騎士王の影武者   作:sabu

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 私はHF3章のセイバー・オルタが一番大好きです。
 あっはい………それだけです………でも実は、皆も聖剣を乱射する黒王が大好きですよね……?
 


第64話 ■■■■、■■■■ 前編

 

 

 

 城下町の一角に作られた決闘場。

 エクター卿相手に初陣を飾ってみせたあの場所で一人、ただ静かに私は佇んでいた。

 物音はしない。誰もいない。ここにいるのは私だけ。

 

 

 瞳を閉じて、意識を沈め続ける。

 

 

 自らの呼吸音さえ邪魔になりかねない集中の中、ゆっくり……ゆっくりと呼吸を繰り返す。意識を意図的に操作するのにも慣れ切った。そして、意識を完全に無にするのではなく、たった一つにだけ全意識を投射するのにも慣れた。

 

 

 右手に握る、幅広の長剣。

 

 

 それに、ただひたすらに意識を込める。

 剣の柄を含めれば、私の肩や首まで届くだろう程の大剣だ。

 何処にでもある雑多な騎士剣と違ってかなり分厚く、硬く、重く、両手で扱う事を想定されているだろう武器。

 しかしそれを、片手だけで持ち、ゆっくりと頭上まで振り上げ——そして瞬間的に振り下ろす。

 

 風を斬り裂くような音と、同時に劈く大気の轟音。

 込められた剣圧は凄まじく、何も魔力を込めていないと云うのにこの力だ。私の二つの宝剣とは比べ物にならない。

 

 

 でも——軽い。

 

 

 この剣をまともに扱うのは今日が初めてだ。

 二つの短剣と比べると、分厚く長いこの王剣は、多分五倍か六倍くらいの重量がある。

 無論、私の膂力の前ではたとえ剣の重さが十数kg変わろうとも大した差はないが、それでもこの王剣が軽く感じる。

 慣れ親しんだ剣の感覚とはこういうモノを言うのだろうか。

 まるで自らの手の延長上にこの王剣があるよう。振り回すのに何の抵抗もなく、しかしこの場に剣があるぞという実感的な重さ。それが、ひたすらに心地良い。

 

 

 瞳を瞑ったまま、短剣の二刀流とはまた違う長剣の感覚を感じて、再び剣を振り上げる。

 

 

 次は両手。

 片手で握っている感覚とも違く、剣に伝える力と重心も変化する。

 ゆっくり……ゆっくりと両手で振り上げて、剣が頂点へと達した瞬間、全力で振り抜く。

 

 荒れる大気。衝撃だけで揺れる地面。

 剣圧は凄まじく、剛毛に覆われた魔獣を一撃で両断してみせるような鋭さと、幾重にも強化された鎧を叩き壊してくれるような重さ。その両方を矛盾なく感じる。そして勿論、その反動で剣が壊れる事もない。それ程にこの王剣は力強い。

 

 あぁ、まだ実際に使って見た訳でもなく、ただ素振りをしているだけだというのにこの剣が好きになりそうだ。

 私が全力で振り回して、幾ら好きに使っても全然耐え切ってくれるだろう剣がここまで心地良いとは。でも……調子に乗って全力で力を込めたら、何かが破裂するような感覚は消え去らない。

 それが、私にここまで耐え切ってみせるのもあって余計にもどかしかった。

 どうやら私は隠していただけで、凄まじい大喰らいであるらしい。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 呼吸を平静と戻さず、ゆっくりと呼吸を繰り返したまま、また剣を振り上げる。

 振り上げた剣が頂点へと達した瞬間、また全力で振り下ろす。振り下ろすその瞬間だけ、常人では視認するのすら不可能な程素早く。

 

 その一巡の流れを幾度となく繰り返し続ける。

 短剣とは違う、この王剣の刃を振り下ろすという行為を完璧に覚えて肉体に染み込ませる様に。何度も。何度も。

 

 

 

「………………」

 

「どうした? 続けろよ」

 

 

 

 他者の足音を聞いて一瞬素振りを止めて、しかし結局ケイ卿から続けろと譲られたので、無言のまま素振りを開始する。

 誰かに見られながら修練をする事にも慣れた。

 

 ゆっくり振り上げて、瞬間的に振り下ろす。

 先程と変わらない、その繰り返し。大気を揺るがす程の剣圧。風が空間単位で捲れ上がる轟音。

 

 

 

「うるせぇ………」

 

「………………」

 

「あぁ、だからここでやってんのか。

 そりゃそうだな。こんな事を外でやる馬鹿が居たら誰だって飛び起きる」

 

「………………」

 

「お前……今、目を瞑っているだろ」

 

「良く分かりましたね」

 

 

 

 無視を決め通すつもりだったが、なんだかもういいやと剣の素振りをやめる。

 というか、もうそろそろ時間だ。

 

 

 

「時間ですか?」

 

「いいや? 単純にお前は何処にいるだろうと考えて、剣を受け取ったんだからお前は素振りをするだろうと確信してここに来た」

 

「はぁ、そうですか。暇なんですね」

 

「いいや生憎だが、誰かさんと誰かさんのせいで全く暇じゃない」

 

「…………はぁ」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「どうした。早く続けろ」

 

 

 

 短くケイ卿に急かされて、何なんだ一体と思いながらも再び剣の素振りを開始する。この行為には、私の精神を落ち着ける意味も含めているのだ。というかそっちの方が大きい。

 だから今現在、私にはあまり言葉を交わす余裕がない。

 

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「……なぁお前。その素振りの最中に目を瞑っているだろ。それ、やめた方がいいぞ」

 

「は? 何故?」

 

「知り合いに一人いるんだよ。集中する為に目を瞑って全力で素振りをして、それで思いっきり剣をすっぽかして木に深く突き刺した馬鹿が」

 

「はぁ。生憎ですが、私はそのようなヘマはしないので心配は不要です」

 

「…………チ、あぁそうだな。お前はそういう奴だったな」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 

 彼の方に振り返らず短く返して、再び会話が途切れる。

 何だ……ちょっと居心地が悪いな。ケイ卿の雰囲気というか、なんかそれがむず痒い。以前、私が弓を引いている時ただ彼が黙って見ている時があったが、当時のあれ以上だ。

 ぼーっと見ようとして、しかし何かが気に障るみたいな、そんな様子を彼から感じる。

 

 

 

「はぁ……あぁもう何ですか? 言いたい事があるならはっきり言っては?」

 

「テメェにだけは言われたくないセリフだ」

 

 

 

 返される言葉にはぁ? と口に出しそうになって、すぐに大きく深呼吸する。

 ちょっと落ち着こう。私も緊張やらなんやらで少し気が立ってる。つまり余裕がない。そして多分彼もだ。ケイ卿も不安と緊張とかで何かが気に障るのだろう。

 

 

 

「ケイ卿……提案なのですが、こういう時は互いに傷付け合う事しか出来ないので、一旦こういうのはやめません?

 私達は互いに面倒な性格をしているでしょう?」

 

「……………」

 

「無言は肯定と捉えます。

 それでは、後はもう私は時間まで素振りを続けているので。あまり気に障るような事はご遠慮下さい。

 私にも貴方のそれを慮る余裕がありませんので」

 

 

 

 一気に告げて、後はもう知らんと剣を握る。

 意識の割り振り方は彼のせいで慣れてしまったが、これは精神統一と最終調整だ。雑念を込めながらでも動く為の手段ではない。

 

 

 

「悪かったな………」

 

「——いえ、別に。私もそういう雰囲気を出していましたから」

 

 

 

 あのケイ卿が素直に謝って来たので、私も素直に返した。

 まぁうん……もう良い。変に尾を引かずに済んだから良しとしよう。

 こういう、どうにも虫の居所が良くない日はある。私だってある。しかも今回は、それを誘発させるような出来事が訪れたのだ。仕方ない仕方ない。彼だって人間だ。

 

 

 

「なぁ………最後にいいか?」

 

「はい、何か」

 

「それ、重くないのか?」

 

 

 

 まだ何かあるのかと思いつつ彼の言葉を聞いて、しかし合点がいかなかった。

 

 

 

「いいえ。別に重くはありません。普通です」

 

「……そうか。悪かったな」

 

 

 

 はぁ……? 何に謝ってるんだと疑問に思って、横目でケイ卿を見る。

 彼は腕を組んだまま闘技場の壁に背を預けていた。視線は俯かせている。私の方を見ない。

 

 何だ、どういう事だ。実物的な重さではなく、精神的な重さという事か……?

 ……いやそれで、つまりどういう事なんだ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 …………素振りをやめる。

 あぁっ……もう面倒臭いなぁ。ケイ卿はもっと色々と言葉にして現実を突き付けるタイプの筈だろうが。もう良い、知らん。別に素振りを続けても強くはならない。これは精神統一だった。だから、彼の事を放って置く方が落ち着かない。

 

 あぁもう本当に面倒臭い。意味が分からん。

 何で私がケイ卿に向かってケイ卿みたいな事をしなくちゃならないんだ。クソ。いつか絶対にこれをダシにして強請(ゆす)る。

 

 

 

「——ケイ卿」

 

「………何だ、いきなり。素振りはどうした」

 

「飽きました。というかもうそろそろ時間ですし」

 

 

 

 ケイ卿の前に立ち塞がって、彼の視線を強引に私に向ける。

 私が彼を見上げる形だが、視線の差は大分埋まった。彼女と全く同じ姿になるまでもう一年を切っている。アルトリアとはもう、指二、三本程度しか身長が変わらない。

 

 

 

「ケイ卿。今の貴方に遠回しな言葉など意味がないでしょう。敢えてハッキリ言います——アーサー王の下へ行ってください」

 

「——————……………」

 

「単純な話です。貴方は今、どちらを優先しなければならないか。というか、貴方は常にアーサー王を優先するべきだ。本当は貴方だって分かっているでしょう?」

 

「…………………」

 

「私は貴方の助力を必要としてませんが、アーサー王は貴方の助力を必要としている。本土防衛の任は、貴方側の円卓の騎士達に任命されているのですから。

 それとも私の事は信用出来ませんか?」

 

「当たり前だ。今までオレは一度足りともお前を信用した事はない」

 

「そうですか。それは残念です。貴方にとって私は永遠に子供のままなんでしょう。

 ですがでは、貴方はそれでどうしますか? このまま選択を引き延ばしますか? じゃあそれはいつまで?

 生憎ですが私とアーサー王はもう既に選択しています。このままでは、貴方は遅れてしまうかもしれませんよ? 子供扱いしている私にさえも」

 

「———ッ……!」

 

 

 

 そう発破をかけると、ケイ卿は私の事を睨み始めた。

 しかし私だって引かない。彼の目の前に立って、彼の瞳を見上げながら私も睨み返す。

 

 

 視線が交差する。

 

 

 と言っても、視線が交差しているのは私だけだ。彼からでは、私の黒いバイザーしか視認出来ない。

 睨み合いが十秒程立ってからだろうか、結局彼は根負けしたのか、もしくは自分を自覚したのか、途端に不愉快そうな表情になって出口に歩き出した。

 

 

 

「………行くぞ。もう時間だ」

 

「はい」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………なんか返す言葉はねぇのかよ」

 

「まさか期待していました?

 あぁ、やっぱり時間なのに引き延ばしていたんだな、とか。いやアーサー王の方じゃなくて私達側の会談に参加するのか、とか色々ありましたが私は抑えました」

 

「チ…………聞き返さなければ良かった。なんか素直だと思ったら結局これだ。お前アグラヴェインより性格悪いぞ」

 

「でも私のおかげで助かったでしょう?」

 

 

 

 そう言うと、今度こそ彼は私から視線を外して歩き始めた。本当に不機嫌なのか、一歩一歩が大きく私を置いて行かんばかりだ。

 その後ろを、私はちゃんと無言でついていく。

 

 もう、特に彼に言う事はない。ついでに言えば、今の私はさほど気分が悪くない。今のをダシに強請(ゆす)るのも遠慮してやろう。緊張感も解けた。彼はどうかは知らないが、まぁ潰れるという事はないだろう。多分。

 

 

 

「すみません、遅れましたか?」

 

「いいや。君が最後だが丁度良い。此方は此方で纏めに入っていた。

 ………と、お前もいるのかケイ」

 

「お前達の事をアーサー王に伝える必要がある。オレは無視して勝手に進めていろ」

 

「王は?」

 

「グラストンベリーで四個師団を指揮。あと数日でキャメロットに合流する」

 

「そうか、分かった」

 

 

 

 円卓の間に入って行われるケイ卿とアグラヴェイン卿の言葉の交わし合いを尻目に、辺りを見回す。既に、ローマ攻略に任命されている六名の円卓の騎士達は揃っていた。

 

 

 

「……サー・ガリアは?」

 

「すまないが、今回は君が王の影武者をやらない都合上、彼はここには居ない。彼は戦闘経験の都合上、ランスロットの下に入る事が決定している」

 

「そうですか……了解しました」

 

 

 

 本来なら、私以上にここにいるべき筈のギャラハッドがいない。

 円卓の騎士じゃないからと言われればそれまでだが、凄まじい違和感がしてならなかった。

 

 

 

「それで、何処まで話は進んでいますか」

 

「——あぁ、それは私が説明しようじゃないか」

 

 

 

 状況報告を聞こうとして、しかしそれを緊張感のかけた声が遮る。

 円卓の間にいる全員が、その声の主に視線を固定した。それが誰かはすぐ分かる。花の魔術師マーリンであると。

 

 

 

「マーリン…………何でお前がここにいる」

 

「ん? いやぁ別に大した理由はない。アーサーは今兵力を指揮しているだけだろう? だからキミの方に来た。どんな選択をするかなって」

 

「…………………」

 

 

 

 恐らくは本心なのだろう。

 ケイ卿と違って、私を心配しているからか故の行動かどうかは分からない。とりあえず無視だ。気が散る。

 

 

 

「それはそうとさ、皆でお祝いしなきゃ! だってあの日から忙しかったから、ちゃんと言葉を伝えてないだろう?」

 

「お祝い?」

 

「そうそう。モードレッドだってそう思うだろう? だって本当ならキミが末席だったんだから。さぁ、新たな円卓の騎士。十三席に座る事を許された騎士を讃えようじゃないか!」

 

 

 

 突拍子もなく告げたマーリンに、一体何なんだと態度と言葉が表していたモードレッド卿も、返されるその言葉で徐々に納得の表情を見せる。

 ……あぁ面倒になるぞ。マーリンは何がしたい。

 

 

 

「んんー……まぁそうだな。

 ……良くやったな! ルーク。いつかは座るかと思っていたが、まさか十三席とは思ってなかった。でもまぁお前ならそんくらいやってのけんだろ。

 これからもよろしくな!」

 

「では私も。ですが、私は簡素に述べましょう。

 おめでとう、ルーク。私も貴方は我らが円卓の席を共にするのに相応しいと思っています。

 貴方……いや、貴公の事を拒みはしません。また一つ、鴉羽の騎士を讃える歌が増える事でしょう」

 

「おめでとう。良くやった」

 

 

 

 モードレッド卿が、トリスタン卿が、アグラヴェイン卿が。

 各々の言葉で私を祝福してくれる。

 

 モードレッド卿は素直に。

 トリスタン卿は……まさか私でも驚くくらい、因縁など関係なしで純粋に。

 そしてアグラヴェイン卿は、長い言葉などはいらないだろうと簡素に。

 

 その後、やや困惑しながらもベディヴィエール卿が。爽やかにガウェイン卿が……と続いて、後はランスロット卿を残した時、彼は微妙な顔をしながら告げた。

 

 

 

「………マーリン、何がしたいんだ? そんな……いきなり突拍子もなく」

 

「おや。あのランスロット卿が祝いの言葉を誤魔化すのかい? それはいけない。折角私がキミ達の仲を縮めてあげようと言うのに」

 

「あー…………いや……その、あぁー…………」

 

 

 

 額に手を当て、複雑そうな胸中を露にしながらランスロット卿は唸っていた。

 

 

 

「そんな男など無視しておけ。

 円卓最強という呼び名が危ぶまれているんじゃないかと気が気でならんのだろうルーク」

 

「…………なんだと。アグラヴェイン」

 

「——いやぁー! どうやらキミはモテモテの様だね! 良かったじゃないか!」

 

 

 

 途端に険悪な雰囲気へと変わるアグラヴェイン卿とランスロット卿の言葉に被せるように、マーリンがやや大声で告げる。

 王がいないと途端にこれだ。何とかマーリンのおかげでギリギリの均衡は保てているが………いや、この均衡になったのはマーリンのせいだ。やはり信用出来ない。

 

 

 

「あれ? ケイは何かないのかい?」

 

「———あ?」

 

 

 

 急に振られて、ケイ卿は舌打ちをしながらマーリンに返す。

 

 

 

「どうもこうもあるか。オレはコイツが円卓入りする事には賛成していない。

 というかコイツはオレの従者だ。従者が円卓入りするなんて立場が面倒でかなわないんだよ」

 

 

 

 鬱陶しそうに彼は語った。

 事実その通りなのだから反論は出来ない。今まで私は立場上、円卓の騎士達の下についていたし、影武者をやり始めてからも、関係自体はさほど変化してはいなかった。

 

 だが、遂に私が円卓入りしたという事は円卓の理念上、彼らと同じ立場……つまりはまぁ、同格という事になる。

 なのに、私は円卓の騎士サー・ケイの従者をしていると来た。私が円卓入りした情報は瞬く間に広まったのもあって、人々からも疑念の声が上がっている事を私は知っている。

 

 

 

「——そうそう! そうだろうと思っていだよ!

 というか、私はこの話がしたかったんだ」

 

 

 

 ケイ卿の言葉を聞いて、マーリンは口角を深くしながら告げた。

 その笑み。一体何を意味しているのかは分からない。ただ碌でもない事は分かる。彼はこういう時に笑うから。

 

 

 

「ねぇルーク。私は思うんだが——いっそ敬語やめたら?」

 

「…………何?」

 

「いやだってさ、丁度良い節目じゃないか。遂に君も円卓入り。全員が平等という理念の下、君が必要以上に畏まる必要もない」

 

「…………ふざけているのか? お前」

 

「ほらぁ! それだよそれ。私にだけ全く容赦無いのはちょっと酷くない?」

 

 

 

 そうマーリンが告げると、周りの皆は少し驚いた様な表情をしていた。マーリンに対する態度だから仕方がないか……みたいな表情の人は誰もいない。

 え……い、いや何故……なんかそういう視線は途端に疎外感がして怖いんだが。

 

 

 

「ルーク…………貴方はマーリンに何かされたのです?」

 

「いや……別に。何かされたと言われたら、特には。ただマーリンから普段の口調にしようよと言われただけで」

 

 

 

 ガウェイン卿の問いに素直に返す。

 しかし、それでも皆は驚いた表情をしたままだった。

 

 

 

「ほらキミってさぁ、周囲を偽るのは得意でしょ? しかも君は公私の区別が完璧過ぎた。だから僅かにも己の部分。偽りなどない素の形を曝け出すと周囲はその差に萎縮する。

 というか、キミが明らかに、敵対した者以外への苛立ちとか不満気な態度をそういう風に表すの初めてだし。勿論皆の前でね?」

 

「…………………」

 

「実はキミは心の中で他者への不満を募らせているのでないか!?

 …………なーんて思う人もいるかもねぇ」

 

 

 

 マーリンは、私と因縁のある彼ら三人に意味深な視線を向けながら告げる。

 クッソ……良いように手の平で踊らされている気分だ。私達の関係を進めたいのか、荒らしたいのか。

 多分、前者だとは思う。荒療治に過ぎるけれど。

 

 

 

「はぁ…………で? お前は何が言いたい。話を次に進めろ」

 

「敬語をやめよう。いや私の気紛れとかではなく、これは助言さ。

 望む望まないは別にして、キミはこれから上に立つんだろう? なら、今までの立場、つまりは円卓の騎士達の下にいる者という印象を変えた方が良い」

 

「…………………」

 

「それにだ。キミを先陣としてローマと戦う、のもある。ローマ帝国から舐められる訳にはいかないだろう? だから君は、強大で、油断がなくて、誰に対しても容赦の無い、絶対的な指標になるべきじゃないかい?」

 

 

 

 ……マーリンの言葉に、確かに一理はあるなと考えて黙り込む。

 その方がまぁ立場的に相応しいというのもあるが………しかし今までこういう風な態度で彼らに話していた私からすると中々ハードルが高い。

 なんかこう、私が彼らに命令しているんだという実感がして。

 

 そうして腕を組んで悩んでいると、アグラヴェイン卿が告げた。

 

 

 

「成る程な……確かにマーリンの言い分は正しい。我らも態度を改めるべきだろう。では良いかルーク——いや、陛下?」

 

 

 

 バイザーの裏で微妙な顔をして、アグラヴェイン卿の方に視線を向けると、彼は何処かマーリンの言葉に乗り気だった。

 

 

 

「騎士王の振りしてるいつものルークとそこまで大差はないだろ。だから、オレはどっちでも良い」

 

 

 

 彼についで、騎士王至上主義であるモードレッド卿がそう告げた事で、周囲の全員が賛同していく。

 彼ら三人は何か言うかと思えば何も言わない。それどころかトリスタン卿はやや乗り気だ。任せましょうと言う思いが全面から溢れている。

 

 こういう時こそ何か言うべきだろうとランスロット卿を見るが、しかし彼も何も言わない。

 割り切ったか………あぁ、もう割り切ったな。私の挙動や立ち振る舞いが、軍事的な作戦レベルの話にまで上がったから。

 結局彼も、割り切る時はちゃんと割り切るという話なのか……何でこういう時に限って。

 

 

 

「出来るかい?」

 

「………………」

 

「ほらほら睨まない。キミの折角の可愛らしい素顔が台無しじゃないか」

 

「———あ?」

 

「…………なんだよぉ。折角私が発破をかけているというのに」

 

 

 

 一体何なんだマーリンは。私を煽ったり、かと思えば優しく諭して、でも結局私の琴線に触れて来たり。

 私の情緒をそうまでして掻き乱したいのか貴様は。悪意があるのかもしくは私で愉しみたいのかはっきりしてくれよ。私だって………そういうのは対応に困るんだよ。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 頭に手を当てて、小さく溜息を吐く。円卓の騎士達の視線は私に向いていた。

 もう何でこういう時に限って円卓の騎士は足並みが完璧にそろうのか。マーリンがそう画策したせいか? それとも私はそういう星の下に生まれたのか。

 

 

 

「あぁー……………」

 

 

 

 言葉にならない声を溢して、意識を落ち着かせる。思考も整理していく。

 つまりなんだ。ようは彼らの上に立つから、それっぽい態度をしようよという話である。しかもきっと、彼らも彼らで受け入れている。私がいきなり尊大な口調をしても、そういう演技をしているからだと割り切ってくれるだろう。

 

 王……と言ってもしっかりイメージ出来て、しかもちゃんと相応しい立ち振る舞いの王なんてアルトリアしか浮かばない。

 しかし、今回の私は彼女の影武者という立場でなく、私自身の力を示してみせろと言われている。なら浮かぶのは………反転した彼女しか浮かばない。

 というかまぁ……うん出来るだろう。私が私だし。私の素を少し変えれば良い。むしろ彼女を演じるより、反転した彼女の振りをする方が楽まである。

 

 

 

「………………——————」

 

 

 

 頭に当てた手をそのまま、指でトントンと額を叩く。

 深い瞑想。イメージするのは在り方を反転させた彼女の姿。いや………というか、今回は一々イメージする必要なんて有りはしない。ただ彼女と同じ口調をするだけだ。

 気分も……まぁ悪くない。

 むしろ若干高揚している。これが緊張感から来るモノなのかは知らんが、高揚感という事にしておこう。その方が楽だ。

 

 

 

「———————————」

 

 

 

 小さく吐息を吐き、トントンと額に当てていた音と振動で、意識を現世に戻す。

 何、普段と大した変わりはない。ちょっと私が割り切っただけだ。

 別に私自身が変化する訳ではなく、出来ない事は出来ないと言うし、普通に彼ら円卓の騎士を頼る。たった一人で成立する暴君にまではならない。

 

 

 

「聞け——」

 

 

 

 自分でも驚く程に落ち着いて、平静となった事でそれを告げる。

 

 

 

「……………———」

 

「これより円卓会議を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——聞け」

 

 

 

 刹那、円卓の間の空間が重くなったような感覚がした。

 先程までは、良くも悪くも緊張感の無かった間は、瞬間的に現れた統率者を矛盾なく受け入れる。

 先程までの彼の佇まいとは一切が地続きではないにも拘わらず、周囲の騎士達は僅かな疑問も抱かないまま、新たな支配者を受け入れた。

 

 

 

「これより円卓会議を始める」

 

 

 

 まるでそこに、王として寛容さを捨て去り、ただ君臨する者として在るアーサー王が居るが如く。

 僅かにでも相応しくない事を言えば、途端にあらゆるモノが冷え切ってしまうような、そんなピリピリとした圧力を肌で感じざるを得なかった。

 

 

 

「これで良いか、アグラヴェイン」

 

「これは…………えぇ相応しいかと。陛下」

 

 

 

 口調と共に、他者の下で仕える者として一歩控える態度を完全に霧散させた影武者だった人物は、隣の秘書官に淡々と告げる。

 秘書官は、滅多に見せない笑みを以って答えた。

 

 

 

「最初に告げるが、生憎私には出来る事しか出来ない。

 故に、私が出来ないと判断した事柄は躊躇いなく貴殿らの力に頼るぞ。

 経験上、私は少数精鋭の指揮は出来ても、大軍を運用する軍略の観点では深い論議を交わせない。良いな? アグラヴェイン、ベディヴィエール」

 

 

 

 その問いに、自然と二人は頷いていた。

 疑念はなく、また不満もない。僅かなりの違和感を感じていない事にも気付かなかった。

 

 今までほぼほぼ万能に事を済ませていた少年だが、彼は粛正騎士隊との合同訓練故に、少数且つ機密作戦の観点ばかりを経験している。故に、通常兵力同士の消耗戦の経験が薄い事を彼らは把握していた。

 

 

 

「それで話を戻すがどこまで話が進んでいる。アグラヴェイン、私に簡素で良いから説明しろ」

 

「端的に語るなら、何も決まっていないのと同義です。ですが、さて……貴方ならどの様な裁定を下しますか? 陛下」

 

「アグラヴェイン。今の内に釘を刺しておくが、今はそのようなやり取りを交わす気が私にはない。それと卿自身、周囲にどう映っているか考えろ。

 円卓の汚れ役を引き受けるのは結構だが、その態度が率先して騎士達の仲を乱している事を知っているだろう。モードレッドが不和を引き起こしていたディナダンといい、他者の尻拭いをするのは疾うに飽きている。

 そろそろ私は貴様らに失望しそうだ」

 

 

 

 途端に冷たく告げた言葉に、アグラヴェインは苦虫を潰したような表情になり、飛び火したモードレッドは思わず唸りながら、何かしらの言葉を探していた。

 だが、少年から静かにして、しかし確かに溢れている怒りと失望的で不満気な佇まいがそれを阻害する。

 

 

 

「で、何も決まってないというが、王から告げられた円卓の割り振り以外は決まってないという認識で良いな?」

 

「…………………」

 

「アグラヴェイン?」

 

「……えぇ、その認識で構いません」

 

 

 

 既にもう済んだ事と考えたのか、周囲の全員を置き去りにする速度で少年は話を変える。

 普段から何を考えているか分からない少年だが、今の彼はそれが特に顕著だった。その佇まいは、統率者としての側面を全面に出しているアーサー王のそれである。

 

 

 

「王は何か告げたか」

 

「いえ、特には。以前我らに告げた通りです」

 

「なら此方が動かして良いのは最大で三割のままか。

 ブリテン島の今現在動かせる戦力を軍隊に置き換えた場合、約十万で合っているな?」

 

「はい。ただ周囲の諸王国や味方するか不明瞭な部族は数に入れてありません」

 

「だろうな。そも、私だって信用はしてない。期待もしてない。精々が蛮族達の壁か囮になるくらいだろう。攻勢戦力としての価値を見出す方が愚かだ。

 そう思うだろう?」

 

 

 

 容赦のない言葉に、振られた隣のアグラヴェインは首を縦に振って同意する。

 アグラヴェインは元より、少年すらもとことん冷え切っていた。

 周囲の騎士達が口を挟める暇もなく、現実的にして冷めた回答を下して、少年は続ける。

 

 

 

「アグラヴェイン。そちらの粛正騎士隊は待機だな?」

 

「えぇ、その通りです。構わないでしょう?」

 

「あぁ良い。私も同じ事を考えていた。

 ローマ帝国攻略に精鋭を引き抜く形になるのと、北からの侵略を防ぐ以上、ブリテン島は二重の意味で荒れるだろう。故に治安維持の役割がいる。そもそも彼らは攻勢より防衛向きだ。彼らをローマ攻略に充てる気は端からない」

 

「では、どうします」

 

「…………円卓直属の騎士はいるな。

 トリスタン。ベディヴィエール。ランスロット。ガウェイン。モードレッド。

 それら全てを合わせても2500だと記憶しているが合っているな?」

 

 

 

 呼ばれた騎士達が返事をするよりも早く、少年は問いを返した。ほぼ断言の域だ。彼らも返す言葉が了承でしかない。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 僅かな沈黙。

 腕を組み、アグラヴェイン卿が円卓に敷いていたヨーロッパの地図に少年は視線を向けている。少年の表情は誰にも分からない。黒いバイザーによって塞がれた少年は、ただその場に佇んでいるだけだと、もはや人形のようにしか見えなかった。

 

 少年は今、一体何を考えているのか。その頭には一体何が詰まっているのか。

 変わらない緊張感の中、ただ騎士達の息遣いだけがある。

 

 

 

「…………違うな」

 

「陛下?」

 

「アグラヴェイン。羽ペンを私に寄越せ。このヨーロッパの地図の尺度は正確ではない。私が描き換える」

 

 

 

 少年の頭の中で何かが組み合わさったのか、再起動を開始した彼はそう告げた。

 

 

 

「アグラヴェイン。マーリン。私が何か間違いをしていたら指摘しろ。特にマーリン」

 

「……………」

 

「ベディヴィエール。アグラヴェイン卿の書室からヨーロッパ地方の地図を持って来て欲しい。以前私がひっくり返した時に整理した。37の18にある筈だ」

 

「え、えぇ………」

 

「ケイ。この地図と同じ寸法の紙を十枚程持って来てくれ。私の私室を漁っていい。まともな私物など何一つ無い部屋だ。すぐ見つかる」

 

「………いいだろう」

 

 

 

 今も尚、羽ペンを走らせて修正を加えながら少年は端的に告げる。

 相変わらず、少年が何を考えているかは分からない。周りの何もかもを少年は置き去りにしていた。

 

 

 

「応急処置気味に修正はした。まずはこれを見ろ。

 ベディヴィエール、ケイ。まずはそれを此処に置け。今から私が一から描く。ややこしくて仕方がない」

 

「………は? 一から描く?」

 

「以前、アイルランド島でケイもやっていただろう。何がおかしい」

 

 

 

 いや………範囲と情報量が違うだろうという言葉も、瞬間に描き出しを始めたその姿を見て、思わずケイは黙り込んでしまった。僅かに悩む事もなく、指を止める事もなく、まるで模写でもしているのではないかという正確さと速さで記載を続ける。

 

 苦笑いするベディヴィエールと、顔を顰めたままケイは顔を合わせて、次の瞬間はケイは溜息を吐きながら、応急処置がされた先程までの地図に目を通し始めた。

 周囲の円卓の騎士達も、その地図に目線を向ける。

 唯一、マーリンだけが少年の指先によって記載されていく、白紙から最新の地図になろうとしている紙を興味深げに目を向けていた。

 

 

 

「話を戻すが、円卓直属の騎士達は2500だな? ならばその部隊を軸に、キャメロット正規兵7500を足した、1万の軍勢でローマ帝国軍の攻略を進める事を提案する。

 異論や意見を言え。卿らの考えが聞きたい」

 

 

 

 自らの指先を止めずに、顔を上げぬまま少年は告げた。

 その様子に、流石のアグラヴェインも僅かに畏怖を抱きながら少年に返した。

 

 

 

「まずは陛下の考えを聞きたいのですが」

 

「結論から語るなら、ブリテン島の兵力を引き抜き過ぎず、しかし最低限の兵力は確保し、尚且つ迅速に動き、被害を少数に抑えながら再びブリテン島に帰投する為の人数が、私にとって1万だった。

 つまり、行軍も考慮した軍事的結論だ。アーサー王もそう決断するだろう」

 

「……2万では?」

 

 

 

 少年の言葉に、ランスロットがそう告げる。

 しかしそれでも、少年は僅かにも迷う反応を見せなかった。

 

 

 

「意見をありがとう、ランスロット。私も最初はそう考えていたがやめた。

 1万の方が行軍も楽だからな。地図を見ると分かるが大陸には山と森が多く、数が二倍になれば行軍は三倍近く時間が嵩む」

 

「ふむ………」

 

「まぁというか、ブリテン島全軍の10万をローマに充てても、1万の軍勢と大して戦果は変わらん。ならブリテン島に戦力を残せるだけ残した方が良い」

 

「………は、それは何故」

 

「ランスロット。ローマの勢力が一体どれ程の数か知っているか?」

 

 

 

 返される問いに、ランスロットは言葉を窮した。

 当たり前のように告げる彼女の頭には、一体どれ程の知識と情報が圧縮されているのか。

 

 

 

「………60万」

 

「——いいや違うぞアグラヴェイン。優に100万は超えている」

 

 

 

 アグラヴェインの呟きに、少年は勝ち誇るような笑みを浮かべて応えた。

 事実その表情が表す通りなのだろう。あのアグラヴェイン卿に、知識の観点で初めて一歩先を行ったのだから。

 

 

 

「確かにローマ軍は60万前後ではあるが、では卿はローマ皇帝であるルキウス・ヒベリウスとは一体どんな存在か知っているか?」

 

「……………」

 

「そうか。なら説明しよう。

 ヨーロッパ大陸全土の支配に飽き足らず、南はアフリカ。東はバビロニアまでを支配した男。世界最強の帝国の頂点にいる者。

 故に、この男はローマ軍に飽き足らず、数多く諸王国からなる大連合軍を保有しているに等しく、また当たり前のように、いっそ鮮やかな程大軍を運用してみせるだろう。

 しかし、彼本人は真紅の魔剣フロレントを手にした、威風堂々たる剣士。東方の猛者から羅刹と恐れられた戦士。

 彼単独で円卓を容易く半壊させるだろう。鞘の加護を持つ我が王ですら一切の油断は許されない化け物だ」

 

 

 

 告げられる言葉に、円卓の騎士達の表情が曇る。

 それを誇張だと疑えた者はいなかった。

 

 

 

「ですが、では………」

 

「すまないなベディヴィエール。

 私に軍略の論議は出来ない。今から告げる私の発言は、これまで幾度の会戦を経た円卓の騎士の怒りを買うだろう。

 しかし、だからこそ私は言う。10万も1万も変わらん」

 

 

 

 ベディヴィエールからの、ならば可能な限り軍を増やした方が良いのではないかという問いを、まるで予知していたように少年は優しく切り捨てた。

 

 

 

「これは私がそういう知識を保有していないからかもしれんが、たとえ神懸かった作戦と、類稀なる奇跡を起こしたとしてもローマ軍に勝てると思えない。

 10万を動かしたとしても、兵力差は10倍だ。3倍あるとまず勝てないと言われているのにこれでは、まず戦う事そのものが愚かだと言わざるを得ない。

 しかもルキウス・ヒベリウスは軍略の天才だ」

 

 

 

 淡々と事実を語るが如く、少年は続ける。

 

 

 

「まぁ、ローマ軍100万全てがブリテン島侵略に力を入れている訳ではなく、また相手は多大であるが故に、100万の軍勢そのものと衝突する訳では無かろうが、まず現実的じゃない。ローマ軍1万との会戦に百回勝利すれば良いという話も論外だ。

 時間。兵力。地質。全てが此方には味方していない」

 

「…………………」

 

「あぁ当たり前だが、ブリテン島の通常兵力とローマの通常兵力は同じ力量だという考えの下、私は思考をしている。

 征服王イスカンダル……じゃない、アレキサンダー大王からの流れを汲んだガイウス・ユリウス・カエサルの攻城兵器と侵略基盤。そして堀や防御柵などを幾重に張り巡らした堅牢な防衛網。

 此方は神代の人間であるという利点はあれど、相手は世界全てが神代であった遥か数百年前から、ずっと世界最強であり続けてみせた帝国だ。今まで築き上げた基盤。経験。侵略の仕方。刻み上げた殺人の歴史。あらゆるものが違い過ぎる。

 というか、此方の島の神秘は残り香で、大陸に渡れば我らはローマの土俵で戦う事になるし、そもそもルキウスは異形の獣にスプリガンの巨人を使役していて、しかも仕えの魔術師すら配下に入れているのだ。

 本当だったら、まず兵士一人一人から全てローマに劣る」

 

 

 

 呆れ返るように告げた言葉だが、円卓の騎士達の士気は低い。

 少年の発言から、どこをどうブリテン島の勝利など見い出せようか。もしかしたら居たかもしれない、世界最強の帝国が動いたという意味を楽観視していた円卓の騎士は、今までの発言で完全に項垂れていた。

 

 

 

「ちょ、ちょっとルーク……! 油断と慢心を消すのは良いけど、士気を最低辺まで落としたらダメでしょ……!」

 

「そうだな、悪かった。まぁ知っていた事だが、どうやら私にカリスマはないらしい」

 

「ん…………? んーー………いや、そうじゃなくてさ。キミがそういう風に話してたからじゃない?」

 

「知るか。私は事実を告げているだけだ。というか今から勝ちに行く戦いなんだから事前情報はちゃんと知っていて欲しい」

 

 

 

 円卓の騎士達の反応に、僅かな失望と不満を呆れるように告げながらも、しかし少年は勝利すると告げる。

 その反応に、マーリンは思わず困惑しながら——しかし昔を懐かしむ様に呆れて、そして笑った。

 

 

 

「勝てるのか………?」

 

「勝てるかじゃない、まずは勝つ。その次にはブリテン島の内敵を平定する為の戦争がある事を忘れた訳じゃないだろう? モードレッド。

 帝国の強大さも、皇帝の異質さも理解している。だからこそ我らは勝つ。徹底的に潰さなければならない」

 

「…………———」

 

「相手は我らを舐めている。恐るるに足らずと。

 なら此方は、今まで積もり積もった怒りで叩き返し、その慢心に満ちたツラを地面に叩きつけるまでだ」

 

 

 

 モードレッドの発言に、少年は怒りの感情を露にしながら告げた。

 誰よりも、帝国の強大さを理解している筈の彼がだ。

 

 思わず生唾を飲んだのは誰だろう。

 それは分からない。もしかしたら全員だったかもしれない。

 

 

 

「よし、まずはこれで良い。地図が完成した。これを見ろ。ようやく行軍の話が出来る」

 

 

 

 やはり、一番最初に再起動したのは少年だった。

 周りを置き去りにしながら、少年は新たに円卓の間に広げた地図を示しながら告げた。

 

 

 

「色々と疑念や不安はあるだろうが、まずは此方の話だ。いいな?」

 

「……………」

 

「よし。では説明するが、この地図には私が新たにヨーロッパの地理地形。山脈と河。後は街道を描いた。ついでに細かい修正も加えている」

 

「…………これ程に街道が多いのですか?」

 

 

 

 新たに少年が描き記した地図を見て、トリスタンが疑念の言葉を上げた。

 少年の地図には、まるで蜘蛛の巣のような、もしくガラスにヒビが入ったような精度の細かさで線が描き示してあった。

 

 

 

「トリスタン。何故ローマ帝国が世界最強の帝国になれたのか、その理由は分かるか?」

 

「え………理由?」

 

「あぁ。ちゃんと理由がある。

 ローマは全てに通ずるという話は知っているだろう? これは比喩でもなんでもない。具体的に言うと、ローマは行軍という観点にひたすら重きを置き続けた、超侵略特化の国だ。支配してはすぐさま街道を整備し、道を繋げる。故に幾つかの道が潰えようが他の道で侵略が出来る。

 その行軍速度は、他の国と比べて凡そ2.5倍。振るう剣の長さと殺傷力が2.5倍になっているようなモノだ。相手にならないし普通の国家は即死する」

 

「成る程………年季の違いという事ですか」

 

「そうだ。征服王………アレキサンダーから始まり、その流れをガイウス・ユリウス・カエサルが組み、立案し、そして百年以上の時間をかけてネロ皇帝が完成させたローマの道。

 世界征服まで後一歩まで迫った王が世界に残し、共和政ローマ最大の皇帝がそれを使って軍事国家に仕立て上げ、帝政ローマ最大の皇帝がローマを世界の花にまでした、世界最強たる帝国の由縁。

 当たり前のように、世界最強の帝国になるだろう。千年近くかけて凝縮された人間の頂点者達の生き様が、この道には刻まれている。

 この歴史に正面から立ち向かえる国が存在したかどうかは……今現在のローマ帝国がそれを証明しているな?」

 

「………………」

 

「だがしかし………逆に言うと、ローマからブリテンまで道が通じているのなら、ブリテンからローマまでの道も通じているという事だ。そして、その道のりを私は把握している」

 

「………………………」

 

「コーンウォールから南東に海峡を越え、エトルタへ。そこから、セーヌ河を南下。

 次にガリア領土からロアール河を東。次にポー河。アルノ河。テベレ河。そう越えてローマに向かうのが、恐らく最善。

 河を沿う街道なら水に困らず、また把握しやすいからな。最速で直進を続ける案は私にはない。そもそも二日程度しか変わらないだろう。二つの山脈に、ロアール河中腹のオルレアンを横切るリスクが大き過ぎる。

 で、他に代案はないか?」

 

 

 

 流石にブリテン島の外は把握外であるのもあってか、もはやアグラヴェイン卿すら少年は置いてきぼりにしていた。

 少年の真骨頂が発揮されつつある姿を見て、モードレッドはドン引くように呆れながら隣のアグラヴェインに視線を向ける。

 その視線に込められた意味に気付いたのだろう。しかし、アグラヴェインは無言で静かに首を振るだけだった。

 

 

 

「え………いや……え? ルークお前、頭に一体何詰め込んでるんだよ…………」

 

「すまないが、今は私を陛下と呼べ」

 

「あぁー…………申し訳ない、んですけど。いや、え……陛下? 」

 

「私は知っている事だけを知っているだけだ。

 あー私は以前、国中の書物をひっくり返しただろう。それだ」

 

「あぁ、うん? いやそうだとしても、でも流石に……いやでも陛下ならそうなのか………? というか………なぁこれオレだけじゃないだろ?」

 

 

 

 同意を求めるようにモードレッドは首を振って、視線の合った者達は無言で同意する。

 マーリンは僅かにだが苦笑いをしていた。

 

 

 

「まぁ………別にローマまで迫る訳じゃない。というか、ルキウスだって前線に出るだろう。

 だから、まずは大陸に上陸した後、セーヌ河を下って…………———」

 

 

 

 話を変え、少年は自らが記載したセーヌ河の線を指差しながら、その指を下にずらして——とある地点で停止した。

 

 

 

「——パリシウス………」

 

 

 

 少年の指、そこで停止していた。

 ガリア州の総督たるフロル王が支配する地域にして、ガリア地域の王権を象徴する——宝剣クラレントが本来ならあった地帯。

 そして………——本来ならアーサー王がローマ帝国攻略の会戦を最初に勝利してみせた地域。

 

 

 

「ルーク?」

 

「………いや、なんでもない。

 私は、アーサー王と全く同じ思考をしていたかもしれない事実に震えている」

 

 

 

 モードレッドの問いに、武者震いするように体を震えさせた後、少年はパリシウスの地を指していた指先をゆっくりと東に進めた。その先にあるのは、ある種の渓谷地帯。そして——とある谷。

 

 

 

「スワシィの谷……………」

 

 

 

 少年の言葉に合点がいった者はいない。

 何もかもを置き去りにしたまま、少年は一人で思考を進め続けている。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 沈黙が支配する。

 一体どれ程の時間そうだったのか。再び思考から意識を取り戻した少年は、円卓の騎士達に粛々と告げた。

 

 

 

「——行軍の道のりはこの案で決定する。異論はあるか」

 

 

 

 その発言に異論を出せる円卓の騎士はいなかった。

 

 

 

「まぁ………出せないでしょうな。先程までずっと陛下の独壇場だったのですから。軍略の論議は交わせないという話は一体どこに?」

 

「これは軍略ではない。ただの事前調査だ。肝心な話は解決していない」

 

「ですが、陛下には何か御考えがあるのでしょう?」

 

「其方こそ何か出せ。というか何かあるだろう。私がずっと主導しているのでは、もはや作戦会議などではない」

 

「まずは陛下の案を御聞きしようかと。何せ貴方の論議に口を挟める者がこの場にはいないようで」

 

「貴様………」

 

 

 

 睨み付けるような圧力を感じながらも、アグラヴェインはどこか涼しげだった。

 

 

 

「はぁ………一つ聞きたい事がある。ガウェイン。いいか」

 

「…………ハッ!」

 

「ガウェイン………?」

 

「いえ……! 私の事はお気になさらず………ッ!」

 

 

 

 合点がいかない視線を、少年はガウェインに向ける。

 ガウェイン卿は、どこか冷や汗をかいていた。

 

 

 

「………あぁ、成る程。緑の騎士のあの館での発言は無礼だったな。すまない。今の私とは結び付けるな」

 

「い、いえ!」

 

「はぁ……そうか。では聞くがガウェイン。卿は幾度、聖剣を全力解放出来る」

 

「それは………連続なら、凡そ十数回かと。この身をしっかりと休めるなら、更に回数は増えます。回数自体には聖者の数字はあまり関係がありません。

 あれは力が増すと同時に、消費する力も三倍になるので」

 

「ふむ…………」

 

「あの、それが何か」

 

「言ったろう。私に軍略など出来ないと。

 通常兵力による消耗戦に勝ち目が無い以上、此方は初手で敵陣を破壊し、人智を凌駕する程の効率で敵兵を殲滅する必要がある。

 つまりは、距離を取って聖剣の全力解放を連射する以外の案が私には思い浮かばなかった」

 

「………………」

 

「大陸でなら、異民族ごとブリテン島を焼き払ってしまう憂いもない。我らの絶対的にして、唯一の利点はそれだ。まぁ兵力で劣るブリテン島側にはそれしかないとも言うが」

 

 

 

 少年の言葉は事実だった。

 数で劣るブリテン島側が勝利する為の唯一の起点。

 人間同士の戦争にて、人智を凌駕する何かを加え込むという、戦争そのものの前提を木っ端微塵にする切り札。

 

 

 

「ローマ側には、精霊の加護を受けた宝剣や魔剣。一振りで大地を焼き焦がすような宝物はない。勿論それを防ぐ宝物もない。唯一はルキウスが持つフロレントくらいか」

 

「ですが………100万のローマの軍勢を焼き払うなど、到底………」

 

「だろうな。この場でもっとも対軍の殲滅に向いた聖剣を持つ卿でも、そんな事が出来てしまったら私はドン引きする。

 そもそも、卿はそういう殺戮者の役割には向かない。卿の精神状態が私は心配になってしまう」

 

 

 

 再び円卓の士気が下がる。

 太陽の聖剣。湖の聖剣。真空の弓。更に軍略。これら合わせてもまだ届かないのだ。

 

 

 

「なぁ………最初の話なら、100万ではないんだろ? 陛下」

 

「あぁ。パリシウスの地に集結しているだろうローマ軍の先陣は………凡そ10万といったところか」

 

「10万………10万かぁ………マーリン。どうなってるんだ」

 

「んー………うん。それくらい居るね。

 うひゃあ、これは堅牢な城だぁ。まるでヴォーティガーンが君臨していた当時のキャメロット。城塞都市ロンディニウムみたいだぁ」

 

 

 

 モードレッドの問いにマーリンが肯定を返す。

 数字が10分の1にまで減ったとはいえ、その数字の圧力は未だ健在だった。

 

 

 

「うん。まず勝てないだろう。数が違い過ぎる。ガウェインの太陽の聖剣があっても無理だろうね。人間だから生み出せる魔力量が足りない。生命の格として限界がある」

 

 

 

 淡々と告げたマーリンの言葉が、ガウェイン卿に伸し掛かる。

 その通りだった。たとえガウェイン卿が超人であろうと、人間という同じ土俵に居る彼ではどうやっても限度があるのだ。

 

 だから——

 

 

 

「どうする? 竜の息吹がないと勝てそうにないねぇ——ブリテン島に現れた、もう一体の竜さん?」

 

 

 

 マーリンは"少女"に視線を向けた。

 その視線を受けて、少女は無言のまま、腰に携えている至高の宝剣に手をあてる。

 

 星の聖剣(エクスカリバー)には一歩届かないだろう、白銀の王剣(クラレント)

 しかし、それならそれで利用方法がある。問題は全力で力を込めたらこの剣は砕け散る事だろうが———あぁ、耐え切らせてみせよう。

 耐えられず砕ける? いいや私はそれを許さない。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)などクソ喰らえだ。本来の担い手にあった運命から逸脱させて、その機構を捻じ曲げてやろう。

 

 一人の騎士が、たった一人の父親への憎悪によって本来の機構すら歪ませてみせた剣が、別の担い手による、この世のあらゆるモノへの呪詛と怒りによって壊れる寸前で狂う。

 自らの怒りが彼女の愛憎に勝るとは思っていないが………あぁしかし、その時が来たらこの剣はどうなるのだろうか。

 

 きっと彼女とは違って、たった一人に届かせてみせると掲げた血の剣光と違い、殺戮と殲滅に特化した、禍々しい呪詛の剣光となるのだろう。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 ガチャリと、鎧と擦れる剣の音。

 その音が、円卓の騎士達の視線を己に向けた。

 

 

 

「アグラヴェイン。一つ頼みがあるんだがいいか?」

 

「………なんでしょう、陛下」

 

「いや何。以前卿から頂いた私の鎧甲冑がそろそろ合わなくなってきてな。それに、獅子の兜と白銀の甲冑では相応しくないだろう?

 だから——」

 

 

 

 10万の軍勢を、大地ごと焼き焦がせと言われたら——間違いなく出来る。

 人間には到底不可能の、超高出力の聖剣乱射をやってみせろと問われたら——過不足なく実現出来る。

 何せその姿を明確なまでにイメージ出来て、しかもその後ろ姿と——私が瓜二つなのだから。

 

 

 

「——王の鎧を黒く反転させた物を、私に新調して欲しい」

 

 

 

 ルーナは、微笑みながらそう告げた。

 

 

 

 

 

 




 
  
 


  燦然と輝く王剣(クラレント)

 ランク 

 種別  対人宝具


 詳細

 アーサー王が所有する宝の中でも特に希少な重宝であり、本来ならブリテン島に存在する剣の中で頂点に君臨する宝剣中の宝剣。
 エクスカリバーやガラティーンなどの神造兵器でないにも関わらず、それらの聖剣に準する力を保有する剣。『剣の中の王』の異名を持つ『如何なる銀より眩い』とされた白銀の王剣。
 
 アーサー王の宝物庫として存在するウォリングフォード城に保管されており、アーサー王とギネヴィア王妃による二つの封印拘束が為されている。
 また王として認められなければ剣の真価を発揮する事が出来ない。

 カリバーンに勝るとも劣らない力を持ち、所有者の威光を増幅させる機構を持つ。
 この剣を持つ者の筋力・耐久・俊敏の身体ステータスを1ランク上昇させ、カリスマスキルのランクを1つ上昇させる。








 ■■■■■■■■(■■■■■) (■■)

 ランク A

 種別  対人宝具


 詳細【現在解放不可能】





 ■・■■■■■■■■■■(■■■■■・■■■■) (■■)
    
 ランク A++

 種別  対軍・対城宝具


 詳細【現在解放不可能】
 
 

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