今まで撒いてきた伏線や布石が一気に形を見せ始める。遂に運命がルーナを捉えた。
私が描きたかった部分にして、今から私が描きたい部分に説得性を出す為の回。今までで一番文字数が多く一番情報量が多い。
今まで頑張って来たから私のモチベーションが上がる褒美を下さい。私の精神力が回復してシナリオの精度と執筆速度が上昇します。
自分の腕を閉じては開いてを繰り返す。
指先は不気味な程に白い。見れば見る程変わったなと思う。でも、それだけ。結局、私そのものはあの日からほとんど変わっていない。
あの日から、私は剣を握るくらいしかやって居らず、年単位の長い間花の世話なんてしていなかった。だから、ガーデニングの腕前は既に錆び付いているかもしれないと思っていたが、意外と指先は覚えているようだった。
最初の数週間は勘を取り戻すのに時間がかかるだろうと踏んでいたのに、躓きすらない。あぁそういえば確か……あの村では花の手入れくらいしか遊べるモノがなかったから、私は毎日花を弄っていた気がする。
剣を振る以外にも使える事が出来た、私の才能だろうか。
要はまぁ、花の手入れには少し自信がある。
実はあの村には龍脈が通っていましただったら笑えないが、決して豊かではなかった場所で花を育てていたのだ。多分、これは誇っても許されると思う。
だから、はっきり言ってキャメロットの庭園はかなり適当な処置でも大丈夫だった。
日の当たりは強すぎる事もなく適切で、花を荒らす害虫の類もいない。益虫もいないが、花の種類問わず咲かせられるくらいに土の状態は良いのだ。誤差程度にしかならなかった。
あの村と違って、毎日世話をする必要がない。水やりも、一週間に一度。なんなら一ヶ月程放って置いてもなんとかなる。
だがそれでも……花をずっと放って置けば枯れてしまう事に変わりはない。
だから、その日は例の庭園に足を運んでいた。
人はいない。
キャメロットの食堂から近い事もあってか、決闘場ではなく此処で一騎討ちをすることが度々あったらしいが、庭園が花畑になってからはもうない。
私のせいで遠慮しているのだろうかと、少し不安に駆られたがボーメインが言うには違うらしかった。
……あの一件が解決したのに、まだ私にボーメインと名乗っている事にも僅かに不安だったが、別に関係が悪くなった訳ではないので一応は良しとする。
ボーメインが言うには、この庭園は憩いの場のような感じになっているらしいが、神聖な空間にも思えてくる為、自然とその場に長く留まろうと思う気が薄れるらしい。
遠慮している訳ではないとの事。特別な何かがあった日以外には行かないようになってしまったらしい。
じゃあ、その特別な空間を当たり前のように使用している私は良いのかとも聞いたが、あの空間と庭園の管理人なのだから気にする要素がない、となっているらしい。
その様な認識もあってか、あの庭園は私の私室のような場所になってしまった。まず人が寄りつかないし、私が庭園の作業をしている時に立ち会ってしまったら、静かにその場を去った方が良いとすら暗黙の了解のように囁かれている始末だ。
所詮は暗黙の了解でありながら、円卓の騎士達……しかもケイ卿すら寄り付かないのだから、その徹底ぶりは少しだけ空恐ろしい。
とはいえ、その気遣いが私にとって有り難い事に代わりはない。人の居ない庭園を寂しく思った事もなかった。元々、自分一人だけの趣味だったからだ。
庭園に入って、辺りを見渡す。
手入れは程々とはいえ、それなりに年月も経った。
成る程、色とりどりの花が咲き乱れるこの場所は神聖のように見える。
昼も夜も、この場所は穏やかだ。
……アヴァロンみたいだ。
「………………」
庭園に足を踏み入れ、大木の下にまで差し掛かった時、自然と足が止まった。
人が自然と寄り付かない場所——なら、人ではない者はさも当然のように足を踏み入れるだろう。当たり前だ。何せ、私はここの管理人みたいな事をしているが、ここを作り出したのは私ではなく——彼だ。
むしろ、彼こそがこの場所に足を踏み入れる権利を持つ。
「——いやぁ、今日はとても良い天気だ」
背中側から聞こえて来たのは、まるで今から気の良い友人と会話しようとしているのかと思えるくらいに、気さくで陽気な声だった。
息を整えて、小さく深呼吸してから振り返る。最初に目に入るのは花の様な白のローブ。そして、陽射しを透かし虹色に輝く白の髪。
アルトリアと同じ言葉を投げかけて来た事には、何かを言外に含めた意味があるのだろうか。
もしくは、ただ師弟関係にあるから偶然同じ言葉になってしまったというだけなのか。考えれば考える程、思考の渦に囚われてしまいそうだった。
「こんなに暖かな春の陽射しが差す日は、木陰の下でのんびり昼寝でもしたくなる。
キミもそうは思わないかい、小さな管理人さん?」
次の瞬間には鼻唄でも歌い出しそうなくらい爽やかだった。
いっそ爽やか過ぎて、緊張感が欠如しているのではとも思える程に。
彼のその内面を知らなければ、彼の緩やかな雰囲気に自然と肩の力を抜いていただろう。
そして……私は彼の内面を知るが故に、肩の力なんて抜けようもない。むしろ警戒によって、最悪な程に強張る。
……あぁ、遂にこの日が来たか。
覚悟していなかった訳ではないが、いざ対面すると、とても怖い。逃げ出したいくらい怖い。
夢魔のマーリンを相手に腹の探り合いなど勝てる気が湧く訳もないのだ。アグラヴェイン卿やケイ卿ですらまだ良いと思えるだろう。同じ人間なのだから。
だが、マーリンは非人間だ。
夢魔の血が流れているが故に、他者の夢に干渉し、他者の感情を養分として自分にストック出来る。つまりは、今私に浮かべている笑みの裏では、その笑みと相反するモノを考えていても誰にも分からない。
人と探り合いをするやり方を教わってはいるが、人ではないモノと腹の探り合いの仕方は教わっていない。そもそも教わっても無理だ。本気になったマーリンのポーカーフェイスを見破れる者は居ないだろう。
「フォウ……フォ…………ゥゥウウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛!!」
「……ここにおまえが求めるモノはないのだろうね。
お行き、キャスパリーグ」
マーリンの肩に止まっていた、犬の様な猫の様な、はたまた兎の様な愛くるしい白の動物が、全身の毛を逆立てながら威嚇するような吃り声を上げていた。
彼の言葉を受けて、その動物は一目散にその場から去っていく。フォウ、と未来で名付けられる事になる、今は顕現していない第四の獣。
あぁ…………嫌われてしまった。
でも、彼に嫌われるのは当たり前。何せ、私は恐ろしく嫉妬深い。目に映るモノを片っ端から"比較"している。
内側に卑王の心臓を入れているからとかの問題ではない。私はそれ以前の話なのだ——
「いや、ごめんね。もしかしたらと思って彼を連れて来たんだけど、どうやらキミとはあまり相性が良くなかったらしい。出来れば怒らないであげてくれ。
彼は好き嫌いが激しい、そういう生き物なんだ」
「……………………」
「おや無視かい?
……無視されるのは結構堪えるから勘弁して欲しいなぁ。キミが寛容深いなら是非、許してくれ。決して他意はないのさ」
「そうですか、お気になさらず。私は動物には嫌われ易い体質なので」
「そうなのかい? いやぁそれは大変そうだ。人間っていうのは動物との触れ合いで心労を軽減させるのだろう?
ところで、内に秘める強大な原始の呪力の影響か、警戒心が強い小動物などからは恐れられ、己が島の王だと瞬間的に理解させるのか、上下関係を気にする動物には大層好かれていた女性がいるんだけど、キミは知っているかい?
モルガンって名前なんだけど」
「…………………」
——バイザーがあって本当に助かった。思わず眉を顰めるのを抑えられなかった。
あぁ、私が動物に異様に嫌われるか好かれるのはそういう理由だったのかという思いも、あのマーリンが露骨に探りを入れて来たという事実で瞬間的に霞む。
「えぇ、私も知っていますよ。むしろ知らない人の方が少ないのでは?」
「ん〜、そっかそっか確かにそうだ。いやごめんね。独特な嫌われ具合が似ていたのもあるが、何を考えているのか分からない不気味な佇まいが、幼い頃のモルガンと似ていたからさ」
「…………似ていた……?」
「おぉ、気になるかい?
いいともいいとも、確かに気になるだろう。なんたって、今は私しか知らない魔女モルガンの幼少期だ。全てを知る訳じゃないが、魔女の話をしようじゃないか」
「……いえ」
……おちょくられているのかこれは。
それとも私を油断ならない人物だと思っているから、滅多に見せない筈の毒舌が自然と言葉の節々に表れているのか。
「なんだ聞かないのかい?
それは残念。この話を切り口にキミと仲良くなろうと思っていたのだが、どうやらお気に召さなかったようだ。
どうか許しておくれ。決してキミを魔女の手先だと言っている訳ではないんだ」
「……それなら私も安心出来ます。魔女モルガンを話題に出して来たので、暗にお前とは仲良くする気などないぞと称しているのかと」
「まさか! 私個人としては是非ともキミと仲良くなりたいのだけどね?
キミの方は、もしかしたら違うかも知れないけれど」
どの口が言うんだ。と考えてしまった自分は決して悪くない。
マーリンがここまで恐ろしい存在だとは知らなかった。いや……知ってはいたが、ちゃんと理解はしていなかったと言う訳か。恐怖しか湧かない。
……あぁ、マーリンと腹の探り合いだけはしたくなかった。
味方になれば、多少迷惑であるがこの上なく頼もしいお兄さんだというのに、敵となれば一切の油断が許されない策士、もしくは化け物か。
思考回路に隙らしい隙がなく、千里眼に幻術。更に人為的に英雄を作り出す事に関して右に出る者はいない。恐らく、敵対したマーリンはモルガンよりも厄介だ。
私の対魔力が桁違いである事は、気休めにしかならない。身体能力でなんとか出来る可能性はあるが、多分剣術で負ける。彼なら普通に素の身体能力で円卓と切り合えるだろう。そこに魔術すら合わさるのだ。勝てる気がしない。
「そんなに警戒しないでおくれ。単に私はキミと何げない会話をしに来ただけさ。本当だよ?
私の事は時々フラッと現れては、いつの間か消え去ってしまっている気の良いお兄さんとでも思っていてくれ」
ポンポンと胸を叩きながら告げたマーリンの言葉は、顔を思いっきり強張らせるには充分な言葉だった。
アグラヴェイン卿やケイ卿にはそれなりに通用していたし、そんな簡単に見破られる程迂闊ではないつもりだが——マーリンは当たり前のように見抜いて来た。
……いや待て。これはバイザーの幻惑の効果を貫通しているのか……?
電子機器すら欺く程の幻術使いであるマーリンからすれば、モルガンの幻惑は詮無きシロモノでしかないというのか。しかも、千里眼持ちの彼からすれば、バイザーの裏の私の表情すら見えているのかもしれない。
……なんだこれは。私はバイザーで表情が読み取れないのが最大の強味だったというのに、はっきり言って詰んでるぞ。
「—————…………」
唐突に、マーリンが表情を変えた。
笑みをフッと消して、僅かに瞼を細める。
……まるで、何か遠くを見るような、そんな表情だった。
「…………なんですか」
「いや、気にしなくていい。逆の立場になってみただけさ。
成る程これは難しい。決して簡単にいくと思っていた訳じゃないが、こうも上手くいかないとはね」
言葉を返して、マーリンから返って来たのは要領を得ない言葉。
私に向けていながら、その言葉自体は私に向けられていない。まるで、自分自身に告げているような言葉だった。
……どういう事だ……マーリンは私に何が言いたい……?
「——いやいいんだ。君はそれで良い」
私の思考を見透かして被せて来るかのように、マーリンは再び続けて来た。
いつの日かの、アルトリアに告げたような言葉を。
「は——……は?」
「ボクはどうやっても非人間で、キミはどうやってもどうあろうとしても人間にしかなれない。
きっと互いに噛み合う事はないだろう。だから、ボクの事を無理に理解しようとする必要はないよ。キミはキミらしくあれば良い」
「——はぁ……?」
そう告げた彼の佇まいは、いつもは何処か緊張感の欠けている雰囲気とは解離あるモノだった。
そこに居たのは、己が人間世界の異物であると自覚し、世界のあらゆるモノが見えてしまうが故に人類の世界が究極的には醜いモノだと理解しながら、それでも尚、人類という種族の隣に立つ事を選んだ賢者であった。
「……でもあぁ、それがキミの美点でもあるのか。キミは何故か偏見をしなかったからね。いやぁ……これは難しいな……」
「……………」
「まったく失敗してしまったよ。折角気の良いお兄さん的な第一印象にしようとしたのに。最近女性を口説くのを控えてしまったからかな」
「…………………」
「そうやって無言で眉を顰めるのは止めてくれ。結構心に来るから」
「……はぁそうですか。貴方こそ私の事を理解する必要も気にする必要もありませんよ。私の事など、その視界から外せばよろしいのでは?」
「うっわぁ……キッツイなぁ。少しくらい容赦してくれても良いんだよ?」
「一体どの口が言うのか。貴方の最初の発言、明らかに私を牽制していたでしょう」
実は全てマーリンの演技であるという可能性が常に付き纏っている以上、どうしても警戒が解けない。
……でも、多分私の思惑とは違うのだろうなとも思っている、何となく。
警戒も恐らく最低限でいい。彼自身から私の前に姿を現したという事に意味はあるのだろうが、私に敵対的だとはどうも思えなかった。
「うん……まぁこれはしょうがない。
今日はここの花々を確かめに来たくらいだから。ここの花々は良いモノだ。私が咲かせたのもあるのだろうが、それ以上に慈しみが込められている」
「どうもありがとうございます。まぁ、褒められて悪い気はしません」
「それは良かった。あぁもうしばらくこの場所に居てもいいかい?」
「……別にここは貴方が作った場所なのだから好きにすれば良いでしょう」
「そっかそっか。キミがそう言ってくれるのなら安心だ」
そう言って、マーリン嬉しそうにはにかみながら、大木を背に預け座り込んだ。
あぁ……突拍子がなくて調子が狂う。
「……何がしたいんですか、一体」
本当に会話しに来ただけなのか。理由が今一つ不明瞭で、マーリンは気侭だった。最初に世間話の体で私に言ったように、大木に背を預けてそのまま眠ってしまいそうだった。
「——————」
「…………なんですか?」
目を開けたマーリンが見せたのは、再び遠くを見るような目だった。
この目は……見覚えがある。私越しに、何かを重ね合わせている目だ。あぁ……もしやそういう事なのか………?
「……いやぁ今更なんだけど、その喋り方は止めて欲しいな。出来ればボーメインと話し合っている時のような口調にして欲しい」
「……………」
「私の身勝手だけどごめんね。その口調で喋るキミが絶望的にらしくない」
「はぁ……らしくない、と。
——なら私が花を慈しんでいるのも絶望的に似合っていなさそうだがな」
「それを言われるとキツいなぁ」
「で、これで良いか」
「うんありがとう。其方の方がキミにはあっている。それに言ったろ?
キミはキミらしくあれば良いと」
「別に、もう慣れている。それに私にとってはどちらも素だ」
小さく軽口を言い合って、互いに矛を収める。
私もマーリンも表に出していないが、多分マーリンはほぼ全ての事柄を見抜いているのだろう。それを察した上で、表面上の会話には表していないだけ。
それにしても、マーリンにとって私はアルトリアと重なるのか……。
まさか、どう考えても私とアルトリアは正反対だろう。と私は思っていても、彼にとっては少し違うらしかった。
まぁ、私もそこは突つきたくはない。絶対に藪蛇だ。
「で、結局マーリンは何がしたいんだ」
「ん〜……どうしようかなぁ。キミと顔合わせした方がいいだろうと思ってたし、キミの確認もしなくちゃなぁって思ってはいたのだけど、実際に相対した時はどうしようとか考えてなかったから。多分、未来の私がなんとかしてくれるだろうってね?」
「まったく……楽観的だな。というか、さっきお前自身が言っただろう。互いに理解し合えないし、噛み合う事もないと。ならもう用は済んだんじゃないのか」
「それはそうだねぇ。でも、ボクとキミの関係は嫌でもきっと続くだろう?
だから、ボクは交友を深めた方がいいなと思う訳だ。隣どうだい?
木陰の下で一日を敢えて無駄に過ごすというのも風情があるじゃないか」
「……はぁ?」
「おや残念。私の教え子だったら、訝しみながらも取り敢えず隣には座ってくれるだろうに」
「やっぱりお前、私の事をおちょくっているのか?」
「ハハハ、まさか!
そういう風に感じられるのはね、キミにあまり余裕がないからだ。いや違うな。余裕がない訳ではない。ただ、新たに出来た余裕をすぐに別の事に消費してしまう。そんな生き方じゃ疲れるよ?」
「………………」
あぁ本当に苦手だ。
迷惑を周囲に振り撒くからではなく、ほんわかとした空気と会話の中で、突拍子もなくいきなり導き手の賢者のような言葉を捩じ込んでくるのが。
「私としてはね、キミが巻き起こす人々や周囲の騎士の心の動きを見ていたいのさ。勿論平和的なのをね?
時間が流れないで欲しいと少しだけ思っちゃったよ」
「…………いつから見ていた?」
「一、二年くらい前からかな。
いやぁ、特にあれは良かった! キミが舞踏会で一人の令嬢のプライドをズダズタにしてしまった奴! アレは傑作だった!」
「アレか……」
忌々しい記憶だ。
世界には、リネット嬢のような気高い令嬢ばかりではないという事を否応にも理解してしまった記憶。
先月、私は遂に十二歳となった。
身長も伸びて来ている。今は140cm前半くらい。アルトリアと10cmくらいしか変わらない。私は男性じゃないから早く成長期が来たが、ここからは緩やかに伸びるのだろう。
まぁつまりは、周囲の騎士達に交じってもそれなりに体裁はつくようになった。
目立つし浮く事には変わらないのだが、それが良い方向に働き、人々にとっては好奇心を刺激されるモノだったらしい。
私にとっては良いのか悪いのか判断に困るが。
「アレは未だに思い出して時々笑ってしまうよ。
キミは乗り気じゃなかったっていうのに、社交場に出たキミの立ち回りが面白すぎて笑いが止まらないのなんの!」
ブリテン島では15歳からが成人の大きな節目であるが、12歳も一つの節目である。子供でも、ましてや大人でもない、責任感が伴ない始める青年期。
それもあり、しかも私は異常と称される程の年齢から騎士に叙任されていた人物だった。だから、もう扱いは一般的なモノにして良いのではと囁かれていたらしい。
で、年齢を言い訳に出来なくなった以上は……そういう場所に行かなくてはならなくなったのだ。非常に不本意だが。
「キミ、色んな令嬢からアプローチされてるだろう?」
「忌々しい。私が変な真似をしたら、私以外の周りに泥を塗りかねないし、表情上は穏やかに接する必要もあって極めて面倒だ。しかも、私が下手に出た事で勘違いする思い上がりの激しい人物も居る。
叶うなら全員に失せろと言いたいくらいだ」
事実いたのだ。
ちょっと……いやかなり高飛車な人物が。その人物がリネット嬢のようなら良かったのだが、角が立つというか、押しが強すぎて迷惑というか。自分の事しか考えてないというか。
それで適当に受け答えをしていて、やんわりと受け流していたら当たり前のように怒られてしまった。
「ハハハ。キミのその様子だと本当に面倒だったんだろうねぇ。
キミ、もしかしたらランスロットよりもモテてるんじゃない?」
「うっわ…………冗談だとしてもそれは聞き捨てならない。最悪だ。私の恋人は蛮族達ですと周囲に風聴してみたくなる」
「大して意味ないと思うよ。精々、キミのお決まりの冗談程度にしか思われない」
「はぁ……モードレッド卿が羨ましい」
モードレッド卿はそのような場には絶対に出ない。いつも通りと言えばそれまでだが、今はモードレッド卿の兜と鎧が羨ましかった。
言ってしまうとなんだが、モードレッド卿はあまり人気がない。そして私は人気がある。さっぱり嬉しくなかった。
私は重厚な鎧による威圧感はないし、バイザーで隠されていても美しいと分かる顔立ち。非常に歳若いが、落ち着いた佇まい。後はまぁ……私は丁寧に相対はするが、周りの騎士と違って甘い言葉は言わない。
だから私はクールな雰囲気の貴公子的な評判なんだとか。
そうケイ卿が言っていた。微妙な顔で。
「今までは年齢や身長。もしくはケイ卿の従者だからと言い訳出来ていたが、その言い訳も通用しなくなって来た。そもそも誘われないのなら良いのに、嫌になるほどに誘われる。
はぁ……こんな事をする時間と余裕があるなら、もっと別の場所に力をかけろと声を大にして言いたい」
「そうだね。でもそうはいかないのが人々の社会だ。風がなければ空気は澱むし、何より華がない。それに、周囲の諸国や人々との繋がりを得るのにも重要だからね」
「そうだな……本当にその通りだからままならない。
でもそれはそれとして、私の居場所は煌びやかな装飾が施された宮廷でもなければ、豪華絢爛に飾りつけられた社交場ではない。
こんな栄誉などいらないから、是非とも誰かに代わって欲しいと常々思っている。
というか、私はマナーや立場上断れない人と数回踊るか言葉を交わすかして、後はずっと壁のシミに徹しているのだから、つまらない人間だと早々に見限って欲しいのだが」
「いやぁ、残念だけどそれは無理じゃないかなぁ。
むしろその態度が令嬢達の心を燃やしているんだよ?」
「…………何?」
苦笑いしながら告げたマーリンの言葉は聞き捨てならないモノだった。
というか、顛末まで見ているじゃないか。それ程に面白かったのか。
「キミ、なんて言われているか分かるかい?」
「……………」
「アハハ! その様子だと本当に知らないようだ。
ならまずはキミ以外の人達から話をしよう。まずガウェインとランスロットは当たり前のようにモテる。
まぁガウェインはつい最近、老婆かと思ったら実は年下で巨乳だったらしい人物と良い感じになっていて、ランスロットの方はこの国では知られていないが既婚者だから、深いところまではいかない……のだが、彼らはちゃんと対応してくれる。甘い一時を過ごすのに良いって事だ」
「まぁ……そうだな」
「ベディヴィエールは雄々しい力強さこそないが、紳士的かつ執事的な魅力の持ち主だ。トリスタンはやや悲観的だが、詩人らしく歌や曲を送ってくれる。モテない訳がない」
「あぁ、うん……」
「そして、キミだ」
私の事を小さく指差しながら、ニヤリとマーリンは告げた。
「キミ凄いよ?
決して己は語らず、また飾らず、ただ瀟洒に側に立つ。それが猛々しい人物なら魅力的には映らないだろうが、キミはその見た目だ。自らを弁えているように見え、しかし卑下しないその凛とした姿形は良く映える。
最初は、物珍しさや威圧感を抱かない相手として近づいた令嬢達を、次第に本気にさせていくには十分だろう」
「…………………」
「キミは、まだまだ社交場の経験が未熟な歳若い令嬢達の間で絶大的な人気を博している。しかし、これで終わらせないのがさらに凄いところなんだが」
「まだ何かあるのか……?
正直もう、一杯一杯なんだが」
褒められているのに全く嬉しくない。
あのマーリンから言われているからとか関係なしに、同性にモテても全く嬉しくないのだ。じゃあ異性なら良いのかと言われても別にそんな事はない。
「最初に言っただろう?
絶対的な人気を令嬢から勝ち取っているのに、キミの態度は最後の部分でつれない。キミが怒らせた令嬢が言ったんだったかな。
"ケイ卿の愛は翌日には忘れているモノだが、それでもまだマシだ。何せ一日は覚えていてくれるのだから! しかし、あのケイ卿ですらそうだというのに、あの少年はどうだ? 一日覚えて貰えるどころか、彼の視線に映ってすらいないじゃないか!?" ってね」
「…………………」
「これ、ある一種の伝説となって語り継がれていきそうだね?」
私の着けているバイザーを指差しながら、マーリンは語った。
ケイ卿もケイ卿だが、その従者も従者だという事だと。
……じゃあなんでそこから、私がさらにモテる事になる。
「分からないって顔をしてるね。
そこで話は最初に戻るんだが、キミはアーサー王の再来だなんて囁かれているんだよ?」
「……は?」
「周りの騎士と違って頑強な肉体を持たず、子供と見違う程に小柄。しかし、その武勇と力強さは周囲の騎士とは比べモノにならず、常に戦場に身を置く精神は揺るぎない。
キミの場合は更に異常さが際立つ。
何せ、アーサー王よりも更に幼い頃から戦いに身を置いているんだ。そして栄光の密度も凄まじい。僅か三年弱で一つの国の不正を正し、一つの国を救い、数多の叛逆者を粛清し、数千にも及び兼ねない蛮族を倒している。
ここまで来て重ならない訳がないだろう?」
「…………自分で言うのもなんだが、私はこの国で一番将来性があるから、今の内に粉をかけて置こうと?」
「そう言う事だ。
国の状態があまり許してくれなかったが、アーサーの時も凄まじいくらいモテてね。それを思い出すようだったよ。人々もそうだが、私も。
まぁ、キミはアーサーよりもややクールでつれないが、それはそれで燃えるというのが令嬢だ。その仮面を外し、謎に包まれた素顔を最初に見せてもらうのは私だ。あの澄ました表情を晒し、彼の瞳に最初に映るのは自分だ。ってね。
もしかしたらキミには、人々を逆境の中で燃え滾らせる才能があるのかもしれないよ?」
「倒錯的な人間を生み出す才能か。嬉しくもなんともないな」
「まぁ、恋する女性というのはそういうモノさ。
近々リネット嬢が社交界に参戦しそうだが、いやぁキミは倍率が高そうだ。なんならキミはアーサーに恋していた一部の女性にも狙いを定められているんだから。ギネヴィア王妃に取られてしまった初恋の相手に似た少年が現れてくれたって」
「へえ……で、それがお前にとっては面白かったと?」
「……………………」
興味のない相手の事をずっとマーリンが見ているとは思えない。はっきり言って、私の事を見過ぎだ。皮肉交じりに返せば、マーリンはフッと小さく笑った。
「……うんそうだね。面白かったし、久しぶりに楽しめたよ。こういうのも、もしかしたらあったのかも知れないなって。
キミ自身もそうだが、キミが動かした周囲の人々にその心の動き。見応えがあるモノだった。
これだけじゃない。騎士となってからも時々厨房で下働きをするボーメインと、その時は必ず食堂に足を運ぶキミのやり取り。そこに現れたガウェインと見せた料理についてのアレやコレ。
モードレッドと互いに競い合うように蛮族狩りに赴いていたのも見ていて楽しかったね。
ハハ、似合わないというのに悩みまくってキミに白い花を送った、あの三人とキミの返答も見ていてハラハラした」
「…………………」
「あぁうん……キミが決闘試合で騎士達を百人抜きしたのもあったね。他にもあるが、語り出したらキリがない。
この何でもない日々が続けば良いのに、と思うくらいには楽しかったさ」
今まで見てきた様々な事を思い出しているのだろう。
マーリンは顔を伏せながら語った。
「……………………」
「……………………」
「……まぁボクの言う事を気にする事はない。キミはキミらしく好きに生きてくれ」
マーリンの返答が思っていたのと違った事で、思わず黙り込んでしまう。
互いに走った沈黙を破るように、マーリンは答えた。
……何というか、モルガンが私に言ってくれたような事を言われて反応に困った。その癖、自分の事を理解する必要はないとマーリンは言うのだ。どうしろと。
「はぁそうか……なら私は好きに生きよう。長い付き合いになるのだから、また何かで会うだろう。今日はまたな」
言葉が途切れて、視線を俯かせていたマーリンに一言だけかけて、庭園から出て行こうとする。
個人的には彼はやや不気味で怖いが、彼は基本的に人類の味方だ。
だからきっと、私が何か仕出かさない限り、私と敵対する事はないだろう。
「うん、じゃあね。そういえばアグラヴェインがキミの事を呼んでいたよ」
「そうか分かった。ありがとう」
「いやいや感謝されるような事じゃないさ。少し助けになろうとしただけだからね。キミの成長が楽しみだし」
「……成長、か」
マーリンに背を向け、庭園を出ようとした足が止まる。
最近、鏡を見て本当に似て来たなと思う事が増えた。幼い子供特有の、丸みを帯びた顔はもうないし、女性としての体つきになって来たような感覚がある。身長の違いも拳二つ分くらい。
後……三年で、私はアルトリアと見た目が違うだけで肉体は同じになるのだろう。彼女が反転したその姿と全く同じ。そしてその後は、私が追い越していく……のだと思う。
成長したその姿を明確にイメージ出来るのに、どうも実感が湧いてこなかった。
「いやぁ、キミがこのまま活躍していったらどうなるんだろう。もしかしたら十三番目の席に座るかもしれないね?」
止まっていた自分の背中に言葉を投げかけられて、思わず振り向いた。
「は……私が円卓に? それも十三番のあの席だと? 本気で言ってるのかそれ?」
「うん。かなり本気だ。そうなったらキミはどうする?」
「どうって……何が」
「キミは知らないかい?
円卓の一人一人が立てた、己の信念の象徴にして決して譲ってはならない誓い。そして、それこそが円卓を形作る十二の拘束。この誓いは聖剣の力を真に正しき場合のみ解放出来るという誓約にもなっている」
「…………」
「本来なら十三番目の拘束は空白になる予定だったが、もしも誰かが十三の席に座るなら話は別だ。あの拘束は未完成で不完全なモノという概念を帯びてしまう。十三の席が呪われているのも、人々のそういう概念に基づくモノだから」
「そうか……あの席はそういうモノなのか。初耳だったよ」
「そうなのかい?
ならその事実を知った今、キミはもしもその席に座ったらどんな拘束を課す?」
「…………………」
原典ではマーリンに呪われているとされた十三番目の席だが、成る程そのような実態だったのか。
つまりは、その席に当たり前のように座ったギャラハッドは、呪われた席に座っても何ら影響を受けないと、この国全ての人に思わせるだけのモノを持っていたのだろう。
……私にそれがあると?
十三番目の席の実態にも驚いたが、それを私に告げた事にも驚いた。
私には十三番目の席に座っても影響が出ない程に清らかな精神を持っているとは思えない。私はきっと、ギャラハッドとは大違いだしそこまで厳格ではない。
何故なら、十三の席は特別中の特別だ。
アーサー王物語を元にした騎士道文化……有名な物なら、シャルルマーニュ伝説の十二勇士達の話ですら、十三番目の騎士は存在しない。
本来なら誰も座る事もなく、また存在すら許されなかった筈の十三番目の席に座った者。それは後世に於いてもギャラハッドしかいない。
例外中の例外。
そう言う運命にあった者。
ある意味、異物の象徴と称しても良い。
そして、それに相応しい身だと証明するように、ギャラハッドは円卓の中でもっとも厳しい拘束を課していた筈だ。それは、確か…………
「"是は、私欲なき戦いである事 "……で良いんじゃないか」
「……成る程。己の自心を完全に殺し、ただひたすらに前線に身を置くキミらしい誓いだ」
「ハ……まさか。私にこの拘束は解放出来やしない。
私は私欲塗れだぞ」
もう話は終わったからいいだろう。
そうマーリンに言って、私は素直にアグラヴェイン卿の下に向かった。
「………………………」
マーリンは庭園から出て行った——アルトリアと瓜二つの姿をした少女の背中をずっと見つめていた。
少女の姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっとマーリンは見送った。
「…………いやぁ、これは本当にキツいなぁ……」
疲労で溜息を溢すように、マーリンは嘆息交じりに呟いた。
彼女がアルトリアと似た容姿をしているだけなら、きっとこんなに思い悩む事もなかっただろう。ただそれだけの人間だとマーリンも割り切る事が出来た。
きっと嫌悪感すら抱けたに違いない。しかし、そんな事は出来る訳もなかった。
「なぁ、見ているかいウーサー…………ボクとキミが僅かな価値をも見出せず、アルトリアに捨てさせた人間性はね、ここまでのモノだったよ」
決して短くない間、アルトリアとは全く別の少女を見続けて来た。
何もかもが正反対のようでいて、何もかもが同じに見える少女。違いなんて幾らでも浮かんでくるのに、その差すら最終的には似たモノに見えて来るのだからもう手に負えない。
アルトリアが自ら捨てた……いや、自分達が捨てさせた人間性が——人として育った彼女が、明確な意思と姿形を持って現れたような感覚だった。
目を逸らし続けていたのを糾弾され、もう逃げる事など許さないぞと、己の罪と相対しろと、そんな事を言われているような錯覚さえする。
しかもそれが、ウーサーが愛さず捨てた本当の娘、モルガンの手によって真に完成しキャメロットに訪れたのだから、もう運命というのは一切の容赦もない。
そして、人間性の塊である少女の方も、最早人間として幸せを掴める日が来る事はないのだ。
何もかもが、既に手遅れだったのだから。
「——キミはどういう風に思ったかい?」
僅かに視線を虚空に彷徨わせた後、今までの佇まいなど無かったかのようにマーリンは庭園に響くように告げる。
その声に反応するように、花の庭園に一人の人影が訪れた。
「……やっぱり気付いていたんですね」
「そりゃあ気付くとも。
あの時、彼女の素顔を見ていた事もね。ギャラハ——」
「ガリア」
「……まったく、キミは意固地だなぁ」
マーリンの言葉に被せるように、ギャラハッドはその偽名を告げた。
その真名を自分から明かすつもりは一切ない。自分とあの男は、血が繋がっているだけの他人だった。ならば、もう一つの繋がりであるその名前を使う理由も意味もない。
父にも母にも捨てられたこの身を再定義するのは、己を実の子供のように育ててくれた教会の神父とシスターから貰った、この名前だけなのだ。
「で、キミはあの子の事をどう思ったんだい?
あの子が女性だと気付いてからランスロットの従者を辞めたんだ。何か思う事があったんだろう?」
「……別に。誰かがあの男の従者になるような日があったら、僕はすぐにでも辞めていましたよ」
「ハハハ、確かにそうかもしれない。
でも、いきなり武者修行じみた事を繰り返すようになったのも事実だ」
「…………………」
マーリンの言葉を受けて、ギャラハッドは視線を虚空に向けていった。
そう、事実だ。ギャラハッドのその一歩を進めたのは、あの少女の姿だったのだから。どう言葉を言い繕おうとそれは揺らがない。
「いやぁキミも凄いね。小国とはいえ戦争を唆していた騎士を一気討ちで倒し、誰にも持つ事が出来なかったその呪われていた盾を当たり前のように浄化したんだから」
「良く言う…………最近あの国が大変らしいよと僕に言ったのは貴方でしょう。いずれは必ずこの縁が繋がるからと。それにこの盾だって、今まで手に取って来た人達が欲深かっただけだ。
僕以外にも、この盾を扱おうと思えば扱える人はきっと居る」
「成る程。キミは自らの功績は、やろうと思えば誰かにも出来るモノでしかないと考えている訳だ。しかも本気で。その原因はあの子なのかな?」
「………………」
その言葉にギャラハッドは微妙な顔をした。
その場の雰囲気や気分によって適当に会話をしているかと思えば、唐突にこれだ。彼が、人類を真の意味で客観的に見守る賢者である事は分かっている。しかし、稀に見せるその佇まいは、無感動な詐欺師や策士と呼ぶ方が似合う。
自分がそのような駆け引きがそもそも苦手だという事を考慮しても、ギャラハッドはマーリンの事が苦手だった。
「……そうですねマーリンの言う通りだ。あの日、あのサー・ルークが女性だと知った瞬間、何もかもが崩れ去った。
……なんで、あんな当たり前の事さえ気付いていなかったのだと、己を嫌悪すらした」
あの子とは、会話の流れからしてあの少女の事だろう。それくらいは分かる。
僅かな怒りすら浮かべて、苦々しい表情でギャラハッドは語り出した。
彼女は……いや彼に抱いていた話だ。
齢十に満たぬにも拘わらず騎士となったモノ。今尚、その名声は留まる事を知らない。
アーサー王の再来。多くの騎士が歳を取り世代を入れ替えるだろう時に現れた、後に国を引っ張るだろう若者。次代の星。ただひたすらに、ブリテン島の悪を滅し続ける覇者。
アーサー王が希望の光であるなら、かの少年はその光を剣にした者とすら真しやかに語られ始めた。
今程の名声ではないとはいえ、その話はギャラハッドにも届いていた。
そんな人物に興味を抱くのは必然だったと言える。あの男との因縁とは、また別の感情だ。どんな人物なんだろうという好奇心。
そして、その少年をあの日見た時の衝撃は忘れ難い。
ずっとずっと、小さかった。
どこをどう切り取っても子供でしかないその姿に、茫然としてしまったのを覚えている。
その年齢は知っていた筈なのに、本当に噂の人物であるのか、改めて言われるまで分からなかった。
心ない者はその風貌を侮り、騎士に相応しくないと蔑むだろう。
彼を蔑んでいなかったとはいえ、ギャラハッドもそうだった。戦いに求められるのは優れた体躯と体力。そして重さと膂力だ。
昼夜戦い続ける力強さなど感じられない。少年の如き体躯で、一体何が出来るだろうと。
今では、見当違いで彼……いや彼女の事を侮っていたのだと分かる。
しかしあの時は、悲哀か同情か、そんな感情で少年の姿をなんとなしに見ていた。しかし、それはすぐさま覆される。
ギャラハッドの中で、その人物が彼から彼女となった瞬間。
彼ではなく"彼女"の姿を見て抱いた感情は一体何だっただろう。
思考が停止する程の驚愕、それもある。奇異なモノへ向ける狼狽、それもあった。しかし、それ以上に抱いたのは——怒りだった。
彼は猛々しい人物ではない。
花と戯れているくらいの少女。戦いの場には相応しくない女性——
そう思考が逸れていって、あの子は男性ではない女性だから、と考えていた己の考えに、ギャラハッドは空白を感じる程に愕然とした。
違う、それ以前の話だ。
あの子は男だからとか女だからとか関係がない——子供なのだ。戦いの戦禍からは、真っ先に遠ざけられ、すくすくと育つように愛されるべき国の宝。
その子供が当たり前のように戦いの場に出て、それを誰もが不思議に思わない。彼はそういう存在だと考え、まるで新たな希望のように持て囃される始末。
抱いたのは激しい怒り。
清らかなるモノ全てへの怒り。ブリテン島そのものへの、どうしようない憤り。
しかし、それらを全て塗り替える——己への怒り。
「決して彼女を侮っている訳じゃない。
……そうだと僕は思っている。でも、良く分からなくなってしまった。性別の話は重要じゃない。それでも、あんな小さい子が当たり前のように殺し合いをしているというのは……上手く言葉に出来ないけれど、それは何か間違っているんじゃないかとしか思えなかった」
「そうか…………そうだね」
「でも、それは違うだろうと思っている事すら、あの少女を侮っている事に繋がるのかもしれない。
今なら分かる。騎士にとって本当に必要なのは戦う為の力強さや体躯なんかじゃない。決して揺らがない信念だ。彼女が持つような、何かを犠牲にしてでも……それこそ己の全てを天秤にかける程の精神力が」
「あぁ…………その通りだ」
「彼女が今の境遇に苦悩しているなら、その手を引いて辞めさせる事も考えた。でも、彼女こそがこの境遇を望んでいる。彼女の真の秘密、苦悩はそこにはない」
「—————…………そうだね、手を引いて辞めさせるというのは難しいだろう。私でもきっと無理だ」
「彼女が心無い者ならきっと違った。
でもそうじゃない。アーサー王と何かを語りあっていたあの日、次の瞬間には崩れていそうな彼女の笑みがあった。アレは決して心無き化け物が浮かべるものではない。
……それに、確かにあそこにはあったんだ。子供が浮かべるに相応しい、普通の笑みが」
「……………」
「自分自身が許せなかった。そして、力が欲しいと心の底から願った。彼女に降り掛かる災厄を跳ね除け、守りきる事が出来るだけの力を。
彼女を侮っている訳ではない…………と思っている……でも、分からない。これは僕の自分勝手な我儘で、彼女にとっては迷惑な、欺瞞に満ちた偽善なんだろうかと。彼女は守られる事など望んでいないんだから。
でも、それでも——まるで破滅に向かうように戦い続けるあの姿が、ナニかを決定的に間違えているように見えてならないんだ」
拳を握り締めながらギャラハッドは語る。
いつもは平静に形作られたギャラハッドの瞳が、複雑な感情に揺れていた。
その姿をマーリンは静かに見ていた。
「守りたいか。成る程分かったよ。
でもそれは難しいだろうね。彼女は誰かに守られる事を良しとしないだろうし、さらに周囲がそれを後押ししている。
まぁ少なくとも、彼女が男性だと知られている間は彼女は人々の影響もあって止まらないだろう」
「男性だと、知られている間………」
視線を彷徨わせたギャラハッドが一体何を考えているのかを、マーリンは何となく察しながらも敢えて追求しなかった。
きっと、彼女の性別を暴いたとしてもあの子は歩みを止めない。周囲の反応が枷になろうと、邪魔になろうとも。
いや、もしかしたら……彼女はそれさえも———
「……不躾かもしれないけどさ。ギャラハッド、キミはそう思う程に、あの子に一目惚れをしたのかい?」
マーリンはその可能性を語らなかった。
決して確定した運命ではない事もあるが、無慈悲に命を選定する超越者の域に、遂に片足を突っ込み始めた少女の実態を、ギャラハッドに語る事を良しとしなかった。
「まさか…………一目惚れとはもっと燃え落ちるようなモノでしょう。
あぁでも、一目惚れならどれだけ分かり易かったか———」
自分の発した言葉を急に遮り、ギャラハッドは表情を蒼白にさせた。
しかしそれも一瞬。次の瞬間には、ギャラハッドは表情を歪ませて吐き捨てるように笑った。ふざけるなと。
「ハ……ハハ。一目惚れ……一目惚れだと……?
——何を一体、そんなふざけた事を。はぁ、どうやら血は争えないみたいですね。そんな事を思わずとはいえ考えるとは。それでは何も変わらない。
一目惚れでとある男を唆した女と、正気に戻った後に逃げるように国を渡った男と」
「…………」
「今のはどうか忘れて下さい。
僕はそんな不純な感情を抱きたくないし、それで彼女を縛りたくない……だから、彼女の揺るがない精神を見ていて不安になるんだ。
マーリン、僕はもう行きます。彼女はずっと歩みを止めない。僅かにでも立ち止まってしまったら見失ってしまいそうだ」
「そっか。キミも頑張ってくれ……と言いたいが、キミも中々重症の様だ」
背を向けて庭園を出ようとして、マーリンから告げられた言葉にギャラハッドは足を止めて視線を再びマーリンに戻す。
自覚はあったのだろう。ギャラハッドは僅かに視線を俯かせた。
「まぁ息抜きも忘れないようにね。
——あぁそれと、アグラヴェインがキミを呼んでいたよ?」
「そうですか、分かりました。ありがとうございます」
「いや感謝なんていらないさ。後、ちゃんとあの盾を持っていくようにね? それが必要になるから」
「分かりました」
意識を取り戻したギャラハッドは、マーリンの言葉を受けて、素直にアグラヴェイン卿の下へ向かおうと歩みを進めようとする。
「最後に一つ聞きたいんだけど、キミが十三番目の席に座ったらなんて誓いを立てる?」
「………………」
彼女に告げたように、マーリンは同じ事を聞いた。
一瞬だけ思い悩んだギャラハッドは、マーリンに向けて振り返らず答えた。
「"是は、私欲なき戦いである事 "……で良いんじゃないですか」
「——成る程。己の自心を完全に殺し、ただ信念のみを持ってその盾を浄化させたキミらしい拘束だ」
「……まさか。簡単に解放出来る拘束に意味なんてないでしょう」
小さく苦笑いをしながらギャラハッドは答える。
そして——
「それに僕は私欲塗れですよ」
そう告げて、今度こそギャラハッドは出て行った。
残されたのは、大木に背を預け、二人の後ろ姿を見送った魔術師だけ。
マーリンは体勢を崩し、大木に深く背中を預けて天を仰ぐ。
「……難しいなぁ。何処までも客観的に考えられるボクの思考性と、全てを見通せるこの目があればハッピーエンドなんて簡単だと思っていたのだけど、まさかここまで上手くいかないとはね」
独り言ちて、人間という存在を舐めていたのだと考えを改める。
一体いつから、半分しかない筈の人間の血が疼くようになったのだろう。あぁ、本当に人間は凄い。これが心に言い知れない空白を覚えるという奴なのだろうか。まさか、非人間である自分が今、罪の意識を感じているとは——
「あの少女は今、十二歳か。
そういえば、アルトリアがケイに向かって王になると告げて、関係がギクシャクし始めたのが……確か十二歳の時か。
あぁ、これも運命って奴なのかな」
正体まで見通せても、本当の名前は知らないあの少女。
その少女の姿は、記憶の中にいるアルトリアと瓜二つだ。その大きささえもが。
辿っている道筋だけは、どうしようないくらい正反対で凄惨だが。
「……さぁて。こればかりはボクが一人で投げた賽の目じゃない。モルガンの手によって盛大に狂った賽の目だ。どんな目が出るかは、ボクでも読みきれない」
あの少女は他人の真似事をする才能があるという。なら"王のフリ"すらそつなくこなしてしまうのかもしれない。
そして、その後——それだけでは済まないだろうという予感を、マーリンはその目でブリテン島を測り、確かに感じ取っていた。
人々の意識の流れ。今はまだ、意識の底で眠っているだけのモノ。
しかし、それを僅かとはいえ抱かせたのは他ならぬあの少女だ。あの、あまりにも苛烈な姿勢は、人々にある火種となるモノを抱かせ始めている。
その火種が導火線に着火するのは一体いつだろう。
そして恐ろしい事に、導火線は非常に短い。
今尚、国に希望の日の出は見えず、未来は暗いまま。
国はずっと夜のままだ。故に人々の意識は正しく在れない。国の未来を覆う原因、その全てを殱滅しなければと。そして、その先頭に立ち扇動する者が——
「………………」
停滞した国、人々は新たな風を望んでいる。
人々が熱狂的になって新たな風達を褒め称えるのもその為だ。
アーサー王ですら祓いきる事の出来なかった、国を覆う暗雲。
なら、次に望むのは、その暗雲を根こそぎから廃滅させる風。何よりも強大で、周囲の何もかもを巻き込みながら、今度こそ国に潜むあらゆる悪を消し飛ばす程の、暴風。
ブリテン島の人々が望むのは、先王や魔術師が望んだ理想の王では無くなり始めている。
人々は——嵐の王を望んでいる。
「……………」
「フォウ、フォーウ!!」
「ん、あぁ戻っていたのかキャスパリーグ」
いつの間にか、マーリンの肩にはキャスパリーグが戻って来ていた。
キャスパリーグは、コテンと首を傾げた後、ポンポンとマーリンの頬を叩き始める。
「フォウ。フォウフォウフォウ」
「んむ……なんなんだよぉキミはぁ」
「フォウ? フォウフォウ、フォーウ!」
「……はは、キミに励まされていようとは、いやぁこれは凄い事もあるもんだ」
「フォウウーーッッッ!!!!」
「痛った!? ちょっと何するんだい!?」
ポンポンと頬を叩いていただけかと思えば、いきなり強烈なパンチを入れて来た。
キャスパリーグの猛攻を手の平で阻止しながら謝りの言葉を入れて、キャスパリーグはようやく大人しくなった。
「フォウ」
「悪かったって……」
「フォフォウ」
「まぁうん、ありがとうね」
「フォ…………フォッ!?
…………フォウフォフォーウ!」
「うん、そうだね。キミも分かってはいるんだろう。
あの子は決して醜い心情の持ち主ではないさ」
「…………フォーフォウフォフォウ」
「そうか、ならいいんだ。彼女、逃げるように去っていったキミを見て意外と傷ついていたみたいなんだ。ちょっと、表情がね」
「フォ…………フォウゥゥゥ……」
「うん。女の子のああいう表情はあまり見たくないね。特に彼女の場合は」
「フォウフォーフォウフォウ!」
「いやだって、しょうがないだろう? 顔立ちが同じなんだもん」
「フォ……フォウフォフォウ」
「ハハハその通り、元気のない花はダメだ。私まで嫌な気分になってしてしまう。それにね、ボクはハッピーエンドが好きなんだ。
だからまぁ、たとえ滅びが確定していようと、最後の安らぎは彼女達にも当然訪れるべきだ。そしてそこはきっと、
「……フォウ?」
肩のキャスパリーグに向かって、マーリンは呟いていた。
衰退と滅亡とは無縁の世界にして、永遠の理想郷。その場所には、色とりどりの花が咲いているらしい。アルトリアは当然として、この庭園の管理者にも結構相応しい場所ではないのだろうか。あの呪力を内に秘めていようと。
マーリンは目を閉じ、大木に背中を預けて眠りに入る。
今は遠き理想卿を思い浮かべながら、自分が少しだけ干渉したあの少女と青年の後ろ姿を思い出す。
その二人の道筋が、黄昏の次代を迎え始めたこの国で最も穏やかで美しいモノとなる事を"非人間"ではなく"人間"として、マーリンは願った。
『アルトリア・ペンドラゴン宝具解放』
ランク A++〜EX
種別 対城宝具
詳細
人々の「こうであって欲しい」という願い、理想が星の中で結晶化し精製された神造兵器、全ての聖剣の中で頂点に君臨する最強の聖剣。
使い手の魔力を変換、収束、加速させる機能を持ち、光の断層による究極の斬撃として斜線上全てを攻撃する。
ある程度出力を絞っても、サーヴァントを蒸発させるに充分な火力を誇り、本気で放てば、城一つを跡形もなく消失させる程に火力が高い。
あまりにも強力である為、普段は円卓の騎士による十三拘束により威力がセーブされている。
しかし、真に拘束を外して使用した場合、強力なブーストとなって威力が上昇し、ランクが変化する。
完全開放には十三拘束の過半数、7つの承認が必要。
ランク A++〜EX
種別 対城宝具
詳細
湖の乙女より授けられた聖槍。
本体は世界の裏と表を繋ぎ止める光の柱であり、アルトリアが所有する聖槍はその光の柱の影の様なもの。
エクスカリバーの様に、光をエネルギーとして解放する事が可能であり、超遠距離からでも、集落一つを灰燼に帰し巨大なクレーターを作り出す程の威力を誇る。
エクスカリバーと同じく十三の拘束がかけられており、威力がセーブされている。
しかし、真に拘束を外して使用した場合、強力なブーストとなって威力が上昇し、ランクが変化する。
完全開放には十三拘束の過半数、7つの承認が必要。