騎士王の影武者   作:sabu

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 タイトルが好き(自画自賛)



第44話 Fake(偽物)

 

 

  

 アグラヴェイン卿が私に用事があるとは一体何だろう……とマーリンから言われた事を頭の中で反芻しながら、秘書官室に向かってキャメロットの廊下を歩いていた。

 

 度々私はアグラヴェイン卿に呼び出される事がある。その全てが仕事関係だ。

 叛逆者の粛清、策略や奸計の加担。さらには、私の戦闘能力と魔術強化によって夜目も利く事からか、対象の暗殺や城塞の奇襲といった、決して公には出来ない暗部めいた事を行ったりもしている。

 

 一応アグラヴェイン卿に暗殺の対象の詳細を聞いたり、私個人でも調べたりしたが全ては悪党の類だった。

 決して、キャメロットにとって不利益だから、都合が悪いからという私怨に近しい理由だけで暗殺対象にしている訳ではないらしい。

 

 

 ……本当に良かった。

 

 

 流石のアグラヴェイン卿もその様な判断基準ではなかったのだ。

 もしかしたら、私の性格を把握してそういう対象を私に割り振っていないだけという残酷な可能性はあるが、今の世は騎士道を重んじる時代なのだ。そもそも暗殺なんて多く行われるとは思えない。多分。

 

 それに、暗部めいた事ばかりをやっている訳じゃない。

 アグラヴェイン卿から直接説明されて単独で動いたのも数回程度で、大体はアグラヴェイン卿の部下達や、直属の粛正騎士隊との合同作業のようなモノが多い。

 後は知識の擦り合わせとか情報の統制の仕方とか、そういうモノ。

 

 だから、ほんの僅かだ——

 

 

 

「……………」

 

 

 

 秘書官室に向かう足が止まった。

 ……僅か…………僅かなのか?

 

 アグラヴェイン卿からの仕事の比率で、なんとなくそう感じていたが、改めて考えると私には比較対象が居ない。

 居ないのだから、少ないのか多いのか判断がつかないじゃないか。

 

 

 もしかして私、かなり重宝されてる?

 

 

 自分で言うのもなんだが、円卓上位の騎士達と同等くらいの力を持っていて、尚且つ暗躍等にも理解があって、しかもアグラヴェイン卿を疎まない人物はきっと私しか居ない。

 だから、数少ないが極めて重要な暗殺の任務を私に割り振っていそうな気がする。しかも全ての任務。そういう可能性も決してなくはない……ように思えて来た。

 

 なんならもう、正式な指揮下にはないだけで私はアグラヴェイン卿の部下扱いになっているのではないか。

 

 いや……多分なってる。

 頭を動かして今までの事を振り返ってみるが、アグラヴェイン卿の部下達の顔と名前を一致させられるし、粛正騎士隊に至っては兜越しの声で誰が誰だか判断が付く。

 他の円卓の騎士達の部下は、あまり覚えていないのにだ。

 

 

 

「あぁー………これは、まぁ…………うん」

 

 

 

 一応とはいえ、私はケイ卿の正式な指揮下にある……筈だ。

 言ってしまえば私は一兵卒の範囲を逸脱している訳ではない。上がどういう処理を下しているか分からない下っ端。

 

 その癖、私はかなり自由の利く身だ。例外中の例外と言ってもいい。

 ケイ卿と仕事を一緒にする機会もあまり多くはないし、従者でありながら従者らしい事はしてない。文官の仕事を手伝ったりとか、便利屋気味に小さい問題を解決してるくらいだろうか。

 ……うん。私はアグラヴェイン卿と仕事をしている時間の方が多い。

 

 ケイ卿はこの事について何か言うのかと思えば、今のところ何も言っていない。私に任せているのだろうか。もしくは黙認しているのか。

 

 ……最悪知らないなんて可能性もあるかもしれない。

 思えば、ケイ卿とアグラヴェイン卿がどんな関係なのかを私は良く知らない。邪険に思っていないだけで、無関心に近い関係の様だと何となく思ってはいるが、それがどうかは判明していない。

 

 

 

「アグラヴェイン卿の用事が済んだら……一応ケイ卿と話し合ってみるか……」

 

 

 

 そういえば、最近ケイ卿と顔を合わせていない。

 私がかなり自由に行動しているのもあってか、一週間近く顔を合わせないことも多かった。一か月以上顔を合わせなかったという事もざらにある。

 最初の出会ってすぐの頃はともかく、最近はあまり会話の多い関係でも無くなって来た。

 

 聞くのが今更過ぎるんだよ、と鬱陶しがられそうな気がするが、意思疎通と情報共有の為に会話を試みてみよう。

 

 

 

「——チッ……あのクソ野郎……ッ」

 

 

 

 アグラヴェイン卿がいるであろう秘書官室まで向かおうとした瞬間、中からケイ卿がいつもの表情を浮かべて出て来た。

 最近ケイ卿の皮肉めいた言葉や、軽薄な態度を見ていない気がする。

 

 

 

「——……何だ、お前」

 

「開口一番に何だお前とは。

 私こそ一体何なんだと問い返したいのですが」

 

 

 

 秘書官室から出て来たケイ卿と私の視線が合う。

 数年前とは違って、彼との身長差も結構埋まった。最近はあまり首が疲れない。大きく見上げる必要がなくなったからだ。

 

 だからかまあ、彼との顔の距離が近付いた分、改めて見ると彼の表情の威圧感が凄まじい。

 私がここにいるという事そのものが不愉快とでも言いたげな様子だ。

 

 

 

「はぁ……アグラヴェインの野郎、手回しが早過ぎんだよ……」

 

「……どうかしたんですか」

 

「おいお前。もしかしてお前もアグラヴェインに呼ばれた口か」

 

「まぁ、そうですけど……」

 

 

 

 此方の疑問には答えず、ケイ卿は返事を寄越して来た。

 下手に突っ掛かって軽口の応酬に移行する気も起きなかったので、素直に答える。

 

 

 

「詳細は何か聞いてんのか」

 

「いえ、何も。これから聞きに行く予定です」

 

 

 

 私がそう答えると、ケイ卿は眉を顰めた。

 不機嫌そうな顔というよりも、何か思案して悩むような顔だった。

 若干だけ……苦悩しているとも見て取れるような、そんな顔。

 

 

 

「……これは私が聞かない方が良い話ですか?」

 

「なんでお前はこう言う時に限って物分かりが良いんだ?

 もしかして、お前は人の対応によって頭の回転速度変更してんのか?」

 

「えぇ……いきなりそんな事言われましても。

 多分その態度は、何か私に関する事をアグラヴェイン卿から言われて、それを拒否して来たというところでしょう。

 私には判断が付きませんが、貴方が拒否するに足る理由があったのなら、私は聞かない方が良いかと」

 

「お前は無関心なのか、素直なのか、淡白なのか、もしくは捻くれているのかをなんとかしろ。意味分かんねぇんだよ」

 

「はぁ? なんですかそれは、自己紹介か何かですか?

 大半が貴方にも返って来てますよ」

 

 

 

 結局軽口の応酬に移行して、互いに遠回しな皮肉で罵り合う。

 だが、それも長くは続かない。そもそも秘書官室の扉の前だ。言い合っても仕方がないと気付いたのか、それとも結局は私の耳に入る事だと悟ったのか、ケイ卿から矛を収めた。

 

 

 

「チッ……いや良い。お前が否応にも関わらなければならない話だ。色々疑問はあるんだろうが、オレから説明する意味がない。さっさと入れ」

 

 

 

 深い溜息を吐いた後、ケイ卿はさっき閉めたばかりの扉を荒々しく開け放って、再び秘書官室に入っていた。

 なんだか面倒事の予感がする。良い予感がしなかった。一体何を言われるのだろうか。

 

 

 

「おいアグラヴェイン、さっきの話はなしだ。何が何でもオレを連れて行け」

 

「何だと……一体どういう心境の変化だ貴様…………——あぁ、成る程」

 

「あぁ?」

 

 

 

 開け放たれた扉の先には、やはりアグラヴェイン卿がいた。

 部屋に入った瞬間に開始されたケイ卿とアグラヴェイン卿の言葉の応酬には、軽口を言い合うような気易さはない。

 ケイ卿が瞬間的に不機嫌になっていく。ガンを飛ばしてるケイ卿は、何気に初めて見たかもしれない。そこ冷えするような威圧感だ。

 しかしそれを、私を一眼見た瞬間に何かを納得するような表情を浮かべながら、受け流し始めるアグラヴェイン卿。

 

 

 怖……

 

 

 ブリテン島で一、二を争う弁舌家同士。一言会話の糸口を切った瞬間に部屋の雰囲気を寒気がする空間に変えてしまった。

 正直部屋に入った瞬間に争いの的にされそうだから入りたくなかった。

 

 

 

「うるせぇなぁ……お前らの口喧嘩はもう嫌になるほど見飽きたっての……ルークが困ってるじゃないか」

 

「モードレッド卿……」

 

「よ、ルーク。まぁとりあえず入れ。コイツらの事は治まるまでほっとけ、いつもの事だから」

 

 

 

 この本だらけの秘書官室では相応しくないのか、もしくはアグラヴェイン卿の部屋に彼女がいるという事は逆に相応しいのか、部屋の一室にはモードレッド卿がいた。

 二人の諍いに対しモードレッド卿は気圧されていないどころか鬱陶しそうに言葉を溢している。

 あぁ……はっきり言ってモードレッド卿がこの空間唯一の癒しだ。もう二人から離れてモードレッド卿の隣に座りたいくらいである。

 

 そうしてモードレッド卿の方に視線を向けて、彼女が何かの書物を読んでいた事に私は気が付いた。

 アレはなんだ……アイルランド島の諸王国について……?

 

 

 

「テメェ手回しが早すぎるんだよ。しかもさっきまでの説明、コイツが拒否しないだろう事を前提にオレに話していやがったな?」

 

「いや何、彼は形式上お前の従者だろう?

 だからお前から先に話を通すのが礼儀だと判断したまでだ。だがまぁ、彼は私の部下を含めて、私達と関係が非常に良い。

 もしかしたら私の部下が、お前が彼に物事を伝えるよりも早く彼に何かを伝えてしまったかもしれないな」

 

「——テメェふざけんなよ」

 

「私個人として、彼はお前のところにいるよりも此方にいる方が適していると思っているのだが。彼を正式に引き抜く準備はとっくに出来てる、ケイはどうだ?」

 

「コイツが来た途端にいきなり饒舌になり始めたなぁ、アグラヴェイン。まさかオレがどの範囲でブチ切れるのか探りでも入れてんのか?

 ならこれから、お前が探りに来ているとオレが判断した瞬間殴りかかりに行くぞ」

 

 

 

 もはや言葉という武器で殺し合っているような光景だった。

 私の処遇に就いての激論。やはり私が的だった。

 ……八方美人を演じていたつもりはなかったのだが、これは私が悪いのだろうか……しかし、私はどうすれば良いと——

 

 

 

「………………」

 

 

 

 ……いや、そうなる様に画策したつもりはなく、またほぼ素で接していたのにも拘わらずこうなる以上、やはり私が悪いのだろう。

 少なくとも原因である事に変わりはない。

 

 それで……私はここからどう言葉を紡げば良い。

 私がどう言おうと二人の諍いが加速する気がして来る。

 

 

 

「はぁ……なぁオレ降りていいか? もう面倒くさいんだが」

 

 

 

 私の様子に気付いたのか、モードレッド卿は読んでいた本をブラブラとふらつかせながら、溜息交じりに呟いた。

 

 

 

「何……?」

 

「今回の要はルークなんだろ。

 なのに上が不和を招いて更に意思疎通出来ていないとか、下の側からすると大変な事この上無いんだが。ルークを心労で潰す気かよ。

 オレとルークで数ヶ月くらい適当な場所に遠征してもいいか」

 

 

 

 気怠げに呟きながらも、僅かな怒りと有無を言わせない圧力が彼女の言葉にはあった。これ以上続けるなら自分達二人は退場させて貰うとかなり本気で言っている。

 

 

 

「そうだな。悪かったなルーク。

 君の意思も聞かず言葉が先走ってしまった。気をつけるとしよう」

 

「………………チッ」

 

 

 

 

 本気ではなかったのか、もしくはまだ本気ではないだけなのか、アグラヴェイン卿はすぐに矛を収めた。

 ケイ卿も場の雰囲気を感じたのか、眉を顰めたままだが矛を収めた。

 

 

 

「これだけは聞くが、お前はいいのか、これで」

 

「……どう言う事ですか」

 

「お前は確かに居ると非常に役立つが、別に必要不可欠という訳じゃない。

 アグラヴェインはお前を良いように利用してるんだぞ。そして今からもだ。気付いてないのか? もしくは気付いていながら敢えて何も言わないのか?」

 

「………………」

 

「利用とは穏やかじゃないな、ケイ」

 

「今オレに話しかけんな。アグラヴェインは黙ってろ」

 

 

 

 冷ややかな応酬を見ながら、果たして私はどうなのかと考える。

 確かに私とアグラヴェイン卿の関係はまあまあ殺伐としてはいるが、それは互いに必要以上に踏み込む気がないだけであって、一方的に搾取する者と搾取される者という関係ではない。

 

 

 

「あのケイ卿、多分語弊があるかと……利用する者とされている者という関係ではありません。

 いやまぁ、少し重宝されすぎな気がしてきましたが……別に使い潰されている訳ではないので。そもそも私が何をするのかアグラヴェイン卿から聞いていませんし」

 

「…………………」

 

「後別に、私は貴方の従者を辞める気は特にありません。

 この自由さが消えると私としては困る。今からアグラヴェイン卿の直属に入る意味があるともあまり思えない。

 ……ので、機嫌を直してくれませんか? 周囲全方位に憤怒を撒き散らしているケイ卿は中々キツいのですが。色々」

 

「…………チッ……あぁ、分かったよ。まずは話を聞いてから好きにしろよ」

 

 

 

 そう言って、漸くケイ卿は不承不承としながらも納得した。

 ケイ卿は付近の本棚に背中を預けて、アグラヴェイン卿を顎で指し示しながら説明を急かした。

 

 

 

「従者に機嫌を直してくれと言われる主人とは」

 

「あ?」

 

「いい加減にしてくれアグラヴェイン……」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の軽口に、ケイ卿が反応してモードレッド卿が窘める。

 ……これはこれでアグラヴェイン卿の信頼の証なのだろうか。もしくはケイ卿の反応を愉しんでいるのか。

 まずランスロット卿相手にはこんな事やらないのだろうと思う。彼の軽口の辛辣さは、私以外の事を話しているモルガンそっくりではあるのだが……

 

 

 

「さて、では君にも説明せねばならないだろう。むしろ君こそが本命というべきだな」

 

「私が何か」

 

「色々な物事が複雑に絡み合っているが故に話は長くなるが、君相手だ。まずはこれから最初に話そう——蛮族の侵攻が開始された」

 

「…………—————」

 

 

 

 アーサー王がキャメロットに君臨してから約三年。

 蛮族達の再侵攻は一年から五年の間だろうと思っていたが——あぁ、遂にか。

 

 そう考えて、スッと自分の身体から熱が消えていくのが分かる。

 いや、元から熱などない。ただ己の意識が冷え切っただけ。他者の命を奪いとる時にいつもやっている事だ。

 

 

 

「詳細を」

 

「つい数日前、ブリテン島北部……正確にはアントニヌス長城に詰めているパロミデス卿からの情報だ。

 普段は寡黙な癖に面倒臭がりなアイツが、自らを表す獣と十字槍の紋章付きで、しかも円卓の権限を含んだ正式な書面で送ってきた。これだけで信用に値する」

 

「成る程……それで他には」

 

「侵攻を開始した蛮族達は、現在は小規模ではあるが君が相手しているような突発的な集団ではない。統率の取れた組織立った行動だ。

 恐らく、本陣が動くまでそれ程猶予がない」

 

 

 

 アントニヌス長城。

 名前の通り、ブリテン島がローマの支配下にあった時、当時のローマ皇帝が北のピクト人の為に建設した壁だ。

 ピクト人の領域と私達ブリテン人の領域を分ける国境線と称してもいいかもしれない。

 建設されてから四百年弱が経過していながら、今尚堅牢な長城。明らかに魔術的な何かが含まれている。ここから千五百年も経てばただの壁となるだろうが、今の時代はキャメロットに次ぐ硬さを持った防衛壁だ。

 というか21世紀現代でもその城壁の一部が残っている。それだけでその堅牢さが見て取れるだろう。

 

 

 

「アントニヌス長城が破られるまでどれくらいですか」

 

「不明。ピクト人の総数が把握出来ない以上、推測にしかならない。だが、獣狩りのパロミデスが詰めているとて何年も持つまい。一、二年持ち堪えて上々か。

 そしてアントニヌス長城が破られたその瞬間、ブリテン島の滅びのカウントダウンが始まるだろう。第二の壁、ハドリアヌス長城すらも越えられた場合、取り返しのつかない事になるのだからな」

 

 

 

 サクソン人と違い、ピクト人は殺戮が目的だと言っていい。

 ピクト人に占領された地域は荒れ果て、取り返しに成功しても甚大な被害を被るだろう。

 通った後には何も残らない緑色の津波。それが彼らだ。

 

 

 

「成る程……このまま何もしないでいた場合、後三年程で国は滅ぶと」

 

「まったく以ってその通りだ」

 

「それで、私の力をどう運用しろと?」

 

「話が早くて助かる」

 

 

 

 国の存亡がかかった深刻な事態でありながら、アグラヴェイン卿の言葉に震えはなく、また佇まいに焦りもない。

 本当に味方側であるなら頼もしい事この上無い。既に、断るという選択肢は頭から消えていた。

 

 

 

「助かるのだが……君は少々先走っている。いや、君の場合は先の事を見据え過ぎというべきだな」

 

「……は…………はい?」

 

「言っただろう、色々な物事が複雑に絡み合っていると」

 

 

 

 アグラヴェイン卿から返って来た水を差すような言葉に、思わず言葉を零した。

 ……しかし、良く考えればそうだ。国の危機であるとアーサー王から直々に伝えられたのではなく、暗躍を主とするアグラヴェイン卿から告げられているのだ。どこに行って何人蛮族を倒してくれという単純な話ではなかったのだろう。

 

 

 

「では何を……?」

 

「ふむ。その説明に入る前に、君の魔術について知りたい。私の魔術知識は偏っているのでね。その不可思議な術は君と出会うまで見た事もなければ知りもしなかった」

 

「………………」

 

 

 

 一瞬だけ身体が強張った。

 彼の魔術知識は、十中八九モルガンによるモノなのだから。

 

 

 

「……投影魔術の事ですか?」

 

「あぁ。それに限度はあるか」

 

 

 

 モルガンとの接点にはならない可能性の方が高いが、彼相手だ。安心は出来ない。言葉に気をつけながら、私は説明を開始した。

 

 

 

「限度ですか……それはどれだけ本物に近いかという再現性と、どれだけ形を維持出来るかという耐久性の話ですか?」

 

「理解が早いな、その通りだ。それと、君がどれだけの回数その魔術を行使出来るかという連続性も聞きたい」

 

「成る程……」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の聞きたい事は把握した。その範囲なら十分に説明出来る。ほとんど受け売りで良い。

 そうして、私はこの魔術の概要を説明した。かの少年のモノではない。普通の域を逸脱出来ない、私の魔術の方。

 

 まず再現性はほぼ皆無。

 結局は私のイメージから作り上げただけのモノでしかない。ただ魔力が形を伴っただけ。金属程の硬さはあるが、聖剣や魔剣の様な物にはならない。

 

 耐久性も低い。

 私の投影ではどうやっても数分で形を保てなくなり消失する。魔力をどれだけ込めようと無駄だ。世界の修正力は力押しでなんとかなる代物ではない。

 

 代わりに連続性だけは凄まじい。

 私は呼吸だけで無尽蔵に魔力を生成出来る。しかも半永久的に。

 魔力放出よりも魔力消費は少ないのだ。試した事はないが、恐らく集中力が維持出来るなら無限に投影出来るだろう。

 しかし、疲労はどうやっても溜まるし、そもそも投影品があまり通じないピクト人相手ではあまり有効ではないし、そもそも数分で消えてしまう、なまくらを無限に作れてもあまり役には立たない。

 

 

 

「そうか。概ね予想通りだが、どうやっても数分で消える……か。魔力を込めれば込める程持続時間が増えるということはないのか?」

 

「無理です。ある一定から持続時間が一切増えなくなります。

 例えるなら、ナニかを宙に放り投げて地面に着くまでの時間を引き伸ばそうとしているようなモノです。

 たとえ放り投げたモノを石から紙に変えようと落下そのモノをさせないようには出来ないでしょう?

 それを防ぐという事は、世界の理に歯向かわなくてはならない。世界の理を己の何かで塗り潰し、自らの理だけに支配された固有の空間や結界を創造出来るなら話は違ってくるのですが」

 

「実はそれが出来たりはしないのか?」

 

「……まさか。私のこれは魔術の形をしてはいますが、世界の神秘に干渉して改変するような代物では到底ありません。魔力を硬質化させているのと大差はない」

 

「ふむ……」

 

 

 

 私が呼吸で魔力をほぼ無限に精製出来る部分だけは告げなかったが、他の部分は特に誤魔化しはしていない。

 利便性はあるが、格上を屠る程の力は有していない。私の場合は小手先の技術でしかないのだ。そう考えると、やはりあの少年の投影魔術は狂っている。

 厳密には投影魔術ではないのだが。

 

 

 

「ではここでその投影魔術を使ってくれ」

 

「分かりました」

 

「あぁ、投影する物を指定したいのだが——星の聖剣(エクスカリバー)で頼む」

 

「——はい?」

 

 

 

 無名の剣を投影しようとして、次の瞬間そのイメージが容易く霧散する。

 一瞬何を言っているんだと言葉が出そうになった。私の硬直を他所に、アグラヴェイン卿は続ける。

 

 

 

「確かに詳細は分かった。しかしその実物がどうなのか確かめたい」

 

「いや…………いや無理ですよ。さっき説明した通りです」

 

「君は言ったな。聖剣や魔剣の類は出来ないと。しかし君の説明なら、中身が伴っていなくとも、形と見た目が同じモノは作れる筈だ」

 

「………………」

 

「君はアーサー王から聖剣の名誉を以って騎士となったのだろう?

 なら星の聖剣(エクスカリバー)の造形を確かに見ている筈だ。一度とはいえ、誰よりも近くでな。逆に聞くが、出来ないのか?」

 

 

 

 アグラヴェインの意図を察して黙り込む。

 確かに出来るだろう。知識にあるだけじゃない。実際に自らの瞳を以って視認し、現実のモノとしてその造形を把握しているのだから。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「……すみません、少し集中します。

 ただの騎士剣とは訳が違うので」

 

「あぁ」

 

 

 

 僅かに息を吸い込んで、吐き出す。

 アグラヴェイン卿だけでなく、ケイ卿とモードレッド卿も静かに私の事を注目していた。

 そりゃそうだ。何せ私は今までどこにでもある剣しか作り出していない。贋作や模造品であるとはいえ、星の聖剣(エクスカリバー)を作り出そうとしているのだ。

 

 静寂が緊張感となる。

 十秒か二十秒か。全員が言葉を発しない。

 その間、私は僅かに顔を俯かせて瞳を閉じる。

 

 脳裏に浮かべるのは、輝ける光の宝剣にして黄金の極光。

 精霊の手によってアーサー王に貸し与えられた、世界を救うという場合にのみ真の力を発揮出来る究極の聖剣。

 鍛え上げたのは神でも人でもなく、人々の「こうであって欲しい」という想いのみ。故にそれは、空想の産物でありながら最強の幻想。

 だからこそ、その聖剣はあらゆる聖剣の中で頂点に君臨し、権能が形になった世界を開闢する乖離剣にすら状況次第で拮抗する。

 

 イメージは完璧に出来た。

 

 

 

 

「——投影、開始(トレース・オン)

 

 

 

 

 掌から火花が散って、魔力の残滓が剣の形となる。

 現れたのは短剣などではない。自らの身長の7割近い大きさの長剣にして黄金の剣。ただし、彼女が手に持つように淡い輝きなどはない。あの少年のように、真に迫るモノでもない。ただの金色の剣だ。

 

 

 

「ほう……」

 

「文字通り見た目だけのモノです。壊そうと思えば簡単に壊せるでしょう」

 

「確かにその様だ。力は感じない。

 しかし、僅かな狂いもなく造形が同じとは……これは驚きだ。隠していた理由は?」

 

「逆に問いますが、こんなモノ見せびらかしたら要らぬ災いを招くだけだと思うのですが。

 中身は全く違うというのに、見た目は完璧に同じな偽物ですよ?

 考えれば考える程災いの種にしかならない」

 

「フ……確かに道理だな。今ばかりは、君がこれを悪用しようと思わなかったその精神性と賢明な判断に感謝しよう。受け取っても?」

 

「どうぞ」

 

 

 

 そう言って、私は偽物の聖剣を手渡す。

 偽物とはいえども、流石のアグラヴェイン卿も多少気が引けたのか、やや恭しく受け取っていた。

 アグラヴェイン卿は偽物の聖剣を手に取って、軽く揺らしたり叩いたりなどした後、思案するような顔持ちとなった。

 

 

 

「なぁ……なぁアグラヴェイン……ちょっとソレ貸してくれねぇか?

 ルークもいいだろ?」

 

「お前こんな事も出来たのか……」

 

 

 

 モードレッド卿がワクワクしているような声色でアグラヴェイン卿に近付く。その様子を尻目に、ケイ卿が複雑そうな表情で言葉を溢していた。

 ケイ卿が微妙な心持ちになるのも何となく分かる。騙していたつもりはなかったのだが、その事だけは少し申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

「スゲェ……金属質な重さだ…………これ重量も同じなのか?」

 

「いえ、それは良く分かりません。私は見た事があるだけで聖剣を手に取った事がないので」

 

「そうか、それはそうだな。オレもないしな。

 ……にしても、コレ仮に重さが違ったとしてもまず分からないぞ。確かに力はないが、大体の人間は誤魔化せるんじゃないか?」

 

 

 

 私の許可を聞く前に、モードレッド卿はアグラヴェイン卿から剣を受け取っていた。咎める理由もないので、素直に返事を返す。

 多分、彼女の言う通りだと思う。秘めたる力はないが、私が思いっきり魔力を込め続ければ、ほとんどの人間を騙せるだろう。過負荷で壊れそうだが。

 

 

 

「……ふむ、ほぼ完璧だ。数分しか持続出来ないという問題は、君の魔力量で十分に補えるだろう。後は此方が再度作り出す時間をカバーすれば良いか……」

 

「あの……これが何か?」

 

 

 

 思案を終え、何かを納得したような様子のアグラヴェイン卿に思わず言葉を返した。

 

 

 

「単刀直入に言おう——君には騎士王の影武者をやって貰う」

 

「は…………——は?」

 

 

 

 粛々と告げたアグラヴェイン卿の言葉に思考が停止した。意味が分からない。単語の意味が分かるだけ。しかし、驚いていたのは私だけだった。

 モードレッド卿は苦笑いしているが驚きはないし、ケイ卿も僅かに眉を顰めただけで、これといった反応がない。既に説明されていたのだろう。

 

 

 

「ハハハ、まぁそうなるよな。一体何言ってんだコイツってな。それでもアグラヴェインの言う事は一理あるから余計にどうしようもないんだが」

 

「嫌なら嫌って正直に言えよ」

 

「さて……まずは君に説明しようか」

 

 

 

 私以外の三人が色々と私に話しかけて来るが、それを上手く情報として認識出来ない。

 頭を抱えながら、アグラヴェイン卿に尋ねる。

 

 

 

「その…………何故……?」

 

「最初に言った通り、蛮族共の再侵攻が始まった。

 今はまだ猶予があるとはいえ、いずれ戦乱の世に戻るだろう。故に、アーサー王自ら先陣を切らねばならなくなる。絶対にな」

 

「…………だから、キャメロットに代わりの者を立てると?」

 

「当たらずとも遠からずだな。君はやはり先走り過ぎだ」

 

 

 

 意図が未だに上手く把握出来ずに、困惑したまま立ち尽くす。

 王の不在の場合はアーサー王の右腕とも呼ばれるガウェイン卿が代理を務めるのではないのか、という考えが頭から離れない。

 そもそもガウェイン卿が影武者をやっているんじゃないのだろうか……?

 

 

 

「では話は君が解決に導いてくれた事件に戻るのだが、シルリア城の一件を覚えているだろう。

 叛逆者共の多くは殲滅出来たとはいえ、潜在的な脅威となりかねない諸侯達が消える事はない。戦乱の世になれば恐らくここからさらに増える」

 

「……でしょうね。厳しい冬の時代。僅かな予断も許されない戦乱の時代。無意味な責任追及に傲慢な責任転嫁と、嗜められていた諸侯達は我先にと賛同する」

 

「あぁ、まったくだ。

 故に、アーサー王がキャメロットを不在にしているという事は非常に良くない。シルリアの一件のようにな。そして国を預かる身である以上仕方がない事ではあるが、君がボーメインと共に解決したあの事件のように、アーサー王はキャメロットからはそう簡単に離れられない。

 だが、蛮族の再侵攻に関してはそうも言ってられないという事だ」

 

「………………」

 

 

 

 蛮族の侵攻に、足並みの揃わない諸侯達。

 しかも前を気にしていたら後ろから刺され兼ねないと来た。最悪にも程がある。

 ブリテンは何故未だに滅んでいないのか疑問視してしまいそうだが、それを何とかしているのがアーサー王とその円卓達なのだ。

 あらゆる面に於いての化け物しか居ない。

 

 

 

「故に、アーサー王がキャメロットを不在にしているという情報を無闇に流さない事が必要になる」

 

「……ガウェイン卿で良いのでは。

 アーサー王が不在の間、彼がキャメロットに君臨していれば済むでしょう」

 

 

 

 最初の疑問だ。

 私である必要があるのかという疑問。

 後まぁ……凄まじい程の違和感。所詮は私個人の問題なのだが。

 

 

 

「確かにそうかもしれないな。だが君の場合は話が多少異なる。

 君ならな、キャメロットに君臨しているのが騎士王本人か影武者なのか分からなくなるだけではなく——出払っている騎士王すら本人かどうかを分からなく出来るのだよ」

 

「…………………どういう事ですか」

 

「説明がいるのか?

 偽物とはいえ同じ形の聖剣を作りだせ、体躯は騎士王とそう大差がない。アーサー王は十五という年齢で選定の剣を引き抜いて以降、その姿から成長していない。故に、かの王は小柄だという印象が強いのだ。

 そこにガウェインのような体躯に優れた男を前線に立てて見ろ。キャメロットに居座るなら兎も角、流石に見破られるぞ。聖剣の違いもあってな」

 

「……ガウェイン卿のように王の威光を示す役ではなく、暗躍する方の影武者をやれと言う訳ですか」

 

「その通りだ」

 

 

 

 ようやく彼の意図を把握出来た。出来たが、心がそれに追い付いて来ない。

 複雑だ。いや……本当に複雑だ。アグラヴェイン卿は、何故私がこんなにも悶々としているのか分からないだろうというのが、余計に心境を混沌とさせる。

 結局、コレは"この顔"を持つ私個人の話なのだ。

 

 

 

「……体躯がそう大差ないと言っても、私はまだまだ小さいですよ」

 

「その程度、鎧で十分誤魔化せる。

 大柄な者が小さい鎧を着るのは物理的に不可能だが、小柄な者が大きな鎧を着るのは可能だろう?

 それに考えろ。ガウェインとアーサー王。君とアーサー王。どちらがよりアーサー王の体躯に近い?」

 

「……………」

 

 

 

 そう言って、アグラヴェイン卿は棚から鎧を引き出して来た。

 私のバイザーなどに関する事も既に考慮済みなのか、用意周到な事に頭を覆う兜すらも存在している。

 

 

 というか待て…………その兜見た事あるぞ。

 

 

 頭の中にある知識とは多少大きさが違うが、造形は私が一方的に知る物と全く同じ。傷や汚れが一つもない白銀の甲冑に、余りにも特徴的な——獅子の兜。

 ここにもし、最果ての聖槍(ロンゴミニアド)が組み合わさったら完璧だろう。

 嵐の王として君臨した彼女の、あの黒い鎧ではない。獅子王の鎧がそこにあった。

 

 

 

「おぉ……この鎧を見るのは戴冠式と騎士の叙任時以来だ、スゲェ……」

 

「モードレッド卿が……影武者をやるというのは……」

 

「オレが……?

 いやいや本気で言ってんのかルーク、オレに影武者なんて務まる訳ないだろ!」

 

 

 

 気安く笑いながら告げたモードレッド卿に、卑屈な様子は感じ取れない。

 興味が無さそうなのもあるが、自分のやる事ではないと本気で思っている様だった。

 ……彼女の方が体躯は近い……というか全く同じなのに。

 

 

 

「嫌なのか? ならそう言っちまえ。お前が背負う必要はない」

 

「いやその……嫌がっていると言うか、まだ動揺していると言いますか……心が追い付いていないと言いますか」

 

「なら私が君に説明している間に落ち着かせてくれ」

 

 

 

 ケイ卿の言葉に返して、アグラヴェイン卿がさらに続ける。

 まだあるのか……もうかなり一杯一杯なのだが……

 

 

 

「さて、君は暗躍を主とする影武者になって貰う以上、ただ椅子に座って貰うという訳には行かない。だがまぁ君なら大丈夫だろう。実力、知識、そしてどんなに低く見積もっても、ケイの従者をやれるだけの話術がある。

 ……ガウェインではこうはいかなかったからな」

 

「……何をするんですか」

 

「アイルランド島に行く。

 君も覚えている筈だろう。旧ゴールの不正から、シルリアでの不透明な資源の流れ。それがアイルランド島まで流れていた事を。それの目処が立ったかもしれない」

 

「かもしれない……とはどう言う事ですか」

 

「私の部下が一人死んだ」

 

 

 

 部屋に緊迫感が戻った気配がした。

 ケイ卿とモードレッド卿も、僅かに驚いたような様子だった。

 

 

 

「……は〜成る程。シルリア城でオレとルークが奇襲作戦をした以上にエゲツない作戦だとは思ったが、そう言う事だったかアグラヴェイン」

 

「その部下の人はどうしたのですか」

 

 

 

 モードレッド卿と私の言葉に、アグラヴェイン卿はいつものように感情を含ませず語った。

 

 

 

「長い間連絡が取れなくなっており、確認の為数日前に別の者を行かせたところ、森の中で変死体となって発見された。呪い殺された様な姿でな。

 明らかに一般的な殺され方ではない」

 

「どの森で?」

 

「アイルランド島の諸国の一つ、アングウィッシュ王が治める地域の森だ」

 

「…………アーサー王に叛旗を翻した十一人の王の一人ですか」

 

「あぁ、その通りだ。

 確証が取れた訳ではないが、同じ叛旗を翻したウリエンス王と旧ゴール国の不正がある以上、これは無視出来ない」

 

「……それが、私が影武者を務める事とどう繋がるのですか?」

 

 

 

 未だに続く因縁の行方は分かったが、話の繋がりが良く分からない。

 アーサー王がキャメロットに君臨して、私達が出向くのでは何かが違うのだろうか。

 

 

 

「実は前日、そのアングウィッシュ王から招待があった。我が城にどうぞと。さらには、アーサー王の方々へとご丁寧に」

 

「————…………」

 

「さて、これはどう読み取れば良いのだろうな?

 この一件がなければ、アイルランド島の支配を盤石なモノとする為にブリテン島の王を此方に招き入れたいと考える事も出来るのだが」

 

「うわ……そう言う事ですか、ようやく合点がいきました」

 

「理解して貰えて助かるよ」

 

 

 

 つまりアグラヴェイン卿は、国の進退を左右し兼ねない問題を、三つか四つ同時に平行しながら解決まで導こうとしているのだ。

 

 国の不正に関与しているかもしれないアングウィッシュ王との対面。

 しかし、そこにアーサー王本人は行かない。代わりに影武者が行く。不正をしていないのならそれで良い。ブリテン島が危ない時期にアーサー王を呼びつけたという非礼への意趣返しだ。

 

 しかし、不正をしていて奸計に嵌めようというのなら、影武者が行ったという事に意味が出来る。叩き潰して、アーサー王には叛逆者を粛清しに赴く影武者がいると盛大に知らしめてやれば良い。

 その情報はアーサー王に仇なす者達を不審で縛り付け、結果的に蛮族達との戦いに出向く騎士王を助ける事になるのだ。

 

 

 ……あぁ、モードレッド卿がさっきアイルランド島の諸王国の本を読んでいたのはその為か。

 

 

 そして、初手でいきなり影武者とはバレないよう、円卓の何名かを着けて説得性を増す必要もあったのだろう。

 そして暗躍等に理解あって、尚且つ私との繋がりもあるモードレッド卿とケイ卿が呼ばれたという訳か。

 ……アグラヴェイン卿は敵対したあらゆる者を本気で潰しにかかっている。本当にこの人だけは敵にしたくない。

 

 

 

「これはアイルランド島での一件である為か、トリスタン卿も加わる事になった」

 

「……それは本当ですか?」

 

「あぁ。西の国とは因縁がある故に些か渋られるかもしれないと踏んでいたが、トリスタンは快く了承してくれた。非常に助かる」

 

「…………」

 

 

 

 その言葉に、バイザーの裏で微妙な表情になる。

 何故なら、アングウィッシュ王にはある娘がいる。その令嬢の名前は——イゾルテと言うのだ。

 

 トリスタン卿の最期を看取り、白き帆の船を黒き帆の船と偽った白髪のイゾルテではない。トリスタン卿と禁断の恋に走った、金髪のイゾルテの方だ。

 

 

 

「すみません。

 確か……アングウィッシュ王にはイゾルテという愛娘がいましたよね?」

 

「あぁ、事前に調べていてくれて助かる。

 どんな毒でも取り除けると噂される令嬢だ。真偽の程は定かではないが、油断ならぬ相手だろう。モードレッドもちゃんと読みこんでおいてくれ」

 

「うぇぇ……だるいぃ、きついぃ……なんでルークはそんなポイポイと情報が出てくるんだ……お前ら普段からこんな事ばっかしてんのかよ……」

 

 

 

 アグラヴェイン卿とモードレッド卿の会話を他所に、思考を重ねる。

 あぁ、やっぱりだ。そしてアグラヴェイン卿の反応からするに、恐らく金髪のイゾルテはまだマルク王の下に嫁いでいない。

 つまり、トリスタン卿との面識は互いにないのだろう。

 

 

 ……まさか、この一件がトリスタン卿と金髪のイゾルテの馴れ初めになるのか?

 

 

 最早もう、様々な事柄と事象が重なりすぎて判断がつかない。それにここまで来るとこれからどうなるのかも分からなかった。イカサマじみた私の知識も、下手に信頼し過ぎると先入観に囚われて失態を犯しそうだ。

 

 

 

「それで、君は受けてくれるか?」

 

「………………」

 

 

 

 そう、話はそこに戻る。

 はっきり言って私の立場的に拒否権はないと思うのだが、ケイ卿がいる以上、拒否したらお咎めなしになるのかもしれない。アグラヴェイン卿がどう思うか分からないが、きっと不当な扱いになる事もない気がする。

 私は恵まれているな。思わず身を引いてしまいそうなくらい。

 

 でも、良く考えろ。

 私にはデメリットはないのだ。むしろメリットしかない。より効率良く蛮族達を倒す為の、その下準備。

 私がいるからこそ出来る事で、私の力が最大限に活用出来る場所と立場……らしい。

 

 アグラヴェイン卿からの評価が高過ぎて、失敗したらどうなるのかという不安感と、彼女と同じ姿の自分が彼女の姿を真似るという行為に対する抵抗感は胸中にあるが、たったそれだけだ。

 私が納得して受け入れば済む話。

 

 

 

「その話受けます」

 

「——そうかよ。じゃあ好きにしろ」

 

 

 

 答えたのはアグラヴェイン卿ではなくケイ卿だった。

 自分よりも早く反応して、不機嫌そうな表情で腕を組み始めた姿を見て、アグラヴェイン卿が小さくフッと笑った。

 子離れ出来ない親みたいだなとでも言いたげな様子だった。

 

 

 

「まずは感謝しよう。君に断られた場合の事は考えていなかった」

 

「は…………断られたらどうしていたんですか」

 

「断られるとは思っていなかったが、そうなった場合は時間をかけて頼み込む気でいたとも。まぁ、そこの男がどう動くか分からなかったがな」

 

 

 

 言外に自分の事を指してると分かったのだろう。

 ケイ卿はより眉を顰めた。

 

 

 

「君に不安はあるのか?」

 

「不安しかありませんよ。

 私はちゃんと仕事をこなせるのかという不安と、これから先がどうなるのかという不安が」

 

「ほう、それは珍しい。淡々と仕事をこなす君がか」

 

「……揶揄わないで下さい。いつものそれとは訳が違います。彼の王の影武者をやれと言われて動揺しない人などいるモノですか」

 

「それが君だと思っていたよ。氷の貴公子様?」

 

「…………本当にやめて下さい。私の精神を削る事にメリットは何一つない筈です」

 

 

 

 了解了解とでも表すようにアグラヴェイン卿は肩をすくめた。

 気安い関係になった事は嬉しい……いや嬉しくはない。やっぱりまだ怖いなという部分の方が大きい。

 

 

 

「あぁでも一番の不安は、どうやっても私はアーサー王ではないという事ですね。戦いになった場合、私はアーサー王に幾分も劣るでしょう」

 

「それは仕方がない事だろう。聖剣とその鞘の加護を受けているアーサー王は無敵だ。かの王は決して傷付かない」

 

「そうですね。私は深い傷を受ければ普通に死にます。強者との戦闘経験もない。何処まで誤魔化せるか……」

 

「その事だが、恐らく心配いらない。君は攻撃にだけ集中出来るだろう。

 最近私と新たに交友を結んだ者なのだが、君と同じように彗星の如く現れた青年がいる。身を守る事に関しては、恐らく円卓ですら拮抗出来ない程の実力者だ」

 

「———はい?」

 

「私の部下にいずれ伝えるよう頼んだのだが」

 

 

 

 アグラヴェイン卿と交友がある。彗星の如く現れた青年。守る事に関しては——

 

 そこまで聞いて、ある一つの姿が思い浮かんだ。

 ……いや、そんなまさかという思いも段々と消えていく。というか、この時代に於いてそんな称され方をする青年なんて一人しか思い浮かばない。

 

 

 

「アグラヴェイン卿、僕が一体どうしたの……で————」

 

「………………………」

 

 

 

 扉を開けて入って来た青年と目が合った。

 その青年は部屋に入ってすぐに私を見て、そのまま硬直したからだ。

 

 

 

「—————————」

 

 

 

 その青年は私を一目見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 今の動作、眉を顰めたようにも見えて、太陽の光を覗いたように目を小さく閉じた様にも見える。それが、一体何を意味していたのかは、ほんの僅か過ぎて分からなかった。

 その彼は、あの盾の少女が浮かべていたような無表情で告げる。

 

 

 

「——貴方とは初めてですね。私は貴方の事を知っていますよ。知っているだけですが」

 

「…………………」

 

「その武勇は常々。私の名前はガリアと言います、ルークさん。

 新参者故に、貴方の事は先輩とお呼びしても良いですか」

 

 

 

 穢れなき雪花の盾。

 片目が隠れた特徴的な頭髪。

 あぁ……私の事を先輩とすら呼ぶのか。

 

 私の複雑な心境を他所に、その青年は厳かに私の事を見ていた。

 見間違う事など出来ない。私も、彼の事を一方的に知っているのだから。名前を偽っている事すらも初見で分かる。

 

 後世の改変によって生まれた、本来ならアーサー王伝説原典には存在しなかった黄昏の騎士。

 唯一にしてただ一人、円卓第十三席に座る事が出来た聖者。

 円卓の中で、武ではなく心の在り方を評価された人物。

 無欲であったが故に聖杯を天に返しそのまま昇天した、父親を凌ぐとすら言われた理想の騎士。

 

 

 

 私の目の前には——あの、ギャラハッドがいた。

 

 

 

 




 
 散文化した原典と原典を繋げていくの超楽しい。
 そしてその原典をFate的解釈するの超楽しい。
 ちなみに四つ程原典を混ぜています。

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