騎士王の影武者   作:sabu

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 (人理にヒビが入る音)

 人理そのものにダメージは入ってないからまだ大丈夫…………まだ編纂事象、まだ編纂事象…………まだ亜種平行世界、まだ亜種平行世界…………
 


第61話 黒の落日

 

 

 

 月灯りが眩しい。

 今日は満月のようだった。見上げた空には雲一つもなく、昇り切った月が真上にある。

 その星を見上げた後、馬の手綱を引いて自らに手繰り寄せる。

 今から最速で馬を走らせれば、一日を跨いだ昼頃にキャメロットに帰投出来るだろう。

 流石に日を跨ぐレベルのこの長距離なら、身体能力任せで走るよりも馬に騎乗する方が良い。

 

 

 

「………ん?」

 

 

 

 馬に乗ろうとして、突如肩に止まった鴉に意識を持ってかれる。

 私に懐いているように見える鴉なんて、世界でたった一羽しかいない。だからそれがすぐに何者なのか分かる。

 

 彼女との関係は……まだちょっと微妙なままだ。

 私が謝れてないからなのもある。というか私側から気不味い。

 

 

 

「どうしたモルガ——」

 

『右斜め後方』

 

 

 

 いきなりどうしたんだろうと返して、彼女から返って来た簡素な念話で意識が急速に冷え切った。彼女の意図を察して、言われた通りの場所に意識を集中させる。

 

 

 

「…………………チ」

 

 

 

 そして、それに気付く。

 あぁ、遂にか。やって来たなお前。まさか引き際は見極めるだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。私達は冷たくともそれなりの関係を築いていた筈だったのに、後一歩で此方の一線に触れるまで来たか。

 というか、モルガンとの関係が現在微妙なのもあって、私は今少々機嫌が良くない。

 

 

 

『補佐は?』

 

〈いらない〉

 

 

 

 アイツが読唇術を持っているだろうと想定して、口を開けずに舌と歯と僅かな喉の震わせでそう伝える。モルガンなら読み取ってくれるだろう。私は早く念話を覚えた方が良いかもしれない。

 

 無言で黒鍵を引き抜き、その場に近付く。二つの宝剣ではなく、敢えて黒鍵。

 月灯りに照らされて、右手に握る三本の刀身は不気味に輝いていた。

 

 

 

「貴様にそこまでを許した覚えはないが? ——グリフレット」

 

「あーー……………」

 

 

 

 それがきっかけとなったのだろう。

 付近の林から、観念するように頭を掻いてグリフレットが出て来た。普段の教会用の装備ではない、普通の騎士甲冑姿。

 この島で動き易い様に、私が用意させた物だ。

 勿論、携えている騎士剣は形だけの物だろう。私がグリフレットを真似たように、鎧や衣服の裏に黒鍵を仕込んでいるに違いないし、コイツは普通に粛正騎士の中隊に勝てるくらいの実力はある。

 故に油断はしない。仮に交戦になった場合、絶対に此方が先制する。

 

 

 

「お前、先程までの会話とそのやり取りも見ていたな?」

 

「あー………いやまぁ、疑問の形を取っているだけでもう断言されているから素直に言うけど、不可抗力だったというか」

 

「そうか。成る程」

 

 

 

 再び黒鍵を引き抜く。

 刃を握っていなかった方の左手。両手合わせて、合計で六本。

 目の前のコイツが、絶対に握れない本数。

 

 

 

「うぅわぁ……………なぁアンタさぁ、何でそう簡単にそれ使えんの?」

 

「さぁ。お前に出来るから同じ人間である私にも出来るという、それだけの理由かもしれない。案外、この武器を使うのは難しくなかった」

 

「……………………」

 

「話せ。生憎だが、貴様との不毛なやり取りは疾うに飽きている。

 今までの様に、私が貴様の魔術師狩りに付き合うのも良い。お前が私の蛮族狩りや情報収集に付き合ってくれるのも良い。

 互いに互いを利用し合う関係なら大いに歓迎しよう。だが、私情を探るような真似は看過出来んな。

 ただでさえ少ない指が——さらに減るという事は避けたいだろう?」

 

「—————…………」

 

 

 

 思いっきりグリフレットの地雷を踏み抜く。

 黒鍵を握る私の指周りを見ながら、彼は露骨に顔を顰めていた。彼の胸中に渦巻く感情は一体何か。

 きっと碌なモノではないだろう。私が心に秘めているモノくらい。

 

 だが、それでも私はこの線を譲る気はない。

 モルガンとの繋がりがバレているなら私は彼を殺さねばならず、私を探るような真似が改善されないならやはりこの場で斬り捨てる必要がある。

 

 

 

「あぁーー……………はぁ。

 まぁ悪かったって、アンタを探るような形になって。最初はアンタに伝えたい事があったんだが、タイミングが見当たらなかったんだよ。

 それで、ついでに自分の好奇心もあったからそのままアンタに張り付いてた」

 

「あぁ、それはなんとも。好奇心の代償が安く付いて良かったな。

 私にちょっかいをかけると碌な事にならないと知れるだけで済むとは。貴様は案外幸福らしい」

 

「あぁそうですね。安く付いて良かったよ、あぁホント」

 

 

 

 ぶっきらぼうになって、彼は脱力しながら吐き捨てるように告げた。

 それに合わせて、私も引き抜いた黒鍵を仕舞う。これが、飄々とした態度で自分を隠していない素のグリフレットなんだろう。

 

 こう言う輩は舐められて下手に出られると手に負えないからこれで良い。若干、私が高圧的な気がしないでもないが、私だって聖人君子じゃない。

 まぁそのせいか、彼は最近は私を前に敢えて軽い態度を取る事が減って来ている。気難しくて捻くれた、劣等感塗れの青年と言った感じだ。

 

 

 

「で、好奇心とは」

 

「所でその肩の鴉は?」

 

「ふざけた事を言うと貴様を瞬時にズタズタにする私の相棒」

 

「うわぁ…………」

 

「で? 好奇心とは?」

 

 

 

 隣のモルガンの静かな威圧を手のひらで抑えながら返す。

 私の発言が、次に言葉を逸らしたら私は容赦しないぞという比喩であると考えたのだろう。

 彼は素直になって答えた。

 

 

 

「アンタ今まで調べモノばっかりしていただろ。

 後は緑の騎士を倒し終わってからその後、アンタはどうなったのかなって。噂や伝聞だけでは分からない事実がある」

 

「ほう………別に私には何もない。

 お前にもケルト神話に関する書物を集めて貰ったように、私が世話になった国や部族がある。それに感謝と近況の報告に行っただけだ」

 

「ふーん…………リネット嬢の国にも?」

 

「あぁ。ついでに復興出来たか確かめたかったのもあるが、彼女の国は意外と古い歴史を持っているからな」

 

「うっは、流石は国中の書物を全部ひっくり返してそれを全て記憶したと言われるだけはあるね」

 

 

 

 まさか、そんな訳はない。

 強いて言うならヨーロッパの伝承にも多少詳しくなったくらいだ。後は特に目新しいモノはない。

 だがまぁ、それを一々グリフレットに伝える気もなく、私は適当に相槌を打つだけだった。

 

 先程までの行為を警戒していたが、先程まで会話をしていたリネット嬢までは多分被害は行かないだろう。

 別に探られたり見定められたりしても私の腹は痛くないが、煩わしいモノは煩わしい。

 後こういう輩には、探らせてそれが見逃されたか気付かなかったという事実を許すだけで面倒だ。

 

 

 

「別に何もないねぇ………本当に何もないのか?

 ガウェイン卿は緑の騎士との決闘を終えて太陽の祝福を得たってのに?」

 

「ない」

 

 

 

 ブリテン島は今、その話で持ちきりだった。

 元より円卓の中でも指折りの実力者だったガウェイン卿。それが、日輪の下で三倍の力を発揮するようになったのだ。

 今までガウェイン卿に善戦するか、なんなら勝利出来ていた騎士は軒並み勝てなくなってしまっている。

 それに鼻をかけない清々しさと、変わらず彼はアーサー王の滅私の騎士としてある為、別に立場が悪くなったり敵意を向けられている訳でもない。

 現在、ランスロット卿とガウェイン卿どちらが強いかという議論は騎士と人々の間で盛んだ。

 

 そして…………だからか同じく、緑の騎士の試練を超えた私にも何かあるんじゃないかと言われている事は、私自身も聞き及んでいる。

 

 

 

「本当にないのか? むしろ、そうだとしたら何でアンタは何も得てないんだよ」

 

「そういうモノだからだ。

 そもそも勘違いしている民草は多いが、あれは正確には太陽の加護ではなく聖者の数字だ。

 午前9時から3時間。午後3時から3時間。その間、力が3倍になるという、ケルト神話から由来するそういう祝福。

 それを緑の騎士が保有していて、ガウェイン卿に授けた。だから聖者の数字を保有しているのはガウェイン卿だけだ。私は何も」

 

「へえ、あれはそういう類のモノなのか………」

 

「三位一体の象徴など、世界中至るところにある。

 ケルト神話以前からも無数に存在する、多種多様な三神。三ツ首のケルベロス。同じく三の更に三倍の首を持つ九頭のヒュドラ。ゾロアスター教最悪の悪神アンリ・マユが作り出した、三ツ首の災厄アジ・ダハーカ。

 ざっと上げてもこんなにある」

 

「い、いや………後半辺りは、俺全く心当たりないんだが……」

 

「知識不足め。

 魔導に身を染めた身ならばせめて知識は身につけていろ。この時代、神話の伝承を基盤にして魔術を行使する魔術師すらいるかもしれないんだぞ」

 

「それ言われちゃ忙しないけど、アンタはアンタでおかしいんだよ。頭が」

 

 

 

 呆れたような、もしくはたじろぐような表情でグリフレットは告げた。

 確かに私は頭がおかしいだろう。二重の意味で。片方は絶対に治らないのだからしょうがない。治す気もない。

 

 

 

「じゃあリネット嬢はどうなんだ?」

 

「…………あ?」

 

「………怖……いや、まさかアンタ自覚してないのか? 俺見てたけど、あれはアンタどう考えてもリネット嬢に惚れられてるだろ」

 

「……………………」

 

 

 

 そう言われて、一瞬思考が止まる。

 いや………確かに、僅かとはいえど、もしかしたらそうなのではとは思っていた。

 悪意とかそう言うモノの機微は分かるが、そういうモノの機微は良く把握出来ない私でも、微妙に察するくらいには彼女は熱量を持っている。

 

 リネット嬢は素直ではないし、勘違いなのではという考えもあったから今まで表面化させていなかったが、コイツが言うからには、多分そうなのだろう。

 じゃあどうするかと言われたら……どうすれば良いのか。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 腕を組んで考えてみても、正直どうしようもないという考えしか浮かばない。

 そもそも私は女の身だ。同性は愛せない。それ以前に、異性を愛せるかどうかといった地点に私はいる。

 今まで異性を見て、把握して、その人柄を感じても、心を動かされた事は一度もない。

 あぁこの人はこのような人間性なのかとしか思えないのだ。そしてそれに困った事もないのだから、私自身は何も気にしていない。

 

 

 ………あぁ、どうすれば良いか。

 

 

 モルガンに相談したところで意味はないだろう。

 アルトリアから因子を抜き取ってモードレッドを作り出したり、復讐の為に複数の子供を産んだ彼女からの助言が、ちょっと怖そうだなというのもある。

 

 勿論、リネット嬢が魅力的な人柄であるのは理解しているが、絶対に私は友情より前の段階で止まってしまう。

 ギネヴィア王妃とアルトリアのような関係性になれと?

 いいや絶対に無理だ。すぐに限界になる。そもそもリネット嬢の性格的に彼女は受け入れないし、私自身が少し頭でイメージしても、どうやってもリネット嬢は愛せないという答えしかでない。

 いや、愛……………というか恋なのだろうか……?

 分からない。そういう経験がないし、心の機微であるこればかりは知識でどうこう出来る話ではないのだ。

 

 

 ……私が女性である事を打ち明けるべきか。

 

 

 もう私は十四歳。

 つまり、アルトリアが華奢な体格だからと周囲を誤魔化してこれた限界地点の十五歳はすぐそこだ。

 もうこの時点で、私はかなり女性的な体付きになってしまっている。肩や腰辺りの骨格。胸。手足。指先。まずは肌の色に意識がいくから、私はまだマシであるかもしれないが、この先さらに成長した私は、額のバイザーにかけられた小さな幻惑だけでは騙すのが困難になるだろう。

 私自身の戦い方を多少変えてでも、体全体を覆う重鎧を身に付ける必要性が出て来る。

 

 いや、そっちはいい。問題はリネット嬢だ。

 これ以上はリネット嬢の人生を悲惨なモノにさせ兼ねない。精神構造にも影響が出たら目も当てらない。

 しかし………どうするべきだ私は。

 

 

 

「どうすんだアンタ? 自覚したなら受け入れるのが男なんじゃねぇの?

 別にその歳でリネット嬢を妻に迎え入れるっていうのも手だと俺は思うけどなぁ」

 

「知っているか。口が過ぎると早死にするらしいぞ」

 

「ぅ……………」

 

「最初に言った筈だが? 貴様にそこまでを許した覚えはないぞと」

 

「はぁ怖………ホント隙は見せても油断はしないんだから。これなら完璧超人の方がずっとやり易い」

 

 

 

 それが私の特級の地雷である事を察したのだろう。

 やれやれと手を振って、グリフレットは引いた。多分コイツとの関係性は一生変わらないな。私がずっと高圧的で、コイツは巧みな遊泳術でフラフラするだけ。

 

 …………そもそもが不快になりそうだ。

 威圧するだけじゃなくて、実際に私が教えにいかなければ舐められそうなのがなんとも。次があったら、そろそろ本当に何か返さなければならない。

 

 

 

「まぁ、世間話はもういいや。俺の好奇心は済んだから」

 

「………何だ」

 

「一つ伝えた方が良いなぁ、って思ってたのがあるんだよ。この数ヶ月間、アンタは忙しくしていたから伝えられなかった」

 

「…………本当に何だ? またお前の魔術師狩りか?」

 

「いいや?」

 

 

 

 互いにいつもの調子を取り戻して普段の会話をするが、イマイチ合点がいかなかった。

 特に遮る気もないので、無言で彼の次の言葉を待つ。

 

 

 

「いやさ、アンタは俺と違って、立場上ブリテン島に篭っていなければならんし、最近は特にそれが顕著だったから多分知らない………というか把握出来なくて当然なんだが」

 

「要点から話せ」

 

「んー……あー………」

 

 

 

 頭を掻き毟りながら、彼は言いにくそうにしていた。

 微妙そうな笑みを浮かべて、居心地を悪そうにしている。

 

 

 

「まぁいいか——

 

 

 

 何かを決心したように、彼は私の反応を気にしながら告げた。

 考え得る限り…………いいや——考えもつけない、最悪の事実を。

 

 

 

 

 ———ローマが進軍を開始したらしいぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———は?」

 

 

 

 あらゆる思考が停止して、次の瞬間にはすぐさま自らの頭が駆動を開始する。

 その言葉が、彼のただの嘘であると断じる事が出来ればどれ程良かっただろうか。

 ただ、瞬時に思考を開始した自らの頭が、それを嘘だと一蹴するなと告げていた。

 

 

 

「流石にこればかりは嘘じゃない。

 後数ヶ月もすれば、ブリテン島側にも真偽が伝わるんだからな」

 

「…………は、な………いや、何故———このタイミングで」

 

「まぁアンタとの仲だ。それとなく円卓側にもこの情報を流してやるよ」

 

「———————」

 

「じゃあ気をつけな。

 俺は特にブリテン島に思い入れはないんで。

 多少は手を貸してもいいが、まぁそれくらいしかしないんで」

 

 

 

 そう言って、手を振りながらグリフレットは暗闇に消えていった。

 

 一人、月灯りの下に残される。

 意味も無く、夜空に浮かぶ月を見上げた。その月は、今までの生涯の中で一番と言って良い程に燦然と輝いている。

 

 星の光が眩しい。

 その眩しさが、意味もなく胸中を煮え滾らせていく。

 意味もなく、周囲の星の全てが見えなくなる程、不気味に輝く月を睨みつける。

 隣の驚愕した様子のモルガンすら、今の私には慮る余裕がない。

 

 

 

「何故——何故だ…………何があった…………ッ」

 

 

 

 アーサー王がキャメロットに君臨してから今はまだ五年目。

 本来の歴史……花のキャメロットが枯れ、粛然たる円卓は砕け、栄光であるアーサー王伝説が決定的に終幕を迎えた、滅びの十年目。剣と死の丘に続く最後の会戦はまだ遠い中、それが起こった。

 

 トリスタン卿は離反しておらず、ランスロット卿とギネヴィア王妃の不義は形すらなく、オークニー兄弟は誰一人欠けてなく、ギャラハッドによる聖杯探索は始まってもいない。

 だが、そんな事すらこの戦乱の時代では些細な事だ。

 

 蛮族達との決戦も、異民族達との戦いも何も平定していない最悪のタイミングで、まるで北の蛮族との決戦に被せて来るように、それが来た。

 決して同時に起こしてはならない、十二の会戦の内の二つ、最大の会戦と最悪の会戦が同時に起ころうとしている。

 

 あり得ない。何故だ。

 そんな言葉には何の意味もなく、ただ夜空に吸い込まれていくだけ。

 

 

 

 本来よりも五年早く——ローマ帝国との会戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何だと?」

 

 

 

 その日、彼は君臨する玉座にて、それを聞いた。

 曰く、大陸から切り離された北の島国に送っていた船団の七割近くが、突如海の藻屑と化したと。

 

 

 

「虚言か? それとも無能に堕ちたか?」

 

 

 

 王の助言機関として成立する元老院の一人に、彼は威圧を込めて返した。

 今でこそそれなりに立場は確立されたとはいえ、数多くの不運と企みによって、後にローマの暗黒時代と評されてしまった皇帝ネロの時代、ローマ皇帝と元老院の衝突や微妙な諍いは数多く記録されている。

 故に、彼はその報告が真に正しいモノとは思わずに流すつもりだった。

 

 

 しかし、その元老院の一人は慌てるように続ける。

 

 

 嘘ではないと。

 

 北の島国から放たれた黄金の光。それによって無数の船団は瞬時に蒸発。偶然生き残った三割程の船が、命辛々逃げ延びてそれを伝えたという。

 そして、その極光は大陸側の此方ですら確認出来たモノだと言う。船団を蒸発させた、逆鱗に触れた竜の息吹にも等しい極光。

 その光は海を裂き、瞬時に蒸発させ、船団を塵の様に消失させた後は、ただ光の柱が天にまで昇る様に立つのみだったという。

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 それを受けて、彼はすぐに合点がいった。

 それは大陸すら渡って伝わっている逸話の一つなのだから。

 だから、彼は確信する。それを成したのは、音に聞く星の聖剣使いにして北の島を守護する、赤き竜の化身——アーサー王であると。

 

 

 だが、それはおかしい。

 

 

 島から離れた大陸でその極光が見える程の聖剣使いは、アーサー王ただ一人。

 たとえ円卓内でかの王より強力な人物が居ようと、そもそもで内に秘める格が違い過ぎるのだ。

 太陽、湖、大地。その加護を受けていようと、人が竜の息吹を出す事は不可能。

 

 だからこそ、ローマの船団を超遠距離から七割も殲滅してみせるなど、アーサー王以外にはあり得ないのだ。

 しかし、故にこそあり得ない。

 

 

 ——アーサー王はキャメロットに君臨している筈なのだから。

 

 

 確かに、数日国を空ける事はあるかもしれない。

 しかし、国の王が玉座から数ヶ月、数年単位で離れる事などは本来はあり得ない。

 その行為は、不死の妙薬を探す旅に出て、帰った後には国がバラバラになっていた最古の英雄王がそれを証明している。

 

 まさか、偶然このタイミングでアーサー王が南に出たとでも?

 そんな神懸かった偶然などあり得るのか?

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 高まる疑念。探究心。そして——好奇心。それが彼を満たし、動かし始める。

 元より、彼は北の島国に関心はなかった。音に聞く聖剣使いの噂も半信半疑。

 未だ神秘が色濃く残されていると仕えの魔術師は語るが、果たしてそこまでの存在はいるのかと。所詮は魔獣の生き残りやピクト人の逸話が、誇張されるか歪んだモノなのではないか。

 

 

 しかし彼は、今このタイミングでその威光の一端を聞いてしまった。

 

 

 数ある幻想種の中、頂点にして畏怖の象徴たる竜の化身。

 時に、神となり魔となり現れる、万獣の頂点者。

 竜の息吹。海を裂き、渡る程の極光。

 船団を消失させ、神々しく昇る……光の柱。

 

 

 

「————————」

 

 

 

 いつの間にか、彼は気付かぬ内に笑みを浮かべていた。

 まるで、涎を垂らして舌舐めずりする魔獣のように。殺しと殺戮に快楽を見出す破綻者のように。

 

 

 だがそれでも、彼の内心はひたすらに純粋で、そして揺るぎないモノだった。

 

 

 ローマの神話に名高い、神祖ロムルスは雷となり、天上へと消え昇天したという。その後、最後に残るは民達を守護するかの如く輝く、光の柱だったと。

 その光、夢想した事は数知れず、天を夢見た事は一度ではなく、天上へと辿り着いただろう歴代のローマ皇帝の逸話に心を躍らせて来た。

 

 そして、音に聞く竜の息吹。

 ……光の、柱。

 

 

 

「——ブリテン島の話をすぐに俺に寄越せ。今すぐにだ」

 

 

 

 彼の行動は早かった。

 島国に送って、その殆どが悉く殲滅された船団の事などは別にどうでもいい。ただ、死者を数と捉えて流していくのみだった。

 

 島国から伝わる逸話を調べるその数ヶ月、彼にとっては実に心躍る日々だった。まるで初めて英雄譚の本を開いた少年の如く、彼はその逸話を知る。

 故に彼は当たり前の如く、それに辿り着いた。

 

 アーサー王が自由に行動出来た理由。

 アーサー王がキャメロットに居ながら、しかし同時にアーサー王が南から押し寄せたローマの船団を星の聖剣にて殲滅出来たその事実——騎士王の影武者の事に。

 

 

 調べれば調べる程、その影武者の話は奇妙だった。

 

 

 影武者でありながら、国中の人物がその影武者の存在も、果てには名前すらも知っているというおかしな話。

 しかし何故か、誰もがその擬装工作を見破れないのだ。円卓の騎士達ですら分からない。それが分かるのは、影武者自らがその正体を明かした時だけ。

 それまでは、周囲も影武者本人もアーサー王として振る舞い、アーサー王として行動を起こし、アーサー王として事態を終着させる。

 

 

 それは、もはや王が二人いるのと何が変わろうか。

 

 

 だが、それも本来ならあり得ない。国に王が二人いるなど、どう考えても国を瓦解させるだけだ。

 最古の英雄王と同じく、ただひたすら東に進軍し続けた故に長い間、国を後にした王がいる。

 だが、彼の国は簡単にバラバラにはならなかった。影武者が居たからだ。

 故に世界征服に一歩まで迫った征服王は、己が果てるまでは、国そのものが消えてなくなる事はなかった。

 

 

 しかし、影武者の名前もその逸話も知られているなど、本来あり得ない。あり得てはならないのだ。

 

 

 そのあり得ない程の知名度は、どう考えても弱点になるだろう。

 あまりにも影響力の高すぎる影武者など、国にとって最大の弱味にもなる可能性がある。アーサー王はそういう影武者を使用しているという悪評にすら繋がる。国にヒビを入れかねない。

 

 だがそれでも、騎士王の影武者はその矛盾を成立させ続けた。

 己そのモノが円卓に匹敵する程の武勇と栄光を持ちながら、アーサー王の威光を完全に形にするだけの、影になり続けた。

 だからこそ、その知名度があり得ない程に高まり続けているのかもしれない。

 

 

 …………そうだ、キャメロットに王が二人居るのではない。

 

 

 キャメロットには、"アーサー王"が常に一人しかいないからだ。

 だから、その人物はこう呼ばれているのだ。

 騎士王とその影武者、両方への畏怖を込めて。常に対となり、如何なる時でも必ず竜が君臨し続けているという意味を込めて——

 

 

 ——ブリテン島には竜が二体居ると。

 

 

 

「———ハ……ハ、ハハ…………ハハハッッ!」

 

 

 

 彼は笑っていた。

 あまりにも愉快で堪らない。こんな事を今まで見過ごしていたのが愚かで仕方がない。

 疑心暗鬼の感情を向けていた島国は、一体どれだけの魔境であるというのか。いや、未だに疑心暗鬼でいるのに変わりはない。だからこそ、早くその真偽を確かめたい。早く……早く確かめなければ。

 

 そして、その真偽が本物だった暁には——

 

 

 

「欲しい…………」

 

 

 

 堪らず、彼は呟いていた。

 伝え聞くその逸話。それは間違いなく、戦場において何よりも輝く地上の星であろう。そしてもう一対は、その光を完全な形とする影であろう。

 理想の王という称号も、その理想を召し上げた影という呼び名もブリテン島の人々に謳わせるより、自らの軍勢に加え入れた方が真の輝きを放つ。

 

 欲しくて堪らなかった。

 アーサー王とその影武者が。ブリテン島という、土地そのモノが。

 

 楽しみな事があって眠れない少年の様に、彼は心躍らせて行動する。

 世界から隔絶した北の島国を頂く為。その島に君臨する、双対の竜を配下に加える為。

 

 制止の声などは全て雑音だった。

 内乱によって島国が疲弊するまで待てという元老院の声も、二体の竜の逆鱗にだけは絶対に触れてはいけないというローマの武将達の声も、今の今まで騎士王とその影武者の情報を伝えて来なかった魔術師達の声も。

 

 誰も彼を止められない。

 全てを振り切って、彼は軍備を進めた。

 

 剣帝とも羅刹とも呼ばれた、大陸最強と謳われるローマ皇帝——ルキウス・ヒベリウスが動き始める。

 現在、世界最強の帝国と、動乱の島国との運命的衝突が、もうすぐそこにまで迫っている。

 

 だからこそ、それは全てを動かした。

 伝承の黄昏を終幕へと向かわせた、本来なら勝負にすらならないだろう、島国と帝国の戦争。

 後の世で、この戦争はこう語られる。

 

 

 

 

 

 

 ——黒い鴉を黒き竜の化身へと覚醒させた戦争だったと。

 

 

 

 

 

 




 
 
 蒼銀のフラグメンツでのルキウスの拗らせ具合を100だとするなら、この話だと彼は200くらい拗らせました。
 でも彼はアーサー王と主人公に100ずつ拗らせたので実質原作と何も変わらないです(暴論)
 皆ドラマCD買おう。

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