騎士王の影武者   作:sabu

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 後日談の前編。
 私が書きたい部分ではないのでやや簡素に八千文字。一万字は超えなかった。
 


第41話 焔の令嬢は狂わず 前編

  

 

 

 窓から差し込む朝の光でボーメインは目覚めた。

 朝日は柔らかい。きっと、まだ早朝なのだろうと推測出来る。

 

 睡眠から目を覚ましたばかりの不明瞭な意識のまま、次のボーメインに降って来たのは激しい疑問だった。

 本来なら、ユラユラとした眠気を維持出来ている訳がない。その意識を強引に覚醒させる筈の痛みは一切なかった。あれほどの激闘を繰り広げたというのに、身体に重さはひとつもない。

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

 

 

 ゆっくりと身体を起こしてみるが、身体の激痛で再び横に戻る事もなかった。そもそも痛みがない。しかし、身体の感覚は確かにある。少なくとも痛覚が消失した訳ではなかった。

 驚きながらボーメインは自分の身体を確かめて見ると、身体中に治療の痕があった。包帯代わりの晒し布が巻かれている。僅かに血で滲んでいるが、想像以上に小さい怪我の範疇で済んでいた。

 

 

 

「ここは…………」

 

 

 

 自分の身体を一目見て、かなり適切な治療が施されている事を確認したボーメインは、ベッドの上から辺りを見渡す。

 城の中だったが、キャメロット城のような神秘性は感じ取れない。

 

 

 

「あぁそうか……ここは」

 

 

 

 赤騎士との一戦。その後に気絶した自分。つまりここはリネット嬢の城の一室なのだろう。傷の治療の為に運び込まれたという訳だ。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 ボーメインは城の窓から青い空を見上げながら、しばらく放心していた。

 意識を飛ばしながら、手を握っては閉じるを繰り返す。黒騎士にも勝って、遂には彼らのリーダーである赤騎士にすら勝利してしまった。昨夜の槍の手応えを思い浮かべて、それを逃してしまわないように、何回も腕を握りしめる。

 

 改めて考えると、自分は結構凄い事をしていたのではないだろうか。

 アレが、ただ一時の現の夢でないのだという事を証明したい。早く槍と盾を握って素振りをしたい。身体の傷が全快した訳ではない事は理解しているが、誰でもいいから一戦交えてみたい。

 

 

 

「……! あぁ、良かった。お目覚めになられたのですね」

 

 

 

 自分は一体どれくらい眠っていたんだろう。ルークさんはどうしたんだろう。リネット嬢は、この国は——

 腕を幾度と握りしめながら、そのような思考に囚われていたボーメインを引き戻したのは、一室の扉が開けられた音と令嬢の安堵する声だった。

 

 

 

「あの、貴方は……?」

 

「あぁそうでしたね。御初にお目にかかります。妹のリネットがお世話になりました。私は姉のリオネスと言います」

 

 

 

 リオネス嬢はそう言って、小さく御辞儀をした。

 小国とはいえ王女としての風格なのか、その姿はボーメインが見惚れる程に様になっている。

 似ているのは瞳くらいで、若草色のドレスと柔らかな微笑みは、リネット嬢とはまるで正反対な性格であるのだと示しているようだった。

 

 

 

「傷は……もう大丈夫なのですね!

 私が貴方の治癒能力を活性させたとはいえ、まさかたったの一日でもう動けるまでになるなんて」

 

「一日……そうですか、アレから一日経ちましたか」

 

「えぇ。数日寝たきりになるかもしれないくらいの傷だったんですからね」

 

 

 

 念押しして告げるような口調のリオネス嬢を見ながら、そういえば気絶して意識を手放す寸前に、少年からそのような事を言われていたなとボーメインは思い出した。

 リオネス嬢に発破をかけてでも何とかしてもらう。

 つまり、思っていた以上に早く回復している傷はリオネス嬢によるモノなのだろう。

 

 

 

「すみません……こんなに良くして貰って……」

 

「いいえいいえ! ボーメイン様にはこの国を救って貰ったのですから!

 命の恩人も同然の方です。これくらいはさせてください」

 

 

 

 柔らかな笑みだった。国の危機が去ったからだろう。不安もなくリオネス嬢の笑みは晴れ晴れとしている。しかし、その笑みを見てもボーメインの憂いは晴れなかった。

 

 記憶に映るのは、気絶する寸前に見た少年の姿。

 意識が飛びかけていたが、その姿は良く覚えている。彼は、黒騎士百人近くの相手していた筈なのに、擦り傷すら負っていなかった。ランスロット卿と斬り合っていた姿と、相も変わらず少年は同じだったのだ。

 

 その事に覚えたのは安心感だったが、それはそれで非常に悔しい。距離が縮んだと思いたいが、先は遠いなぁという想いもある。

 結局、自分だけがリオネス嬢の好意に甘えているようで、ボーメインは釈然としなかった。

 

 

 

「——どうせアイツとの差を感じて、素直に感謝を享受出来てないんでしょ」

 

「リ、リネット嬢……」

 

「やっぱり。図星だったみたいね」

 

 

 

 荒々しく雑に扉を開けながら、リネット嬢は憮然と言い張った。

 かなり棘のある口調だったが、何よりも的を射た言葉であった為、ボーメインは思わず苦笑いしながらも言葉を詰まらせてしまった。

 

 リオネス嬢と良く似た瞳をしているのに、本当に姉妹なのかと思ってしまう程にリネット嬢の視線は鋭く、言葉には遠慮の欠けらもない。

 目敏く咎めるように眉を顰めたリネット嬢を見て、彼女も彼女で相変わらずだなぁと、最初に出会った時のようなキツイ口調に押されながらボーメインはリネット嬢に返した。

 

 

 

「そうですね……リネットさんの言う通りです。でも事実だからしょうがないじゃないですか」

 

「事実だから。だから、何?

 素直に感謝を受け取ってくれないと困るのは此方の方なの。アンタはアンタでやり遂げた事があって、それは賞賛に値するモノなんだからその分の感謝は受け取ってくれない?

 はっきり言ってムカつくわ」

 

「あー…………アハハ」

 

「と言うか……ボーメイン、アンタは比べる相手が悪過ぎるのよ。アイツと自分を比べてたらいつまで経っても満足出来ないんじゃない?」

 

「………………」

 

「私としてはね、そんな実力を持っているんだから謙遜するなって言いたいの。

 ——貴方だったら、高みから見下して、傲岸に笑い続けるくらいでも許してあげる」

 

 

 

 あまりにも尊大で自分勝手な物言いだったが、それは遠回しな激励でもあった。言い方に優しさは一切ないが、不敵に笑いながら告げたリネット嬢は今まで以上に清々しい笑みだった。

 

 

 

「………………」

 

「あぁ何? もしかして私からではなく、アイツからお前は誇っていいんだぞって言われないと心には響かない?」

 

「ハ、ハハハ……」

 

 

 

 本当にいいのだろうかと、顔を俯かせたボーメインに容赦なくリネット嬢は言葉を浴びせる。

 最初に出会った時と違って、彼女の言葉の真意も分かるし、ただ刺々しいモノではないと気付いているのだが、それはそれでキツイものがあった。

 リネットさんはちょっと苦手だなぁ……と苦笑いしながらも、リネット嬢の言葉は今の所全て図星であったので、ボーメインはリネットに強く反応を返す事が出来なかった。

 

 

 

「ちょっとリネット! ボーメイン様にそんな言い方はないんじゃないですか!」

 

「様……? あぁ成る程そういう事ね。ほら見なさいボーメイン。貴方がその栄光を誇らないと満足しない人間が出来たわよ」

 

「リネット!」

 

 

 

 リオネスに叱責されても、リネットは何処吹く風だった。

 しかし、それは何げない日常でも良くありふれた光景なのだろう。リオネスは、リネットの事を鋭い目で睨み続けていた。

 

 

 

「まぁ、当のアイツはアンタ以上にタチが悪いんだけどね。

 もうキャメロットに帰ったし」

 

「…………えぇ!?」

 

 

 

 プンプンと、リネット嬢のそれと比べれば可愛らしい怒りを露わにするリオネス嬢を無視しながら、リネットは爆弾の如き発言をボーメインに寄越した。

 

 

 

「……ぇ、な、なんでですか……?」

 

「…………別にアンタを見放した訳ではないわよ」

 

 

 

 悄然とした表情をしたボーメインに、リネットは思わず言葉を溢しながらも、ボーメインに説明を開始した。

 

 赤騎士を倒した後、ボーメインをリオネス嬢に預けてから、少年は丸一日ずっと城や城下町の修繕に力を貸していた事。

 それが終わったら、ボーメインの状態を確認して、安心したからもうキャメロットに戻った事。

 ——彼は、リネットが改めて感謝を告げるよりも早く、風のように去っていた。感謝や謝礼などは終始どうでも良いのだろう……不愉快だった。

 

 他にも細かい事はある。

 少年が使い捨て、塵すら残らず消失してしまった宝剣だとか、城の前方部分と堀の部分が大きく損傷したことだとか、ボーメインを頼むと色々伝言を頼まれた事だとか。

 

 しかし、使い捨てにされた剣の事を王は一切咎めなかったし、損傷した城に関しても、少年が丸一日協力して貰ったのもあってか、被害の跡は殆ど残っていない。

 見た目からは想像も付かない程の膂力を持ち、更に数分で効力が消えるが、物質を強化出来る魔術と無から物質を作りだす事が出来る魔術による瞬間的な補強もあってか、応急処置は完璧に終わっている。

 後数週間もあれば、人々の働きによって城は元通りになるだろう。

 

 

 

「……………」

 

「それに貴方に伝言よ。

 先にキャメロットに帰投して事後処理は済ませておくから、ちゃんと傷を治してキャメロットに戻ってくれ、だってさ」

 

「うぅぅ! もう傷はほとんど回復したみたいなモノなので帰ります!」

 

「やめなさい」

 

 

 

 焦ったようにベッドから立ち上がろうとしたボーメインを、リネットは突き飛ばすようにベッドに戻した。

 

 

 

「確かにアンタの事も分かるけど、それはそれで困るの。

 この国はかなりガタガタだから出来るなら早くキャメロットの支援も欲しいくらいだし、アイツの行動はすっごい助かるし」

 

「うぅぅ……」

 

「アンタもアンタで助かってるの。この国にいるってだけで多くの人は安心出来る。不甲斐なさを味わっているなら、早く横になってさっさと完治させなさい」

 

「うぅぅぅううう!! 寝ます!」

 

 

 

 そう言ってボーメインは毛布を頭から思いっきり被った。

 その様子は、思っていた以上に元気で心にも余裕がありそうに見える。数日と経たずに傷は全治するだろう。

 

 

 

「適当に何か粥でも貰ってくるわ。

 貴方の料理の腕前には負けるだろうけど。姉さん、行くわよ」

 

「え、えぇー…………うん」

 

 

 

 残念がるようなリオネスを引いて、リネットは部屋を退出していった。

 リオネスのその様子と、ボーメインを名残り惜しむような視線を向けていた事にリネットは気付いたが、色々と面倒臭そうだったので、敢えてリネットは無視を決め込んだ。

 

 

 

「いいなぁ、リネットは……」

 

「は……何が」

 

「だって、ボーメイン様との仲がいいんだもの!」

 

 

 

 廊下を歩いている途中、憤慨するような、もしくは悔しがるような表情をしながらリオネスはリネットに話かけた。

 あぁ、やっぱり面倒な事だったとリネットは頭を抱えながらも、リオネスは止まらない。

 

 

 

「……何ていうのかなぁ、軽口を叩ける関係というか、それをボーメイン様も受け入れているというか、それが羨ましいというか……」

 

「羨ましい……羨ましい? あれが?」

 

「そう! たった数日でもう信頼関係が出来てるんだもの」

 

 

 

 確かに姉の言う事にも一理あるかもしれないが、あれは遠慮がなくなっただけだ。元からなかったモノがもっとなくなったと称してもいい。少なくともリネット自身はそう感じている。

 信頼……そう言う風に見えるのかもしれない。しかし、姉が感じているモノとは些か解離があるような感覚がした。

 

 

 

「羨ましい、か……」

 

「羨ましい!」

 

 

 

 姉に告げた訳でもなく、ボソっと呟いた言葉にも姉は大きく反応した。

 自分ではなんとも思っていないモノでも、姉のリオネスからしたら喉から手が出る程に欲しいモノなのかもしれない。

 

 

 ——生涯の全てをかけても構わない。

 

 

 ふと、その言葉が思い浮かんだ。

 嫉妬と羨望。そして己の不甲斐なさが許せなかったが故に生まれた、その激情。少なくとも自分はそう考えている。そして多分、あの少年も。

 姉は違うのだろうが。

 

 

 

「……………」

 

「な、何?」

 

 

 

 視線を姉に向けて、今更になって気付く。

 彼女はいつも長袖の服を着ているのだ。夏だろうがドレスだろうが関係なく、常に長袖。まるでそれは、魔術刻印の刻まれた腕を隠す為のように見える。

 隆起してない魔術刻印は目に見える事はないというのに、その徹底振りは並大抵の信念で出来る事ではない。そして、姉にそうさせていたのはきっと——

 

 

 

「——姉さん」

 

「え……な、何……?」

 

「今までごめんなさい。特に、自分は魔術刻印すら使えないって気付いた時、私は酷かった。姉さん以外にも、家族や周りの人々にも迷惑をかけてた。

 謝れば簡単に済む話じゃないのだけれど、本当にごめんなさい」

 

「————え」

 

「虚勢を張ってる訳じゃないわ。もう本当に気にしてない。うん……もうどうでも良くなっちゃったの。そもそも傷を癒すなんて私の柄じゃなかったわ」

 

 

 

 晴れ晴れするような笑みを浮かべながら、リネットは姉にそう告げた。

 自分が魔術を使えなくて、しかし姉が魔術を使えたという事実に、一時期は本当に追い込まれていた。でも、今はその事すらどうでも良い。

 姉はその力で何とかしたい人や民がいて、自分にはそれがなかった。自らの事しか考えていなかったのだ。つまりはそう言う事なのだろう。

 

 

 

「——ぅぅああ……リネット! 私は貴方の事が大好き!」

 

「……あぁそう。私は、姉さんの事はあまり嫌いじゃないわ」

 

「それはつまり好きって事で良い!?」

 

「ふざけるのはやめて。不愉快だから」

 

「そんなぁ……昔は私の事をお姉ちゃんって呼んでて何でも付き従ってくれたのに……」

 

「…………やめてくれない? 本当に不愉快だから」

 

 

 

 涙目になって抱きついて来た姉の事を煩わしく思いながらも、リネットはその腕を強引に振り解く事が出来なかった。

 

 

 

「うん……うん、これはしょうがない。何たって私には最高の妹がいるんだから」

 

「……何いきなりに」

 

「えぇ、しょうがない。

 むしろ、貴方も私のように幸せだったらいいの!」

 

「……は?」

 

「ボーメイン様はリネットに譲ります!」

 

「——はぁ?」

 

 

 

 脈絡なく告げられた意味の分からない言葉に、流石のリネットも抱き着く姉の事を引き剥がした。急に何かがおかしくなった姉に頭を抱えながらも、リネットはリオネスに尋ね始める。

 

 

 

「いきなり何、意味が分からないんだけど。

 ……というか薄々感じてたけど、もしかして姉さんはボーメインに恋でもしてるの?」

 

「う、うん……」

 

「…………一目惚れか何か?」

 

「……うん」

 

「……………………」

 

「だ、だってカッコ良かったんだから仕方ない!」

 

 

 

 急にしおらしくなってはいきなり開き直る姉に、リネットは溜息を吐いた。

 はっきり言って今までの人生で一番何を言っているか分からない。一目惚れなど、本や詩の中だけの話だと思っていた。

 

 成る程そういう事もあるのかもしれない。

 私には関係のない話だ。リネットにとってはその程度の認識でしかなかった。

 

 

 

「……なんで? どこが?

 いや、姉さんを揶揄っている訳じゃなくて、純粋な疑問として」

 

「その……あの日城の窓からボーメイン様と赤騎士の戦い振りを見ていたんだけど、自分よりも大きな騎士の攻撃を耐え忍び続けて、でも相手の隙は見逃さないところとか……」

 

「あぁ……」

 

「最後に赤騎士に向けて放ったあの必殺技とか……そのカッコ良かったから……」

 

「あぁー……まぁ、うん。そう言う事ね」

 

 

 

 姉の言っている事も分からないでもない。

 その一戦を誰よりも近く、そしてずっとリネットは見守っていたのだ。確かに赤騎士の攻撃を一手一手確実に防御する姿は見惚れるような安心感と堅牢さがあったし、最後の一撃を決めた瞬間も、良くやったと思ったのも事実ではある。

 リネットにとって、それが恋とまではいかないだけで。

 

 

「で、なんでそれが私に譲るって話になるの?

 私は別にボーメインの事は狙ってないから、姉さんはガンガン狙いに行けばいいじゃない」

 

「え! 狙ってないの!?」

 

「……はぁ?」

 

「だって、あの信頼関係は私に入り込める余地はなかったから、てっきりリネットはボーメイン様を狙っているのだと思っていたし、この数日間をきっと色んな苦難を乗り超えて来たのだろうし……ボーメイン様は私じゃなくてリネットが愛すべきなのよ!」

 

「はぁ……そうねぇ、確かにボーメインは強くて勇気もあって操も正しいけれど、私にはちょっと優しすぎるのよねぇ。一年も経ったら飽きてしまうわ。

 それにボーメインは私の事苦手そうだし」

 

「ちょっと!」

 

 

 

 恋に狂った乙女というのはここまでおかしくなるのだろうか。もしくは意外とメルヘン脳だった姉がおかしいのか。自分の性別を棚に上げて、リネットは思わずそんな事を考えていた。

 

 

 

「…………ねえ、決してボーメインの事を貶める訳でもないし、自分で言うのもなんだけれど、貴方達を救ったのはサー・ルークじゃないの?

 特に姉さん達は城に閉じこめられていたんだし」

 

「……あぁ、その……そうなんだけれど」

 

 

 

 リネットがそう聞くと、リオネスの顔が微妙な顔になり顔を逸らす。

 気不味そうな表情だった。

 

 

 

「その、確かに感謝もしてるし、勿論あの方が居なかったら私達は未だに苦しんでいたとも分かるんだけど……ちょっと怖くて」

 

「…………姉さんって、己よりも強大な者に立ち向かい続けたボーメインの勇姿に惚れたのよね? じゃあアイツは? アイツは違うの?」

 

「そう、そうなんだけど……あの方の人間離れした様子が……ちょっと。

 赤騎士の首元に剣をかけている姿と、躊躇いなくその刃を滑らせた姿が……脳裏から離れなくて……」

 

「……………………」

 

「いや! お父様はルーク様の事を大層慕ってるみたいだし、騎士や若い人々もあの方に大きな畏敬を抱いているみたいなのだけれど、私は……ちょっとね?」

 

 

 

 首を掲げ、苦笑いをしながらリオネスは呟いた。

 僅かに引き攣ったその笑みが、姉があの少年に向ける感情の全てなのだろう。

 

 人間離れ。あの年齢も相まって彼は異常の類いだ。確かにそう見えるだろう。

 リネット自身もそうだった——そう見えていた。しかし、果たしてあの夜に彼が語った言葉は、人間離れした人のそれであっただろうか。

 

 

 

「リネットはそんな事言うけど、じゃあ貴方はどうなの?」

 

 

 

 思いもよらない言葉を姉から告げられて、リネットは思考の渦に囚われていく。適当にあしらうという選択肢が浮かんで来なかった事に、彼女は気付かなかった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 そんな人物私にはいない。そう一言告げれば良いだけ。だと言うのに、その単語が喉から出てこない。浮かんで来るのはずっと——あの少年の事ばかりだった。

 

 黒いバイザーでその素顔を隠した少年。

 素顔が隠されているせいで彼の表情は読めない。しかし、恐らく彼は意外と表情豊かだ。無感動無感情のように見えて、確かに人間らしい感情は持っている。

 

 ……その癖、それを消す時は一瞬。

 人によって対応を変えているとか、そういう次元じゃない。対応を変えようと、絶対にどこかは地続きの情緒がある筈なのだ。

 少年のあの差が何なのか、それがずっと気になって仕方がなかった。

 

 ——何故気になる?

 

 

 

「……ねえ、何か言ってよ……?」

 

 

 

 黙考している自分を、姉が見ている事すら意識から外れる程に、リネットは考えていた。

 

 じゃあ、自分は何でそれが気になって仕方がないのだろう。

 赤騎士との一戦が終わってからずっとそうだ。あの澄ました表情。淡々としたその佇まい。ゾッする程の冷たさを秘めた激情。

 あれが、脳裏から離れない。

 

 気になっているのは、多分自分だけ。大抵の人は姉のように一歩引いてしまうかもしれない。もしくは、彼はそう言うモノなのだとして気付かない。

 

 

 自分は、少年のあの佇まいこそが彼の本当の仮面のように見える。

 

 

 黒いバイザーは違う。アレは表情を隠しているだけだ。

 だから、いつも真一文字に結ばれた口元のせいで、まるで人間味の薄れた人形のように見えてしまうのだ。

 でも、彼が人形ではなくなる瞬間がある。彼の本当の仮面。あの冷たく閉ざされた佇まいが緩んだ時——彼は笑うのだ。

 

 彼を人間に戻すあの笑み。アレにどういう意味があるのだろう。

 でもその笑みは、どうしようもなく儚い。ボーメインのような溌剌とした活発な笑みとは程遠かった。

 だからこそ彼が一回だけ見せた、嬉しそうに誇るような、人懐っこい笑みが——

 

 

 そこまで考えて、リネットは気付いた。

 

 

 そうなのだ。

 あの少年が人間味の薄いナニかに見えなくなったのも、彼が怖くなくなったのも、彼が意外と表情豊かだと気付けたのも、彼が見せる断絶した差が気になって仕方がないのも、全部……全部、彼の笑みが起点なのだ。

 

 脳裏に浮かぶのも本当は違う。

 少年の冷たい激情。少年の後ろ姿。色々なモノが浮かんで来て、結局最後に残るのは必ず——彼の笑みだった。

 

 

 

「あぁぁー…………はぁ……私って本当に自分を騙すのが得意だったのね。

 でもこれすらアイツは見抜いてくるのかしら。

 あぁ、本当にムカつく。最高に不愉快だ。死ね」

 

「リ、リネット……!?」

 

 

 

 頭を抱えながら、リネットはそう呟いた。

 しかし、自らの想いに気付いたとはいえ、これが姉の言う恋とは思えない。

 恋とはもっと、いきなり抗いようもなく落っこちてしまうような、魂の奥底から燃えるようなモノではなかったのだろうか。

 それこそ、自分の想いすら焼け落ちて崩れてしまうような。

 

 でもそうではなかったということは、結局自分もメルヘンな夢を見ていたのかもしれない。

 

 

 

「まぁいっか…………」

 

「リネット?」

 

 

 

 僅かに抱いた感傷すら、リネットはなんだかどうでも良くなっていた。

 好きな相手の隣に居たいとか、その人の一番になりたいという感情は別にない。彼への想いの根底が、助けられたから恩返しがしたいというモノだからだろうか。

 

 彼の力にはなりたいのは変わらない。でも、彼の重荷になるくらいなら死んだ方がマシだった。願いは小さい。あの澄ました表情を消し去ってやりたいだけ。

 リネットは本気でそう考えていた。

 だから、今はきっとこれでいい。

 

 

 

「——フフ。姉さん私はね、メンドクサイ女なの」

 

「ぉぉ……おおお!」

 

 

 ニヤっと勝ち誇るような、それでいて全ての憂いや懸念から解放された笑みだった。リオネスが長い間見る事が出来なくなっていた、妹が浮かべる本当の笑みだった。

 

 その笑みにリオネスが影響されたのかはリネットは分からない。

 ただ、リオネスはその燃えるような恋の激情そのままに、ボーメインがキャメロットに帰投する際に、愛の告白をするのだった。

 

 




 
 後二話分待って。
 
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