騎士王の影武者   作:sabu

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 オルタナティブ

 1.[今あるものとは]別の、それに代わる
 2.[伝統的基準・方法とは対比して]普通とは違った、新しい、型にはまらない
 3.[以前のものと比べて]より害の少ない、より効果的な
 4.[二つ以上のうちで]どれか[どちらか]1つを選ぶべき
 




第50話 Alternative(二者択一)

 

 

 

 白亜の城、キャメロット。

 アーサー王が君臨する最大の城にして、ブリテン島全域の王としての象徴。円卓の騎士達や、その周りの人々の栄光や武勇の多くが花開いたのは、アーサー王がキャメロットに君臨してからだ。

 

 花のキャメロット、と後世では語られるだろう。

 事実、ブリテンがどれだけ荒廃しようと、キャメロットとその周辺は常に笑顔と希望で満ちていた。

 それを、アーサー王の威光だと称えるか、もしくは自分達の努力のたまものだと誇る騎士もいた。

 

 しかし王はただ一人……いや、王ともう一人の少女は、それがいずれ枯れ果てるモノであると、現実を見据えていた。

 

 永遠に咲き続ける花はない。

 キャメロットの威光は健在でも、ブリテンは衰退の一途を辿っていた。

 

 

 

「では……国土の荒廃は異民族達の侵攻によるものだけではないと?」

 

「残念ながらね」

 

 

 

 王の一室で、マーリンは土地に残った神秘の力が薄れ始め、島に残るのはその残滓に過ぎない事をアルトリアに語った。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 眉を顰め、何かを思案する表情になったアルトリアを眺めながら、マーリンは王の一室を見渡す。

 彼女があまり落ち着かないが故に、豪華ではなく質素という印象が強かった王の一室。それがどこか、更に簡素になった気がする。

 無駄のない質素さというよりかは、そもそもこの空間を使用しているのが初めてなんじゃないか、というくらいには使用感がない。

 

 何にも染まっていない王の一室。

 今から……別の誰かをここに立てて使用させても通用しそうだった。

 

 

 

「マーリン。以前貴方は言っていましたね。魔術王ソロモンが亡くなってから神秘の減少は加速し、西暦になってから神代は停止したと」

 

「その通りだね。

 しかし、この島は本土から離れた異邦だ。西暦になり神秘が消えていくこの星で、未だに色濃く神代の空気を残している。

 ピクト人や竜、私のような夢魔が実在するのもその為だ。そして、ブリテンの人々もこの分類に含まれる」

 

「………………」

 

 

 

 マーリンの言葉に、アルトリアは表情を悪くする。

 魔術に関する事は姉上や師匠である花の魔術師に劣るとはいえ、彼女は確かに神秘の世界の事柄を把握している。マーリンの言葉から、それが意味する事を彼女は理解していた。

 

 

 

「侵略は異民族だけの話じゃない。何せ土地そのものが変えられていくんだ。凶作はキミ達が滅びるまで続くだろう。かつての豊かさがあるのはキャメロットの周辺だけだ。

 それも直薄れていく」

 

 

 

 本来であれば、神秘の時代はとっくに停止している。

 ブリテン島が神代であるのは、その残滓が残っているだけ。この島は過去のモノなのだ。そして無情にも、人間は未来に進めても過去には進めない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ブリテンの人々が滅びるまで続く、国の荒廃。

 仮に……ピクト人や異民族達を一人残らず皆殺しにしたとしても、ブリテンに訪れるのは緩やかな滅びに過ぎない。

 結局、根本の問題はそこにはないのだ。

 

 

 

「暴君を討つ為に、更なる滅びを引き寄せるとは……」

 

「アルトリア?」

 

「この言葉を私に告げた人……いえ、人であった者がいます。

 死ぬその瞬間、灰となり塵に還りながらも、哄笑と共に告げたモノ。卑王ヴォーティガーン」

 

「…………」

 

「彼はこうも言っていました。

 ブリテンは滅びねばならぬ。お前達は死に絶えねばならぬ、と」

 

 

 

 思い起こすのは、死ぬその瞬間に消えぬ呪いにも等しい言葉を吐いた人間だった魔竜の言葉。

 そして同時に、人から邪悪なる竜へと至った人間だった者の言葉。あの呪詛は未だ心に残っている。

 

 サクソン人達を手引きして、ブリテンの民を苦しめる邪悪な王となったヴォーティガーン。

 彼の真意は、阻止など現実には不可能に等しいサクソン人との、ある種の融和策ではあったのではないか。

 仮にそれが全てではないにせよ、卑王にはブリテン島統一の野望の意図があったにせよ、あれは一面に於いては正しき行いではなかったのか。

 そのように考える事が増えたのは、一体いつからだろう。

 

 

 

「私は、王足り得るのでしょうか」

 

「…………………」

 

 

 

 それは、少女が魔術師に零した、初めての弱音だった。

 王として仮面が外れる事もなければ、ヒビが入る事すらもなかった筈の王が、苦悩の果てに零した少女の感情。

 心から溢れた少女の涙にも等しいそれは、己の人心に気付いた非人間であった筈の魔術師に、当たり前の如く届いた。

 

 

 

「もしかしたら。この島には、理想の王ではなく人々の嘆きや清濁すら飲み干してみせる、暴君こそが相応しいのかもしれませんね」

 

 

 

 寂しげな表情をしながらアルトリアは語った。

 剣を引き抜いた時は、決してそんな事は思わなかっただろう。理想に殉じてこそが王である。正しき統制、正しき治世。それを民に捧げるのが王であるのだと。

 だが、それも良く分からなくなって来た。

 

 正しき行いとは一体何であるのだろう。正義とは、悪とは。

 異民族達は敵であっても、決して悪ではない。彼らは彼らで、必死になって生きる場所を探している。その行為は決して悪性ではない筈なのだ。

 

 しかし、ブリテン島にも余裕はない。

 全ての人を救う事は叶わず、犠牲になる人々を消す事は出来ない。人々の嘆きと呪詛が消える事もない。

 

 だからこそ、その嘆きを束ね上げる者。人間の臨界を極めた人の究極。暴君の如き存在。嘆きと呪詛、人々の想いを理解しても尚選び取る、決して狂わない天秤のような人物。

 それこそ、ヴォーティガーンのような者こそが、本来は相応しかったのではないかと。

 

 そして、ヴォーティガーンはもう居ない。

 今のブリテン島には、暴君になれる存在がいない。いや"いなかった"。

 

 

 

「私が王となって何かが変わったかと言えば……私は良く分からない。

 先王ウーサーと同じです。希望の光が消えて、また新たな光が国を照らして、そしてその光も薄れ始めている」

 

「アルトリア」

 

「人々の意識の流れは、私にも届いています。彼らは、理想を求める事に疲れ始めた。彼らにはもう栄光の光が眩しいのです」

 

 

 

 この国は、まだ亡国になっていないだけの国だ。

 本当ならとっくの昔に滅んでいて、それを無理矢理引き伸ばしているだけ。その事を、誰もが薄々感じ取っているだろう。ならば、その亡国で人々が求めているのは一体何か。

 

 生き残るのは難しい。死は避けられない。

 ならば、たとえ自分が死んだとしても、その死に意味はあったのだと証明してみせる者が——無価値な人生であった事を、死ぬその瞬間まで否定し続ける存在が居たとしたら、人々は焦がれる程の夢を見るだろう。

 

 理想とは違う。栄光とも違う。その夢の光は輝かしくはない。しかしその筈なのに、人々を逆境の中でこそ燃え滾らせる星の光。それは憧憬にして羨望。人々の内に眠る仄暗い炎を駆り立て、燃え落とすような昏い光だ。

 

 

 その人物が相応しい場で一言掛ければ、人々の意識は何もかもが反転する。ただ——悪を殺しても構わないと、そう告げれば。

 

 

 理想や栄光はもういい。正義を求める事はしない。それを求める時代はもう終わったから。あるのはただ、正義などない人間の生存競争だけなのだ。

 

 それが、本質的には悪で無かろうと、奪われる側の人々にとっては一切関係がない。

 そして、その事すらも理解している人物が——奪われた側でありながら、奪った側の本質を理解している人間なら、人々の心の内側にまでその言葉が届く。

 耳元で、魔女が不気味に囁くように。ヒビ割れた心の隙間に、水滴を垂らして染め上げるように。

 

 

 少しだけ、人々に願えば良い。

 

 

 殺せ。一人残らず殺せ、と。

 そうしなければ、ブリテン島は生き延びる事が出来ない。その怨嗟、凄惨なる地獄の中でも、己は立って見せよう。たとえ、誰かが道半ばで倒れてしまおうと、その無念すら私は束ね上げよう、と。

 そうして、人々の悪性と呪詛を駆り立てていく。理想や栄光を求める信念ではない。それを求める程に、人々は強く在れなくなった。

 だからこそその人物は、人間の限界を知るが故に人間の限界を強引に引き上げる。人間を人間足らしめる善性、その枷を外して、狂気と陶酔で駆り立てる。

 

 

 そして……それを成せる存在がいるのだ。居なかった筈のこの島に。

 

 

 嘆きと呪詛を誰よりも理解している存在。してしまった存在。

 それは復讐を選ばなかった少女。善性と悪性を同時に保有し、正義と悪の両方を知りながら、それでも悪を選び取る事が出来る存在。

 

 鴉とは天秤の象徴だ。

 認めたモノには無償の幸福を。見放したモノには無情の不幸を。

 だから彼女は、ある者達から誰よりも忌み嫌われながら、人々には誰よりも謳われるのだ。

 

 そして、人々を昏い光によって狂わせながら、己は何よりも狂わない天秤。

 人でありながら人である事をやめた、人間の究極にして暴君。彼女はそれになれるだろう。なれない訳がない。彼女のその生涯が、決して惑わない王の器足り得るモノを作り上げているのだから。その予兆と片鱗も、一部を見せ始めている。

 

 ヴォーティガーンという暴君が消えたこの島で、その暴君の力を受け継いだ——もう一体の竜の化身。竜として"産まれた"存在ではなく、竜として"生まれた"本当の竜の化身。

 

 あの時、岩に刺さった剣を抜く前に一体何を思った。何を誓って剣の柄に手をかけたか。この国に王なり得る存在はおらず、後数十年は現れないだろうと。

 しかし、この国は数十年も持ち堪えられない。だからこそ、凄惨な国でその人物は早期に芽を出し、無情なる人々の想いによって魂を強引に鍛え上げられた。

 

 十数年という期間で現れた、島の意思にも等しい呪力をも内に秘めた者。

 その人物が築き上げるモノは、どこまでも凄惨だろう。きっと伝説とは言われない。戦禍の比は止めどなく、ブリテン島の守護者では決してないのだから。

 

 しかしそれでも、その人物なら何かを成し遂げたのではないか。

 いいや、その人物こそが、本当は最初に選定の剣を抜くべきだったのでは———

 

 

 

「アルトリア」

 

 

 

 思考の渦に囚われていたアルトリアを引き戻したのは、魔術師の声だった。普段の気の抜けた声とはまるで違う。

 そのような声で自らの名前を呼ばれた事などあっただろうか。マーリンの呼び声は、凪いだ風のように静かで、しかし耳元に届く声であった。

 

 

 

「アルトリア。キミ自身がどう思おうと、自分は相応しくないのだと卑下しようと、キミが理想の王である事に変わりはない。

 責めてる訳じゃない。キミにその称号を押し付けている訳でも、呪っている訳でもないんだ」

 

「……………」

 

「だって考えてもみなよ。キミがいなければ、この国はもっと早く滅んでいただろう。滅亡を待つだけの国に束の間の平和を取り戻させ、騎士達に栄光や武勇に溢れた冒険譚をさせたのさ。

 キミじゃなければ無理だった。キミ以外のモノが王になれば、輝かしい伝説は絶対に花開かなかった」

 

 

 

 その言葉を、アルトリアは目を細めて聞いていた。

 普段だったら、自らを讃える賛辞は聞き流していたか、恥ずかしいからそれとなく止めていたかもしれない。

 しかし、この時だけは、マーリンの言葉を遮る気は起きなかった。

 

 

 

「誰がなんと言おうとね、キミは理想の王と讃えられた事に変わりはないし、そう言わせるだけの治世をしている。

 だからね、アルトリア。キミ自身が王にならなければ良かったなんて言わないでくれ。キミが王にならなければ、この国はもっと酷かったんだから」

 

「…………本当に……私は」

 

「それにほら。キミを理想の王として育て上げたのは、このボクに他ならないだろう?

 だったらキミ一人が背負ってしまうのもおかしいし、仮にキミが責められるなら、まずはボクが責められなくてはならないじゃないか。うん、絶対にそうだ」

 

「………………」

 

「というかアレだ。キミはキミにしか出来ない事をやっているだろう?

 どこをどう責めればいいって言うのさ。もしもキミの王道を否定するような輩が現れたらこう言ってやればいい。じゃあ貴様にはこれが出来るのか?いいや、絶対に出来ない。何故なら、これが私の王道だからだ、ってね?」

 

「……………マーリン…………全く、貴方って人は」

 

 

 

 茶目っ気を出すように語ったマーリンに、アルトリアは小さく微笑んで気を良くした。

 この世界全てから否定されようと、自分の友人であり、師匠であり、そして父親でもあった彼は、自分の事を何一つ疑っていない。

 少なくとも、彼だけはそうであるという事が、アルトリアにとっては何よりも嬉しかった。

 

 

 

「あぁでもちょっとだけ不安だ。もしかしたらそれでも何かをキミに言い放って来る輩がいるかもしれない。

 アルトリアには王としての立ち振る舞いは教えたけど、ケイみたいな罵り合う舌戦のやり方は教えてないからなぁ。教育に悪かったから」

 

「いや………いえ、何を想定しているのですか、貴方は」

 

「えーだってほら、十年くらい前、ケイと一騎討ちしてアルトリアが勝利した筈なのに、アレが悪かったこれが足りなかったって言われて、結局勝負の行方が有耶無耶になった事があっただろう?

 だから、ここぞという時でキミは口八丁で負けそうだなぁって」

 

「何を言っているのですか。アレは兄さんが相手だったからです。

 私は自らの芯を確かに持っている。私は兄さん以外には誰にも負けたりしません」

 

「そうかなぁ……ケイ卿の皮肉に対してバカにするように、"はぁ?なんですかそれは、自己紹介か何かですか?"くらいは言えるようにならないと」

 

「え……いやでも…………そんな事兄さんに言ったら本気で怒られますよ、絶対……」

 

「それって、アルトリア、キミが舐められてるからだよ。怒ればアルトリアを押し込められるってケイは考えてるのさ。

 どんな態度を取ろうが、鏡みたいに永遠に跳ね返して続けて、ケイから根負けさせるくらいに口論を続けなきゃ」

 

「ぅ……え、いや……そんな」

 

 

 

 口元に手を当て、思い悩むような表情をアルトリアはしていた。

 先程の苦悩の様子とは違う、日常の垣間に現れる普遍的な感情の消費。それを、マーリンは小さく見守っていた。

 

 

 

「あ……マーリン。貴方会話を逸らしましたね」

 

「アハハ。でもほら、キミは素直なうえに生真面目だからこんな簡単に丸め込まれてしまう。だから、今の内に考えておくと良い。キミを否定するような者が現れたらね。

 まぁキミくらいの者に意見するなんて、それは傍若無人な者か本当に譲れないナニかを持っている者で、しかも恐らく王だろうから相手にしないのが一番なんだが……もしもそんな人間にあったらどう言えばいいかな……」

 

「マーリン?」

 

「所詮、貴様の王道は世界に無数と存在する王道と大した変わりはない。好き勝手に生き、好き勝手に荒らし、そしてそのまま死んだ。運が良かっただけの治世。運に恵まれた豊かな地、そこに君臨しただけの、たったそれだけの、世界中に良くある普遍的な王道でしかない。

 しかし私は違う。私は私にしか出来ない治世を成し遂げ、世界でただ一人理想の王として君臨して見せた。人間の範疇でしかない貴様の物差しで、私の王道を見定めるな、下郎。って言おう。うんこれが良い」

 

「………………………」

 

 

 

 いつになく真面目に語ったマーリンの口調が、本当に王であるかの様に聴こえて、アルトリアは驚いた表情でマーリンの事を見ていた。

 その、アルトリアが零した隙のある表情を、マーリンは心の底で少しだけ楽しんでいた。

 

 

 

「……そうですね。貴方の言う通りだ。

 ありがとうマーリン。貴方のおかげで、少し気が軽くなりました」

 

「それは良かった」

 

 

 

 穏やかに微笑んで、アルトリアはマーリンに告げた。

 

 

 

「ごめんなさい。私が私の行いを否定するという事は、私を信じてくれたモノ達の行いも否定してしまうという事だった。

 少なくとも、私を育てくれた貴方の事は否定してしまう」

 

「………………」

 

「ですがえぇ、それでも私は悔やまずにはいられない。私自身が犠牲にして来た人々が望んでいるモノは、決して果てなき夢を見るようなモノではなく、本当に些細なモノなのですから。

 だから、私の王道を否定する輩に言い包められてしまっては、それは私が救えなかった人々をも否定してしまうという事だ。

 なので、もし私の王道にとやかく言うようなモノが現れたら、マーリンが言った事をそのまま送りつけてやります。

 正しさの奴隷?いいや、違う。私は私の望む世を求めて最後まで抗い続けただけだ。人の生き方ではないと言われても私は気にしません。私は竜ですからね。人間とは丈夫さの強度が違います」

 

「フフ。その通りだ。キミが気にする必要なんてない」

 

 

 

 王としての普段の様子ではなく、アルトリアとしての普段の様子を取り戻したその姿を見て、マーリンは小さく笑みを零した。

 子供の成長を見守る、親のような笑みだった。

 

 

 

「貴方に背中を蹴飛ばされて目が覚めました。マーリン、見ていてください。

 たとえこの国の滅びが確定していようと、この島そのモノが世界から消える訳ではない。次代に繋がる芽は絶対にある。

 新しい生き方を模索するのも一つの手なのですから。外来の種を植え、異なる血を受け入れ、島の在り方を変える。それは、決して不可能ではない筈だ」

 

「…………そうだね。ちゃんと見ているよ。目を逸らすのはお門違いだ。でもどうする?

 その道を選ぶのは、決してキミ一人で決められる事じゃない。その道を選ぶまでの道のりも厳しいし、選んだ後の道のりも険しい、棘の道だ」

 

 

 

 マーリンの言葉に、ほんの一瞬だけ苦渋に顔を悩ませたが、すぐに王としての凛々しい表情を取り戻したアルトリアは、席から立ち上がりながら告げた。

 

 

 

「なんにせよ時間が必要です。

 維持するにしても変化するにしても、全ては異民族達の侵攻を防いでからだ。今の彼らは略奪しか考えていない」

 

「ごもっとも。でも、どうすんだいアルトリア。

 キミが期待していた国土の回復は、異民族達を追い返した後でしか望めない」

 

「………………」

 

 

 

 立ち上がって王の一室を出ようして、マーリンの言葉に足が止まった。

 マーリンとて、アルトリアを苦渋で悩ませたい訳じゃない。しかし、その事実に変わりはないのだ。

 

 無論、アルトリアの頭の中では、異民族達との戦いの勝算はある。

 そう……あるのだ。頭の中で、アルトリアの明晰な未来予測が、どこまでも平静で冷徹に、人命を数字で捉えそして消費されていく。

 物資の補充は望めない。つまりは今ある備蓄で戦うしかない。

 

 そして、その備蓄とはつまり——

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 ふと、腰に携えている黄金の剣(カリバーン)に手を当てる。ただの金色の剣。しかし、昔は希望の光のように輝いていた剣。

 最近は、星の聖剣と一緒に二本を携えている。何らかの敵性勢力を警戒している訳ではない。

 ただ……彼女の影武者が時折、星の聖剣を二振り投影するからだ。それに合わせて、彼女も聖剣を二振り携えるようになっただけ。多少造形は異なるとはいえ、誤魔化す程度は容易い。

 

 それに……もしかしたら、決して自分の行いによるモノではなくとも、輝きを取り戻すのではないかと……そういう想いがあったからだ。

 

 

 

「マーリン。先王ウーサーやその力を引き継いだ姉上のように、ブリテン島の王には神秘の力である呪力が宿るのですよね。そして、ヴォーティガーンもその力を後天的に宿した。

 あの力なら、島に神秘を取り戻させる事は可能なのではないですか?」

 

「…………いいや、それは無理だろう。

 アレは決して、何かを作り出すモノではない。アレは神秘を奪い取って、しかも自らの形に変換して昇華させるモノだ。

 権能ってモノをアルトリアは知っているかい?」

 

「権能……?」

 

「あぁ。世界の全てが本当に神代であった時代。その神代を支配する神霊が行使していた力。物理法則が存在する前の世界の法だ。

 あの呪力はそれに近い。あの呪力を持つモノは、この島に於いてただそうする権利がある。だからそう出来る。神秘の度合いは比べ物にならないくらい低いけど、在り方は権能と同じだ。

 だから、多分島の王として認められたモルガンなら、少し願うだけで良い。邪魔だからどけってね。それだけで、魔術のような指向性がないのにも拘わらず、あの力は世界に具現化する。森は地形を変え、動物達は否応にも平伏すだろう」

 

「…………その力に指向性を持たせたら、どうなりますか?」

 

「まさか。権能とはそうする権利があるからという概念に成り立つモノだ。理屈ありきのモノじゃない。だから指向性なんて持たせられる訳がない。

 もしそんな事が出来たら、それは物理法則と神秘や概念の法すらも逸脱した異物の代物だ。

 それにね、あの呪力は確かに神秘であるけど、あの力そのモノは神秘的じゃない。奪い取るモノだから。

 だからその神秘に裏付けされた何らかの能力を持っていても、生み出したモノには神秘の欠けらもないだろう。そういう形をしているだけの、似たようなナニか。アレは神秘そのものに触れた時に強大な力を発揮する、そういう能力だ」

 

「そうなのですか……しかし、姉上は強大な魔術師です」

 

「そうだね。でも、彼女の魔術は島の呪力に裏付けされてるとはいえ、彼女自身が執念を持って自らを鍛え上げた故の産物だ。

 だから"あの子"にあの力を振るわせるのはやめた方がいい」

 

 

 

 その言葉に、アルトリアは露骨に表情を顰めた。

 明確に会話に出さなくても、アルトリアが誰の事を思い浮かべながら、一体何を考えているのかをマーリンは見抜いていた。

 

 

 

「……そうですね。すみません。彼女に何かを強制するのはお門違いだ。私は私で、自分にしか出来ない事をやらなくてはならない」

 

「……………」

 

「マーリン。私はそろそろ行きます。彼女のおかげで、私はそれなりに自由が利く身となりましたが、決してその余裕を無作為に使っていい訳じゃない。予断を許す程の時間はないでしょう」

 

「そうか……キミはどこに行くんだい?」

 

「北方へ。そして、壁の視察が終わった後は、南方へ。

 再侵攻を開始したピクト人の事も気になりますが、今も尚、民族移動という巨大な事象を擁護している帝国の事も気になります」

 

「成る程ね。しばらく国を後にするのかい?」

 

「えぇ。数ヶ月程キャメロットを離れます。ガウェイン卿の誕生日祝いに列席出来ないのは残念ですが、その間はお願いします」

 

「いいよ、分かった」

 

 

 

 そう言って、アルトリアは王の一室から出て行った。

 人目に出る訳でもなく、基本的には誰もつけずに単独で動くつもりだった。王としての衣服や衣装は必要ない。敢えて身をやつす様な、簡素な服を身に纏ってアルトリアは旅立つ準備を整えた。

 

 

 

「……ごめんなさい。私が仮に理想の王だとしても、私は貴方の理想の王にはなれなかった。本当に、ごめんなさい。私にはこれしか出来ないんです。

 でも、私は私の行いを否定出来ない。だから、もし運命が貴方の事を選んだなら、私は潔く身を引きます」

 

 

 

 キャメロットを下りながら、アルトリアは誰に届かせるでもなく、一人呟いていた。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 暫く回廊を歩きながら、ふと差し込んで来た光に歩みを止める。

 窓辺に映るのは、雲一つもなく夜空に映る月の光。

 仄暗く、夜の暗闇を照らす程の灯りでしかないのに、夜空に輝く他の光が、何故か目に入らなくなる、昏い星。

 その輝きはまるで、周囲の光を呑み込んでいるようだった。

 

 

 

「…………選定の剣よ、力を……」

 

 

 

 何か意味がある訳でもなく、アルトリアは選定の剣を掲げて、月の光に浴びせてみる。その言葉と共に。

 輝きを失ったとはいえ、その剣に対する思い入れは深い。

 

 この剣の柄に手を重ねた瞬間、己の内側で余らせていた滾りが剣に吸い込まれていったような感覚がした。

 そして、その剣と共に、国中の諸国を回った日々の事も覚えている。

 詠唱にも等しい誓いの言葉と共に、剣の真価を発揮した事。真価を発揮した剣で、小さな村々を襲っていた蛮族の群れを吹き飛ばして見せた事も覚えている。

 

 

 そして、剣が輝きを失った日の事も覚えている。

 

 

 この剣は、手に取ったモノが王として完成されている程に、聖剣としての力が相応しいモノになるという。しかし、自らが握っていてもその輝きは戻らない。昔は輝いていただけ。

 それは、あの行為をした瞬間、自らが人々の望む理想の王ではなくなったからだ。理想の王であるならば、あのような行為はしない筈なのだから。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 当たり前だが輝きは戻らなかった。何せ、数年前に一度試している。

 あぁ、時が流れるのは早い。彼女との関係がある意味冷戦化してからは特にだ。もう、彼女は十三歳になる。そして、後二年で彼女は自らの肉体と同じ年齢となるのだ。

 

 そして、その二年後とは……蛮族との戦争が最も激化する時でもある。

 その時、人々は望むだろう。人々は祈るだろう。国を襲う災厄を防ぐ希望の光ではなく、周囲の何もかもを呑み込み、巻き込みながら、災厄を殲滅するだけの昏い光を。

 

 

 

 

 

 

 

「……………————邪悪を断て

 

 

 

 

 

 

 

 何故、その言葉を呟いたのか。自分でも良く分からない。ただ何となく呟いただけの言葉。

 昔、その言葉とともに剣の輝きが増したような記憶があるからだろうか。

 しかし、その言葉が何よりも相応しく、そして望まれているような感覚がした。

 

 

 

「フ…………一体何を」

 

 

 

 感情的になって、自分でも良く分からない事をしてしまったと考えて、アルトリアは小さく吐息を零し、そして月の光に向かって掲げていた選定の剣を鞘に仕舞い込んだ。

 時間を無駄に消費してしまうのは、その時間を作りだしてくれた彼女達への無礼だと自らを改めて、アルトリアは回廊を歩き去っていく。

 

 ——故に、アルトリアは気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 鞘に収めた選定の剣が、ほんの一瞬だけ——妖しく輝いた事に。

 

 

 

 

 

 

 

  

 




 
 
 
『宝具変質』
 


 
 ■■すべき■■の剣(カリバーン)
      
 ランク B (条件付きで■■)

 種別  蟇セ謔ェ宝具


 詳細【現在一部解放】

 アルトリアが引き抜いた次代の王を選定する為の剣、【勝利すべき黄金の剣(カリバーン)】だった物。
 
 
 

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