騎士王の影武者   作:sabu

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 ちょいモチベが低下気味なのとキリが良いので、そして新章から主人公の立ち位置と影響力と戦闘能力が一気に変動してちょっと書く時に意識する部分が変わるので、この話を含めて後三話程で一旦更新が止まります。
 そろそろ主人公に宝具名を叫ばせたい。
 


第63話 束ねるは、星の息吹 後編

 

 

 

 

 ピリピリとした静寂が支配している。

 これ程までに沈黙が怖いと思った事はないかもしれない。今までの生涯、目の前の光景のように静まり返った事はあれど、ここまでではない。

 アーサー王の影武者をやっている時も、アグラヴェイン卿の部下と共に待機している時の静寂も、目の前の光景よりはまだマシだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 目の前にある光景——それは円卓の間だった。

 アーサー王が座る席を第一席として、時計回りに二、三、四……と席次が数えられていく円卓の席。円卓の間に入るのは本当に初めてだから、あぁ席次は時計回りで数えられているのか、という僅かな感嘆がある。

 ……それも、この緊張感の前では現実逃避にも等しい考えなのだが。

 

 今現在、まだ到着していないアーサー王の一席。パーシヴァル卿の二席。パロミデス卿の九席。そして永遠に空席とされている十三席を除いて、なんと全員が座っている。

 颯爽たる光景だ。やはり、円卓の騎士達は円卓に座ってこそなのだろう。

 

 

 しかし、その中誰も声を発しない。

 

 

 円卓の騎士達の僅かな息遣いと、鎧の擦れる金属音だけが円卓の間にあった。

 場が冷え切っているというか、張り詰めた糸のような緊張感が支配しているというか。

 威圧感も凄まじい。僅かにも物音を出したら、全員の視線が此方に向くのではないかという、若干の恐怖もする。

 

 まさか、こんな緊張感を抱くとは思ってもいなかった。

 あのモードレッド卿も、気怠げな態度を出していない……どころか、むしろ彼女が一番ピリピリしているし真面目に円卓会議に臨んでいるかもしれなかった。

 アーサー王の影武者をやっているという大義名分がないと、やはり円卓の騎士の集団という圧力には来るモノがある。あまりにも私が場違いだ。

 

 

 

「全員揃ったようだな」

 

 

 

 その言葉で、ただでさえ緊張感に支配されていた空間が、より重さを増した様な気がした。

 アーサー王のカリスマもそうだが、配下の円卓の騎士達の佇まいや、円卓会議に臨む姿勢がそうさせているのだろう。

 一瞬でこの場が、僅かなミスを許されない針の筵の中に居るような雰囲気へと変わる。

 

 ……あぁ、うん。これはアルトリアも円卓の騎士達も、両方共に円卓会議にネガティブな印象を持つ訳である。

 正直言うなら、私はこの場から離脱したい。いやもう………本当に。円卓の間に居る癖に、私だけが円卓の騎士じゃないのだ。

 

 

 

「アーサー王…………パーシヴァル卿とパロミデス卿は?」

 

「今日はその事についても含んだ会議だ」

 

 

 

 ベディヴィエールの問い、円卓の間に現れたアーサー王が簡素に返す。

 その後、アーサー王は自らの一席に座った。アーサー王の両隣り……第二席と第十三席。そして、彼女からやや右斜めの第九席を空白にしたままの会議。

 

 しかしこれでも、ここまでの数を揃えての円卓会議はかなり珍しいのではないか。

 基本的に、円卓の騎士達は皆多忙だ。彼らは国の中枢機関であり決定機関であり、同時に最高戦力である国の抑止力だ。そう簡単に集まれる訳ではなく、また一点に集まるというデメリットも大きい。

 それが、この円卓の間にほとんどが揃っていると来た。

 つまり、今私の目の前にあるのは、生前中々集まれなかった円卓の騎士達が集結しているという、中々お目にかかれない光景なのだ。

 

 あぁ、感嘆する光景だな。お目にかかれるだけで誉れ高い事なんだろうな。この場に居られるだけで光栄な事なんだろうな。

 だから、誰か交代してくれるなら交代して欲しい。

 

 

 

「—————————」

 

「—————————」

 

 

 

 まずは、と始まった彼らの近況報告を聞き流しながら、あぁ……アルトリアの様にキリッとした雰囲気のモードレッド卿は新鮮で良いなぁ………王をやってるアルトリアはこんな感じなんだなぁ……と現実逃避を繰り返す。

 何故か当たり前の様に私がいるが、勿論私は円卓の騎士じゃない。故に、円卓の騎士ではない私は、この円卓に座っていない。

 つまり………この緊張感走る空間で、ただ一人私だけが突っ立っているのだ。

 第三席のケイ卿の後ろで。

 

 

 もう、たったそれだけで疎外感と針の筵感が凄まじい。

 

 

 彼らもまぁ、影武者をやっている私の異質的存在がどういうモノか理解しているのだろうから、何故ここにいる? みたいな雰囲気はないが、それでも私だけが直立しているのが、もう本当にキツい。

 世界首脳会談真っ最中の中、どこかの国民一人が何かその場に居るみたいな……そんな感じなのだろうきっと。

 

 あぁ、私は失念していた。円卓とはこの席に座った者は全員が平等であるという理念があるだけで、逆に言えば円卓に座ってない者は、決して彼らとは平等という立場ではないのだ。

 最近の私の立場故に、ケイ卿から今日の会議にはお前もついて来いと言われて、特に何も疑わずに来たのはきっと間違いだったのだろう。

 

 ……もしも、ここに他の騎士達の従者達がいたら話は違った。

 今現在、ランスロット卿の従者をやっているガレスとか、ボールスとか。もしくはギャラハッドなら特例でいるとか。

 だが残念ながら彼らはいない。

 それ程に、この円卓の間に刻まれた意味は大きい。円卓の騎士でない者は、そう簡単に踏み入れていい空間ではない筈なのだここは。

 

 つまり逆に言えば、私がここに居てもいい理由はケイ卿の従者だからという意味ではないのだろう。

 では、一体私がここに居る意味はなんなのか………予想は、少しついているが。

 

 

 

「———そして本題に入るが、パロミデスとパーシヴァルの席をいずれ空席とする」

 

 

 

 そう告げたアーサー王の言葉で、円卓の間が僅かに騒めく。

 私も意識を取り戻した。

 

 

 

「何故か理由を聞いても」

 

「北からの侵略の話だ。パロミデスが倒れ、遂に壁が崩壊の兆しを見せた。直に再侵攻を開始したピクト人が第二の壁まで来るだろう」

 

「成る程………一、二年持ち堪えられれば良いだろうと判断していましたが、二年以上持ってみせましたかパロミデスは。ですが、何故パーシヴァルも?」

 

「パロミデスを救援する為に蛮族の群れに飛び込み、数百体を殲滅してパロミデスを死の淵から救い上げた………が、彼はその代償に左腕と片目を失った。唸る獣との傷もあったのだろう。もう、彼は槍を握れない」

 

「ふむ…………」

 

「パロミデスは無事だ。だが、まだ目を覚ましていない。もしかしたらもう目を覚まさないかもしれない。それ程の重症だった。たとえ目を覚ましたとしても数ヶ月以上かかるだろう。

 だが、まだ彼らの席は空白としない。

 二人共起きた時に、いつの間にか自らの席が消え去っているというのは酷だ。特に、旧友を犠牲にしてしまったパロミデスは」

 

 

 

 淡々と話が進んで情報が整理されていく、アーサー王とアグラヴェイン卿の会話。

 そうか……二人にそんな事が。死んでしまった訳ではないが、しかし今の話だともう戦える身ではないのだろう。実質戦闘不能だ。

 

 

 

「だが、形式上空席ではないとはいえ、実質二人の騎士が円卓から退いたに等しい。その影響は多大だ。故に、その空白を新たに補填しなければならない」

 

「…………………」

 

 

 

 大半の人物が沈痛なる表情をする中、アーサー王は平然と告げた。

 意識が強制的に引き締められる。円卓の騎士達は、何かの流れを感じ取っていた。そしてそれは勿論……私も。

 

 

 

「私が王として裁決した。

 ルーク。貴方を現在唯一にして最後の空席——円卓第十三席に任命する」

 

 

 

 その言葉に、一瞬の静寂の後、円卓の間がどよめく。反応は多種多様だった。

 それもその筈だろう。絶対にして永遠の空席である呪われた第十三席。それを認識していない訳がないアーサー王が今、この空間で、第十三席を埋めると告げたのだ。

 ……………聖騎士ギャラハッドではなく、清純からはあまりにもほど遠い、影武者の私を以って。

 

 

 

「———————」

 

 

 

 未だ驚愕の様子に支配されている円卓の騎士達。

 静かな様子なのは、僅か三名だけだった。アグラヴェイン卿とモードレッド卿が僅かに驚いた後、納得するような佇まいで席に座る姿勢を戻し、唯一無反応だったケイ卿は、結局堪えられなくなったのか、舌打ちした後に腕を組み始めた。

 

 だが、ケイ卿の粗暴な態度を注意する者は誰もいないし、勿論私も、そんな事に意識を割いてはいられない。

 

 

 

「…………一つ質問があるのですが、発言の許可を」

 

「どうした? 貴方を侮る人間などこの空間には一人もいやしないし、それにこの間にいるというのに今更だ。貴方は自由に発言して良い」

 

「…………………」

 

 

 

 いや……いやいやいや…………!

 と、そう思わず口にしてしまいそうになった気持ちを押し込めて、彼女に問いを返す。

 

 

 

「何故、私なのですか」

 

「私が貴方以上に相応しい者はいないと、そう判断した」

 

「いや…………具申しますが、どうかご再考下さい。

 と言うか、一体どこが十三席に相応しいのか。どう考えても私は相応しくない。この身は十三席に座れる人間とは思えません」

 

「何をまさか。貴方以上に、あの呪いを跳ね除けられる者はいない」

 

 

 

 此方の問いに、涼やかな態度で即答するアーサー王。

 あぁ……クソ、ダメだ彼女が一体何を考えているか分からない。アルトリアではなく、国を測るアーサー王として君臨している今の彼女からでは、その鋼鉄の表情の先を読み取れなかった。

 今の私の立場と彼女の立場も影響している。

 ただ分かるのは、根本の部分が頑固な彼女だから、もうこうなったらテコでも動かないという事だけ。しかし、それでも私は言わなければならなかった。

 

 

 

「本当に………本当に私が相応しいと判断しているのですか」

 

「えぇ。

 貴方が何度でも問うなら、私も何度だって返そう。貴方以上の適任はいない」

 

「……………………ガリアは」

 

「?……何故、彼の名前が出て来る」

 

「……………………」

 

「成る程。では貴方の疑念の為にもう一度言うが、私は彼がどんな人物か知ったその上で、貴方以上の適任は居ないと判断している」

 

 

 

 ギャラハッドは、と言いかけて修正したその言葉も、一体どうしてそう帰結するのでしょうか? とでも表しているように彼女は首を傾げ、そして答える。

 

 確信せざるを得ない…………ギャラハッドの事を知らないから私を指名しているとかそう言う訳ではなく、彼の事を認識した上で、彼女は私以上の適任はいないと判断しているのだと。

 なんだこれは。意味が分からない。しかも最後の抵抗すら一瞬で無に帰ったぞ。

 

 

 

「アーサー王……お言葉ですが、私は自分よりも彼の方が十三番目に相応しいと思うのですが」

 

「それは何故?」

 

「……………」

 

 

 

 ……あぁ、キツい。本当にキツいぞこれは。

 彼女が今、王として君臨しているのもあるが、こういうあまりにも純粋にして愚直な問いが本当にキツい。

 私の会話のやり方上……返す刃を振れないというか、カウンターが出来ないというか。

 しかも彼女が、特に私を騙そうとか言い包めようとか、そう言う考えが全くない事も余計に拍車をかけている。

 彼女は純粋に、私の考えに耳を傾けているだけなのだ。だから、私が喋れば喋る程に彼女が優勢になっていく。

 

 

 

「………円卓第十三席は呪われている。マーリンですら解呪出来ない程の、そういう概念、人々の意識によって」

 

 

 

 そう、円卓第十三席はそう言うモノなのだ。何せ、あのマーリンが私にそう告げたのだから。勿論、私はその現象に思い浮かぶモノがある。

 無数の無辜の人々がそう認識するだけで、決して届かない筈の英雄や偉人達の在り方すらも容易く捻じ曲げる、その現象。

 

 アマデウスを殺した者であると誰もがそう考えていただけで、死後、復讐者へと落とされた、無実の"アントニオ・サリエリ"。

 串刺し公という口伝だけでドラキュラ伯爵へと変貌させられた、ルーマニア最大の英雄、護国の鬼将"ヴラド三世"。

 ただ小説のモデルになったからという理由だけで、オペラ座の怪人"ファントム"という概念に塗り潰された、エリックという名の只人。

 

 まさに、十三席はそれだ。

 ただ、十三の数字は不吉だと人々が考えているだけだというのに、本当にそうなってしまった席。故に、永遠に空白にするべきだと断じられた、曰く付きの席。

 

 

 

「その呪いは、相応しくない者がその席に座れば当たり前の様に具現するでしょう。災厄の席。破滅と裏切りの象徴。それが十三席だった」

 

「えぇ、そんな事知っている。

 勿論、貴方を破滅させてやりたいからこの席に座らせる訳でもなく、また——いずれ裏切るだろうと判断しているから貴方をこの席に任命した訳でもない」

 

「……………………」

 

「しかし、貴方は自分自身ではなく、彼の方が相応しいと考えているようだ。

 それはどうしてなのか、どうか私に教えて欲しい」

 

「それは…………」

 

 

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 その理由は………本当ならギャラハッドが十三番目に座ったから? 私が、ギャラハッドの役目を奪い取るようで嫌だから?

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 いいや——いいや違うだろう。

 そんな偽善的な話ではない。私はそうなるからと知っているだけじゃないのだ。実際に見て、感じて、理解している。単純な話だ。あぁ、この人間ならあの十三席に座れるだろうと、そう感じたのだ。

 

 十三番目の席は、ギャラハッドの方が相応しい。

 あの、正直何を考えているのかさっぱり分からない表情をしながら、しかし決して揺らぎはしなかったあの盾を見て、遠き未来の少女と何回重ね合わせた事か。

 僅かに不安そうな表情をしながら、人間とは何かを私に説いたあの顔も覚えている。

 

 つまりアイツは己の事に無頓着な癖に、人間というモノが何かを測り取る事が出来ながら、私のような他人の為に戦える奴だ。だからアイツの方が、より相応しい。

 

 

 

「それは、単純に私より彼の方が相応しいからです」

 

「…………………」

 

「十三番目の席は呪われている。だから、その席に座っても決して呪われないだろうと誰もが思う人物じゃないとダメだ。

 周囲にまで被害を及ぼさない。絶対に主君を裏切らない。私欲を持たない。

 そんな聖人君子のような人間以外は、第十三席には座れないでしょう。だから、私ではなく彼の方が相応しい」

 

「そうか——」

 

 

 

 一瞬だけ僅かに俯いた後、私を正面から見据えて、彼女は告げる。

 

 

 

「——ならやはり、貴方の方が相応しい」

 

 

 

 そう言って、彼女は小さく微笑みながら私の言葉を優しく斬り捨てた。

 僅かに戸惑う事もなく、再考する事もなく。

 

 

 

 

「何を…………一体」

 

「その説明なら、貴方も当然のように座れる。そう確信出来ただけだ」

 

「本気ですか。まさか、冗談でしょう? 私のどこが一体聖者だと言うのですか」

 

「私としては、聖者や聖人君子という言葉そのものが不思議で仕方がない。

 ではどうする? 聖者の祝福を受けるガウェイン卿を十三席に任命するべきだろうか?」

 

 

 

 茶化すように告げたアーサー王の言葉に、ガウェイン卿は慌てて首を振った。

 私とアーサー王の間で交わされる議論。他の円卓の騎士達が私達の討論をハラハラしながら見守る中、アーサー王は再び告げる。

 

 

 

「では私は言おう。十三席に座った貴方を、人々はこう考える。

 あぁ遂に彼が円卓入りか、と。そう思わない訳がない。ずっと、次の円卓最有力と謳われ続け、貴方がその名前を轟かせてから大きくなり続ける知名度と影響力。むしろ、円卓入りが遅すぎるとすら言われるかもしれない」

 

「………………」

 

「だから、貴方は当たり前のように十三席に座る事を許されるだろう。

 呪われた席が一体なんだ。その特別な席に座る事は当然だ。呪われる訳もない。仮に呪われたとて、あの存在には何一つ届かず、また足を引っ張る事すらも出来ない道端の小石程度でしかない。

 何せ、そう人々に思わせるだけの事をしているのだから」

 

「……………………」

 

 

 

 彼女の言い分に、ようやく合点がいった。

 私と彼女には、考え方に大きな差がある。

 ギャラハッドの様に、そもそも呪われないだろうと思わせる程に清らかな精神性の話ではなく、貴方ならその呪いを弾き返し、そして人々の意識を捩じ伏せて君臨出来るだろうと彼女は私に言っているのだ。

 

 

 

「………………」

 

「あの、ちょっと一つあるん……ですが」

 

 

 

 アーサー王の答えと私の反応に思う事があったのか、私達以外の円卓の騎士達が誰も言葉を発しない中、黙り込んだ私の代わりにモードレッド卿が声を上げる。

 

 

 

「どうした? モードレッド」

 

「あー……いやその。なんでなんだろうなぁって……思いまして」

 

「何がだ?」

 

「いや、あー………アレですよ、ルークが十三席に座る事自体は別に気にしてないんですが、なんでそれを急いでいるんだろうなって。

 いやまぁ、確かに重要な事だってのは分かりますけど、今現在召集出来る全円卓の騎士を集める必要があったのかな………って」

 

 

 

 言葉使いにところどころ吃りながら、モードレッドがアーサー王に問う。

 確かに十三席は円卓の中で特に重要な席ではあるが、しかし他の全円卓の騎士を集める必要があるかと言われたら………いや、どうだろう。正直、比較対象がいないから、それ程に重要なのだと彼女に言われたら納得するかもしれない。

 

 ……だがそうだ。確かにモードレッド卿の言うように、彼女は何かを急いでいる。

 それが、本来なら誰も座れない最後の末席である十三席目に私を座らせると、円卓の騎士達に印象付けたいが故か、もしくは……また別の理由か。

 

 

 

「話が早いなモードレッド。卿の言葉は尤もで助かる」

 

「あー………はい?」

 

「では、最後の本題に入る——ローマがブリテンへ侵略を開始した」

 

 

 

 その言葉に、一瞬の間を置いて円卓の間は凍り付いた。

 ……あぁ、やっぱりそれに起結するのか。私はアイツから先に知らされていたから驚きはないが、改めてアーサー王の口から聞かされると本当に嫌になる。

 アイツの言葉は嘘ではなかったという事なのだから。

 

 

 

「卿らの動揺も分かる。

 北の蛮族の侵攻を可能な限り押し止め、反撃の準備を最大限行い、いざこれから決着の時だという時に、大陸最大の帝国が我らの背中に剣を突き立てて来た。

 故に今こそ私達は集結し、決心しなくてはならない。だからこそ、今は僅かな力も無駄にしてはダメなのだ」

 

 

 

 黙り込んでいる円卓の騎士に告げながら、アーサー王は私に視線を向ける。

 

 

 

「役割がいる。欠けた円卓の溝を埋め合わせる程に強大で、そして影響力のある者が。今までの円卓では誰も成し遂げられない事を可能とする、そんな人物が。

 だからルーク。貴方の力がいる。どうか受けて欲しい」

 

「…………………」

 

「何か、異論のある者はいるか」

 

 

 

 そう、力強く私に告げた後、彼女は円卓に顔を向けて問いを返す。

 反論は…………——何一つもなかった。誰も、私が円卓第十三席に座る事に異を唱えない。

 数名が了承の意を告げる声に紛れて、否認の声が聞こえないとかそう言う話ですらなかった。

 あの………あの三人達、ベディヴィエール卿、トリスタン卿、ランスロット卿からも否認の声は出なかった。

 

 唯一何かを訝しんでいたランスロット卿だが、彼も私が十三席に座る事を当然の如く受け入れている。ただ彼は、私が円卓入りする事ではなく、アーサー王が何故その選択をしたのかを気にしている様だった。

 つまりは、誰も私を疑っていない。

 

 

 

「ですが………実際には一体何を? ただルークを十三席に迎え入れて済む話ではないのでしょう」

 

 

 

 ランスロット卿がアーサー王に疑問を呈した。

 未だ私は誰もが私に異議を申し立てない事に囚われているが、そもそもの話で、私を十三席に入れて何か変わるのか? という話だ。

 北の蛮族。南からローマの侵略。二つの勢力の脅威度は尋常なモノではない。誰だって知っているし、勿論私も知っている。

 

 私は私を信用し切れない。

 もしかしたら……一、二年で崩れるだろうと言われた壁が二年半程持ち堪えたのは、私の行いが影響したのかもしれないが、しかしそれは手回しがあったからだ。

 私単独では、何かの流れを大きく変動させられるとは思えない。というかそもそもそんな自信がない。

 だがそれでも、アーサー王は粛然と告げる。

 

 

 

「元々我らには余裕がなく、ましてや時間もなかった。

 だが、ルークが私の影武者として働き続けてくれたおかげで、キャメロットには常に私が居るにも等しい状況になった。

 故に、私達は後ろから剣を向けられる心配を気にせずとも良くなり、各部族や諸王国との連携はより根を伸ばし強固になっている。

 しかし、それでも足りない。片方を十全と解決する事は出来ても、もう片方によってこの国は瓦解するだろう」

 

「………………」

 

「故に——北と南への対抗を、両方同時に進める」

 

 

 

 その言葉の意味を、誰よりも早く理解したのだろう。

 アグラヴェイン卿が、アーサー王を諌めるように告げる。

 

 

 

「そんな事が、果たして可能なのですか」

 

「いいや、両作戦同時攻勢は不可能だろう。まず圧倒的に戦力が足りない。蛮族を倒し切りローマを倒し切るなど、明らかに現実的ではない」

 

「は……いやでは」

 

「だが、両方解決せねばならない」

 

 

 

 アグラヴェイン卿からの問いも、アーサー王は優しく、しかし僅かにも戸惑わず斬り捨てた。

 

 

 

「戦力が足りず、分散すれば双方が共倒れで、しかし双方を片付けなければならない。

 だが数ヶ月、数ヶ月の間なら、この国は円卓の騎士達が居なくとも耐え忍ぶ事が出来よう。その為の部族達と諸王国はルークが繋いだ。ならば後は私がやるだけだ」

 

「………………」

 

「しかし、南の帝国だけは話が変わる。

 海を越え、陸地に上がられてしまえば全てが終わる。故に、この国が北からの侵略を耐え忍ぶ数ヶ月の間に、ローマと完全なる決着を付けなくてはならない」

 

「…………攻勢の為の全戦力をローマに当て、残りの防衛勢力で北からの侵略を耐え忍び、最速でローマと決着を付けた後、ローマから帰還した攻勢勢力と防衛勢力で、北の蛮族達への反撃を開始する、と」

 

「あぁその通りだ。理解が早くて助かるぞアグラヴェイン」

 

 

 

 アグラヴェイン卿の言葉に満足そうに彼女は告げるが、しかしアグラヴェイン卿の憂いの表情はまだ消えない。

 

 

 

「まずはローマに勝たなくてはいけない。

 故に、ガウェイン、トリスタン、ランスロット、モードレッド、ベディヴィエール、アグラヴェイン。この六名の円卓の騎士達をローマへの戦力に割り振る。それ以外は本土防衛だ。次期円卓候補である、ボールス、ボーメインもだ。

 ……ガリアは………いや、彼は本土防衛ではなくローマ帝国の攻略に充てる」

 

 

 

 やや硬い表情するアグラヴェイン卿を含めて、彼女は円卓の間の全員に告げる。

 ………まさか、ローマ帝国攻略に円卓の上位のほぼ全てを割り振るとは。

 それだけ本気という事でもあり、同時にそれだけの円卓を動かさないといけないという事でもある。

 ギャラハッドについては、僅かに眉を顰めて彼女は告げた。

 

 

 

「では、指揮は?」

 

 

 

 アグラヴェイン卿のその問いが、私を含めた円卓の騎士の総意でもあった。

 アーサー王は北からの侵略から守護する為に、この国に残るだろう。しかしでは、ローマ帝国への反撃は誰が指揮を取るか。

 

 いや………いやいやまさか…………流石にそんな訳が——

 

 

 

「——ルーク、貴方に頼みたい」

 

「……………———」

 

「その為に貴方を第十三席に迎え入れる」

 

 

 

 あぁ………うわぁ……と、意識を沈めて、次の瞬間には下唇を噛んで無理矢理意識を引き戻す。

 彼女の言葉と此方を見るその視線が、冗談でもなんでもなく本気だと言う事を理解させられるが、それでも私は彼女に言わなくはならない。

 というか、さっきから言われっぱなしなんだ。私だって言いたい事が山程ある。

 

 

 

「…………なんですか? まさか、貴方の影武者として軍を率いろと? 本当に私が上に立ち、円卓を指揮し、ローマ帝国を倒してこいと?」

 

「えぇ、その通り。

 しかし、貴方の言い分と私の想定は少し違う。私の影武者ではない。貴方は貴方のまま、軍を率いるべきだ」

 

「………は?」

 

「その方が間違いなく通用する。絶対に。

 そして言っただろう、役割の問題だと。私がローマに出向くよりも貴方が出向く方が、必ず戦果を上げる」

 

「失礼を承知で言いますが——気でも触れましたか? アーサー王」

 

「いいや、私は貴方と同じようにどこまでも平静だ。

 貴方だって分かるだろう? こうする他に最善の選択はなく、また最良の人物は貴方自身なのであると」

 

 

 

 私の感情的な問いでも、彼女は眉を僅かたりとも動かさない。

 彼女から返された言葉に一瞬黙り込んでしまうが、しかし私も同じく返す。

 

 

 

「………確かに王の意図は分かります。ですが、私が最良であるとは思えない。

 そもそも私は貴方の影だ。貴方の影武者、貴方の振りが出来ない私など、到底人の上に立てる器ではありません」

 

「いいや、貴方は人の上に立てる。立てない訳がない。

 貴方は人間という存在が何を思い、何を願うかを理解しているのだから。複雑な感情の駆り立て方を、魂の真髄から理解している筈なのだから」

 

「何を一体………そうであるなら、ガウェイン卿の方がよっぽど相応しい。

 王の右腕であり、今までも実際に王の代理役を務めてみせた彼がこれ程に力を発揮出来る場面はそうありはしないでしょう」

 

「確かにそうだ。私もそう思う。

 だが同時に、貴方もこれ程に輝ける場面もそうありはしない」

 

「……………貴方は私の何を知っていると? というか、私にそんな指揮能力などありませんし、人を導けるようなカリスマもない。当然、軍略について議論出来る程の智慧もなければ、経験だって不足している。そんな私に何が出来ると」

 

「残念だがそれだけは否定しよう。貴方は私と同じ事が出来る。

 しかも貴方は、貴方が思っている以上に己に視線を集めているのだ。むしろ集め過ぎていて人々は待ち侘びているだろう。貴方が目覚めるその瞬間を、今か今かと」

 

「……………仮にそうだとしましょう。ですが大前提として、騎士達は私について来ると思えない。僅か十四の子供の下につく事をどれだけの人間が許容するのか」

 

「——フ」

 

 

 

 そう言うと、彼女は小さく微笑んだ。

 一体何を言っているのか、というそんな笑み。

 

 

 

「では——アグラヴェイン。貴公は彼の言い分をどう思う?

 彼の下につく事を、騎士達は許容しないだろうか?」

 

「いえ。恐らくそのような騎士はいないかと」

 

 

 

 話を振られて、アグラヴェイン卿は素早く答えを返した。

 

 

 

「既に彼は私の部隊長……それも副長として十全に機能しています。

 相性の問題と言われればそれまでですが、気難しい粛正騎士隊の人間の上に立った経験もあるので、少なくとも一軍の将官としては通用するかと。

 軍を率いる王としては………まだ判断が難しい故、彼のポテンシャル次第でしょう」

 

 

 

 今だけは、アグラヴェイン卿からの絶賛の声にも微妙な顔をしてしまう。

 確かに褒められたら嬉しいが、じゃあ国の命運を左右する立場をはい成し遂げて見せます。とまで煽てられる程に図太い神経を私は持てない。

 

 

 

「だ、そうだがルーク」

 

「申し訳ありませんが我が王、自信がありません。私は王ではなく、勿論アーサー王でもありません。貴方の振りが出来るだけで運命の子ではない。

 故に、将官としてなら頑張ってみますが、本当に王の代わりをやれは無茶が過ぎます」

 

「そうか——ならやっぱり私と同じだな」

 

 

 

 再び、彼女は笑って告げた。

 心底安心して、同時に私を励ますように彼女は………こんな簡単に"笑った"。

 

 

 

「十四の子供に誰もついてくる訳がないと貴方は言うが、だが良く考えてもみるがいい。私だって、十五の時から王をやっている。なら貴方だって条件はほぼ同じだ。

 いや、貴方は九の時から騎士となり、国を背に戦い、その信頼と基盤をもう作り上げて来ている。なら私よりもやり易いだろう?」

 

「…………………」

 

「それだけじゃない。貴方はもう既に王の真似事が出来る。僅かな狂いもなく、完璧に。なら次は、それをもう一つ先の段階に昇華させる時だ。

 貴方が今まで築いたモノ。示してみせたその在り方。それは確かな形となって、深く深く芽生えている。だから皆が待っている。

 貴方の一声。貴方の目覚め。新たな許しを得る時を。

 ようやく、ようやく貴方が光を浴びるに相応しい時が訪れたのだと」

 

 

 

 感慨深く語るように告げてみせた、彼女のその姿。

 あのアルトリアが私にこうまで言っているのだ。彼女自身のカリスマも合わさり、ただそう告げているだけで、本当にそうなんじゃないかとすら思えてしまう。

 

 だがどうしても……彼女のその口調と佇まいにある姿が脳裏をよぎる。

 喋り方。表情。口調。佇まい。人々を導く様でいて、しかし耳元で囁いて、無造作に人々を惑わしてくる様な"非人間"の姿。

 本当にタチが悪い方の——花の魔術師マーリンと。

 

 あぁ、やはり血は繋がらず形は歪とも、父と子なのだと言うべきか。もしくは裏でマーリンが絡んでいるのか、何かを彼女に告げ口したのか。

 …………きっと両方だな。

 

 

 

「それだけの力が私にあると……」

 

「えぇある。今はまだ眠っているだけだ。

 だからその為に、私は貴方にこれを授けなくてはならない。五年近く前に渡した二つの剣では、もう力不足だろう?」

 

「は……?」

 

 

 

 私の一瞬の硬直に挟み込むように、そのまま彼女は告げた。

 

 

 

「——マーリン、アレを」

 

「——あぁ良いよ。分かった。丁度最終調整が終わったところさ」

 

 

 

 ふわりと風が舞い込んで、それと同時に舞い散る花びら。

 いつの間にか、マーリンが円卓の間に現れていた。アルトリアの笑みをとびっきり怪しく、そして信用出来ないようにした、彼らしい笑みを浮かべて。

 

 

 

「いやぁもうアーサーってば人使いが荒いんだから。私を使いっ走りにするなんてキミくらいだよ?」

 

「マーリン」

 

「あぁうん。分かってるよ。私の愚痴はどうやら必要とされていないみたいだ。

 そして……やぁやぁ久々だねルーク。ちゃんと顔を合わせるのは一年振り以上かな? ちゃんとキミと適度な距離を取った事については結構褒められても良い事だと私は思っているんだが、キミとしてはどうだい?」

 

「…………………」

 

「おや、キミはそんな事よりこれが気になる様だ。ではこれから説明しようか」

 

 

 

 そう言って、マーリンは楽しげにしながら左手に持つ長剣を掲げた。

 ……見間違いようも無い。"叛逆の騎士モードレッド"が手にし、父親への愛憎を以って魔剣へと染め上げた、幅広の長剣。今でこそ魔剣化してないが故に、血染めの銀ではなく蒼銀の剣であるという差異はあれど、造形が全く同じなのだ。

 白銀の王剣。如何なる銀よりも眩い輝きを放つとされた、至高の剣。その真名は——

 

 

 

燦然と輝く王剣(クラレント)——」

 

「あぁ知っているかい? なら話は早いかな。詳しい説明も要らないだろう。何せキミだし。

 じゃあ、はいこれ。アーサー王がキミに送る剣だ」

 

「…………………」

 

「キミなら、手に取った瞬間に理解出来る筈さ」

 

 

 

 簡素に説明だけして、マーリンは私にポンっと燦然と輝く王剣(クラレント)を手渡した。

 目と鼻の先にあるソレを見て、鳥肌が立つような感覚を覚える。生唾を飲み込むのを止められない。手に触れたのもあって、瞬間的に理解出来たのだ。

 この剣は、私が持つ二つの剣とは比べモノにならない。

 もしこの剣を完全に解放出来れば、それこそ煮え滾る火山の如き熱量を顕現させる事が出来るだろう。

 あぁ、選定の剣と同じく王位を示す剣であり、同時に勝利すべき黄金の剣(カリバーン)に勝るとも劣らない宝剣という逸話には、一切の誇張がないのだと分かる。

 

 

 

「どうしたんだい?」

 

「……………………ッ」

 

「さぁ、剣を構えてご覧。あぁ解放出来ないか不安?

 大丈夫大丈夫、安心して。アーサー王とギネヴィア王妃が課している二つの封印はボクが承認して解除してあるから。後はその拘束を正しく外すだけだ」

 

「…………………」

 

「まずはやってご覧。皆気になっているよ?」

 

 

 

 暗い暗い底無しの穴を見て硬直するような、不気味な何かに魅入られて停止するような、そんな私をマーリンの緊張感のない声が引き上げる。

 

 

 視線が私に集まっていた。

 

 

 剣を渡して、一歩引いたマーリン。私の何かを見定めるようでいて、しかし優しく見守るような雰囲気が隠せていないアルトリア。

 驚愕と羨望。そしてそれ以上に、私に何かを期待するような眼差しを向けるモードレッド。やや目を細め、私の姿を視線の中央に収め続ける円卓の騎士達。

 

 ……あぁ、あまり気分は良くない。冷や汗を流してしまうような緊張感がする。

 やっぱり私は王には相応しくないのではないだろうか。いや、王じゃなくて王の代わりだけど。こんな緊張感の中、アルトリアは王をやっているのか。正直私はやりたくない。

 

 

 

「————————————」

 

 

 

 現実逃避と弱気な自分を、一呼吸で抑えて捻じ伏せる。

 たったの一呼吸。しかし、深く大きな深呼吸。頭を冷やして、透き通らせて、しかし肉体の血肉を動かし心臓を動かす酸素を一息で送る。

 

 やっぱり私には出来ませんなどもう通用しないだろう。

 というかそれは私の嫌いな逃避だ。まずはやってみるという話なのだから。

 でもそれはそれとして、大なり小なり文句は言う。

 

 

 あぁもうッ………やってみれば良いのだろう、やってみれば。

 

 

 準備は出来ている。

 ならば、後はやるだけ。

 そうだそれしかないのだ私には。

 

 瞳を閉じて、邪魔な感覚をシャットアウトする。

 必要なのは己の意識一つだけ。それ以外は不純物だ。ありとあらゆる、意識の切り替え。

 スイッチをオフからオンにする。0から100へと切り替える。意識の向かう先を、外から内側へと反転する。

 限界まで高まった意識の中、私は騎士の礼を行う様に、もしくはアルトリアがエクスカリバーを両手で構えるように、燦然と輝く王剣(クラレント)を構えた。

 

 

 

同調(トレース)……開始(オン)

 

 

 

 呟く言葉で、次の段階へと移行する。

 イメージするのはアルトリアか、もしくはモードレッドか………いいや、違う。今ばかりはその二つは雑念だ。

 

 そうだ違う。まだだ。

 浮かべるイメージは誰かではなく、自分そのもの。しかも内側。

 集中力を極限まで高めて、しかし体の緊張感は解く一種のトランス状態へと陥らせて、王剣を握りながら瞳を閉じ、脳裏に浮かんで来るそのイメージを受け入れる。

 

 

 浮かんだイメージは……水の底だった。

 

 

 深い深い……僅かな光もなければ音もしない深海。

 そこで、私は四肢の力を抜いた状態で漂っている。

 だけど何かの振動だけは感じていた。一定周期で振動を放つ、何かの鼓動。

 あぁ、すぐに分かった。その鼓動は、眠りにつきながら私をずっと支えている卑王の心臓にして、邪竜の炉心。

 

 四肢に力を込めて、何も見えないまま鼓動の方に泳いで、ソレに手を伸ばして触れる。

 触れた瞬間、明確になる思考と意識。瞑想が終わるその瞬間、私に返事をするように——ドクンと大きく鼓動を返したような感覚がした。

 

 

 

「——全拘束、解除」

 

 

 

 目を見開き、告げた言葉を命として事象に変革が訪れる。

 私の魔力が王剣を包み始める。鍵穴が解除されたように、何が噛み合わさるような気がした。

 

 それだけじゃない。

 瞑想などせずとも、ドクンドクンと感じる心臓の動きと、肉体の血肉が沸騰しているのではないかという感覚と共に、血管を流れる魔力を含んだ液体。

 それは最早、魔術回路と何が違うのだろうか。私の肉体のありとあらゆる血管が、竜の炉心を中心とした回路なのだ。

 

 

 そして故に、その膨大な魔力は当然の如く燦然と輝く王剣(クラレント)を芯の部分から満たし上げる。

 

 

 初めての感覚だった。

 いっそ怖いくらい不気味に馴染む、王剣の柄。

 内側で破裂しそうだった灼熱の火山のような滾りが、両手を通して握る剣に吸い込まれていく。すっと身が軽くなっていて、空でも飛べるんじゃないかという程に何かの呪縛が消える。

 

 でも、今までずっと内側で持て余すしかなかった魔力が今まさに最高潮に達しているのに、締め付けられる様な苦しさなんてない。

 解放感。もしくは爽快感が体を支配していて、しかし仄かに残る肉体の暖かさが私の意識を、この一種のトランス状態で固定する。

 

 浴びていて心地の良い陽光と、爽やかな夜風を同時に感じているような感覚が離れない。

 そしてきっとそれは正しいのだろう。回転する炉心の魔力が王剣にまで届いて、正しく消費・解放されているのだから。

 

 私に呼応して、その真名に相応しい輝きを放つ王剣。

 星の聖剣のような黄金の光ではなく、教会の輝くステンドグラスのような、眩い白銀の輝きを周囲に放ち、それは光そのものを周囲に撒き散らしている程に高まる。

 

 私と同じ。

 王剣も、滾る魔力の解放を待っているのだ。

 

 

 

「——聖剣、解放」

 

 

 

 その言葉を待ち望んでいたとでも言う様に、王剣は王剣自らに許しを与える。

 刹那、ガチャっと何かの枷、もしくは鍵が外れたような音とともに、剣が音を立てて変形する。剣の鍔にまで降りる、剣の両辺に備え付けられた純銀のパーツ。二つの拘束機構。

 正しく解放された二つの機構から淡い輝きが広がり、ただ剣だけを包んでいた光が、私を中心として周囲にまで降りて広がっていった。

 如何なる銀よりも眩い光が、周囲を照らし続ける。

 

 なんて容易いのか。

 王に相応しい者にしか解放出来ない筈の王剣でありながら、本当に拘束が掛かっているのかと思える程に、何かに阻まれた感覚がない。

 あるのは………いや、でもこれ——

 

 

 

 ——あぁ、何なんだろう。この感覚。

 

 

 

 王剣に認められたという感覚はない。

 王剣に私が同調したというのは近いが異なる。

 王剣の主に私が相応しいという、そんな運命の片割れと逢ったなんて気持ちは皆無に等しい。

 自分の高まる肉体に反して己の精神だけはひたすらに冷えている。

 

 

 足りない。

 

 

 そうだ、まだ足りてない。

 私がこの王剣に相応しくないんじゃなくて、この王剣が——私に相応しくない。

 この王剣ですらまだ一歩足りない。私の滾りをちゃんと満たしてくれない。

 

 だから、この王剣の正しい主として私が選ばれた訳じゃない。

 私はもっと攻撃的だ。圧倒的な何かで呑み込み、王剣の内側を私の力で自分に合うように、相応しいように染め上げたと称する方があっている。

 でも、それでもこの剣では私に相応しくない。コップ一杯の水に大河の水流を収められないように、この剣は私について来られない。

 

 

 故に、私が上でこの剣が下だ。

 

 

 だから、そうだ。私は出来る。

 どこまで圧倒的に。抵抗など無意味に。本来の機構などは無価値に。絶対的な竜の奔流を以って、私はこの剣を——完全に支配出来る。

 

 

 

「……………—————」

 

 

 

 何かの音がした。

 ビシっと、硝子にヒビが入るような音。バキッと鉄が軋んで折れるような音。

 清廉にして華麗な王剣の中、目に見えない内側の中の何かが決定的に蹂躙される。風船に空気を流し込み過ぎて破裂するように、壊してはならない何かが決定的に砕け散る。

 

 故に………色が変わる。反転を開始する。

 包み込んでいた白銀の光を貫いて、今すぐにでもその本性を晒してやると言うように王剣の刀身から溢れる魔力の残滓。

 それは血よりも濃い赤雷ではない………酸化した血の様に黒く染まった紫電の稲妻で——

 

 

 

「————ッ」

 

 

 

 思わず剣の構えを解いて、剣に流していた魔力の全てをシャットアウトする。力を込めるなど以ての外だ。これ以上、この場で力を込めてはいけない。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 僅かな動揺は悟られず、周りには直視するのすら難しい貴光の中、私が王剣で振り払うように構えを解いたように見えただろう。

 まだこの剣は、聖剣としての格のままで魔剣へとは堕ちていない。まだ赤色になっている訳ではない。

 

 だから、今の一瞬の残滓はまだバレていない。

 そう信じて——マーリンと目があった。周囲の円卓の騎士達は、未だ先程の白銀の光に心奪われているというのに、彼だけが気味の悪い目で私を見ている。

 不気味な微笑みだ。浮かべた表情に交じる彼の瞳も、私の一体何を見ているのかさっぱりだった。

 味方なんだか敵なんだか分からない、そのような立ち位置にして、そう邪推させて来る、理解の及ばない上位者の瞳。

 

 

 

「なんだよぉ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。ちょっとそういう視線は傷付くよ?

 いやまぁ、確かにキミに燦然と輝く王剣(クラレント)を与えてみようとアーサーに助言したのは私だけど、今はその気難しい王剣を解放出来た事に喜ぶべきじゃないかい?

 そうだろう? ルーク」

 

「……………………」

 

「あぁそれと、まさかここから拒否してくるとは思わないけれど、キミはそろそろ素直に受け入れるというのも学んだ方が良いかもしれない。

 キミの深層心理に、怖いし裏切られたくないっていう思いがあるのは分かるんだけどさ」

 

「——は?」

 

 

 

 怖い程に、地の底から響くような声が出た。

 賢者としての素質と側面を持っているのは理解しているが、それでもあの非人間のマーリンに一体何が分かるんだという反発心が、彼の言葉を弾く。

 

 だが、私の声にもマーリンは涼しげなままだった。

 

 

 

「あぁいやごめんごめん。

 受け入れるというのは、アーサー王がキミに願った二つの話の事だ。十三席と、ローマ軍の話。まさかそこまで燦然と輝く王剣(クラレント)を自らの物にして、周囲の視線を奪い取っていながら、やっぱり私には出来っこありませんはないだろう?」

 

「………………」

 

「不安かもしれないが、まぁみんなも色々不安だ。

 だから、相応しい人がやってみよう。不安な心内をたった一呼吸で捩じ伏せられる人がやってみよう。そういう単純な話じゃないか」

 

 

 

 畳みかける言葉に、内心で歯軋りする。

 クソ……こういう風に話を変えて逃げられるよう、さっきは敢えて突拍子もなく圧縮した言葉を私に投げかけたな、マーリン。

 

 

 

「あぁ…………あぁ——理解出来たよマーリン。

 星の聖剣の代わりに白銀の王剣を使い、アーサー王の代わりに私が軍の上に立つのだと。まるで、私を特別扱いしてそう見せようとしてくるのが大変癇に障るが」

 

「ハハハ、まっさかぁ。

 確かに特別扱いというのは反感を呼びやすいが、特別な人間を特別扱いしないのは不安と不満を招く。

 というか仮に今までのキミが特別じゃなかったとしても、もうキミは特別だ。だってもう——その王剣はキミ以外には使えなさそうだし」

 

「……………」

 

 

 

 マーリンの視線が、私が携える白銀の王剣の事を指し示していた。

 自分でも怖いくらいに馴染んで、今も尚、この剣を私は100%完全に支配して、解放出来るという確信が離れない剣。

 

 ………きっと、次に力を込めてその剣光を放とうとした時、この剣の本性が曝け出されるだろう。

 流麗だった筈の王剣が、どうしようもなく血塗れの魔剣に堕ちるその瞬間。

 本来なら彼女の手に渡って、父親への愛憎を以って魔剣へと染め上がった筈の剣が、私の内側の呪詛によって別のナニかへ決定的に染め上がってしまう、身勝手なる強奪の瞬間。

 

 あぁ、聖剣の格を持つ筈の王剣が魔剣へと堕ちた瞬間、騎士や人々は私に何を見出すのか。

 私には、どうやってもアルトリアのような聖剣の威光など示せないから落胆されるのではないか。

 

 

 

「ルーク」

 

 

 

 声がする。

 意識を引き戻す清澄な響き。

 今は白銀である王剣に視線を向けて俯いている私に浴びせられた、彼女の言葉。

 

 

 

「頼めるか?」

 

「…………———良いんですね? もう一度聞きますが、本当に私で良いのですね?」

 

「あぁ、勿論。今の白銀の極光を見て確信した。

 だからどうか、貴方に頼みたい。私と同じで、しかし違う信念と志を持つ——もう一人の竜よ。その剣は好きに使って構わない」

 

 

 

 私の内側に秘める心臓と、それを支える私の呪詛が一体どんな化け物であるか分かっているだろうに、当然の如く返されるその言葉。

 あぁ、それでもやれると言うか。貴方なら出来るに決まっていると信じるのか、私の王は。

 

 複雑なのは変わらない。

 貴方がそう言おうと、私自身が出来る気がして来ない。確かにいつかの彼女と違って、味方には断罪されてないランスロット卿もいるし、離反してないトリスタン卿もいるし、なんなら叛逆していないモードレッド卿もいる。

 

 

 だが、軍を率いる上が私なのだ。

 

 

 最強たる星の聖剣と比べてしまえば、どうしても一つ劣るだろう白銀の王剣と、あらゆる傷を癒し尽くす聖剣の鞘の加護はない。

 此方の被害は、そのまま次に相手取るだろう蛮族との戦いで遅れを取る原因へと繋がり、しかも相手はあのローマで。それを率いる皇帝は、大陸最強とすら謳われた剣帝。

 ランスロット卿からの傷があったとはいえ、日輪の下のガウェイン卿を一撃で戦闘不能にした化け物。

 アルトリアよりも劣る私が、アルトリアと違って星の聖剣もその鞘もない中、アルトリアと同じかそれ以上の事をやってみせろというのだ。

 

 なんたる無茶振り。期待過多にも程がある。緊張以前に出来る気が湧かないし、普通に私が死にかねない。

 しかし私がやらないといけないというのも事実で、そして貴方は私なら出来るだろうと疑わない。なら………なら、ええ——

 

 

 

「えぇ——えぇ分かりました。分かりましたよ。やります。私がやってやれば良いのでしょう?

 ならもう、私は私なりに好きにやりますので。後から後悔しても私は知りません。私が齎したその戦果が貴方の騎士道に反するモノだとしてももう遅いですから」

 

「あぁ分かった。その時は、私の騎士道では成し遂げられなかった事を貴方が成し遂げたのだと素直に受け止めよう。むしろその時が来たら、貴方は誇ると良い。それはつまり、貴方が新たな道を示したという事なのだから」

 

「何をまさか。私は道など示せません。ただそこに在るだけです」

 

「そうか? ならそうしよう。

 ……あぁ、うん。その様に決心したならもう不安はない。いの一番に自らを駆り立てた貴方は、きっともう誰にも止められやしない」

 

 

 

 それを貴方が言うのか、という言葉を飲み込んで、彼女に視線を返す。

 あの剣帝に勝てる気は変わらず湧いてこないが……あぁしかし、何が何でも絶対に勝って、真っ向から叩き潰してやる。このタイミングでブリテン島を襲ったその代償だ。

 

 だから教えてやろう。この島には、王の振りをする影武者——の振りをしているだけの、もう一体の竜がいる事を。

 その竜は赤き竜と違って、飛びっきり悪質でタチの悪い邪竜である事を。

 

 覚悟は済んだ。

 逃避は止めた。

 なら後は突き進むしかない。

 

 故に戦う。戦って勝つ。敗北などは決してあり得てはならず、辛勝では許されない。そして戦う以上、私は敵を一人残らず殲滅しなければならない。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 円卓の間から覗く大空に視線を向ける。太陽は傾き始めていた。

 そして太陽が落ちる先、遥か彼方にある帝国。それとの会戦は近い。

 

 良くもやってくれたなルキウス。

 貴様のせいで、私が新たに何かを成し遂げないと私の故郷がずっとずっと早く滅ぶ羽目になった。

 

 

 だがな——私は貴様を知っている、知っているぞ。

 

 

 ローマの剣帝、大陸最強と呼ばれた男。極東の猛者から羅刹(ラクシャーサ)と畏怖された、人の形をした巨人。貴様がどれ程強大なのか、貴様がどれ程の災禍を振り撒くのかを、私だけは誰よりも知っている。

 だから私は、油断も慢心もしない。私が今まで築いたモノ。持ち得たモノ。まだ眠っているモノ。その全てを以って——私は貴様を全力で殺しに行く。

 

 一度決めた想いに違いない。

 そう深く決心して、白銀の王剣から——黒い泥が溢れたような錯覚がした。

 

 

 

 

 




 
 
『宝具解放



 燦然と輝く王剣(クラレント)

 ランク B

 種別  対人宝具


 詳細

 アーサー王が所有する宝の中でも特に希少な重宝であり、本来ならブリテン島に存在する剣の中で頂点に君臨する宝剣中の宝剣。
 エクスカリバーやガラティーンなどの神造兵器でないにも関わらず、それらの聖剣に準する力を保有する剣。『剣の中の王』の異名を持つ『如何なる銀より眩い』とされた白銀の王剣。
 
 アーサー王の宝物庫として存在するウォリングフォード城に保管されており、アーサー王とギネヴィア王妃による二つの封印拘束が為されている。
 また王として認められなければ剣の真価を発揮する事が出来ない。

 カリバーンに勝るとも劣らない力を持ち、所有者の威光を増幅させる機構を持つ。
 この剣を持つ者の筋力・耐久・俊敏の身体ステータスを1ランク上昇させ、カリスマスキルのランクを1つ上昇させる。



[解説]


 アーサー王伝説内に存在する剣であり、かなりの知名度を誇る武器。
 数多くの原典に存在し、アーサー王伝説が伝説となる前のブリタニア王列史にも名が刻まれている。
 アーサー王伝説の最後を飾るモードレッドとアーサー王の一気打ちにてモードレッドが宝物庫から奪い取り使用したとされる剣。
 湖の乙女より授けられた武器という記述はないが妖精文字が刻まれている。

 原典でも様々な設定があり、Fate世界でも設定がその時々にて微妙に異なる。
 またアルトリア時空とプロトアーサー時空でもまた微妙に変わる。

 原典ではアーサー王が所有する王位を示す儀礼用の剣だったり、ローマ領土のガリア地域の王位を象徴する剣とされる。
 Fate世界では、アルトリア時空にてカリバーン並みの力を持つ戴冠式用の“聖剣"とされるが、プロトアーサー時空ではガリア地域の王位を象徴する"魔剣"とされる。詳しい詳細は不明。


 この世界線では元々ガリア地域の王剣だったが、サクソン人と名を変える前のゲルマン人がガリア地域を一時的に占領した為紛失。
 そこからブリテンに侵略して来たサクソン人達により、国を渡りヴォーティガーンの手に、そして最終的にアルトリアの手に渡ったという経歴を持つ剣。
 また所有者の力を増幅する機構により、この剣を持つ人間によっては聖剣にも魔剣にも属性が傾く宝剣。

 
 モードレッドの様に承認を得ずに強奪した訳ではない為、ランクはCに下がっておらず本来のBのままであり、クラレントが持つ各種補正も働いている。






 花水樹様より、魔剣となっていないクラレントのイラストを頂きました。
 尚、清純なクラレント君はこの話を含めて残り数話の命です。ごめんなさい………
 
【挿絵表示】


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