騎士王の影武者   作:sabu

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 Fate世界の魔術は秘匿するモノなのにアーサー王伝説の魔術師はっちゃけ過ぎ問題。
 原典を混ぜ合わせてるのは主に魔術師が引き起こした問題を上手く処理する為です。
 


第48話 サー・ルークと贋作の聖剣 結

 

 

 私の後ろから放たれたその一射は、思わず私が放心して見惚れる程の一撃だった。

 周囲の荒れる空気すら纏め上げ、旋風を以って加速、収束された究極の一撃。

 

 そしてそれは、当たり前のように死霊のナニかを穿ち切る。

 人間にとっての心臓。もしくは霊核のようなモノを砕いたのだろう。トリスタン卿の一撃を受けた死霊はその場で、糸の切れた人形のように停止していた。

 己の存在を保てなくなったのか、手足から塵のようになって霧散している。先程の威圧感は既にない。

 

 

 

「……………疲れた」

 

 

 

 小さく溜息を吐いて天を仰ぐ。

 正直言うと凄い横になって休みたい。緊張から逃れたせいで、身体が一気に重くなった感覚がする。

 それと頭が痛い。少し血を流しすぎた。貧血や立ちくらみといった症状が、小さく身体を覆っていて離れてくれない。

 

 

 

「トリスタン卿は大丈夫ですか……?」

 

 

 

 振り向いてトリスタン卿を確認してみれば、彼は片足をついた状態で顔を俯かせていた。

 弓を握る手は弱々しく、ほぼ手を添えているだけなのではないかと思える程で、弓はほとんどその場に投げ出されている。呼吸は荒く、今この瞬間にも血を吐き出して倒れてしまう姿を想像出来るほどに覇気はない。

 瀕死。もしくは虫の息と言っても良かった。

 

 

 

「どうやら……あまり無事ではないようですね。せめて横になった方が良い」

 

「…………」

 

「……申し訳ありません。私では貴方の容態をどうにも出来ない。

 だから、私はアグラヴェイン卿を探してきます。恐らく彼ならなんとか出来る手段を思いつくでしょう。無事かどうかも気になります」

 

「貴方は……大丈夫なのですか」

 

「私ですか。私はまぁ……見た目は派手ですが致命傷ではありません。数日安静にすれば完全に回復するでしょう。

 それにほら、耳も聴こえるようになって来ました」

 

 

 

 私の場合、今が辛いだけで明日にはもうこの傷も半分近く治るだろう。今も尚、キーンと耳鳴りが聴こえるが、普通の会話をするくらいならなんとかなる。

 だから、どう考えてもトリスタン卿の方が重症なのは明らかだった。

 

 

 

「…………そうですか。

 私の演奏で貴方の傷を癒せれば良かったのですが、私にはどうにも」

 

「そうなんですか……?

 まぁ、別に構いません。正直私に歌や合奏は似合いませんから」

 

「まさか……」

 

 

 

 そう言って、トリスタン卿は小さく笑った。

 私の言い分を一切信用していないと言いたげな様子だった。

 

 

 

「ルーク。いずれ貴方に歌を贈ろうと思うのですが、よろしいでしょうか」

 

「はい……はい?」

 

「今はまだ、この嘆きを形にする事は出来ない。ですが、必ず貴方に歌を贈ります。きっと、最後に謳うのは貴方の詩でしょう。私からのせめてもの……礼です」

 

「…………なんですかそれは。まさか私を口説き落としにでもかかってます?

 だとしたら五十点です、出直して来て下さい。そんな悲観的なモノを贈られても相手からすると困るだけです。

 私が仮に女性でも、僅かにときめく事すらしなかったでしょう」

 

 

 

 小さな軽口代わりに、少しだけ吐き捨てるように告げた。

 口ではそう言っているが、実際にトリスタン卿から歌を贈られて迷惑な訳ではない。むしろ、かの騎士から名指しで贈られるのだ。私とて普通に嬉しい。嬉しくない訳がない。

 

 しかしその…………嬉しいのだが……それはそれで困る。贈る相手を間違えているんじゃないかと本気で問い返したい。しかも、恐らく人生の最後に贈るみたいの事を言ってる。イゾルテに贈ってくれ。

 

 

 

「…………何を。

 私とて、誰か口説きにかかるなら、もっと情熱的なモノを贈る。貴方に贈るのは、貴方の英雄譚を讃える詩ですよ」

 

「そうですか。それなら良いのですが」

 

 

 

 視線を落とし、小さく苦笑いするように口元を緩めて、トリスタン卿は告げた。

 

 

 

「ちょ……ちょっとおい」

 

「触らないで下さい。邪魔なうえに不愉快です」

 

 

 

 ふと、モードレッド卿とギャラハッドは大丈夫かと視線を向けると、見覚えのない令嬢がいた。

 思いっきり眉を顰めて、如何にも私は不愉快であるのだと告げている。モードレッド卿の制止すら無視して、肩に置かれた手を鬱陶しそうに払い退けていた。

 

 

 

「そこの二人。その傷はどうなっています。詳細に報告してください」

 

「————……あの、貴方は」

 

 

 

 私が言葉を返すと、その令嬢は一瞬停止した。流石に自分を俯瞰的に見たらいきなりすぎると自覚したのかもしれない。

 自分の名前を言う時間すら不要でしかないというのにと、その不機嫌そうな表情をより深くしながら令嬢は答えた。

 

 

 

「…………イゾルテ」

 

 

 

 あぁ……やっぱりかと思わず口に出しそうになる。

 何と言うか、癖の強そうな女性だった。やや薄い金髪の髪。金髪のイゾルテ。毒を治癒する天才的な才能を持ちながら、毒によってトリスタン卿と禁断の恋に落ちてしまった令嬢。

 

 今はまだ、彼女はマルク王の下には嫁いではいないのだろう。

 妃ではなく、姫という印象の強い令嬢だった。

 

 

 

「……………」

 

「一体何ですか?

 ジロジロと女性を見るのは失礼極まりないと分からないのですか?」

 

「……確か貴方は、倒れていたのでは……?」

 

 

 

 そう聞くと、イゾルテ嬢の表情がさらに不気味になった。

 なんなら、私を睨みつけているんじゃないかと思える程に眉を顰めている。

 

 

 

「……私も毒を盛られました。もう自分で治癒させましたが。

 あぁ、非常に不愉快です。私達の国を何らかの儀式に利用され、しかも幼い頃からの執事役に裏切られたのですから。殺意しか湧きません」

 

「……………」

 

 

 

 既に彼女も大体の事を把握しているのだろう。

 この事態を引き起こした者への恨みを重ねている。しかし、何げなく淡々と告げているが、自分自身でこの毒を治癒させたとさらっと流す辺り、イゾルテ嬢も大概の者だ。

 

 アングウィッシュ王が語っていた、最近は暗い顔をしているという印象が先行していたが、イゾルテ嬢はか弱い女性などとは到底思えない。

 むしろ強すぎて、切れ目のその眼差しだけで男性を震え上がらせそうに思える。

 

 

 

「それで、貴方達の傷は毒ですか。毒ならさっさと横になりなさい。毒に侵されていながら少しでも体力を消耗するような事をするのは愚の骨頂です」

 

「……私は死霊との戦いで傷付いただけで、毒自体は摂取していません。毒に侵されているのはトリスタン卿だけです。他は傷すらありません

 周囲に倒れている人々は、あまり判断がつきませんが」

 

「死霊?」

 

 

 

 合点がいかなかったイゾルテ嬢は、険しい表情をしたまま宮廷の中心に向けた。

 

 

 

「成る程………感謝します。

 貴方達がいなければ、この国は最悪滅亡の危機に瀕していたかもしれません」

 

「いえ……」

 

「——ですが、それとこれとは話が違います。

 特にそこの男。トリスタン卿と言いましたか。円卓の騎士でありながら、毒に侵された状態で何をやっているのですか?

 さっさと横になりなさい。死んでもおかしくない状態だと何故把握出来ないのですか?」

 

「ハハハ………」

 

 

 

 イゾルテ嬢の、あまりにもキツい言葉にトリスタン卿が思わず苦笑いを溢す。

 しかし、その苦笑いすらどこか力がない。本当に苦しいのだろう。そして、そんな苦痛の状態であの妖弦の真の力を解放してくれたのだ。

 彼はこの場にいる全員の命を救ってくれたも同然。感謝しかない。キャメロットに戻ったら可能な限り労わろう。

 

 

 

「……本当に貴方はバカなのですか?それとも死に急いでいるとでも?

 はっきり言って貴方は死にかけています。今から体調を戻しても身体中に後遺症が残る程です。弓を引くどころか持ち上げるのすら難儀するでしょう。

 一体、毒に侵されていながら何を仕出かせばここまで悪化させられんですか?

 意味不明にも程があります」

 

 

 

 強引にトリスタン卿を横に寝かせ、その容体を確かめてイゾルテ嬢が非難の声を上げる。

 ……今一瞬、魔力の流れを感じ取った。本当に微少で、竜の炉心という特級の神秘を持つ私でも、ほんの微弱にしか感じ取れない程の流れ。秘匿性が高そうだ。

 

 

 

「……すみません。トリスタン卿を責めないで下さい。

 死霊を倒して貰う為に、毒に侵されながらも弓を引いて下さいとせがんだ私が原因です」

 

「——はぁ?」

 

 

 

 その説明に、イゾルテ嬢は憤慨の視線と呆れているとでも言いたげな言葉を溢した。不機嫌を通り越してブチギレているとしか思えない程の怒りだ。

 

 

 

「本当に貴方達は愚かの極みです。どう考えても頭がおかしい。同じ人間とは思えない。死に急いでいる。あぁ、もしくは本当に死にたがっている?

 それとも、私達と違って命は複数でもあるんですか?」

 

「……イゾルテ嬢。流石に貴方の立場でその言い分は、あまり看過が出来ない」

 

「いいえ、私は言います。はっきり言います。

 貴方達円卓の騎士は全てが愚かだった——貴方達はこの国を見捨てれば良かった」

 

「……はい?」

 

 

 

 イゾルテ嬢は思いっきり眉を顰めて、吐き捨てるように私に語った。

 私の硬直を他所に、イゾルテ嬢は横になったトリスタン卿に向かって意識を集中し始める。

 そのあまりにも熱心な集中は、思わず声をかけるのすら戸惑ってしまいそうだった。

 

 

 

「…………何を一体、貴方は……」

 

「あぁ、理解出来ないと?

 本当に貴方達は私とは違った人間なのですね。誉れ高きブリテンの騎士達は、皆全て、自らの命の使い所が分からない無法者共だったとは」

 

「…………」

 

「貴方達はこの国を見捨てれば良かった。見捨てる権利があった。貴方達は、この国を助けなけねばならないという義理はない。

 特にこの男。この男も、周りで倒れている人間のように気絶して横になっていれば、少なくとも此処まで重症にはならなかった。なのに、無理をしてでも身体を動かし、そして死霊を倒した。貴方達は死霊を無視し、この男を引き連れて自らの国に逃げれば良かった」

 

 

 

 イゾルテ嬢の憤慨の言葉は続く。

 魂の奥底から絞り出しているとでも思わしき激情。

 しかしそれを口にしながらも、トリスタン卿に向かって何かを集中させている意識だけは一つも狂わない。

 

 

 

「えぇ、貴方達は愚かの極みです。この国全ての騎士が貴方達はバカの集団だと指差すでしょう。栄光の騎士と謳われながら、騎士の忠誠の先を知らない愚か者共。自らの命の使いどころを理解出来ていない無責任者達。

 死ぬんだったら、辺境の国ではなく自らの国で、ブリテン島の為に命をかけて、そして死ねば良い。こんな国で命をかけるな」

 

「…………………」

 

「だから——その代わりとして、彼の毒は私が必ず治します。

 後遺症なんて絶対に残さない。万全の状態にして、この男をブリテンに帰します。傷が完治するまではこの国から離れられないと心得なさい」

 

 

 

 彼女の言い分には遠慮なんてモノは一切なく、殆ど暴言に等しい。

 しかしそれでも、王女として、国の上に立つ者の責任と国に仕える騎士達の忠誠を大事にし、そして誇りに思っている人物の言葉だった。

 

 …………命の使いどころを見誤るな……か。

 少し、私としても考えさせられる言葉だった。

 

 私と似たような事を考えていたのかもしれない。

 イゾルテ嬢の言葉に、助けてやったのに一体何様だと、私の後ろで怒りを見せていたモードレッド卿が、僅かに何かを言い淀むような息遣いが感じられた。

 

 

 

「……感謝します」

 

「フン」

 

 

 

 トリスタン卿の言葉に対しても、イゾルテ嬢は不機嫌に鼻を鳴らすだけだった。しかし、今尚トリスタン卿の身体を蝕んでいる毒を解析しようとしているその集中力だけは、僅かなりとも霞まない。

 

 

 

「苦しいでしょうが耐えなさい。あぁ、まだ水は飲ませられませんので。

 水を飲んで、それで身体中に広がるモノだったら手に負えない。口答えは聞きません。貴方は黙っていなさい」

 

「……………………」

 

「結構。ではそのまま。私のこれが理解出来ないでしょうが、貴方が理解する必要はありません。貴方の理解は毒の進行に関係がない。

 そのまま、なされるがままにしているように。邪魔をしたら叩き潰します」

 

 

 

 横になったトリスタン卿に向かって、イゾルテ嬢は厳格に告げていた。

 恐らく、彼女に任せてもいいだろう。むしろ言葉をかけて邪魔したら、今度こそ本気でブチギレられそうだ。

 

 

 

「先輩。無事ですか」

 

「その呼び方はやめろ」

 

「……ルークさん。大丈夫ですか」

 

「あぁ……まぁそうだな。重傷の分類なのだろうが、私のはただの傷だ。後遺症も残らない。ちょっと貧血で頭がフラフラするような感覚は消えてくれないが……死ぬその瞬間まで全くの無傷だったなんて都合の良い話はないだろう。

 むしろ、死なないくらいの怪我を受けられて良い経験になったかもしれない。傷付きながらの戦い方の知識も得られた」

 

「……………」

 

 

 

 事態の流れを静かに諦観していたギャラハッドから声をかけられて、自ら傷の所感を答える。

 身体は痛いが、まぁまだ軽口を叩けるくらい余力は残っている。

 とりあえず、一番なんとかしなければならなかったトリスタンはもう大丈夫だ。私は治る傷の範囲に収まっているからいい。死霊による事態は収束したと判断しよう。

 

 ……問題は、この事態を引き起こした者の方だ。

 判明している事は少ない。ただ、この国に仕えていた執事役の者が関わっているくらい。

 さて……ここからどうするべきか。

 

 

 

「すみません……僕が不甲斐ないばかりに」

 

「は……え、いや何が?」

 

 

 

 頭を毟りながら思案をしていると、ギャラハッドが懺悔するように言葉を発した。

 思いも寄らない言葉だったのもあって、完全に素で返してしまった。

 

 

 

「アグラヴェイン卿が最初に言っていたでしょう。僕が守りに専念するから、貴方は攻撃に専念出来ると。

 ……僕は貴方を守れなかった」

 

「あぁ……」

 

 

 

 ギャラハッドの言い分を聞いて、その真意を悟る。

 ……が、正直言ってあの時はどうしようもなかったとしか思えなかった。なんなら前に出たのは私だし、私が前に出る以外に選択肢がなかったのも事実。

 しかし、ギャラハッドの守る者としての矜持を傷付けてしまったのも事実。

 私はどう答えればいい。

 

 

 

「まぁ、そうだな……今のお前にあの時はどうしようもなかったと言っても納得してはくれないのだろう。

 というか、私が再び前線に復帰してから凄い守られまくっていたから、非難の思いとか全然湧かないんだが」

 

「……………」

 

「あぁ、だからまぁ……次は頑張ってくれ。次こそはお前を頼るから」

 

「———えぇ、次は必ず。理不尽な状況でも守り切れるだけの力を、必ず」

 

 

 

 ギャラハッドは誓いを立てるように、厳格に告げた。

 普段は無表情で何を考えているかよく分からない表情が、強い覚悟で揺れている。

 

 

 

「なんだよ重いなぁ……解決したんだからとりあえずは一旦切り替えていこうぜ。まだ重要な部分は終わってねぇんだから」

 

 

 

 私とギャラハッドの間に走った微妙な雰囲気を感じ取ったのか、やや心配そうにしながらも気怠げに語った。

 あぁ、本当に彼女はとても良いムードメーカーだ。自然と空気が入れ変わって身が引き締まる。手段と行動の流れは別だが、その様は騎士王そっくりだ。

 

 

 

「そうですね、とりあえずケイ卿とアグラヴェイン卿と合流しなければ。

 ケイ卿は既に事態の収束に向けて、人々の誘導を開始しているでしょう。そしてアグラヴェイン卿は……恐らく彼の事です。既に事態を完璧に把握しているかもしれません」

 

「むしろしてなかったらオレは殴る。アイツこの場で何もしてねぇし」

 

 

 

 忌々しげにモードレッド卿は語った。

 疲労が滲み出たその言葉には、死霊との一戦が非常に疲れるモノだったと語っている。

 彼女の性格の事だ。まともに攻撃が効かなかった死霊は嫌いなタイプの敵だったに違いない。だからこそ、それを免れたアグラヴェイン卿が忌々しいという事か。

 

 

 

「大丈夫か、ルーク」

 

「ケイ卿。えぇ私は無事です。リネット嬢は?」

 

「既に帰した。また今度平和的に出会いたいって言ってたぞ。後、周囲の人間の誘導を終わらせている。つまりは、今から何しようがほとんどを秘密裏に済ませられる」

 

 

 

 あぁ、本当に彼は気が利くし用意周到だった。

 都合の良い事に、今この城に居る人々は関係者しかいない。別に殺人を犯す訳ではないが、もし、事態を引き起こした人間の関係者がいる場合、公にしてはならない事をしても大丈夫なのだ。

 イゾルテ嬢は……恐らく白だと思うが。

 

 

 

 

「それと……こっちもだ」

 

「アーサー王……——いや君は」

 

 

 

 ケイ卿がそう言ってから出て来たのは、私がアーサー王として接したアングウィッシュ王だった。

 今の私は彼と相対していた時の風貌ではない。兜は外しているからバイザーを着けた私の顔が見れるし、鎧はひび割れて所々は砕けている。

 

 流石に私がアーサー王ではない事は分かるだろう。一目瞭然だ。

 私の姿を見たアングウィッシュ王は驚愕に目を見開いていた。

 

 

 

「あぁ、成る程。騙していて申し訳ありません、アングウィッシュ王。私は騎士王ではありません。その影武者です」

 

「そんな——まさか…………いや、そんな訳が……確かに私と相対していたのは、あのアーサー王だった……筈……」

 

「いいえ、貴方と相対していたのは私です。アーサー王ではない。そもそもアーサー王はこの国に訪れていませんのでそれは絶対にあり得ません。

 あぁですが少し残念です。よもや、私の事を忘れてはいないかと聞いた筈だったのに」

 

「———————」

 

「感謝します。その反応からするに、どうやら私は影武者をやる才能があるらしい。少し自信が付きました」

 

 

 

 信じ難いモノを見てしまったと言いたげな形相だった。形容しがたい感情を浮かべて、そのまま放心している。

 私とアングウィッシュ王の会話を聞いていたイゾルテ嬢も、ほんの僅かに目を見開いた後、再びトリスタン卿の治療に戻っていった。彼女は彼女でやる事があると理解しているのだろう。

 

 

 

「…………お前ホント性格悪いな。お前だけは絶対に敵に回したくないわ」

 

「まさか。私こそ貴方達と敵対したくないのですが。それに、敵対しても良い者とそうでない者はちゃんと見極めていますし、友を結ぶ気のない相手には一切の興味が湧かないだけです。

 それで、ケイ卿。説明の程は如何程で?」

 

「してない。する時間がなかった。お前がしろ」

 

「了解しました」

 

 

 

 小さく軽口を交わして意識を切り替える。

 まずはアングウィッシュ王が白か黒かだが……まぁ恐らく白だろう。少しだけグレーよりなだけで、この国は利用されたようなものだ。

 白を前提にして会話をするか。

 

 

 

「アングウィッシュ王。申し訳ありませんが、私達はこの国を最初から信用出来ていませんでした。故に、アーサー王が赴くのではなく影武者を立てて貴方達に相対しました。

 アーサー王がこの国に訪れていないのはその為です」

 

「そう……でしたか。

 あぁ、いや……此方の方は気にしないでいただきたい」

 

 

 

 まるで、アーサー王を相手しているような口調だ。

 アングウィッシュ王は未だに平静を取り戻せていない。私から一々揺さぶりをかける必要すら無いだろう。簡単に言葉を溢している。

 

 

 

「…………」

 

「あぁ、何故自分達を信用出来なかったのかと考えていますか?」

 

「いえ…………いや、そうでありますね。何故、影武者を寄越したのだと。

 しかし、実際に私達は貴方達を傷付け、この国の要らぬ問題に巻き込んだ事に変わりはない……もはや私が語る言葉は全て言い訳にしかなりませぬ」

 

「……………」

 

「この事に就きましては、如何様にも」

 

 

 

 自らの罪を告白するような険しい表情でアングウィッシュ王は告げた。

 代償に命を寄越せと言ったら、そのまま差し出してしまいそうな程だ。

 

 何故私達が信用していないのかといった詳細を聞く前にこれか。勿論、怒られたくないから先に平謝りしておくのとは度合いが違すぎる。正直白にしか見えない。

 

 私と同じ事を考えていたのかもしれない。

 アングウィッシュ王の様子を見た後、ケイ卿に視線をやれば顎で私を指して来た。オレが介入する必要も無さそうだから、お前の好きにしろという事だろう。

 

 

 

「成る程、貴方の事は理解出来ました。

 ですが、貴方からの謝礼や謝恩は不要です。別に私達の目的とは関係がないので。粛清しなければならない対象は他にいる」

 

「……………」

 

「それで、アングウィッシュ王。貴方は何処まで状況を把握してます?」

 

「私……いやこの国に仕えていた執事長が裏切ったとだけ」

 

「ふむ……ちなみにですがその執事長は、イゾルテ嬢を祝うパーティーをするなら騎士王を迎えましょうと告げたりはしましたか?」

 

「……えぇ、貴方の言う通りです」

 

 

 

 あぁ、もうこれは当たりだな。

 王の言葉を信じるならこの国は本当に巻き込まれただけだろう。しかもその執事は用意周到。

 周りを巻き込み状況を混乱させ、しかも情報らしい情報を残す事なく逃げ延びた。これでは事態の把握が上手くいかない。

 

 

 執事長は何が目的かと推測するなら…………根源なんだろうか。

 

 

 裏切った執事長は恐らく魔術師。

 情報を錯綜させたが故に、神秘の秘匿も一石二鳥で済ませている。無辜の人々は居ないのだ。周囲の人々は無辜の人間ではないから除外する。

 この神代の時代に神秘の秘匿はどれ程の意味を持つのかは良く分からないが、まぁ無闇に自らの魔術基盤を晒すメリットはないだろう。モルガンと違った魔術師らしい魔術師だ。

 

 そうなってくるともう、私の頭では根源しか思い浮かばない。

 もしかしたら魔術師であるだろう執事長が、この国や騎士王に恨みがあったという可能性もなくはないが、さて……どうする。

 

 

 

「——どうやら君も私と同じ答えに辿り着いたようだな」

 

「無事でしたか、アグラヴェイン卿」

 

「あぁ私は無事だ。戦っていないのでね。

 しかし君は……あまり大丈夫ではないらしい。君なら万全の結果を出してくれると踏んでいたが、どうやら相手はかなり周到で手強い相手だったようだ。

 すまない。私の過信だ」

 

「い、いえ……」

 

 

 

 宮廷に現れて、素直に謝罪を入れたアグラヴェイン卿があまりにも目新しくて、思わず言葉に詰まってしまった。

 期待外れだったと言うのではなく、むしろ敵が上手だったと考え、私の容体を心配するとは……あまりの期待と信頼で逆に怖くなってしまう。

 というか私はほとんど何もしてない。要はギャラハッドだったし、倒したのはトリスタン卿だ。二人を労って欲しい。

 

 

 

「で、アグラヴェイン。同じ答えに辿り着いたってどういう事だ。というかお前は何してた」

 

「情報収集だよ。

 宮廷に何か不気味な何かが召喚された事は把握していた。なら、私以外の者はそこに向かうか退避する筈だろう?

 故に私は人手の少なくなる場所を調べていた。例えば——王の一室とかをな」

 

「……………」

 

「あぁ、ご安心をアングウィッシュ王。貴方の無実は信用しています。何も仕掛けてなどいませんよ」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の発言にアングウィッシュ王が思いっきり顔を顰めたのが見えた。

 

 確かに無実だと考えているんだろう。調べ上げたから。何も仕掛けてはいなさそうだ。国の重要機密等を抜き取っていそうだが。

 それに多分、王の一室以外にも書物庫や宝物庫等も探っていそうな感覚がする。いや探っているだろう。あのアグラヴェイン卿なら。

 

 

 

「さて、ルーク。君は裏切った執事長が魔術師だと思うか?」

 

「はい。私の頭ではそれ以外思い浮かびませんでした。毒に何かを仕込んだのか、魔術によるものなのか、もしくはその両方なのかは解析出来ないので把握出来ませんが、まぁそれは別に重要じゃありません。

 魔術なら何かの神秘を基盤にすれば大抵の事は出来る。

 重要なのはどうやったかではなく、何故やったかだ」

 

「確かにその通りだな。残念ながら私は魔術に関してはからっきしだ。

 ——かの魔女を相手にすれば、私は赤子にも等しい」

 

 

 

 かの魔女とは十中八九モルガンの事だろう。

 私もモルガンがどうやってこの身体に卑王の心臓を組み込んだのか一切分からない。

 

 

 

「アグラヴェイン卿は何故魔術師だと?」

 

「何、聞いただけだよ。執事長に詳しい侍女やその部下達にな」

 

「あぁ……」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の後ろを見れば、何か怯えるようにしながら宮廷を覗いている複数の人影があった。

 拷問ではないとはいえ、あのアグラヴェイン卿の尋問か。まぁ怖いな。私だって怖い。いつも、何かを尋ねられた時どう返答するかを考えているが、それでも不安が付き纏うのだ。普通の人ならトラウマになってもおかしくはない。

 

 

 

「彼らの発言には幾つかの矛盾があった。

 もっとも、それが執事長を庇っていたり彼らがグルなのではなく、記憶操作の魔術によるモノだったようだが」

 

「……何だと……?」

 

「アングウィッシュ王、あの執事長はこの国に長年仕えていた者ではないのですよ。僅か一年程度しか彼は仕えていない。

 さらに言えば、彼は旧ゴールの不正を誤魔化して定期報告していた役人だった」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の発言に、私とケイ卿が眉を顰める。

 あぁ、そういえばそんな人間もいたな。私達の前には現れてはいなかったが、こんなところに潜んでいたか。

 粛正騎士達の網すら掻い潜って来て、次はこの国を標的にしたと…………そうかここに繋がるのか——

 

 

 

「……何故分かったんですか?」

 

「仕えていた年月。かすかではあるが私の部下が確認した身体的特徴。旧ゴールの不正品の確認。解析は出来ないが術式の紋様の文字列。国を利用するという似たやり口」

 

「…………」

 

 

 

 最早何も言うまい。

 浮かんで来る感想は、アグラヴェイン卿だけは敵に回したくないな、とだけだった。

 

 

 

「それで、結局何故こんな事態を……」

 

「それについては大凡の見当は付いている。

 ルーク、君の一室が荒らされていた」

 

「………………あぁ、騎士王の聖剣ですか」

 

「そう言う事だろうな。ついでに言えば、今まで国に寄生する形でキャメロットの動向を窺っていたのだろう。魔術師の工房も複数箇所あるかも知れない」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の発言に合点が行く。

 つまり狙われていたのはアーサー王の聖剣、もしくはその鞘。この時代でも特級の神秘を保有する聖遺物。

 その聖遺物が欲しかったのだろう。魔術師らしく、やり口が巧妙な癖に行動が大胆不敵だ。

 

 私がアグラヴェイン卿と一芝居打って聖剣を私室に送ったのは恐らく目撃されている。あの芝居だ。私が帯剣しないと悟っていたのだろう。

 それに、ギャラハッドが居なければ私は宮廷の異常に気が付けない程、巧妙に魔術陣は隠されていた。あの瞬間まで何もなかったモノは、流石に把握出来ない。つまり騎士王は武装をしないままで一室を離れ、聖剣はあの一室に置かれたままになるだろうと、魔術師は考えた。

 死霊は撹乱と時間稼ぎか。イゾルテ嬢やアグラヴェイン卿の部下は実験の試しと情報の錯綜。ついでに私達アーサー王を誘い出す為の釣り餌。

 

 しかしまぁ、その目論見は失敗してしまった。

 私は影武者でアーサー王本人じゃない。聖剣も偽物でその鞘も偽物。既に魔力が霧散して消失してしまった。

 多分棚を開けて狂乱しただろう。肝心の聖剣がないのだから。私なら動揺を隠せないし、部屋を荒らしてその代物を探す。つまりはそういう事だ。

 

 

 

「ですが困りました。対象は既に逃げてしまったでしょう。これからどうしましょうか」

 

 

 

 長年、国に寄生する形で蔓延っていた人物だ。蓄えはあるだろう。工房も複数あるに違いない。どうやって追えばいいのか……

 

 

 

「ふむトリスタン。起きているだろう。返事くらいは寄越せ」

 

「……あぁ………私に何か用でしょうか……?」

 

「お前の事だ。この宮廷全ての人物に不可視の糸を纏わせる事くらいはやっている筈だ」

 

「えぇ……あぁ成る程。

 しかし残念です……これでは私は追えない」

 

 

 

 横になったトリスタン卿にアグラヴェイン卿が言葉をかける。

 一度横になってしまったのもあってか、トリスタン卿は会話するのも苦しそうだ。

 

 

 

「ルーク、君なら追えるだろう?」

 

「はい……?」

 

「君がトリスタンの弓を持て。同じ弓使いとして扱って見せろ」

 

「いや……いやいやいや……!

 トリスタン卿のそれはもはや弓ではない。流石に違いがありすぎます」

 

「そうかも知れない。しかし、一番扱えるだろう存在は君だ。

 それに弓の真髄を解放してくれと言っている訳じゃない。ただ糸を頼りに魔力の残滓を追ってくれという話だ。魔力操作や魔術に長けた君以上の適任は、少なくともこの場には存在しない」

 

「…………………」

 

「恐らくその魔術師は複数の工房を行き来するだろう。君が追い、そして我々が一つ一つ潰していく。追い詰める度合いも調整して相手を錯乱させよう。私の部下達も協力させる。

 ……モードレッド。お前は魔術に対する抵抗があったな。工房の破壊はお前に任せる」

 

「お、いいぜ。なんだか全然活躍出来なくて燻っていたんだ。もしそいつにばったり出会ったらそのまま斬り伏せてやる」

 

 

 

 私の意思も把握せずにアグラヴェイン卿が一手一手、魔術師を詰める為の策略を施していく。

 彼の部下を一人殺されたのだ。しかもあの魔術師がようやく見せた尻尾。本気で潰しにかかっている。

 

 

 

「ルーク。君にはその魔術師の暗殺を任せる」

 

「……………」

 

「モードレッドが倒すならそれでいい。

 しかし相手は用心深く、その瞬間まで隙を見せないだろう。故に我らが工房を少しずつ潰し、魔術師の冷静さを削る。行動範囲を少しずつ狭めてな。発狂寸前にまで追い詰めてやろう。

 我々は絶対に逃しはしない。相手が何か反応を見せなければ、地の底まで追いかけてやると知らしめる。

 そして、魔術師が明確な隙を見せたその瞬間、君が射抜け。魔術にも理解ある君はモードレッド以上の適任だ。出来るな?」

 

 

 

 静かに告げた言葉だが、有無を言わさぬ圧力があった。

 私を威圧している訳ではない。ただ、私が断る訳はないだろうと確信しているのだろう。出来るか出来ないかを、念の為確認しているだけ。

 

 そして勿論——私に断る理由はない。

 

 

 

「分かりました。アグラヴェイン卿が本気である事も把握しました。私も全力で潰しに行きます」

 

「感謝しよう。しかし……まずは君の傷が回復してからだな。

 それまではまず、我々が包囲網を敷こう。君がより効率良く動けるようにな」

 

「ありがとうございます。二日あれば私は十全に動けます」

 

「了解した。君が動きを開始したら我々が君に合わせて動こう。君が此方の事を気にする必要はない。君は君の最善を考えて動け」

 

「承りました」

 

 

 

 アグラヴェイン卿と簡素に言葉を交わして、これからの構想を組み立てていく。

 彼の場合だと、こういう場合無条件に信頼出来るから非常に楽だ。彼の部下も有能揃いであるし、私は私なりに動けばもう大丈夫だろう。

 

 

 

「トリスタン卿。申し訳ありませんが、貴方の弓を貸して貰えますか。決してこの弓を傷付けることはしません。悪用する気もありません。

 信用しなくてもいい。私にも妖弦の糸を纏わせておけば済みます。貴方なら弓がなくても追えるでしょう。この弓を持って私が逃げたり、悪用する事に走ったら容赦なく首を取りに来ていいので」

 

「—————まさか……もう、私は大丈夫です。そんな事をする必要はない。どうぞ……貴方ならきっと扱える筈です」

 

「……感謝します」

 

 

 

 跪いて、トリスタン卿から弓を受け取る。

 手に持った瞬間に分かる。私が愛用している二振りの短剣や、私が作り出す投影品とは比べものにならない程の神秘の塊である事を。

 思わず身を引いてしまいそうなくらいの秘めたる力を保有している。これが後世でも謳われる神秘の塊…………宝具か。

 

 

 

「さて、時間を無駄にする意味はない。我々は動きを開始しよう。

 アングウィッシュ王、貴方にも協力して貰います」

 

「えぇ……罪滅ぼしの代わりではありますが、この国の騎士も動かしましょう」

 

「モードレッド、貴様は此方だ。ケイ、どうせお前の事だ、周辺の地図くらいは用意しているだろう。新たに地形を書き入れながら新調しろ」

 

 

 

 私の後ろで、アグラヴェイン卿が既に動きを開始していた。

 

 

 

「重要な要となるルークはすぐにでも休んでくれ。君、耳が上手く聴こえていないな?」

 

「……バレていましたか」

 

「あぁ、普段よりも明らかに反応が遅い。挙動もどこか微弱だ」

 

「はぁ……誤魔化すのは得意だと自負していたのですが、少し自信を無くします。ですがまぁ……正直私も横になって休みたいなと思っていました。素直にその言葉に甘えます。

 今から二日間は、この竪琴を扱えるように音楽でも奏でていますよ」

 

 

 

 そう言って、受け取ったトリスタン卿の弓を小さく掲げて指し示す。

 ハープのように音を奏でるイメージは出来るのだが、これで真空の矢を放つイメージだけは湧かない。魔術の術式と同じくらいに意味が分からないのだ。

 

 だからまぁ、少なくとも糸を追えるくらいにはならないといけない。

 その日から、私はアーサー王の為に用意された一室に籠って身体を休めながら、ずっと弦を弾いていた。

 

 

 

 




 
 そろそろ主人公を強化して宝具名を叫ばせたい欲求と、いや……いやまだだ。主人公が最高のタイミングで宝具を解放するのはまだこのタイミングではない……ストーリーの構成を完璧にしてから、もう少し盛り上げろ……という欲求が鬩ぎあっている。
 

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