騎士王の影武者   作:sabu

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 急募:主人公の幸せの仕方。

 ここまで読んでる人ならこう思うと思いますが、この主人公めっちゃ面倒臭い。
 子供だけど子供じゃない。子供になる瞬間が一瞬だけあるが、やはり基本的には子供じゃない……みたいな。
 でも面倒臭い少女って良くない?
 


第54話 サー・ガウェインと緑の騎士 承

 

 

  

 雲が空高く上がり、通り雨の水滴が輝かんばかりの季節が終わる。

 大地と木々が新たな緑の装いを帯び、小鳥達が越冬の為に巣作りに精を出す季節も過ぎ去る。

 

 そして、厳しい冬の時代が訪れた。

 予断を許さない治世。余裕なき国。騎士王がキャメロットに君臨してから四年目の終わり。後の世で、この伝承はこう称された。

 

 "嵐"が現れる前の、最後の黄昏だったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……青空が翳り、太陽が見えませんね」

 

 

 

 冬の気配が濃厚となって来たのを感じ、ガウェインは空を見上げながら沈んだ顔で残念そうに語る。

 今年の冬は一段と厳しい。何せ、普段なら一年で僅か二、三回しか降らない雪が降り積もっている。去年よりも一枚多く服を着込む程度の事で済むならいいが、そうは行かないのがこの国だ。

 

 雲に包まれて翳る太陽を見れば、そのような陰鬱な感傷がどうしても脳裏をよぎる。

 今から、緑の騎士が示した約束の場所まで旅立とうというのに、この暗雲では、まるでこの旅路が祝福されていないかのようだった。

 

 

 

「貴方も準備はよろしいですか——ベディヴィエール卿」

 

 

 

 後ろを振り返れば、馬の手綱を引くベディヴィエール卿が居た。

 長期遠征用の手荷物を馬に載せている。執事服ではなく、普段の騎士甲冑の姿に純白のマント。細身の騎士剣を吊す帯を腰に巻いていた。

 

 

 

「えぇ。私の準備はよろしいです」

 

 

 

 ガウェインに濃緑のマントを手渡しながらベディヴィエールは返す。

 本来なら、彼はガウェイン卿の旅路についていく気はなかった。ただ——少女の方にはついて行く気だった。

 優れた実力者であるとはいえ、それは一般的な騎士三人分。名だたる名誉や栄光は持たず、円卓にひしめく本当の実力者達と比べれば、なんとか足手纏いにならないのが関の山であるかもしれない。

 

 しかしそれでも、足りない実力ならば足りない実力なりに、緑の騎士に命を狙われたあの子の助けになるつもりであった。

 そして……少女が晒したあの感情の行方を確かめたかった。

 

 しかし——

 

 

 

「ルークはどうされましたか?」

 

「……彼は調べモノがあると、最近キャメロットの書庫室に籠り続けています」

 

 

 

 ガウェイン卿と一緒に旅路について行くと思われた例の少女は、何故かガウェイン卿についていく事を選ばなかった。

 緑の騎士がキャメロットに訪れてから数ヶ月の間。日常の何かが変化したかと言われれば、これといって何も変化はしていない。少なくともガウェイン卿は。

 強いて言うなら、ガウェイン卿は変わらず円卓の任をこなし、その合間に自らを鍛えるようになったくらいだった。

 

 例の少女もそうだった。

 …………だったが、ただでさえ公私ともに多忙である少女の場合、よりその姿勢が苛烈極まる。

 影武者としての任や、アグラヴェイン卿からの任を変わらず全うし続けて、空いた時間は全て、何かの調べモノに当てている。

 キャメロットの書庫に入り浸るだけでは飽き足らず、周囲の諸国の書物にまで手を出し始めたのは記憶に新しい。

 その事をアグラヴェイン卿も聞き及んだのか、秘書官御用達の書物室を彼女の為に開け放った事は有名で、その事をベディヴィエールも知っている。

 

 しかも、あのアグラヴェイン卿が"…………少しは休んだ方が良いのではないか"と嗜める様に言う程なのだ。

 粛正騎士隊が一週間程ざわついた事は、良くも悪くも語り継がれるだろう。

 

 

 

「ルークから、ガウェイン卿に伝言です。

 後で追い付くので、先に出立して欲しいと」

 

「そうでしたか。

 …………あまり褒められた事ではないと、彼を諭すべきなのでしょうが、まぁ彼の事です。きっと何かの思惑があるのでしょう。

 それに、彼はキャメロットの騎士で一番、単独行動に慣れている。まずは私自身が自分の心配をしなくてはなりませんね」

 

 

 

 事実、キャメロットの騎士達は基本的に部隊単位で動く事が多い。

 名のある騎士達は、冒険と称して旅立つ事もあるが、大抵は二人旅だったり、一人旅でもそれほどの期間を長旅する訳ではない。

 

 しかし、あの少年の場合だと話が変わる。

 彼の場合は冒険とは違ってひたすらに面白みのないモノだが、時に数ヶ月単位で蛮族狩りを行う程の手慣れでもある。

 しかも今現在の彼は、影武者として独自の裁量権すらも保有し始めているのだ。その影響力は、ただ上からの指示をこなすだけの一兵卒の範囲では抑えられない。

 

 それに何より、それを任せられるだけの実力と頭の回転力を持つのだ。

 緑の騎士を相手に、二重の面で一切引かなかった事がそれを証明しているにも相応しい。

 まずはあの少年を心配するより、自分が迷惑をかけないようにしようと、ガウェインは意識を引き締めた。

 

 

 

「…………えぇ、そうですね。

 彼は彼なりの考えがあるのでしょう。少し、敵対する者への容赦の無さが苛烈ではありますが、誠実なる彼の事です。

 まずは、私は彼とガウェイン卿の迷惑にならないよう気張りましょう」

 

「おや。ここぞという時の勇気の振り絞り方が常人とは比べモノにならない貴方が、そんな弱気な事を言うとは。

 貴方の事を信用しているからこそ、私は貴方を旅路の従者とするのです。円卓の中で貴方を侮っている者など一人足りとも居ません。

 …………あぁ、いや。もしかしたらモードレッド辺りは、自らの力を過剰に思っているかもしれませんが……まぁ流石のモードレッドでも、それはそれとして、お前の事は認めるくらいは思っている事でしょう。

 むしろ思っていなかったら、私がその根性を叩き直しに行きますが」

 

 

 

 微妙な顔をしながら語ったガウェインに、ベディヴィエールは苦笑いをして返す。

 元より実力者であり公私の切り替えはしっかりと行っていたモードレッドであったが、最近はより、それに磨きがかかって来ている。

 何かに触発された事は丸分かりだった。最近のモードレッドは働き者と称してもいい。

 

 

 "やっべぇ………気付いたら身長が抜かされそうになってる……………ただでさえ実力が拮抗しているって言うのに、身長さえ抜かれたら……ちょっと、威厳が……"

 

 

 そう、モードレッドが言葉を溢したのが数ヶ月前の事だ。

 彼自身は表に出さないが、元よりモードレッドは努力家である。普段からこなしていた騎士としての修練により打ち込むようになった。

 それ自体は良い影響であるのだが……それに比例して、努力を怠ったり才能にかまけたりする者への態度や当たりが最近は強くなった。

 モードレッド自身が、自分の実力をひけらかす訳ではない。しかし、他者へ向けた、呆れ返る様な嫌悪が確かにあった。

 

 ティナダンという騎士と、つい最近問題を引き起こした事は円卓の中でも有名であり、ベディヴィエール自身も問題を引き起こした場面に居合わせた事もあって、最近のモードレッドの態度は良く知っている。

 

 勿論、ベディヴィエールは努力を怠る事はないが、それをモードレッドがどう思っているかは分からない。

 ベディヴィエール以上に優れた戦闘能力を持つ者は確かにいるのだ。それこそ、例の少女が良くも悪くも目立つ例である。

 

 王の物覚えが良かっただけで円卓に座った騎士。そうモードレッドが思っていてもおかしくはないのかもしれない。

 しかし、それはそれとして、ベディヴィエールは円卓を降りる気はなかった。

 彼は、国ではなく王の為だけに騎士を目指し、若輩の身でありながら近衛まで登り詰めたのだから。

 

 

 

「……そうですね。自らを卑下するは良くない。ですから、正しく貴方の力になりましょう、ガウェイン卿」

 

「ありがとうございます。私も、貴方のおかげで万全な形で緑の騎士と再戦出来るというものです。

 将軍として名高い、ベディヴィエール卿の軍略にも存分に頼らせていただきますとも」

 

 

 

 太陽見えざる冬の暗雲と鬱憤を晴らすかのように、二人は小さく笑いあった。

 緑の騎士の心配や今後の憂いはあれど、それでもまだ破滅は遠く、災厄の呼び声は聞こえない。二人は馬に跨り、キャメロットを出立していく。

 ベディヴィエール卿とガウェイン卿の旅路はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャメロットの書物室には一体何時間籠っているのだろう。

 自らの任の合間に書庫室に籠っている訳なので、流石に一日中ずっと居る訳ではない……いや、任務がない日は本当に一日中籠っているから、それも怪しいな。

 

 兎も角、自分でも良く分からなくなるくらいにはずっと本を読み解いて、文字を追っている。

 緑の騎士から殺害予告を受けてから約半年。そして、その半年の三分の一内の間は、多分ずっと本を読んでいるのではないだろうか。

 一々自分の部屋に戻るのが面倒になって、書庫室で夜を明かした事は多い。モルガンに何回も怒られてしまったけど。

 

 ただ事情があるので、モルガンからの忠告や心配は少しおざなりに返している。

 反抗期…………ではない、決して。

 

 

 

「…………ケルト神話には詳しい記述なし。

 ウェールズ伝承は纏まっていなくて民間伝承の域を出ないくらいあやふやだし、大陸の伝承はローマ由来のばかりで、遡ってもパルティア王国の事がほとんど……」

 

 

 

 目的のモノは見つかっていない。

 正確には……最初からもう、見つかってはいるのだ。私の頭の中にあるから。ただしそれは知っているだけで、現実のモノとして把握している訳ではない。

 そもそもちゃんと正しいのか分からない。こんな世界なのだから。つまりは裏付けが欲しい。

 

 

 書物室の椅子に深く腰を預けて天を仰ぐ。

 

 

 天井は高い。

 周囲には私の身長を優に超えて、なんなら成人男性の二倍か三倍はあるだろう本棚が、所狭しと並べられている。これで、キャメロットの正式な書庫室じゃないのだから驚きだ。

 ここは、アグラヴェイン卿の私室……ではないのだが、ほとんど私室と言っても良いだろう。書庫室よりも、さらに機密性や国としての重要な書物が並べている。勿論、国や歴史について、書庫室よりも纏められた専門書レベルの書物もある。

 

 ここにいるのは単純に、キャメロットの書庫室の本をもう全て読み漁ったからだ。

 勿論、全ての内容を一文字一句覚えている訳じゃないし、目的のモノと明らかに合致しないだろうモノは幾つか省いているから、明確には全てを漁った訳じゃないが、もう書庫室からでは私が求める物はないだろう。

 ……これで、私が見落としとかをしていたりしたら、何一つ笑えない。

 

 

 

「精が出るな。ルーク」

 

「む……アグラヴェイン卿」

 

 

 

 再び本の文字を追う作業に入ったところ、アグラヴェイン卿が部屋の扉を開いて入室して来た。

 キャメロットの書庫室では足りなくなった為、周囲の諸国の書物にすらも手をつけ始めたのを聞き付けたのか、アグラヴェイン卿がほぼ自らの私室であるこの場所を私に開けてくれている。

 

 正直言うなら凄い助かっている。

 キャメロットの書庫室を空にした後、後はどうしようか……と希望ないまま周囲の諸国に手をつけ始めたのだ。

 最近、正式に協力を取り付けたイドレス王の元にも行ったし、アイルランド島を舞台とするケルト神話の都合上、アイルランド島に国を構えるアングウィッシュ王に手紙を送って、貿易のように書物を届けて貰えるし、ダメ元で頼んだグリフレットからは、教会関連の書物も貰っている。

 

 キャメロットに無いなら、他でもダメだろうなと半分諦めていたから、アグラヴェイン卿の助けは本当に有り難かった。

 

 有り難いのだが……それでも、私が求めるモノには辿りつけてない。

 最近は見逃しが怖くなって来て、何か関連がありそうなモノなら手をつけてるレベル。

 知識に要らないモノはないのだが、なんだか要らない知識が増えていっているような感覚が離れない。

 

 ……ベディヴィエール卿がガウェイン卿と旅に出たから、グリフレットの行動を縛る意味で扱き使ってやろうか。

 それなりに有能なアイツの事だ。情報整理には役立つだろう。

 

 

 

「君が望んでいるだろう書物だ。

 コーンウォール北の地理地形を中心としたモノと、念の為コーンウォール周辺のモノを歴史文化問わず多角的に参照出来るモノがこれにはある。

 後はケルトの神話体系の書物か」

 

 

 

 邪な考えが浮かんでいた私を引き戻したのは、幾つかの古びた書物をアグラヴェイン卿が机に置いた音だった。

 

 

 

「は……これは、その………」

 

「確かに君から頼みを言われた訳ではない。故にこれは私からの御節介だ。迷惑だったか?」

 

「いや、いえ…………非常に助かります」

 

「そうか。それは良かった。

 別に私の事は気にしなくていい。ただの些事だ」

 

 

 

 そう言って書物を置き終わった後、アグラヴェイン卿は周囲の本棚に視線を向けた。

 その様子を尻目に見ながらも、私の硬直は未だに解けない。

 

 ……いや、本当に驚いた。

 ただアグラヴェイン卿が行ったのは、普通の人ならば別になんて事はないモノだろう。しかし、冷たい関係ではないとはいえ、私達は互いに互いが目的の為に利用し合っているという雰囲気が強い無機質的な関係ではある。

 

 そのアグラヴェイン卿が、自発的に動いて、しかも気を回してくれていると来た。ほぼ私室を開け放ってくれたに飽き足らずだ。

 なんだか……少し申し訳なくなってきた。

 

 

 

「……凄まじい勢いだな。

 後数週間もあればここの本も全て読み解かれるだろう」

 

 

 

 周囲の本棚を見渡した後、本棚から視線を外したアグラヴェイン卿はそう告げた。

 

 

 

「あー…………それはどうでしょう。ここの書物は難解な物が多く、一冊を読むだけでもかなりの集中力を要するので……そんな簡単には」

 

「良く言う。ここに訪れる度に、すぐ側に積み上げている本の高さが増していくというのに、君の体勢だけは変わらなかったのを何回も見ている。

 しかもそれが三日と続いた時は本気で呆れたぞ」

 

「あー……アハハ…………」

 

 

 

 咎めるような口調のアグラヴェイン卿に、思わず生返事で誤魔化すように告げた。

 確かに、事実彼の言う通りだったのだから否定出来ない。

 なんなら、最初は机と椅子すら使ってなかった。というか、なかったというべきか。

 ここは保管庫としての意味が強かったのだろう。高い場所にある本を引き出す為の脚立しかなかったのだ。

 

 だから私は最初、そこら辺の地べたに向かって、雑に腰を降ろしながら本を読んでいた。そして読み終わったらそこら辺に重ねて、また新しい本を読む。時々立ち上がって新たに本を棚から出す。その繰り返し。

 なんなら面倒になって立ち上がりながら本を読んだりしたし、雑に寝転びながら読んで、そのまま寝て、起きたらまた本を読むという事も繰り返した。

 

 改めて振り返れば、余り人に見せて良い光景ではなかったと思う。

 流石に本を傷付けるような真似や、自堕落な雰囲気を出す読み方ではなかったが、その熱意の向け方が異常だ。側から見れば、体調を心配されるくらいには。

 

 だからか、それに見兼ねたアグラヴェイン卿が、この一室に机と椅子を用意してくれた。

 しかし、それでも私は無茶な配分で本を読み続けているし、机に座りながら寝るという事も繰り返している。

 

 アグラヴェイン卿の気遣いが本当に助かっているのは確かだが、これでは彼から呆れられても仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

 

 

 

「全く……君は確かに身体が丈夫なのだろうが、流石に度が過ぎる。むしろ、何故潰れないのだと疑問視している程だ」

 

「……そこまでですか、私は」

 

「当たり前だ。

 体力の問題以上に、集中力が異次元の域に達している。半年で国中の書物をひっくり返しておきながらまだこれとは、明らかに脳のキャパシティがおかしい。

 ……君の唯一の欠点は働きすぎる事だな」

 

「…………まさか——貴方にそう言われてしまうとは」

 

「むしろ、君は私を一体何だと思っている」

 

「目的の為なら、不要なあらゆるモノ全てを削ぎ落とせる、権威に一切関心がない秘書官の権化だと」

 

 

 

 そう言うと、アグラヴェイン卿はほんの僅かだけ額の皺を深くした後、腕を組んで告げた。

 

 

 

「………少しだけ心外だな。

 まるで私は一切迷わない何かだと思われているようだ。私だって悩む事は当たり前のようにある」

 

「たとえそうだとしても、貴方は理性を保ったまま判断して選択出来るでしょう。それを迷ったとは言わないではないのですか」

 

「————………成る程。君との相違は……ここか」

 

 

 

 何かに合点が行ったように、アグラヴェイン卿は呟いた。

 その後彼は、圧力や意思の薄れた……俗に言うぼーっとするような目で私の何かを見るように視線を向けていた。

 ふと目に映った星を、意味もなく眺め続けるような、そんな……視線だった。

 

 

 

「…………何か?」

 

「いや……君と私の意識の相違を比較していただけだよ。

 選択したという結果と、そこに至るまでの過程に対する考え方が、君と常人では根本から違うのだろうと。

 君のその姿勢は、刹那的でありながら……どこまでも苛烈だ」

 

 

 

 思い耽る口調でアグラヴェイン卿は告げる。

 それを、私は黙って聞いていた。

 

 

 

「私が、刹那的…………?」

 

「フ……成る程自覚なしか。

 道理で、私と君は何かが似ているなと考えていたが、君にも絶対に許せない何かがあるのだろう。それこそ、私が許せないモノよりもな。

 だからこそ、君はその一瞬でどこまでも苛烈になれる」

 

「………………」

 

「そしてその許せないモノは、傲慢な者か?」

 

 

 

 告げられた言葉に、私はどうなのだろうと俯く。

 確かに、そう言わればそうかもしれない。

 私はまだ、そこまで傲慢な者に出会った事はない。周りの円卓は当たり前だがそんな性格じゃないし、モードレッド卿だって、自らの力をひけらかす事はしない。

 彼女はただ、態度が粗暴なだけだ。身も蓋もない言い方をすれば、大型犬みたいなそんな感じ。

 

 強いて言うなら、私にとって傲慢な者とは無辜の人々だろうか。

 だが、アレも生存欲求から来るモノ。本質的に見れば、アレは決して悪ではないし、仮に悪であったとしても、その悪は人類である以上決して取り除けない。

 …………それでも尚、その悪に恨みを抱いているのだから、私はどうしようもないな。

 

 だからきっと、アグラヴェイン卿の言う事は正しい。

 

 

 

「そう、ですね。確かに貴方の言う通りだと思います」

 

「そうか。

 君にとっては、緑の騎士は傲慢な者なのか?」

 

「え……?」

 

「君が大広間を凍り付かせた事を私が知らないとでも?」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の問い、生返事で返す。

 

 緑の騎士は、私にとっての、一体何だ……?

 倒さなければならない悪。そして私の敵。敵になった存在。だから、彼が言うように私はどこまでも苛烈になれるのだろう。

 しかし傲慢な存在かと言われれば、多分違う。いや……正直思うところがない訳ではないけど。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 口元に手を当て、思考を進めていた私に被せるように、アグラヴェイン卿は引き止めた。

 

 

 

「ふと思ったのだよ。君は成長していないなと。決して、君を罵っている訳ではない。君はもう、成長する余地がない程に完成していた」

 

「完成……」

 

「あぁ。私が君と出会ってから数年経った。たったの数年かもしれないが、君の年齢から考えればその数年はあまりにも大きい。

 いつの間にか、君も大きくなったなと私が感傷に浸る程な」

 

 

 

 何かを思い出すように顔を俯かせ、僅かだが口元に笑みを浮かべてアグラヴェインは語る。

 

 

 

「しかし、それでも君は何も変わらなかった。

 数年前と今現在。私の目の前には、子供でありながら青春時代を通過せず、そのまま見た目だけが変わった君がいる。

 ただ冷たいままで、何か不祥事を起こした話は聞かない。失敗したという話も聞かない。

 だから疑問だったのだよ。君が何故そこまで完成しているか」

 

「………………」

 

「きっと、君は君自身で自分の何かを封印しているのだろう。自らの精神を停止させている程の。故に君は変わらない。

 何かに穢れる事なく、あの日私と出会ったその瞬間から……もしくはさらにずっと前から、等しく同じ思考を保持し続けている。

 だが、その分君の感情は気薄だ。それもまるで、死んでいるかのように」

 

「私の在り方は死者の様だと、貴方はそう仰りたいのですか。

 でもどうでしょう。私はバイザーで表情を隠しているだけで、普通に喜怒哀楽を持ってます」

 

「あぁ、当たり前だ。そんな事私も知っている。

 しかしたとえ、君は本当は感情豊かなのだとしても、君の言い分を借りればそれを表に出していないのだから、君は感情が薄いも同然だろう」

 

 

 

 先程アグラヴェイン卿に言った言葉を返されて、思わず黙り込んだ。

 感情が薄い、か。正直言って感じ方の問題のような気がするから、私が感情豊かか豊かじゃないかは良く分からない。

 でもまぁ、他者と比較すると確かに私は感情が乏しい……かもしれない。

 

 

 

「やはりだ。

 君は感情が薄い……いや、感情らしい感情がない。まるで死者だ。どこか、全てを諦めた様な無気力さすらも感じる。夢がない、そう称しても良いかもしれない。君からは、生きている存在が放つ覇気が感じられないのだ。

 その証拠に、私は君が君自身に向かって感情を表した事を今まで一度も見た事がない。全て、他者の行動で感情を消費していた」

 

「……私に私欲がないと言いたいのですか?

 まさか。私には私欲しかありませんよ」

 

「それこそまさかだ。

 君は、己の欲求と判断に従ったモノは全て私欲だと考えているのか?

 生憎だが、その定義だとありとあらゆる判断と行為が私欲になる。人類は常に、あらゆる判断を多角的に判断し、この選択が最善であると己の欲求と判断に従い、機械的に選択しているからだ。

 だから君には、欲求という自分自身の何かを望む意思がない」

 

「私の判断は…………全て自らの欲求に帰結するモノですよ」

 

「そうか。ならば——その欲求が満たされた事は?」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の言葉に、思考が停止する。

 

 そうだ。私が満たされた事はない。私が安らいだ事は、一回もない。

 私の内側に燃える仄暗い炎が、僅かにでも薄れた事は、ただの一回も——ない。

 

 

 

「君の矛盾点はここだ。

 君の欲求は、全て他者に依存している。逆に考えると良い。君は一度でも、自らの欲求を満たしたその瞬間を考えた事があるか?」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の言葉が、どこまでも冷え切って聞こえた。

 私が望む世界は絶対に訪れない。いいや……それ以前の話だ。訪れないのだからと、それ以上に思考を進める事をやめている。

 私は、生者が幸福で、死者も全て報われる。そんな世界を、何一つイメージ出来ない。

 

 

 

「…………………」

 

「ほら、ないだろう。

 君は今まで、何かを変えるような何かを望んだ事がない。君の欲求とすら言えない、人類である以上捨て去れない欲求をどうやって私欲と呼ぶ」

 

「…………………」

 

「君の行為は破綻している。

 君は自らが満たされない行為に己の全てを懸けている。君は全て、自分ではない他者に自らの思考と選択を委ねている。

 しかし、君自身は単独で己を成立させていた。まさに完璧な歯車と称していい」

 

「歯車………………」

 

「あぁ。

 君の行為によって、君自身が何か得をした事はあったか。いやなかっただろう。君自身に自覚がなかったとしても、今現在の様子がそれを証明している。

 故に、君には一切の私欲がない。何かを望んだ事がないのだから。仮に有ったとしても、それは矛盾している」

 

「…………………」

 

「まぁ、だからだろう。君を見ていて死者のような印象を抱くのは。

 人類が望む欲求に欠けた存在。故にこそ、何も得られていない君は数年前から変わらない。何かを得たが故に弱味を持ってしまう事もなく、不要な感情に迷う事もなく、判断が狂った事もない」

 

 

 

 感情の乗らない、文章のような声。

 それは、拒む事も出来ずスッと私の耳に入っていくようだった。

 

 

 

「そして最も恐ろしいのが…………君は君自身に一番苛烈なのだ。

 行動原理を他者の選択に委ねていながら、君は基本的に他者に対して甘い。君は私を迷っていないと称した。迷っている事を、表に出す事なく判断出来たなら、それは迷っていないと。

 しかし、私が君を感情が希薄だと称した時、君は実は感情豊かだと称した。喜怒哀楽を表に出していなくとも、実は裏ではちゃんと感じているからだと」

 

「私は………他者に甘い……」

 

「あぁそうだ。そう思える。そう思っていた。

 だが同時に、君は誰よりも他者に対して苛烈になれる。叛逆者の粛正然り。緑の騎士に晒した殺意も然り。

 そして成長したから君はこうなった訳じゃない。君は、私が出会ったあの日からずっと不変のままで、最初からそうだった。何故かあの年齢で」

 

「………………」

 

「個人的な所感だが、君は0と100。そして、そのどちらでもなく、ましてや50でもないナニかの三つで構造されている。

 明らかにそれぞれが相反するモノを三つを抱えていながら、しかし判断だけは狂わない。代わりに普遍的な人間としての在り方が壊れている」

 

「何が言いたいんですか…………貴方は」

 

 

 

 思わずアグラヴェイン卿に返して、彼は俯かせていた目線を上げる。

 私と視線が合った時、彼は少し驚いたような表情をしていた。私の反応に驚いたというよりは、自分の行動に驚いたというような、そんな表情。

 

 

 

「…………すまない。少し踏み込み過ぎたようだ。忘れてくれ」

 

「い、いえ…………」

 

 

 

 眉を顰めて告げる表情は今まで何回も見た、いつもの表情であるが、その表情がいつものとは違った意味合いを持つ事が明らか過ぎて、逆に私が面食らってしまった。

 

 

 他者への不愉快ではなく、己への自己嫌悪を表した表情。

 

 

 何というか、その反応は逆にズルいと思う。

 私から言おうとしていた言葉が、たったそれだけの反応で全て消し飛んだ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 だが、アグラヴェイン卿からするとそうではなかったらしい。

 場の雰囲気に悪いモノを含んだと判断したのか、彼はゆっくりと語り出した。

 

 

 

「……私もな、昔はそうだった。

 君と同じだとは流石に言わないが、君のように何もかもに興味がなかった。全てどうでも良かったよ。

 如何なる感情を抱こうと、最後には何かが感情の糸を断ち切って、そして冷え切る」

 

「冷え切る……?」

 

「あぁ、別にいいや。と。

 私は自らに苛烈にはなれなかった。だから、疑問だった。

 何故、君は私以上に停止していながら、君は自分に一番苛烈になれるのだろうと。

 何故、君は全てが凍て付く程に止まっていながら、そこまで何かに熱くなれるのだろうと。

 何かを夢見ている訳でもないのに拘わらずな」

 

「………………」

 

「私は、君の様に強くはなかった。

 ただ、己に定めた事を機械的に流し、そして完了させていくだけの歯車。ただの道具だ。

 ……そう、ただの道具だった。私は、アーサー王から円卓を奪い、母親に渡すためだけの、道具だった」

 

「………………———」

 

「フ…………有名だろう。私の母親の事は。ただ、血の繋がっただけの他人でしかないが、それでも私には忌々しき魔女の血が流れている。

 私の母親は、狂っていた。

 いつかブリテンを統べる王になる、などと。私は枕言葉に、その怨念を聞かされて育った。

 私はな、円卓になどなりたくはなかった。騎士にすらなりたくなかった。だが、私はモルガンの言葉に同意した。決して魔女の言葉に同調をした訳ではない。ただ、私はブリテンには強い王が必要だと理解していただけだった。

 私の目的はブリテンの存続だけだ。だから、その為にアーサー王を利用した。

 …………利用、したのだ」

 

 

 

 アグラヴェイン卿が語り出した言葉が、いつかの日、彼が最も殺意を抱いた存在へ、憎悪と共に吐き出した言葉と重なる。

 ただ、彼の雰囲気だけは一切重ならない。鬼気迫る表情で巻くし立てる事はなく、静かに己の苦悩を吐露するかのように、彼は語る。

 

 

 

「何もかもが酷く美しくないモノに見えて仕方がなかった。

 モルガンもそうだが、周囲のあらゆる全てが。私は人間が嫌いだ。軽蔑すらしている。

 怨みは忘れないが、受けた恩は忘れる。気紛れでくだらぬ善行を施す反面、自らの損害に繋がるなら躊躇いなく巨悪を見逃し、時には加担さえする。

 私欲に塗れた行動をする癖、自らの失敗を他者へと押し付ける。だから、私の見えている世界はずっと醜悪だった」

 

 

 

 何かを思い出すように語るその表情に、感情らしい感情はない。

 本当に、意味を見い出せないのだろう。彼にとっては何もかも。

 

 

 

「それが変わったのは…………いいや、私の人生談など君には何も関係がないな。そもそも、何かをきっかけに180度切り変わったという訳じゃない。

 忘れてくれ。少し、慣れない事をしている。口が滑ったようだ」

 

「いえ………」

 

 

 

 僅かに表情を緩ませ、フッと笑うようにアグラヴェイン卿は語る。

 らしくない事をして恥じるような、そんな意味合いに近い雰囲気だった。

 

 

 

「私は私の目的の為の最短が円卓だった。

 そして君もそうなのだろう。騎士王に仕えるという行為が、君にとっての最短だった。立場と力を約束し、自らを最適な道具に出来る環境。

 その環境で最も相手に出来る存在が、君の目的だ。

 私と出会うよりも前に、君を停止させたモノ。君が何よりも許せないモノ。傲慢に生を謳歌するモノへの絶対的な憎悪」

 

「…………復讐…………ですよね。私は」

 

「———復讐? ハ、まさか。君のは復讐ではない。私が断言しよう。

 復讐とは私欲に塗れた、酷く自己中心的な、見下げるしかない魔女がするようなモノだ。

 ただそこには、この存在を破滅させたいという欲求と悪意しかない」

 

 

 

 鼻を鳴らして、何かを嘲笑うようにアグラヴェイン卿は告げる。

 私のは……復讐じゃない……? 絶対的な憎悪を抱きながら、復讐じゃない——?

 

 驚いて言葉が出ない私に、アグラヴェイン卿は続ける。

 

 

 

「確かに私は最初はそう思っていた。君の普段の行動を見れば、当たり前のようにそう帰結するだろう。しかし…………君は許せないモノに憎悪を抱いていながら、君は許せないモノに甘い程に優しく在るのだ」

 

「え…………」

 

「言ったろう。

 君は他者に甘い。本当に、自分以外の全てに甘いのだ。君の立場とその力。そしてその行為なら、自らの力を周囲に誇示するのも許されるだろう。

 君が無能だと判断した周囲の騎士や人々を謀殺するのすら、時として許されるかもしれない。それ程だ。

 だが、君は違った。君は、どこまでも平等なのだ。

 ありとあらゆる思想も立場も否定はしない。しかしその代わりに、必要になれば何の感慨もなくそれをあっさりと斬り捨てて、剪定出来る。周りの人々も、サクソンもピクトも、緑の騎士さえも」

 

「………………」

 

「しかし、それは結果だけを見ればだ。

 君は、命を奪い取るという行為に躊躇いがないようで、しかし生命の価値を理解し、他者の生命を終わらせるという意味をずっと理解している。人が死ぬという事を忌避している。

 …………だから、君は他人の命を奪う時、それが誰で在ろうと自分に一番厳しく、また苛烈になる」

 

「私は………自分に一番厳しい……」

 

「これも無自覚か。

 なら今の自分の姿を見ろ。ガウェインも動くというのに、緑の騎士一人をなんとかするのに、君は島中の書物をひっくり返した。しかも、半年という時間を全て消費して。

 これで自分に厳しくないとどう言える。この島の全ての人々を黙らせられるぞ」

 

「いやでも、私は……」

 

「ただ不安だからそうしているだけで、全てはそうじゃないと?

 なら大方、自分に厳しく在れなかったら自己嫌悪に走っているのではないか? 果たしてアレは正しかったのか。相応しかったのか。

 そう思案して、誰かを殺す以上、自分はせめて揺らがないように、次はもっと早く、もっと鋭く、そして迷わないようにしなければと」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の言葉は正しい。

 自分でも気付いておらず、また気付こうともしていなかった己の本質。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 私は許せないのだ。

 そしてきっと、他者を許せない——自分も許せないのだ。

 

 

 

「…………はぁ、あぁ全く。すまない、どうか私の事は気にしないでくれ。君は何にも囚われない方が良い」

 

「え………それはどう言う……?」

 

「悪かった。私の悪い癖だ。私はこう言う話し方しか出来ない。君を追い詰めている訳でも、責めている訳でもない。

 君は言ったな。私が何が言いたいのかと。

 君はもう少し……自らを労った方が良い」

 

「———は」

 

「今まで君に告げた言葉はただ、君が自分を自覚して少しは楽になればと告げたモノだったのだが……君を思い悩ませただけだったか、悪かった」

 

 

 

 あまりにも素直に告げて来たアグラヴェイン卿の言葉に硬直する。

 何というか、そんな態度が全く想像出来ないモノだったからだ。呆れるように返すではなく、普通に自らの心情を……しかも、彼には似つかわしくない善性の感情を吐露するなんて初めて見た。

 

 

 

「あ……あー………まぁ、その」

 

「私がこんな事を言っても信用に値しないな。

 君が働き者だと一番頼っている私も私なのだから。だがまぁ、私にとっては君以上の適任がいないのだよ。だから、君に倒れられると私も困る」

 

「適任…………まぁ……適任、ですか」

 

「あぁ。君のような騎士は今まで一人も居なかった。

 ましてや……あぁ、女というモノにうつつ抜かす事もないからな。だからこの前、私利私欲の為に君を利用しているんじゃないかとふざけた事を抜かした、何故か円卓最強と呼ばれている奴に言ってやったよ。

 国ではなく隣の女を取るという私利私欲に塗れた貴様に心配されるような器ではない。むしろ、貴様は君に関わるなとな」

 

「…………そんなだから周囲から嫌われ、損な役回りを押し付けられるのですよ」

 

「それも結構。視野の狭い人間に幾ら嫌われようが構わない。

 私はまぁ——君のような人に嫌われなければ、それでいい」

 

「は…………あ、え……?」

 

 

 

 その言葉に、一瞬思考が停止する。

 今、彼は何と言った……? 今……今、まさか私に対して——

 

 

 

「ふと思った。君には嫌われたくないな、と」

 

「——は……いや、は……………は……!?」

 

 

 

 会話の流れの中で短く溢すように告げた、アグラヴェイン卿の言葉。

 彼は何げなく告げただけかもしれない。彼の事情を知らなければ、その言葉を普通に流せるだろう。

 

 しかし——しかしだ。

 その発言をしたのは、あのアグラヴェイン卿だ。

 

 あの玄奘三蔵に、万人に嫌われるのは望むところだと、万人を導く貴方とは正反対のつまらない男だと言い切り、女という存在を、人間を、愛を怨み続けて。

 それでもたった一人だけ………騎士王には嫌われたくなかったとランスロット卿にぶち撒けて。

 周囲の円卓が獅子王からの祝福を受けなければ騎士として十全に働けないと悟りながら、ただ一人だけ祝福を不要として。

 それでもただ、アーサー王をただ一人を至上とし続けた………あの、鉄のアグラヴェインが私に……………————嫌われたくない、と…………?

 

 

 

「…………なんだ、その反応は」

 

「い、いや……! あー、その……ちょっと、あー……ア、アハハ」

 

 

 

 言葉にならない言葉で返して、彼から視線を逸らす。

 やばい。いや、もう本当にやばい。

 今日はなんだか態度が変だなと感じていたし、あの厳格にして情の薄いアグラヴェイン卿の反応が、少し柔らかいモノだなとも感じていたが……これはあれだ、彼は私の事をめちゃくちゃ労わろうとしているのだ。

 

 彼も彼でやり方が不器用だし、いや本当に何がしたいんだと思うくらい遠回しだが、彼は彼なりに私の事を信頼しているぞと告げている。互いに互いを利用するような間柄だったのにも拘わらずなのに。

 

 

 いや、もうその反応はずるい。

 

 

 彼の反応が、遠回しに私を慮るモルガンそっくりだし、今のその反応もまるで不機嫌になって拗ねるモルガンだ。似過ぎていて重なる。

 いや何がずるいって言われたら良く分からないしそもそも何にずるいって思っているのかも良く分からないしというかなんでずるいのか…………あぁうん、ダメだ。思考のドツボに嵌っている感覚がする。

 

 

 

「はぁ……そんなにか」

 

「いやその……すみません。少し想像出来なかったので。貴方からそんな言葉が出るとは」

 

「自分らしくない事を言っている自覚はある。

 ……少し口が滑った。別に忘れてくれて構わない」

 

 

 

 そう言って、彼は普段の平静さを取り戻していた。

 本当に何げない言葉ではあったのだろう。私を心配しているが故の。だからこそ、彼の言葉が打算に塗れた言葉ではないと分かるのだが。

 

 

 

「調べモノはどうなのだ。進んでいないのか?」

 

「…………どうなのでしょう。及第点には達していま…………あ」

 

「ほれ見ろ。君は苛烈になるあまり、常に完璧を求めている。

 君が一体何を把握すれば完璧に達する事になるのかは分からないが、もう本と睨み合うのは良いのではないか?」

 

「……………」

 

「そもそもだ。君は緑の騎士を無視するという選択肢もある。全てをガウェインに任せてな」

 

 

 

 問われて気付く。

 いや、気付いていながら完璧じゃなかったから許せなかったという訳か。緑の騎士と相対する訳だから、私は一切の手を緩めてはならないと。

 ……私のエゴで殺す可能性があるかもしれないから、緑の騎士にはせめて自分を殺しておきながら一体何だと恨んだまま死なせないよう。

 

 

 

「そろそろ、ガウェインとベディヴィエールが約束の場所に辿り着く頃だろう。約束の日時まではまだまだあるが」

 

「………………」

 

「君は……まぁ好きに選べ。このまま調べモノを続けるでも構わない。緑の騎士を無視するでも構わない。どちらにしろ、この一室は開けたままにしよう。

 ただ、君が倒れそうな程に本を読み漁るのは止めるが」

 

「すみません。ありがとうございます」

 

「いや、いい。ただのお節介だ」

 

 

 

 そう言って、アグラヴェイン卿はこの部屋から退室していった。

 残されたのは、積み上げられた大量の本と私一人。

 

 

 

「…………はぁぁぁ……」

 

 

 

 脱力するように机に突っ伏して、本を枕代わりにでもするように倒れる。

 すっごい疲れた。精神的に。しかも、普段使わないような精神も疲れた。本当にあの反応は予想外過ぎる。

 あれはヤバイ。思い出さない方が良い。しかし頭をよぎって、そして思い出すたびに、足をジタバタさせたくなってくる。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 本に頬をうずめながら、ゆっくりと寝返りをうつように顔を動かした。

 思考を切り替えるように、ただ本に注視する。目に映るのは、ケルト神話についての本。私が知るモノと幾らかの差異はあるし、記述に関しても架空のモノとして扱うのではなく、実際に有った出来事の歴史書としての側面が強い。

 というか、この時代から既にあるのかと少し感慨深くなった。伝説というよりも伝承や流伝だ。むしろ、後世の改変や資料の欠損が少ないから、現代のモノよりも精度が高いかもしれない。私が知る知識との差異はこう言うモノだろう。

 

 

 

「聖者の数字…………」

 

 

 

 そう。それだ。いずれガウェイン卿が保有するだろう力にして、今は緑の騎士が持つ聖者の力、もしくは呪い。

 だが、私が調べた範囲でも、何か新しい情報は見つからなかった。

 太陽の下でないと効果がない。後は確か、一度破られた相手には発動しない…………この発動しないが、一定時間使用出来なくなるのか、本当にもう通用しないのかは分からない。

 そもそも破られたとはなんだ。聖者の数字を使用して勝利出来なかったら破れるのか、もしくは本当に何かの力で解除すればいいのか。

 とりあえず黒鍵は通用する。恐らく、緑の騎士が持つアレは呪いとしての性質が強いが故に。

 

 

 

「呪い………モルガン」

 

 

 

 緑の騎士は、モルガンの策略によって醜い怪物にされたと言う。

 だから、あの日私は考慮すべき点だとして一度は見逃した。そして最近、モルガンに真実を聞いて………本当に緑の騎士を呪っていたらしい。

 アーサー王がロット王と開戦を繰り広げていた時代。モルガンが私を拾うよりもさらに前で、私が産まれるか産まれてないかくらいの、大体十三年前の時。

 

 

 まぁ……そうだよな、としかならなかった。

 

 

 結局、役に立たないから放置。今の今まで忘れていた。それが、回り巡って私の下に来たという訳だ。

 ごめんなさいと私に言って、その後今すぐ排除して来るわと、何の感慨もなく殺害しに行こうとしたので、思わず止めた。

 理解している。モルガンは私以外の何もかもがどうでも良いのだ。

 

 …………だから、ちょっとだけ、今モルガンとは疎遠中だ。

 初めて、モルガンと口論になった。全然、互いに否定し合うようなそんな口論じゃないし、すぐに終わった数言の言い合い。それでも口論は口論だ。

 

 

 何故? どうして? それは優先順位がおかしいんじゃない? という、そんな言い合い。

 

 

 互いに口を聞かない……とまでは行かないが、ちょっと互いの雰囲気は良くなくなっている。

 反抗期ではない。ちょっと、私側から居心地が悪いだけ。つまり私のせいだ。止めた理由も、あまり誇れる事じゃなかった。ガウェイン卿に聖者の数字が渡らなかったら、色々と困るというのも理由の一つだけど。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 その本を読み終わって雑多に積み上げている本達のところに積み上げて、少し天を仰いでボーッとする。

 

 聖者の数字。3という、神話を由来とする特殊な数字。

 そして、ケルトの戦神であり三位一体の象徴——モリガン。そして、その戦神の名前を由来とする、魔女モルガン。

 

 モリガンとモルガンにどんな繋がりがあるのかは分からない。ただ、戦神モリガンは破壊と殺戮の象徴だ。ケルト神話の中でも、特に血腥い神の一柱。

 だが同時に、戦神モリガンにはもう一つの側面、戦いに勝利をもたらす神という側面がある。

 

 そして戦神モリガンは………"鴉"を化身とする神でもある。

 ワタリガラスの姿で戦場に現れたり、肩に鴉が留っていたりと、その姿は有名だ。

 だからか、ケルト神話に於いての鴉は特に凄惨なるモノとして扱われる。清廉さや潔白な印象は皆無だ。

 

 ケルトに於いて、鴉は破滅と災厄の象徴。

 戦場に現れれば、どんな戦術でも苛烈極まる凄惨な戦いになるという、忌み嫌われる存在。

 しかし………複数の側面を持つモリガンと同じく、鴉も様々な側面を有する。

 

 

 それは——勝利を約束する吉兆の化身。

 

 

 たとえ、どれ程に戦場が過酷になろうと、現れない方が戦いがマシになると言われても、敵味方共に災厄を振り撒こうと、しかし必ず、鴉が味方になった軍勢だけは勝利する。

 たとえ運命すら覆し、塗り替えて。

 

 

 

「約束された勝利……………」

 

 

 

 それを言葉に出して、何を一体と自制する。

 ケルト神話ではそうだと言う話で、私自身には別に関係がない。それに私がどうこう出来る話でもないし、そもそもだから何だという話だ。

 はっきり言って、意味もなく思案するのは無駄な行為だろう。

 

 

 

「…………寝よう」

 

 

 

 なんだか頭が疲れた。

 きっと、この調子では無駄に時間を消費するだけに違いない。効率も悪くなる。アグラヴェイン卿にそれとなく叱られたのもあるし、今日は寝よう。ちゃんと、自分の部屋で。

 そうして、席から立ち上がり、この一室を出ようと考えて………やっぱり寝る前に一冊だけ調べ終えてから横になろうと考えて、一冊だけ書物を手に取った。

 

 コーンウォール北。

 ウィレムの森の外れにある、十三年程前から誰も整備する者が居なくなって寂れたとされる礼拝堂——モルガンが緑の騎士という存在を作り出してから、急速に寂れ始めた礼拝堂。

 

 ——サー・ベルシラックが神父を務めていたとされる教会についての本を。

 

 

 

 




 
 
 アグラヴェインお父さん………
 誰かアグラヴェインお父さんという概念を形にして、って言おうとしたらもうSABER WARSがそれをやっていた。
 マスター・アグラヴェインとえっちゃんの掘り下げはまだですか。


 -追記-


 花水樹様より支援絵を頂きました。
 ルーナやばいやばい言ってる時のアレです。
【挿絵表示】


 かわいい(かわいい)
 

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