騎士王の影武者   作:sabu

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 2部6章については活動報告に記載した通りです。
 この作品のモルガンは異聞帯の妖精姫モルガンではなく、汎人類史の妖妃モルガンを……つまりApocryphaでモードレッドにヒステリックな感情を爆発させていたモルガンをベースにしていきたいと思います。
 口調やビジュアルも、今まで通りApocryphaのモルガンを土台としたままです。Apocryphaの小説と漫画とアニメを全部買おう。


 作品については、"サー・ガウェイン"と"緑の騎士"編はこれで決着になります。
 次話から、主軸となる騎士が変わります。
 


第57話 サー・ガウェインと緑の騎士 結 

 

 

 

 

 一体いつからだったのだろう。

 全ての人間が至極当たり前としている事実と世界の理。

 しかし最初は受け入れられず、やがて老衰か経験という形で弁えるように受け入れる生命の理。

 

 

 それが——許せなくなったのは。

 

 

 それは卑王ヴォーティガーンがブリテン島に顕現するよりも前の話だ。

 アーサー・ペンドラゴンが予言の王として産まれるよりも更に前。ウーサー・ペンドラゴンと十一人の王を基盤に、ブリテン島の支配権を争っていた時代。

 元より、ローマ帝国が中途半端に統治をやめた影響で、ブリテン島には数多くの部族が存在し、その部族の諍いは絶えなかった。

 

 極少数派ではあるが、卑王ヴォーティガーンがブリテン島の絶対的な悪として君臨したおかげで、むしろ島の部族達は協力する為に団結したとも囁く者すらもいたが、どちらにせよ、元からブリテン島は戦乱に明け暮れていた島だった。

 

 

 故に、彼も国に剣を捧げた騎士として戦いに明け暮れていた。

 

 

 確か、従兄弟であったオークニーのロット王に仕えていた事は覚えている。

 しかし、一体どんな戦いだったかは分からない。記憶は疾うに錆びれてしまい、掠れた事実がそこにあるだけだ。

 だがその事自体は大して重要な話ではない。それがどんな戦いであろうと、彼が戦いに赴いたという事実は変わらないのだから。

 

 

 その事実というのは——人を殺したという事だ。

 

 

 どこかとどこかの部族の戦争。

 それに彼は兵の一人として戦場に居た。英雄のような活躍など夢のまた夢の、ただの一兵卒。

 しかしそれでも実力者の一端として、敵国の兵士を殺害し彼は生き残った。

 

 彼の自軍の勝利を謳う声と角笛の音が響く。

 彼は疲れ果て吐息を漏らし、ふと視線を下に向けた。

 

 

 そこには、彼が殺した兵の一人が居た。

 

 

 当たり前だ。何もおかしくはない。彼は生き残る為、自分が死ぬよりも他者の死を早めたのだから。振り下ろした剣の重さは未だに残っている。

 既に物言わぬ死体となった兵。瞳に宿る光はない。鎧は血塗れとなり、彼が握る剣にも同じ血がこびり着いていた。

 早く血を拭わなければ、血で赤錆びるだろう。

 彼はその剣から血を払い、緑色のベルトで腰に巻き付けている鞘に収めようとして、それに気付いた。

 

 倒れている敵国の兵士は若者だった。

 きっと、その兵は未来ある青年だったのだろう。少し目を凝らせば、二十に届くかどうかといった、子供と青年の境目の人間である事がすぐに分かる。

 

 

 

 "……………………………………"

 

 

 

 何故か、その死体となった青年から目が離せない。

 理由は分からない。ただ疲れてボーッと意識を手放している訳でもない。

 だと言うのに、ナニかから決して目を離すな、その思案をやめるなと囁かれている気がした。

 

 

 そして、再び自軍の勝利を告げる呼び声が聞こえた。

 

 

 その音で、ようやく彼は意識を取り戻した。

 血を払っただけの剣を鞘に仕舞わず、彼は剣を抜き身にしたまま帰投を開始した。

 刃が赤く滲んだ剣が、酷く重いモノになったような錯覚が離れない。その剣は、一体何人分の血で染まっていたのだろう。

 彼は今の今まで剣で殺した人数を覚えていなかった。だから、分からない。しかし、この日の戦で殺害した人数は覚えている。

 

 

 彼は三人の騎士を剣で殺した。全員が歳若い青年だった。

 

 

 その三人の騎士の顔を寸分の狂いもなく思い出せた事に驚愕していると、いつの間にか、彼は自分の国に帰って来ていた。

 戦争から帰って来た彼を出迎える人はいない。

 彼は独身だった。才能があったのもあるだろうが、だからこそ独り身の彼は無茶な事が出来て、それ故に若者ながら簡単には殺されないだろう実力者になれた。

 

 

 彼は自分の家の扉を開けようとして、耳に飛び込んで来た声に停止する。

 

 

 それは、戦争から帰って来た青年と、それを泣きながら喜ぶ家内の声だった。

 若い男性と若い女性。きっと彼らは夫婦なのだろう。互いに抱き合って泣いている。しかし同時に幸せそうでもある。

 そうだ。彼らは悲しくて泣いているのではない。嬉しくて泣いているのだ。

 

 

 

 "……………………——————"

 

 

 

 その光景を見て、何故か心に空白を覚えてしまっていたという事実に、彼は暫く気が付かなかった。

 互いに抱き合って、幸せそうにはにかんでから家の中に入っていた二人を見た後、既に誰もいない扉に視線を固定したまま彼は放心していた。

 

 何故か、今の幸せな光景が、彼は——受け入れて良いモノではないような感覚がした。

 

 

 

 "私、は………………"

 

 

 

 呟いた声すら、自分のモノではないような感覚がする。

 彼は人々の幸せな光景を見て、何故か思ってしまった。ならば——死んだ人はどうなるのだと。

 決して彼らを妬んでいる訳でもない。嫉妬している訳でもない。

 

 だが、納得が出来なかった。

 何にかは分からない。何故かも分からない。しかし、良くわからない不明瞭で漠然とした感情が彼を支配し続ける。

 

 受け入れられなかった。

 あの光景に、納得がいかなかった。

 

 

 途端に、彼の脳裏には彼自身が殺害した兵士達の顔が浮かんで来る。

 

 

 彼が殺した兵は、先程家内の女性と抱き合っていた青年とほとんど変わらないだろう歳の青年だ。つまりは、彼にもきっと家族が居た。

 いや、本当にそうかは分からない。そもそも殺害した青年は敵国の人間だ。彼らの事を想うのはどう考えてもおかしいし、そもそも今まではそんな荒唐無稽な事を考えた事などなかった。

 僅かに同情の念が浮かんだ事はあれど、今まで割り切っていた筈だった。

 だからおかしい。あり得ない。彼は何かがおかしくなっていた。

 

 全ての人間が至極当たり前としている事実と世界の理。

 しかし最初は受け入れられず、やがて老衰か経験という形で弁えるように受け入れる生命の理。

 

 正義感に目覚めた? いいや違う。

 何か使命感に燃えた? いいや違う。

 誰かに夢を託された? いいや、それすらも違う。

 

 ただ彼は、今まで飲み込んでいた世界の事実に凄まじい嫌悪感がしただけ。

 それを当然だと思い込んでいた事実と、周りもそうだと考えている事実に、納得し難いナニかを感じただけ。

  

 そう、彼は受け入れていた筈だった。それが突然受け入れられなくなった。

 人が死んでいくのが。

 立場の違いというだけで殺し合い、そして犠牲になる人間が生まれるのが。

 たった僅かの差で、その人間の努力ではどうしようない理不尽が訪れるのが。

 そして彼は、それ以上に———

 

 

 

 

 

 

 

 ——死者が報われないのが許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは既に二時間以上が経過していた。

 炎が迸る。互いに振るわれる炎剣がぶつかり合い、その衝撃は一撃一撃ごとに炎と共に周囲に撒き散らされている。

 ガウェインと緑の騎士。互いに放つ剣戟は、偶然にも全く同じ数だった。緑の騎士が斬れば、同じくガウェインもその攻撃を受け流して斬る。

 示し合わせた訳でもなく、二人は全く同じペースで戦闘を続けていた。

 

 

 

「…………ぐぅっっ!!」

 

 

 

 今し方、緑の騎士の一撃を受け流したガウェインが苦悶の声を上げる。

 真正面から攻撃を受けず、斜めに斬り流しながら受けたというのに、渾身の力を以って剣を握らなければ容易く弾き飛ばされてしまいそうだった。

 手の平が鬱血したように膨れ上がっている。鬱血した腕に宿る熱が冷えない。

 

 太陽の加護を受けた緑の騎士の膂力は、もはや竜すらも超えていた。

 その破滅的な暴力は、北欧神話にて頂点を誇る巨人の域だ。

 唯一竜に劣ると云えば、竜はただ生命活動をするだけで人智を凌駕する魔力量を生み出すという事くらいだが、順当なる一騎討ちでは巨人の方に一つ分がある。

 

 その巨人を相手に人が相対しているのだ。

 剣を弾き飛ばされたらそのまま斬り伏せられるだろう事は当たり前だが、僅かにでもまともに攻撃を受ければ、聖剣ごと両断されてしまいそうな感覚がしてならない。

 

 

 

———■■■■■■■■■■!!」

 

「…………ッ!?」

 

 

 

 周囲に凄まじい圧力を放つ攻防の中、緑の騎士が一歩踏み込んだ。先の一撃を受け、僅かに対応が鈍ったガウェインに迫る、岩の塊にも等しい斧剣。

 

 太陽の加護にて膨れ上がった圧力と、その反動なのか肉体の内側から滲み出すように燃え上がっている、緑の異形。

 振り上げられ、縦に両断してやると言わんばかりに振るわれる豪剣を受ければ、そのまま即死するだろう。

 

 凄まじい死の気配がした。

 心身ともに警報を発する己に導かれて、ガウェインは咄嗟に後ろに跳ぶ。

 

 

 

「ッ—————-」

 

 

 

 ガウェインを襲う瞬間的な浮遊感。豪剣が大地を穿った轟音と衝撃に、耳と肉体のほとんどの感覚をやられ、あらゆる平衡感覚が消失する。

 しかし、死んでいない。そもそも剣が当たっていれば思考する暇もなく即死なのだ。

 

 瞬時に引き伸ばされていく意識と思考。窮地である事は確かだが、まだ腕も足も動く。ならばどうして引けようか。感覚が無かろうが、四肢が生きていて脳が動くなら、身体は動かせるのだ。

 ガウェインは、平衡感覚が失われながらも今の自分の状態を俯瞰するように把握・理解し、空中で身を翻しながら着地した。

 

 

 

「■■■■■…………………」

 

「……………」

 

 

 

 吐息を溢すように口元から炎を吐き出している緑の騎士の様子を視界に捉えながら、ガウェインは思わず身震いをしていた。

 

 今のは死んだと思っていた。

 しかし、何とか自分は生きていた……いたが、その余波は恐ろしい。直接攻撃を受けていないのに、衝撃だけでこれだ。

 緑の騎士が一閃した斧剣で数m近く抉れた教会の床。

 周囲の床にも、斧剣が振り下ろされた地面を中心として、蜘蛛の巣状の亀裂が走っている。

 その斬撃に含まれた衝撃と威力は、考えるだけで末恐ろしい。

 花の魔術師が最大限補佐に回った上で、全力で聖剣を地面に叩きつけるように放った我が王の一撃にすら軽く比肩してみせるだろう。

 

 

 

「■■■■■………!! ■■■■■■ッッ!!!!」

 

 

 

 巻き上げられる粉塵の中、一騎討ちの直前に前口上を告げた緑の騎士とは思えない異形がそこにいる。

 太陽の祝福はそのままで、しかし肉体は燃えていない場所を探す方が難しい程、太陽に焼き尽くされていた。

 人間が炎に焼かれていく匂いがする。

 何という熱量か。ガウェインがその身に付けた傷から流れる血すら、炎によって瞬間的に蒸発し、赤い蒸気が緑の騎士から立ち昇っていた。

 

 

 

「…………さらばだ緑の騎士。もはや、貴殿はそこにはいないのだろう」

 

 

 

 緑の騎士から溢れる言葉はもはや形を成していない。

 ただ、己の肉体を薪にするようにして、太陽の加護で暴走し続けている化け物がそこにいる。

 だからこそ、暴走した肉体故に先程の一撃は我が身に届く事なく地面だけを穿ったのだろう。

 

 それが、ガウェインには悲しかった。

 己に届き得た攻撃を放てた筈の緑の騎士は、もうそこにはいないのだ。

 

 

 

「■■■■■■ァァァァァァアアア゛ア゛ア゛ッッ!!!!」

 

「………………」

 

 

 

 何かに目を付けた亡者のように、後が無くなって己を見失った幽鬼のように、緑の騎士はガウェインに突撃する。

 それを平静になって睨みつけながら、ガウェインは再び聖剣を構えた。

 

 既にもう、負ける気はない。

 己の勝利の為。そしてそれ以上に、もはや戻れぬ怪物まで堕ちてしまった緑の騎士を弔うべく、ガウェインは眼前の敵を目掛けて聖剣の構えを深くした。

 

 

 

「——聖剣、解放」

 

 

 

 太陽の聖剣が、黄金の輝きを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はその生涯に於いて、三回の過ちを犯した。

 彼は戦いから逃げ、現実から目を背けるという選択肢をした。

 幾度も浮かぶ、自らが殺した人々の顔。その人々の顔は、死者の怨嗟と呪詛に染まっている様だった。何度、悪夢を見て飛び起きたのか分からない。

 

 そしてその度に抱く、このどうしようもない世界への憤り。

 たとえそれが錯覚なのだとしても、どうしようもない事であるとしても、内側に宿ってしまった焔の激情が晴れる事がなかった。

 

 

 そして、彼はサー・の称号を持つ騎士である事を辞めた。

 

 

 臆病者と指差される事もあれば、親しい友人から急に何故……と心配される事もあったが、それでも尚歳を経たからと強引に周囲に告げて、彼は戦いから身を引いた。

 そう、彼は逃げた。

 それでも戦い続けてやると抗う事もなく、何か新たな道を模索する事もせず、彼は憤りを感じたまま目を背向けた。思考を停止させ、諦めた。

 

 

 

 これが、一度目の過ち。

 

 

 

 その後、彼はオークニー国から離れ、人里からも遠く離れたとある広大な森の隣に教会を建て、そこの神父となった。騎士としての名誉も、積み上げた栄光も、ロット王の従兄弟という立場も全て投げ捨てて。

 しかし、それでも彼が教会の神父の道を選んだのは、たとえ現実から目を背けたとしても、せめて死者の事を弔いたいという彼なりに考えた故の行為だった。

 

 月日が流れる。

 穏やかではあるが、どこか諦めた切ったような死人じみた男が一人。しかし、死者への弔いだけは忘れた事はなかった。

 

 

 それが、世界に認められたのかもしれない。

 

 

 とある昼下がりの頃、彼は太陽の下にいるとき、自らの力が膨れ上がるのを感じた。その力は、全盛期の力を容易く超える程の力だ。

 この力さえ有れば、たとえ蛮族の集団にすら勝てるだろう。もしかしたら、彼は日輪の下にて無双出来る程の名を残せたかもしれない。

 

 しかし彼は、その力を天から授けられたのに、戦いに出るという選択肢を選ばなかった。

 およそ、努力で勝ち取れる力ではないというのに、彼はそれを誰にも知られないまま、腐らせる選択を選んだ。

 むしろ戦いから逃げた己に戦いの為の力を授けた世界にどうしようもない憤りすら感じていた。

 

 

 

 これが、二度目の過ち。

 

 

 

 その後、彼は変わらず教会の神父でいる事を己に課し続けた。

 広大であるが故に固有の名前がない森の奥にひっそりと佇む、名もない閉鎖した集落との交流が多少はあれど、人々の喧騒も人間と人間同士の戦争とも切り離された外れの地方で、彼は生き続けた。

 きっと、面白味のない男だっただろう。逃げた男には相応しい末路だ。

 

 

 だから——何故、集落のとある女性に惚れられたのかが分からなかった。

 

 

 集落との数少ない交流の内に、自然と出会った集落の女性。

 見目麗しい女性で、花が咲くような笑みが良く似合う女性だった。きめ細やかな黄金の髪。透き通る翡翠の瞳。彼はその女性程の美人が、即座には思い浮かばなかった。

 

 だからこそ理解が出来ない。

 何が彼女の琴線に触れたというのか。しかし、その女性は彼と出会った後礼拝堂を良く訪れるようになった。

 他者の機微に疎い者であると自覚はしているが、それでも察せるくらいは出来る。その女性は明らかに、彼の事を目的として礼拝堂を訪れていた。

 

 

 

 "…………私の様なつまらない男に一体何か?"

 

 "つまらない? その言い方は酷い。だってその様な卑下の仕方だと、まるで私こそが変な趣味嗜好をしてるかのようではないですか"

 

 "あぁそれは申し訳なかった。ですが事実では?"

 

 

 

 嘲笑気味に、彼はその女性に返す。

 元より異性との接し方が分からないのもあったが、彼は誰かと交流する気もなければ、関係を深める気もなかった。

 そして同時に、つまらない男な上、女性の機微も分からない男なのだからさっさと見限って一人にしてくれという、遠回しな拒絶でもあった。

 

 

 

 "フフ……貴方は素直になれないんですね。私の考えを分かりながら、しかし分からない振りをしている。そんな事で、私を騙せるとでも?"

 

 "はい………?"

 

 "確かに貴方の言う事も事実かもしれません。ですがどちらでも良いでしょう? 貴方の事が好きだという事に変わりはないのですから"

 

 "————は……"

 

 "そう言う素直じゃないところと、でもそう見えて本当は実直なところが好きです。だってほら、貴方は毎朝礼拝を欠かさないでしょう?"

 

 "………………………"

 

 "貴方は私の事を鬱陶しがっているのかもしれませんね。もしかしたら嫌ってすらいるかもしれません。ですが残念ですね。私は貴方の事嫌いじゃありません。むしろ好きです"

 

 "はぁ………揶揄うのはやめてくれ。そういうのは好きじゃないんだ"

 

 "それが貴方の素ですか?"

 

 "………………………"

 

 

 

 揶揄いながら、その女性は楽しそうに語っていた。

 その女性と話していて、次第に顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。

 悟るように諦め、そして逃げ続けて来て、久しく感じていなかった感情が蘇って来ているような感覚がする。

 

 何が楽しいのかどうかは分からないが、その女性に弄ばれて、結局その日が終わった。その次の日も、そのまた次の日も彼はその女性に揶揄われた。

 

 

 そしてそれが数年続いて——改めて彼からその女性に告白をした。

 

 

 素直になれなかった彼は、女性の気持ちに気付いていながら数年間引き伸ばした事と、男なのに彼女から告白させたという、彼なりのプライドを理由に、いつの間に本気で好きになっていたその女性に言い訳をして。

 

 

 

 "まさか、私は後十年は待てましたよ"

 "でもその、私も………貴方の事が好きです……"

 

 

 

 初めてその女性から勝ち取った、恥ずかしんで照れるような表情が、彼にとって騎士の栄光よりも嬉しい何よりの報酬だった。

 はにかむ様に、その女性は笑う——"金砂のような髪が揺れていた"。

 

 その後、その女性と彼の間に一人の男の子が産まれる。

 髪の色と瞳は母親に似て、父親の彼には全く似ていない。しかし、性格だけは彼の若い頃のような性格の子供になった。

 母親となったその女性はその男の子の名前を、二人にとっての希望の光になるようにと——

 

 

 

 ——光を意味するルークと名付けた。

 

 

 

 それから十年後、森の中の集落でひっそりと暮らす彼の元に、一人の騎士が伝令に来た。

 曰く、ロット王が最近急に頭角を現し始めた王——アーサー王と開戦すると。

 

 貴殿はきっと、戦から逃げたのではなく武者修行に出ていただけなのだろう。

 故に、若者の中で最も才能があった貴方に協力をして欲しい。きっと今の貴殿なら、嘘か真か竜の化身とすら囁かれ始めた少年王とも勝てるだろう、と。

 

 

 その要請は、彼を悩ませた。

 

 

 もう彼は戦いから引いた身。そもそも戦いたくはない。しかし、相手は引け目のあるロット王で、しかも直接の使命だった。

 もしも………彼は、子供が生まれ無ければ迷いすらしなかっただろう。

 だが、彼に子供が出来た影響で——さらについ先月、新たに"娘"を得た事で、彼は人間味と父親として立派でありたいという欲求を芽生えさせてしまった。

 

 

 彼がもし、フランス騎士であったらまた話は違ったかもしれない。

 

 

 国を守るより、まずは隣の女性を守れなければ国など守れないという考え方のフランス騎士。

 国を守れなければ、隣の女性は疎か周囲の人々すらも取り零すという考え方のブリテン騎士。

 騎士道の信条が違う国では、考え方に大きな差があった。

 

 

 

 "行くのかよ…………"

 

 "すまない、許してくれルーク。これでも、私はサー・の称号を持つ騎士だったんだ。お前達の親として情けない男ではいたくない"

 

 

 

 眉を顰めて不満を表す息子のルークに、彼は苦笑いしながら告げる。

 自分が戻るまでの間、また産まれて間も無い妹を頼むと告げて。

 

 

 

 "大丈夫なのですか…………?"

 

 "あぁ。実は秘密にしていたんだが、私は太陽の下で強力な力を発揮出来る。だから必ず生きて帰るとも"

 

 "………そうですね。必ず生きて帰ってください。情けなくてもいいから。生きてさえいれば、きっと良い事がありますからね"

 

 

 

 今更、男としてのプライドに目覚めてしまった事は彼女にはお見通しなんだなと途端に申し訳なくなりながら、しかし彼はその選択を選んだ。

 彼は、妻となった女性と息子。そして産まれたばかりの娘を置いて戦いに出る選択をした。

 これが、せめてこれだけは——

 

 

 

 ——絶対に間違えてはならなかった三度目の過ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斧剣を振り上げ、緑の騎士はガウェインに突撃する。

 地面は緑の騎士の足元からヒビが入るように砕け、人間の頭蓋にも等しい程の瓦礫が巻き上がる。あまりにも激しい暴威だ。緑の騎士が放つ剣閃が当たれば死ぬだろう。

 

 これ程の死の気配を感じるのは、我が王と共に卑王ヴォーティガーンと戦っていた時以来だ。

 花の魔術師の支援を得た我が王の一撃を真正面から受けるのと、緑の騎士の一撃を受けるのは、果たしてどちらが生存確率が高いだろうか。

 きっと、即死した後に周囲が焼け焦げるか、焼け焦げないかの違いしか無さそうだ。

 

 

 

「■■■■■■!!!!」

 

「……………」

 

 

 

 あまりの暴威を前に、思わず思考を遊ばせてしまいながらも、ガウェインは平静になって緑の騎士を睨む。

 もはや、狂気に蝕まれているのではと思える程に緑の騎士の瞳は血走り、肉体に至っては手足の先が灰となり始めていた。

 

 

 後先は長くないだろう。

 

 

 しかし、それは自分も同じ。

 確かにあった筈の武練が無くなった代わりに、人型をしただけの嵐にも等しい破壊を撒き散らすようになった緑の騎士を前にして、時間まで耐え切るという選択肢はない。

 仮にあったとしても、ガウェインはその選択をする気がなかった。

 

 

 狙うは、全力解放した聖剣による一撃の勝利。

 

 

 太陽の加護を持つ緑の騎士に、太陽の聖剣は相性が悪いかもしれない。

 しかし、それがなんだ。この聖剣は王の聖剣と起源を同じくする、もう一つの星の聖剣。呪いへと変性している緑の騎士の太陽すら清めるだろう焔の陽炎。太陽の加護に守られているのなら、それ以上の炎によって照らすのみだ。

 

 己の全てを聖剣に込め、ガウェインはその隙を狙う為、聖剣を構えたまま佇み、緑の騎士の一歩一歩を睨み続ける。

 そして、転機が訪れた。緑の騎士が突撃しながら、斧剣を全力でガウェイン卿に向かって投げ放った。

 

 

 

「……………ッッ!!!」

 

 

 

 放り投げられ、回転しながら迫る鈍色の刃。当たれば死。避ければ体勢が崩れて追撃で死。

 瞬間的に思考が駆け抜けて、ガウェインは眼前に迫った斧剣を、聖剣を振り抜いて弾き飛ばす。

 太陽の聖剣を最大限に有効活用する構えが解けた。振り抜いた剣をすぐには戻せない。しかし、これ以外に選択肢はなかった。

 

 

 

「…………———この剣を前に一切の不浄赦すまじ

 

 

 

 だが、ガウェインは迷わない。

 弾き飛ばした斧剣の痺れを無視しながら、ガウェインは振り抜いた聖剣の柄に左手を添える。

 思い浮かべるのは——我が王が放つ究極の斬撃。太陽の聖剣では性質上あまり相性が良くない、渾身の振り上げからの、聖剣の力の全てを一点に放つ全力の振り下げ。

 

 しかし、それは己の未熟さが招いた事。

 アーサー王のようにはいかなくとも、いかないなりに出来る事がある。及ばなくとも、まだ足掻ける。

 

 

 

——■■■■■■ッッ!!!」

 

 

 

 無くなった斧剣の代わりに、緑の騎士が拳を振り上げるのが見えた。

 まともに受ける選択肢はない。全力の袈裟斬りと共に、緑の騎士の脇をすり抜け前方に回避する。

 剣の射程。距離感覚。速度。

 間に合わない——なら、剣の刀身を伸ばせば良い。

 

 それが、我が王の聖剣に及ばないながらも足掻いたガウェインの選択だった。

 弧を描くように炎の剣閃を飛ばす訳でもなく、光の奔流を究極の斬撃として放つ訳でもない。

 しかし、彼は敬愛する王の後ろ姿を思い浮かべながら、騎士王がその黄金の宝剣を振り上げるように、太陽の聖剣を振り上げる。

 

 

 

転輪する(エクスカリバー)———」

 

 

 

 この選択は間違えていない。

 ガウェインはそう確信して、太陽の光を光輝く刀身へと変えて、アーサー王のように全力で剣を振りかぶった。

 瞬間的に束ねられる黄金の光。炎のように揺めきながら、しかし日輪の光が地上に一筋の光を作り出すが如く輝く星の光。

 閃光にも等しく照らす光を、その真名と共にガウェインは解き放つ。

 

 

 

「———勝利の剣(ガラティーン)ッッ!!!

 

 

 

 炎の刃が駆け抜ける。

 光輝く刃は星の極光となり、緑の騎士を斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三度、選択を間違えた男に制裁が加えられる。

 彼は楽観視していた。己は太陽の加護下にあるから無敵であると過信していた。

 竜の化身という誉れが、本当に嘘偽りのない事実であるという事を理解していなかった。

 

 故に、彼はこのタイミングで思い出した。

 人間は突然、何の意味もなく、何も抗えず、たった僅かの差があれば無価値に死ぬ存在なのだと。

 

 

 

 "選定の剣よ、力を"

 

 

 

 先陣を切る彼は、前方遠くから光り輝くその剣の切先を見た。

 光が集まる。光が集う。たとえそれが星の息吹にまでは届かずとも、その光が竜の咆哮である事は変わらず、また人が竜に敵う事はあらず。

 

 

 

 "邪悪を断て——"

 

 

 

 彼は英雄ではない。彼は英雄になれなかった。彼は英雄になれたかもしれない可能性を捨てた。故に英雄ではない人間は、竜の前に為す術もなく敗北するという事が、残酷にも運命に告げられていた。

 

 

 

 "———勝利すべき黄金の剣(カリバーン)ッッッ!!!"

 

 

 

 剣の切先から放たれた光の燐光は、まるで流れ星のように平野を跨ぎ、そして先陣を切る彼の付近にて着弾し、そして炸裂する。

 炸裂した光の一つ一つが金属製の鎧を粉々にする程の力を持った閃光の一撃。

 何も出来ず、何も成せず、家族との約束を守れぬまま、彼は無敗を飾る騎士王の勝利という栄光の一つとしてそのまま果てた。

 

 

 

 "ぁ………………ぅぁ"

 

 

 

 だが、無情には世界はそれを許さない。彼がそのまま死ぬ事は許されない。

 戦が終わった後、彼は奇跡的に生命を繋ぎ止めていた。太陽の加護下にあったおかげでなんとか生き延び、しかし太陽の加護があってもほとんど死に体であった。

 

 

 

 "………………まだ…………まだ、私は…………お前を、子供達を———"

 

 

 

 死体が積み上げられた平野の中で、胴が吹き飛び、血塗れて這い蹲る男が一人。たとえ生き延びたとしても、このままではすぐに死ぬだろう。

 

 

 

 "——あら、面白い人間がいるわね"

 

 

 

 不気味な声が彼の耳元にまで響いて来た。

 人間が発していると思わしき声色ながら、しかし他者を都合の良い道具としか思っていないような声。

 正しく、それは魔女の声だった。

 

 

 

 "……………—————"

 

 "太陽の加護。聖者の数字…………へぇ"

 

 

 

 血で眩んだ視界に映っていながら、目が離せなくなる程に不気味なその出立ち。

 黒と青を基調にしたドレスローブに、ドレスと同じ色彩のティアラ。顔元を覆い隠す、黒のフェイスベール。

 琥珀の様な金色の瞳と、人ならざる不気味な白い肌。

 その不気味さをより強調するように、魔女のように深く口角を上げている。

 

 

 

 "そんな力を持っているのに、ここで死ぬなんて勿体ない。せめて、私が貴方の事を弔ってあげましょう"

 

 "——————ッッ!?"

 

 

 

 ニヤリと微笑んで、魔女は彼の肉体に手を触れる。

 瞬間、彼の何もかもを塗り潰し、改造し、変換し、暴走させていった。祝福は祝福のまま荒れ狂い、彼の内側も外側も、肉体も精神もズタズタにしていき、しかし彼は死なない。

 力は力のまま、その荒狂う力に耐えられるよう、より相応しい肉体へと変性させていく。

 魔女の因子が強引に流れ込んで、魔導という膨大な情報と知識が彼を壊していった。

 

 

 

 "———————————"

 

 

 

 意識が途切れるその瞬間、彼の意識に浮かんだのは、泣き崩れる妻の顔と、裏切られたように表情を変えた息子と、まだ事態を理解出来る歳じゃないが故に、きょとんとしている娘の顔だった。

 

 

 

 "あぁ、今日は良い日ね"

 

 

 

 気分を良くした魔女は、今さっきまで人間だった筈の緑色の怪物を連れ、自らの城へと帰還する。平野には、ただ戦場で散っていった人間の死体が残るのみ。

 

 それから幾許かした後、一人の男が騎士王の聖剣によって、死体すら残らず戦死したと、その男の家族に告げられる。

 その日以降、彼の事がその家庭で話に上がる事はなくなった。

 息子自身が父親の話題をしなくなり、母親は残された息子と、未だその意味を知る由もない娘の為、その話題を出す事は控え続けた。

 

 故に、彼の娘が父親の名前を知る事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "それはそれとしてあなた。いい加減この子にも名前をつけましょう。私は自分自身の事ならいつまでも待てますけど、こればかりは譲れませんから"

 

 "む……………"

 

 

 

 戦へと出る前日の事、新たに産まれた女の子を抱いていた妻に聞かれる。

 そうだった。良い名前が浮かばなくて、妻との間で息子のルークは母親の自分が名付けたから、娘はこちらが名付けて欲しいと約束されていたのすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 視線をやって、先月産まれたばかりの愛娘を見る。

 

 

 息子と同じく、娘は何一つ自分に似ていない。

 同質量の純金すら眩むだろう黄金の髪に、木々の緑よりも尚深い、透き通る碧眼。母親そっくりだ。いや、もしかしたら母親よりも美しいかもしれない。

 何故だろう。娘は少なからずロット王の血を引いているからだろうか。

 ロット王の血を引いているという事は、同時にブリテン島の王族……それこそ、ウーサー王や卑王となる前のヴォーティガーン王の血を引いている事でもあるが、しかしそれでも尚、娘の顔立ちは整っている。

 親としての贔屓目が入っているかもしれないが、娘は本当に美しく、そして凛々しい顔立ちだった。

 

 

 自分に似なくて本当に良かった。

 

 

 父親として立派でありたいという欲求はあるが………自分のような人間にはなって欲しくはない。

 しかし瞳の力強さだけは父親の自分に似ていると妻は言う。

 もしかしたら、この子が成長したら性格は貴方に似るかもしれませんねと言われた事だけは、どうにも同意したくなかった。

 女の子は女の子らしく、花々と戯れて欲しい。そう思うのは父親としてのエゴなのだろうか。

 

 

 

 "そうだな…………じゃあ、この子の名前は"

 

 

 

 ふと夜空を見上げて、宵闇に浮かぶ星が目に入った。

 

 あぁ、きっとこの名前が良い。

 息子のルークと似た語感の名前で、宵闇の中でこそ輝き、家族を導いてくれる星の様になって欲しいと意味を込めて。

 そして………太陽の加護を受けた自分のようにはならないで欲しい、と後ろ向きな理由を息子と妻には隠して、太陽とは反対の星———

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——月を意味するルーナとベルシラックは名付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
『真名封鎖』

【真名】 ルーナ・デ・ハウトデザート

 血の繋がりすら知らない、誰かの名前。
 
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