騎士王の影武者   作:sabu

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 たきのこ様より、リネット嬢のイラストを貰いました。
 赤い薔薇のような女の子。勝気で燃えるような女の子。
 
【挿絵表示】

 
 


第67話 竜炉開城

 

 

 

「あぁー、成る程そうなるのかぁ………やっぱりキミはそういう立ち位置に収まるのか」

 

 

 

 アーサー王の影武者としてではなく、アーサー王そのものの代わりとして騎士達を連れた第十三席の騎士がローマへと向かってから幾許かの時間が流れた頃、彼はそこにいた。

 

 

 

「………まぁ大丈夫かな。渡した剣を全然使ってくれないのはちょっと悲しいけれどっ」

 

 

 

 大木に背を預け、周囲の花々を傷付けないよう気をつけながら花の魔術師は虚空に視線を向けて(ひと)()ちる。

 そこは、騎士達の間で完成された庭(ガーデン)と密かに呼ばれ始めた白亜の城の花咲き乱れる庭園。

 影武者の少女が滲ませている死臭を清める事の出来る、唯一の空間。

 

 もはやそこは聖域にも等しい扱いを受けている。

 故に、その場所に無造作に近付く者は居ない。何か明確な理由や決心があっても、自ずとこの場所は避けられる。

 だから居るとしたらそれは、もう一人の庭の管理者である花の魔術師か、もしくは——

 

 

 

「………何をしているのですかマーリン?」

 

 

 

 決死の覚悟を持った王だけだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてここらで、ローマ皇帝ルキウスを倒す為にキャメロットを発った影武者の話は打ち切って、アーサー王に話を戻すとしよう。

 アーサー王はローマへと出立した円卓の騎士達を見送った後、グラストンベリーで会議を開く用意をするように諸王国に命じた。

 そしてその会議で国中の戦力を集結し、数ヶ月の間、北から迫る蛮族達の襲撃を抑えると決議した。

 

 反発もあっただろう。しかし、それは驚く程少なかった。

 アーサー王に叛旗を翻したアングウィッシュ王。同じくイドレス王。モルガンに唆されて、ブリテンに弓を引いたロット王。

 他にも、アーサー王に叛逆の意を示した十一人の王の大半が騎士王の言葉を受諾した為か、物事は円滑に進んだ。

 それでも叛旗を示した者は、異民族達との戦いの最中でも内乱の芽になりかねないと、一寸の狂いもなく処断した。

 名のある騎士達が離れる事もあったが、自らの領地に戻って立て篭もるのなら、異民族達との戦いで囮になって貰えば良いと、王は当然の出来事として受け入れ、統治の一部として組み込んだ。

 

 

 その判断と内政に、心の中で多大なる恐れをなした者も多かった。

 

 

 しかし、それがアーサー王の心を削る事はない。

 完璧を求めるが故に過剰と取られても、それは王には関係のない些細な事。

 だって、元よりそれを望んでいたのだ。

 

 

 今いる王への恐れとはつまり——次の王へと座るかもしれない人物への希望へと繋がるから。

 

 

 だから、離れられ、恐れられ、裏切られようと騎士王の心は変わらない。

 見目麗しく騎士の誉れであった王が、そうして少しずつ孤立し始めても、王自身には関係ない。何故なら王はそれでも……それでもずっと——ブリテンという国とその人々が大好きだったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

  執筆時期不明。著者人物記載なし故に不明。

   ウィリアム・シェイクスピアの遺品より発見された文書から一部抜粋。

    現在確認出来る限り、最も古いアーサー王伝説より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大木に座るマーリンに、怪訝な表情をしながらアルトリアは視線を向ける。

 マーリンは虚空に目を向けながら、時折瞳を閉じたりを繰り返していた。そのまま寝てしまいそうな程の雰囲気だ。

 しかし彼は眠らず、思い出したかの様に手元の羽ペンを持ち上げては、空中に文字を書いていた。比喩でもなんでもなく、本当に宙に字を書いている。

 そして、羽ペンによってなぞられる軌跡がその場に固定され文章になった後、何処かに霧散していく。

 

 

 

「その本に文字を書いているのですか………?」

 

「あぁそうだよ。良く分かったねアルトリア」

 

「流石に此処まで近付けば分かります。この場所は魔力の流れが分かりやすいですから」

 

 

 

 アルトリアは気付いた。

 マーリンが空中に書いた文字は意味もなく霧散しているのではなく、彼の胸元にある本に転写されているのだと。

 見れば見る程に感嘆する技術であり、魔術の無駄使いだ。

 それに彼が転写している先の本も良く整っている。魔術的加工が為されているのか、術者の手を離れようと数百年は余裕で持つだろう。きっと劣化せずに残り続ける。

 

 

 

「………む?」

 

 

 

 マーリンが空に書く想像以上に達筆な字は、アルトリアから見る方向だと鏡で見たように反転していて良く分からないが、何処かで見た事のある単語が書かれている気がした。

 アルトリアはマーリンに近付き、後ろに回り込んでその文字を確かめようとする。

 

 

 

「コラ。そこ勝手に覗くんじゃない」

 

 

 

 しかし、その文字が何なのか把握するよりも早く、マーリンは文字を霧散させてしまった。

 胸元で開かせて置いていた本も、彼はパタリと閉じてしまう。

 

 

 

「結局、何をしているのですか?」

 

「いや何。こうしながらだと、空を見ながら文字を書いていけるだろう?」

 

「はぁ……………」

 

「隣どうだい? 今日は空が良く見える」

 

 

 

 マーリンに釣られて、アルトリアは空を見る。

 雲一つない晴天。もしこのままの空模様が続くなら、今日はきっと星が良く見えるだろう。

 そういえば、選定の剣を抜く前の日々も、こうやって木々の下でマーリンからの教えを受けていた。

 と言ってもそれは夢の中であったが、しかしマーリンのおかげで夢の中はずっと穏やかで、ただ意味の無い空間の様な無機質ではなかった。

 アルトリアにとって、あの夢の世界はもう一つの現実でもあった。

 

 

 

「それで、どうしたんですか? マーリン?」

 

 

 

 訝しみながらではあったが、アルトリアはマーリンの隣に座り込んだ。

 

 

 

「いやだからさっき言ったろう? 空を見ながら文字を書いているだけさ」

 

「えぇ、知っています。ですから私はこう聞いています。何をしているのかではなく、何故それをしているのだ、と。貴方のそれは千里眼でしょう?」

 

 

 

 文字を書きながら、何を見ているんだ? という問いをアルトリアがしている事はマーリンはすぐに察した。

 こう言う時に限って、彼女は察しがいい。まぁそれも仕方ない事なのかもしれない。らしくない事をしているなという自覚はある。

 

 

 

「…………この前ね、少し心に来る事を言われてね。責任を取れ、だってさ」

 

「はい? 責任? 一体何のですか?」

 

「さぁ、一体何の責任何だろうか。ボクには分かるが、アルトリアには分かるかい?」

 

「いえ……そんな事言われましても。というか聞いているのは私なのですが」

 

「そっか。ならしょうがない。元よりこれはボクだけの話だ。

 …………まぁ、結構ボクなりに悩んだ結果がこれさ。書き記そうってね。ボクは綺麗だと感じれても絵の中身には共感できない。だから絵を描く才能が無い。なら文字を書こうという話だ」

 

「はぁ……………」

 

 

 

 何かの比喩を交え、敢えて遠回しな事をマーリンは喋っている気がすると、アルトリアはそう感じていた。

 そして、こう言う時は大抵マーリンはちゃんと語ってくれずに此方からの問いを受け流してしまうのだ。

 

 

 

「………なら私はもう行きます」

 

「早くないかい? キミこそ此処に何しに来たんだ」

 

「覚悟を決めに。気を緩めに来た訳ではありません」

 

 

 

 立ち上がったアルトリアは、マーリンに凄然と告げた。

 マーリンの師弟という関係から、王と宮廷魔術師という立場に一瞬で変わっていく。

 

 

 

「私はこれより、しばらくの間北からの進軍を食い止める為ブリテン島に残った勢力を纏め上げる王となります。余分な感情を取り入れている暇はありません」

 

「そうか、なるほどね。円卓の騎士達の大半はローマ側に行ったし、パロミデスとパーシヴァルはもう戦えない。

 パーシヴァルさえ何とかなっていたなら、あの血塗れの聖槍でかなりブリテン側が有利になっていただろうに」

 

「マーリン、訂正を。アレは血塗れなのではなく、ただ血よりも赤いというだけです。まるで魔槍の様に言うのはやめてください」

 

「そうだね、すまない。あの槍は天と地の加護を受けた特級の聖遺物だ。それに血よりも赤いのは神に連なる聖人の血を受けたからだからね。悪く言うのはやめよう。

 しかし大丈夫なのかい? あの槍は人を選ぶ。アレの担い手になれる人は少ないだろう」

 

「…………パーシヴァルは言っていました。いずれこの槍と共に、自らの二席目を誰かに譲ると。そして、それはきっと」

 

「成る程ギャラハッドか」

 

 

 

 その予想は確かなモノになるだろうとマーリンは確信した。

 元より、ギャラハッドはパーシヴァルに師事していた時期がある。パーシヴァルが一番実力を理解し、そして信頼しているのはギャラハッドだろう。

 

 アーサー王を一席として、その次の円卓最初の席がギャラハッドとなり、円卓最後の席が彼女となるのだ。アーサー王の右隣と左隣。円卓の未来を担う者であり、アーサー王の右腕と左腕と称され始めるだろう。第一席がアーサー王のままならの話だが。

 

 

 

「だがそのギャラハッドもローマ側にいる。つまりはあの槍を振える人はもういない。ベイリンも槍に拘束だけ残して死んでしまった。あの槍はずっと赤いままだ」

 

「えぇ。ですが私は何も変わりません。今私が出来る事を成すだけです。その覚悟はもう出来ました」

 

「……本当に? 此処に来たら、むしろ君が言った余分な感情に支配される事にならないかい?」

 

「まさか。私は逃げて後悔するより、向き合って戦う方が合っています」

 

「……………」

 

「それと、最近彼女はこの花畑の管理が出来ていなかったようで気になったのですが、貴方がいるなら大丈夫でしょう。任せて良いですか?」

 

「うん良いよ。一応まぁ、彼女からの許可も貰っている。勝手に枯らしたり植え替えたりしたら両断するぞ、と言う脅し付きでね」

 

「当たり前です。貴方は花を咲かせるばかりで、その咲いた花が枯れてしまおうと放っておくでしょう」

 

 

 

 そう告げると、マーリンは露骨に顔を顰めてアルトリアから視線を逸らした。

 彼らしからぬ反応に、一瞬キョトンとした後アルトリアはマーリンに怪訝そうに返した。

 

 

 

「………どうしました?」

 

「いいや、何でも。今までのボクには自覚がなかっただけだ。

 そうだね。ボクは咲かした花に関してあまりにも無責任だった。自覚があるのに、それを理解していなかったのだから尚更タチが悪い」

 

「マーリン?」

 

「いや、良いんだ。気にしなくて良い。最近それを自覚し始めたから、ちょっと自己嫌悪に陥ってるんだ。うん。だから寝る。最近嫌な事があったら取り敢えず寝るという事を覚えたからね」

 

 

 

 瞳を瞑り、本を目隠し代わりに額に置いてマーリンは不貞寝をする。

 気ままだが、まるで人間のような行動だ。

 

 

 

「もう全く……貴方は気ままですね。

 でもきっと貴方はそれが良いのでしょう。ではここは任せましたからね」

 

 

 

 短く小さな笑みを残し、アルトリアはその場を離れていく。

 簡素な言葉だった。彼女からすれば、いつも通りの信頼の言葉だったのだろう。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 それがマーリンには心苦しかった。

 無理にはにかもうとして、その笑みが本の下で不恰好になる。

 今まで何度も聞き慣れた普通の言葉だと言うのに、どうしてこうも気にしてしまうのか。いつから、何でもない事を気にし始めてしまったのか。最近は他人の感情が美味しくない。

 

 

 

「悩んだ結果………これがボクの責任の取り方だと判断したよ」

 

 

 

 今、世界にその伝説を刻もうとしている騎士の王となった少女。

 その話を書き記した本を掲げ、マーリンはもう一人の少女に向けて(ひと)()ちる。

 

 

 

「…………ねぇ、キミはどうしている? モルガン。キミは彼女に何を思っているんだい?」

 

 

 

 その昔、ウーサーの後ろをついていた少女。

 気紛れに魔術を教え、その果てに魔女にまでなった女性。

 そのモルガンは、彼女が育てた少女に何を思っているのか。

 

 夜までもう時間はない。

 ブリテンが今まで積み上げて来た負の遺産を背負う二人の後ろ姿を脳裏に、マーリンは、ただ空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日を兆しに少女は変わった。

 今まではまだ人間の範疇で済んでいた殺害総数。たった一回の剣の一振りで、今まで築き上げた異民族達の死体の十倍近い戦果を叩き出した彼女。

 

 それに騎士達は続いた。

 島を守る為、誰かを守る為、少女とは知らずとも僅か十四の子供に最後の希望を見出した。故に彼らは知らない。盲目な騎士達はその本質が見えていない。

 その子供が破綻した願いを持っている事など分からないだろう。

 彼女が掲げた剣に理想など何もなく、捧げた想いは理解しがたく、願う誓いは過去に向かっている。だが、それでも彼女は剣を持った。彼女だけがその想いを成就させる為に己を捧げた。

 無駄と誰かは言う。意味はないと誰かは言う。愚かな事だ。少女がではなく、分かりきった事を言う人間達が。

 

 

 少女を嘲る権利など誰にもありはしない。

 

 

 その道の美しさを知り、その道の尊さを理解しながら険しさ故に目を逸らし、見知り顔で意味が無いと罵る臆病者共に言葉を吐く権利などはない。

 故に、少女だけが剣を握る。少女の後ろ姿を見て、本当の意味で剣を握った者はいない。その剣を躊躇いなく振り下ろせたのは彼女だけ。彼女だけが振り下ろせたのだ。彼女が一番最初に振り落としたのだ。

 

 

 だからこそ、彼女は築き上げた。

 

 

 その道の険しさを体現するように、誰よりも多く、誰よりも速く、誰よりも凄惨に。

 戦場を駆け抜ける一つの人影。誰よりも早く振り放った剣の行方を知る人影。振るわれる剣はいつも血に濡れ、少女が最も返り血を浴びた。故にその血が後ろの人々に届く事はない。

 

 示すはその背の屍の山だけだった。

 その屍の山の頂点に君臨する一人の少女。幾たびの戦場を越え、全て不敗という伝説を残した少女。常勝の騎士王すら置き去りにして、己が手で誰よりも多くの人間を殺戮した少女。

 

 誰もが敵わない。少女は立ち続けたから。ただそれだけの理由であり、彼女以外には出来なかった理由であるが故、彼女には敵わなかった。

 たとえ、どれだけの英傑が道半ばで果てようと、それすら足場に利用して、彼女だけは最期まで立ち続けた。

 だから敵わない。隣合える者は誰もなく、少女は一人、その屍の山に君臨する。築いた屍達が錆れた勝利を讃える。二人目は必要ないと言わんばかりに。少女がそれを許さないが故。

 

 それでも隣合うならば、決死を以って少女に抗え。

 彼女が選ぶは死そのもの。死すら越えられない程度の想いなら、その滅びの丘に踏み入る資格なしと知れ。

 しかし覚悟があるなら、まずは許されよう。彼女の剪定を乗り越え、彼女が築き上げたその屍の山と、同じだけの山を築き上げる覚悟があるならば。黄昏を迎え、夜が支配する剣と死の丘を越える事が出来るなら。

 だが少女は赤い守護の竜すら踏み越えてその山の頂に君臨している。

 

 

 ………故に、彼女は誰にも理解されない。

 

 

 人は同一の存在が居て、ようやく理解が出来るようになる。

 しかし、少女はただ生き様を示し、後ろ姿を人に刻み、導き続けた。

 それをどう見れば人と呼べるだろう。誰が少女を人と思っただろう。誰もが少女を人とは思わなかった。

 

 人から星が見えても、星からでは人が見えぬように。

 人には到底出来ぬ事を成し得た者が人とは呼ばれぬように。

 鴉は空を飛べても、空を覆い隠す嵐にはなれぬように。

 

 その矛盾を受け入れない者は、彼女を人とは呼ばない。

 しかし、その矛盾を受け入れた少女は超越者へと至った。

 故に彼女は人として振る舞う事はなく、彼女は人から逸脱した。それはきっとあの瞬間だった。彼女を人には戻せなかった。彼女はあの瞬間から人ではなくなったのだ。

 

 

 しかし、それでも彼女だけは揺らがない。

 

 

 剪定の天秤は揺らがなかった。だから彼女は人を導き、そして永劫狂わぬ指針である。彼女のその生き様。力強さ。築き上げた屍の山。それを成し得た、災厄の如き暴威。

 人には抗えぬ災禍を齎す嵐そのモノ。そして過ぎ去った後、試練を超えた人々に憂いの暗雲を残さぬ嵐そのモノ。

 その撒き散らした災禍。南の帝国を穿ち、数十万にも及ぶ戦兵達を殲滅し、帝国を支配する巨人すら黒い息吹を以って討ち滅ぼした。

 

 その暴威、人と呼ぶには恐ろしく、化け物と呼ぶには相応しくなく、厄災と呼ぶにもまだ足りない。

 故に彼女はこう謳われた。

 島の守護の為君臨する栄光の赤き竜とは違い、絶対的な暴威を以って顕現した、滅びを齎すモノという畏怖を込めて——

 

 

 

 ——黒き竜の化身と。

 

 

 

 

 

 

 

  全てを偽りながらも戦い続けた少女に倣い

   この名前を偽り、ここに彼女の生涯だけを讃える

     故に、穢れてはならない一人の人間の覚悟だけを後世は知れ

           Morgan・le・Fay

 

 

 

 

 

 

 

  執筆時期不明。著者名、現在まで人類には解読出来ず。

   ウィリアム・シェイクスピアの遺品より発見された文書から一部抜粋。

    彼が筆を折った原因とされ、幾度の執筆家を挫折させた、最古のサー・ルーク流伝。

     全執筆家から唯一彼女の人間性を表現出来たと呼ばれる、ただ一つの原典より。

 

 

 

 

 

  この作者以上にあの少女を表現出来る気がしません。

  あの、境界線のない三つの側面を持つ少女を動かす事が出来ません。

  だって私達は三重人格ではないのですから。あまつさえ私達は超越者ではないのですから。

  ですからこの作者は……彼女並みに頭のおかしい人物なのでしょうなぁ。

 

   A.D.1616年 イングランド。

    死去から数日後。同じく遺品より発見されたメモ書き。

     人類でただ一人、完成されない流伝を完成させようとした者の断片より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 端的に言ってそこは地獄だった。

 それを理解出来たのは、周りが地獄になってからだ。

 だから辺りを見渡す。男は放心したまま周囲の惨状を理解する。

 

 死んでいた。

 馬も人間も。歳の差など関係なく、老兵も少年兵も。

 いや本当にそうなのだろか。もはや分からない。肉体のほとんどが焼け焦げ、周囲の人間だったモノは人の形をした黒い塊になっている。だから顔は分からない。

 

 放たれた剣光。まるで神話に残る世界の全てを焼いたと言われる稲妻。それを人の血色に染め上げ、呪詛に堕ちた紫電と化した光の刃。

 それが天からではなく、地から放たれたのだ。

 たった一振り。それで——スワシィの谷にてブリテン軍を挟撃しようと集まった15万の軍勢。その約半分。8万が——跡形もなく消し飛んだ。

 

 男が生き残ったのは、単に運が良かったからだ。

 それ以外に理由などなかった。偶然極光本体の射線上からずれ、奇跡的に地を這う稲妻に当たらなかったという、それだけの事。

 

 

 

「煮え滾れ——」

 

 

 

 だが、その幸運も次で終わる。

 奇跡は二回も起きない。

 

 

 

「——ハ、ハハ」

 

 

 

 地面に座り込み、震えて動かない足を引き摺って男は後退りする。

 地から天へと伸びる稲妻。まず人類が手にしてはいけない力にして、凡そ人類に放ってはいけない奔流。

 

 死んだ。何もかもが終わった。

 歴戦のローマ兵も。ブリテン軍を一網打尽にする為、谷に設置された兵器も、スワシィの谷という地形も、全てが終わった。

 生き残ったのは幾らだったのだろう。きっと千もいない。谷という地形が、剣光の主にとって逃げ場を無くせる都合の良い場所だったに違いない。

 だがその生き残りも死ぬ。僅か十秒にも満たない間で再発射される剣光で死ぬ。

 

 

 

「——星の怒り」

 

 

 

 次の瞬間、男は光の奔流に呑まれて絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣を握りしめ、前方を睨む。

 積み上がった死体の上、連続で放った二射の剣光によって、ボロボロとなり崩れつつあるスワシィの谷の入り口を睨む。

 

 

 

「陛下、ご報告」

 

「簡素に言え」

 

 

 

 ローマ兵の死体の山の上にて、本命にして絶対の敵の出現を警戒し続けている陛下に、アグラヴェインは近付き言葉を投げ掛けた。

 ただでさえ普段から冷たい雰囲気だというのに、今の彼は凍える程に隙も油断もない。もし陛下の目標対象が現れた瞬間、剣光がスワシィの谷を再び襲うだろう。

 

 

 

「後方にて我らを囲うように展開していた後方のローマ軍、七万の掃討が終わりを迎えています」

 

「何? …………早いな」

 

「陛下程ではありませんかと」

 

 

 

 短く簡素にアグラヴェインは返した。

 連続で放った二射でスワシィの谷にて待ち構えていた8万のローマ軍は殲滅され、続いて膨大な魔力放出によって跳躍し飛び上がった彼は、空中からブリテン軍を跨ぐように剣光を放ち、後方のローマ軍を半壊させた。比喩でも何でもなく、半数を消し飛ばした。

 

 僅か一分程度で、ローマ軍12万近くが滅ぼされたのだ。

 士気は魂の底から砕け、戦線が崩壊した4万のローマ軍は、僅か1万にも満たないブリテン軍によって敗北した。

 ガウェイン、トリスタン。そしてランスロット。精霊の加護を受けた武器を持つ彼らにとって、整えられた戦場で勝利するなど容易い。

 戦場を縦横無尽に荒らすモードレッドも、それに拍車をかけた。

 

 

 

「我ら円卓を舐めて貰っては困ります。ブリテン軍の士気はあり得ない程に高い。それは勿論円卓もなのですよ」

 

「そうか、良くやってくれた。ありがとう。被害は?」

 

「凡そ三百。負傷者の手当ては迅速に行われています」

 

「それは…………なるほど流石」

 

 

 

 満足そうな笑みに釣られて、アグラヴェインも小さく笑う。

 

 

 

「それで、其方の方は」

 

「…………………」

 

 

 

 陛下の雰囲気が固くなる。

 握る剣。ガチャ、と軋む王剣。

 スワシィの谷を睨んだまま、彼は告げる。

 

 

 

「控えているだろうルキウスの姿は無かった。私の一撃で倒せたとは思えない。そもそもルキウスは私の剣光に合わせて迎撃してくるだろう。だからあり得ない」

 

「本当に、ルキウスはこの場にいるのですか」

 

「あぁいる。いなければおかしい……その筈なんだ」

 

 

 

 スワシィという谷。谷の地脈を制御する術式。

 ただの人間を竜すら屠れる巨人へと至らせる空間。

 その場に、ルキウスは居なかった。

 

 まさか後方か、と思いきやアグラヴェイン卿の報告から考えて、後方にはいないのだろう。

 つまり、本当にルキウスはスワシィの谷を決戦場に選ばなかった。

 

 

 

「…………同調、開始(トレース・オン)

 

 

 

 歩き、谷に手を触れ詠唱をする。

 構造把握の初歩。魔力があるかどうかくらいは感じられる。

 そして——魔力の流れの一切を感じなかった。最高峰の霊脈の地である、スワシィの谷で。

 

 

 

「…………——アグラヴェイン。軍の再編をするぞ」

 

「目標は」

 

「ローマ。首都陥落」

 

「………よろしいので?」

 

 

 

 本来ならここで決着が付いただろう決戦の地。

 だかルキウスはいない。いるとしたら、この地からローマへの道の何処か。戦線を引き伸ばすデメリットも分かる。我らの領土から離れ、敵の領土に近付くという危険性も分かる。だが他に選択肢はない。

 

 

 

「あぁ、これしか選択肢がない。卿も分かるだろう?

 これが恐ろしいのが剣帝の采配というところだ。此方が取れる選択肢を一つに絞られているような感覚がしてならない」

 

 

 

 ルキウスは軍略の天才だと言う。

 なら、これ程までに効果的な戦略はない。此方は領土外にて補給はまともになく、しかし相手は首都を背に強大な補給を望める。戦場の優位も全てローマが勝るだろう。

 戦線が引き伸び、疲弊したブリテン軍を挟み撃ちにして一網打尽を狙っているのか。

 

 だがルキウスにもメンツというものがある。

 確かにローマまで此方を招き入れれば有利な戦況で戦えるが、同時にローマからすれば首都まで侵略を許し、もう退けない状況まで追い込まれるという事でもある。

 まさか戦場から逃げたなどと言われてはいけない立場。しかも此方は、たった数週間にも満たない間でローマ軍を20万以上を殺戮した軍隊。

 現代でもあり得ない程の数だ。この時代で20万。周辺国家の軍団すら含んだローマの連合軍、その5分の1を滅ぼしたという影響は計り知れない。国のメンツ以前に、国の衰退という歴史の転換点に片足を突っ込んでいる。

 ローマからもブリテン軍をなんとかして欲しい。早く撃退して欲しいという声は凄まじいだろう。

 

 だからこそ、ルキウスはそれを無視出来ない。

 ローマという、世界でも特殊な支配体制を誇る国であるが故に。

 

 

 

「…………ならば何故退いた」

 

 

 

 そうだ。ルキウスはこの場にいる筈だった。

 アーサー王とこの場で決戦を繰り広げたように、居なくてはおかしいのだ。

 ローマ軍が一方的に滅んだという話を聞いていない筈がないだろう。現代とは違うとは言え、世界に通じる道を持つローマの情報伝達力を舐めてはいけない。

 そもそも何らかの話が伝わっていないのなら、ルキウスは本来と同じ行動をする。つまりルキウスはブリテン軍の動きを聞き、スワシィの谷から退いたという事だ。

 

 なら、やはり、何故——

 

 

 

「ルキウス………お前は一体何を考えている?」

 

 

 

 ルキウスが居ないだけでローマの軍団は居た。

 そしてルキウスが大陸最強と呼ばれた由縁である、谷の霊脈にはもう魔力がなかった。ならばそれが意味するところは何なのか。一体何を理由に剣帝の動きが変化したのか。

 その警戒は、黄昏の光景の中、ブリテン軍の勝利を讃える雄叫びに紛れて消えていく。

 誰にも共感されず、ただ彼女のわだかまりとなって。

 

 

 


 

  

 

 スワシィの谷

 詳細

 

 蒼銀のフラグメンツにて、プロトアーサーとルキウスが決戦を繰り広げた地。

 架空のローマ皇帝とされているルキウスと同じく、本来なら存在しない渓谷地帯。ただアーサー王物語の記述等から、ここら辺にあったのではないか? という考察自体はある。何なら私もしてる。

 

 蒼銀のフラグメンツでは存在したが、プロトアーサーとルキウスの一騎討ちと、エクスカリバーの光によって地形ごと消失。

 この世界線でもルーナが放ったクラレントの光によってボロボロになった為、時間の流れと共に風化し消滅する。ただもしかしたら、本来よりかはダメージが少ないので、渓谷地帯の一部や痕跡が残ったりしているかもしれない。

 人理に対する影響はなし。歴史の枝葉には少しだけ干渉するかもしれないが、精々解釈が変わる程度。

 ただウィリアム・シェイクスピアがこの土地を訪れる可能性は大いにある。イギリス革命、ブリテン革命と呼ばれる清教徒革命が1642年なので、1616年没の彼なら世界情勢的にも多分大丈夫……な筈。少し自信がない。

 

 まぁルーナによる世界情勢の変化等を考えていくとマジで永遠に文字書けそうなので……ここら辺は追い追い。

 宗教的な部分も含めると歴史書と睨み合っているだけでは済まないのもある。尚Fate世界だと歴史書を神秘的な解釈もしないといけなくなるので、全て予測してシミュレートするのは私には不可能だった。

 

 

 

 遺品より発見された文書

 詳細

 

 特級の聖遺物。

 

 尚サー・ルーク流伝に記載され、未だに人類が解読出来ていない文字は、僅かにルーン文字との共通点があるところから、まだ解明出来ていない"原初のルーン"なのではないかと言う派閥と、いや形態が近いだけの全く別の文字——神秘と共に失われた"妖精文字"なのではないかというと言う派閥に分かれ、魔術協会の方々はかなり血眼になって分析している。

 勿論アーサー王伝説が記載されている方も、何気なく当たり前のように使用されている魔術が時間停止レベルと空間固定による形状記憶レベルの代物を紙という特性を失わせずに、尚且つ本という極小の媒体に刻み込んでいるので普通にやばい。

 しかもそれが、霊脈に繋がっている訳でもなく、術者の手から離れながら未だに術式の効果が失われていないという事実が本当にやばい。

 現代の魔術師達にはあまりにも手が届かない地点にありながら、目の届く場所に存在している超級の麻薬(神秘)

 

 


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