騎士王の影武者   作:sabu

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 毎日投稿より二日間で投稿する方が精神的にいい事に気が付いた。
 これから投稿に一日の間隔を設けます。代わりに執筆速度が上昇するので許してくれ。
 


第46話 サー・ルークと贋作の聖剣 承

 

 

 

「中止?」

 

「はい。先程慌てて来た使いの者が、そのように」

 

「…………」

 

 

 

 王の一室にケイ卿とアグラヴェイン卿が集まって、状況の整理をしてから数時間後、アングウィッシュが送った使者の伝言をギャラハッドから聞く。

 モードレッド卿は今現在この私室にはいない。ケイ卿と合流して城下町に下りるとの事だ。

 

 

 

「曰く、イゾルテ嬢が倒れたと。

 今日の祝賀は中止。明日に延期する予定との事です」

 

「……他には」

 

「いえ、それだけでした」

 

 

 

 ギャラハッドから視線を外して、ケイ卿やアグラヴェイン卿が纏めていた羊皮紙を何となしに見つめる。何かと何かが噛み合うという感覚はない。

 

 ……さて、これはどう考えればいいのか。深読みすれば幾らでも思慮を重ねられそうだ。しかし確証には至れない。

 イゾルテ嬢が倒れたか。一体何故倒れた……いや、もしかしたら倒れたというのは嘘で、油断ならない状態にあるという可能性もある。

 そしてそうだった場合、詳細に伝える事はないだろう。国の弱点になり兼ねない事を伝える訳がないからだ。判断を付けるのはまだ早い。

 

 

 

「周囲の人々は?」

 

「既に城を去り始めています。

 残っているのは半数程ではないかと。しかし、その半数も直に城下町に下りるでしょう」

 

 

 

 無辜の人々はいない。いるのは私達だけになる。

 つまり、私達側に何かを仕掛けるのに都合は良い状況になる訳だ。

 ……警戒だけはしておくか。

 

 

 

「貴方に一つ頼みが。私の二つの宝剣を貴方に預ける。そして、もしもの事態になった場合、私にその宝剣を返して欲しい。それまで私は投影で凌ぐ」

 

「え……?」

 

「聖剣を持っている筈のアーサー王が、聖剣を差し置いて別の剣を持っていたら不自然に映る。誤魔化せる自信はあるが、必要のないリスクは避けたい。

 だから貴方に預かっていて貰いたい。貴方にだからこそ頼める」

 

 

 

 そう言って、ギャラハッドに私が愛用している二つの短剣を渡した。

 彼は王の護衛役という事で私についてくるだろう。恐らく彼に渡して置くのが一番良い。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ギャラハッドは、受け取った短剣をぼーっと見ていた。

 その後、彼は顔を上げて私に頷く。

 

 

 

「分かりました、この剣は私が預かります」

 

「ありがとう。じゃあ、話し合いはもうやめにしよう。時間は待ってはくれない。イゾルテ嬢の容態を心配する体でアングウィッシュ王と接触出来る筈だ」

 

「すみません、一つ聞いてもよろしいでしょうか」

 

 

 

 頭の中で次策の展開を思い浮かべていたが、ギャラハッドに問われて振り向く。

 振り向いて、彼と視線が合った。

 真剣な表情をしていた彼を見て、一瞬何かと身構える。

 

 

 

「……どうした」

 

「今のはどちらですか」

 

「は……?」

 

「私に任せるというのは、アーサー王としての王命ですか。それとも、貴方個人の命ですか」

 

 

 

 ギャラハッドの問いに、すぐさま返事を返す事が出来なかった。

 果たして、今さっきの自分がどちらだったか。

 

 質問の意図が上手くわからなかったのも事実だが、自分の喋り方を振り返ってみると判断が付かない。どちらも混じり合っていた気がする。

 といっても……そもそも普通にギャラハッドと会話した事がないのだ。

 普段の私は敬語で話しているが、素の喋りは中性的。しかし、アーサー王がやるような口調を意識しながらだから、ガレスと話している時の口調とは恐らく違う。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 くそ……分かりづらいな。

 短剣を預けたのは私の意思で、アーサー王ならそうするだろうという考えじゃない。なのに今、アーサー王を演じながらギャラハッドに話しかけていたのだ私は。

 

 

 

「悪い……切り替えが上手くいってない証拠だ。助かる」

 

「逆です。切り替えが上手くいき過ぎている。

 貴方は演じる必要のないこの空間で、自らを保ちながら他人に成り切っていた」

 

「……それが、なんだと言うんだ……?」

 

「……僕は色々な人を見てきました。何かに精神を呑まれた者。我を失い狂乱した者。自分自身を定めるモノが何か分からなくなった者。

 それらの人物は、大抵切り替えが上手くいっていなかった。確かに……貴方は上手くいってる。でも——その回数が有り得ない程多い。

 貴方は、貴方自身が出会って来た人全てに対して反応や対応を考えながら言葉を話しているんです。だから、少し見ていて怖い」

 

「……………」

 

 

 

 彼の言葉に、腕を組んで考える。

 今のが、狂人の真似事をしたらその人間も狂人だという話……いやそんな簡単な話ではないか。彼の言いたい事は恐らくそれとは違う。

 

 

 ……切り替え……切り替えか。

 

 

 確かに回数は多いかもしれないし、相手の反応を考えながら会話をしていた事も複数回ある。だから、計算高いと言われればそうだろう。

 しかし別に、己の何もかもを組み替えている訳ではない。己の芯の部分だけは変えた事はないのだ。ただ口調を変更しているだけ。

 

 勿論、ギャラハッドの言葉を斬って捨てる訳にも行かない。自らの盾をさすりながら語ったその姿を見れば否応にも分かる。きっと、彼の冒険譚で実際に経験した事なのだろう。

 しかし……じゃあどうしろと。もっと簡単に生きて、己の自我を表側に出せという事なのか。出してると私は思うのだが。

 

 

 

「なぁガリア、私はそういうモノとは違う気がする。

 考えてもみろ。私とお前は…………まぁ自分で言うのもなんだが距離感が掴めていない。だから、あー……普通に話しかけた事がないんだ。分かるな?

 つまりは、私は別に自我を封印している訳じゃない。お前に対して対応を切り替えている訳でもない」

 

「それが貴方の素ですか?」

 

「……は」

 

 

 

 いきなり問い返されて反応に困る。

 私の素……人によって対応を変えていないと言って置きながらこれでは、私の言っていた事に説得性がまるでないじゃないか。

 というか本当に何を考えているんだ、このギャラハッドは。

 

 

 

「はぁ…………もう正直に言おう。お前と会話していると疲れる。

 まるで私が表面上は分かりやすく見えて、その裏では一体何を考えているか分からないみたいに語るが、私からするとお前の方が何を考えているか分からない。それともなんだ、お前は天然なのか?」

 

「……すみません」

 

「あぁもう、全く……」

 

 

 

 顔を俯かせ、表情を曇らせたギャラハッドを見て思わず言葉が溢れた。

 私は決して、あのDr.ロマンでもなければ人類最後のマスターではないのだ。凍りついた心の溶かし方など分からない。いや、彼はあの盾の少女ではないが、それでもこの知識がある以上重なるのは重なるのだ。めちゃくちゃ対応に困る。

 

 

 

「ガリア……もう面倒だからお前に対してはこの口調で話す。影武者を演じていない時はだ。いいな?」

 

「はい、それで構いません。むしろそれを望んでいましたから。

 じゃあ僕の方は、普段の時は貴方の事を先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか」

 

「絶対にやめろ……いいか、絶対にその呼び方をするな。そもそも私の方が歳下なんだ。年齢差を考えろ」

 

「そうですか……」

 

 

 

 本当にやめて欲しいのは心からの本心だ。

 彼にその言葉を言われる度に、きっと色々な事が頭をよぎる。

 

 正直どうなるか分からないが……遥か未来で私があの盾の少女に出会ったら……あぁ、特級の地雷だ。人類最後のマスターとの絆にヒビが入るかも知れない。

 というか、色々と奪い取ってしまっている感覚がしてならない。

 

 

 

「まぁ、どちらにしろ時間は許してくれない。

 そろそろ行くぞ。アングウィッシュ王と接触する」

 

 

 

 兜を被って、小さく息遣いをする。

 自分の身体とはまだ少し合っていない兜と鎧。彼女を演じるという明確な差異とその違和感にも慣れて来た。

 結局は、私がいつもやっている魔術行使と同じ。イメージを先行させて、そのイメージをなぞるだけ。しかも私の場合、その為の知識は既に補完され切っている。つまりは私だけのズルだ。

 

 

 

「よし。行こう」

 

 

 

 部屋の扉を開いて、廊下に出る。

 

 数時間前は回廊の中にまで人々のざわめきが聞こえていたのだが、今は酷く静かだった。

 キャメロット城が印象深い影響か、物音がほとんどしない城というのは不気味に感じられる。敵地にいるという意識が湧き出しそうだ。気を付けよう。

 

 

 

「陛下……なんだか、気味が悪い感覚がしませんか」

 

「そうだな。貴公の感覚も分かる。人々の喧騒がないだけでここまで印象が変わるとは」

 

「いえ……そうじゃありません。空間そのものが、何か……悪いモノを含んでいるような……」

 

「何?」

 

 

 

 歯切れ悪くも、警戒するように辺りを見回し始めたギャラハッドに釣られて私の注意の意識を張り巡らせる。

 だが、己の感覚を鋭くしてもギャラハッドの言う気味の悪さは感じ取れない。

 

 

 

「空間そのモノが澱んでいると?」

 

「……いえ、違うんです。それに、澱んでいる程に空間が汚染されていたら陛下も気付くでしょう。

 何というか、感覚的な話なのですが……コップ一杯の水に、一滴だけ血を流したような……しかし、血の匂いは隠せていないような…………」

 

「………………」

 

 

 

 私がアルトリア程に研ぎ澄まされた直感を持っていたら、私も理解出来ないまま何かを把握出来たかもしれない。

 直感の認識把握は、心眼の危機察知と違って危機そのモノが把握出来なくとも、理解出来ないまま身体が反応するからだ。

 だが、残念な事に、今の私の直感は未来予知程の力を有していない。実際にその危機が肌身で感じられるようになるまでは上手く働いてくれないだろう。

 

 要領を得ないギャラハッドの言葉。

 その感覚は、直感に似ているかもしれない。しかし、彼は私達のような直感的な把握能力を有していない筈だ。

 私が感じ取れなくて、彼は不明瞭ながらも察知出来たモノ。この違いは何だ?

 

 

 

「ガリア……貴公は魔術に対する知識は?」

 

「いえ、ありません」

 

「なら、耐性や抵抗は」

 

「それは……あります。

 私が持っている盾の話なのですが、元々これは血塗られていて、人々の業を受け呪われていました。しかし、今私の手にあるこの盾は浄化され、その性質が反転しています。

 つまりは、呪いの効果が逆転しているのです。この盾を持っている限り、私は人の業によるモノを受け付けない。

 毒を受けず、呪われず、また魔術を弾き返す。私自身の魔力が続く限りなら限度がありません」

 

「それは……凄まじいな」

 

 

 

 ギャラハッドの保有する雪花の盾をまじまじと見ながら、思わず呟く。

 自分が言うのもアレだが、彼もその年齢に見合わない武勇を持っているようだった。私が持つような人智の埒外にある対魔力と比肩出来る力だ。

 私が魔力量のゴリ押しで、ギャラハッドは概念による対魔力。性質がやや異なる以上、一長一短はあるが、もしかしたら私よりも優れているかもしれない。

 

 しかし収穫はあった。

 私の対魔力と、ギャラハッドの対魔力の違い。そして引っ掛かるのは呪いという単語。

 

 

 

「つまりは、怨霊や死霊の類がいると……?」

 

「申し訳ありません……私もそこまでは分かりません」

 

 

 

 その言葉を告げても、ギャラハッドを納得させるまでには至らなかった。

 それもその筈か。彼自身が、上手く言葉で表せないくらいに不明瞭な感覚なのだ。私だってきっと分からない。

 

 それに自分でそう発言していながら、私自身も確信に至れてない。

 仮に怨霊の類が居たとして、空間が澱んでいないというのは一体何なのだろう。

 

 

 

「……なんだか風向きが悪くなって来たようだ。

 イゾルテ嬢の容態の急変と何か関係が———」

 

「陛下?」

 

 

 

 ふと、思い出した。

 そう言えば、アグラヴェイン卿の部下は一体どんな姿で発見されたのだったか……確か———

 

 

 

「呪い、殺された……」

 

「……………」

 

 

 

 隣でギャラハッドが、私と同じ事を思いついたと思わしき息遣いがした。

 目配せもなく、二人で一気に走り出す。目的の場所は、社交場として使用されていたあの宮廷。

 

 流石に今の状況では自らの外聞を気にしていられない。そもそも人々が少ないのだから別に良いだろう。

 回廊を走っていても、すれ違う人々は疎らだ。視線も合わない。

 

 

 

「……急ぐぞ。もはや関係が無視出来ない」

 

「えぇ。展開が悪い。僕達は後手に回り切っている。これは何かが起こる予兆ですか」

 

「分からない。肝心な情報が足りてない。

 分かるのはイゾルテ嬢が関係しているという事だけだ。それも、イゾルテ嬢が今回の黒幕なのか、次の標的なのかが分からないがな。

 黒幕だとしたらその理由は不明。標的だとしてもその理由は不明。最悪だ」

 

 

 

 ようやく繋がりが見えて来た事の成り行きを、言葉に出して整理しながら回廊を走る。

 分からない事だらけだが、アングウィッシュ王が零した言葉を信じるなら、イゾルテ嬢は最近顔色が悪かったという。ならば、黒幕という線は薄いかもしれない。

 

 もしや……何者かに呪われたイゾルテ嬢をトリスタン卿があの弓で治療するという事になるのか?

 まぁ良い。その事自体は今は重要じゃない。イゾルテ嬢は黒幕から除外して考えよう。

 

 ならば、黒幕はだれだ? その目的は何だ?

 クソ……ッ最悪相手の術中に嵌った上に逃がしてしまうぞ。

 

 

 

「僕達以外は……」

 

「あぁ……展開も悪ければ状況も悪いと来たか」

 

 

 

 トリスタン卿は恐らく宮廷。

 アグラヴェイン卿は私の事を気遣った為に、所在が分からない。

 ケイ卿とモードレッド卿は城下町。

 

 敵にとっては良い具合に分断されている訳だ。

 全員が並大抵の者ではない為、各個撃破されるという最悪の展開は薄いだろうが、決して皆無じゃない。単純に戦力的な問題もある。

 

 

 

「感覚はどうだ」

 

「……少し、寒気がしてきたような気がします。

 宮廷に近付けば近付く程」

 

「お前もか。私もだ。

 私の場合、ようやく感じ取れて来たというべきか」

 

 

 

 背筋に冷汗が流れるような感覚がしていた。

 もはや勘が確信に近付いて来た。宮廷に何かがあると。

 

 

 

「お前はトリスタン卿を探してくれ」

 

「分かりました」

 

 

 

 辿り着いた宮廷の扉を開け、周囲を見渡す。

 数時間前は数え切れない人々で犇き合っていた宮廷に、今は疎らにしか人がいない。多くの人々はとっくに帰ってしまったのだろう。

 しかし、一人も居ない訳じゃない。十数名あまりの人々は残っていた。

 

 彼らは何も感じ取れていないのか……?

 

 

 

「貴方達も気付きましたか」

 

「トリスタン卿、詳細を」

 

 

 

 トリスタン卿自体はすぐに見つかった。

 詩人の振りをしていたのだろう。手には、彼が愛用する妖弦にして竪琴の弓を構えている。それが、いつでも真空の弓を放てるように集中しているように見えた。

 

 

 

「詳しくは語れません。

 楽人の振りをしながら宮廷で話し込みをしていたのですが、ふと気が付くと寒気がするようになりました。

 明確な時間は分かりませんが、イゾルテ嬢が倒れたと伝わってからです」

 

「アグラヴェイン卿の部下が殺害された事については」

 

「既に私も把握しています。

 ですから、何か不吉なモノを感じ取ってからは、それとなく人々を宮廷から避難させて居ました。下手に動いてはいけない予感がしまして」

 

「成る程。感謝します、トリスタン卿。

 ……気を付けて下さい。もし悪霊の類が出た場合、その妖弦を持つ貴方しかまともに相手出来ないでしょう。貴方の竪琴ではなくとも神造兵器の類なら十分通用するでしょうが、それを持つモノはここには貴方しかいない」

 

「……………貴方の魔術はダメなのですか?」

 

「無理です。私の魔術は神秘の度合いが低過ぎます。恐らく通用しない。

 この場を何とか出来るのは貴方だけです」

 

 

 

 私のは所詮は形だけの魔術だ。

 この身に宿る膨大な魔力を上手く使えれば、如何なる神秘や幻想の類でも相手に出来る筈なのだが、その為の道具や武器がない。

 身体が成長するに連れ、精製する魔力がより形を明確にして来ていると言うのにだ。はっきり言って内側の滾りを持て余している。しかし、そこはどうしようもない。

 

 結局、この場で私は役に立たないだろう。

 信頼できるのがトリスタン卿しか居ないのだ。

 

 

 

「…………貴方にそこまで信頼されているとは」

 

「何を今更。私はもう、とっくの前から貴方の事を信用しています。気付いていなかったんですか?

 貴方達がいきなり花を送って来た時の事は、もう許していますので」

 

「……………」

 

「貴方の感性は人よりも鋭いですが、それ故に悲観的です。

 過去を振り返って己を確かめる姿は確かに美徳ではありますが、流石に貴方は過去を振り返り過ぎだ。私としてはもっと前を向いて欲しい」

 

「——それは…………あぁ……私にその言葉はあまりにも厳しい」

 

「そうですか、厳しいと感じますか。

 なら貴方が後ろを振り返り、尚且つ立ち止まろうものなら、私はその背中を蹴飛ばしますので、そのつもりで」

 

「ハハハ……それはそれで良いかもしれませんね」

 

「やめて下さい。不敬だと処されます。私を社会的に殺すつもりですか?」

 

「本当に……貴方は容赦の欠けらもないようで。

 ——ですが、ええ。私は貴方にそこまでを言わせてしまった。この妖弦を引く我が手が震える事はもうないと誓いましょう」

 

「感謝します。

 ……と言うよりは、頑張って下さいと言う方がいいのでしょうね。頑張って下さい。見ていますので」

 

 

 

 小さな笑みを浮かべて、しかしそれ以上に真剣な表情でトリスタン卿は頷いた。

 多分、大丈夫だろう。

 むしろ、今までにない程の働きをしてくれるかもしれない。

 

 

 

「——あの……貴方…………いや……アンタ、もしかして」

 

「…………ッ」

 

 

 

 ——背中にかけられた声で即座に振り返る。

 その声に聴き覚えがあったからだ。そしてそれ以上に、私をアンタ呼びする人間など一人しかいない。

 

 

 

「は———……?」

 

 

 

 振り返った先にいたのは、炎のように赤いドレスをした一人の令嬢。

 見間違う筈がない。リネット嬢が、怪訝そうな顔で私を見ていた。

 

 

 

「リネット嬢。人々のほとんどはもう帰っております。貴女も戻った方がいいでしょう」

 

「え……あぁそうですね、トリスタン卿。

 ですがその、あっと……そこのアーサー王……?

 で、合ってい———んぐ!?」

 

 

 

 リネット嬢の口を塞ぐように抑えて、即座に目立たない壁際まで移動する。

 年若い令嬢を相手に、決してやってはいけない事をやっているという自覚はあるが状況が状況だ。下手をすると彼女が標的になりかねない。

 

 ……いや、私の行いで、今標的にされてしまった可能性もあるのか……しかし彼女を放って置いたままだと、最悪彼女が何も出来ず、標的にされて殺されているのかもしれない…………クソ、八方塞がりだ。

 

 

 

「…………ッッ!…………!…………!?」

 

「リネット。頼む、静かにしてくれ。最悪お前が死ぬかもしれないんだ」

 

「……………………」

 

 

 

 そう言って、彼女は静かになった。

 私の真剣な声に、退っ引きならない状況であると気付いたのだろう。

 

 

 

「……………」

 

「私の知り合いです」

 

 

 

 私のいきなりの行動に、驚いた表情をしていたトリスタン卿とギャラハッドに向けて小さく呟く。

 彼女が落ち着いたのを確認してから、彼女の口を塞いでいた手を外した。

 

 

 

「何……いきなり。というか、やっぱりアンタなのね。何してんのアンタ」

 

「影武者。最悪ここが戦場になるかもしれない。相手の出方が不透明かつ不明瞭で下手に行動を起こせない。私を知るお前が標的にされる可能性があった。

 これでいいだろう。私からもリネットに質問がある」

 

「……ふーん。それがアンタの素の口調なんだ」

 

「…………」

 

「そっか、影武者をやってるのねアンタ。

 というか少し見ない間に……随分と背が伸びたのね……」

 

「リネット。出会いを懐かしんでいる余裕がない。頼むから私の言う事を聞いてくれ」

 

 

 

 緊張で色々と頭が回っていなかったのだろう。彼女に対して、完全に素の口調で話していた。だがもういい。そんな事気にしている暇がない。

 

 

 

「リネット。何故お前がここに居る」

 

「私達も招待された。父上と姉さんは社交場の雰囲気が苦手だからって言って、城下町の宿にいるわ」

 

「……何故お前だけがここに残っている」

 

「は、何? 私が社交場にいちゃダメなの?

 経験の足りない小娘が、己を鍛える為にこの場所に居るのが相応しくないと?」

 

「突然怒らないでくれ……」

 

 

 

 リネットの怒りの声にどやされながらも、僅かに安心した。相変わらずの様子で。それに彼女の父親と姉君のリオネス嬢は恐らく安全だろう。

 

 しかし、あぁ失念していた。

 今は小国……言い方は悪いが、恐らく没落した彼女の国ではあるが、彼女の父親はウーサー・ペンドラゴンと繋がりがあったのだ。この国に呼ばれてもおかしくない。

 

 

 

「……ごめんなさい。私、貴方の足を引っ張ってる」

 

「は…………は? 何だ、いきなり」

 

「今ここから私が宮廷を出たら怪しまれる。このまま此処にいても、貴方達に自らの身を守る事が出来ない人質を背負わせる事になる。

 最低ね、私」

 

 

 

 いきなり呼び方を変えて来た彼女の様子に戸惑ったが、それもすぐに消えた。

 良くも悪くも、彼女は自分の置かれた立場を理解する程に聡明だった。

 

 

 

「……ガリア」

 

「ダメです。それだけはいけない

 この罰は後で如何程でも受けます。ですが、今ばかりはどうか」

 

 

 

 そして、ギャラハッドも聡明だった。

 私が言わんとしている事を理解したのだろう。私の事を放って置いて、彼女の護衛に回って城下町まで行けという事を。

 

 別に、彼が私を見くびっている訳ではない。

 ただ、最悪の想定だけは絶対に実現させてはならないと、彼は厳格なまでに己に誓っているのだ。ギャラハッドも、いつもの表情が崩れていた。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 寒気が肌を襲う。

 状況が悪化していく事への寒気じゃない。本当に、ナニかが迫って来ているような感覚がするのだ。

 私の直感が、何かを訴えかけて叫んでいるような、そんな感覚が。

 

 

 

「……ホントに、なんか気味が悪いなって思ったらすぐに戻るべきだった」

 

「——気味が悪い?」

 

「え、えぇ」

 

「リネット。詳細に話してくれ。出来るだけ、手短に」

 

 

 

 リネットの呟きに即座に反応を返す。

 てっきり、この感覚を把握出来ているのは私達のような実力を持つモノだけだと思っていた。

 精神はともかく、肉体的な力は一般人のそれでしかない彼女が把握出来ているとは到底思えない。なのに、彼女も何かを把握していたのが不思議でならなかった。

 

 

 

「その、多分貴方達が感じているようなモノじゃなくてね。

 ナニかが迫って来ているような感覚じゃなくて、その……気味が悪いなって感じたのは、人間というか。

 この人の立ち振る舞いが何処か気味が悪い……そう、怖いなって」

 

「人……?」

 

「うん、その……この宮廷で食事や飲み物を配っていた人が居たでしょ、執事の人の。そういえば、アングウィッシュ王の隣にいた」

 

 

 

 あぁ、確かに居たと彼女の言葉に返す。

 ケイ卿が告げた人物にその名前が上がっていた。私がアングウィッシュと影武者として対面していた後、アングウィッシュ王の隣に、心配するように近付いていたという事も後ろ目で確認していた。

 

 

 

「その人が配膳していた物を飲んだ人がね、なんだか疲れた様子で帰っていくなって思ったの」

 

「何だと……」

 

「最初は私の気のせいかと思ったんだけど、それを何回も見ている内に、何だか気味が悪くて。

 だから、私はそれを口にしなかったんだけど」

 

 

 

 彼女の言葉を振り返って、そういえばこの宮廷に走って来た時に、誰とも視線が合わなかった事を思い出した。あれは、疲労で俯いていたからか……

 

 ギャラハッドも私と同じ事を考えていたのかもしれない。眉を顰めて、警戒を露にしている。

 

 

 

「……………ッ!」

 

 

 

 まさか……と思い、酷く静かな宮廷を見回す。

 疎らとはいえ、僅かにいた筈の人々が——全て倒れ伏していた。そして、その全ての人間が、身体から幾何学模様が浮かんでいる。

 

 あまりにも見覚えがある、その模様。何せ私が持っているから。あれは魔術回路だ。つまり、今この場にいる無辜の人々は全て魔術師。もしくは魔術使い——

 

 

 

「……………」

 

 

 

 有数の貴族や王族が秘密裏に、もしくは受け継がれているだろう魔術回路や魔術刻印を狙った犯行か……?

 多数の人々を対象にして無差別に?

 人々からは生命力を、魔術師からは大量の魔力でも吸い取っていた?

 一体何を理由に?

 どんな目的で?

 

 毒か何かでも仕込んでいた———

 

 

 

「……トリスタン卿。宮廷を探っていたとの事ですが、会話の切っ掛けなどの為に、何かを口に含んだりなどは———」

 

 

 

 そこまで考えて、その考えが嫌な現実になるような感覚がした。

 周囲を警戒しながら振り返って、トリスタン卿の様子を確認しようとする。

 そして、背後を確認して——

 

 

 

「—————…………ッ…………………」

 

 

 

 ——最悪の光景がそこにあった。

 

 胸を抑え、不規則な過呼吸をトリスタン卿は繰り返している。

 まともに身体を制御出来ていない。冷や汗を流しながら、手に持った妖弦を杖のようにして、ようやく身体を起こす事が出来ている。

 

 

 

「トリスタン卿……大丈夫で———ッッ!!」

 

 

 

 言葉を掛けようとして、背後から走った凄まじい悪寒に即座に振り向いた。宮廷の中央部分には、先程まで姿も形もなかった魔法陣が刻まれていた。

 並々ならぬ瘴気とおぞましい魔力を滾らせ、赤い火花が小さな雷のように周囲に散っている。

 魔法陣を支配している気味の悪い魔力が、人々から吸い上げた呪詛や呪いの類いである事は明白だった。

 

 急速に、魔法陣が怪しく輝き出していく。

 周囲の大気ごとマナを取り込み、旋風が魔法陣に向かって吹き荒ぶ。それに呼応するかのように駆動し、回転していく魔術の術式。

 まるで何を召喚しようとしているかの様だった。

 

 次に周囲を支配するのは閃光。

 目を開けているのが難しい程の稲光と共に、収束していた周囲の大気が、そのおぞましい姿ともに解放された。

 

 

 

 

「——■■■■■■■■■■!!

 

 

 

 

 女性の甲高い悲鳴のような不協和音が宮廷に走る。

 耳を劈く程の音の反響が、宮廷の窓ガラスや格子にヒビをいれ、次の瞬間には粉々に砕いていった。

 

 それだけじゃない。肌にビリビリと何かが走っているような錯覚。

 自然と心臓の鼓動が速くなっていくような威圧感が、周囲に向けて無差別に降り散らされていた。

 

 現れたその存在は、見ているだけで怖気がして来る。

 骨が剥き出しになった人間の頭部のようなモノに、あまりに長い鉤爪のような両手。胴体は無く、背骨の様なモノをぶら下げてユラユラと浮かんでいる。

 

 ゴースト。死霊。忌霊。魔性。

 それ以外に、その怪物を称する言葉は見当たらない。

 

 

 

 人ならざる不気味な威圧を纏った化けモノが——そこには居た。

 

 

 




 
  
 弱体化(毒) 
 詳細

 トリスタンは生涯にわたって、幾度も毒に侵され瀕死に陥って来た。
 毒に対する耐性が他のサーヴァントよりも低い。



 


 弱体化(毒・魔術) C
 詳細

 トリスタンは生涯にわたって、幾度も毒に侵され瀕死に陥って来た。
 仮にそれが魔術による毒だとしても、それが毒という概念であるなら、サーヴァントとしての対魔力すら正しく機能しない。
 毒に対する耐性が他のサーヴァントよりも突出して低い。
 
 

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