騎士王の影武者   作:sabu

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第7話 魔女の剣

 

 

 

   

 私がモルガンに拾われた後、自分はすぐさまモルガンの住む居城に招かれた。

 自分の知識にある。花のキャメロットと呼ばれた巨大な白亜の門を持つ城塞都市には及ばないながらも、このブリテン島で見たら大きな城であり、立派な城塞である。

 さらに目では見えないがいくつもの魔術術式を張り巡らしてあり、モルガンの許可なくしては誰も入れない要塞としているらしい。たとえマーリンでも、この城を突破できないくらい頑強に。

 

 

 ……それでもきっと、彼女にとっては、大きくて頑丈な魔術工房の一つでしかないのだろう。

 

 

 城に住むのはモルガンだけで、後は誰もいない。

 ただゴーレムやホムンクルスが最低限整備しているだけの、城。この城には人々の活気というものが何一つ存在しない。ただ、丈夫な拠点。なんとなく、アインツベルン城を思い浮かべた。

 この城は、冷たく、悲しい。

 

 私はその城でモルガンと共に住む事となり、モルガンからの教育を受ける事になった。モルガンに拾われてからの歳月は、面白みのないものだった。

 まぁ私は、面白みのあるものを求めている訳でもないし、自らの悦楽を求める為にモルガンに拾われている訳でもない。もちろんモルガンも、ただの子供として私を養うつもりで引き取っている訳ではなかった。

 モルガンは立場的には、私の親で、私はモルガンの庇護下にある子供だが、それは表面上なだけ。そんな関係よりも、同じ志を持った上司とその部下という方が正しかった。

 

 

 更に正確に言うなら、殺し屋と、その道具。そんな関係の方が正しい。

 

 

 私の目的はモルガンの目的と完全に一致している訳じゃない……あやふやなものだ。アーサー王こと、アルトリアに復讐する気はない……あまり。

 正直自分でも、良く分かってない。私がアーサー王に抱く感情はずっと複雑で、まだ定まっていない。アルトリアは恨んでないが……アーサー王としては……恨んでいる、かもしれない。

 もし自分が改めて、アーサー王にあった時に、自分がどうなるのか……アーサー王が、あの村での出来事を忘れているのだとしたら………私は——

 

 結局……いくら考えても、今の私にはこの感情に答えを出す事ができないので、私はそれから逃れる様に、モルガンからの教育に励んでいた。

 どちらにしろ、私のやる事は何も変わらない。

 

 今の自分に出来る事は、自分の性能をひたすら高め、モルガンに自分は有能である。という事を証明していくしかない。私はモルガンの庇護下にいるため、モルガンに見捨てられればそれで私は終わるのだから。

 私がやる事と言っても、私はモルガンからの教えを、一つ一つ吸収していき、頭の中で組み合わせていくだけだった。

 

 ブリテン島における軍備や、騎士とは一体何か。

 アーサー王が所持しているであろう戦力の総算に、アーサー王自身が所持している訳ではないが、アーサー王に協力しうる可能性が高い、諸侯や部族。諸国の特徴や、戦の時に旗代わりに使われる国旗などの象徴。

 円卓の騎士達、及びそれに準ずる力を持った騎士の詳細や、騎士同士の横のつながり。

 ブリテン島の歴史及び、現在のブリテン島の動乱の状態、そしてその動き。

 

 

 アーサー王の……性別。

 

 

 アーサー王はマーリンから、"王は男だ"という固定観念に働きかける魔術をかけてもらっているとモルガンから教えてもらった。強い魔術をかけ過ぎると逆に勘付かれる可能性を考えて、あえて軽めの幻術にしているらしい。

 軽い魔術である為、魔術を使っていると気付かれる可能性は低く、さらに相手の意識をずらされていると認識できない様に逸らす事が出来るので効果は抜群との事。

 

 流石は原典でも猛威を振るったマーリンの幻術と言うべきか。

 ただ固定観念に働きかけているだけなので、一度バレると効き目が完全に切れるらしい。つまり私には効かない。

 

 そして最後に——人の殺し方。

 及び、相手の情緒を読み取る事よりも崩す事に重きを置いた、自らのペースに強制的に巻き込む、男性女性を問わない対人技能。つまりは会話の仕方。

 正直言って、モルガンが対人技能なんて専門的なもの持っている事について非常に驚いた。モルガンがもし、サーヴァントという存在なら、間違いなく上から数えて直ぐの位置にいるキャスターであるだろう。

 神代に名を轟かせる、魔術師と引けを取らない大魔術師である。

 

 そんなモルガンが、魔術を使用しない対人技能を持つ理由は多分、アーサー王の事なんだろうか。

 いや良く考えたら、モルガンはアーサー王に対する復讐しか考えていないんだから、きっとそれに関係する事の筈だ。魔術で、情報を引きだして、その痕跡を辿られない様に学んだ。

 もしくは変装した時にバレない様にか。

 

 あぁ……やっぱり、キャスターとセイバーでは相性が悪すぎるんだな、と他人事の様に思った。それ故の私なのだろう。私が選ばれた詳しい理由は分からないが、私という存在がモルガンから見たら丁度良いのは分かる。

 モルガンと過ごしている間に、モルガンの子供の事も聞かせてもらった。

 

 長兄、ガウェイン。

 次男、アグラヴェイン。

 三男、ガヘリス。

 四男……正確には長女、ガレス。

 

 そして、モードレッド。性別はやっぱり女性。

 モードレッドに関しては、私の存在で消えてしまったのかと少し思っていたが、私がモルガンに拾われる丁度一年前に生まれて、そしてアーサー王に嗾けたらしい。

 

 元々、モードレッドをアーサー王に対する武器にするつもりだったが、アーサー王に対する復讐心は芽生えず、アーサー王に憧れるという始末になってしまったからか、もう爆弾を投げつける感覚で放置しているらしい。

 私を拾ってから、こちらからの干渉もしていないとの事。

 

 私が知る異邦の知識と、彼女が語ったモルガンの子供にして、アーサー王に協力している騎士達の情報にほとんど違いはない。

 ……モードレッドとモルガンの関係は私によってかなり、変わり始めていた。

 

 

 ——こうして最初の一年は飛ぶ様に過ぎていった。

 

 

 外界から閉ざされた城で、二人きり。

 何にも関心を向けず、殺しと、それに関する技術をひたすら高め、研ぎ澄ませていく。でもそれはただの技術であり、力ではない。そもそも剣すら持たせてもらってない。技術といってもほとんどは知識。

 

 竜すらも殺せる力が欲しいと私は願ったが、まだそれは叶えてもらっていない。

 冷静に考えれば当たり前だ。モードレッドの様に、最初から調整されているホムンクルスではなく、私はただの人間である……この過程で、自分が俗に言うアルトリア顔だと言うことに、やっと私は気づいたが、私は特に魔術回路や竜の心臓も持たない、一般人である。

 ……もう一般人でなくなる気がするけど。

 

 本当に、自分という存在がなんなのか分からなくなるし、成り変わりや、憑依なのかは依然として判明してない。

 自分は、記憶や価値観などが変質しても自分だ、という考えすら怪しくなってくる。何せこの顔と体がアーサー王と同じなのだから。でも私は突然この世界に訪れた訳ではなく、ちゃんとした親がいる。

 ……もう考えるのはよそう。無駄だ。

 

 どちらにしろ、私は力を持たない、一般人である事に変わりない。

 それ故にモルガンは、いきなり自分に力を与えて思い上がってしまうよりも、まずは力を運用するにあたって知識を与える事にしたのだろう。

 

 何も間違ってないし、モルガンは私の精神の異常性を知らない。いきなり私に力を与えて、暴走する可能性を考えているのだろう。それに結局、知識という物はいるし、あり過ぎて困る事はまずない。

 同時にモルガンに、自分は有能な存在だと言う事を、売り込むチャンスでもあった。モルガンにとって見たら、私は復讐対象と同じ顔なのだ。印象はマイナスから始まっていてもおかしくない。

 更になんとかプラスまで持っていっても、何かヘマをした場合、通常よりも大きく好感度が下がってもおかしくない。私はこれと言った文句はいわず、モルガンと共に暮らしていた。

 

 そしてモルガンに拾われて一年とほんの少し。

 私が八歳になったころ。

 アーサー王が、ヴォーティガーンを倒したとの情報が島に知れ渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

「あら、淡泊なのね……?

 もう少し何か反応すると思っていたのですけれど」

 

「何か反応を期待していたのだったら悪かった。

 卑王ヴォーティガーンがどんな存在なのかは、モルガンからの教えを受けているから大体把握しているし……これと言って、なんとも」

 

「そう……なら、アーサー王の事については、何かないの?」

 

 

 

 いつも通り、モルガンからあてがわれている部屋で、最低限の身支度を済ませ。モルガンよりも早く起きる。別に意識している訳ではない。ただ目が覚めるのが私の方が早いだけ。

 モルガンがほぼ必ず朝に飲むコーヒーを挽いてから、後はいつも通りの授業を城にある広間で待っていたら、モルガンからアーサー王の情報を聞かされる。

 

 ……なんで六世紀初頭のこの時代にコーヒー豆があるのかは甚だ謎だが。神秘が薄れゆくブリテン島だから、後の歴史に伝わらず、様々な物が葬られた、という事なのかもしれない。

 何故か本来、この時代にないはずの大陸野菜のジャガイモもFate世界のガウェインに関連する情報群の中にあったから、多分そういう事なんだろう、きっと。

 

 更にいうなら今の時代のブリテン島の食べ物は、別にまずい訳じゃなかった。現代で言うイギリス……イギリス人は自分の国をイギリスとは呼ばないが、現代のグレートブリテン及び北アイルランド連合王国こと、イギリスの食べ物がまずい理由の大部分は、18世紀末のフランス革命戦争や、二回に渡る世界大戦が影響で、様々な調理方法や伝統文化が失われてしまったのが一番大きいので、イギリスの食べ物が歴史を通して、ずっと美味しくない訳じゃない。

 

 でもまぁ、21世紀現代の料理技術のそれと比べれば、今の料理体制は貧弱であるのは変わらないし、今のブリテン島は、大地が痩せていく一方なので、料理の感想をするとしたら"雑"の一言だった。

 

 

 話は戻るが、ヴォーティガーンが倒された事については、驚く要素は特にない。"知っている"から。

 

 

 卑王ヴォーティガーンが、アーサー王に倒されたというのは、私の知識にある、物事と何も変わらない。

 原典では、アーサー王だったり先王ウーサーだったりするが、Fate世界ではアーサー王と、当時円卓の騎士の中で唯一だった聖剣持ちのガウェイン卿が、共に戦いヴォーティガーンに勝ったとされている。

 多分プロトアーサー世界でも。

 

 だから別段驚く事じゃない。

 自分に宿っている知識通りの展開になっているな、と自分の知識への信頼性を上げていくくらい。

 

 

 

「…………」

 

「ヴォーティガーンについてはどうでもいい事だとしても、アーサー王については何かあるんじゃなくて?」

 

 

 

 モルガンの金色の瞳から視線を外して考える。

 ……アーサー王に関してはやっぱり複雑だ。自分の村が間接的に滅ぼしたのヴォーティガーンだったしても……"私"としては、相変わらず。

 恨みの対象にすげ替えられたかもしれない、ヴォーティガーンはもう、倒された。

 

 

 

「…………そうだな」

 

 

 

 やっぱりこれは、アーサー王に直接会うなりしないと、解決しないのだろう。

 ただやるせないだけ。今の私では、悶々とするだけ。だからあまり考えたくなかった。

 ただの思考放棄だ。

 

 

 

「……ヴォーティガーンを倒したアーサー王は、ロンディニウムを復興させて、新たな居城を作り、アーサー王の基盤はより強固になるだろう。つまり今より隙がなくなる訳だ。

 更にこの栄光を受けて、新たな騎士達がアーサー王の元に集まって来るかもしれない。

 ブリテンはそれなりに穏やかになるかもしれないが、私達からしたら、マイナスな事にしかならないな」

 

 

 

 結局、言葉を濁して、モルガンの印象が悪くならない様に模範的な返事をするしかなかった。この言葉も、自分に宿っている知識を使ったものだ。

 私の言葉に、彼女は感心する様に思案していた。

 

 

 

「なるほど……確かに、事実そうなる確率は非常に高い。良くできた未来予測よ。でもそれは、貴方の感情や私情が完全に排除されている物よね?」

 

「………………」

 

 

 

 こうしてモルガンは時々、私の感情を確かめる様な事をしてくる。

 当たり前だ、自分の道具の性能の一部を確かめるのはなんら不思議な事ではない。多分、彼女は自分の子供達にもこんな事をしていたのかもしれない。

 

 騙るか……正直に話すか……どっちも微妙だな。織り交ぜて、話をそらすべきか。

 ……あまり、アーサー王については……喋りたくないんだが……

 

 

 

「感情か……正直に言うなら、私はアーサー王と対面した時、どうなるか、分からないんだ」

 

「…………それで……?」

 

「私はアーサー王に、会った時、正気を保っていられるのか……どうか。

 それに私はアーサー王に復讐を果たしたとしても——きっと救われる事はない」

 

「——えっ?」

 

 

 

 何処かまるで、無垢な女性の様な、驚いた声がモルガンから出てくる。

 そんな声……初めて聞いたな。そういえば私はモルガンの事については余り詳しく知らない。

 アーサー王に対する復讐もその正確な理由は知らない。モルガンは自分を救う為、何かを取り戻す為に復讐しているのか……取り戻す物としたら……王位か……?

 

 私は取り戻す物、否、取り戻せる物はない。

 故に私がアーサー王に復讐する意味は何一つない。精々、気が晴れるくらいか。そして、晴れたら晴れたで"自分"の方が罪悪感で死ぬのだろう。彼女がどう言う人物か知っているから。

 

 

 

「仮に、私がアーサー王に復讐を果たしたとしよう。それで、その先、私はどうすればいいのか……」

 

「…………………」

 

「村のみんなが、帰って来る訳でもない……」

 

「…………………」

 

 

 

 そもそも私はアーサー王に対する復讐を望んでいる訳じゃない。

 ただ私の為に死んでいった人々の為に、私は有象無象の様に死ねないのだ。

 ……村のみんなはアーサー王に対する復讐ではなく、私に生きてくれと頼んだ。

 

 

 ——じゃあ村のみんながあの時、アーサー王に復讐を望んでいたら?

 

 

 私はアーサー王に——あのアルトリアに復讐すると決心したのか?

 あの完璧な王と謳われたあの人を?

 理想の王だと全ての騎士にそう言わしめたあの人を?

 清廉潔白で真に救われるべき尊き心を持った、あの、アルトリアを……この私が?

 

 

 ……やめよう。考えても答えは出ない。ただ、やるせないだけ。

 考えたくない。私は自分を覆い包もうとする負の感情を取り払う為に、やや口調を変えながらモルガンに答える。

 

 

 

「まぁ、どうなるにせよ、私のやる事は何も変わらない訳だ。

 だから私情などにうつつを抜かしている時間じゃない。そうだろうモルガン?」

 

 

 

 もうとっくに出来上がったコーヒーを渡しながらモルガンに告げる。

 私は自分を騙し、モルガンも騙している。歪んでいるな、私は。

 

 

 

「…………」

 

「私が取れる選択肢は一つだけ。ただモルガンからの教えを学んで、自分を優秀な魔女の道具にして行くのみ。やる事は変わらないんだ。なら必要のない事に意識を回すより、今ある課題に全意識を集中させた方が良い。

 今日の授業がヴォーティガーンに関係あるなら話は変わってくるかもしれないが」

 

「……そうですね、私は優秀……いえ、優秀過ぎて空恐ろしく感じる貴方を持てて、充分に満足です」

 

「まだ、何の戦果を上げてない子供なのにか?」

 

「えぇ、力を与える前に付け焼き刃でもいいから知識を与えようって考えだったのに、名剣が出来る勢いなんだもの。というかもう、なってる。これからの貴方が楽しみですね」

 

「……実際に使って見たら、見た目が綺麗なだけの、なまくらだった。なんて事にならない様に努力する」

 

「へぇ、まだ貴方努力してなかったの? 私が空恐ろしく感じるくらいの集中力を見せてくれるというのに?」

 

「まさか、言葉の綾だ」

 

 

 

 さっきまでの空気は変わり、いつもより、やや明るい雰囲気が広がる。重いのは好きじゃないから、これでいい。

 もう疑問は終わったのか、モルガンはそのまま席に座った。それに釣られて、私もモルガンと向き合う様に広間の机に座る。

 

 相変わらず彼女の一つ一つの動作は恐ろしいくらいに様になっていた。

 男に媚びる様な下品な艶かしさではない、自然と見ていて目が離せなくなる様な妖艶な佇まい。彼女が本気で男を取りに行ったら、弓で射抜くよりも早く、流し目で射抜けるだろう。

 そう確信に至れる程に彼女は変わらず美しかった。

 

 モルガンは手にしたコーヒーを飲みながら語る。

 

 

 

「うん、もう貴方は充分過ぎる程、私に力の一端を示してくれています。

 力を授ける。何て私は言ったのに、ただの勉強しかしてなかったから何か不満が出てくると思っていたけれど、この一年間何も、文句も不満も言わず良くやってくれています。

 あの時に何も考えない駒は要らないとは言ったけど、ここまで従順だとは思ってなかったですよ?」

 

「知識はいる。それに力を持っていても適切な利用方法を知らなければ無駄になるだけだ。私は大した力も、知識もない、ただの子供でしかない」

 

「……そういえば貴方まだ八歳なのよねぇ。私が作ったホムンクルスより完璧に近いかもしれない。少なくとも頭はホムンクルスよりも良い」

 

「…………」

 

 

 

 モルガンの言葉に、私は頭の中で顔を苦くする。

 

 流石に、それは、どうなんだろうか……?

 多分それは、モードレッドの事だとは思うが、頭の回転は決して悪くはない筈。単純に反抗的だからか……? もしくは、この時期のモードレッドは多分アーサー王しか見えてないからか。

 私の存在が、モルガンとモードレッドの関係をかなり変えてる気がする。ここまで辛辣ではなかった様な気が……する。

 

 

 

「それはそうと今日の授業は、無しです」

 

「……? 今日はどうするんだ。と言うか、私はそれ以外何もしてこなかったけれど」

 

「フフフッ——力が欲しいでしょう?」

 

 

 

 どこかいたずらを企む様な笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。

 気の所為かもしれないが、最近はこう言う風に揶揄ってくる事が増えた気がする。もし、私の目が狂ってなければ、魔女が浮かべる悪い企みの笑みというよりは……それはまるで——

 

 

 ——自分の子供を甘やかす様に、ご褒美を上げる時に自然と出てくる様な笑みに見えた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 何をまさか……? ……そこまで気に入られているとでも?

 

 いや、私の母親はただ一人だ。モルガンは母親じゃない。

 捨て去ったモノに、愚かにも今更飢え始めたのかもしれない。しかし、こんな無駄な感傷に浸っている事は許されない。ただ彼女が優秀な道具を見て、期待に笑みが出てきただけ。私のただの、勘違い。

 

 

 

「……確かに、私は力が欲しいと願ったけど、もう充分なのか?

 まだ一年分しか知識をもらってないぞ?」

 

「えぇ充分。一年分とは言ってるけど、そのほとんどを一切忘れずに、まるで自分に変換して吸収し続けてる様な勢いだったので貴方は。だから言ったじゃない。付け焼き刃でも良かったのに名剣になってしまったって」

 

「まぁ、モルガンがもう充分だと言うなら私はそれで良いんだが……具体的には何を?」

 

「もう知識面では充分。後はもっと実践的な事を教えたい。知識だけでは所詮、卓論上でしかないので。

 具体的には——魔術」

 

「……私には魔術回路は存在しないんじゃ……」

 

「えぇ、だから貴方には、魔術回路を一からその体に作ってもらいます」

 

 

 

 モルガンは魔術と言ったが、私には魔術を使えない。

 そもそもでいえば、私は魔術を使えないのではなく、使う為の魔術回路がない。

 魔術師が体内に持ち、生命力を魔力に変換する擬似神経と言われる魔術回路だが、私は魔術師じゃないし私の家系が、実は魔術師だったなんて話は聞かなかった。

 

 ただの人間を魔術師に仕立て上げるには、それこそ、人道を全て無視した極悪非道な手に染めなければまず無理だろう。モルガンからも、そう言う話は聞いてるし、実際に自分が持っている知識の中には、碌な物はない。

 体に魔術回路の代わりになる虫を植え付ける。脊髄に直接、魔術霊薬を打ち込むとか、ホルマリン漬けとか。

 

 まさか……流石に違うと思いたい……どう考えても使い捨ての駒だ。

 

 

 

「……話が見えてこない……一からちゃんと、具体的に、詳しく教えてくれ」

 

「フッ、フフッ、ごめんなさいね?

 いつも貴方は物分かりが良すぎたから、ちょっとだけ揶揄ってしまいました」

 

「……モルガン……」

 

「本当にごめんなさいね? だからそんなに怒らないで?」

 

 

 

 小さく笑みを零しているモルガンを見て調子が狂う。しかもこれが、恐らく演技ではないのだから彼女の魔性は真髄のモノだろう。なんだか今日はいつもよりフットワークが軽い気がする。何故だ……?

 自分が作り上げて来た道具の性能を確かめられる日がすぐ側に近づいて来たから、テンションが上がってるのか?

 

 

 ——正直言って……こういうのは……その……やり辛い。冷たい悪意を向けられている方がやりやすかった。私が……勘違いしそうに……なるから。

 

 

 

「………………」

 

「冗談はここまでにして、真面目に話をしましょう。まず貴方に魔術回路を作ってもらうという話ですけど、貴方の体を傷つける様な事はしません。

 貴方は私にとって……大事な物ですからね。

 そして、貴方の私に願った力がこの魔術という訳ではありません。貴方をどれだけ鍛えても魔術では私を超えられないでしょう。つまり魔術ではアーサー王に敵わないという事です。貴方に授ける力の補助として魔術を使える様にしてもらいます」

 

「分かった……続けてくれ」

 

「つまり、貴方に竜を殺せる位の力を与えて、その補助に魔術を使ってもらうのですが——この二つを同時に行います」

 

「……続けてくれ」

 

「えぇ——ところで話は変わりますが、目には目を。歯には歯を。という言葉があるでしょう?

 つまり、竜の化身には、竜の化身をぶつけたいの思うのですよ」

 

 

 

 まるでどこか道化じみた口調に変わっていた。

 でもそれは先程の雰囲気と違い、真剣そのもの。何せ、彼女の目は一切笑ってない。竜の化身がアーサー王だとするなら、もう一つの竜の化身とは……

 

 

 

「だから、貴方には——竜の化身になってもらう」

 

「は……はぁっ!? ……いや、待て! ……私が……竜?

 待て意味が分からない、説明してくれ」

 

「あら、貴方ってそこまで驚いた表情ができたのねぇ。実は貴方、人間のふりしてるだけの人形なんじゃないかって思ってたのですよ?」

 

「……………」

 

 

 

 モルガンはニヤニヤとしながら私の驚き慌てる姿を見ているが、私はそれどころじゃなかった。というか意味が分からなさ過ぎる。話が相変わらず見えてこないし、明らかに情報の出し方が姑息だった。

 答えから言って欲しいのだが、モルガンはかなりこの会話を楽しんでいる様だった。

 魔女め……

 

 

 

「そんなに睨まないで?

 まず、貴方にはアーサー王が竜の心臓を持った人間だって事は教えたでしょう? ただの呼吸で莫大な魔力を精製する炉を持った、人の形をした竜の化身。アーサー王の強さの秘密はここにある。

 膨大な魔力を常に循環させているから、並の魔術では弾かれて相手にならない。さらにその魔力で強大な身体能力を得ている。故に。アーサー王に対抗する為には同等以上の力がいる。

 だから貴方にもアーサー王と同じ——竜の機能を授ける」

 

「………………」

 

「そうすれば貴方は、竜すら殺せるだろう力に、膨大な魔力をその身に宿す事ができる。

 魔術回路を開いて魔力を精製するんじゃなくて、膨大な魔力で、肉体に魔術回路を作り出す。普通逆だけど、何の問題はない。仮に問題があっても私がなんとかできるから」

 

「………………」

 

 

 

 開いた口が塞がらないとはこの事か。

 話の飛躍が大きすぎてしばらく放心状態となってしまう。

 

 

 ……でも、確かに話の辻褄は合ってる。

 

 

 モルガンが言う竜の機能。竜と相手できるだけの力。そして魔術。明らかに魔術だけ順序が逆だが、まぁ魔力さえあれば良いという考えなんだろう。モルガンにとってすれば、大した問題にすらならない。

 

 でもどうやって?

 アーサー王は生まれた時から竜の心臓を持っていたが、それは概念受胎という方法で、マーリンによって産み落とされたからな筈。私の今の肉体はただの子供。途中から別のナニカを入れたら体が持たないような予感がする。

 ……今の私が、そもそも別のナニカが入っている様なものかもしれないけれど……

 

 

「竜の機能を付けるのは良いとして……私はそれに耐え切れるのか?」

 

「あら、私を誰だと思っている? 私は魔女モルガンよ? 一体幾つの人造生命を作り出して来たと思ってるのかしら。今更、一人の人間に竜の機能を付けるくらいなら、そこまでの事じゃない。

 その点に関してはマーリンすら追随を許さないと自負しているのよ」

 

「……ハハハ………」

 

 

 

 乾いた笑いしか出てこなかった。魔女という称号は比喩でもなんでもない。

 何から何までモルガンは出来るとしか言わないし、こちらの疑念は全てモルガンが解決してくれる。自分の知る知識にはモルガンの事については詳細には分からなかったが、正直舐めていたとしか言えない。

 

 

 ……絶対に敵に回したくないな。

 

 

 いや、アーサー王は敵に回しているのか。アルトリアは一体どうしたらモルガンからの追跡を逃れられたんだ……まぁ、逃れきれなかったからこその、反逆の騎士モードレッドか……

 この世界ではアーサー王伝説はどんな風に変わるのか。私がモルガンのところにいる時点でかなり影響が出て来そうだけど……正直、今そこまで考える余裕がない。

 後……あまり……可能な限り、アーサー王について考えるのは、やめよう。今の私には、すこし、つらい。

 

 

 

「……でも一つ、懸念があるの」

 

 

 

 顔を俯かせながら、まるで取り返しのつかない事について謝る様な声がモルガンの口から出て来る。

 モルガンの顔は本当に申し訳なさそうに歪んでいた。

 

 初めて見る表情。

 ……そんな声も初めて聞いた。今日はなんだか、モルガンの人間らしい部分を多く見ている気がする。

 

 明らかに、こちらに向けられているものは、ただの道具に対する感情の域を超えてる。もう、自分を騙していくのも限界が近い。私は、モルガンに、愛されてる? ……そうだとしたら、つらいなぁ……

 

 

「……………」

 

「貴方に竜の機能を付けても肉体の問題はないだろうけど……精神面の方は、私が手をつけられそうにない。それは貴方の内側の問題だから。

 多分、自分以外の記憶や知識といった、別のナニカが、体や頭に入ってくる様な感覚だと思う。最悪、貴方の精神が耐えられなかったら内側から崩壊するかもしれない。

 ……勿論そうならない様に、私の方でも精神を安定させる術式なり薬を調合するとかでサポートできるけれど……」

 

 

 

 モルガンが語る、行為の代償は中々に恐怖を引き立てる物だった。

 そしてそれはこちらを揶揄って脅している訳ではなく、何一つ偽りの無い事実なのだろう。精神的に追いやられる可能性があるなんて言われたら、普通は躊躇してもおかしくない。

 いや、実際に私はそれを聞いて少し躊躇した。

 

 ——でも私はもう、普通じゃなかった。

 私はもう、二回、自分の記憶ではないモノが頭に流れ混んでくる感覚を知っている。脳を灼かれる痛みを知っている。

 ……正直アレはもう味わいたくはないけれど、世界そのものに対する知識よりかは多分マシな筈。情報量の桁が違うから。そう思いたい。それに、私がダメにならない様にモルガンが補助してくれるのだ。それだけで私は安心できる。

 

 もとより私に選択肢などない。だから、私はやる。

 

 

 

「分かった。やろう」

 

「…………いいのね?」

 

「うん。それに私には選択肢なんてない。それにモルガンが補助するなら、もう私から望める事はない」

 

「………………ありがとう」

 

 

 

 私はモルガンにそう告げる。

 モルガンは、何かを口にしようとして、結局それは形を伴わず飛散する。出てくるのは何の変哲もない感謝の言葉。でも魔女の声から、ただの感謝の言葉が出て来るというのは、酷く違和感が伴う。

 やめて欲しい。もう、貴方を、ただの魔女として……見れなくなってくる。

 

 

 

「……でも、そんな都合の良い竜なんているのか?

 アーサー王に使われてる竜の心臓は一級品のそれだろう。生半可な物では、下位互換になるだけじゃないか?」

 

 

 

 互いを支配した行き場のない雰囲気を変える為、被りを振りながら私は話を変える。

 竜という種族の、そのほとんどは西暦になった時点でいなくなっている。神秘が未だ色濃く残るブリテンでも数える程度にしかいないだろう。そんな状態で、どうやるのか。

 

 

 

「フフフッ、安心なさい。手筈は既に整っている」

 

 

 

 先程の重い雰囲気は何処か消え、彼女を支配するのは人ならざる、魔女のそれ。彼女の笑みは悪巧みしている時の様に、深く口角が上がっている。

 ……やっぱり彼女には、この様な表情が良く似合う。それでいて、艶のある笑みは、彼女の美貌を何一つ損なわないのだから、完璧と言うしかない。

 

 

 

「それでその、手筈とは?」

 

「そうそう、それで話は最初に戻るのだけど——

 

 

                       ——最近、魔竜が倒されたのよ」

 

 

 

「…………は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、竜が鼓動を開始する。

 誰にも気づかれず。

 魔女とその剣の間で。

 

 




 
 主人公がオルタ化するのはもう少し待ってくれ……

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