騎士王の影武者   作:sabu

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 余談だが、ヨーロッパに伝わる伝承、"嵐の王"が率いたとされるワイルドハントにサー・ベルシラックの名前が記載されていたりする。
 余談だが、Fate/EXTELLAにて、ガウェインのアクティブスキル、聖者の数字はカウンター技である。
 余談だが、多くの古代の民族では、月は死んだ最初の人間だと考えられていた。つまり月は死者の象徴であり、同時に月の満ち欠けに合わせて産卵を行う動物が多い事から、生命の象徴でもあった。
 


第58話 ■■■■■■■■■■■■■■ ■■

 

 

 

「何故、ですか…………」

 

 

 

 前方へ駆け抜けながら回避し、振り抜いた太陽の聖剣の残心を終えたガウェインが、震える声で問いを返す。

 

 

 

「何故………ッ何故貴方は………ッ!」

 

 

 

 ガウェインの声を塗り潰すように、大木が倒れたような音が響く。

 糸の切れた人形のように緑の騎士が倒れた音だった。

 

 

 

「——私に、情けをかけたのですか……」

 

 

 

 緑の騎士が拳を振り抜くその瞬間、ガウェインは見てしまった。理解してしまった。振るわれた拳が自分を捉えていなかった事を。たとえ自分の攻撃が間に合わなかったとしても、拳は空振り聖剣の一撃が緑の騎士の事を切り裂いただろう。

 いいや、それだけじゃない。改めて考えればおかしかった。

 

 雄叫びと共に最初に振われた、縦に両断してやると言わんばかりの攻撃。

 果たして、太陽の加護で自らの力が三倍にまで増幅されている緑の騎士の攻撃を、本当に難無く躱せただろうか。本当は、後ろに引いて間一髪で間に合ったのではなく、実は緑の騎士が僅かに攻撃を遅らせていたのではないか。

 

 つい先程、投げ放たれた斧剣だってそうだ。

 同じく太陽の祝福を受けた緑の騎士が投げた、岩塊にも等しい斧剣。あれを、容易く弾き飛ばす事が本当に可能だっただろうか。考えれば考える程、緑の騎士の破滅的な力が先程までの攻防に反映されていない。

 己は、一騎討ちの中で三回も情けをかけられていたのだ。

 

 

 

「どうか、悔やまないでくれ………」

 

「な……ッ!? 貴方、は………」

 

 

 

 真後ろから声がして、ガウェインは振り返る。

 そこにいたのは緑の騎士ではなかった。そこにいるのは、この三ヶ月の間宿を貸して貰っていた、主人のベルシラックがいる。

 緑の騎士として発していた暴威はもはや跡形もなく、もうすぐ死に絶えてしまうのではないかと思える程に力がない。体中がボロボロで、特に手足が酷かった。なんと、手足の先が炭化したように黒く染まり、そのまま崩れて消えてしまいそうだった。

 

 

 

「あぁ、もう少し近付いて欲しい。もう、体が動かない」

 

「…………………」

 

 

 

 死を目前としたベルシラックの声に、ガウェインは倒れた彼の隣に寄る。

 ベルシラックの手を掴もうとして、しかし触れては崩れてしまうのではないかという予感がガウェインを惑わせた。

 結局、ガウェインはベルシラックの体に触れぬまま、その横に佇んだ。

 

 

 

「貴方は……ベルシラック卿」

 

「騙していて申し訳ない……ですが、決して貴方を嵌めたり貶めたりという思惑がある訳ではなく。あぁしなければ、私は貴方を試せなかった」

 

「貴方は…………何故」

 

 

 

 それは二つの意味を含んだ言葉だった。

 何故三回も情けをかけたのか。何故、貴方は緑の騎士として一騎討ちを挑んだのか。

 

 

 

「真に申し訳ない…………私は、貴方の事を試していた。そして、この太陽の加護に相応しい者を、私はずっと探していた」

 

「それは……」

 

「お許しを。私がキャメロットの宮廷に訪れたのは、騎士王とその配下の騎士達を見定める為で、決して貴方達の尊厳を貶めたかった訳では………信じては貰えないでしょうが」

 

「なら……何故貴方は」

 

 

 

 三回も情けをかけたのですか。

 言い淀んで言葉にならなかったそれを、ベルシラックは聞かずとも理解した。

 

 

 

「私は…………私は三回の過ちを犯した。誰かを守る騎士として、一度決めた信条を変えてはいけない騎士として。だから、貴方にも騎士としての選択を与えました。

 貴方に突然告白をして、そして引き留めた侍女がいるでしょう。あれは……私が貴方に仕掛けた罠です」

 

「な…………」

 

「貴方の忠義を弄ぶような行為、本当に申し訳なかった。私は、貴方がどれだけ騎士として相応しいかを試した。ですが、貴方は一度も私の罠にかからなかった。貴方は私の画策の全てを、騎士として相応しいまま、しかし他者に泥を塗らず慮ったまま、全ての誘惑にも耐え切ってみせた」

 

「まさか………! 私は、私は最後の最後……侍女の憂いを晴らす事が出来なかった。私は貴公の言うような者では…………」

 

 

 

 ガウェインの言葉に、ベルシラックはフッと表情を緩めるように笑った。

 

 

 

「それこそまさかだ。最後の日、彼女は憂いを帯びていなかった。

 たとえそれが…………サー・ルークによる行いだとしても、貴方は私と出会った最初の日、騎士王と私の二人に泥を塗らずに忠節を示してくれた。

 貴方は既に三回分の示しを完遂している。貴方が納得出来ない最後の四回目は、ただ彼が成し遂げてみせたに過ぎない」

 

「………………」

 

「だから、もう私は良い。

 どうか、これを」

 

 

 

 そう告げて、ベルシラックは腕を力無く掲げてガウェインに何かを差し出す。

 震える腕には、青と金色によって刺繍された、何かの魔力を帯びている美しい帯があった。

 

 

 

「これは、私がロット王から授けられていた、騎士として品行方正である事を示す帯…………もはや、騎士ですらない私には無用の長物です」

 

「……………………」

 

「元々はただの帯でしかなかったが、私が緑の騎士として変性してしまった際にこの帯も固定の力を得た。

 これがあるからこそ、私は聖者の数字が暴走しながら意識を保てて、しかし同時に、私はこの加護を外せなくなった。

 私にとって、太陽の加護とこの帯は呪いでしたが…………貴方ならその心配もない。貴方こそが、この帯を受け取るに相応しい」

 

「貴方程の人物が…………何故」

 

 

 

 魔物へと堕ちながら、しかし己を保ち続けた緑の騎士。聖者の数字が呪いへと変性するようには思えなかった。

 だが、ガウェインの憂いをベルシラックは当たり前の事だと納得するように返すだけだった。

 

 

 

「これは、魔女モルガンの手によるモノ。

 ですが………最初に言ったでしょう。私は三度過ちを犯した。私はモルガンにそれを突かれたに過ぎない。元よりこれは私自身の罪なのです」

 

「…………………」

 

「どうかお受け取りを。

 貴方には聖者の数字は正しく働き、純然なる星の加護となるだけ。貴方はきっと間違えず、呪いすら跳ね返してみせる。それだけの証を、もう示したのですから」

 

「ですが、私がこれを受け取れば…………貴方は」

 

 

 

 ガウェインは見抜いていた。

 彼にとって呪いと働いていた太陽の加護。しかし、これが同時にベルシラックの生命をなんとか延命させていたのだと。これを外せば、後はもう彼は死ぬだけなのだ。

 だが、その事を理解しながらもベルシラックは穏やかに微笑む。

 

 

 

「もう良い…………もう私は良い。

 もはや全て疾うに朽ちて、そして私は燃え尽きた。この力があろうと、もうすぐに私は崩れるように果てるのみでしょう。

 なら、最期のその瞬間には………せめて満足して、納得して死にたい」

 

「…………………」

 

「誰かに何かを残せたというのは、私にとってもう十分な事だ。たったそれだけで、私は報われる。まるで、貴方を縛り付けるような物言いを許して欲しい。

 ですがどうか、私の我儘を聞いてはくれないか」

 

「……………………」

 

 

 

 ベルシラックの、魂からの叫びと懇願にも等しいその言葉に、ガウェインは無言を以って了承した。先程は戸惑った行為。灰と化しているベルシラックの腕を掴んでガウェインは誓う。

 

 

 

「誓いましょう。貴方のこの力、私は決して無駄にはしないと」

 

 

 

 ガウェインの言葉に、ベルシラックは穏やかに微笑んで瞳を閉じる。

 瞬間、ガウェインは何かが宿るような力を感じた。ベルシラックの手を握る自らの右手が、ほのかに体温を増していくような感覚だった。

 それから、右手を通じて自らの体全体へと辿り、そして胸の中に収まった。太陽に照らされているような、柔らかな暖かさが体に宿っていた。

 

 

 

「どうか…………もう行ってください」

 

「ベルシラック卿………ッ!?」

 

「今ので私は完全に力を失った。私が身に付けていた帯も、これで完全に私には意味がなくなった。後はもう、ただ錆びるのみです。

 これも私の我儘です。死の瞬間など、ただ情け無いだけなのだから」

 

「……………………」

 

 

 

 ガウェインは彼の言葉に、一瞬だけ何かを堪えるよう顔を俯かせた後、彼から煌びやかな意匠が施された帯を受け取って立ち上がる。

 

 

 

「緑の騎士よ。貴方の試練、私は確かに完遂させました。

 どうか安らかにお眠り下さい。貴方の力、私が引き継いでみせます」

 

 

 

 誓いを立てるようにガウェインは告げ、ベルシラックから受け取った帯を巻き付ける。

 聖者の数字とベルシラックの帯。その二つが互いに同調を開始して、自らを高みへと引き上げていくような感覚がした。

 

 

 

「…………さらば」

 

 

 

 ガウェインは振り返らずその場を去り、教会から去っていく。

 教会から外へ出て、今その瞬間日没が終わった事に気付いた。太陽が落ち、代わりに月が空へと上がる。

 日輪の陽が差す6時が過ぎ去って、辺りは急速に宵闇へと移行していった。

 

 

 

「ガウェイン卿、ご無事でしたか!」

 

「ベディヴィエール卿…………ルークは?」

 

 

 

 教会から離れ、平野の中央で夜になっていく空を見て黄昏れていたガウェインは、ベディヴィエール卿の声で意識を取り戻した。

 

 

 

「彼は…………やらねばならない事があると」

 

「やらねばならない事?」

 

「えぇ。

 ………実は、この場所は彼の生まれ故郷なのです。ですから彼なりに何か思う事があるのでしょう。だから、どうか詮索しないで欲しいと」

 

「そう、ですか」

 

「これを。私達はキャメロットに帰投しましょう。きっと踏み込まれたく無いモノもあります」

 

 

 

 そう言って、ベディヴィエール卿はこの地に来る為に騎乗していた馬を引いて、その手綱をガウェインに手渡した。

 

 ふとガウェインは教会の方に振り返る。

 元々ボロボロになっていた教会は、緑の騎士との戦いでより壊れてしまった。いずれ、跡形もなく崩れてしまうのだろう。自然の力で何とか形を保っていられるだけで、今すぐにでも崩れてしまいそうにボロボロなのだから。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 思えば、短いながらに夢のような期間だった。

 どこか実感が薄い。緑の騎士の姿は偽りで、あの館は見当たらず、彼が言っていた侍女の姿はどこにもない。サー・ベルシラックから受け継いだ力はあれど、彼が何を想い、どうしてその選択をしたのかは知らない。彼が伝えなかったからだ。

 

 

 何もかもが幻惑だったのだろうか。

 

 

 分からない。

 一体、どこからが本当で、どこからが嘘偽りだったのだろう——

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 いいや、そんな事は些細な事だ。

 少なくとも己にとっては。ただ緑の騎士は己に試練を与え、そして己はその試練を乗り越えた。

 サー・ベルシラックと関係のない自らには、これ以上踏み込んで良い権利はないのだろう。

 ただ分かるのは、彼の今際に抱いた願いを聞き遂げ、そして己がそれを引き継いだという事。たったそれだけだが、しかし己はそれで構わないのだ。

 それだけは、決して嘘偽りでない真実であるという事は、胸に宿る太陽の加護が証明している。

 

 

 

「——えぇ、行きましょう」

 

 

 

 憂いを断ち切って、ガウェインとベディヴィエールはキャメロットに向けて馬を走らせる。

 戦いは終わった。冷たい夜風も、太陽の加護が跳ね返しているような感覚がする。

 太陽の騎士と忠義の騎士の二人は、夜が支配し始めたその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日からの事は良く覚えていない。

 ただ、変性してから破滅的な力を引き出せるようになって、しかし騎士王への切り札になり得ないと悟ったのか、もしくは復讐心が目覚めなくて都合の良い道具になれなかったからか、棄てるように魔女から関係を切られ、いつの間にか良く分からない場所にいたという事だけは辛うじて覚えていた。

 

 呪いとなった聖者の数字。

 暴走し、精神すら汚染された自らの肉体。消えない破壊衝動。薄れていく人間だった頃の記憶。忘れてはならないのに、しかし掠れていく思い出。

 

 故に、今更になって彼は抗い始めた。

 あらゆる感覚が別のナニかに塗り替えられていく事を自覚しながら、彼は彷徨い続けた。彼を動かしていたのは、ただ戻らねばならないという使命感だけだった。

 

 一体どれ程の時間が経ったのかは分からない。どれだけの数の国、山、森、それ達を彷徨ったのかは分からない。一体、何度絶望したか分からない。

 しかし、彼はたどり着いた。家族がいる筈の、コーンウォール北の広大な森にたどり着いた。そして森を抜けて——そこには誰もいなかった。

 

 

 

 "———あぁ"

 

 

 

 自らの声がとっくに人成らざる怪物のモノになっていた事にすら気付かず、彼は声を漏らす。

 誰も居なかった。森を抜けた瞬間、理解出来てしまった。この村は完膚なきまでに死んでいると。

 人間が無価値に死んだ死臭がする。怨嗟と呪詛を抱いたまま死んだ人々がいる。報われないまま死んだ人々がいる。

 

 この村には、己が許せなかった筈の、報われないまま死んだ人々しかいなかったのだ。

 全員が死んでいた。死体すらない家もあった。そしてそれは勿論——彼の家族もそうだった。

 

 体中に傷を作って、しかし以前よりも成長していた息子の遺体があった。

 憔悴しきっていて、でもその美しさにより磨きがかかっていた妻の遺体があった。その死体の両方には、弔うように手向けれた数え切れない花があった。

 

 そして——娘の遺体だけが見つからなかった。

 

 

 

 "………ぁぁぁぁぁああああ………!!"

 

 

 

 彼はその光景が受け入れられなかった。受け入れてはならなかった。それを受け入れては、彼は今度こそどうしようもなく壊れてしまうから。

 だから、彼は彷徨う。

 ただ今の彼は、娘の死体が見当たらないという事だけを希望に動く死体であり、同時に娘が助かっている訳がないと絶望している死体だった。

 

 その行為にもはや意味がないと理解していながら、死んだ集落を徘徊する。

 錆び付いた記憶の中で、娘には花が好きな少女になって欲しいという事を願っていたのを思い出して、彼は彷徨い続ける。

 そして、彼は大樹の下の広場に辿り着いた。

 

 

 花は枯れていた。

 

 

 

 "ぅああ……ぁぁぁ………! ああ………ッ!"

 

 

 

 間に合わなかった。その事実だけがそれを証明している。

 そこにあるのは、枯れ果てた花々とそれらを塗り潰すように咲く、不気味な黒い薔薇だけ。

 震える手で彼は、意味もなく黒い薔薇に手を伸ばして——その薔薇に手が触れた瞬間、黒薔薇が燃える。

 

 

 

 "ぁぁぁアアア……ッッ!!"

 

 

 それが、絶対に間違えてはならなかった三度の選択を誤った彼への報いだった。聖者に祝福を授ける筈の数字に相応しくないと断じられた、彼への戒めだった。

 燃え尽きて灰となり、黒ずんでいく花畑の広場を、彼は止められないまま眺め続ける。彼は、何にも間に合わず、全てが遅かった。

 

 

 

 "———— アアアア゛ア゛ア゛ア゛■■■■■■■■■ッッッッ!!!"

 

 

 

 その慟哭が誰かに届く事もなく、ただ彼の体だけを震わせ、そして肉体を燃やしていく。

 罪人にはそれが相応しいのだと言うように、聖者の祝福は彼の全てを蝕み続けた。

 

 

 それからも、また何をしていたかの記憶はない。

 

 

 ただ、死者の弔いだけは忘れなかった。

 集落の中に発見した全ての遺体と遺骨を、もう何年放置したか分からない教会にまで運んで、新たな墓を作った。

 ずっと何年も森を彷徨って、森に消えていったそのまま死んだ集落の住人の遺体を全て発見した。してみせた。そしてその遺体も礼拝堂に運んで墓を作った。

 

 教会を囲む、百を容易く超える人々の墓。

 しかし、それには娘の墓だけがない。どうしても作る気が起きなかった。それだけは受け入れてはならない。受け入れたくないと、子供の我儘のように抗った故の行為だった。

 

 

 しかし、その行為には、何の意味もない。

 

 

 そして、彼はただ寂れた教会で死んだように横たわり続ける。

 彼はあらゆる精神が燃え尽きていた。残る精神も、本当に自分のモノであるのかどうか。汚染された精神を見分ける事すら、もう出来ない。

 

 騎士王への怒り。魔女から植え付けられた騎士王への憎悪。報われない死者への弔い。世界への怒り。呪われた力。唯一の希望にして最大の絶望である生死不明の娘。

 

 朽ちていく教会とそれと同じく、何もかもが錆び付いて崩れていく己を自覚しながら、しかしいつまでも鮮明なのは家族の事と、報われない死者への想い。

 そしてそれは、せめてこの力を正しい人物に引き渡したい欲求となり、そして最後に——家族に会いたいという欲求になった。

 

 

 だが、それも叶わない。

 

 

 死者蘇生など夢のまた夢。世界を変革する程の魔力があっても、死者蘇生など出来ない。ただ似たような何かが出来るだけだ。

 故に、その魔力すら無い彼が出来たのは、ただ思考が似ただけの亡霊、もしくは幻影を作り出しただけ。記憶などなく、一定の行動をするだけのナニかだ。

 そもそも、あの村にはそれを再現するだけの怨霊はいなかった。

 

 娘? そもそもどんな子に育ったかなど分からない。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 崩れた教会の天井から覗く月に手を伸ばして、その伸ばした手が炭化している事に彼は今更気付く。

 ガウェイン卿に自らの力を手渡した影響で、聖者の数字によって生きながらえていた肉体は急速に死に絶え始めている。もはや、指を動かす為に身体に意識を向けるのすらつらい。

 

 

 

「あぁ………………私の人生は、一体何だったのだろう」

 

 

 

 ガウェイン卿との一戦で崩れた教会の天井から、夜空で淡く星の光が彼を照らす。

 この力は何とか相応しい人物に渡せた。だから、最期に得られたその安堵を胸に、眠るように死ぬのが己の身の丈にあった幕切れなのだろう。

 しかし、それで満足かと問われたら………浮かんで来るのは後悔の念ばかり。

 

 何も成せなかった。何も変わらなかった。家族には何も残せなかった。

 ただ意味もなく生きて、死者が報われないのと同じように自分も死にたくないと抗い続けて、その果てがこれだ。しかし相応しい末路なのだろう。

 己の信念を変え、選択を間違え、何もかもを取り零し、最愛の家族すら……利用して裏切った男には、何よりも相応しい程の終わり。

 

 だがそれでも、彼は許せなくて、受け入れられなくて、しかしその思いすら捻じ曲げてでも、何とかしなければならないと抗い続けた。

 何回も迷って、信念に背く事をして、結局どちらも取り零して。

 

 この愚かな想いを誰かに告げた事はなく、故に誰にも理解されなかった。

 果たしてこの生涯に意味はあったのだろうか。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 自然と瞼が落ちて力が失われていく。

 思い浮かぶは彼らの事。ガウェイン卿は良い。死者を冒涜しながら、しかしせめての願いだけは彼が継いでくれた。だからもう満足だ。彼はきっと迷わない。

 しかし…………——サー・ルークに関しては別だった。

 

 息子と同じ名前の騎士。それが偶然かどうかは知らないし分からない。

 ただ、キャメロットにて感じ取ったあの禍々しい泥のような呪詛は化け物そのもので、幻惑による偽りの館で垣間見せた、あの鋭い刃のような殺意は本物だ。

 

 

 本当は、アレこそを殺害し、そして今の内に消さねばならない、災厄の化身だ。

 

 

 名前もあって、あの少年を意識しているのは自覚している。

 あのおどろおどろしく脈動するナニかと、あの不自然な殺意。掠れた金髪。人間味を失った肌。仮面の上からでも分かる美貌。

 何かに思い至りそうで思い至る前に思考に霧がかかって、しかし針が刺さったように簡単に離れてくれない。

 

 分からない。何も分からない。あれが善であるか悪であるか。

 分からなかったから、ガウェイン卿にはあの存在を注意しろとは告げなかった。何かが、噛み合ってくれなかった。何かが、彼は違うのではないか、彼を殺してはいけないのではないかと訴えている。

 

 

 しかし、それももう意味がない。

 

 

 もはや、自らはただ肉体がまだ稼働しているだけの置物に過ぎない。何も、ここから為せる事はないのだ。この憂いが形になってしまったとしても、あの力を授けたガウェイン卿がなんとかしてくれるだろう。少なくとも自分よりは絶対にマシだ。

 

 

 

「………………————」

 

 

 

 寂れて壊れた教会の中。夜の空気は冷たく、太陽の光は既にない。

 あの集落の人々の墓で囲まれたこの教会で静かに息を引き取るというのは、どこか悪くないのではないかという想いが浮かび上がってくる。

 もう、これ以上無様に生きて、醜態を重ねるなとすら世界に言われているのかもしれない。

 

 

 ……あぁ、あの影武者の少年が言う事は、正しかった。

 

 

 この世に生きる人間に泥を塗り、そして灰となったのは己だけ。

 彼は容赦が無さすぎる。しかし事実そうなって、少年は激しい怒りを見せながら己が善である事を保ってしまったのだから、つまりそういう事なのだろう。

 己よりも、更に一歩前進んだ故の、その証だ。

 

 

 

「———————」

 

 

 

 星が遠い。手を伸ばしても届く事はない。

 夜空に浮かぶ月を眺めた後、彼は瞳を閉じた。目を閉じた瞬間から、急速に身体の力が霧散していく。自分の肉体が大地に吸い取られて、重く、しかし軽くなっていくような感覚がする。

 

 もう、これでいい。

 雲が音もなく霧散するように。雪が儚く溶けて消えるように。

 ベルシラックは己の意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——本当に貴様はそれでいいのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の意識が溶けて消える事を、その人間は許さなかった。

 許す筈もない。何せその人間は、彼と同じく受け入れられないから今までずっと戦い続けて来たのだ。だから、許す訳がない。それを受け入れる訳もない。

 

 

 

「もう一度貴様に問おう。貴様は、本当にそれで良いと思っているのか?」

 

 

 

 駆り立てるようなその言葉と共に、刃と刃が擦れて火花を散らすような音がする。

 

 倒れて横たわったまま、彼はその姿を見た。

 教会の扉の前で、無銘の騎士剣を右手に携えてこちらを見下ろしている、掠れた金髪の人型。

 月に照らされてその掠れた金髪が光を取り戻し、壊れた教会に吹く隙間風が、その金髪を撫でる。

 その——金砂のような髪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は、三度過ちを犯した。

 彼は、三回に渡って自らの運命から逃げた。

 そして彼は今——四度目の過ちから救われる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いのか? 貴様のその選択は本当にそれで正しいのか?」

 

 

 

 声がする。

 その声が、死を待つだけだった男の意識を引き上げる。

 

 

 

「体が動かない? いいや、違うだろう。

 貴様はまだ動ける筈だ。貴様はまだ剣を握る事が出来る筈だ。貴様はまだ、私に試練を与えていない。貴様は、試練の対価を支払っていない」

 

 

 

 声が駆り立てる。

 優しさも遠慮もなく、容赦なく背中に浴びせられる無感動なその声。

 どこまでも平静で、凍える程に涼やかで、しかし何よりの熱量を持つ、その声。

 

 

 

「本当は——お前だって分かっているだろう?

 自分の胸に聞けば、その答えが返って来る筈だ。今までお前自身が願ったモノ。抱いた慟哭。せめてと叫んだ、その激情。まさか、それが分からなくなったのか?」

 

 

 

 最初からそうだった。あの日、キャメロットの宮廷で相対した時から。その声の主の怒り、大地の熱量に匹敵する程の怒りでありながら、ずっと冷たいままだった。

 だからおかしい。その矛盾した情緒の言葉を聞いて、何かを思う訳がない。

 なのに——どうしようもなくベルシラックを駆り立てる。どこまでも強引に彼を押し上げる。

 何故かは分からない。だが、その声はベルシラックの心の中に容易く侵入して、諦めていた内側のナニかを燃やしていった。

 

 その言葉を黙らせろ。それ以上言葉を紡がせるな。その言葉通りに——己をさせるな。

 

 

 

「ほら、何故貴様はそこで倒れている。まさか貴様は許したのか? 許せないと思い続けて、その瞬間に許したのか? まさか、今更、ここまで来て?

 ——ふざけるなよ。立て。立ち上がれ。お前はまだ戦える」

 

 

 

 横になるのは許されないとばかりに。そんな事を選ぶ権利はないとばかりに告げる声。一歩一歩と近づく音がする。

 何故そんな事をしていると糾弾されているような感覚がした。その感覚が、どうしようなく己の心を満たして、自らの心内を狂気に浸していく。

 

 

 やめろ。もう動くな。

 

 

 そんな体の悲鳴とセーフティを、それは粉々に破壊していった。

 そんな事よりもやらねばならない事があるだろうと、ナニかが脳裏を掠め続ける。

 

 

 

「———————」

 

「そうだ。お前はまだ足掻ける。まだその運命に抗える。

 何故なら、お前はまだ死んでいないのだから」

 

 

 

 いつの間にか——-ベルシラックは立ち上がっていた。

 緑の騎士となる前に使っていた、古ぼけた騎士剣を杖代わりにして、震えながら立ち上がった。

 灰と化している手足は神経が内側から破壊されるような痛みで支配されていて、動かしているという感覚はなく、今にも体が崩れてしまいそうな程に不安定。

 しかし、それでも彼は立ち上がった。

 

 立ち上がらなければ、己のナニかが壊れていた。

 その声の主に、壊されていた。

 

 

 

「見誤るな。お前はまだ自らの命を使い果たしていない。

 お前は自らの宿命を乗り越えてみせている。最後の三度目の命をガウェイン卿の太陽の聖剣が奪い取ったというのに、貴様はまだ死んでいない。

 もう僅かとはいえ、貴様は今四度目の命を得ている。だと言うのに、死を受け入れ、本当に有象無象へと堕ちるのか? ほざけ、それでは程度が知れる」

 

「————————」

 

「抗え。たとえ己が本当にそうなのだとしても、何故それが諦める理由に繋がる。

 絶対にその死を受け入れるな。最後のその命、そのまま散らせてしまう事を否定し続けろ」

 

「ぁぁ——————」

 

「お前は何を想い、何を願った。

 お前は、一度でもそれが許せたか。そして、己すらも認められたのか。

 悔しい、許せない、認められない、受け入れられない。そう世界を呪い、どうしようない憤りを感じ、果てしない焦燥感を感じ、その自分の惨めさに殺意すら湧いたに違いないだろう。

 だから、お前はそこで良いのか? お前は、本当にそこで諦めてもいいのか?」

 

「ああ………あああ………!」

 

「ダメだ。そこで終わるな。私は許さない。私だけは絶対に許さない。そして、お前はお前自身を許せない。

 そこに至るまで、ずっとずっと無価値に死ぬ事を否定し続けて、最後のその瞬間諦める。

 もし、それをお前が取り零した者が見たら何を思うだろうな。

 そうやって、お前は自分を駆り立てて生きて来たんだろう?

 目に映る死者の全てを見捨てられず、しかしその果てでも死者を弔い続けて、先の誰かに繋げて、己の力を相応しい者に繋げて、そしてその果てに己の行為が死者の冒涜になってしまったとしても、それでも誰かに何かを残す為に戦い続けて、死者を報わない世界を怨み続けて………そしてじゃあ、今のお前の、それは何だ?」

 

「ぁぁぁああああ…………ッッッッ」

 

「あぁそうだ、そうだ剣を振れベルシラック。

 お前はまだ——やり残した事がある」

 

「—————-ッッ!!!!」

 

 

 

 いつの間に、ベルシラックは錆び付いた剣を握ったまま飛び出していた。

 何故かは分からない。少なくとも目の前の存在を倒したいからではない。分からないままに彼は剣を振り放った。

 その様子は、どこか狂気じみたモノに囚われた様でありながら、しかし彼は同時にどこまでも正気でもあった。彼は、正気のまま己を狂わせるという、その矛盾を自覚しないまま、この瞬間に成立させていた。

 

 

 

「ほら見ろ。お前はまだ抗えるじゃないか」

 

 

 

 振るった剣が受け止められる。

 緑の騎士として放った怪力はもはや存在しない、ただの人間の一撃。少年が持つ無銘の騎士剣とベルシラックの騎士剣が鍔迫り合う。

 その中、少年は静かに告げた。

 

 

 

「証明しろ。自らの生涯には意味があったと証明してみせろ。出来なくとも、せめて抗ってその運命を否定し続けろ。

 無駄でも良い。出来なくて良い。でもそれは決して無意味じゃない。何故なら——その無駄な行為に報われる人々が居るからだ」

 

「——————————」

 

「戦え。一度その誓いを立てたなら、何があろうと死ぬまで戦え。

 そして、自らの命が果てるその瞬間までそうであったなら、たとえお前自身が報われなくとも、それでも——お前が取り零して来た人々は報われる筈だ」

 

 

 

 不明瞭で分からないナニかが、その言葉で明確な形を伴う。

 たったその一言。本当にたったそれだけでの言葉で——自分すらも報われたような、救われたような感覚がした。

 

 そうだ、彼は死者が報われないのが許せなかった。死者を報わない世界が許せなかった。そして、その果てに逃げたのだ。

 目を逸らして、逃げて逃げて逃げて………今、四回目から逃げようとしている。

 

 故に、何よりも許していけないそれが、彼の事を突き動かした。

 何が何でも目の前の存在に勝ちたい訳じゃない。

 ただ、証明する為に。そして——目の前の存在に示す為に、戦えと。

 

 

 

「—————ァァァァァァアアア゛ア゛ア゛ッッ!!!!」

 

「………………ッ」

 

 

 

 雄叫びともに鍔迫り合った状態で歩を進めて——少年を真正面から吹き飛ばした。

 互いに擦れ合い、火花が散る剣と剣。その衝撃で、少年が握っていた無銘の剣が砕け、光の粒子となって霧散する。

 

 思わぬ反撃に、後退りしながら蹈鞴を踏んだ少年は驚愕を隠せなかった。

 竜の因子を放出していなかったとはいえ、自らの肉体を魔術で強化していたのだ。それが、ただの人間に押し戻された。

 いいや、それは決して有り得ない。根性で如何にかなる話ではない。

 

 

 

「まさか……………これは想定外だ」

 

 

 

 少年は思わず言葉を溢した。

 

 視線の先にいるのは、今のほんの少しの攻防で血を吐き、死にそうになっているベルシラックの姿。四肢は灰となりまともに機能出来るだけの力など有していない筈……筈なのだ。

 しかし、今にも倒れて力尽きてしまいそうな佇まいでありながら——太陽のような圧力をベルシラックは放っていた。

 

 それも本当に僅かで、以前の彼がみせたモノとは程遠く、今の彼に宿る力はかがり火にも等しいくらいに弱々しい。

 そもそも、今空に浮かんでいるのは太陽ではない。

 しかしそうでありながら、目の前の男は他者に預けて失った筈の力を今確かに自らに宿した。ほんの僅かと言えど、己の限界を超えてみせたのだ。

 

 

 

「そこまでの力を発揮出来る余力を残しているとは………良かったな。その力を今度こそ使い果たすに相応しい相手が目の前にいるぞ」

 

「………………………」

 

「さぁ来い、やってみせろ。今この瞬間から、感情も雑念も全てが無為であると気付け。

 今からの戦い、決して惑うなよ。それを成し得ないのなら、私は今度こそお前を斬り捨てなければならない。

 もう、貴様がこれ以上の醜態を重ねないようにな」

 

 

 

 感情を揺さぶり、煽るように少年は告げた。

 バイザーで隠されたせいで、その表情は何なのかは見抜けない。しかし、敵意でも殺意でもない何かで睨み付けられているような感覚がしてならなかった。

 自分よりも歳下の子供に説教されているような、しかし同時に生涯を讃えられているような感覚の中、何とか立ち上がって、騎士剣の切先を少年に向けながらベルシラックは睨み返す。

 

 

 

「…………一つ聞きたい。何故……何故私を駆り立てた。お前が得をする事は一つもなかった筈だ」

 

「別に。その愚行に殺意が湧いて………ただ見ていられなかった。それだけだ」

 

「そうか………——そうか」

 

 

 

 返されたのは、平坦にして無感動な声だった。

 だと言うのに、たったそれだけの言葉で、たったそれだけの理由で、何故かベルシラックは理解してしまった。

 きっと、この人間は自らと同じなのだと。

 

 あまりにも早計な判断だと自分でも思う。

 でも、どこか通じ合うように理解出来てしまった。見ていられなかった。つまりは——その光景が受け入れられず、何よりも許せなかったのだ。

 

 

 

「サー・ルーク。きっと、私はお前の事を誤解していたのだろう。どうか許して欲しい。代わりに、私はもう迷わない」

 

「別に良い。私もそうだった。私も本気で貴様だけは生かして置けないと思っていたのだから。それに、貴様の憂いもあながち間違いではない。

 だが安心するが良い。お前が獣へと堕ちながら魔物にはならなかったように、私が仮に獣に堕ちようとも、決して怪物にまではならない」

 

「…………………」

 

「お前が己を最も強大な悪とし、小さな悪を消し飛ばす事を選んだように、私もお前と同じ道を選んだ。相入れる訳もなかったのだろう。敵がいれど、私達には味方がいないのだから」

 

「そうか。そうだな」

 

 

 

 キャメロットにて交わした、凍て付く程に冷え冷えとする殺意の応酬はそこにはない。

 そこにあるのはただ、騎士と騎士の一騎打ち前に交わす、粛然とした佇まいだけだった。

 最後の警戒が解けてしまったベルシラックは、満足したように少年に返す。

 

 

 

「なら良い。お前は一度も迷わず、そして迷わないのだろう」

 

「さぁ……それはどうだろう。迷わなくても思い悩む事はある。その矛盾に気付かないよう、私は自分の生涯の何もかもを偽り続けているのだから」

 

「………………………?」

 

「あぁ別に良い。私の些事だ。

 でもまぁそれを貫き通していずれ果てるだろう……貴方になら少しは偽りを止めても良い。周囲の何もかもを偽るのに少し疲れて来ているんだ私は」

 

 

 

 殺意はなくとも張り詰めさせていた意識を、僅かに霧散させて感傷に浸るように少年は語る。

 しかしそれも一瞬だった。壊れた筈の無銘の騎士剣を、再びどこからともなく作り出して——"ルーナ"は告げる。

 

 

 

「さぁこい緑の騎士、サー・ベルシラック。貴様が真に腑抜けであれば、私は貴様の事を今度こそ容赦なく殺す」

 

「ほざけ。貴様が拍子抜けであれば、此方も迷いなく殺しに行く。

 自らに驕ったその瞬間が貴様の最期だ」

 

「ハ、言ったな。ならばやってみろ」

 

 

 

 ルーナの言葉に、ベルシラックは錆びれた騎士剣を構えて応えた。

 太陽の加護はほとんど力がなく、後数十分持てば良い方の命。それでも、たった僅かなその時間、眼前の相手には対して己の命はまだ尽きていないのだと証明しなければならなかった。

 

 

 

「いざ」

 

 

 

 古びた騎士剣を己の顔まで上げ、刃の切先をルーナに向けながらベルシラックが告げる。

 戦いが始まろうとしていた。

 ガウェイン卿のように何かを懸けてではなく、何かを証明する為——自分を超える為の戦いが。

 

 

 

「いざ」

 

 

 

 投影した無銘の騎士剣を下段に構えて後ろに流し、左半身をベルシラックに対峙させて、ルーナが告げた。

 本来なら存在しない筈の四度目の試練。

 どちらが勝利しようと、その一騎打ちが終わろうと、何かが変わる訳でもなく、何かを得られる訳でもない。

 しかし、ルーナは戦う事を選んだ。一人の男の、その生涯の果てを見届ける為に。

 

 

 

 

「「———勝負」」

 

 

 

 互いは同時に飛び出した。

 

 太陽の騎士となった人間と、竜の化身となった人間が戦いを開始する。

 少女が目覚めてから七年目。最後の黄昏。最後の誉れある伝承の中、誉れや栄光などは一つもなく、後世には何も伝わらず、誰の目にも映らない影の戦いが始まりを告げる。

 

 片方にはもう太陽の加護はなく、もう一方は竜の因子も宝剣も解放しない。

 何かを得る為ではなく、一方は何かに証明する為。もう一方はそれを見届ける為、二人は剣を抜いた。

 

 

 互いに……相対する者が本当は誰であるか、分からぬままに。

 

 

 嘆きの果てに死んでいった集落の人々の墓で囲まれた、寂れた教会の中。

 太陽の光を人間でも直視出来る程の輝きにまで薄めた、その星の光に照らされながら——父と子は一騎打ちを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第58話 サー・ベルシラックと宵闇の星 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 聖者の数字 EX
 詳細

 彼が真に太陽の騎士となった本当の由縁であり証。
 午前9時から正午の3時間、午後3時から日没の3時間の計6時間。力が3倍になる。

 ただし、日輪の下にて3倍の加護を受けたという伝承の通り、午前9時から正午の3時間、午後3時から日没の3時間であっても、太陽が隠れている場合スキルが発動しない。

 後述のスキル【ベルシラックの帯】と常に連携している。

 

 
 ベルシラックの帯 EX
 詳細

 緑の騎士であるベルシラックから、聖者の数字と共に授かった帯。
 ガウェイン卿の武勇を称え、騎士として品行方正、清廉潔白であるという証として授けられた物。

 騎士の証として、彼が品行方正である限り、如何なる魔術的妨害を受けようと身体ステータスやスキル・宝具が劣化しない。
 また、伝承に於いてガウェインがベルシラックに対して示した、三回分の騎士としての品行方正の証として、三度Aランク相当の攻撃を弾く。
 ただし、ガウェイン本人がどうしようと対処出来ない攻撃には効果が発動しない。

 三回までなら単純なミスを防げるという保険。


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