騎士王の影武者   作:sabu

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 余談ですが、前話の緑の騎士が天井を破壊する為に剣を真上に放り投げたあのシーンは、FGOにてガウェインが宝具を解放するアレをイメージしてください。
 ちなみに話が長くなった理由その1がこの話で説明されます。ガウェイン卿がガウェイン卿になるまでの話なので。
 


第53話 サー・ガウェインと緑の騎士 起 後編

 

 

 

 再び静まり返った大広間。

 しかし、その静寂を作り出したのはガウェイン卿ではなく、また事の成り行きの中心にいるのも彼ではない。

 

 肉体が燃えながら、死体のように動かなくなった緑の騎士。

 それを不気味に見下ろしている——先程までは誰もが騎士王本人だと思い込んでいた、影武者の少年。

 その少年は、主を讃える言葉でありながら冷たさしかない洗礼詠唱を言祝ぎ終え、緑の騎士を殺傷しきった十字架を模した投擲剣を左手に携えたまま、その場で佇んでいた。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 少年は、未だ警戒を解かない。

 未だに黒鍵の刃を複製したままなのが、それを明確に表していた。

 指に挟み込んだ黒鍵の刃には傷一つなく、赤い稲妻のような線が刻まれたまま。彼が投影魔術を使用する時に漏れ出る、赤い火花のような魔力の残滓を滾らせている。

 緑の騎士の心臓を貫いた時と、引き抜いた後もその強度は健在のままだった。

 

 

 

「は………な、ぁ……貴方、は…………その、ル……ルーク……?」

 

「ガウェイン卿、決して油断なき様に。今確かに殺しきった感覚はしましたが、所詮はそれだけです。そもそも貴方の聖剣で首を斬り落として完全には死んでいなかった。直に蘇生するでしょう」

 

「———ほ、本当に…………アーサー王では、ない……」

 

「あぁ、そちらの方ですか。そちらの方は後にしてくれませんか。

 ……というか、マーリンから鎧や兜に関することだけは意識を逸らして貰っていますが、その分逸らした意識は、私の佇まいや言葉使いの方に流れるんです。違和感とかはないのですか。

 いやまぁ。確かに私自身、本気でイメージしながらアーサー王の振りをしていますが、確信出来たりはしなくとも………こう、何となく察したりはしませんか」

 

「——————」

 

 

 

 僅かに呆れたような口調の少年に対して、俄には信じ難い何かを見てしまったかのように、ガウェインは畏怖にも似た表情を向ける。

 外れた獅子の兜から覗くその風貌が、彼がアーサー王ではないと告げていて、それを頭が理解しているのに、そこ居るのがまだアーサー王であるかの様な感覚が離れなかった。

 

 今まさにマーリンの幻惑で騙されていると言われた方がまだ信用出来ただろう。

 彼が騎士王を演じているのではなく、騎士王がマーリンの幻惑を以って周囲を誤魔化しているのだと。

 

 

 

 

「アァァ………アァァァッッ!!!」

 

「……………ほう」

 

 

 

 雄叫びを上げて身体を無理矢理動かし、剣斧を杖のようにして緑の騎士は身体を起こした。

 不可解な現象だった。

 緑の騎士の肉体を燃やしていた炎が一瞬だけ大きく燃え盛って、次の瞬間には炎が消え去る。

 そして消えた炎と一緒に、先程まで燃え盛る太陽のような圧力を放っていた緑の騎士の圧が、数分の一にまで薄まっていった。

 先程の荒れ狂う暴威が霧散していく。

 

 

 

「あぁやっぱりか。

 …………どういう仕組みだ?」

 

 

 

 警戒を露にするガウェインと違って、影武者の少年はどこまでも平静で、そして冷え切っていた。

 緑の騎士のギラギラとした視線を向けられていようと、叛逆者へと向けるような冷たさで少年は返している。

 

 その佇まいに込められている力だけで、常人なら心臓が止まるかもしれない。

 緑の騎士の表情はどこか強張っていて、彼が最初は浮かべていた快楽と愉快に満ちた表情はもはや跡形もない。

 アレだけはなんとかしなくてはならない。そんな使命感に満ちた顔だった。

 

 

 

「フン…………それで?」

 

———ッ!」

 

 

 

 影武者の少年に反応して、緑の騎士が再び剣斧を振り被る。

 たとえ相討ちになろうとも、眼前の邪悪だけは斬り伏せねばならなかった。たとえ無価値に死のうと、それでも目の前の存在だけは倒さなければならなかった。

 

 分かるのだ。身体の内側に呪詛へと変性した加護を持つが故に。目の前の人物が内側に秘める呪詛の底知れなさが。

 理解出来た。どこまでも感じ取れた。"目の前の存在だけは許してはならない"。"相容れてはならない"。今までの生涯の全てが、目の前の存在を倒せと緑の騎士に告げてくる。

 どうして、こうまでに目の前の存在を否定したいのか。何故かは分からなかった。しかし、それでも一つだけ分かった。

 目の前のコイツは、もう新たに右に出るモノは二度とないだろうと確信出来る程の化け物だと。

 

 

 

「あぁ……騎士から獣に堕ちたか。哀れだな。貴様なりの誓いはどうした?」

 

「…………ッッッッ!!!」

 

 

 

 だが無情にも、少年に放った豪剣の刃は届かない。

 真正面から、その攻撃を受け止められたのだ。太陽の祝福が強制的に停止されてしまった影響がモロに出ている。

 その小柄な肉体からはあり得ない程の力。そして受け止めている刃もまた、あり得ない。

 

 分厚い斧剣の攻撃は六本の刃で阻まれていた。

 複数本あるといえ、簡単に砕けそうな細身の刃と、子供と青年の間くらいしかない細身の体躯で、振り落とされた岩塊にも等しい斧剣と鍔迫り合っている。

 もしここに、少年に黒鍵を与えた代行者崩れの人物が居たら絶句していただろう。

 黒鍵に流す魔力操作と自らの肉体の同調を完璧に成し遂げているが故の絶技だった。

 

 

 

「残念だ。そして生憎だが、ここは獣には相応しくない王宮」

 

「は———

 

「飛べ」

 

 

 

 少年は緑の騎士の斧剣を黒鍵で弾き、流れるように蹴り飛ばした。

 魔力の残滓が赤雷の交じる黒い霧と成る程の一撃。何かが爆発して木が薙ぎ倒されるような轟音ともに、緑の騎士は王広間の扉まで吹き飛ばされる。

 

 

 

「ハ……貴様は今何をしているのか理解しているのか?」

 

「ほう……? 敵わないと悟った瞬間に剣ではなく言葉で勝負する事を選んだか。

 無価値に死ぬよりかはマシな行為だが、生存しているという事実がそこにあるだけで私の憎悪が煮え返るお前が、無様に生にしがみ付いているのを見る程殺意が湧くモノもない。

 疾く死ね」

 

 

 

 吹き飛ばされてなんとか立ち上がった緑の騎士の発言を、影武者の少年は冷酷に斬り捨てるのみだった。騎士王を演じていた時とは違い、言葉には一切の遠慮もなく、また王としての寛容さは欠けら程もない。

 言葉を聞く人々の背筋が凍る程、鋭利で底無しの殺意が見え隠れしている。

 

 

 

「ふざけるな。貴様は騎士王のみ成らず、騎士そのもの……いいや人類そのものに泥を塗っている。人間の振りをしている人類の汚点め。

 貴様は騎士ではない。貴様は人間ですらない。そんな存在に交わす誓いなどはない。自覚があるなら今すぐ自害しろ」

 

「ハ———」

 

 

 

 瞬間、弾けるような哄笑が轟いた。

 あらゆる礼節と尊厳を足蹴にする嘲笑。

 

 許容し難い屈辱と殺意に、緑の騎士の表情が怒り一色に染まる。

 しかし、殺意すら秘めた緑の騎士の視線に晒されながら、影武者のその人物は唯一見える口元に、見下すような冷笑を浮かべるのみだった。

 

 

 

「ハ、ハハ………私の行為が騎士王に泥を塗る? 私は騎士以前に人間ですらない?

 ふざけた言葉も、ここまで来れば傑作だ。騎士王に対するその不敬、愚かを通り越して愉快極まりない。

 貴様は生存して何らかの行為をするだけで、その化けの皮が剥がれていくとは。

 あぁ……滑稽だ。人間ですらない貴様が、まるで己は人間であるように語る。成り損ないの貴様には相応しい程の滑稽さだ」

 

——何?」

 

 

 

 表情を変えた緑の騎士に、影武者はより笑みを深くする。

 その笑みと他者の心を無造作に掻き乱すやり方は、まるで魔女のようだった。

 

 

 

「生憎だが、私は貴様の提示した誓いを律儀に守ってやっている。己が告げた誓いすら守れず、それすらも気付いていない無様な貴様は、さっさと口を閉じろ。

 その方がまだ己の最後の尊厳を守れるぞ?」

 

「何だと…………ッ!」

 

「そもそも最初に誓いを無きモノにしたのは貴様だ。

 貴様は私が影武者だと見抜いたその瞬間、私の後ろにいたギネヴィア王妃ごと私を殺そうとした。

 一騎討ちの戦いに一切の不純があってはならないと言った側からこれとは……貴様は騎士と名乗るのすら烏滸がましい。

 あぁ、蛮族にとってそれは難しいか。なら成り損ないであるその頭に理解させてやろう、有象無象」

 

「ふざけるな………! まず貴様は——

 

「あぁ……それはそもそも私が騎士王では無いからだと論点をすり替えるか?」

 

 

 

 緑の騎士の続ける言葉を許さず、影武者は言葉を続けた。

 怒気を表した剣幕などには露ほどの意識も向けず、鼻で笑うように一蹴して。

 

 

 

「ハ、勘違いも甚だしいな。私の行為のどこに、我が王を侮辱し泥を塗る部分があったと?

 そもそも貴様は騎士王と相対する程の存在でもなければ、星の息吹の威光を目にするだけの存在でもない。

 それが、不敬にもキャメロットに乗り込み、自らの都合に溢れ、自らに絶対的有利な誓いを立て、騎士王と一騎討ちを望むだと? しかもあまつさえ、誓いを破れば騎士として名を剥奪するとすら貴様は言祝いだ。

 身の程を弁えろ。むしろ、影武者の私を介して、間接的とはいえ騎士王への拝謁を許されただけ有り難いと思え」

 

 

 

 どこまでも冷酷かつ無慈悲に。

 そして、緑の騎士の感情を逆撫でる言葉使いで。己を絶対とし他者の尊厳を足蹴にする様に。口元を歪めて尊大たる態度のまま影武者は語る。

 

 

 

「貴様が言ったそれは騎士の誓いなどではない。

 一撃には同じ数の一撃を返せだと? そもそもとは云え、騎士ですらない獣風情と交わす誓いなどはないが………まぁそこは此方が譲歩してやってもいい。

 騎士王は寛大だ。故に私も、交わす意味も価値もない貴様なりの誓いを約束してやった。ガウェイン卿もそうだ。そして、同じくガウェイン卿もその誓いを守り、一撃を以って貴様を殺した。

 だが、貴様のその醜態はなんだ? 首を落とし、心臓を貫いても尚貴様は死なない。その事を敢えて告げず、あまつさえ騎士の誓いに守られた誓約故に此方も一撃を返す権利があるとすら告げる」

 

「……………」

 

「醜い。貴様はどこまでも醜い。

 幾度と自らの意思を変え続ける、穢れに満ちた生者の様だ。潔く死んで自らの言葉を不変にした方がまだその生に価値を見出せる。

 あぁ……一体貴様は何回選択肢を間違えたのだろう。何度、都合良く自らの意思を変えたのだろう」

 

「……………………—————

 

「これはこれは、聖者には正しく働く筈の力が呪いと化すのも道理だ。むしろ貴様には相応しい姿だぞ?」

 

—————ッッ!!」

 

 

 

 その言葉に、緑の騎士は露骨に反応した。

 怒りと殺意。そして悔しさにも塗れた、形容し難い表情を影武者に向けながら歯軋りをしている。

 

 影武者が緑の騎士に放った発言に、何かが思い至った者はいない。その言葉を聞いていた人々やギネヴィア王妃——そしてガウェイン卿も。

 ただ彼らは、影武者の放った発言が、緑の騎士が理解している何かの核心を突いたのだろうという事だけが理解出来た。

 緑の騎士の心内を敢えて土足で踏み躙りながら。

 

 

 

「それはそれとして、私も誓いを破ったのだから同じ場所まで堕ちたと語るか?

 最初に誓いを破ったのは貴様だが……まぁ良いこれも譲歩してやろう。貴様は私とギネヴィア王妃を殺害し得る攻撃を最初に放った。

 故に私は、二度貴様を攻撃出来る」

 

「…………………」

 

「ギネヴィア王妃は関係ないと言うか?

 元よりは一対一の決闘であるのに、貴様から関係ない無辜の人を巻き込んでおいて?」

 

———…………」

 

「ハ、理解出来たようで結構。

 私は最初にお前の足を破壊した。次に貴様の目。そしてその後、貴様は私の頭を狙って剣斧を放った。故に三回。そして私は三回目で貴様の心臓を貫いた。

 あぁ驚きだな。私達が貴様に譲歩し、貴様から交わした誓いなのに破ったのは貴様ただ一人。騎士以前の存在なのは、どうやらお前だけらしい」

 

 

 

 吐き捨てるように告げた後、緑の騎士を蹴り飛ばした時に地に落ちた黒光りする斧剣を影武者は蹴り上げて片手で握る。

 その斧剣を、見せつけるように緑の騎士の足下まで放り投げた。

 

 

 

「貴様は今を生きる全生命に泥を塗っている。生物の汚点にも等しい。

 貴様は騎士ではない。いいや貴様は人間ですらない。そんな存在に交わす誓いなどはない。自覚があるなら今すぐ自害しろ」

 

————

 

「さぁ、やれ。その剣で自らの首を斬り落とせ。出来るだろう?」

 

 

 

 最初に言われた緑の騎士の言葉をそのまま返し、影武者は自死を煽る。

 自らの首に黒鍵の刃をトントンと当てるその姿から、緑の騎士の感情を敢えて逆撫でる思惑が透けていた。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 俯いたまま、緑の騎士は斧剣をゆっくりと拾い取りそして握り直す。

 握り直す腕は何かを抑える様に震えていた。斧剣が、握る腕によって撓む音が響く。

 

 

 

——いいや。たとえこの身が三度燃やし尽くされそうと、たとえ自らが無価値に死のうと、貴様だけは殺さなければならない」

 

 

 

 返って来たのは、意志も誇りも消した、ただ覚悟の言葉だった。地に堕ちた幽鬼と成り果てようと貴様だけは必ず殺害するという、おぞましい程の覚悟。

 しかし、その言葉すらも影武者は何の感慨もなく斬り捨てる。

 

 

 

「下賤なる者は、その覚悟すら卑しく穢らわしい。

 獣にまで自らを堕とした貴様の想いなど僅かにも考慮する価値もないな。精々死に急いでそのまま果てろ」

 

「黙れ、人の振りをする災厄。

 貴様が内に秘める悪性、なんたる邪悪か。周囲を騙し、他者を食い物としながら人の振りをする化け物風情め。

 貴様は妖妃モルガンを超え、卑王ヴォーティガーンすら上回る怪物だ」

 

「——ほう? 負け惜しみに私をそう称するか。

 なら貴様はどうする。化け物と化した成り損ない」

 

「…………………」

 

 

 

 緑の騎士の発言に、影武者は再び黒鍵を握り直した。

 肉体を貫くには飽き足らず、人類の法則をこじ開け、太陽の加護を暴走させた摂理の鍵を。

 

 

 

「どうした。もう私は貴様の意識の不意を突けない。太陽の加護が正常に働けば私に勝てるだろうに、何故使わない?

 あぁ……しかし貴様は不死身だったな。加護すら要らないという自信の表れか?

 いや、もしくは——貴様はもう、私の一撃で命のストックを使い果たしてしまったか?」

 

「………………」

 

 

 

 影武者の少年は、緑の騎士の事情を敢えて理解していないように嘲笑って告げる。尊厳も礼節も、ありとあらゆる何もかもを踏み躙りながら。

 

 

 

「化け物め………」

 

「褒め言葉とはありがとう。

 実は化け物は世界で私一人だけだと思っていたのだが、まさか私の事を理解してくれる存在が居るとは。

 しかし残念だ。私と貴様は同類である筈なのに、貴様だけが地に堕ちたらしい。

 あぁ哀れだ。その哀れさに免じて負け犬のように逃げる事を許そう」

 

 

 

 返す影武者の言葉に、緑の騎士は深く歯軋りしながら、しかし激情に身を焦す事なく背を向けた。

 

 

 

「…………好きに言え。

 しかし。この不浄の身が永久に陽炎を纏うように、人から堕ちたその証として、貴様も必ずその報いを受ける。

 そしてその報いを貴様に与えるのは私だ。たとえこの身が朽ちようと、姿形を変えてでも必ず……太陽の加護は貴様を焼き尽くす」

 

「いいや、その未来は絶対に訪れない。灰となるのは貴様一人だけだ」

 

 

 

 終始交わる事なく、ひたすらに平行線を辿り続ける影武者と緑の騎士。

 互いが互いに譲れる線を巡って、殺意と殺意の応酬を振り撒いている。緑の騎士と騎士王を演じていた影武者の間の空間が急速に冷え切っていくような感覚がしていた。

 

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

 

 緑の騎士は、影武者が秘める何かを見定めようとして、しかし何も出来ずに目を逸らす。

 背を向け、大広間を出るその瞬間、緑の騎士は告げた。

 

 

 

「サー・ガウェイン………サー……ルーク。

 九ヶ月後……今日この日より九ヶ月後の"五月一日"に、コーンウォール北のウィレムの森に来い。貴様達が真に正しき者であるならば、約束の日になれば必ず私を見つけられるだろう。

 そこで、私は必ずこの日の雪辱を果たさなければならない」

 

「断る。何故私達が出向かねばならない。生憎だが、私達は貴様のような放浪の存在では無い。立場を弁えろ」

 

「そうか。貴様のような化け物ならそう語るのだろう」

 

 

 

 大広間から出る瞬間、緑の騎士は振り返って告げた。

 

 

 

——ならば、必ず貴様らを殺す。

 約束のその日を破るなら、たとえ怨霊に堕ちようと、幾度と輪廻を巡ろうと、どれだけの年月が経とうと、必ず貴様らを見つけだして殺す。貴様らの因子を、悉く殺し尽くす」

 

 

 

 振り返った緑の騎士の目を血走っていた。

 肉体は再び燃え出し、内側から液体が噴出して溢れるように、怨嗟に塗れた炎が染み出している。

 地獄の業火とはああいうモノを指すのかもしれない。そう考えてしまう程に煮え滾る、灼熱の焔だった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 空間を沸騰させるが如き圧力を放っていた緑の騎士は大広間を去り、それに釣られて、冷え冷えとする殺意を放っていた影武者も次第に平常へと戻っていく。

 事の成り行きを見守っていた人々が、ざわつきという名の喧騒を取り戻したのは、影武者が握っていた黒鍵の刃と刃が擦れる音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑の騎士の後ろ姿を見送る。

 彼の肉体を燃やしている炎が、一瞬だけ突風に煽られて膨れ上がった後、その場には何も無かったように姿が消え去った。

 それを最後に、辺りを支配していた圧力が完全に霧散する。

 

 モルガンがやるようなやり方と似ているなと僅かに考えた後、私も最後の警戒を解いて、編み込んでいた黒鍵の刃を霧散させて衣服の裏に仕舞い込む。

 考えなければならない事は多く、やらなければならない事は多い。だが、まずは確認だ。その後、一つずつ詰めていこう。

 

 

 

「無事ですか、ガウェイン卿」

 

「えぇ……私は無事です。未だに、頭と心の整理が追いついていませんが」

 

「……ふむ」

 

「もう、何がなにやら。突然嵐がやって来て、そのまま過ぎ去ってしまったようです」

 

 

 

 ガウェイン卿から返って来た言葉には、それなりの疲弊が滲んでいた。

 肉体の疲弊ではなく、精神的な疲弊が。身体の疲れはないだろう。緑の騎士とは攻防らしい攻防はしていない。

 

 

 

「一応聞きますが、あの騎士について面識は」

 

「ありません。初めて出会いました。勿論何も知りません」

 

 

 

 床に散らばった黒鍵を拾い取りながらガウェインに告げれば、想定していた通りの言葉が返って来た。

 ガウェイン卿の祝い日という事で、もしやと思っていたが本当に来るとは。

 

 正直に言うなら、ブリテン島が本当に大変なこの時によくも来てくれやがったな、と言う印象しかない。

 一応、緑の騎士側にもそれなりの事情があるのは知っているし、なんならモルガンが関係している事も知っているのだが、それはそれである。

 考慮すべき点はある為一度は見逃すが、二度目を見逃してやる程、私は寛容にはなれない。そもそもブリテン島自体にそこまでの余裕がないのだ。敵となるならば、私は彼を殺さねばならないだろう。

 なんなら、本気で殺しに行った。

 

 

 …………それに私は知っているだけで、緑の騎士の本当の事情を詳しく知らないのだ。

 

 

 つまり私は"事情がある"のは知っているが、"どんな事情"があるのかを知らない。

 私の知識もどこまで通用するか。そもそも、サー・ガウェインと緑の騎士の章は数が多すぎて、ありとあらゆる情報が合致しない。

 この世界では、断片的にしか通用しないと考えた方が良いだろう。つまりは一から調べ直さないとキツイ。

 私が影武者を演じていた以上、避けられない道筋だったのだろうが、私も標的にされた………というかなんなら、殆ど私に向けた殺害予告まで受けてしまったのだから。

 

 緑の騎士側に如何なる理由があろうと、その時が来たら無慈悲に殺す覚悟はしておいた方が良い事は明白だ。

 ガウェイン卿がその役目を果たすならそれで良いが、今回ばかりはただ傍観している立場に居られるとは思えない。

 

 

 

「陛下」

 

「もう私の演技は解けました。その名で呼ぶ必要はありません」

 

「ではルーク卿。これからはどうしますか」

 

 

 

 思考に囚われていた私を引き戻したのは、控えていた粛正騎士隊の一人だった。ついでにいえば、アグラヴェイン卿直属の粛正騎士。

 つまりは、アグラヴェイン卿の部下で、良く合同訓練を共にする知り合いだ。

 

 明らかに彼の方が歳上……というか、アグラヴェイン卿の部下全員よりも私は歳下なのだが、私は彼らの上司みたいな立場にいる。

 敬われているというか、そんな感じ。

 なんなら、私はアグラヴェイン卿の部隊の副長みたいな扱われ方だ。

 一度、私のような子供がそんな扱われ方で良いのかと聞いたら、"貴方を子供だと認識している者は少なくとも、アグラヴェイン卿の部隊の中では一人も居ませんよ"と複数の人物から苦笑いとともに言われた。

 

 サー・ルークを子供だと侮るのと、アグラヴェイン卿をつまらない無難な男だと考えるのだけは絶対にやめろと、真しやかに粛正騎士隊で囁かれているとも聞いた。

 まぁ、要らない面倒が減ったからいいか……と考えているのが今の現状だった。

 

 

 

「まずは擬似的に私に移っていた指揮系統をガウェイン卿に。

 ガウェイン卿、任されてくれますか」

 

「えぇ、任せてください」

 

 

 

 私側の思惑を把握してくれたのか、もしくはそれが自らの仕事だと理解しているのか、ガウェイン卿は涼やかな返事一つで動いてくれた。

 先程、きっと私に抱いていただろう驚愕も、緑の騎士へ抱いた激情を引きずってもいない。

 最初にガウェイン卿が祝いの場を纏めたように、ざわついた人々を収め、周囲の騎士や従者を指揮していく。

 

 思わず感嘆する。流石はガウェイン卿と言うべきか。

 裏を纏めるのが上手いアグラヴェイン卿と、表を纏め上げるのが上手いガウェイン卿。

 流石は兄弟。この場はもう、彼に任せて置けば問題ないだろう。

 

 彼は光だ。故に私は影らしく、裏方に徹して事態を収束に向かわせて行けば良い。

 ガウェイン卿の姿を見送った後、隣に控える粛正騎士隊の青年に言葉を告げる。

 

 

 

「よし。では、私の事を北の壁に詰めているアグラヴェイン卿に連絡を。私が影武者である事がバレたと。

 直にアーサー王が南方の港町から戻るとはいえ、警戒しておく事に越した事はありません」

 

「了解しました。あの緑の騎士については」

 

「それも、出来れば。太陽の下で円卓以上の力を発揮する存在に、私とガウェイン卿が殺害予告を受けたと。

 ただ、恐らく弱点や制約がある。そこを突けば充分勝てる存在だとは思います」

 

 

 

 先程の緑の騎士の様子を思い出しながら告げる。

 まさかとは思ったが…………あれはガウェイン卿が持つ【聖者の数字】だ。

 午前9時から正午の3時間、午後3時から日没の3時間の計6時間。力が3倍になるという特殊体質。

 緑の騎士が持つアレは、何かが狂っているようだったが、恐らく太陽の加護は彼にも働いている。ついでにいえば、緑の騎士の反応から、ギリシャ神話最大の大英雄ヘラクレスのように、複数の命のストックがある。

 恐らく三回。回復するのかは不明。回復した場合、一撃で複数の命を消失させられるのかも不明。しかしガウェイン卿の聖剣でも、特効が入る私の黒鍵でも一回しか殺せなかった。

 星の聖剣(エクスカリバー)の最大出力か、使い捨てるくらいに力を込めた選定の剣(カリバーン)くらいじゃないと、複数の命は消失させられないだろう。油断はしない方が良い。

 

 

 

「サー・ガリアについては」

 

「…………いや、彼はキャメロットに戻す必要はありません。このままアーサー王と共にさせてください」

 

 

 

 ガリアと未だに名前を偽っているギャラハッド。

 私の立場上、アイルランド島の一件以降もよく彼と行動を共にしているが、ずっと私と彼が行動を共にしていると、ギャラハッドの隣にいるのは影武者であるという認識が出来上がる。

 故に、彼は私じゃなく騎士王の方と行動を共にしたりするようになった。南方に行ったアーサー王と合流したらしい事は私も聞き及んでいる。

 

 

 ……というか、彼はいつになったら自らの真名を名乗るのだろう。

 

 

 もしや、ランスロット卿との繋がりであるギャラハッドという名前を永遠に封印するつもりなのか。何となく、その予兆も感じている。

 キャメロットにいる都合上、ギャラハッドとランスロット卿が城の中で出会う事は必ずあるのだが、二人は簡素な挨拶を交わすだけで何も交流をしない。

 やや、ランスロット側が空回っているという具合か。

 

 それを最初に見た時、ギャラハッドがあまりにも淡白過ぎて驚いた事がある。

 憎み恨み、悶々としながらも父親と関係を改善したい、そんな欲求が皆無だった。あれをもし称するなら……

 

 

 血の繋がった忌々しき父親というよりは……血の繋がりがあるだけの、他人。

 

 

 そんな印象しか感じ取れなかった。

 どう考えてもランスロット卿との関係を、斬り捨てるレベルで割り切っている。もはや父親などどうでも良いと考えているのかもしれない。

 確かにギャラハッドは、基本的には誰にでも淡白だが、その誰でもの範囲に父親のランスロット卿を入れるなど、もはや思春期を通り越して無関心の域だ。

 そしてその原因は……多分私なのかもしれない。ギャラハッドと何かしらの会話をした方が良いのだろうか。

 

 

 

「…………アンタは……アーサー王ではない、のか」

 

「あぁ……申し訳ありません、イドレス王。

 私は騎士王本人ではありません。その影武者です」

 

 

 

 これからの事を考えていた私の意識を再び戻したのは、先程騎士王として相対していたイドレス王だった。

 会話の途中から、王としてではなく友人として接する程だったのだ。以前相対したアングウィッシュ王と同じく、形容し難い表情をしている。

 

 

 

「騙していてすみません。

 ですが、決して貴方を嵌めたり貶めたりという思惑がある訳ではなく。

 貴方ならお分かりでしょう? 今の時勢は僅かな予断すら何に繋がるか分からない戦乱の時代。嵐の前の静けさと言ってもいい。

 なので、私のような役割が必要なのです」

 

「………………」

 

「あぁ。勿論、理想の騎士王であるアーサー王が一体何を、と論点をすり替えるのはお門違いですので。この行為が騎士王に泥を塗る事はあり得ない。

 騎士王を糾弾すればその瞬間、その人間は現実が見えていないか、都合の悪い現実をアーサー王に押し付けた愚者であると烙印を押されるだけ。

 少なくとも——私がその烙印を押しに行く」

 

「………………………」

 

 

 

 敢えて周囲の人々にも聞こえるように発言して、周りのあらゆる存在を牽制する。勿論、イドレス王にも釘を刺すように。

 私の発言が示す意味を把握したのだろう。イドレス王は何かを収めた佇まいが見て取れた。

 

 

 

「あぁですが、私と貴方が先程交わした約束は無効になる訳ではありませんので」

 

「………何」

 

「最初に言ったでしょう?

 今は僅かな力も欲しい事に変わりはない。貴方の力は私達も欲しいし、アングウィッシュ王のツテは嘘ではなく本当です。

 というか、私がそのツテを持っている」

 

「アンタ…………いや、貴方はどこまで踏み込んで来れる。どこまでの事情を把握している」

 

「さぁ。どこからどこまでと言われましても、要領を得ない発言ですので、私も要領を得ない答えを示すしかありません」

 

「……………」

 

「勿論、貴方が反旗を翻さなければ良いだけの事です。

 ご理解を。アーサー王はアーサー王そのものが強大であるが故に、アーサー王が君臨していないキャメロットには死角が多い。

 ですから先程言った通り、私のような役割が重宝される。

 此方から協力を惜しむ気はありません。ありませんが……そちらから協力を惜しまれた場合は……さて申し訳ありませんが、騎士王は寛大と云えど、ブリテン島にはそれ程余裕がありませんので」

 

「…………ハ。アンタも空恐ろしい。

 方針を反転させ、隙を見せたら容赦なく足を掬い上げて来るアーサー王と相対しているようだ」

 

「褒め言葉とはありがとうございます。

 最近、足の掬い方が上手い人間と出会いまして、付け上がった人間の叩き落とし方を深く理解出来る智慧に恵まれました。

 影武者事が捗るようになって、私自身嬉しい限りです」

 

 

 

 畏怖を込めた笑みで返されたので、私も笑顔で返す。

 イドレス王やアングウィッシュ王のように、私が騎士王の振りをしてそれなりの権力者から協力を約束して貰った事は何回かある。

 ただでさえ、形式上はただの一兵卒だというのに、より私の立場が複雑化したようなものだ。

 

 まぁ、影武者という立場はこんなものなのだろう。

 私を侮るな、と噂されるのも多分そういう意味だ。一般的な決まり事や常識から逸脱した騎士の一人。

 多分、私の影響力や発言力が、円卓とほぼ同等にまで上がり始めている。今更と言われればそれまでではあるが。

 

 

 

「さて。もう事は済んだか」

 

 

 

 周囲を見渡せば、人々は既に去っていた。

 ガウェイン卿が既に纏め上げたのだろう。ベディヴィエール卿と何らかの会話をしていたガウェイン卿に話しかける。

 

 

 

「感謝しますガウェイン卿。貴方のおかげで助かりました。人々を纏め上げる事に関しては、私はアーサー王の様にはいかないので」

 

「いえ、この程度は。

 ……私としては、人々の上に立つよりも貴方の佇まいを感じた時の方が緊張しますね。未だに心臓が鳴り止みません」

 

「それは、私が騎士王の振りをしているという時の話ですか?」

 

「えぇまぁ、それもありますが。そういえばと私は思い至りました。

 私は、貴方が感情らしいモノを出したのを初めて見たかもしれません。いつもは平静で、尚且つ涼やかな程に利口な貴方が、まさか本気で怒りを表すとは」

 

「…………怒り?」

 

「えぇ。未だドキドキしています。

 以前一度だけ、我が王が本気で激怒した場面を見た事があるのですが、貴方はまさしくそれだった。

 キャメロットが出来る以前、無辜の民に手をかけた騎士に本気の怒りを表した我が王と。

 貴方の場合は騎士王と違って、終始どこまでも冷え冷えとしていたので、魂の底から冷え切る思いでしたとも。竜の逆鱗に触れたとそう称するに相応しい」

 

「それを爽やかに語る辺り、ガウェイン卿も中々大概の者かと」

 

「まぁ、それはそれ、これはこれです」

 

 

 

 恐怖の体験を語るというより、感慨深くしみじみと語ったガウェイン卿に少しだけ呆れて返す。

 しかしまぁ、確かにガウェイン卿の言う通りかもしれない。なんなら、私本来の素の口調と自らの本心を人々に晒したのもこれが初めてだろう。

 私の普段の行いがアレなので何となく察している人間はいたかもしれないが、今さっき人々の目の前で、明確なまでに、国に仇成す者は死ねと告げたのだから。

 

 

 

「……ルーク、で……良いのですよね……?」

 

「そうですよ、ベディヴィエール卿。私がそれ以外の何かに見えますか?」

 

「…………」

 

「まぁ、先程までは兜を着けていましたし、本気でアーサー王を演じていたので、貴方の反応はむしろ私にはありがたいです。円卓の騎士にすら通用する偽装であると誇れます。

 少し………私をあの子呼びしているのは、驚きましたが」

 

 

 

 あの子……という、そう言う呼び名で言われる事を把握して少し動揺した。

 ルークではなく、あの子、と。彼らにとって、私はルークという少年ではないのだ。

 

 そうだ。私は誰にも自らの真名を告げていない。

 モルガンだけは唯一の例外として。

 父親にすら名前を偽って封印する事にしたギャラハッドと同じく、私が誰かに名前を告げなければ、私の名前は永遠に知られないままだろう。

 

 誰にも名前を知られないまま果てる……………あぁ、私の場合は名前があったが、それが掠れて消えてしまったと捉える事も出来る。

 もしその日が来たら、無銘とでも名乗ってみようか。

 

 

 

「……………………」

 

「まぁ。お気になさらず。

 もし、少し気にしているようなら、私の願いを一つ頼まれてくれますか?」

 

「……なんでしょう」

 

「ギネヴィア王妃をお願いします。私は少し、ギネヴィア王妃との相対の仕方が分かりませんので。特に変装が解けてからは」

 

 

 

 公私ともに多忙である為、ギネヴィア王妃を見かけた事は数回しかなかった。

 あぁ、ランスロット卿と不義の愛に走ってしまったあのギネヴィア王妃はこのような人物なのか、という感慨はあれど、他の人物のようにあまり詳しくはない。

 正直言うなら対応の仕方が分からない。なんなら、今さっきまで私は王として君臨するアルトリアの真似をしていたのだ。

 今からどういう顔をしてギネヴィア王妃と相対すれば良いのか。何となく、拒絶するように一歩引かれるような感覚がある。

 ひとまず、私がギネヴィア王妃の前に顔を出さない方が良い予感がした。

 

 王の従者役という立場故に、ギネヴィア王妃の事にそれなりに詳しいだろうベディヴィエール卿に任せたい。

 

 

 

「……分かりました。

 ガウェイン卿と、あの緑の騎士との話もあるでしょう。後は任せてください」

 

「感謝します。ついでで良いので頼まれて欲しいのですが、ケイ卿に伝言をお願い出来ますか?

 セクエンスとカルンウェナンを受け取る暇がなかったので、黒鍵で突っ走ってしまい申し訳ないと」

 

 

 

 ギャラハッドがいない以上、私の二本の宝剣を預ける人物はケイ卿しかいない。

 以前ならこの二つがない場合、私には投影品しか武器がなく、戦闘能力が激減していたのだが、今はこの黒鍵がある。

 二人の宝剣と違って、刃をその場で編み込めるという都合上、携帯性と秘匿性に優れるから、衣服の裏に仕込んだり、太腿に柄の部分をベルトで巻き付けたりしている。

 

 

 つまりは、投影と大差ない感覚で使用出来るのだ。

 

 

 しかも、黒鍵自体が神秘に富んだ武装である。

 私の魔術と相性がいいのか、強度は投影品の比じゃないし、霊体や呪いに対する特効をも兼ね備えた武器。

 神がいる事は信じているが信仰心自体が皆無なので、洗礼詠唱にそこまで力はないが、そこは黒鍵に乗せるなりで補完すれば良い。

 私が握る黒鍵そのモノが極めて強力な対霊・対呪装備であるのだから。

 

 つまりは、もしアングウィッシュ王の王宮で私が手も足も出ずに失態を犯したあの死霊と再び相対しても、私は戦える。

 小手先の技術と武器ばっかり揃って行ってる気がするが、まぁしょうがない。

 

 

 

「……それは、ケイ卿にどやされてしまうので勘弁したいです」

 

 

 

 負い目を感じているが故の返し方ではなく、苦笑い気味にベディヴィエール卿は返して、その後去っていった。

 私もこの後、どやされそうな気がする。面倒だな。

 巨人の首だって口先一つで斬り落とすというケイ卿の逸話にならって、私も口先で巨人の首を斬り落とそうと頑張りました、と言葉を濁せばなんとかならないだろうか。

 

 

 

「…………しかし、太陽の下で強大な力を発揮するですか。太陽の騎士として、何かありませんかガウェイン卿」

 

 

 

 ベディヴィエール卿の後ろ姿を見送って一瞬思考を飛ばした後、緑の騎士が持っていた特殊性についてガウェイン卿に尋ねる。

 私の黒鍵が効果的だった以上、緑の騎士の特殊体質は呪いとしての側面が強いのだと思うが、あれは明らかにガウェイン卿が持つ【聖者の数字】と同じモノだ。

 

 

 

「そうですね……日輪の下で強力な加護を受ける。

 なんと強大な力でしょうか。決して油断をしては良い相手ではありませんね」

 

「———は…………は……? え?」

 

 

 

 ガウェイン卿の反応が、どこか違和感があって、思わず生返事で返してしまった。

 まるで——ガウェイン卿は【聖者の数字】を持っていないような答え方だった。

 

 

 

「あの…………貴方も太陽の加護を受けているのでは……」

 

「いいえ、まさか。私にそのような秘めたる力はありません。

 私はただ、己の武練を以って円卓の席を頂いたのですから。太陽の騎士と称されたのも、陽の光を表すのに相応しいからと称されたが故です。

 貴方だって、鴉と象徴されているだけであって、鴉の加護を受けている訳ではないでしょう?」

 

「…………………………」

 

 

 

 ガウェイン卿の言葉に、僅かばかりか硬直する。

 そういえばそうだったかもしれない。ガウェイン卿が、太陽の下で三倍の力を得るという話を、今の今まで聞いた事がなかった。

 

 確信する。

 今、目の前のガウェイン卿は【聖者の数字】を保有していない…………いいや、もしも私の考えが正しければ、今はまだ保有していないだけ。

 そして、歪んでいるとはいえ【聖者の数字】を保有している緑の騎士。そして、必ず訪れるだろう緑の騎士との決闘。

 

 これは、つまり……そう言う事なのか…………?

 

 

 

「ルーク?」

 

「いえ、何でもありません。

 緑の騎士の加護をどうやって突破出来るかを考えていました」

 

 

 

 ガウェイン卿の問いを躱し、ひたすらにこれからの事を考える。

 幸いにもそれなりの時間はある。少し、調べ物に時間を割り振ろう。後は……モルガンとの関係性か。

 ほぼ間違いなくモルガンは関わっているだろう。私を拾う前に色々とやらかしていた頃の名残り。その後始末は、私が果たそう。

 

 

 さて…………これから私はどうすれば良い。

 

 

 天井を見上げて、緑の騎士に破壊された天井から太陽が覗く。どうせすぐに直るだろう。私が気にする問題ではない。

 しかし……太陽の加護か。

 ガウェイン卿は耐え切るか緑の騎士に認められて、聖者の数字を正しく獲得するのだと思うが、仮に私が聖者の数字を獲得しても、緑の騎士の呪いで拒絶されて、そのまま内側から燃えて死にそうだ。

 

 それにきっと、午前を意味する日輪の加護など、私にはどうしようもなく似合わないのだろう。私は太陽の祝福は受けられない。私は、太陽の様にはなってはいけない。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 なんとなく、私の本当の名前が、それを告げているような気がした。

 

 

 

 

  




 
 
 聖者の数字 EX 【現在まだ保有していない】
 詳細

 彼が真に太陽の騎士となった本当の由縁であり証。
 午前9時から正午の3時間、午後3時から日没の3時間の計6時間。力が3倍になる。

 ただし、日輪の下にて3倍の加護を受けたという伝承の通り、午前9時から正午の3時間、午後3時から日没の3時間であっても、太陽が隠れている場合スキルが発動しない。

 後述のスキル【■■■■■■■■】と常に連携している。
 
 

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