい生涯を世界に刻むだろう、自分よりも歳下の子供に。
だって、カッコ良かったんだから仕方ない。女だからどうとか、色々な疑念や不安がどうでも良く思えるくらいにカッコ良かったから。
しかし、そんな彼らは神話や伝承の人物達に一切引けを取らない英雄達だ。
血を吐く程の研磨と類い稀な幸運の二つを身に付けようと、常人では隣合う事など不可能。
その果てしなさは、今身を以って理解している——
「———ッ!」
「…………ぐぅぅ、ぁぁ」
思考を飛ばし続けていたのが仇となったのだろう。
体当たり気味に攻撃を仕掛けて来た赤騎士の槍の一撃を受け、ガレスは明確な怯みを晒してしまった。その隙を、赤騎士は見逃してくれなかった。
槍の穂先を使った薙払い。なんとか致命傷は避けられたモノの、黒騎士の一戦に出来た頭の傷が完全に開いた。遠心力をも含んだ槍の一撃を受け、ガレスは倒れてしまう。頭から流れる血が、気持ち悪いくらいに鮮明に感じられた。
「………………」
赤騎士は地に伏したガレスに向けて、槍の狙いを定める。次の一撃で死に至らせるつもりだった。狙うのは心臓。
時間が許す状況ではないとはいえ、頭ではなく身体の内側にあって狙いづらい筈の心臓を選んだのは、予想以上の強者であった人物に向けた、赤騎士なりの敬意でもあった。
赤騎士のその様子を眺めながらも、ガレスは頭を打った衝撃で立ち上がれない。身体が重く、頭が上手く働かなかった。
しかし、その澱んだ意識の中でも脳裏に浮かんで来るのは——夢にまで見るあの二人だった。
「(……ランスロット卿だったら今この瞬間にも一矢報いる攻撃を繰り出すんだろなぁ……ルークさんなら、あぁうん。こんな事考えられる訳がない。もうこの瞬間に、絶対に首から上が吹き飛んでいる)」
イメージは出来ている。出来るだけ。自分がもしもあの人だったら。しかし、自分はランスロット卿ではない。決して別の誰かにはなれない。
イメージを重ねるなんて、意味のない仮定でしかなかったのだろうか。もしくは、常人が英雄を夢見るなんてあまりに無謀だったのだろうか——
「(…………私、ここで死んじゃうのかな)」
上手く隠していた筈の弱気な自分が現れる。
ずっと城の中で燻っていた頃の自分が表に出て来る。
いつもそうだった。
優雅と言えば見栄えはいいが、何も成せず己を腐らせていただけ。城の一室で、兄弟の華々しい活躍や逸話を耳にしては、自分の身を比較する。
それが自分の事のように嬉しかったのは事実だ。でも、最後に思うのは必ず、自分はなんなのだろうという考え。そしてそれを、女性の身だからしょうがないと逃げて来た。
「(…………私は逃げていた)」
そう。逃げ続けた。
あまりにも輝かしい栄光の光から思わず目を背けた。自分には無理だろうと。でもそれは長くは続かなかった。自分の意識が明確に変わった日をガレスは良く覚えている。
兄弟の活躍を町の広場に広める詩人が、珍しく兄弟の逸話を語らず、無名だった筈の子供の名を広め始めたその日。ガレスにとっては今まで胸を覆っていた暗雲が、何処かへ吹き飛んでしまったその日。
男だからとか女だからとかという価値観がガラガラと崩れてしまった。
性別の差を考える以前の話だったから。一桁の年齢で騎士になったなど、あの少年以外にはいないだろう。多分、もうそんな人間は現れない。
その衝撃は、きっとあの少年には分からない。伝えようとも思わない。ガレスにとってはそれ程なのだから。
——でも一つだけ。たった一つだけ、あの子に伝えたい事がある。
「——何してんのアンタ!」
声がした。
酷く我儘で自分勝手に思える令嬢の声。でも最近は、なんとなく労るような声色や視線を表に出すようになった令嬢の声。
リネットは倒れ伏したボーメインに向けて張り叫ぶ。
その激情は、狙いを定めていた赤騎士の意識を逸らす程だった。
「ふざけんじゃないわよ! なんで戦わないの! なんで諦めたフリをしてるの!
——アンタはこんなところで死んで良い奴じゃないでしょ!?」
励まされているのか罵られているのか、一体どちらか分からない。しかし、リネットの何よりの懇願が含まれているようにガレスは感じられた。
死ぬな。傷付いているのは彼女ではない筈なのに、まるで自分自身が傷付いているかのようにリネット嬢は叫ぶ。
そう、このままでは死んでしまうのだ。
死んだらどうなる?
道半ばで、何も成せず、何も残せず死んでしまう。まだ、ランスロット卿とあの子と同じモノを見れていないのに。
嫌だ。それだけは嫌だ。
……いいや、いいや違うだろう。それ以前の話だ。
私はまだ、本当の名前すら告げてないじゃないか——
「(——あぁ、そうだ。ルークさんに私の本当の名前を言ってない。誰にも、私の本当の名前を伝えてない)」
ハッとなって気付いたガレスの想いも虚しく、赤騎士が槍を放った。
戦闘中の場合ではただただ愚直な槍の突き込み。しかし、地に伏したガレスにとっては最速で死に至ってしまうだろう、明確な殺傷力を秘めた一撃。
長い戦いで疲弊し、地に伏した身体ではまともに避けられない。
じゃあ——ランスロット卿ならこの瞬間どうする?
「うぁぁぁああア゛ア゛ア゛!!」
「……………ッッ!?」
倒れ伏した身体のすぐ近くに、マーリンが押し付けて来たと言っても良い槍が野晒しにされていた。
ガレスはその槍を逆手に取りながら、赤騎士の一撃を真上に弾き飛ばした。
まさかこんな身体で抵抗されると思っていなかった赤騎士は、不意を突かれたのもあって体勢が乱れる。
——しかし、体勢が崩れているのはガレス自身も同じ。
——攻勢に回るチャンスではないと理解したガレスは、その隙を攻撃ではなく回避に使う。
逆手に持った槍による斬り上げの遠心力を利用して、ガレスは地を転がって赤騎士の間合いから逃げた。
無様だとは思わない。赤騎士が、そうしなければ勝てないくらいの人物だったというだけ。
……あぁでも、未熟ではある。
ランスロット卿だったら、もう体勢を立て直していた。少年だったら、目にも止まらぬ速さで身体を立て直して、未だフラフラとする自分を無慈悲に吹き飛ばすだろう。
……遠いなぁ。
でも、むしろ遠くて良かった。簡単に辿り付けてしまう場所だったら、此処まで憧れなかっただろうから。
遠くて良い。もしかしたら届かないかもしれない。でもそれでも良い。同じ場所まで行けないからと諦めるような、そんな生半可な覚悟ではない。
諦めて、その想いが偽物であったとしたくないだけなのだ。
だから、私は戦い続けるだろうし、死ぬその瞬間まで追い求め続けるだろう。
そしていつか必ず、兄弟達に迷惑がかからないくらいになれたら——胸を張ってその本当の名前を言うのだ。
「…………その身体で何が出来るという」
「さぁ……それは私にも分からない。でも——手負いの狼が一番油断出来ないって言う事だけは分かる」
赤騎士の言葉にガレスは、少年が時々見せる澄ました笑みと口調で返した。普段なら決して浮かべる事はない、不敵な笑みだった。
眉を顰めた赤騎士に向けて、敢えて挑発するような冷やかな目を向けながらも、ガレスは一切の狂いなく己の状態を俯瞰するように確かめた。
「(……やばい、まだ頭がグラグラする。油断しているとすぐにフラフラして倒れそう。盾も取り返して構える猶予はない。あるのは槍だけ。
だから放てるのは一撃がギリギリ——つまりは、今から不完全な状態なのに一撃で勝負を決めなきゃならない)」
赤騎士とて消耗しているとはいえ、まだまだ十全な状態だろう。
誰が見ても、決着が目に見えている状態から自分は逆転しなくてはならないのだ。
「ボーメイン。アイツに勝てって言われたんでしょ。なら勝てるわよね?」
「——はい、勝ちます。当たり前じゃないですか」
リネットの言葉はあまりにも尊大だったが、その言葉がガレスを何よりも奮い立たせ、そして鼓舞した。少なくとも一人、勝利を信じている者がいるのだ。ならば、どう自分が勝利を疑えというのか。敗北への恐怖は瞬間的に消え失せる。
ガレスは赤騎士を睨み付け、槍を両手で構え始めた。
頭から流れる血が煩わしく、その血が肩を辿って腕にまで流れ、美しい筈の白い手すら血で赤く染まる。
その血で槍を握る手が滑らないよう、ガレスは深く、深く槍を握りしめる。
「………………」
「………………」
赤騎士とガレスは睨みあっていた。
どう考えてもここから負けるとは思えない。近付いて槍を振るえばボーメインは簡単に倒せるだろうと確信出来る筈——その筈なのだ。
しかし、赤騎士はその一歩を踏み出す事が出来ない。
生唾を飲み込む音すら出すのを拒む緊張感だった。
そして、それをその身から放出しているのは、一戦を交える前はただの未熟者としか認識していなかった若者。
血に染めた手で、槍を強く握りしめているその姿を目から離せない。どれ程の力を込めているのか。槍が軋む音が嫌に響いて聞こえる。
故に——赤騎士は気付けなかった。
後方の城から響いていた筈の、剣林弾雨の音がいつの間にか止んでいた事を。
——
全身から鳥肌が立つ程の何かを、遠く離れた二人も感じ取った。
おぞましい魔力の猛り。火山が噴火したとも、大洪水が一点から周囲を呑み込んでいっているのではないかとも思える力の爆発だった。
その力の奔流、円卓が有する宝剣の類いを全力で解放したに等しいかもしれない。
「———は」
周囲一体が真昼間になったのではないかと思える程の閃光が、城の方から弾けた。直視するも難しい光の濁流。腕で額に影を作りながら、思わず赤騎士はその方向を向いてしまった。
しかし、ガレスはその方向を見ない。
赤騎士と違って驚きもなかった。あの少年ならそれくらいやってのけるだろうと信じていたからだ。故に、ガレスはその瞬間の光明を見逃さなかった。
「———ッッそこだぁぁぁッッ!!」
「…………ッ!?」
ガレスは、一足の踏み込みで赤騎士の間合いの範囲に飛び込む。
しかし、赤騎士とて並の騎士ではない。赤騎士は不意を突かれ後手に回りながらも、咄嗟に盾を構えた。
カウンターを決める余裕はない。確実に攻撃を防ぎ切り、次の一手でボロボロの身体になっているボーメインを倒す算段だった。
そして、そう来るだろうとガレスも考えていた。
怒涛の連続攻撃を放つ体力はなく、繊細な動きが出来ない程にガレスは追い詰められている。
既に無理をしているのだ。一撃しか打てない。そしてその一撃は、間違いなく盾で阻まれるだろう。
だから——その盾ごと相手を貫く。
自分は決してランスロット卿ではない。勿論、あの少年でもない。
だから——二人の戦い方を重ね合わせてやる。
荒れ狂う力を捌き来る技量でもない。
生半可な力では有象無象のように蹴散らす、力の奔流でもない。
今の自分にとってはこれが限界。でも、今の自分にとってはこれが最大の力。
ガレスはイメージする。
ランスロット卿に連れられて一緒に諸国を回った時に、一度だけ見たその絶技を。
——ガレスは赤騎士の姿を睨みつけながら、限界まで槍を握る。
運が悪かったのか、もしくは何かに引き寄せられたのか、訪れた諸国を巨大な魔猪が襲っていた。伝説に名高い槍使いの死因にもなった、不覚を取れば竜種すら殺し切るだろう猪突する死そのもの。
鋼の如き筋肉質な肉に、分厚い体毛によって覆われたその体躯は剣の刃すら届かない。
しかし、ランスロット卿はその魔猪を一撃で両断した。
その日の情景、青い輝きを放った聖剣で斬り付けたその姿と、残心の後ろ姿すら、ガレスは寸分の狂いなく思い出せる。
切断面から溢れ出る、湖のような淡い極光。星の聖剣や太陽の聖剣のように、込めた力の一切を放出させる事なく、斬り付けるその瞬間に指向性を持って解放する剣技。
どれ程の過負荷を与えても、一切揺らぐ事のない湖の聖剣だからこそ出来る剣技にして、並ぶ者なき武練を持つランスロット卿にのみ許された絶技。
——槍が起動する音が聞こえた。周囲の魔力が槍に吸い込まれていく音が響く。
勿論、自分はランスロット卿ではないし、持っている武器も聖剣ではない。力の全てに指向性を持たせるなんて出来やしないだろう。
——だから、一点で爆発させてやる。
少年ならきっとそうするだろう。
それが一番効率が良いと理解しているからだ。技術に頼る事なく、最大限に自らの力を利用し、膨大な力へと変換して使用する。
だから、ガレスはイメージする。
ガレスはその二つを重ね合わせる。
——溢れ出る魔力が漏出し、槍を淡く包み込んでいく。
ランスロット卿のように力の一切を放出せずに斬りつける事は出来ない。
きっと、少年が先程の閃光でやって見せたように、力の全てを利用して焦土を作り出す程の爆発を引き起こす事も出来ない。
未熟。中途半端。偽物。
それでも良い。それが今の自分にとっての精一杯だから。
でもせめて……少しだけでいいから、僅かでもいいから、届け——
——最果てに至れ、限界を超えよ——
声が聞こえた。
いや、実際には聞こえていない。ただ、幻聴として聞こえる程に、ガレスはイメージを重ね続けていただけ。
しかし、ガレスは聞こえて来たその声の一切を疑わず、一度だけ見る事が出来た究極の絶技を放ったその後ろ姿と、自らの姿を重ね合わせる。
星の光を束ねる訳ではない。陽光に見立て太陽の現身とする訳でもない。
力の一切をその瞬間まで見せず、斬撃によって湖面を世界に晒す青の極光。
その真名を高らかに言祝ぐように、ガレスは張り叫ぶ。
「———
光が弾けた。
解き放たれた魔力は、夜闇には似つかわしくない程に淡く、しかし輝かしい光。槍から溢れ出た湖光は赤騎士の盾を瞬間的に溶かし、蒸発させてしまうように貫き、閃光と爆発を以って解放される。
解放された魔力は盾諸共、赤騎士を吹き飛ばした。
「……ッボーメイン!」
リネット嬢は弾け飛んだボーメインを見て、思わず飛び出していた。
側から見ていたリネットにすら風となって届く程の力が、ボーメインが解放した力には秘められていたのだ。赤騎士とボーメインの間で何かが破裂したと称してもいい。
その衝撃は、赤騎士だけではなく、ボーメインにも届いていた。
「ボーメイン………ボーメインッ!!」
今度こそ倒れ伏したボーメインの姿を見て、最悪の予感がリネット嬢を襲う。
着けていた鎧にはヒビが入っていて血だらけだ。特に頭からの出血が酷い。
リネットは側に寄り添うようにして、幾度と声をかけるがボーメインは目を開けない。
「ふざけないでよ……なんで、なんでアンタが……アンタはここで死んじゃいけないのに……」
短い時間とはいえ、ボーメインがどれ程に清く逞しい人物なのかはリネットも知っている。
——あの少年に憧れている事も、まだ道半ばである事も知っている。
リネット嬢から涙が溢れ落ちた。
決して誰にも見せないようにしていた、気丈で強がりだった筈の令嬢の涙だった。
「……………………ぅ、ぅあ」
「……ッ! ボーメイン!」
溢れ落ちた涙がボーメインの頬の血を流して、ボーメインは小さな呻めき声を上げる。次の瞬間にはか細く消えてしまいそうな呻めき声。しかし、その命を散らしていた訳ではないのだ。
その命を繋ぎ止めるように、リネット嬢はボーメインの事を何度も呼びかける。
「——ぐッ……ぅがぁ……」
「——ッ!」
だが最悪な事に、その声に赤騎士も反応してしまった。
赤騎士は酷い有様だった。盾を握っていた手は歪に折れ曲がっている。鎧は粉々に砕け、胸の部分は血で赤黒く染まっていた。五体満足でいるのが奇跡としか思えない有様だった。
しかしそれでも尚、赤騎士は立ち上がろうとしていた。
一体何処にそのような生命力がまだあるというのか、ユラユラと身体を揺らし、リネット嬢とボーメインを睨みつけている。
「——————」
亡者のような佇まいで、赤騎士は付近の大地に突き刺さっていた槍を発見する。赤騎士の槍ではない。彼の槍は盾と一緒に砕けている。突き刺さっていたのは、ボーメインが使っていた槍だった。
恐ろしい破壊の力を撒き散らしていながら、ボーメインが使っていた槍には傷一つない。
「まだだ……まだ俺は——」
リネットは反応出来なかった。
赤騎士は自分の近くに突き刺さっていた槍に手を伸ばす。そうして、ボーメインが使っていた槍に手が触れようかと思われた瞬間——
「——いいや、貴様の負けだ」
その腕が大地に落ちた。
落ちた自らの腕のすぐ側に、黒い短剣が突き刺さっているのが見える。真後ろから、人体の肩を斬り落とすような速度で剣が投げつけられたのだ。
「ぐぅぅぁぁ…………か、は……」
「ボーメインの力強さとその勇気に惹かれて、改心する未来を僅かとはいえ夢想していたのだが……どうやら無意味だったらしい。
だが感謝しよう。これで、貴様に対して僅かなりの慈悲をかける必要がなくなった」
痛みに悶えながらも、赤騎士は振り向けない。
白い短剣が自らの首にかけられている事を赤騎士は理解してしまった。それだけならまだマシだったかもしれないが、後ろにいるその声の主であろう少年の声は、あまりにも冷ややかだった。
僅かなりにも身じろぎをすれば、その瞬間に首が飛んでいると確信出来るだけの威圧が真後ろからする。
凍えるような佇まいだった。身体から、急速に血が抜けていくような錯覚さえする。
「リネット嬢。どうします」
「え……ぁ、あぁ、そうね」
少年とリネット嬢の呟きを耳にしながら、赤騎士は必死になって頭を回した。
もう後がない。最悪だ。部下は少年の手によって皆殺しにされているだろう。万全の状態でも不安が残るというのに、今の状態では逃げようにも不可能だ。
「……まて、話がある」
「なんだ、今更になって慈悲を乞うか?
なら、お前が一方的に虐殺したこの国の騎士達はどう清算を取ればいい。彼らの無念とこの国の人々の遺憾はどうなる。ふざけるなよ、貴様」
「頼む……これには理由があるんだ」
「……——発言には気をつけろよ。
ふざけた虚言だったなら、私は自らを抑えられなくなる」
周囲の何もかもを凍てつかせながら、しかし燃え滾る激情が溢れんばかりだった。
喉をつまらせながら、声色が震えないように赤騎士は語らなければならなかった。それが嘘だとバレれば、己に命は無いと悟ってしまったのだ。
「これは……妖妃モルガンに仕組まれた事だ」
「…………え?」
赤騎士の言葉に反応をしたのはリネットだった。
魔女モルガン。妖妃モルガン。ブリテン島では、その名を知らない人の方が少ないだろう。
真偽がどちらにしろ、リネットは赤騎士の言葉に意識を逸らしてしまった。
「——ほう? それは聞き捨てならないな」
——ただ、後ろの少年は違った。
言葉ではそう語りながら、それはモルガンの所業について慮るようなモノでは一切ない。威圧感がより鮮明になり、秘めたる殺意の一切を隠す事をやめ始める。
しかもそれが目に見える形で。
意識しているのか、もしくはしていないのか、少年の足下から渦を巻くようにうねりながら、黒い泥のような魔力が溢れ始めていた。
「…………………」
「どうした、何故話さない?
貴様がいつ何処で、一体何をされたのか。その理由の弁解、聞いてやろうというのに。
だが、気を付けろ。今から語る言葉が僅かなりとも虚飾で補った妄言だったなら、貴様のその首、躊躇いなく跳ね飛ばす」
およそ十一の子供が出すようなモノでは到底ない。
しかし、そのあまりにも尊大な口調と、人を人とも思っていないような冷酷の佇まいが、彼の雰囲気を何一つ損なわないどころか、何よりも相応しいとすら思えて来るのは一体何故か。
その威圧を受けていないリネットでさえ、思わず腕を摩ってしまう程の寒気がする。実際に周囲の温度が下がったという訳ではないと分かっているのに、錯覚が止まらない。
それを直接受けている赤騎士は如何程か。表情を硬直させ冷や汗を流している姿が、リネットには必死になって言い訳の逃げ道を探しているように思えた。
「…………………………」
「ほら、何を迷っている?
己の意識すら捻じ曲げられ、騎士を百人殺さなくてはならない呪いをかけられたとは語らないのか?」
冷たく、少年は赤騎士を急かした。
徐々に首筋にかけられた短剣が横にずれ、自らの首を今にも斬り落とそうとしている感覚が赤騎士にはした。
「……ことの発端は一年前だ」
「——ほう、それで?」
「……俺は、とある乙女を愛した。俺以上に激しい情愛をした事はないだろうと思える程に心を奪われた。その乙女がモルガンの偽りの姿で、モルガンの魔術に誑かされたのだと気づいたのは——」
「あぁそうか。もういい黙れ。十分だ」
赤騎士の言葉を遮りながら少年は冷たく吐き捨てた。
少年の口元に浮かんでいたのは嫌悪感と不快感だった。
「は……いや待て、この話は決して——」
「黙れ」
思わず振り向いた赤騎士の首を、少年は無慈悲に切り裂く。
滑らせるように振り抜いた宝剣は、赤騎士の首筋を容易く裂き、止めどなく血が流れ始めた。赤騎士は折れ曲がった指で首筋を抑えながら、ヒュー、ヒューと不規則な呼吸音を漏らし始める。
本当に慈悲すらない。少年は苦しみなく命を絶つ選択をしなかった。
「………ッ!………ッ……………ッッ」
「その時のモルガンの姿は如何だっただとか、一体何の呪いをかけられただとか、確かめなければならない事はあったが、もはやどうでも良い。
そもそもそれ以前の話だ。貴様が最初の言葉を発した時点で殺傷に値する」
「…………———————」
「キャメロットの一部しか知らぬ事だがな、モルガンはこの数年間一切の動向を見せていない。貴様の言っている事はただの妄言だ」
「……—————————」
「あぁ——もしかしたら、数年間の沈黙を破り、キャメロットに一切悟らせず貴様に接触した可能性はあるかもしれないな。そんな理由、私は知らないし思い浮かばないのだが」
「———————————」
「そしてだ——」
段々と力を失って倒れていく赤騎士を冷たく見下しながら、少年は続ける。
白い宝剣を思いっきり振り上げて。
「貴様にはモルガンが唆す程の価値がない」
冷たく宣言をするように、少年は改めて赤騎士の首を跳ね飛ばした。一体どれ程の回数同じ事をしたのか。僅かなりともその剣の軌道に狂いはなかった。
「………………」
「無事ですか?」
一瞬だけ赤騎士の首を見下ろした後、まるで何も無かったかの様に、もしくはさも当然のように少年はリネットの安否を確認する言葉を発した。
先程の様子はない。
「……ごめん、なんでもない。今の私はあまり気分が良くないの」
「大丈夫ですか?」
「なんでかしらね。気分が晴れない。存在が許容出来ない人間が死んだっていうのに。
私が他者の苦痛に快楽を見いだせるような精神を持っていれば多少は違うのかもしれないけれど、この感情が全然和らがない。赤騎士を痛めつけてたとしても、多分変わらない。
一切の気分が晴れないのは、それはそれで何処かが壊れているのかもしれないわね」
リネットが告げた言葉に、少年がどう感じたのかは分からない。
僅かに俯きながら、少年は再び赤騎士の首に視線をやった。
「私もです」
「………………」
リネットに同調するように少年は告げた。
氷の冷たさも、破滅的な激情も持たない少年の姿は、本当に人形のように見える。
少年が見つめるのはモノ言わぬ赤騎士の死体。それが、リネットにはただただ哀れなモノに思えて来た。あれほど憎く思っていたというのに、今は何も感じない。
だからだろうか、赤騎士との問答と、その死体を見下ろしている少年の姿が脳裏にチラつく。
「ボーメイン。大丈夫かボーメイン?」
「………………ぅ、ぅう……ルークさん…………?」
「あぁ、私だ。ありがとうボーメイン、良くやったな」
赤騎士から視線を外した少年は、ボーメインの隣に歩み寄って声をかける。
赤騎士に見せたその姿からは想像も出来ない程に、その声は優しかった。
「…………赤騎士は……」
「お前が倒した。自らよりも強大な相手を倒すなんて本当に良くやってくれた。ボーメインなら必ず勝つだろうと信じていたが、私は結構不安だったんだぞ?」
「…………すみません、私、全然上手くいかなくて」
「何がだ。私は最悪、お前は赤騎士と相討ちになって何日も死にかけの状態で生死を彷徨うんじゃないかと思っていた。
そうなったら、リオネス嬢に発破をかけてでもお前に付きっきりで治療して貰おうと思っていたんだが……どうやら大丈夫だったらしい」
「…………ぇ……?」
「お前は私が考えていた以上の事をしてくれた本当に良くやったな。お前は自らの限界を一つ超えたんだ。本当にありがとう」
小さく微笑みながら告げられたその言葉に——ガレスは安堵するような顔と、嬉しそうな笑みを浮かべた。傷と困憊する身体の影響で小さくか細くではあるが、蕩けるような笑みだった。
「——えへへー……………」
そう言って、ボーメインは今度こそ意識を手放した。
リネットは僅かに不安に駆られたが、小さく笑みを浮かべたままのボーメインを見て胸を撫で下ろした。きっと、ボーメインの命を脅かす事はないだろう。
「リネット嬢。ボーメインの治療の為にリオネス嬢の力を貸してください。後、数日この街に滞在します。事後処理の方が大変でしょう」
「……ありがとう。それくらいの事なら容易い事だわ」
少年は気絶したボーメインを軽々と抱き上げて、城の方へと歩みを進めた。
「……ねぇ、貴方は」
彼に何を言おうとしたのだろう。
少年を引き止めようとして、言葉に詰まった。
「…………」
リネットはその言葉を飲み込んだ。
何を言おうとしたのか——いや、分かっている。分かっていて尚、分からないフリをしてその言葉を飲み込んだのだから。聞くのが怖かったから。
じゃあ——やめるのか?
「フ……何考えてるんだか私は」
「リネット嬢?」
「アンタなら分かると思うけれど、私はね、メンドクサイ女なの」
きっとこの数日で少年に影響を受けて、らしくない考えが浮かんでしまったのだろう。故に、リネットはただ自分らしくあり——敢えてその一歩を踏み切った。
「アンタさぁ、あの日、生涯を捧げれば力は手に入るって言ったわよね」
「……それが何か?」
「じゃあ、アンタは何の為にその力を手に入れたの?」
城の方へと足を進めていた少年の足が止まった。
少年は振り向かない。
「……………」
「アンタはこうも言った。私も運が良かっただけの人間だったと。だからアンタは生涯を捧げていないのにその力を持ってる。
じゃあ、アンタは何に生涯を捧げているの? その生涯の代わりに、何を代償にしてその力を手にしたの?」
きっと、彼の心の内側に土足で踏み入る行為なのだろう。
——そんな事知ったものか。
「ねえアンタ、絶対に何か無理をしてるでしょ。澄まし顔とその仮面で周りを騙してるだけで。
ちなみに私は無理をしていたわ。今なら素直にそう言える。言えるけど、アンタは当たり前のように見抜いて来たのよね。未だにムカつくわ」
「……リネット嬢」
「アンタって隠すのは全然得意じゃないのね。だって他者に何となく悟らせてるんだもん。その癖、自他問わず騙すのは得意だから手に負えない。
アンタ色んな側面があり過ぎ。その差を作り出してるモノは何?」
「……………………」
「まぁその側面の数だけ、何かを抱えているんでしょうね。
ねえ、もう一度言うけど、アンタかなり無理してるでしょ。そして、今までもずっと無理をしていた。
そういえばあの日、アンタはちゃんと語っていなかったわよね。ただ、私から言葉を引き出しただけ」
雰囲気は最悪。
相手が苦悩している所に自然の形で寄り添うのではない。いきなり相手の弱味を浮き彫りにして、知ったような口調で語りかけてるのだ。
あぁ、あの夜の彼は本当に紳士的だったのかもしれない。自分とは大違いだ。
でも仕方ない。彼は偽るのが得意なのだから。
そう心の中で言い訳しながら、リネットは少年に話しかけていた。
「…………貴方の事が嫌いになりそうです」
「あらそう。本当に貴方は隠す事が苦手なのね。私も人の事言えなかったんだけど」
「………………」
「同族嫌悪って奴? でも残念。私は貴方の事、あまり嫌いじゃないのよね」
「……もういいですか? 揶揄われるのは好きではありません」
強張った口元を隠すように、少年はそう告げて城の方に去っていた。
アレも彼の本心なのだろう。結局あしらわれてしまった。
「ふーん…………」
少年の後ろ姿を見て、リネットは腕を組みながら鼻を鳴らす。
何よりも遠くのモノに思えていたその背中が、急に近くのモノのように見えて来た。どうしてだろう。少年からどうしようない程の人間味を感じたからなのだろうか。
「私は語ったのに、アンタは語らないんだ」
独り言のように呟きながら、リネットは自らの右腕を摩った。
その腕が、ある筈のない痛みに疼く事はもうない。
今さっき少年に告げた言葉が、少年側に掠ったかどうかは知らない。ただ、あの反応から自分のように何かを無理している事だけは隠し切れていなかった。
今なら分かる。あの夜、少年は己の苦悩を語ったように見えて、その本質は何も語っていなかった。あの少年は本当にずるい奴なのだ——
「………………ふざけんな」
リネットは少年の後ろ姿を睨みつけながら、憤怒を重ねていく。
その怒りが、一体何なのかはリネットには分からなかった。しかし、殺意と見間違えてしまう程の激情だった。この国が救われた事も、自らの憂いが晴れた事すらも意識から外れている。
それこれも全部アイツのせいだ。
ムカつく。不愉快だ。苛立って仕方がない。澄ましたあの表情が妙なくらい脳裏にチラつく。そしてチラつく度に、またイライラしてくる。
今すぐにでも、あの澄ました表情を消し去りたい。
澄ました表情に見せかけている、あのバイザーを剥ぎ取りたい——
結局リネットはその日一日中、疲労と心労によって気絶するように眠りに落ちるまで、己を燃やし尽くし兼ねない激情をひたすらに燃やし続けた。
その怒りが一体何に向けたモノなのか、分からないまま。
ランク A
種別 対人・対軍宝具
詳細
アロンダイトに過負荷を与え、籠められた魔力を漏出させ攻撃に転用する。
本来であれば光の斬撃となる魔力をあえて放出せず、対象を斬りつけた際に解放する剣技に寄った宝具。
膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のようだと称された。
本来なら軍勢相手に使用する宝具であり、普通なら過負荷に耐えきれず剣が崩壊してしまう。
決して刃こぼれしないと称されたアロンダイトだからこそ出来る宝具。
壊れた幻想一歩手前の絶技。
ランク ———
種別 ????
詳細
ガレスが敬愛するランスロット卿の絶技を、彼女自身が見様見真似で再現したもの。
魔術によって多重に強化された馬上槍に過負荷を与え、込められた魔力を漏出させ攻撃に転用する。
ただし彼女の場合は、ランスロット卿のように斬りつけるその瞬間だけ力を解放する程の技術と武練がない。
それ故に、槍に備えられたカートリッジに周囲に放出されて無駄になってしまう魔力を溜め込み、槍を相手にぶつけた瞬間に爆発させる。
斬りつけた際に解放される魔力と、相手にぶつけて爆発させる魔力によって二回のダメージ判定を叩き出す、絶大な破壊力を出す絶技。
ただしその代償として、自らにも危険が及ぶ可能性がある。
厳密には宝具ではない。
[解説]
FGOにてガレスが使うアレ。
ただしイメージはEXモーションのものとQモーションのものを合わせて激しくしたもの。
なんちゃって、はつけない。
ランクはA-相当。