騎士王の影武者   作:sabu

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 タイトルが好き(再三再四)
 


第45話 サー・ルークと贋作の聖剣 起

 

 

  

 煌びやかな宮廷だった。

 丘と丘の間。最も見晴らしの良い場所に建てられた宮廷。そしてその下に、城下町が並ぶ白銀の王宮。

 その日、普段なら開かれる事のない王宮の城門は盛大に開かれ、好奇心に心を踊らされた貴族や有数の人々は、舞踏会さながらの宮殿に足を運んでいた。

 

 

 

「この度は、遥々我が国にまで御足労頂きありがとうございます」

 

 

 

 老人にしては恰幅のよい、貴族然とした男性の声を皮切りに、人々のざわつきが別のモノを含み始めた。

 その発言は宮廷にいる人々全てに向けて告げたようでありながら、しかしその言葉は——とある、ただ一人の人物に向けられている。

 

 

 

「——えぇ。貴公の招待をありがたく思う。

 十年近く前雌雄を決した仲であるアングウィッシュ王の心意気、私にとっても誉れ高い」

 

 

 

 楽隊の演奏。詩人達のダンス。伝手にもなる有数の貴族同士の縁探しや互いの牽制。将来の伴侶を探すといった社交場特有の戦い。

 それらは、今この瞬間だけは意識から遠のいている。

 

 誰しもが華やかな社交界の本来の目的を持ちながらも、その人物に目が行くのを止められなかった。あからさまに反応をしてなくても、チラチラと横目で見る者。知り合いと会話をしながらも、時折会話が途切れる者。

 誰しもが、その人物に意識を割いている。

 

 宮廷の真ん中で、アングウィッシュ王と相対するのは白銀の甲冑。誇り高き獅子の兜。そして白亜の門を思わせる白のマントで身を包んだ蒼銀の騎士。

 鉄で身を覆った人影はどうしても威圧感が出るモノだが、その騎士からは思わず足を引いてしまうような威圧感はなかった。

 

 しかしその代わりにあるのは、否応にもその姿から目が離せなくなる強大な存在感だった。

 それを小柄な人型が周囲に放っていると誰が信じられようか。しかし事実、その人物はたった一人でこの空間を圧倒していた。

 

 清流のような涼やかな雰囲気でありながら、その雰囲気と一切矛盾しない厳格さをその人物は秘めていた。居合わせるだけで、自然と周囲を引き締めさせる佇まいの持ち主。

 王気、もしくはカリスマと称してもいい。それを前に、生命としての格が違うとだれもが悟ってしまう。

 

 それはその筈だった。人々は誰もが気付いている。

 白銀の甲冑に身を包んだ小柄な騎士は、ブリテン島の王にして竜の因子を受け継いだ若き不老の騎士王、アーサー王であると——

 

 

 

「それは何と寛大な御言葉か。年月の果てに年老いた我が老骨に染み渡ります」

 

「何を言うのか。海を隔てた私の国でも貴公の噂は轟いている。

 それにこの国を一眼見て理解したとも。この国は豊かだった。老骨と己を憚る者が治め築き上げた国では到底ない。貴殿はまだまだ現役だな」

 

 

 

 言葉を交わす二人は、まるで周囲から切り取られ断絶してしまったかのようだ。周りの喧騒を意に介さず、気の良い友人と会話しているように感じられる。

 

 しかし前提として、彼らは互いに殺し合いをした仲なのだ。それも、騎士同士の一騎打ちではなく、国と国の戦争という型で。

 社交場という術中の中で今、敵対していた政治家同士が、対面しているに等しい。

 

 

 

「いいえ、今は王の座に座っているだけの老骨の身である事に変わりはしません。

 貴方に深傷を負わされて以降、戦場に出る事は最早難しい。きっと若い兵にいいように負けるが定めでしょう」

 

「そうは見えないが……?

 まぁ良い、そう言う事にしておこう。剣を抜いただけの子供には任せておけないと海と国すら渡った貴公が言うようになったモノだ。

 もっとも、今尚言葉の裏では鷹の如き鋭い目で、私を見定めているのに変わりは無いようではあるが」

 

「……一体何を仰りますか」

 

 

 

 皺や白髪が目立ち始めた男と、鎧を着込んでいるとはいえ小柄な少年。

 二人の体格差は歴然で、少年は老人を見上げ、老人は少年を見下ろしている。年齢にすらも断絶した差がある筈だった。

 

 しかし、二人は同格。

 いや、もしかしたら老人は少年に気圧されているかもしれない。小さく苦笑いした老人と、まるで古い記憶を懐かしんでいるような少年の姿が酷く対照的だった。

 

 

 

「なに……成長が止まったこの身だと、貴方が少し面白く見えただけだ。

 時と共に変化するモノ。しかし周りが変化しながらも決して変わらないモノ。それらを感じるのが私は好きなんだ」

 

「……貴方は変わらないようで」

 

「そうか……?

 ……それは残念だ。私をただの子供と貴公が言った手前、不老の身でありながら貴方も成長するのですね、と言われるのが小さな楽しみだったというのに。

 よもや、私の事を忘れてはいないか?」

 

「何をご冗談を。貴方の事を忘れる方が難しい」

 

「——あぁ、それはよかった。

 年月と共に記憶は錆びつくモノ故に、私の事を歪に覚えているかもしれないと少し思っていた」

 

 

 

 互いに言葉の裏で牽制しあっていたのが嘘のようだ。見えない火花が散っているような雰囲気もない。十年以来に再び出会った古い友人のような間柄が、二人を包んでいた。

 

 

 

「——ところで、鎧や兜は脱がないのですかな?」

 

 

 

 しかし、それは唐突に終わる。

 再び、鷹の目のように鋭い目が少年王を貫き始めた。

 

 

 

「分かりやすいだろう?」

 

「……………」

 

 

 

 歳老いたが故に刻まれた皺はアングウィッシュ王の雰囲気を損なう事なく、むしろ油断ならない策略家であると表している。並大抵の者では彼の威圧に飲み込まれるだろう。

 しかし、少年王はそれを涼しげに返した。涼しげ過ぎて、逆に気圧される程だった。

 

 少年王の姿は、はっきり言って完全武装と言っていい。"星の聖剣(エクスカリバー)"すら鞘に収めながらも帯剣しているのだ。どう考えても社交場には相応しくない。

 そしてその事を、少年王が自覚していない訳がないのだ。その姿を周りに吹聴し誇示するような佇まいなのだから。

 

 そしてここは、アーサー王にとっては戦争をした国。

 つまり、分かりやすいというのは——

 

 

 

「貴公が言ってくれただろう?

 私は子供。それも永遠にだ。今でこそ少なくなったとはいえ、見た目で侮られる事は避けたい。

 貴殿には、必死になって己を強く見せようとしている子供の様だと揶揄されてしまうかもしれないが、どうか無作法でも許して欲しい。きっと私がこの姿でいる方が、この国にも迷惑がかからない」

 

 

 

 ……一体どの口が言うのか。

 その言葉を、アングウィッシュ王は飲み込んだ。

 

 アングウィッシュ王は知っている。彼が連れて来た数名の部下、円卓の騎士すら完全武装である事を。格式高い彼らである為、騎士鎧姿でも社交場では疎まれてはいないが、彼らの真の実力を知る者からすれば気が気じゃない。

 常在戦場の心得であるなどと、愉快な楽観視は出来ないだろう。騎士としては行き過ぎであるからだ。彼らが、ここを敵国……もしくは敵国となった場合の事を想定しているのは明白だった。

 

 

 

「——陛下」

 

 

 

 油断ならない政治家同士の緊迫したやり取りに、一人の男がやってきた。

 騎士であると鎧姿が告げているのに、誉れ高い騎士というより面白みのない男という印象が強い。

 

 しかし、その人物の名前を知るモノは彼を馬鹿にするという愚かな行為はしないだろう。

 黒い鎧に黒い毛髪。歳とはまた別の理由で刻まれた皺とその威圧感が、悪名高きその名前を周囲に理解させた。少年王に言葉をかけたのは、秘書官のアグラヴェイン卿であると。

 

 

 

「僭越ながら、その剣を預かってもよろしいでしょうか。その聖剣はいささか目を引きます。過ぎた事かもしれませんがご配慮を」

 

「む、そうか……確かに一理あるな。ならばこの剣は貴公に任せるとしよう」

 

「畏れ多いながら感謝を。聖剣は陛下の一室に」

 

 

 

 そう言って、少年は携えていた鞘ごと聖剣を手渡した。

 剣を受け取って秘書官は、一礼した後に背を向けて去っていく。

 

 その後ろ姿と、少年王の佇まいに不審な点は見当たらない。

 仮にあったのだとしても、誰にも読み取れなかった。王に対して的確な諫言をしたようにも思えるやり取りだが、それを敢えてこの場で見せつけたという意味を考えずにはいられない。

 

 少年王は聖剣すら帯剣する程の完全武装。

 しかし、今この場で剣は預けたという事は、警戒しているが自ら剣を向ける気はないという意思表示のようにしか思えなかった。

 

 

 ——だが、此方を完全に信用していない事に変わりはない。

 

 

 あぁ、確かに分かりやすかった。

 この次に、鎧や兜を外して下さいと言ってみたらどうなるか。防具という最後の一線すら外そうと言うのなら、それはつまり"そう言うことでいいんだな?" と認識されかねないのだ。

 

 かの騎士王なら、もしかしたらその不敬を許すかもしれない。

 だとしても、彼らの秘めたる真意を見逃した王という評価が下るだろう。

 

 先程のが演技なのだとしたら少年王と秘書官、共に面の皮が厚すぎる。腹の底が見えないにも程があった。

 十年前は若さの抜けぬ少年王であったが、動乱の世という歳月を経て、同じ姿同じ高潔な精神のまま、狡猾さすら手に入れて来た。

 その事実に、アングウィッシュ王は内心の冷や汗を誤魔化しきれなかった。

 

 

 

「さて。私がアングウィッシュ王の旧友であるとはいえ、長話で貴公を独り占めするのは気が引ける。

 今日この日は、イゾルテ嬢の為に用意されたパーティである事は私も知っているからな。貴公もその場にいなければ宴が始まらない。私はいいから早く行くといい」

 

「……ご配慮に感謝致します。

 えぇ、この日は私の愛娘の為に用意した社交場。最近暗い顔をするようになった娘に、僅かでも気が晴れるようなればと」

 

「暗い顔?」

 

「…………いや、いえ。出来れば気にしないで下さい。年頃の娘と私くらいの父親なのです。ありふれた家庭の問題ですよ」

 

 

 

 狡猾な政治家同士のやり取りに父親としての発言を零してしまったアングウィッシュ王は、そう言って少年王を誤魔化した。

 思わず失言を漏らしてしまったと言ってもいい。明らかに付け入る隙を与えてしまったも同義だ。

 

 しかし、愛娘をこの陰鬱な戦いに巻き込む気はない。

 たとえそれが、かの名高き騎士王であっても油断は出来なかった。

 

 

 

「ふむ、そうか。

 私の騎士に一人、荒狂う精神すら見事に治めてしまう程に音を奏でるのが上手い者がいるのだが、どうやらその様子だと私が無闇矢鱈に踏み入ってはいけない事であるのだろう。気苦労をしているようだな、アングウィッシュ」

 

「……感謝を」

 

「何を言うか。私は王であっても親ではない。

 次代の者に自らの想いを引き継いで欲しいと思うのと同時に、何にも憚れず、また縛られず育って欲しいと願う親心は、勝るモノがない程に尊いモノだ。

 子がいない私にとっては、その気苦労も羨ましい」

 

「………………」

 

「おっと…………今のはどうか流して欲しい。

 子供の癖に分かりもしない事を、理解したような口振りで言うなと貴殿にどやされるのは意外と堪える」

 

「フ……貴方は本当に変わらないようで」

 

「———さて、それは讃辞として受け取るのが正しいのだろうな」

 

 

 

 少年王は付け込む隙、明確な弱味を突いては来なかった。

 その必要すらないと判断したのか、もしくは旧友として見逃したのかは分からない。ただ、かの騎士王は動乱の世で擦り切れたように思えて、芯の部分は変わらなかったのだ。

 その事が、自分は不相応であると理解しながらも、成長した子供を見たようで何故だか嬉しかった。

 

 

「では私も行きます。

 短い時間ではありますが、貴方も是非身体を休め、この国を楽しんで欲しい。その為に、貴方とその騎士達の一室は絢爛なモノを用意しておきましたから」

 

「……私としては質素な部屋が落ち着いて好きなのだが……いや、すまない。貴公にそれは失礼だった」

 

「正式に国の王になったというのに未だに慣れないのですか?

 ですがそれも貴方らしい。では豪華なモノには相応の楽しみ方と享受の仕方があると、この国を以ってお教えしましょう」

 

「……お手柔らかに頼む」

 

「えぇ、お手柔らかに。

 イゾルテの準備が整った後に、貴方の一室に一人を送ります」

 

「ありがとう。貴殿の心意気を決して無駄にはしないと誓おう」

 

 

 

 そう言って、少年王は背を向けて去っていった。

 その後ろ姿。見下ろしている筈なのに、星を見上げるような印象を抱くのは何故なのだろうか。

 

 

 

 

「———怖…………は、ぇ……今までの………マジか………?」

 

「モードレッド。口を謹んでくれ。

 アングウィッシュ王は私の旧友なのだ。貴公とてその発言は流石に見過ごせない」

 

「ぁ…………いや、申し訳ありません。

 思わず口が滑りました」

 

 

 

 宮廷と廊下を繋ぐ扉の前に、少年王と同じように身体中を鎧で包んだ騎士がいた。その騎士と、少年王のやり取りはどこかチグハグだ。

 少年王も、赤が特徴的な白銀の鎧の騎士とほとんど体躯が変わらない少年だというのに、二人のやり取りは、成長しきった青年と未だに若さが抜けない青年のそれである。

 

 子供がいないからな、と先程少年王は語った。

 ならば、少年王にとっての子供とは部下の騎士達なのではないだろうか。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 アングウィッシュ王は、少年王の後ろ姿が見えなくなるまで、その背を見送った。

 その後ろ姿はいつかの日の騎士王と変わりない。

 かの王は、人間を否応に錆びつかせていく時間の流れの中ですら不滅だった。無敵と称されるだろう。理想の王と讃えられるだろう。

 

 その勇姿は苛烈にして清浄。その誉れは無双にして不朽。

 歳月を経ても尚、不変。幾度の会戦は全て不敗。

 

 叛旗を翻した十一人の王が率いる五万の軍勢を、アーサー王がたった五千の兵力で打ち破って来た事が、つい最近の事のようだ。

 しかも、当時の騎士王は星の聖剣とその鞘すら持っておらず、円卓すら今の半分もいなかったのだから恐れ入る。

 

 そして遂に、かの少年王は少年の姿のまま若さが抜けてしまった。

 高潔な精神そのままに、老練な策士の如き狡猾さをも秘めた不老の王。最早敵う者などいないだろう。

 

 しかし、それに悔しさすら抱かなかった——正確には今消えたのだから、今の自分ではどう足掻こうと足元にすら及ばない。

 王座に必死にしがみつこうモノなら、今までの意趣返しに老害めと言われてしまうかもしれない。いや言わないか。あの竜の化身なら。

 

 

 

「アングウィッシュ王……?」

 

「いいや、何でもない。

 星の輝きが眩しくてな。思わず見惚れてしまった」

 

 

 

 その場で放心するように立ち止まっていたのが気になったのだろう。アングウィッシュ王に仕えている執事長が、思わず声をかけた。

 

 

 

「あれこそまさしく騎士の誉れよ」

 

「そうですか……アレがやはり——ブリテンの騎士王ですか」

 

 

 

 アングウィッシュ王の言葉には、清々しながらも畏怖の想いが込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮廷の扉を閉じ、廊下に出た事で張り詰めさせていた緊張から僅かに解放される。

 しかし油断は出来ない。どこにどんな目があるか分からない以上、そう簡単に溜息を吐いたりする事は出来ないのだ。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 モードレッド卿は私の後ろをついて来ていた。

 その様は、王の後ろに控える騎士のように見える事だろう。

 彼女は腹芸が得意ではない方といえど、別に演技をしている訳ではない。騎士然としていればそれだけで様になる彼女の事だ。彼女には何の問題はない。

 私の精神を削っているという事を除いては。

 

 

 

「陛下。それで、反応は」

 

 

 

 モードレッド卿からの言葉は丁寧だった。

 ……とてもキツい。違和感が凄まじ過ぎる。モードレッド卿がではなく、それを受け取る私が。

 

 私を王のように扱う彼女と、彼女を部下のように扱う私。

 敬語口調のモードレッド卿は新鮮でいいなぁ……と側から見れば楽しめたかもしれない。しかし、その言葉を受け取るのが私だという点で全てひっくり返る。

 一応区別をつける為、基本的には私の事をアーサー王ではなく陛下と呼んで貰ってはいるが、それでも気になるモノは気になる。

 

 

 普段、彼女に対して敬語で話している私が、今はモードレッド卿に対してアーサー王がするような、威厳ある尊大な口調で話しているのだ。

 

 

 いや待て……果たしてアルトリアはこんな喋り方をしているのだろうか。

 アーサー王として君臨している時はこのような感じの……口調、で…………ダメだ分からない…………もしかしたら違うかもしれない。

 なんだか頭の中のアーサー王のイメージとアルトリアのイメージが解離していく。

 

 

 もし違っていたら………あぁぁぁ……

 

 

 もうダメだ。一度気にしてしまうと精神がドボドボになっていく。

 多分大丈夫だろうと思っていたが、全然そんな事はなかった。私は失念していた。影武者をやる時の真の敵は味方だ。

 キャメロットに戻っていつも通りの口調と姿に戻ったら、もう円卓のみんなと普通に会話出来ないかもしれない。それくらいにキツい。

 

 

 

「陛下?」

 

「いや……何でもない。先程のアングウィッシュ王と対面していた時の事を思い返していた。

 彼の反応は、今一つ確信が持てない。私の勘も働かなかった。もっとも、そう簡単に腹の底を見せるような相手ではない。今はまだ様子見だ」

 

 

 

 最終的に、私はアーサー王ではないと周囲に大きく広まるように晒す必要があるが、それは今ではない。そのタイミングまで騙す必要がある。

 そして、今のところは上手く騙せている……筈だ、多分。

 

 ……やめろ疑うな。自分を信じろ。迷ったらその時私は崖から崩れるようにダメになっていく。この瞬間だけ、私はサー・ルークでも無ければ、モルガンの娘ルーナでもない。

 

 

 

「無事ですか、陛下」

 

 

 

 アーサー王の為に用意された一室の前には、その部屋を守り警護するようにギャラハッドが立っていた。

 無事と聞いて来たのは、私を心配しているが故なのだろうか。

 

 

 

「何言ってんだ、無事に決まってんだろ。

 ルー…………陛下の真髄を拝見させて貰ったって感じだ」

 

「モードレッド卿」

 

「……うぅぅなんだよお前!? 何かあんのかよ!?」

 

「いえ、言葉使いがややおかしかったので。監視されている感覚はないとはいえ、不意にボロが出る可能性もあります。ご留意ください」

 

 

 

 二人の会話を聞きながら、横目にチラリとギャラハッドを見る。

 少年としての面影を残す青年でありながら、見れば見る程に無表情だ。これで今現在十五歳だというのだから、歳不相応に程がある。

 

 自分で言うのもなんだが、彼が一体何を考えているのか良く分からない。

 彼の場合、私の様に周囲を騙しているのではなく、父親との影響もあって物事に対する情熱が冷め切っているだけの可能性もある。彼は、自らの真名を偽っているのだ。

 

 ……人類最後のマスターと出会う前の、あの盾の少女もこんな感じだったのかもしれない。

 なんとなく、彼の場合はその生涯の影響で少々捻くれていそうだが、きっとギャラハッド本人は至って真面目で高潔な人物に違いはない筈だ。

 

 

 

「私はこの見た目だからな。貴公の不安も理解出来る。

 感謝するガリア。私に心配はいらない」

 

 

 

 監視している人は居ないと言ったが、念の為の演技だ。

 もしかしたら、王の実力を知るである筈の部下が、王の安否を心配するという様子は不自然に映るかもしれない。要らぬ手間かもしれないが、大した手間ではない。

 

 

 

「………………」

 

「ガリア……?」

 

「いえ、弁えず申し訳ありません。

 どうぞ。私がこの部屋を見張っております」

 

 

 

 そう言いながら、ギャラハッドは執事がやるように扉を開いた。

 目線は合わなかった。

 

 なんだか……ちょっとやりづらい。

 私が今、王を演じているからとは何か違う硬さがある。それが何かまでは分からない。ギャラハッドは私と視線が合うとすぐに目を逸らしてしまうのだ。

 秘書官室で作戦の概要を聞いた時を最後に、彼とはなんだが気不味い関係が続いている。これは私が一方的に感じているモノなのだろうか……

 

 

 

「なんだよあの盾ヤロウ。

 マジで何考えてるのか分からねぇ」

 

「はぁ……モードレッド」

 

 

 

 無関心ではないからマシなのかもしれないが、どうやらモードレッド卿とギャラハッド卿の相性はあまり良くはないようだった。

 というか、何を考えているか分からないとの評価だが、私は違うのだろうか。馴れ初めの違い故かもしれない。

 

 

 

「いやいや、もう良いだろ?

 この部屋に入る時も監視はされてなかった。魔術的な視覚で見られてる感覚もない。肌がピリ付かねぇし。

 ……というか、もう……色々アレだよ。幻覚でも見せられてるみたいだ。お前もそう思うだろ、アグラヴェイン」

 

「確かにな。私としては大胆不敵に演技しているモノだと思っていたぞ、ルーク」

 

 

 

 私が投影した聖剣を持って、先にこの私室に戻っていたアグラヴェイン卿がモードレッド卿の言葉にそう返す。

 秘書官の彼がそう太鼓判を押すのだ。私の演技は充分通用するモノだったのだろう。少し安心は出来た。

 それはそれでキツい事に変わりはないせいで、一切救いにならないのだが。

 

 

 

「……………はぁ……」

 

 

 

 沈黙の後、深い溜息を吐いて兜を外す。

 現れるのは私の黒いバイザー。そして掠れた金髪に、人間味の薄い白の肌。

 

 

 

「ほんとお前、絶望的なまでに白銀の鎧姿は似合ってないな」

 

「知ってます。この鎧が真っ黒ならきっと似合っていたのでしょうね。そうしたら私はアーサー王ではなくなりますが」

 

「……お、おぉ! やっと戻って来たな」

 

「私を二重人格者みたいに言うのはやめてください。別にどこにも行っていません。傷付きます」

 

 

 

 私の発言が面白かったのだろう。

 モードレッド卿はクスクスと笑っていた。

 

 敵地にいるような手前、ボロを出さないよう全員が常に演技していた方がいいのは分かっている。いるが……私の集中力が凄まじい勢いで削れていくのだ。魔術行使と同等レベルで。

 集中力に自信があるとはいえ、流石にずっとスイッチをオンにしておくのは少し無理がある。オンオフ切り替えていかないと、多分私は潰れてしまうだろう。

 

 

 本当にこの一室が監視されていなくて良かった。

 

 

 王の一室という場所こそ監視するには絶好の場所だと思うのだが、ないモノはない。

 かのアーサー王相手では魔術行使は勘付かれると踏んだのか、もしくは単純に魔術行使による監視が出来るモノがいないのか、さらにはそもそも私達と敵対する気などないのか。まだ判断はつかない。

 ただし使えるモノは使おう。この空間はセーフハウスだ。

 

 

 

「おい。始めていいか?」

 

「お願いします。説明を聞きながら意識を切り替えます」

 

 

 

 王の一室に待機していたケイ卿が、不機嫌そうに会話に入って来た。ケイ卿は部屋の中央に配置されている机にバサバサと羊皮紙を置いている。

 

 ……私からは何も言わない。

 ただ事務的に返事を返すだけ。今のケイ卿に、さっきまで彼の妹を演じていた私が話しかけるという行為、あまりにも分かりやす過ぎる地雷だ。

 ここが敵地であり、時間的余裕も関係してるのか、流石のアグラヴェイン卿も反応は返さなかった。

 

 

 

「これは、この城の見取り図か」

 

「あぁ。この城はザッと分けて三階層。

 広間と王宮、宮廷のある階層。王家直属の近衛とその従者達と言ったこの国に関する者の為の階層。王の間が存在する階層。ついでに離宮と城下町の分も揃ってる」

 

「これで全部か?」

 

「あぁ全てだ。下調べは済んでる」

 

 

 

 アグラヴェイン卿は机に置かれた羊皮紙を一枚手に取る。

 その紙を隣から覗いてみたが、感嘆する程に精巧だ。現代に持っていっても十分通用するだろう。

 

 ……凄いな、どうやったんだこれ。

 準備や調査の時間で、キャメロットを出立してから二ヶ月程経ってるとはいえ、この国に訪れたのはつい数日前だ。

 これはそう簡単に用意出来る物ではないだろう。ケイ卿の空間把握能力は凄まじいな。

 

 

 

「シルリアの一件を考えて本気で調べたが、不審な場所はなかった。少なくとも、この国にナニかを隠すような場所は存在しない」

 

「精度は?」

 

「トリスタンの聴力」

 

「成る程…………音の反響を使って調べたか。ならばこれが外れているという事はあるまい。私の部下にも回しておこう」

 

「お前の部下からは?」

 

「グレーだ。

 進展はなし、この国の反応もなし。白でも黒でもない。一番厄介だ」

 

 

 

 海を渡ってこの国を訪れたのは私達だけではない。気付かれないよう、アグラヴェイン卿は十数名の部下を連れて来ている。多分私の知り合いだ。信頼に値する手慣れだろう。

 

 

 

「……チ、面倒だな。分かりやすい奴が居れば良いんだが、今回はそうにも行かないか」

 

「トリスタンは何と言っている」

 

「何も。アイツの耳に入るような不審な奴はいない。今は宮廷で詩人のフリしながらアーサー王に仇なす者の会話がないか探っているだろう。直に合流する」

 

 

 

 険悪な雰囲気のない二人の会話は頼もしく、最早入り込む余地はない。

 このまま任せていたら、一手一手物事詰めていって、全て解決してくれそうな勢いだ。

 これが円卓の中で最も口が回るだろうトップ同士の会話か……

 

 

 

「ふむ……分かりやすい人物か。

 君はどう思う?」

 

 

 

 どこか他人事のように考えていた思考を、アグラヴェイン卿から話を振られた事で切り替える。

 と言っても、パッと思い浮かぶ人物はいない。この数日間、気になる人はいなかった。

 あのアーサー王がこの場にいるという緊張をしていた者は居たが、正直そこまで怪しくは見えない。実際に私が相対した数名はそんな感じだった。

 緊張故に挙動不審になっていた人間達は、とっくにアグラヴェイン卿の部下が調べているだろう。

 

 

 

「私から言えるのはアーサー王として相対したアングウィッシュ王の所感と……後はイゾルテ嬢が僅かに怪しいという事くらいですか。

 と言っても、大した事ではありません。進展を促す程ではないでしょう」

 

「分かった。聞かせてくれ」

 

「はい。まずアングウィッシュ王ですが私の所感としては白よりかと。明確に仇なすような気配がしません。話の運び方も想定通りだった。つまり普通です。

 油断ならない策士という印象はありますが、それは恐らく十年振りに会ったアーサー王を試した、というような感覚がします」

 

「ほう、成る程。イゾルテ嬢は?」

 

「アングウィッシュ王が会話の中で思わず零しただけです。

 曰く、最近暗い顔をするようになったと。その暗い顔というのが言葉通りの意味なのかどうかまでは不明。判断が付きません。

 追及する選択肢もあったのですが、あの場では恐らく語らないだろうと判断して、アーサー王の振りに説得性を持たせる方向で利用しました。

 選択を見誤ったとの事でしたら申し訳ありません」

 

「いやいい。それで、恐らく聖剣を見せつけるような振る舞いをしなくても君はアーサー王であると周囲が信じるようになった。

 君の行動の自由度が増したと考えよう」

 

「了解しました」

 

 

 アグラヴェイン卿の労いに多少気分が軽くなったが、結局進展していない事に変わりはない。未だ、振り出しの地点から動けていないのだ。

 そして、私と同じ事を考えていたのだろう。ケイ卿は腕を組みながら思案していた。

 

 

 

「後、居るとしたら……王直属の近衛、執事長を務める王の従者、有数の貴族……前者二つはともかく、後者まで視野に入れると人手が足りないぞ」

 

 

 

 ケイ卿の言葉に対して、静かに同意する。

 アングウィッシュ王と対面していた時、周りからの視線はかなり多かった。キャメロット以外にも、ブリテン島からどこかの王族や諸侯を呼んでいるだろう。横の繋がりが広すぎる。

 

 

 

「差し出がましいかもしれませんが、アグラヴェイン卿の部下が殺害された一件と、この国の一件は別のモノであるという可能性は」

 

「…………もう一度あの森を調べた後、何も出なかったら引くしかないな」

 

「……よろしいので?」

 

「損切りのタイミングは間違えられない。

 この国の反応に対して我らがカウンターで仕掛けるつもりだった以上、これより更に粘るのは悪手だ」

 

 

 

 眉を顰めながら告げたアグラヴェイン卿には僅かな葛藤があったが、それも直ぐに消える。意識をもう切り替え始めているのだろう。

 

 このままなら、この祝賀が終わった場合、再調査もなくキャメロットに帰投してしまうのかもしれない。この国の警戒は最上位まで引き上げるだけで。

 

 

 

「ルーク。君は変わらず影武者を全うしながらアングウィッシュ王を縛り付けて置いてくれ。その隙に私達は国の中枢まで探りを入れる。

 此方の心配は不要だ。君は出来る事を完璧にこなせ」

 

「了解しました」

 

 

 

 そう言って、アグラヴェイン卿とケイ卿は部屋を出て行った。

 私はアングウィッシュを引き付ければ良い。周囲の人々を巻き込みながら会話出来れば、拘束時間は長くなるだろう。

 

 

 

「お前ら三人、ほんと怖いわ。

 全員本気になれば国を転覆させられるんじゃないか?」

 

「確かに。僅かにでも予兆があった瞬間、転覆させようとしていますしね。

 でも、モードレッド卿も本気を出せば国を転覆させる事なんて、訳無いと思いますよ」

 

「いや……いやいやいや。

 気付いたら毒が回り切っていた、みたいな事しようとしてるお前らには勝てないから。というかそれ、褒め言葉だよな……?」

 

「褒め言葉ですよ。

 貴方は不意を突かれた時の頭の回転速度は、誰よりも速いんですから」

 

「お………おぉ、あー…………おう。

 個人の主観だとしても嬉しく受け取っておく」

 

 

 

 危機的状況に陥った時、彼女の機転が凄まじいという事は事実なのになぁ、と考えながら、その他所で頭のイメージを研ぎ澄ませていく。

 

 獅子の兜はスイッチを切り替えるボタン代わりだ。

 あぁ……反転した彼女の方だったら自分でも完璧だと思えるくらいに演じられる自信がある。

 この時代でそんな事やれる訳ないが、まぁ仕方がない。

 私はモードレッド卿と今後の行動を話し合いながら、外した獅子の兜を暫く弄っていた。

 

 

 




 
 
『■■■■■適性獲得』

【■■■■■■スキル】


 ■■■■ A
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 通常は■■■■■■■■が持ち合わせるスキルだが、暗躍を主とする影武者の■■■■■もこのスキルを保有する。
 また、彼女は影武者として暗躍した逸話が有名である為、彼女は非常に高ランクでこのスキルを保有する。
 


 ■■■■ EX
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 本来ならここまで強力なスキルではないが、彼女の場合は異常な程に強力であり、真名隠しの宝具と同等の力と神秘を有している。
 その為、このスキルを破るには専用の宝具や概念武装並みの保有スキル、宝具級にまで昇華される程の千里眼を保有しなければならない。

 彼女の伝承と逸話を■■■■■特性の枠組みにして当てはめた物。
 故に評価規格外、EXとされる。
 
 
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