騎士王の影武者   作:sabu

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 主人公の話ではありません。
 1万字超えです。



第6話 決戦

 

   

 

 騎士王アーサーが、選定の剣カリバーンを引き抜いてから九年。

 第四の会戦に勝利してから一年弱。

 

 第四の会戦で奪還に成功した、ブリテン島南部に存在するベドグレイン城にて、アーサー王達は着々とヴォーティガーンとの決戦に向けて準備をしていた。

 ペドグレイン城奪還に勝利してから、選定の剣の輝きが消えた事に対し、彼女は大きく動揺しながらも、それを誰にも悟られない様にと、カリバーンの事を隠し続けた。

 

 これはすぐさま、花の魔術師マーリンによって解決する事になる。

 マーリンはこれを真の聖剣——星の光を束ねた、黄金に輝く星の聖剣を得る為に必要な儀式なのだ、と言い。

 彼女は湖の乙女、ヴィヴィアンから新たな剣——星の聖剣、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を得た。

 

 こうして彼女は輝きを失った選定の剣の代わりに星の聖剣を使う様になり、選定の剣が輝きを失ったという事実は完璧に隠される事となった。

 ——アルトリア自身に、自分は王に相応しくないのでは? という昏い影を落としながら。

 それでも彼女はその事を誰にも悟らせず、また感情に出す事もなく政務に励んだ。

 

 

 卑王ヴォーティガーンとの決戦はすぐそこまで迫っている。

 ブリテンの運命が決まる、決戦。

 

 そして遂にヴォーティガーンも重い腰を上げ、アーサー王の軍団と戦う為に動き出した。

 ヴォーティガーンは蛮族達を集め、己の居城にしたロンディニウムに集結させる。

 ブリテン島の守りの要。城塞都市ロンディニウムでの決戦。

 ブリテン島の運命が分かれる、第五の開戦。

 アーサー王の軍団と、ヴォーティガーンの軍団は、ロンディニウム城の近くの平原で相対する。

 

 

 ——最初の一撃はアーサー王からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ————約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァァァァ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の竜の心臓によって作られた膨大な魔力が、剣によって一つの形となる。

 魔力は収束、加速し、光輝く断層となって放たれた究極の斬撃は、光の奔流となり、射線上にある全ての物を等しく消し飛ばしていく。

 

 蛮族達が用意した、石塀や堀、障壁は刹那すらも耐えられず、また射線をずらす事すらも出来ず、その後ろにいる蛮族諸共、一切合切を蒸発させていく。

 更に射線上にある、ヴォーティガーンの居城。魔術で強化されたロンディニウムの城壁すら食い破ってみせ、ロンディニウム城の本陣がその姿を見せる。

 

 ただの一振り。ただの一撃。

 ローマ建国時代の居城、幾千にも張り巡らされた魔術で強化されたロンディニウムでなければ、城一つを地図上から消失させるに足る"対城"と表しても良い様な攻撃。

 あらゆる聖剣の中で、頂点に君臨する聖剣から放たれた光はロンディニウム城の周辺に集まった、蛮族の四割近くを一撃で消しとばした。

 

 乱世に荒れた世を照らすが如きその一撃に、騎士達は希望と栄光を見出し、蛮族達は戦意を恐怖に変えられた。

 戦場に出来たアーサー王とロンディニウム城を繋ぐ、一直線の空白地帯。そこに騎馬に乗った騎士達は雪崩れ込み、蛮族達を斬り伏せていく。

 

 

 圧勝だった。

 

 

 更にアーサー王達は城塞都市、内部を占拠する蛮族達を倒し、ロンディニウムを奪還し、遂に卑王が立て籠る玉座に攻め入った。 

 敵は卑王のみ。

 そしてこちらは無傷の王と精鋭の騎士達。

 もはや戦うまでもなく、勝利は決したと誰もが思った。

 

 

 ……卑王の実力を見抜いていたのはアーサー王だけだった。

 

 

 

 

 「なぜ争う。なぜ認めぬ。なぜ人であろうとする」

 「ブリテンは滅びねばならぬ。お前達は死に絶えねばならぬ」

 「いずれ人間どもの手で島が穢されるのならば、我が手で原始に還す」

 「——大いなるブリテンを地獄に」

 「未来永劫人間の住めぬ、暗黒の楽土に変えねばならん」

 

 

 

 

 魂を揺さぶるが如き不気味な言葉とともに、朽ち果てた玉座に黒い影が集まる。まるで世界に空いた穴の様に、辺りが暗雲に支配されていく。

 ヴォーティガーンが身につけている鎧は急速に、黒く染まり、赤い稲妻の様な線が走っていた。

 

 

 ——まるで竜の鱗の様に。

 

 

 騎士達の戸惑いが命取りとなった。

 魔竜となったヴォーティガーンから放たれる竜の息吹。

 まるで星の聖剣の光を反転された様な、禍々しい黒い極光が騎士達を襲う。

 

 多くの騎士達がその一撃で蒸発し、円卓の騎士達も戦闘不能まで追いやられた。

 耐えられたのは黒い息吹に対抗できる、聖剣を持ったアーサー王とガウェインだけだった。

 

 しかし、太陽の聖剣(ガラティーン)は輝きを奪われ、星の聖剣(エクスカリバー)も微かに灯るかがり火の様になってしまう。

 それでもアーサー王はガウェインに笑いかけた。

 

 

 

「……さすがは太陽の騎士、屈強なりガウェイン卿。見よ。貴公の光はヤツの胃に収まりきらなかったと見える。

 卑王はガラティーンの光を飲み込んだ事でエクスカリバーの光までは飲み込めなかったらしい」

 

 

 

 そう言い残し、アーサー王は単身で魔竜と打ち合いにかかった。

 

 本当は違う。

 ガウェインは見ていたのだ。魔竜の極光を浴びる瞬間に自分を庇った、アーサー王の姿を。太陽の聖剣(ガラティーン)星の聖剣(エクスカリバー)の光を守ったのではなく、その輝きを減らしてしまったのだ。

 

 荒れ狂い吹き荒ぶ嵐の中で、僅かなかがり火では直ぐに消える。

 残り続ける訳がない。

 

 それでも——その光は消えなかった。

 弱々しくともその光は決して消えず、かすかに残る光を手繰り寄せ、ただ一人で竜と戦う騎士の姿。

 その光景は嵐の中の寄る辺として輝き続けた。

 

 ガウェインはその姿に、騎士の理想の体現を思い浮かべる。かの王こそが、輝ける星の光。そうしてガウェインは震える体を押し込め、王と共に魔竜に切りかかった。

 

 

 戦いは数時間に及んだ。

 玉座はとっくに崩壊し、魔竜は城塞を破壊しながら、騎士達の武器を、血肉を、城塞の瓦礫を巻き込みながら巨大化する。

 ガウェインは理解する。ヴォーティガーンはブリテン島そのものなのだと。竜の血を飲み込んだヴォーティガーンはもはや一つの部族の王ではなくなり、人間である事をやめていた。

 いかにアーサー王の魔力が竜に通ずるものだとしても、相手はブリテン島全ての魔力をその身に写し込み、肉体とする者。

 

 ——誰から見ても勝算は皆無だった。

 ガウェインは王の背中を守りながら進言する。

 

 

 

「アーサー王! 敵はブリテン島全てを肉体とするもの……聖剣と云えど、敵いませぬ! ……今は撤退を!」

 

 

 

 しかし、光はまだ消えず輝く。

 アーサー王は再び笑いかけながら、空を仰ぎ、魔竜を睨みつけながら語る。 

 

 

 

「もう少しだけ手を貸すものだぞ、ガウェイン卿。

 私と貴公が揃っているのだ。島の癇癪の一つや二つ、聖剣の担い手なら鎮めなくては立つ瀬がない」

 

 

 

 涼やかな微笑み一つを受け、ガウェインに萎えかけていた闘志が再び宿った。

 ヴォーティガーンに恐れを抱いてしまった己を恥じ入り、先陣を切るアーサー王の後ろ姿に、ガウェインはブリテンの良き未来を確信する。

 自分よりも小柄な姿でありながら、誰よりも強靭に竜に立ち向かうその姿は、ガウェインに、己の剣を捧げるに足る存在なのだと完璧に認識させた。

 再び、アーサー王と共にガウェインは魔竜に立ち向かう。

 

 そして遂に勝機が訪れた。

 魔竜が城塞の一部に手を置いた瞬間、ガウェインは己の聖剣を魔竜の手に突き刺したのだ。

 

 

 

「——王! 魔竜の手を封じました!!」

 

「——ッ、それでこそガウェイン卿! もう片方も塞げば……これで空には逃げられまい!」

 

 

 

 アーサー王が魔竜のもう片方の手に自分の聖剣を突き刺し、魔竜の自由を奪う。

 魔竜は悲鳴の如き咆哮を上げるが、聖剣は抜けない。

 

 

 

「……ですが、それでは、もう武器が!」

 

 

 

 勝機を作り出す事はできたが、もう二人とも武器がない。

 聖剣を引けば魔竜はまた空に浮かんでしまう。

 万策尽きてしまったかとガウェインが思った瞬間——

 

 

 

 

 

 

 

        ——最果てより光を放て——

 

 

 

 

 

「——それはッ!? その輝く槍は——」

 

 

 

 

 

 星の燐光が顕現した。

 

 

 

 

 

 

         ——其は空を裂き——

 

 

 

 

 

 その光輝く槍は、湖の乙女から授かったもう一つの聖なる武器。

 

 

 

 

 

          ——地を繋ぐ——

 

 

 

 

 

 

 星の内部で生まれ鍛えあげられた、世界を守護する為、安定させる為の聖槍。

 

 

 

 

 

           ——嵐の錨——

 

 

 

 

 

 

 複雑に絡みあった十三の螺旋が光輝き、回転しながら広がり、神々しい光を放つ一本の光の柱へと変わる。

 

 

 

 

 

 

        

       ————最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 磔にされ身動きが取れない魔竜の心臓に、光の柱が突き立てられる。

 魔竜は断末魔の咆哮と、共に崩壊していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨を呼ぶ暗雲で、雨音に覆わる城塞の中。

 アーサー王の目の前には、心臓を槍で貫かれ、死を目前とした老人の姿があった。

 先程までの、嵐の様な暴威は消し飛び、覆っていた影は飛散している。

 

 

 

 

 「ロンゴミニアドまで与えられていたとはな……愚か者どもめ。暴君を討つために更なる滅びを引き寄せるとは。我が弟、ウーサーの仔よ。お前ではこの国は救えない」

 

 「何故なら——」

 

 「もう神秘の時代は終わったのだ」

 「この先は文明の時代、人間の時代だ」

 「お前の根底にある力は人間とは相入れない」

 

 「——お前がいる限りブリテンに未来はない」

 

 

 

 雨音に紛れる事なく、ヴォーティガーンの声はよく響いていた。

 それはアーサー王にも良く聞こえていた。

 

 

 

 「————」

 

 

 「呪うがいい。旧きブリテンは、とうの昔に滅んでいる」

 「ブリテンは滅びる。だが嘆く事はない」

 

 「——お前はその最後を看取る事なく、ブリテンの手によって死に絶えるのだから——」

 

 

 

 アーサー王が俯いたまま老人から槍を引き抜くと、老人は城塞を震わす程の哄笑をあげながら、塵に還っていった。

 こうして卑王ヴォーティガーンは倒された。

 アーサー王は無言で聖剣を天高く掲げて、勝利を宣言する。雨は止み、暗雲の切れ端から太陽の輝きがアーサー王を照らす。

 

 

 それは余りにも神々しかった。

 

 

 神話に名を轟かせる戦いに一切の引けを取らない戦いが終幕する。アーサー王の姿を見届ける事が出来た騎士は、誰もが感服し、未来に繁栄が約束されているのだと確信していた。

 誰よりも疲れ果てているにもかかわらず、弱さを微塵も見せず凱旋するアーサー王の姿に誰もが敬服する。

 

 

 ——故に誰もが気づかなかった。

 

 

 聖剣を天高く掲げた時、その剣の切っ先が震えていた事を——アルトリアの表情に影を落としていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴォーティガーン討伐の後、アーサー王達は破壊された城塞都市ロンディニウムの復興に着手した。

 聖剣の持ち主である王が帰還したことにより、都市は清らかな神秘性を急速に取り戻していく。城には神秘性を取り戻した事により、妖精が復活して城塞都市は更に大きく絢爛な城、白亜の城キャメロットに生まれ変わる事となる。

 

 

 妖精達は復興、及び改築を一年でやってのけると豪語した。

 

 

 ヴォーティガーン討伐から、数ヶ月経つ。

 直に花のキャメロットとしてアーサー王の居城となり、正式にアーサー王はブリテン全土の王となるだろう。

 そして今、選定の剣を抜いてからもうすぐ十年……第四の会戦から一年と数ヶ月。

 

 

 アルトリアは一人、あの村へ来ていた。

 

 

 まだブリテン島の内乱が全て治まった訳ではないが、政務や執務を信頼できるアグラヴェイン卿とケイ卿に任せて、誰も引き連れずにいる。

 自分が滅ぼした村。

 深い森を抜けるのは苦ではなかった。それよりも大変な戦や窮地を脱してきたから、それに比べてしまえば森一つ抜けるのは、簡単だった。

 

 

 森を抜け、村に入る。

 

 

 木々から開けた視界になったが、目に入る風景は寂れた景色だけ。

 何も聞こえてこない。

 人々の声はしない。

 僅かな物音すらもしない。

 ……聞こえてくるのは、後ろにある森からの、木々が風によって揺れる音のみ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 もう誰もいない。生きている人は、誰もいないのだ。

 村に入った瞬間、もしかしたら……と村の光景を夢想したが、結局思っていた通りの光景があるだけ。

 

 畑は枯れ果て、雑草が生い茂っている。村の家屋は、整備する人が消えて風に晒され続けたのか痛み果て、村の中央にあった花の広場には、もう、何もない。

 ただ、枯れた花の残骸なのか、花畑は黒ずんでいる。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 アルトリアは、村の家屋の一つ一つへ入っていく。

 家には人が"生きていた"という最低限の痕跡が残るのみで、何もない。あるのはベッドの上に横たわる白骨化した死体と、その頭蓋の横に弔う様に置かれた、花の残骸だけ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 また別の家屋に入っても、同じ光景が続いていた。

 一部の家には白骨化した死体もなかったりするが、その家には必ずベッド一杯に花の残骸があった。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 そして一つの家を発見する。

 

 一人の青年が倒れ伏した家。

 母親の懇願を封殺した家。

 ——自分に似た容姿の子供の未来を、摘み取った家。

 

 

 

「…………ッ……」

 

 

 

 唇を噛み締める。

 忘れる訳がない。

 アレは決して、忘れていい光景ではないのだから。

 

 扉を開き、何かに駆られるように家に飛び込む。

 自分でも、何を目的としてこの家に入ったか分からなかった。

 

 何かを探す様に家の中を探索する。

 あるのはベッドに横たわる一人の女性の死体と、その隣に添い遂げたかの様に横たわる男性の死体だけ。この二人の死体には、他の人よりも、多くの花が使われていた痕跡がある。

 

 なら、この花で弔っていったのは……きっと……

 

 

 

「………………」

 

 

 

 この女性と、その子供であろう、青年の死体は見つかった。

 ——でもあの子の痕跡はない。あるのは花だけだ。少なくとも、今まで子供の遺骨を見つけていない。

 

 もしかしたら、この村を脱出する為に森に入って……そのまま……

 

 

 

「………ぅ……ぁ……」

 

 

 

 確かめる手段はもうなかった。

 もうこの村に私が訪れてから一年以上が経つ。

 もし仮にあの子が森に入ってそのままなら、もう、その死体は……

 

 もしあの子が亡くなっているのだとしたら、私は、あの子を弔う事が出来ないのだ。

 ……こんな自分に弔われても迷惑かもしれないが……

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 家から出て何となく、大木の下に広がる、綺麗な花が咲き誇っていたであろう広場に向かった。

 もしも……もしも——あの子が生きているならば、きっとその場所にいると思ったから。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 当たり前だが、誰もいない。

 そもそもさっき遠目に見ている。

 花の残骸が黒くなって朽ちているだけだった。

 

 

 

「……ヴォーティガーンは……この手で……倒しました」

 

 

 

 それを口に出して。

 ——それが何だと言うのか? と自問自答する。

 

 この村を滅ぼしたのはヴォーティガーンではなく、私だ。仇討ちでも何でもない。この村の仇は、私なのだから。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 きっと今、私は他人に見せられない様な顔をしている。

 性別を偽るために、基本は顔を隠していて、マーリンから"王は男だ"という固定観念に働きかける魔術をかけてもらっているが、この雰囲気では人前に出られないだろう。

 不調なのだと誰にも分かる。

 

 

 彼女はしばらく、花の広場で佇んでいた。

 朽ちた花を、意味もなく眺めながら。

 

 

 

 

「——元気がない様だね。アルトリア」

 

 

 

 

 真後ろから声がした。

 爽やかな好青年を思わせる事だが、僅かに心配の声を含んだ声色。

 

 

 

「……マーリンですか、出来れば……一人にしてもらえますか?」

 

「それはいけない! ふと君を見たらね、落ち込んでいる様だったから励ましに来たのさ。キミは笑顔が似合うんだからね」

 

「……覗き見とは、流石に趣味が悪いですよ」

 

「おっと! 笑顔が似合うの発言は無視かい? 結構、勇気を出した発言だったのだけれど、悲しいよ? 私は」

 

 

 

 いつもよりも、何処か道化じみた口調と発言に、アルトリアは少し空気を良くした。

 

 

 

「ふふふっ……ありがとうございますね。マーリン」

 

「……おっと……今さっきの発言からの、その笑顔はちょっと反則じゃないかい?」

 

「私には笑顔が似合うと言ったのは貴方でしょう? ならこれは反則ではありません」

 

「うーん……これはしてやられてしまったな」

 

 

 

 二人は静かに笑いあった。

 彼女はアーサー王としてではなく、アルトリアとして接する事の出来る、数少ない友人のマーリンとの何気ない会話で少し気分を取り戻す。

 マーリンも、彼女が思い詰めているのを見るのはあまり、忍びなかったので、普段は中々彼女には口にしない様な事、口説き文句の様な軽口を喋ったのだった。

 

 アルトリアの頬は赤く染まっていない。

 もちろん恥じ入ってもいない。

 

 

 

「……元気を取り戻せたのなら、良かった。この村からは早く出た方が良い。きっとこの村はキミの顔を歪ませる事しかしないだろうからね。キミにはそんな顔は似合わないんだから」

 

「またそれですか?

 ……今日はいつにもまして、流暢ですねマーリン」

 

「えー? ……結構本当の事なんだけどなぁ」

 

 

 

 アルトリアは苦笑いを返しながら、俯いてマーリンから視線を切る。

 その後ろ姿は何処か痛々しい。

 

 

 

「……先程の問いについては、すみません。私はまだ……もう少しこの村にいます。もうちょっと心を落ち着かせてから」

 

「ここにいても、心は落ち着かないと思うよ」

 

「そういう訳ではありません。この光景を、目に焼き付けておくのです。

 ……絶対に忘れないよう」

 

「……そうか」

 

 

 

 彼女のそれは悲壮な決意だった。

 見ているマーリンにすら、伝わってくる程の。

 

 

 

「ヴォーティガーンを倒したんだからいいじゃないか。少しくらい、何も考えず勝利に喜んでも良いと思うよ?」

 

「なりません。その勝利の陰に散っていった人々達がいるのです。少なくとも私は覚えていなくてはなりません。

 ……この村は特に」

 

「……もしかしてキミ、ヴォーティガーンの言葉をまだ気にしているのかい?」

 

 

 

 彼女は小さく頷いた。

 呼び起こすのはあの時の記憶。燃え尽きる直前に放った、ヴォーティガーンの遺言。

 

 "ブリテンは滅びる。だが嘆く事はない"

 "お前はその最後を看取る事なく、ブリテンの手によって死に絶えるのだから"

 

 

 アルトリアは——本当にそうなるかもしれないと、心の何処かで思っている。

 

 

 卑王ヴォーティガーンは倒されたが、異民族の侵攻が消えた訳ではない。なんとか押し留めているだけだ。相変わらずブリテンは衰退するばかりで未来は暗いまま。

 暗黒時代を呼び寄せた原因の卑王を倒しても、明るくならない未来が、人々の心の一部に悪意を芽生えさせている。

 アーサー王は輝ける王ではなかったのか。彼の言葉に従がっていれば豊かな国になるのではなかったのか、と。

 

 

 

「騎士達の声は私にも届いています……私が責められるのは仕方のない事です。今年も凶作で森の恵みは減少する一方だ。農作物は他国から買い上げるしかない。

 ……またフランスにコネクションのあるランスロット卿の助けを借りる事になる」

 

「元々この島は貧しいんだ。それに卑王を討てばブリテンは平和になるのだと誰もが思っていた。なのに結果は違う。卑王がいなくても戦いは終わらなかった」

 

「…………」

 

 

 

 夢魔であるマーリンの悪い癖が働いてしまう。

 彼女の顔を曇らせる必要などないのに、唐突に、その苦悩がどんな色をしているかどうか興味が湧いてしまったのだ。マーリンはこの癖が悪いものだと把握していながら、直していない。

 今のところ後悔した事がないから。

 

 今のところ、は。

 

 

 

「凶作は今年も続き、来年も同じだろう。戦いが減っただけでも人々は喜ぶけど、それだけでは満たされない者達もいる。

 人間は正しいものを好むが、正し過ぎる者は嫌う。アーサー王が人々の理想であり続けるかぎり、彼らはアーサー王を頼りにし、同時に疎みはじめる。

 君はそういったものを飲み込み、あるいは踏み砕いて君臨しなければならない。君に与えられるのは不義と不理解だ。でも、それが多ければ多い程、民草の生活は安定する」

 

 

 

 マーリンは悪い笑みを浮かべながらアーサー王に語る。

 人々が思い描く王の尊厳と、王が実際に抱く尊厳は別のものだ。

 だから、王は人々の暮らしを思えば思うほど、王の"人"としての心は摩耗し不幸になっていく。

 

 

 

「……私が苦しむ程、国は豊かになると?」

 

「うん。こうなる事は分かっていた事だろう。この村の様にね。キミはそれを承知で選定の剣を抜いたんだから」

 

 

 

 だから——早く人心など割り切って、ウーサーの様に超越者になればいい。

 マーリンはそう思っていた。そうすれば少なくとも、アーサー王の——アルトリアとしての人の心が苦しむ事はなくなるし、王としての理想のカタチにより近づく。

 今までと同じの治世を行いながらも、その内面を削られる事はなくなるのだから、早く人としての心は捨てた方が良い。マーリンは、わりかし本気で彼女を誘いこんだ。

 だって、人の心を捨てたアルトリアは、それはそれで面白いと思ったから。

 

 

 もしくは——

 

 

 ——選定の日の誓いを、呪いの域にまで達した"人の心を持っていては人々を守れない"という誓いを、厳格に守り続けるアルトリアを、もう見ていられなくなったからか。

 あるいは、理想の王がなんなのか理解し、それを実践できるだけの教育を与えられただけの、どこにでもいるただの"少女"を、もう、魔術師が先に見ていられなくなってしまったからか。

 

 

 

 

 

 

 

「——はい。その点においては、私は上手くやっていると自負したいです」

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女はマーリンが思いもしなかった返答をする。彼女は下にある枯れ果てた花畑に視線を向けながら、魔術師に返した。まるで、あの、選定の日の様に。

 

 

 

「……確か……理想郷(アヴァロン)には、色とりどりの花が咲いているのでしたよね。

 ……なら私は必ずこの国を理想郷(アヴァロン)にも負けないくらいに善き国にしてみせます。

 誰もが笑って暮らせる様な……小さな子供と、その家族が笑って暮らせる様な国を作ってみせると、ここに誓います。

 ——見ていて下さいね、マーリン」

 

「——————」

 

 

 

 彼女はまた、自身に誓い(呪い)を刻みこむ。

 

 

 ——マーリンが、間違いに気づいたのはこの時だ。

 彼女にとって大事なのは王として在り方でも、王の尊厳などでもなかった。彼女は人々の為に剣をとった。ウーサーとマーリンは理想の王を目指したが、アルトリアは人々の幸福を目指していたのだ。

 最初から見ているものが違ったのだ。

 

 

 

 "こうなるとは思ってなかった"

 "王とはこんなものとは思っていなかった"

 "ここまでの覚悟はしていなかった"

 

 

 

 マーリンが期待していた言葉は何一つ出てこない。

 この統治が続けば、この女の子もいつか後悔する。その時に手を引いてやればいい。そんな呑気な思い上がりをしていた己の醜悪さにマーリンは恥じ入り、そして確信する。

 彼女はブリテンを救う事を諦めない。たとえ滅びが確定してようと諦めない。

 死ぬまで、絶対に。

 

 彼女の原動力は王としての支配欲でも、統率者の義務感でもない。

 彼女の原動力はほんの小さなもの。

 しかし、小さいものであるが故に何よりも痛切で、痛切であるが故に、彼女は絶対に諦めない。

 

 人間として育てられず、人間としての幸福を持つ事が出来なかったからこそ、彼女はこの国の全ての人に、人間としての幸福を授けると誓っているのだ。

 十五年間、人として育てられなかった、彼女の願いの全て。

 

 

 

 

 たとえ何があろうと

 たとえ何かを失おうと

 たとえ何と引き換えようと

 たとえその先に避け得ない、破滅があろうと

 

 

 

 

 

             ——彼女は戦うと誓っているのだ。

 

 

 

 

 

 たとえ自分がブリテン島そのものに、滅ぼされる末路だとしても。

 

 選定の、あの日。

 あの岩には、少女の何よりの願いと、少女の運命が置き去りにされたままになっている。あの時に、幼い少女は、己の全てをかけて——戦うと誓ったのだから。

 彼女があの日に誓った、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、愚かで、悲しい。しかしなによりも儚く、尊い、気高き誓いを、マーリンはようやくここで気付いた。

 

 

 ——余りにも気付くのが、遅かった。

 

 

 この時の喪失感を、マーリンは上手く語る事が出来ない。

 長い間求め続け、一生手に入らないと思っていた輝き。"人間"に興味を持たなかった魔術師が、愛するに足る尊さを持った心。それをとっくに授かっていたのに、知らぬ間に自らの手で壊していっているのだとマーリンは思い知った。

 あの選定の日に、彼女に覚悟を問う資格が、魔術師にあったかどうか。

 

 "君はその、一番大切なものを引き換えにする事になる"

 他人事の様に言ったあの予言は、果たしてどちらのものだったのか。

 

 

 

「……理想郷(アヴァロン)とは大きくでたね……私だって、行った事はないというのに」

 

 

 

 苦笑いする素振りをして、魔術師は彼女から目を逸らした。

 

 

 

「むっ、笑っているのですか?

 マーリン。私は本気ですし、諦めませんからね」

 

「——いいや、全然笑ってないさ。君が本気なんだって凄い分かるよ……きっと、諦めないだろうこともね……」

 

「それならいいのですが」

 

 

 

 マーリンは本当に——本当に、もう見ていられなくなった。

 ただただ、この会話を続けるのが、辛かった。

 だからマーリンは話を変える事にした。

 

 

 

「そうそう、君に伝えてない事があるんだ。ヴォーティガーンのことなんだけどね」

 

「急に話を変えて来ましたね……ですが、ヴォーティガーンがどうしたのですか?」

 

「……うん、まぁ聞いてくれ、ヴォーティガーンはブリテン島を一つの肉体とする呪術を持っていて、それを決戦の時に使用していたのは覚えているだろう?」

 

 

 

 その言葉と共にアルトリアは思いだす。

 ブリテン島の運命を分かつ戦いで、卑王が使っていた超常の力を。

 

 

 

「はい、覚えています。

 ……ブリテン島本来の王が持つとされる超常の力ですね。私にはありませんが……」

 

「そこは気にしなくてもいい。君には必要ない力だし、ウーサーは薄れゆく神秘の力は次の王に継承されないだろうと考えていたからね……まぁそれが継承されてしまったのがモルガンなんだが……話を戻そう。

 ヴォーティガーンはブリテン島を自身と繋ぎ、そしてそのまま死んでいった。つまりブリテン島の魔力にはヴォーティガーンの魔力が変換されている訳なんだ」

 

「……なるほど。それで、そのヴォーティガーンがどうかしたのですか?」

 

 

 

 アルトリアはマーリンに問い返す。

 そういう点に関しては、マーリンから最低限は教わっているとはいえ、深い知識を持っている訳ではない。深刻な事を告げているのだとは分かるが、その度合いが彼女には分からなかった。

 

 

 

「単刀直入に言おう——

 

 

 

 

                  ヴォーティガーンの魔力が消えた」

 

 

 

 

 

 マーリンはアルトリアに語る。

 その顔はいつになく真剣なもので、普段なら常に浮かべられている柔らかな表情が消え失せている。

 その様子は思わずゾッとする程だった。

 

 

 

「えっ? ……それはその、どういう事なのですか?」

 

「ヴォーティガーンの魔力だけがブリテン島から消えるなんて普通はありえない事なんだ。

 海に溶け込んだシミを摘出するに等しい。ヴォーティガーンの力が消えたという事は、ブリテン島そのものが超常の力を持つにふさわしいものが現れたと認識したという事か、もしくは誰かがブリテン島から、ヴォーティガーンの魔力を引き抜いたか。 

 ヴォーティガーンの魔力だけを引き抜くなんて芸当が出来る魔術師なんて、世界にそういないだろうけど、この芸当が出来そうな、魔術師であり、ヴォーティガーンと同じ力を持つものを私は一人知っている」

 

「…………モルガン」

 

 

 

 彼女は呟く様に、自分の腹違いの姉の姿を思い浮かべる。

 復讐の妖妃となり、選定の剣を引き抜いたその日から、自分に幾度となく、攻撃を仕掛けてきた姉を。

 そういえば——最近はいっそ不気味なほどに話を聞かない。

 

 

 

「うん、彼女なら、今さっきのを出来ても何らおかしくない。ヴォーティガーンと同じ超常の力を持っているんだからね。しかも一年間以上、モルガンが何か仕掛けてきたなんて話を一切聞かない、正直言って不気味だ」

 

「………………」

 

「まぁ、確信出来る証拠は何もないし、モルガンが何を企んでいるのかは分からない。

 仮に引き抜いた力を何に使うのか、見当もつかない。そもそも彼女自身が持ってるものだしね。純粋な魔力として使うのかもしれない。でも一応用心しておいた方が良いよ」

 

「はい、ありがとうございます。マーリン。仮にモルガンと敵対する事になっても、私は必ず勝ってみせます」

 

「その調子だ」

 

 

 

 アルトリアは一つ現れた懸念に対して、自分は変わらず戦うのだと決心した。いつもの様子に戻ったアルトリアに、マーリンは少しだけ表情を良くする。

 しかしアルトリアと——マーリンすらも、この時はまだ、ヴォーティガーンの力が消えた事を正しく理解していなかった。

 

 

 

 

 運命の歯車は急速に回転し続けている。

 魔女とその剣しか知らない所で。

 

 

 




 
 Q なんかGarden of Avalonとちょっと違くなかった?

 A 許してくれ。

 Garden of Avalonの展開を丸々やると、時系列の問題がある上に違和感が拭えなかったんだ……
 後、少し主人公を絡めた構成にしなかったんだ……許してくれ……

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