騎士王の影武者   作:sabu

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 今までのイベントの中でもかなり長め。でも長いのにはちゃんと理由があるので許して。
 総文字数的にはサー・ガレスと焔の令嬢編とそこまで変わらないんですけど………複数の登場人物が動くので前編後編切り替えが多めになりました。
 


第52話 サー・ガウェインと緑の騎士 起 前編

 

 

 

 聖剣が燃え滾る。

 陽の光は一切の不浄を許さないとばかりに煌めき、周囲の光を塗り潰す程の輝きを周囲に撒き散らして。

 

 しかし、その極光を滾らせる太陽の聖剣を前にしようと、憤慨の圧力を放つガウェイン卿と相対しても、緑の騎士は残念がるような表情を変えなかった。

 

 

 

 

「…………何だ貴様」

 

「サー・ガウェイン。オークニー国のガウェイン」

 

「……………」

 

 

 

 緑の騎士の問いに、ガウェインは敢えて惚けるように自らの名前を告げる。

 相も変わらず、緑の騎士は騎士王の事以外を相手にする気がないのだと、ガウェインは気付いていた。

 自分が相手にされてない事自体は別に良い。しかし、だからこそ彼は騎士王に剣を振らせる気はなかった。

 いつもの戦場とは違い、緑の騎士の思惑を汲み取る気も湧かなかった。

 

 

 

「どけ、邪魔だ」

 

「断りましょう。

 貴方は王と剣を交える事は出来ません」

 

 

 

 いつもの彼を知る者ならば、それはあまりに冷たいものであると悟れるガウェイン卿の宣告。

 そこには、相対する者を震え上がらせる圧があった。

 しかしそれでも尚、緑の騎士の興が削がれて残念がるような雰囲気はなくならない。

 

 

 

「はぁ…………分かった、分かった。貴様を倒してから騎士王と相対すれば良い。それだけの事なのだから」

 

「まさか。貴方はここで倒れるが定め。

 何も成せず、何も残せず、王に仇なした不届き者の騎士として私に倒されるのですから」

 

「ほう………?」

 

「蛮族の貴方が提示した騎士の誓い。

 本来なら誓う必要すらないモノですが、私は王の代わりに貴方との一騎打ちを正しく受け、正しく終わらせましょう。

 一撃には一撃。返す刃に同じ返す刃を。

 なら——貴方を一振りで倒せば済むだけの事」

 

 

 

 そう告げて、ガウェイン卿は聖剣を構え始めた。

 自らの身長とそう大差ない程の長剣にして、質実剛健なる太陽の聖剣。それを右手で握り、もう片方の左手、その脇の下に通す独特の構えをとる。

 その構えは、真横に振り抜く一撃を以って、眼前の邪悪を断ち切る必殺の構えにして、ガウェイン卿を象徴する居合抜きとは似て非なる戦闘体勢だった。

 

 

 

「ハ———

 

「……………」

 

 

 

 それの何かが緑の騎士に触れたのかは分からない。

 先程の残念がるような雰囲気は即座に消え失せ、緑の騎士は歓喜に満たされるように深く口角を上げる。

 人々の恐怖を煽るような笑みだった。

 

 しかしガウェインは、自らの一切を狂わせず聖剣を今すぐ振り抜けるようにしながら、冷たく緑の騎士を睨む。

 

 

 

「いいぞ…………いいぞ。

 あぁ……しかし貴様の聖剣は我が肉体に届くのか? 太陽と云えど所詮は炎。炎など私にとってはぬるま湯に過ぎず、星の息吹には程遠い」

 

「それが何か? 邪悪を振り祓うのに星の息吹は必要ありません。ただ陽光を以って焼き払えば良い。貴方はその程度です」

 

 

 

 騎士王に告げた煽るような言葉を、緑の騎士はガウェイン卿にぶつける。

 そして返って来たのも同じく、自らの闘気を晒しながら冷たく言祝ぐような言葉。

 

 

 

——ハ、ハハ。

 なら良い。やって見せろ。所詮は貴様の太陽は偽物。全てを燃やし尽くす星にはなれない。星の光を束ね上げる事も出来ない。

 その剣で、どうやって私を斬り伏せる。さぁ……やってみせろ!」

 

 

 

 緑の騎士は斧剣を構える事はせず、まるでガウェイン卿からの一太刀を浴びるように身体を大に広げて、ガウェイン卿を煽る。

 それに対し、ガウェイン卿はただ剣の構えを深くするのみだった。

 

 

 

「貴方は我が聖剣をそう称しますか。ただの炎であると。そして、それは届かないだろうと」

 

 

 

 もしかしたらそうかもしれない。

 この聖剣が王の聖剣に一つ劣る事は理解している。卑王の息吹によって一撃で輝きが消えた事は忘れていない。

 太陽の聖剣は、本当に太陽そのものなのではなく、現世に降臨させる為の現身なのだ。

 

 

 しかし……しかしだ。

 

 

 たとえ、星の聖剣に劣るとは云え、それが目の前の許せぬ邪悪を燃やし尽くせない事には繋がらない。

 星の息吹を束ねられずとも、太陽の現身であるが故に成せることは確かにある。それこそ、慢心しきっている緑の騎士を一撃で斬り伏せるなど、容易い。

 

 

 

「ならその慢心。せめて散り様のその瞬間には、我が聖剣は虚飾を祓う陽光であると知らしめてみせましょう。さらばです、緑の騎士」

 

 

 

 ただ事実を語り、そうであるかのようにガウェインは緑の騎士に冷たく告げる。

 それに対し、緑の騎士は迎え打つかのように身体を広げながら、ただ笑みを深くするのみだった。相手にされていないのか、もしくは脅威だと理解していながら、それすらも享楽として味わっているのか。

 蛮族の思考回路は分からない。しかし、その疑問をガウェインは即座に些細な事であると切り捨て、握る太陽の聖剣に力を込める。

 

 

 

「——聖剣、抜刀」

 

 

 

 ガウェインの言葉と共に、聖剣が炎を纏い出す。

 ただの炎ではない。太陽から溢れる焔のような、灼熱の豪炎。しかしそれは周囲の一切へと放出される事なく、ただ聖剣だけを燃やしている。

 その圧力、星の聖剣が旋風を周囲に撒き散らすかの如き。

 炎が周囲に放出されている訳ではないのに、大広間の空間が急速に温度を上げていくような錯覚すら周囲の人々は感じていた。

 

 

 

転輪する(エクスカリバー)——」

 

 

 

 その言葉を最後にして、太陽の聖剣が真なる輝きを放った。

 焔の豪炎は光さす太陽の陽光と化し、聖剣の刃は光輝く炎を纏った黄金の刀身となっていく。

 故に、その剣は太陽の現身。【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】と起源を同じくする神造兵器にして姉妹剣。日輪の光を顕す、もう一振りの星の聖剣。

 その聖剣の力を分散させず、ただ緑の騎士一人に向け、そして一撃を以って倒す為、ガウェインはその真名を言祝いだ。

 

 

 

「——勝利の剣(ガラティーン)

 

 

 

 聖剣を振り抜く。

 高らかにその誉れ高き名前を告げる事はなく、ただ静かに。

 それは太陽の力を周囲に放出する事もなく、自らの威光は要らずと称する、静かにして冷たい一振りだった。

 しかし、その冷たさは表面のモノであるだけ。

 

 ガウェインが振り抜いた聖剣からは一切の炎が溢れることなく、ただ光刃を成して緑の騎士の首を斬り裂く。

 真横に振った剣の軌跡を捉える事が出来たのは、円卓と言った実力者だけだっただろう。

 人々にはただ、一瞬だけガウェイン卿の手元がぶれて、聖剣から光が迸ったようにしか見えなかった。

 

 

 

「貴方は二度、騎士王に対して不敬を働きました。そして今のが三度目です。身の程を知ると良い。貴方は星の息吹と相対する程の存在ではありません」

 

 

 

 聖剣の残心を終えたガウェインは、大の字に身体を広げたままの緑の騎士に向かって告げる。

 その瞬間、糸の切れた人形のように緑の騎士は力を失って倒れこみ、聖剣によって両断された首が数歩分転がって、ガウェイン卿の足下まで辿り着いた。

 

 血は溢れない。

 緑の騎士から漂う筈の死臭や血腥い異臭もしない。当たり前の事だった。

 緑の騎士は首を両断されたと同時に、太陽の聖剣によって傷口だけを瞬間的に焼き尽くされている。

 

 故に血は流れず、人々に嫌悪感を抱かせる、生命が死んだ時の異臭もしない。

 周囲に被害が及ぶ可能性を考えたのもあるが、それ以上にこの場は王の御前。王の城の広間を血で汚す事など、ガウェインには到底出来ない事だった。

 

 灼熱の炎を以って焼き尽くす事を選ばなかったのは、慢心とも手加減とも捉えられるかもしれない。騎士らしからぬ行為だ。

 しかし今日この日のガウェインにとって、それは些細な事でしかなかった。緑の騎士には、そうするだけの理由を見出せなかったのだから。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ガウェイン卿は足元まで転がっている緑の騎士の首に視線を向けない。

 ただ、静まり返った大広間の中で、ガウェインは恐縮するように騎士の礼を取るだけだった。

 

 

 

「我が王よ、出過ぎた真似を申し訳………」

 

 

 

 周囲から悲鳴や恐怖の入り混じった声は聞こえないが、大広間は静まり返っている。

 人々の意識を緑の騎士との一騎打ちから戻す事も含めて、ガウェインは振り返って騎士王に言葉を告げようとする。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 しかし、振り返った先の騎士王は黙り込んだまま、緑の騎士の死体に視線を向け続けていた。

 何かを警戒するように騎士王は油断なく星の聖剣を携えている。普段の清澄なる雰囲気は冷たく、自らを迎え入れる寛容的な雰囲気には、どこか余裕がない。

 

 

 

「アーサー王……?」

 

「…………! ——ガウェイン卿ッッ!!」

 

 

 

 ガウェインが騎士王に疑問の言葉を告げたその瞬間だった。

 騎士王から放たれた普段の平静とした声とは程遠い、焦りにも似たその声。それが耳に入った瞬間、ガウェインの意識が瞬間的に高められ、そして時間が引き延ばされていく。

 

 

 真後ろから、光の煌めきが見えた。

 

 

 太陽の光が鏡や海の波に反射したような、一瞬の煌めき。

 その煌めきは、不気味に黒光りする——緑の騎士の斧剣から放たれていた。

 

 

 

「———ぐぅ……!?」

 

 

 

 ガウェインは反射的にその場から離脱し、ギリギリで斧剣の一撃を回避出来た。凄まじい剣圧が込められている。まともに受ければ、そのまま肉体を両断されていたかもしれない。

 その凶刃を回避出来たのは、ほとんど偶然と言っても良かった。

 予想など出来る筈もない。慢心でも油断でもなんでもなく、間違いなく絶命させていた筈の死体から攻撃される事など、一体どう予想すれば良いのか。

 

 

 

———ハ、ハハハハハ!!!!!」

 

 

 

 心底愉快だと言うように、大広間の窓や格子のガラスを震わせ、人々の恐怖心を煽るような哄笑が溢れる。しかし、それは本来ならあり得ない。緑の騎士は、太陽の聖剣の一撃を以って首を切り落とされている筈なのだ。

 

 

 

「………———」

 

 

 

 人々は気付く。ガウェインも、驚愕の表情のままそれに気付く。

 未だ鳴り止まぬ抱腹絶倒の声は、斬り落とした筈の緑の騎士の首から放たれていた。

 そして、首を斬り落とされて動く筈のない胴体が、ガウェイン卿目掛けて斧剣を振って来たのだ。

 

 

 

「アァ……ハハハ。良い、良かったぞ。今の一撃はまさに、今までに培って来た全てを乗せた真なる一撃だった。だが、一撃には一撃を受けなければならない。その誓いはどうしたと言うのだ?」

 

「……………」

 

 

 

 胴体のみが動き、緑の騎士は自らの首を回収する。

 そして、傷跡などなかったかのように首と胴体が繋がっていく。

 それを尻目に、緑の騎士は愉悦の表情をガウェインにぶつけていた。先程の誓いは一体どうしたのかと。その言葉に、ガウェイン卿は表情を険しくしていく。

 

 

 

「あぁ、だが良い。今の私は気分が良い。太陽の騎士ガウェインに追及をするなど最早どうでも良い。貴様の主である騎士王が代わりに晴らせば良いだけの事」

 

「…………ッ貴様……!」

 

 

 

 緑の騎士の発言に、ガウェインは滅多に見せない筈の怒りを露にしていった。

 彼の感情に呼応するように太陽の聖剣が燃え上がっていくが、しかしガウェインはその剣を振る事が出来ない。

 激情に身を任せ、緑の騎士の発言を黙らせようと動いてしまえば、どうしようもなく騎士としての誓いを破り、緑の騎士よりも下に堕ちる。

 主君であるアーサー王の顔に泥を塗る行為と理解してしまっていた。

 

 

 

「さぁ? どうする騎士王。

 今すぐに剣を抜き、部下の失態を拭おうと…………は………—————

 

 

 

 そこまで言葉を発してから、騎士王へ煽るような発言をしていた緑の騎士が急に表情を変えた。

 愉快とでも良いだけだった緑の騎士から急速に表情が消え失せ、そして抜け落ちていく。

 

 

 

———何、だと?」

 

 

 

 緑の騎士が騎士王に向ける視線は厳しく、しかしどこか形容し難い。

 何かあり得ない事に気付いたような、気付いてはいけない事に気付いたような、そんな表情。先程の化け物のとしての恐怖を煽るような雰囲気は霧散している。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 ナニかに気付いてしまったと思わしき緑の騎士は、堪えるように視線を俯かせていた。俯かせたまま、静かに決心しているような佇まい。

 その、先程のとはあまりにも違和感を発する様子に、ガウェインを含めた周囲の人々は困惑を隠せなかった。

 

 

 

「——太陽の光を」

 

 

 

 人ならざる不気味な声ではなく、粛々と厳かに言祝ぐように緑の騎士はその言葉を発しながら、渾身の力を込めて斧剣を振り上げ、そして真上に放りなげる。

 回転しながら飛び上がった剣斧は瞬間的にキャメロットの大広間の天井まで辿り着き、そのまま天井を破壊した。

 破壊し穴が穿たれた天井から漏れ、大広間に差し込む太陽の光。空に浮かぶ日輪が、一筋の光を作りだす。その光は——緑の騎士を照らしていた。

 

 

 

————————

 

 

 

 反応は瞬間的だった。

 崩れた天井から差し込む陽の光によって照らされた緑の騎士の肉体が燃えていく。それはただ燃えているだけではなく、身体の内側から太陽の炎が溢れ出るように、灼熱の豪炎が緑の騎士を包み込む。

 しかし、緑の騎士は燃え尽きない。炎を纏った落武者のような佇まいだった。

 そして、その炎が風に揺られて燃え盛るごとに、緑の騎士から放出される威圧感を増していく。先程ガウェイン卿と相対していたのが嘘のようだった。

 

 

 それこそ——太陽の光の下で、力が三倍になっているような。

 

 

 

「………………ッッ!!」

 

——————

 

 

 

 重量に従って、回転しながら地面に落ちて来た斧剣の刃が地面に突き刺さるよりも早く、緑の騎士は片手で受け取って握り直す。

 そして、憤然の視線を騎士王に向けたまま、緑の騎士は広間の地面を砕く程の力を込めて突撃して来た。

 その動きに、僅かなりの反応が出来たのは——今その瞬間、緑の騎士の超高速の剣撃が自身に振るわれようとしている騎士王だけだった。

 明らかに肉体の見た目から想像出来ない敏捷。いきなり数倍にまで膨れ上がったその力は、周囲の何もかもを置き去りにしていた。

 

 

 

「……ッ! ギネヴィア王妃ッッ!」

 

 

 

 緑の騎士は、周囲の何もかもを意に介さず剣を振るう。

 騎士王以外の犠牲もお構いなしで。そしてそれはつまり、騎士王の付近にいたギネヴィア王妃ごと、騎士王を殺すつもりだった。

 

 

 

「アーサー!!?」

 

「なっ……アーサー王!」

 

 

 

 庇われたギネヴィア王妃と、反応出来なかったガウェイン卿の悲鳴が響く。

 咄嗟に騎士王が突き飛ばしたおかげでギネヴィア王妃は難を逃れたが、騎士王本人が緑の騎士の攻撃をまともに受けてしまった。

 騎士王は、その攻撃によって王座として拵えていた天蓋にまで吹き飛ばされる。まずまともな衝撃ではない。

 天蓋は壊れ、粉塵のようなモノが周囲に舞っていた。騎士王が無事がどうかは分からない。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 その様子を、緑の騎士は冷たい視線で見届けていた。

 先程にはあった筈の燃えたぎる情緒はなく、蛮族なりの論理を見せていた筈の雰囲気とは地続きではないのではと思える程に、ゾッとした表情を覗かせている。

 その表情。それはまるで、かのサー・ルークが叛逆者達を粛清する時に垣間見せるような表情だった。

 

 肉体と心を切り離し無感動に敵を殺戮する、冷たく凍て付きながら、しかし煮え滾る力を周囲に撒き散らす修羅の顔。

 周りの何をも犠牲にしようと、滅さなければならない眼前の悪を必ず殺してみせる。と、そう決心した幽鬼の顔。

 今も尚、太陽のような炎を肉体に纏わせている緑の騎士からは想像も出来ない。佇まいだけがひたすらに冷たかった。

 

 

 

「……………これは」

 

 

 

 緑の騎士が下に視線を向ける。

 そこには——先程まで騎士王が握っていた、星の聖剣があった。

 勝利を約束する光の聖剣は、持ち主から手を離れた影響か僅かな輝きもない。周囲に旋風を撒き散らしていた圧力はなく、無造作に投げ出されている。

 

 

 

「……………フン」

 

 

 

 その聖剣を、緑の騎士は足蹴にしようとする。

 何の感慨もなく、騎士王の尊厳を踏み躙るように。

 そして——

 

 

 

————は………?」

 

 

 

 ——何の抵抗もなく、その聖剣が砕け散った。

 僅かな抵抗も見せず、まるで最初からその程度の剣であったように、金色の粒子を周囲に撒き散らして、完全に形を失って霧散していった。

 

 

 

「何………が………」

 

 

 

 緑の騎士は動揺を隠せない。

 おかしい。明らかにおかしい。

 そうする意図はあったにせよ、あの星の聖剣がこんな簡単に壊れる訳がない。

 

 

 いや、待て。

 

 

 そうだ。聖剣は一度もその力を解放していない。

 ただ持ち主が力を込めただけ。旋風の圧力は何も関係がなく、ただ周囲に風威を撒き散らしただけだ。

 いやそもそも、何故、聖剣はこの場に落とされている?

 確かに今、騎士王本人を吹き飛ばした…………いいや、聖剣で今の一撃で防いだなら聖剣と一緒に吹き飛んでいる。そもそもこんな贋作の聖剣で今の一撃を防げる訳がない。

 

 

 ——寸前で星の聖剣を捨て外し、別の武器で防いだ……だと?

 

 

 この落とされた聖剣すら意識を別に持っていく為のブラフ。

 そもそも、騎士王本人を斬り捨ててはいない。

 その感覚がなかった。ただ吹き飛ばしただけ。斧剣に残る重さがない。

 騎士王は正面から迎え打つ選択を取らず、最初から逃げの姿勢を取った。いきなり膨れ上がった力を測り、後方に飛び退いて衝撃を分散した———

 

 

 

 

 

 

同調、開始(トレース・オン)

同調、完了(トリガー・オフ)

告げる(セット)——」

 

 

 

 

 

 

 聖剣が壊れたという、あまりにも明確な違和感を感じて瞬間的に走り抜いた、緑の騎士の意識。

 それを引き戻したのは、冷たく何かしらの詠唱が言祝がれた声だった。

 

 

 

「私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す」

 

「……………………」

 

 

 

 大広間に響く冷たい詠唱。

 ただ、文章として記載された文字をそのまま朗読しているかの如き、無感情なる声。

 その事は、先程吹き飛ばした騎士王が発しているようにも聴こえて、しかしあのアーサー王から発せられている物とは思えない程に不気味で、そして冷徹だった。

 

 

 

「我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

「……………………………」

 

 

 

 天蓋から散っていた粉塵がようやく晴れる。そこに居たのは、先程と同じ騎士王だった。

 しかし、携えているのは聖剣などではなく十字架を模した刃渡り1m弱程の剣のようなモノ。それを片手に三本。両手で六本。親指を残し、片手で最も安定する数の刃を、指と指で挟み込むように握っている。

 

 不気味で、そしてあまりにも違和感のある佇まいだった。

 普段の清澄にして華麗なる雰囲気はなく、透き通った風、もしくは水と言った雰囲気は冷たい氷のように反転している。

 ただ、穢れない白銀の鎧に獅子の兜だけが、その人物はアーサー王であると告げていた。

 

 

 ———いいや、何故その鎧姿に気付けなかった?

 

 

 

「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く」

 

「……………………ッ!」

 

 

 

 不可解なる事実に気付いてしまい、一瞬の硬直を緑の騎士は晒してしまう。

 それを、騎士王と思わしき人物だった者は見逃さなかった。だが仮に、緑の騎士が硬直を晒さなかったとしても大した変化はなかっただろう。

 

 

 何せ、既に詠唱は始まっている。

 

 

 呪いを強引に解き放つ洗礼詠唱を、人間としての法則を強引にこじ開け、人類の摂理をその身に叩き込む——摂理の鍵の異名を持つ黒鍵を以って。

 

 

 

「私に委ね、私に学び、私に従え」

 

「…………………クッ……がぁ……ッ」

 

 

 

 一瞬、騎士王と思わしき人物の腕がブレて、刹那、緑の騎士の足には黒鍵が突き刺さった。

 超高速で放たれた六本の刃。亜音速にまで達したその刃は容易く緑の騎士の足首を破壊し貫通して、その場に縫い付ける。

 

 

 

「休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

「貴……様…………ッ!!」

 

 

 

 憎悪にも等しい言葉を撒き散らしながら、緑の騎士は自らの肉体を無理矢理稼働させる。足首の肉が削がれようとも足を振り上げて騎士王への一歩を進めようとした。

 しかし、動かない。

 

 良く見れば、肉体に突き刺さった黒鍵の刃はただの白銀ではなく、稲妻のような赤い線が刻まれていた。

 刃から放出されている魔力の残滓が足首を焼き焦がし続ける。明らかに刀身の刃が強化されていた。

 しかも、あり得ない程膨大で、おどろおどろしい魔力——先程、騎士王だと思っていた人物が、肉体の内側に巧妙に隠していた、不気味に脈動する黒い魔力。

 

 その場に縫い付けられた緑の騎士を、まるで脅威などではないと嘲笑うように、騎士王と思わしき人物は悠々と黒鍵を引き抜き、十字架に口付けするが如く黒鍵の柄に唇を当てていた。

 不気味に微笑みながら行われたそれが、騎士王の振りをしているナニかの余裕を淡々と告げている。

 

 

 

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを」

 

「……貴…………ッ様ァァァア!!」

 

 

 

 足を破壊され、しかも貫通した黒鍵は地面にまで達していて、緑の騎士は身動きが取れない。

 その緑の騎士に向けて、騎士王と思わしき人物は取り出した黒鍵を指に挟み込んで再び投擲を繰り出す。

 まるで緑の騎士を見下げるように、天蓋の場所——つまりは安全な遠距離からの投擲。

 

 

 

「希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

「……………ッ!!?」

 

 

 

 自らの目元に向けて放たれた六本の黒鍵。

 それを、怒りに塗れた剣斧で切り払って緑の騎士は防ぐ事に成功して——それが即座に罠であると悟る。

 

 ——弾いた黒鍵の裏には、緑の騎士の視界の陰になるように、全く同じ軌道で放たれた六本の黒鍵があった。

 ——ヒュっと武器を投げた音すら擬装された、あり得ない精度と速度で連投された投擲だった。

 

 

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう」

 

「グッ………アァァァッッ■■■■■■■■!!」

 

 

 

 放たれた黒鍵は防ぎきれず、緑の騎士の両目や顔に黒鍵が突き刺さり、そして頭部を貫通して突き刺さる。

 その反応は早かった。人類の摂理を叩き込む黒鍵の刃は——姿を偽り、忌々しき魔女によって呪いへと変性した太陽の祝福を削ぎ落とし、そして暴走させていく。

 

 肉体の全てが灰と化していっているような灼熱地獄の中、しかし緑の騎士は狂わなかった。

 復讐に駆られた妖妃の手で呪いとなった太陽の加護。しかし、それがあるからこそ、あの騎士王の振りをする何者かの内側にて鼓動する、世界の憎悪の全てを宿すかの如きナニかを把握出来た。

 サー・ガウェインに首を切り落とされ、皮肉にも明確になった思考と取り戻せた知性の一部が、脈動するナニかの鼓動を感じ取った。

 

 

 ——あれは、決して解放してはならない。

 

 

 その想いだけが、今の緑の騎士を動かしている。

 その怨嗟、呪詛。それは世界に空いた穴の如く。脈動する禍々しさは復讐に堕ちた魔女さえ超えるだろう。煮え滾る溶鉄を呑み込み、その腹に溜め込み続け、今か今かと覚醒の時を待ち続けている。そんな悪寒さえ感じさせる、人間以外のナニか。

 

 

 ——アレは……決して世界に産まれ出てはならない。

 

 

 荒れ狂う自らの肉体などはどうでも良い。

 暴走し自らの肉体を内側から焼き焦がす星の加護によって、今日この日に身体が燃え尽きて死んでしまおうと構わない。

 長い年月の果て、騎士王へと相対出来た事よりも、まずはアレを止めなくてはならない。

 アレが世界に解き放たれれば………どれだけの人が死者となるのだろう。アレが形を伴えば、その果てに世界は一体どうなってしまうのだろう。

 緑の騎士の中で浮かび上がって明白となった思考が、その意識を解き放つ。

 

 

 緑の騎士は雄叫びを以って、騎士王の振りをする何かを迎え撃った。

 

 

 黒鍵によって瞳を貫かれて、血に染まり歪んだ視界の中、その人物が新たに黒鍵を三本だけ左手に装備し、此方に突撃してくるのが見えた。

 右手には何も握っていない。

 地面を砕きながら前方に跳躍するその人物の衝撃波で、地面が揺れ、脳を揺さぶる程にけたたましい、雷が落ちたような轟音が鳴り響く。

 

 歪みながらも捉えたその姿。耳に劈く衝撃波と轟音。

 痛みを捻じ伏せ、肉体と思考の全てを加速させ、呪いへと変性しながらも、自らの力を強引に暴走させて力を注ぎ込む太陽の加護を同調させ、自らに飛び込んで来るその人物のタイミングを測る。

 

 緑の騎士は、考え得る限り完璧なタイミングで、剣斧を振るった。

 金属を破壊したような手応えと、歪んだ視界にて舞映る獅子の兜。

 

 

 

「永遠の命は、死の中でこそ与えられる」

 

———————は」

 

 

 

 ——しかし、残酷にもその詠唱は終わらない。

 首を取った。その筈だった。しかしその人物は死んで居ない。

 僅かに首を捻り、右手で今この瞬間に作りだした無銘の剣を犠牲にして、ほんの少しだけ剣斧の軌道を逸らしただけ。

 完全に逸らす必要はない。そもそも、魔力放出によって強化された自らの膂力よりも、さらに強大な膂力を誇る化け物を相手に、まともな攻防は出来ない。

 しかし、それでいい。何を戸惑う必要があるのか。所詮——少しだけ自らの身体に合ってない防具の一部が宙を舞うだけなのだから。

 

 そして、それに緑の騎士が気付いた時にはもう遅かった。

 その人物が左手に握る三本の黒鍵。突撃と共に放たれる、音速を凌駕した超高速の刺突。

 明確な死の予感を感じ、緑の騎士は身体を突き動かし、斧剣を盾のように構えて——斧剣の刀身を貫く黒鍵の刃が見えた。

 緑の騎士が驚愕を感じる瞬間にはもう、斧剣ごと自らの心臓を黒鍵が貫通していた。

 

 

 

「許しはここに———転生した私が誓う」

 

——————————

 

 

 

 斧剣を刺し貫き、心臓にまで到達した黒鍵の刃は、緑の騎士の肉体に世界の本来の摂理を完全に叩き込み、緑の騎士の何もかもを暴走させ、そして強制的に停止させる。

 先程のガウェイン卿のように自らの命を刈り取る事に成功した、小柄な騎士。

 瞳を貫き、頭を貫き、視界を奪い、反撃の剣閃をいとも簡単に防ぎ、"聖者の数字"に自然の摂理を叩きこんで暴走させ、自らの肉体の心臓を破壊した者。

 

 

 明滅する視界と薄れゆく肉体の感覚の中、緑の騎士は視界を下に向ける。

 

 

 そこには——錆び付いたように掠れた、薄い金色の髪と、あまりにも人間味の薄れた白の肌があった。

 意識が完全に失われようとする最後のその瞬間、彼はその姿形を見て騎士王の振りをしていた人物が、本当は誰であったのかに気付けぬまま、詠唱の最後が言祝がれ、緑の騎士は二度目の命を落とす。

 

 

 

「——この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

 

 

 黒鍵が引き抜かれ、それを境に肉体が急速に力を失う。

 倒れゆく視界の端に、黒いバイザーを着けた騎士が映った。

 

 

 

 

 




 
 
 転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン) 

 ランク A+

 種別  対軍宝具


 詳細

 約束された勝利の剣(エクスカリバー)の姉妹剣であり、同じく湖の乙女より授かった、神像兵器たる聖剣。
 剣の柄には擬似太陽が封じ込めらており、その出力はエクスカリバーに匹敵するとされる。

 真名開放と共に剣を振り抜いて、灼熱の炎を剣閃として弧を描く様に飛ばし、射程内にある全ての存在を焼き尽くす。
 また、炎の剣閃は同時に焔の刻印を地面に刻み、その刻印から炎が吹き上げ追加のダメージを対象に与える。

 一時的に、炎を焔の光刃と変えて、剣の刀身を伸ばす事も可能。



【WEAPON】

 黒鍵
 詳細

 グリフレットから貰った、十字架を模した刃渡り1m弱の投擲剣。
 特に変哲のない代行者達の正式武装。扱うのに相当な熟練度を有する筈だが、彼女はグリフレットと全く同じ技量で黒鍵を扱える。

 彼女の投影魔術の特性上、柄だけを持ち歩き、その場で魔力から刃を編み上げられる黒鍵と非常に相性が良い。
 また彼女の膨大な魔力量故に、素でEランクの宝具と同等の神秘と強度を保有する。

 鉄甲作用はイメージが出来ておらず、また仕組みに対する理解が追いつかない為、彼女では使用出来ない。



[詠唱解説]

 洗礼詠唱

 詳細

 
 stay nightの言峰綺礼と、Apocryphaの天草士郎の洗礼詠唱と全く同じ。
 唯一の違いは、受肉した私、が転生した私となっている事だけ。





 
 
 花水樹様より、支援絵を頂きました。
 獅子王の鎧を着込んで影武者をやっている主人公です。
 生足……!

【挿絵表示】

 
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