騎士王の影武者   作:sabu

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 前半部分は最初は、もっと喜劇的に書いていて、

嫉妬とは緑の目をした怪物であり、人の心を食物にして玩弄するIt (Jealosy) is the green-eyed monster whici doth mock The meat it feeds on.

亡霊、再び現れる。静かに……見ろ、あそこにまた!Ghost reappears. Quietly. Look, over there again.

 等を文章中に入れていたのですが、いや喋る訳ではなく文字に書き記している場合にこれ入るとおかしいな。となり、更に今の彼の精神状態的にも違うな。となって前半部分を全部書き直したのですが、これが精神的に正しいというのにやっぱり彼は当事者意識に乏しくないとなんか違うなぁ、となり没にするか悩んでいます。悩んだ結果、一応残してます。彼いつも楽しそうにしてるから、逆に人間的に悩んでいる姿が完全に想像になるのなんとかして。
 いつもの彼は、ルーナと出会った時にやや原作よりもテンションを上げた感じに書こうとは思ってます。もしかしたら反応によっては消すかもしれない。
 


第68話 真紅の皇帝剣(フロレント)

 

 

 

 

 もうこの身は長くはない。そう悟りました。

 父は死に、母も六年前に死に、長弟と次弟も立て続けに亡くなりました。

 そろそろ自分の番なのでしょう。

 だから最後にこれを残しておきます。今から自分は人類史に呪いをかけます。いずれ誰かは星に手が届くのかもしれないのですから。自分がそれになれない事に心底嫌気が差しますが。

 

 まず、あの流伝との出会いは、自分が『成り上がりのカラス』と疎まれ始めた辺りですかな、確か。

 そこからは早かったかと。元より英国であの流伝の名前を知らない者はいないでしょう。読んだ事はなくとも誰も知っている御伽噺。守り神とも厄神とも取れる黒き竜。

 えぇですから、良い機会だから読むかと手を付けたのですよ。成り上がりのカラスの流伝を。

 

 面白かったか?

 いいえ——はっきり言って面白くありませんでしたよ。

 

 罵詈雑言は控えましょう。酷評も控えましょう。別に要らないでしょうから。

 端的に言えば、私が読んだのは纏まっていなかった。歪んだ人間性の塊である少女像ではなく、普通の人間を感情的にした少女像であり、ただの凡人が書いた凡人の姿。

 まぁ読めば分かるのではないでしょうか。

 三重人格の人間と裏表が激しいだけの人間、というくらいには違いがありますから。

 

 

 ですが、今になって見れば分かります。

 

 

 誰も彼女を正確に書けないのですよ。

 それは歴史に入り混じった神話故の情報の不正確性故か? いいや違う。

 ならば、英国という幾度も戦乱を経験した国故の、伝承や流伝の散文化が原因か? いいや、それも違う。所詮それは付随した理由の一つでしかありません。

 ただ、分からない。夢想するしかない。彼女の、何かきっかけがなくとも切り替わる精神を把握出来ない。だから書けない。書いても偽物にしかならない。

 

 

 あぁおっと。もう止めにします。長くなるのが分かりきっているので。

 

 

 最初は期待外れだったなと、彼女の流伝は放って置いたのですよ。

 当時、アーサー王伝説は脚本として人気がないのもあり、同じようにもう纏める必要なんてないだろうと。

 そしてそれからは、まぁ色々と脚本家としての人生を満喫して、ふと見つけたのですよ。著者不明の、アーサー王伝説と彼女の流伝を纏めた書物を。

 あれは………一体どういう経緯で見つけたのか………いや申し訳ない。良く覚えていないのです。まるで夢を見ていたようだ、という感覚があるだけです。

 ただあの書物は汚れないよう、厳重に保管しております。

 私が持ち得る手段全てを以って、私の死後、最重要機関に保管を任せて貰えるように手配しております。機関の名前は明言出来ませんが。

 もうすぐ、その二つの写本が出回るでしょう。

 

 話は戻りますが、少々古い言語で書かれたアーサー王伝説とサー・ルーク流伝を発見したのですよ。当時の自分はサー・ルーク流伝にあまり期待をしていなかったので、アーサー王伝説から。

 これが自分の運命の転換期にして……一番の間違いだったのでしょうなぁ。

 

 解読と翻訳をしながら読み始めたアーサー王伝説。

 古い言語というのもあり、新たな発見を期待して読み進めて、えぇ楽しく読めました。柔らかい文体、口調で進められながら、説明や話の裏に染み着くように張り付いた不穏さ。誰かと話をしているかのように進む書物。

 ああいう、読み進めて理解が進む度に不気味さが出て来るモノは珍しい。アレを書いたモノも不気味な存在なのでしょうね。

 そして、誰かが書いたアーサー王伝説を読み終え、次に誰かが書いただろうサー・ルーク流伝に手をかけて——まぁこの通り。

 

 

 アレは恐ろしい。

 

 

 アレは理解が出来ない。いえ、あの流伝の彼女の精神状態は理解出来た。それがおかしい。何故理解出来てしまったのかが理解出来ない。自分は無理矢理、理解させられてしまったのだ。

 自分が数年近くかけて解読し翻訳したあの写本を見れば分かる筈でしょう。これを読んでいるという事は、アレを読んだ後という事なのですから。

 今までの流伝の彼女は全てが偽物で、誰かが描いたあの彼女の姿だけが本物だった。解釈の差異などと言う話ではなく、アレの書物の中で動く彼女だけが彼女だった。

 

 時間がかかった。あの日、自分は呪いにかかった。運命の出会いというのはロマンチックなモノではなかった。運命の出会いというのは、今までの生涯が陳腐なモノに見えてしまう呪いなのです。何故ならあの日"吾輩"は自分の死に方が見えた。どういう風に死んで行くのかがはっきりと分かった。

 

 

 そして同時に、自分ではこの流伝の続きを書けないと悟ってしまったのです。

 

 

 あの流伝を纏めた者は、文字を書く事を本業にしている人物ではないのでしょう。

 あれは編纂を終えた流伝というよりは、重要な場面だけを切り取った断片、フラグメンツ。だから、あの流伝に書かれていない場面は想像するしかない。

 だから自分もあれを読んですぐに英国中から神話や伝承を呼び寄せ、流伝を補完し完成させようとして、挫折しました。

 

 

 

 ペンを持った指がですな、動かないのですよ。

 

 

 

 その未知の恐怖に逃れるように、彼女の流伝を忘れ他のモノに手をかけた事もあった。

 それは比較的スラスラと書ける。情景を文章に出来る。そしてその感覚を忘れぬようにして彼女の流伝にペンを置いて、指が動かない。

 一体、何度拳を振り上げ、そしてペンを原稿に叩きつけたか。あぁ、これがスランプというモノか。なんて言う奇妙な実感もありました。

 老い果てた老熟した今でも、時々心に影を残しているのが、あぁ本当に悔しかったんだな、と当時の自分に思いを馳せて、やっぱり今も悔しいと自覚を繰り返す。

 

 えぇ本当に恐ろしい。

 幾度、納得の行くモノを書き切る事が出来たと満足しても、彼女の流伝が心を覆う。アレを再編出来たら、間違いなく一番の脚本になる。

 何故なら、あの流伝は完結していない。

 

 だから完結させたい。

 あの、ただ重要な場面を抜き出しただけで、彼女の生涯の最期の記述を明確にしないアレを補完したい。

 あの後、彼女はどうなったのか。あの名前のない少女の行方は何処に向かっているのか。

 そうして書けない。ええ、書けない。共感してくれる人は少ないでしょう。ですが分かりますか? 書けないのですよ。アレの続きが。

 

 いつだって、頭の中の彼女は霧がかかっていて、一体あの精神状態の何が正しくて偽りなのかが決定出来ませんでした。

 裏と表。偽りと本物。しかしその中に隠れるあり得ない程に成熟した誰か。

 あぁ、自分が多重人格なら少しは理解は出来たのでしょうか。あの、明確な差、境界が無いのにも拘わらず三つの明確な側面を持つ彼女を表現出来たのでしょうか。ただただ三重人格なら良かった。一人の人間の中に三人の人間を書けばよいのだから。

 

 きっと、"吾輩"に自分の死に方を見せたあのサー・ルーク流伝の作者は頭がおかしいのでしょう。あの作者については………えぇ、あの何語なのか分からない文字を解読出来た者だけが語る権利があるかと。

 

 あぁ、本当に口惜しい。

 何故アレを纏めた人は彼女の最期を書かなかったのか。何故完成させてくれなかったのか。

 作家にとって最も忌み嫌い、同時に最も好ましいモノ。

 時に辿り着く事も出来ず、時に苦渋に満ちて決断し、最後に綴るモノ。

 

 完結。

 

 その二文字があの流伝にはないのです。

 だからどうか、誰かあの流伝を完成させて欲しい。

 徹底して、サー・ルークを少女や彼女と称するあの流伝を。登場人物の名前で、あの少女だけ一切の名前が使用されないあの流伝を。

 

 自分はもう無理です。時間が圧倒的に足りない。

 もっと。何故もっと早くアレに出会えなかったのか。そうなったら、自分が今まで脚本した作品の数々が失われるのでしょうが、それでも思うのです。この死に方に納得が行かないのです。

 あぁ本当に——

 

 

 

 

 ——"吾輩"が彼女の流伝を完成させたかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

  A.D.1614 イングランド。

   当時四十九歳。作家引退から一年後。死去二年前。

    ウィリアム・シェイクスピアの手記より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あり得ない。何故だ。お前は一体何を考えている?

 浮かぶ疑念は解消されないまま、自らを先頭にブリテンの軍は高速で南下を続け、遂に——ローマの首都にまで辿り着いた。辿り着いてしまった。

 

 丘を挟んだ平原を越え、遠い視界の先にローマの首都が瞳に映る。

 あまりにも静か。あまりにも無防備。しかもスワシィの谷から、一切の交戦をせず辿り着いた。だから損害もなく、日程だけが嵩んだだけで、本当にブリテンからローマまで来れた。

 まるで此方の動きを把握し、誘い込んでいるのではないかという恐怖すらする程にローマ帝国の攻勢は皆無だった。

 

 嘘だ。あり得ない。この数百kmを本当に進軍出来てしまっただと。

 考えれば考える程おかしい。戦術・思考・地形・秘策・伝聞——幾つもの考えが浮かんでは消えていく。ローマの皇帝。立場にメンツ。一方的な侵略を許し下がり続ける戦線。不明な目的。何故スワシィの谷を決戦の地に選ばなかった。

 一体お前は何を考えている。何を求めている——

 

 

 

「陛下、どうします」

 

「アグラヴェイン、率直に言おう。私は今の状況が怖い。何か良くない前触れを感じる」

 

「……………」

 

「誘い込まれている。そんな感覚が離れない」

 

「同意します、この状況はおかしい」

 

「どうすれば良い。私には何が正しいのか分からない」

 

 

 

 ルキウスは倒せていない。ルキウスを倒せないままでは、ブリテンへ戻ったところで再び侵略が始まるだろう。また最悪のタイミングで横から殴りかかって来られる惨状は防がなくては。

 だが、そのルキウスが前線に居なかった。

 

 どうすれば良い。分からない。焦りが募る。

 ローマ軍の三割近くを殲滅出来た。つまり時間稼ぎは出来た。

 だが本命が………しかもこの戦線が伸び切った今の状況は………この地は完全に相手の土俵。

 どうすれば良い。ブリテンへの帰還も、ルキウスを炙り出す為の侵略も。どちらの選択肢でも不安が晴れない。

 

 ルキウス………お前は、お前一体何を見ている——

 

 

 

「ギャラハッド、頼みがある」

 

「何でしょうか」

 

「お前を私の護衛から外す。お前は先陣後方にて誰の部隊下にも入らず、誰の部隊も纏めず、単独の遊撃部隊として動いて欲しい」

 

「………………」

 

「頼む。何処から現れるか分からないルキウスに対応するには、全域をカバーする必要がある。そんな事が出来るのはお前しか居ない。こんな事をする為にはそこしかない」

 

 

 

 この戦いの間だけは、私の近衛としての立場を約束すると告げたギャラハッドに対し、中々に酷い事を言っている自覚はある。だが私にはこれ以外が浮かばなかった。

 此方が先陣を切る以上、ぶつかり合うのは正面から。だから多分、ルキウスも正面から来る。ならば、やや正面よりにしつつ陣形の大半をカバー出来る位置に、恐らく唯一ルキウスからの攻撃を何度だって耐えてくれるギャラハッドを置きたい。

 

 

 

「………分かりました」

 

「ありがとう」

 

 

 

 頷きながら告げられる言葉に安堵する。

 だからきっと、これで良い。今取れる最善がこれな筈だ。

 きっとルキウスはそう来るのだから。

 

 

 

「——いや、本当にこれで良いのか。本当は………私は間違えているんじゃないか……?」

 

 

 

 どう来る。お前は何を考えている。

 あの剣帝の性格ならきっと正面から来る。正面から私達を蹂躙するが我が覇道と言わんばかりに襲ってくる。

 だが奴は同時に軍略の天才。ならば正面から襲うなんて真似をするか……? ローマ市街地すら囮にして来る可能性があるんじゃないか。いやもしかしたらそれすらも考慮して——

 

 

 

「陛下、平静さを。貴方はいつも己を見失わなかったでしょう」

 

「———……………感謝する」

 

「一つ言えるのは、我らは戦う覚悟が疾うに済んでいるという事だけです。

 もはや、後回しにしようと考える者はおらず」

 

 

 

 振り返るとブリテンの騎士達は剣を掲げ、騎士の礼を取り始めていた。

 討滅の誓い。揺るぎない信念を示す行為。

 あぁ……決心している癖に覚悟がついていないのは私だけか。今は悩んでいる場合じゃないだろうと、逆に私が教えられてしまった。

 

 

 

「…………ハ、良く言った。良くやって見せた。ならいいだろう——私について来いッ!」

 

「——————!!」

 

「目覚すは我らの先、ローマ! ここで首都を陥落させる!

 ルキウスが居ようと居なかろうと、今日ここでローマを再起不能にするぞッ!!」

 

 

 

 騎士達の雄叫びに、王剣を掲げ同じく張り叫んで伝える。

 彼らに呑まれないように、むしろ己が呑み返してやると言わんばかりに叫ぶ。

 

 選択肢はない。己が彼らを駆り立てたように、己も駆り立てるのだ。

 ルキウスに怯えるのではなく、むしろ首都を落とし炙り出してやると。

 ここで逃げるなど、それこそあり得ない。きっと此処にアルトリアが居たならそうした。

 

 

 

「さぁ………どう出るルキウス」

 

 

 

 手綱を握り、ローマへと平野を駆け抜け軍の先陣をきりながら、思考だけは止めない。

 此方は退けない状況にいる。しかし同じく、ローマも後がない状況にいる。

 相手からすれば大爆弾の侵入を心臓部分まで許した状態だ。間違いなくルキウスはローマの何処かに居る。居なければならない。なら絶対に出て来る。

 

 確信があった。後数分の内に、ルキウスは一手を打ち込んで来るという確信。ルキウスの手によって、今までの常勝を食い破って来るという悪寒。

 心臓の鼓動が煩い。けたたましい警戒を鳴らす直感に体が震える。

 

 

 あぁ怖い。

 

 

 私はもしかしたら、今までの人生で一番怖いと感じているかもしれない。

 震える程の戦意は、武者震いか怯える己を捩じ伏せる為の誤魔化しか。

 相手は聖剣とその鞘を持つアーサー王ですら油断出来ない化け物。軍略の天才。どう動く。私はどこまでルキウスに追い付ける。私はルキウスに敵うのか。

 

 あぁ……本当に怖い。

 下手をすれば私はここで死ぬ。下手をしなくても、私はルキウスの手によって死んでしまうかもしれない。道半ばで死ぬという事が堪らなく怖い。死に怯えたのは一体いつが最後だっただろう。

 

 

 

「来い…………来い………ッ!」

 

 

 

 ルキウスが動くその瞬間。その一瞬はいつだ。

 恐怖とも緊張感とも分からず吠える心臓の鼓動を抑えるように、己への問いを叫ぶ。

 ローマの都市が迫る。平原を三分の一をもう超えた。

 

 まさかこのまま首都への市街地戦になるのか。

 ゲリラ的な戦略で、ローマの被害諸共、物量でブリテン軍を押し潰すのか。剣光はいつでも放てる。何なら今から首都に撃ち込むべきか。

 いいやだめだ。弾かれる。首都を覆う壁を食い破れない。何より、剣光を放つ隙を絶対に見せるなと直感が叫んでいる。

 

 

 どう来る……どう来るんだルキウス。

 

 

 平原の半分に差し掛かった。

 分からない。考えられる範囲でどう来ても良いように陣形は組んである。アグラヴェイン卿とベディヴィエール卿が助けてくれている。

 

 最先陣を私とアグラヴェイン卿。

 先陣後方を先程のギャラハッド。

 右前方をランスロット。

 左前方をモードレッド。

 中央をガウェイン卿とベディヴィエール卿。

 後方をトリスタン卿。

 

 どの方角から攻め込まれていいよう、且つ戦力を分散させ過ぎないよう纏めた陣形。カタフラクティ。準備は万全なのだ。万全……なのだ。

 纏まらず溢れる思考。周りの世界から浮き上がっていくように感じる。

 剣を握る指先が震える程に加速する鼓動が、だんだんゆっくりになって感じられて——それを見た。

 

 

 

「————————居た」

 

 

 

 

 ローマの市街地。その上。塔台の頂点に颯爽と立ち、風を浴びながら此方を見据える一つの男。真紅の魔剣フロレントを片手に携え、魔剣よりも更に濃い真紅の頭髪を揺らす、威風堂々足る剣士。

 

 

 その男は——笑っていた。

 

 

 恐れなどなく、まるでブリテン島の騎士達を歓迎すると言わんばかりに、塔台の上にてルキウスは澄まし顔で笑う。

 何を考えている。何が面白い。お前は一体何を——

 

 

 

「———は」

 

 

 

 動きがあった。刹那、ルキウスの体がぶれる。

 振るわれる真紅の帝剣。残像を残し、余人ではルキウスの剣が消えたように見える程の速度で振るわれ、軌跡を煌めかせる刃。城塞の上を高速で走り抜きながら、ルキウスは一定感覚で剣を振るう。

 

 次に視界に映るのは、大岩だった。

 空を仰ぐ。私だけではなく、ブリテン島の騎士達は一斉に空を仰ぐ。

 太陽の光を遮る大岩。空を覆う、巨大な大岩。放物線を描き飛んで来る落石。

 

 いいやしかし違う。それは岩ではない。放物線を描きながら飛んで来ているのは岩ではない。アレは——塔だ。

 

 

 

「——————」

 

 

 

 ルキウスの手によって、住宅や家屋にも等しい大きさの塔が空を飛んでいる。

 馬鹿げている。その光景、まるで巨人が岩を投げ飛ばすが如く、理解し難い。

 スワシィの谷から離れたこの地で、まさか本当に霊脈の魔力を保有し制御していると言うのか。

 人の形をした巨人め。

 あんな質量、下手をすれば円卓の騎士達も押し潰される。

 鎧など意味がない。アレは弓兵隊の掃射よりも効果的だ。

 陣形が壊れる。矢と違い戦場に残り続ける質量を対処出来ない。

 ギャラハッドは——ダメだ流石に間に合わない。間に合ったとしてもギャラハッドが最悪行動不能になる。

 ならば防御ではなく、迎撃——

 

 

 

「———ランスロットッッ、トリスタンッッ!!!」

 

「「——————」」

 

 

 

 私が叫ぶよりも早く二人は動いていた。

 ルキウスの手によって、弾き飛ばされた住宅や家屋にも等しい大きさの塔の群れを、ランスロット卿が斬撃を飛ばす事で両断し、陣形後方のトリスタン卿は両断された塔を真空の弓によって切り刻んでいく。

 塔は岩に。岩は石に。落石程度は鎧でまだ防げる。当たりどころを気にしている余裕はない。まだ塔が降り落ちて来るよりはマシだ。

 

 

 …………だからこれで良い。良い筈なんだ。

 

 

 なら——何故動悸が鳴り止まない。

 心臓の鼓動が煩い。直感として警告を発する胸の裏側の心臓が痛い。

 

 相手はあのルキウス。

 破滅的な狂戦士のようでいて、何処までも冷静な指揮官。敵対した者の情報を徹底的にまで調べ上げる軍師。

 お前は何を考えている。次に、お前はどう攻めて来る——

 

 

 

「——ははッ」

 

 

 

 上空から視線を戻し、城壁のルキウスを私は睨む。

 当のルキウスは、笑っていた。

 あぁそう来るだろうと読んでいたと言わんばかりに。今の状況が予想通りだから楽しくて仕方ないと表しているように。

 

 

 

「—————ッ」

 

 

 

 途端、上空から目が眩むほどの光が輝いた。

 太陽の光を直に見るように直視が難しい程の光量。現代で言う閃光手榴弾か。

 きっとそれに近しいモノを配下の魔術師に作らせ、塔に詰められるだけ詰め込んでいたんだ。

 不味い。ブリテンの騎士達の目をやられた。特に今ので、塔を睨んでいたランスロット卿とトリスタン卿の瞳が暫く再起不能にさせられた。

 

 

 

「——————……………」

 

 

 

 早い。不味い。状況は全てルキウスの手の中にある。

 再び振るわれるルキウスの剣。先程と同じように弾き飛ばされる塔。さらには宿舎。数は九。

 だが今度はルキウスにも変化があった。恐ろしい事にルキウスは塔を弾き飛ばし終えたその瞬間、地面を砕き大気が震える程の膂力を以って跳躍し、放物線を描く塔と宿舎を足場にして空を飛び、此方に超高速で迫っていた。

 

 最悪だ。ランスロット卿とトリスタン卿は目をやられて先程のように迎撃出来ない。他の騎士達も等しく隙を晒している。

 再び巨人の投石が大地に降り注ぐ。人の形をした巨人が上空より襲いかかって来る。

 

 あぁそうだ。

 この時代、この世界に於いて戦争とはこういうモノを指していた。

 人間同士の数の競い合い、消耗戦ではなく、一部の人外や超越者達が、弱者を一方的に殺戮出来てしまう神話の戦い。人類の常識など通用しない超越者同士の殺し合い。

 

 

 だが………——私もお前と同じく人外なんだよ、ルキウス——!!

 

 

 

「——耐えろラムレイッ!」

 

 

 

 彼女から授けられた黒馬に叫び、空を睨む。

 先程の閃光。あの時私は城塞のルキウスを睨んでいたのが功を奏して、直接瞳を焼かれた訳ではなかった。

 左手を掲げる。今尚光の残滓を残す上空の輝きに影を作るように、左腕で光を隠し、右手に血塗れとなった王剣を逆手に持つ。

 

 剣光の使いどころはここだ。

 上空で全て迎撃する。

 この剣は片手で振り抜ける程軽くはない。だが放ってやる。無理矢理でも撃つ。この距離、この剣の範囲なら多少の誤差は何とか出来る。

 だから、どうか耐えてくれラムレイ。

 

 

 

「煮え滾れ——天地廃滅す嵐の剣(クラレント)ッッ!!」

 

 

 

 上空に向けて、逆手に持った血塗れの魔剣を振り上げる。

 放たれる紫電。大樹が咲くように上空へと飛来していく稲妻。

 視界の先、放物線を描いて落下して来る塔と塔を跳躍しながら移動する中、上空に飛んで来た稲妻に驚いた表情のルキウスがいた。

 

 

 

「—————あぁ…………そう来なくっちゃなぁぁ!」

 

 

 

 だが次の瞬間、獣のように八重歯を覗かせてルキウスは笑う。

 足場にしていた塔から更に跳躍し、太陽の陰となる位置にまでルキウスは飛び上がる。

 地から天を撃ち落とすと言わんばかりの紫電を前にして、ルキウスは高らかに笑いながら真紅の魔剣を天から地へと振り放った。

 

 

 

「煮え滾れ——真紅の皇帝剣(フロレント)ッッ!!」

 

 

 

 地より放たれた紫電に、天より放つ深紅の赤雷でルキウスは迎え撃つ。

 ぶつかり合う剣光と剣光。互いの閃光が互いを喰らい合い、中心点にて大気を荒らす爆風として解放される。

 塵も残さず消え失せた塔と宿舎。ただしそれは、外郭だけだ。

 覆っていた塔と宿舎が晴れ、中身が噴出する。凄まじい破壊の痕跡の中、手や足は捥げ、体中にはヒビが入りながら、なんとかかろうじて原型を留めたモノ——スプリガン。

 

 落下して来る。

 崩壊したスプリガンと共に、空中という不安定な足場にも拘わらず、初手で殺し切れなかった、人の形をした巨人(ルキウス)が陣形の中心点に落ちてくる。

 

 

 

「——————ッ」

 

 

 

 落下の轟音と振動に硬直をせざるを得ず、剣光を放った反動もあってかラムレイは足を崩し落馬した。

 地面を転がりながら、ルキウスの攻撃を防ぎきれなかったと後悔し、すぐさま陣形の後方を振り返った。

 

 不味い不味い。状況は未だルキウスが握っている。

 今のスプリガンの落下で十人以上は死んでしまったかもしれない。それにスプリガンはきっとまだ動く。陣形が荒らされる。ルキウスの手によって——中心からブリテンの軍が殲滅されていく。

 

 

 刹那、混沌とし始め慌しくなる戦場に、口笛の音が駆け抜けた。

 

 

 

「…………ぐ、うぅ……ぅ」

 

 

 

 それを兆しに、突如重量が増したような感覚がした。体に重りがかかる。視界が下がる。

 足元には、巨大な直線が浮かんでいた。それが視界の端まで浮かんでいる事に気付いて、辺りを見回して——この大地に刻まれた超巨大な魔術陣の文様の一つである事を理解する。

 

 回転しながら光を放つ陣。高速で動き出し、ブリテン軍を全て含めても尚魔術陣の方が巨大で、平原の大地を覆っている。

 ネロ皇帝の宝具のような、自らに有利な空間を作り出す大魔術の一種か。対魔力の無い者では、この空間にて普段の力を発揮するのは難しい。

 先程まではなかった筈………——いや、元より大地に魔術陣は刻まれていたんだ。足りなかったのは魔力だけ。そしてその魔力源は——今、陣形中央に落下して来た、谷の魔力の全てを制御しているルキウス。

 

 

 

「………ふざけんな——」

 

 

 

 思わず悪態をついて、次の瞬間にはローマの軍団達が、先陣を切ったルキウスに続くように姿を現して来た。

 

 扉が開かれる音がする。

 開錠し、開かれた門から現れたのはローマのファランクス部隊に騎兵隊。

 地面とはまた別に突然光り輝き、紋様が浮かび上がって強化されたローマ市街地の壁。

 何か不穏なモノが蠢いている感覚のする大地。

 

 ルキウスの手によって支配された数多くの諸王や指揮官からなる連合軍。

 まだ控えているだろう異形の生物達に、時に悪魔とすら呼ばれるスプリガン。

 神代の謎を紐解かんとする魔術師でありながら剣帝に下った魔術師。

 東方より来たる呪術師や異能者。

 

 それらがルキウスの合図によって動き出す。

 あまりにも恐ろしく、いっそ鮮やかな程に超常の存在を含む軍隊を運用して見せている。己に有利な戦況を作り、此方には不利な空間に引き摺り込み、このタイミングで真正面からブリテンを潰しに来た。

 ああ不味い。負ける。このままでは敗北する。どうしようもなくこのままでは負ける。勝ってブリテンに帰らなくてはいけないのに、こんな道半ばで負ける——

 

 

 

「私は………」

 

 

 

 ダメなのか。私では、ダメなのか。アルトリアではない私には出来ないのか。追い付けなかった。私ではルキウスの思考に追い付けなかった。なら、もう私は追い付けないままなのか。

 だって私は………所詮付け焼き刃の私だから………どうすれば良い………どうすれば……ここから私はどうすればあの剣帝に勝てる——?

 

 

 

「——ぐっ……ぅあ、あぁ……あぁぁぁぁァァァっっ!!!」

 

 

 

 戦場に悲鳴が駆け抜けた。

 痛みに悶え、のたうち回るが如き声。そうだ。ルキウスはどこに着地した。

 陣形の中央。そうアイツは中央を狙い打ちして来た。そしてそこに居るのは——

 

 

 

「——ガウェインッッ! ベディヴィエールッッ!」

 

 

 

 叫び、陣形の中央に向かって駆ける。

 焦り焦燥し、何が起こるのか直感する。

 最悪の状況のまま、ローマとの会戦を迎えていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 真紅の皇帝剣(フロレント)

 

 ランク B

 

 種別  対人宝具

 

 

 詳細

 

 クラレントの兄弟剣であり、刀身には白百合の文様が刻まれた大陸全土の支配を象徴する帝剣。

 最優の名剣とも呼ばれる剣。

 白百合の文様は花神フローラを象徴しており所有者に花神フローラの加護を授ける。

 所有者の魔力、幸運のステータスを一つ上昇させ、また対魔力のランクをEXまで上昇させる。

 また王位の象徴の剣でもある為、所有者のカリスマのランクを1ランク上昇させる。

 

 




 
 
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